【姫君からの依頼】姫君の行方
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:13 G 14 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月09日〜05月19日
リプレイ公開日:2009年05月14日
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●オープニング
●焦燥
騎士である以上、務めは果たさねばならぬ。
忠誠を誓った主を、弱者を、秩序を守り、尽くす事がその務め。
アーサー王の円卓に名を連ねる者となれば、為さねばならぬ事は一般の騎士と比べるまでもなく。ましてや、今、円卓は欠けているのだ。何も言わず綻びを補ってくれているサー・ケイに甘えて、キャメロットを離れた。
にも関わらず‥‥。
王宮の渡り廊下を歩きながら、トリスタン・トリストラムは唇を噛んだ。
キャメロットに戻った以上、トリスのように気楽に動くわけにはいかない。王を守り、王国を守り、怯える民を守り、安心させ‥‥。
がん、と彼はらしくない乱暴さで廊下の柱に拳を叩きつけた。
動けるのであれば、今すぐにでも出立したい。
これから始まるのは、大貴族を交えたデビルに関する報告会。サー・ケイが仕切るとは言え、安穏とした暮らしになれたご老人方の理想ばかりを並べた形ばかりの協議だ。無駄に費やす時間が勿体ない。
そして、その後は懇親会という名の食事会だ。
これも大事な仕事だ。自分達がデビルやモンスターとの戦いに力を注ぐ間、国を支え守っている者達だ。少々現場を知らぬがため、こと戦いに関する事は机上の空論 に陥りやすいが、国の道筋を定め動かしていく事にかけては、経験豊富な狸ばかり。
話を聞いて損はない。勉強になる事も多々ある。だが、今はーー!
「トリスさまぁ‥‥」
遠慮がちに声を掛けて来たシフールの少女に、トリスは懐から折り畳んだ羊皮紙を渡した。
「すまないが、交替の時間が来たら、これを持ってギルドへ行ってくれ」
それだけを告げると、トリスタンは再び背筋を伸ばして歩き出す。
自分は自分の務めを果たさねばならない。
そう、次に動く時の為にも。
●姫君の行方
「‥‥というわけなの」
主であるトリスタンが傍目に分かる程に悩んでいる事が、余程衝撃だったらしい。
いつもは傍若無人な程に威勢のよいシフールの少女が大人しい。事情を知らぬ者からは天変地異の前触れではないかとの声が出る程に、これは異常な事である。
「で、預かって来たわけか。トリスからの依頼状を」
「うん‥‥」
これ、と丁寧に折り畳まれた羊皮紙を冒険者へと差し出す。
そこにはトリスの流麗な字でイゾルデを攫った男「モロルト」について書かれてある。
騎士団を率いていた事を考えれば、モロルトなる男も騎士である可能性が高い。騎士としての素性を調べるのであれば、無闇に周囲を捜索するよりも、キャメロットに戻る方が効率よく情報を集められるのだ。
「コーンウォール地方に、同じ名の騎士がいるらしい。風体も似ているそうだ。だが‥‥」
イゾルデ姫を攫った男が、そのまま自分の主の元に戻っているのならば、トリスタンも冒険者に依頼して来る事はないだろう。密かにビューロウへと戻る計画を立てていたとはいえ、サウザンプトン領主預かりになっていた姫だ。
領主からの嘆願とトリスタンの証言があれば王の命で貴族、騎士間の調停に動く者も出る。王に叛旗を翻すつもりでなければ、大抵は調停に応じるはずだ。
「モロルトは騎士団と共に出奔中。向かった先は分からないが南へ下った事は確認されているから、現在の居場所を突き止め、姫の状況確認を兼ねて、モロルトと交渉しろってか」
サウザンプトンよりも南となると場所は限られてくる。あれだけの数の騎士団だ。目撃している者もいるだろう。だが、南は今、冒険者に対する感情は最悪だ。尋ねて語ってくれるとは限らない。
「海を渡ってワイト島へでも行かれた日にゃ最悪だろうな」
誰かがぽつりと呟いた。
その通りだ。サウザンプトン領主アレクシスの従妹、ルクレツィアの暮らしていた島は、現在はバンバイアスレイブの島になっているはずだ。
「いや、それは無いと思いたい‥‥。島に渡って何が起こるか、ヒューが知らないはずがない」
ヒューイット。冒険者を欺き、イゾルデ姫を連れ去った青年は、複雑な事情があるアレクシスの従者だ。彼も血の半分には逆らえないはずだ。ルクレツィアが望まぬ事を出来るはずがないと信じたい。
「となると、海は渡らず、騎士団が立て籠もれる場所を探せばいいわけだな」
その後が問題だ。
モロルトはイゾルデ姫の本当の夫と名乗っている。姫を返せと言われて素直に応じるはずがない。
「まずは姫の身の安全を確約させるべきか。そして、モロルトの要求を聞き出す」
姫の婚礼道具である「聖骸布」が目的という事も考えられる。しかし、「聖骸布」は姫の手元にもビューロウに置かれたままの婚礼道具の中にもない。姫の騎士だった男が持ち去ったままだ。
今の状態では分かっている事があまりに少なすぎる。
モロルトの居場所を確認し、少しずつ不明な所を埋めていくしかあるまい。
「腑に落ちない事が多すぎだ‥‥」
その呟きに、その場にいた者達は苦い笑いを浮かべたのであった。
●リプレイ本文
●見解
外から楽しげな子供達の声が聞こえて来る。
薄暗い室内で、オイル・ツァーン(ea0018)は青年の言葉を聞いた。
「血には逆らえない。中には曲解している馬鹿もいるけど、彼は、それを姫が望まぬ事だと知っているはずだよ」
自分達とは違う定めの中に生きている者の言葉に、彼は安堵した。
●書庫の中
預かっていたイゾルデ姫を奪われて、サウザンプトンの領主館も騒然としていた。
何やら直談判があると領主アレクの執務室に飛び込んで行ったレジーナ・フォースター(ea2708)の勢いに圧倒されつつも、水上銀(eb7679)は案内された書庫の扉を開いた。
アレクがひっくり返したと聞いてはいたが、予想に反して書庫は整然としている。案内の侍女の話では、主が散らかした物は、全て従者であったヒューがきちんと元の場所に戻していくのが「ここ」での当たり前の光景だったらしい。
「甘やかしすぎだなぁ」
もっともな感想を呟いた銀に一礼して、侍女が静かに扉を閉めた。
慎重に、銀は書庫を見てまわった。話に聞く所によると、それは巻物ではなく、立派な装丁が為された書物だったという。調理法等、あまり情報価値の無さげな内容だったらしいが、ちょっと気になる。
「ん? この辺りが空いてるね」
並べられた書物の間に僅かな隙がある。丁度、本2冊分ぐらいか。その周囲を注意深く探して見ると、縁を金具で補強された本がもう1冊見つかった。そして、誰かが慌てて戻したのか、整然と並ぶ本の中で不自然に押し込まれた様子の本が1冊。
その2冊を手に取ると、銀は書庫を後にした。
●垣間見た過去
道端の石に腰掛けて、通り過ぎる人々を眺めていたヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は、旅人に紛れた仲間を見つけ、頬を膨らませつつふわりと羽根を広げた。
「待ちくたびれたのだわ! ルシフ‥‥ルシールとエスリンは先に行っちゃったのだわ」
「場所が分かったのですか?」
ミラ・ダイモス(eb2064)が尋ねる。
こくりと頷くと、ヴァンアープルはミラとディディエ・ベルナール(eb8703)をちょいちょいと招く。顔を近づけた2人に、ヴァンアープルは囁いた。
「エスリンが心当たりがある砦に向かったのだわ。‥‥今、その砦に騎士団の見張りらしい連中が見えるとエスリンからなのだわ」
砦にいるエスリンとテレパシーで会話が出来ている。砦までの距離を掴んで、ミラはディディエと頷き合った。
「それから」
そんな2人に、ヴァンアープルは更に声を潜める。
「ユーリアさんって人も見つけたのだわ。今はルシール達と離れて砦を見張っているのだわ」
イゾルデ姫にとって最も近しい娘だ。騎士団に顔を知られている可能性を考えて、今は別行動を取っているという。
「それで」
ヴァンアープルは短い髪を引っ張って2人を引き寄せた。彼女がユーリアに接触したという事は、ユーリアに裏が無かったという事か。だが、まだ何か大切な話があるようだ。ヴァンアープルの言葉を聞きも漏らすまいと真剣な表情で聞き入る2人に、小声で告げた。
「黒い髪の若い男。人払いさせて、乗り気でない姫に「聖骸布」を見せたのだわ」
さすがにその日まで遡って過去を見る事は出来なかったけれど、ユーリアの記憶を探れば、ある程度は分かった。
確か、聖骸布が持ち込まれた後から、姫は積極的に婚礼準備を始めたはずだ。男が持ち込んだ物に何か意味があったのか、それとも‥‥。
次から次へと増えて行く謎に、3人は途方に暮れたように溜息をついた。
●進まぬ交渉
サウザンプトン領主の代理として話し合いを求めても、モロルト側は頑としてそれを受け入れなかった。領主代理であるという証拠がないというのが、モロルト側の言い分だ。
「せめて姫がどのような状況に置かれているのかだけでも分かればよいのだが」
ルシフェル・クライム(ea0673)は砦から目を離さぬまま考え込んだ。
カルショットと呼ばれている砦は見晴らしのよい場所にある。その周囲をモロルトの騎士達が隙なく見張っており、下手に近づけば威嚇の矢を射かけられる。過剰なほどのその警戒ぶりだ。
「さて、どうするか」
モロルトを交渉の場に引き摺りださねば話は始まらない。
夜を待ち、ヴァンアープルに潜入を依頼するか。それとも、もう一度真正面から乗り込むか。相手も騎士を名乗っているのだから、正々堂々とした手段の方がよいかもしれない。
「そうですねぇ。なさっておられる事はそこらの野盗となんら変わりませんが、一応は騎士との事ですしねぇ」
相槌を打ったディディエは、けれど、と笑って見せた。
「領主代理の証拠がないから会わないとおっしゃっているのであれば、これで言い逃れは出来ませんねぇ」
何の事だ? と眉を寄せたルシフェルの耳に、高らかな笑い声が響く。前回の事があってから後、絶えていた笑い声だ。
「レジーナ‥‥」
「はい。先ほど、お着きになられました。お話によると、正式にアレクさんとーー」
何をしでかすか分からない、行動力には定評のある娘だ。今回は何をやらかしたのかと考え込んだルシフェルは「まさか」と声を上げた。
「アレクと正式に結こ‥‥」
「んなどするはずがありませんでしょう! 正式にサウザンプトンの騎士になったのです!」
肩の上のお蝶ふじんも胸を張っている。どうやら事実のようだ。
「というわけで、これでモロルト側の拒絶理由が無くなりまして」
ディディエの手には、レジーナが携えて来たサウザンプトン領主の印章入りの書状がある。
「これで、モロルトを引き摺り出せるな」
「オイル」
遅れて済まない、と断りを入れたオイルの表情は決然としている。それは、懸念事項が1つ晴れた事を物語っていた。
「よし。では、再度交渉と行くか」
●隠されていたもの
同じ頃、エスリン・マッカレル(ea9669)は合流した銀やミラ、ヴァンアープルらと共に砦近くの海岸を歩いていた。傍目には、娘達が散策しているように見えなくもない。だが。
「砦の中から、海に出る事が出来る経路もあったと思うのですが。ですが、海側まで見張りが立っているようですね」
話している内容は色気も何もない。
「しかし、一体どういう事なのでしょうね。聖骸布やら本当の夫やら‥‥。イゾルデ姫の周囲には謎が多すぎます」
ミラの呟きはもっともである。うんうんと頷いた仲間達に、ミラはそのまま自分の推測を述べた。
「例えば、聖骸布というのはトリス様とイゾルデ様の不義の秘密が隠されていたとか。それで脅されたイゾルデ様が乗り気ではない婚礼に積極的になり、不義の証拠である聖骸布を信頼出来る騎士に預けた事からーーーーーあら? エスリンさん、どうかなさったのですか?」
顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせているエスリンの肩を、宥めるように叩いたのは色々と渡り歩き、様々な人間関係を見て来た銀だ。
「顔は口程に物を言うってね。でも、あんたはトリス卿と長い付き合いだって聞いたけど、そっちの進展は無しと見た。‥‥こんなあからさまな娘相手に何の進展も無いんじゃ、トリス卿は余程の鈍感か唐変木か‥‥」
「ト‥‥トリスタン卿はっ」
林檎もかくやと言う程に顔を赤くしたエスリンに、銀は意味ありげに笑って耳元で囁く。
「騎士の誇りとか務めとか、そんな線を引いてないでさ、たまにはただの娘に戻ってみるのもいいんじゃないのかい?」
「どんな偉い騎士様も、紋章の入った鎧を脱げばただの人なのだわ」
うんうんとヴァンアープルも頷く。
声も無く、ただただ動揺しているエスリンに首を傾げていたミラは、近づく気配に剣の柄に手をやった。が、それが仲間の気配だと気付くとすぐさま剣から手を離し、何事もなかったかのように彼を迎え入れる。
「銀。サウザンプトンで書庫に寄ったと聞いたが」
女同士の語らいに、何の前置きもなく本題に入ったオイルに苦笑しながら、銀は懐から2冊の書物を取り出した。
「ああ、これを借りて来たよ」
1冊はやたらと装丁のしっかりとした本。もう1冊は、恐らくはアレク達が幼い頃に読んでいたであろう類の民話の本だ。
「見せて貰ってもいいだろうか」
「どうぞ。こっちの本は、解体しちまったからね。ばらさないように気をつけて扱っておくれよ」
悪戯っぽい表情から、彼女はその装丁の下になにがあるのかを既に知っているようだ。言われた通り、注意深く本を開く。中は、庭園の花や木の手入れの記録だ。そんな内容にしては、表紙が分厚い。銀の話では装丁も立派だったという。
ゆっくりと、オイルは表紙を探った。表紙は2枚の羊皮紙を貼り合わせたものらしかった。長い年月の中で、貼り合わせた糊が役目を為さなくなったのだろう。はらりと剥がれ落ちる。
「‥‥なんだ? これは」
「あたしも悩んだけどね。多分、絵巻物の一部なんじゃないかと思うんだ。この凶悪面の黒い化け物、こっちの国の竜の顔に似てないかい?」
言われると確かに。竜は悪の象徴として描かれる事が多いが、表紙の裏に隠されていた竜は、それに輪をかけた凶悪さだ。
「他にも、この続きが隠されている本があるんじゃないのかな。それから」
銀はオイルの手の上に民話の本を載せた。
「誰かが読んでいたみたいでね。気になって持って来た。‥‥赤い竜の宝物の話だったよ」
黒い竜と赤い竜。何か関係があるのだろうか。
2冊の本を手に、考えを纏めようとしたオイルノ思考は、砂地に足を取られながら駆けて来たディディエによって中断された。
「モロルトさんが、話し合いに応じて下さるそうです〜。ただし、日時はあちらから指定して来るとの事で」
「イゾルデ姫は?」
尋ねたミラに、ディディエは力無く首を振った。
「安全な所に保護しているとの一点張りで。ルシフェルさんは、この砦から移されたのだろうとおっしゃってました」
そう、とミラは失望も顕わに赤く染まりかけた海を見つめた。
真実は、まだどこにも見えないーー。