【姫君からの依頼】欠けて満ちる
|
■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 70 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月10日〜03月20日
リプレイ公開日:2009年03月18日
|
●オープニング
●久しぶり
「‥‥何しているんですか」
珍しい人が珍しい場所にいる。
キャメロットからポーツマス経由でサウザンプトンへと戻って来たヒューイット・ローディンは、黴くさい書庫で書物に埋もれた主の姿を発見し、思わず呟きを漏らした。
主ーーサウザンプトン領主、アレクシス・ガーディナーほど、書物の似合わない男はいない。
「見て分からんか。本を読んでいる」
「‥‥読んでると言うより、本を傷めつけているようにしか見えません」
冷たく言い放つと、ヒューはアレクから本を取り上げる。1つ数える間に、数ページを捲るアレクの行動は、本に八つ当たりしているようだ。
「というか、本を読むなんて似合いもしない事をしているよりも、仕事して下さい」
言いつつ、取り上げた本を棚に戻すヒューに、アレクは頬を引き攣らせた。
暗に馬鹿だと言われたような‥‥? 確かに、じっと籠もって本を読むのは性には合っていないが。
だが、アレクにはアレクの言い分があった。
「俺だって、好きで読んでるんじゃないぞ。折角の書庫が泣くとか、自分の領地の歴史ぐらい知っておけとか、またキザ男に言われると癪だからな」
「キザ男?」
誰の事だと考えて、ヒューはああと頷いた。
ビューロウのイゾルデ姫を護衛してやって来た騎士、トリス。ヒューは会う事がなかったけれど、街の者達の「とんでもない美形キター」な噂は聞いた。某館から「男でもいいから」と謎なスカウトがあったというぐらいだから、街の大騒ぎは想像がつく。
「‥‥しかし、本っっ当に平和な街になりましたよね‥‥」
ふ、と遠くを見つめて、ヒューは笑った。
かつては隣人の動向を密告しなければ生き残れない‥‥そんな街だったのに。
それもこれも、とまだ書物と格闘している主に視線を向ける。この単純でお気楽で幾つになってもガキ大将のままな男の影響だろう。
ー‥‥バカな所まで影響を受けて欲しくはないんですが。
「ん? なんだ? 何か言いたそうだな」
「いいえ。ところで、騎士トリスと言えば、もしかしなくても」
キャメロットの冒険者ギルドでは公然の秘密。秘密というより暗黙の了解。暗黙の‥‥というより、本人が隠そうともしないから、周囲はとりあえず見なかった振りをしている、騎士トリス=円卓の騎士、トリスタン・トリストラムという事実。
「知られたからには、もうここにはいられませんってぐらいなら、まだ可愛げがあるんだけどなっ」
「‥‥‥‥」
一体、どんな本を読んでいるのだろうか。
口元を引き攣らせて、咳払う。
「それはともかく、イゾルデ姫は大層な人見知りな上に、事情のある姫君だ。館の警護は厳重にしているんだが、なーんか色々うるさいのがいてな」
ぽい、と放り投げられたのは羊皮紙。開いてみれば、それはギルドへの依頼書だった。
目を通し、思わず黙り込んでしまう。
「一応、確認しますけれど。姫の所に潜り込もうとした阿呆とか、姫に求婚したド阿呆とか、アナタじゃありませんよね?」
「ヒュー‥‥。お前がいつもどんな目で俺を見ているか、よーく分かった」
サウザンプトン領主とその従者、2月ぶりの会話であった。
●護る術
「というわけで」
と、受付嬢は壁に貼りだした羊皮紙をぺんと叩く。
「サウザンプトン領主からの依頼よ。よろしくネ」
あっさり、それだけで終わらせたのは彼女とサウザンプトン領主が天て‥‥もとい、喧嘩友達だからか。
受付台に戻っていく受付嬢の後ろ姿を見送りつつ、冒険者達は依頼書を覗き込んだ。
「なになに‥‥。サウザンプトンに滞在中の姫様の護衛募集!! 女性、もしくは女性だと言い張れる者は姫様の側で、男性は館周囲で警護してくれる人を募集します。詳しくは担当のヒューイットまで☆‥‥‥‥‥ほぉ?」
目をひくように大きく書かれてある文字に、ひくりと口元を歪める。羊皮紙に不自然な皺が多いのは、誰かが握りつぶしたせいか。
納得しつつ、読み進めた冒険者の顔に真剣な表情が浮かんだ。
「ビューロウまでの安全確保が難しい為、姫の滞在期間が延びている。そんな状況にあって、姫に接触を図ろうとする者も増えており、姫と姫の周囲の者達は神経質になっているので、対応は慎重に行われたし」
内容を読み上げる声が緊張を孕む。
「また、サウザンプトンへの移動の折に襲撃した者達を調べた結果、不自然な点が幾つか見受けられた。彼らは近隣を荒らしていた野盗だが、姫の移動経路などの情報の入手方法も含めて不明な点がいくつかあり、またその言動から襲撃当時、正気を失っていたとも考えられる‥‥か」
冒険者は眉を寄せた。
姫というのは、トリスタンが守っていたというイゾルデ姫に間違いないだろう。
このイゾルデ姫の周囲では、色々と事件が起きているらしい。
冒険者に囲まれた砦から消えた誘拐犯。
姫の信を得ていた騎士の突然の失踪と不死者化。
そして、今回の正気を失っていた襲撃者。
一体、この姫に何があるというのだろうか。以前の報告書によると、姫の婚礼道具として持ち込まれた真贋も分からぬ「聖骸布」に関連があるとされるが、その聖骸布は持ち去られたままのようだ。
トリスタンが姫を気に掛けていたのも、何か関係があるのだろうか。
「姫の身辺警護と同時に、ビューロウまで安全に戻る方法も探して欲しい‥‥か」
どいつもこいつも簡単に言いやがる。
諦めにも似た気持ちで息を吐き出すと、冒険者は受付嬢の元へと歩み寄った。
●因縁
扉と窓の施錠を確認する。色々なものに脅かされている姫が、せめて安心して眠れるようにと、離れへの出入り口は特に念入りに。
ふと、顔を上げる。
流れ込んで来る風に気付いて、彼は露台へと通じる扉へと駆け寄った。
何者かが侵入したのだろうか。
露台には誰の姿も無い。
扉にも、無理矢理にこじ開けた跡はない。
だが、姫の無事を確認した方がいいだろう。皆を集めて、警護を強化して‥‥そこまで考えて、動きを止めた。
ゆっくりと、振り返る。
誰もいなかったはずの露台に、影があった。
「やあ。久しぶり」
影は言った。
「君、こんな所にいたんだね。‥‥僕の事を覚えている?」
笑い混じりの声。
「思わぬ拾い物だ。丁度よかったよ。あの時の約束を果たして貰ってもいいかな?」
落ちた髪をさらりと掻き上げた、その姿。
一気に押し寄せて来た記憶に、彼は飲まれて立ち尽くしたーー。
●リプレイ本文
●古い雑記帳
貴族の姫として育てられたイゾルデ姫は、美しさと気品とを兼ね備えた姫である。気高く聡明で、誰もが一目で虜になる‥‥とは、乳母の子であり、現在は姫の信頼も篤い侍女であるユーリアの言葉だ。
優しく、誰にでも分け隔てなく接する彼女が「人見知り」とされるのは、このユーリアが、姫に近づく者を悉く追い払っているが為である。
「‥‥なるほど、そういう事ですか」
ふむふむと頷いたのは、ディディエ・ベルナール(eb8703)。
「物騒で動きが取りづらい状況が続いているわけですし、ユーリアさんとしては神経質にもなりますよね」
姫と侍女とに同情してみせたディディエの顔に浮かんでいるのは、微苦笑だ。
相槌を打って、ユリアル・カートライト(ea1249)は領主館の書庫から借りて来た書物のページを捲った。書庫に籠もるのに飽きた領主が、後で簡単に内容を説明する事を条件に渡してくれた鍵のお陰で、門外不出の書物まで読めてしまうのは、ちょっとおいしい。
「ご存じですか、ディディエさん。ツルは煮上がったら熱い布でくるんで引っ張ると、筋も一緒に取れるんだそうですよ」
「‥‥はあ」
一体、何の書物を読んでいるのだろう。
興味を引かれてユリアルの手元を覗き込む。しっかりと装丁されたそれは、古い雑記帳のようだ。ディディエの視線に気付いたユリアルが、にっこり笑った。
「調理法の本ですか?」
怪訝そうなディディエに、ユリアスは「ええ」と答えて、視線を書物に移す。
「腸詰めの作り方やスープ。思いつくままに書き記した物って感じです」
なのに、と考え込む。
ただのメモなのに、どうしてこんなにしっかりと装丁してあるのだろう。一緒に並んでいた書物も装丁されたものだ。試しに捲ってみると、こちらは馬の世話の仕方が記されている。表紙に貼られている布は同じ。かなり古い時代のものだ。
「気になりますよね」
だが、書物ばかりを読んでいるわけにもいかない。丁寧に書物を重ねて、ユリアルは立ち上がった。
「それで、ディディエさん、ヒューさんには会えたのですか?」
「あー、いえ、それが‥‥」
屋敷の事に関しては、領主の従者であり、冒険者とも親しいヒューイットに聞けば話が早いと、彼を探しているのだが、どういうわけか全然姿を見ない。しばらく留守にしていたと言うから、忙しいのだろうか。
「まあ、彼に関しては専用探査機能を持つ方がいらっしゃいますしね。そのうち捕まえて来るでしょう」
にこやかに言い切ったユリアルに、ディディエは曖昧に頷くしかなかった。
その頃、ヒューイット専用探査機能付き僧侶、レジーナ・フォースター(ea2708)は苦悩していた。
サウザンプトンについたらと、あれやこれやと色々画策していたのだが、いかんせん、今回の立場は「人見知り」姫の護衛。
「くぅっ、この壁がっ! この壁がにーくーいーっ!」
「あの」
壁を突き破らんばかりに、がんがんと頭を打ち付けるレジーナに、遠慮がちな声が掛かった。
たおやかで優しくて上品で美しい、とユーリアが絶賛するビューロウの姫、イゾルデの姿に、レジーナは瞬時に我に返った。
「これはお見苦しい所をお見せ致しました」
軽く腰を折り、頭を下げる。レジーナの変わり身の早さに、イゾルデは面食らったようだ。けれど、すぐに笑顔になる。
「本当に、こちらの皆様は楽しい方ばかりですのね。ねえ、一花さん」
姫の傍らで影のように控えていた常葉一花(ea1123)は、レジーナを一瞥すると、姫の言葉を否定した。
「いえ、彼女は特別かと存じます」
「まあ、特別‥‥ですか?」
真剣な顔で頷いて見せた後、「ですが」と続けた一花の表情が和らぐ。
「恋しい殿方の為に懸命になるのは特別な事ではありません」
ひくり、とレジーナの頬が引き攣った。姫の前でなければ、好きな相手に対して懸命になる事が特別じゃないなら、どこら辺が特別なのか、ちょっと膝を突き合わせて小一時間ほど話を聞いてみたいところだ。
そんなレジーナの心情を読み取ったのか、一花は薄く笑んだ。
偏見かもしれない。だが、どうしてだか邪微笑に見えてしまう。何故だろう。
「恋しい殿方の為に?」
「はい。姫はそういう気持ちになった事はございませんか?」
私? と首を傾げた姫を促す。
「姫は、もうすぐご結婚なさるのですし。お相手の方にもお会いしたと伺いましたが」
良家の子女が結婚相手に会う事なく嫁ぐのは珍しくはない。
だが、サウザンプトンの領主の計らいで、今回の滞在中に姫と相手の食事会が企画されたと聞いている。
「ええ。お会いしました。あまりお話しする事はありませんでしたけれど。お話しをした回数だけならば、トリス様の方が多いですわね。でも」
少し寂しげに目を伏せたのは、トリス不在が心細いからか。それとも‥‥。
一花は表情を消した。
それが、心の内を押し隠しての事だと気付いたのは、レジーナだけであった。
●見えない未来
周囲にアンデットの気配はない。上空から見る限り、怪しい者達の動きもない。
「何事もないのが一番よ」
考え込んだ様子のルシフェル・クライム(ea0673)の肩を叩いて、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が労いの言葉をかけた。確かに、姫の警護という意味では、何もないのが一番だ。しかし、これまでの経緯、出来事から考えると、何もないというのは、返って気持ち悪い。
「侵入者が入り込みそうな所は確認したし、館の警備体制の見直しもしたし」
彼らが警備についた後も、姫の噂を聞きつけた周辺貴族の馬鹿な若様や、暴走気味の若者が突撃をかけて来る事があった。当然ながら、彼らはきつーいお説教の後、丁重に丁重にぐるぐる巻きにしてお帰り頂いた。
そういった輩のお陰で、彼らが気付いていなかった警備の穴を埋める事も出来たのだ。
「姫を狙う別口は、確かに気に掛かるけどね」
「‥‥敵は内部にいる」
そうね、とレオンスートは足下の小石を蹴飛ばした。極秘裏に変えたサウザンプトンまでの経路でさえも、襲撃者にばれていたのだ。内部事情に詳しい者が関与している事に間違いはないだろう。
しかも、と考え至った内容に顔を顰める。
「ここに来る前に襲って来た奴らはアレだったし‥‥」
「敵に、人を操る術があるとするならば、尚更厄介だ」
いつ、誰がどんな風に操られるか分からない。信じあった仲間達ですら、その例外ではないのだ。下手をすると、自分自身ですら信じられないのかもしれない。こんな状態で、姫が安全にビューロウまで戻る策を練る事が出来るのだろうか。
「それら併せて考えると、ビューロウまでは辿って来た道程を戻るのがよいかもしれんな。我々も対処しやすい」
「そぉねぇ。ユリアルからは冒険者だけで連れて帰るって案も出てたけど」
難しい問題だ。円卓の騎士ライオネルがリヴァイアサンに連れ攫われた事もあり、トリスタンの帰還は予定よりも遅れると思われる。冒険者だけで目的も分からない襲撃者から姫を守らなければならない。
「うーん」
何かいい方法はないかしら。
考え込んだレオンスートは、いきなり、力一杯背中を叩かれて噎せ返った。
「やだ、リョーカさんったら深刻な顔してー!」
ころころと鈴を転がす笑い声を響かせたネフティス・ネト・アメン(ea2834)に、レオンスートは涙目になりながら抗議の声をあげる。
「ちょっと! 今、絶対、背中に手形が付いたわよっ!」
気にしない気にしない。おほほとレジーナばりの笑い声を響かせるネティに、じりと後退るのはルシフェルだ。
「何があった」
疑問形でないのは、長年培った勘が「何かあった」と告げているからだ。よくよく見れば、ネティのこめかみには青筋が浮いている。
「別に〜? アレクのあれは、今に始まった事じゃないし」
その一言で、ルシフェルは全てを察した。
今頃、サウザンプトン領主は執務室で頬に手形を張り付けて仕事をしている事だろう。
「ところで、2人とも」
不意に、ネティは口調を改めた。
不機嫌さはそのままに、3本立てた指を突きつける。
「イゾルデ姫に関する未来を、色んな対象を組み合わせて占ってみたの。で、結果なんだけど。全部同じ。これってどう思う?」
同じ?
顔を見合わせたルシフェルとレオンスートに、ネティは頷いた。
「イゾルデ姫に、ユーリア、ビューロウ、襲撃、聖骸布、ヒュー、トリスタン、結婚。どれを組み合わせても、未来は真っ暗。何も見えないの」
●心
「ヒュー様」
振り向いた彼は、いつもと変わらない。
「その山盛りの書類は、やっぱり?」
抱えた羊皮紙に呆れて溜息をつく。そんなレジーナに、ヒューはにこやかに、完璧な笑顔で予想と違わぬ答えを返した。人との間に引いた境界線を取り払ってから、彼は途端に主に対して情け容赦がなくなった。
いい傾向だとは思うが
‥‥色んな意味で。
「そういえばヒュー様、滞在中の姫様が」
はい、と書類を抱え直して尋ね返す。その瞳は真っ直ぐで、曇りはない。
「とても美人だという事を知ってました?」
「噂では。実際にはお会い出来ないので」
主の使いとして訪ねても、ユーリアに阻まれて本人には会えないのだという。無理に押し通す程の用件はないので、それで事足りているのだと笑う。
「‥‥気にならないのですか?」
「なりますよ」
即答に、レジーナの眉が寄る。
「うちの主がふらりと惑わされてしまわないかと思うと、気が気でなりません」
本気で悩んでいる様子に、思わず吹き出してしまった。
「それは大丈夫。私が断言しますっ」
どんと胸を叩いて請け負った。何のかんので、アレクシスはネティに首輪を付けられた状態だし。
一頻り笑って、レジーナは彼の襟首を掴んで引き寄せる。
「レジーナさん? 何です‥‥、っ!」
困ったように顔を赤らめた青年に、満足そうに口角を上げて、彼女は踵を返した。取り残された彼の呟きに、気付かぬままに。