●リプレイ本文
●強行軍
太陽はまだ高い。
額に滴る汗を拭うと、ミラ・ダイモス(eb2064)はデストリアの首を軽く叩いてやった。
「あなたにも辛い思いをさせてごめんなさいね」
ミラの言葉に応えるように軍馬はぶるんと首を振ったけれど、それでもひどく疲れている様子が伝わって来る。本来ならば、馬を使い潰し、途中で何度か乗り換えていてもおかしくない強行軍に付き合わせているのだ。
「もう少し行けば、さっき見えた川に出るはず。そこで少し休憩しましょう」
騎乗し続けているミラも、足腰が限界に近い。
キャメロットを出立してからなるべく平坦で、最短の道を選んでいるつもだが、それでもコーンウォールは遠い。
「アンドリー卿は、もうコーンウォールの地をお踏みになっておられる頃でしょうか‥‥」
ビューロウの地を経由すると言っていたアンドリー・フィルス(ec0129)は、パラスプリントという瞬間的に移動出来る術を用いている。それでもキャメロットから単純に移動するだけで、最低でも10回は術を使う事になるらしい。
「私達も頑張りましょう、デストリア」
●隠された聖母子
「とりあえず、伝承関連の本を集めてみたが‥‥」
関連のある書物を探している暇はない。
サウザンプトンの書庫を調べていたエスリン・マッカレル(ea9669)は、伝承に関する書物が収められていた棚の本や巻物を書庫を預かる青年が用意したロープで一纏めにすると、1枚の絵を熱心に見ているアン・シュヴァリエ(ec0205)を振り返った。
「アン殿、何か気になるものでも?」
「気になる‥‥と言うより、気に入った、かしら」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、アンは自分が見ていた巻物をエスリンへと向けた。
「聖母子‥‥像?」
「一見、そう見えるわよね。でも」
アンは絵を窓から差し込む陽の光に透かす。
「これは!」
驚くエスリンに、アンは頷いてみせた。
穏やかな母子の姿が、途端に別のものに変わる。
「2枚の絵を貼り合わせているのよ。下にある絵は、普通の状態じゃ見えないようになっているのね」
呟いたアンの表情は険しい。下に隠されていた絵が、あまりにも暗示的なものだったので。
「これ、どこにあったと思う?」
エスリンは首を振った。
「ここ」
アンが示したのは、タペストリが掛けられた壁。そのタペストリを外し、アンはその裏側にある石壁に手を掛ける。壁はあっさりと外れた。石壁と思われていたのは、薄い板状に加工された石であり、壁の厚み分、そこに空間が出来ていた。
「漆喰の状態からして、最近まで開けられた様子はないわね」
壁のタペストリに目を惹かれ、状態を確認していた時に偶然見つけたらしい。日頃から絵画に興味を持っていたアンだからこそ、見つけられたのだろう。
「他には無さそうよ。一応、調べてみたけど」
「そうか‥‥。では、皆の所へ戻ろう」
互いに頷き合って、エスリンとアンは駆け出した。領主への挨拶もそこそこに、ヒポグリフの背に乗る。
今回、彼女達に与えられた時間はあまりにも短い。
僅かでも無駄には出来なかった。
●解析
年代記を読み直しているオイル・ツァーン(ea0018)とルシフェル・クライム(ea0673)の傍らで、ディディエ・ベルナール(eb8703)がイゾルデ姫の家に先祖代々仕えているとい家令から聞き出した話を語る。
「この家の歴史を後世に残す為にと、先代ご当主が語られたお話を編纂したそうですよ」
その言葉を聞きながら、オイルとルシフェルと視線を交わす。
「このお家は、聖なる宝を守られた勇敢な一族の血を引いておられるのですねぇ」
その勇敢な一族の現当主は、病がちで、娘が攫われたという報を受けて寝込んでしまったという。
「年代記自体がねじ曲げられている可能性は否めんな」
ぼそりと呟かれたルシフェルの言葉に、オイルも頷く。
「だが、核となった話は残っているはずだ。そこに繋がるものも」
彼らの中で、情報は未だ破片の状態だ。細かく刻まれた羊皮紙のようなもの。それらを繋ぎ合わせて、復元していく作業を短時間のうちに成し遂げねばならない。
「この絵も何か意味があると思うのだが」
「絵に添えられた文字からして、これはローマの軍勢がやって来る以前から、この国に住んでいた方々が使っていた文字だと思いますよ〜」
ディディエは文字を読み取ろうと、絵に顔を近づけたり、離したりしていたが、やがて溜息をついた。
「文字が消えかかっているのではっきりとは読めません。ただ、‥‥何となく読める部分がありまして」
ここと、ここ。
ディディエの指さす部分に、2人の視線が集まる。それは、聖なる宝と思しき4つの光が描かれている絵だ。
そういえば、とルシフェルが絵を手に取る。
「この4つの光だが、ただ十字に並んでいると思っていたが、よく見ると3つと1つだ」
「そう言われて見ると、そのように見えるかもしれませんねぇ」
確かに1つだけ、3つの光より少し上に描かれている‥‥ような気がする。
「だが、厳密に配置しなかっただけかもしれん」
「それは‥‥そうとも言えますが‥‥。とりあえずですね、この下側の3つのうち、読み取れる文字だけを拾っていったわけですが」
オイルの指摘に、ううんと腕を組んで考え込むと、ディディエは難しい顔のまま続けた。
「ええと、文字の羅列はこの光の名前だと思うんです。多分、こう読むだろうという程度なのですが‥‥その」
言い淀んだディディエに、ルシフェルが怪訝そうに眉を寄せた。
「何か問題があるのか?」
「いえ、ただ、それが我々もよく知っている名前に似てましてですね‥‥。ですから、本当にこれで良いのかと」
自信なさげに躊躇っていたディディエは、促す仲間達の眼差しに渋々と口を開く。
「こちらの文字を音にすると、多分、カラドボルグ。そして、こちらが」
仲間達を見回して、ディディエはその文字を音にした。
「エクスキャリバー‥‥つまり、エクスカリバーです」
●人手不足
窓から涼しい風が入り込んで、机の上に置かれてあった書類を数枚、部屋の中へと散らす。
それを静かに拾い上げると、常葉一花(ea1123)は、部屋の主へと手渡した。
「少し‥‥お休みになられてはいかがですか?」
一花の言葉に、書類に署名を入れていたトリスタン・トリストラムが手を止める。
「はっきりとした確証はないのですが‥‥何か気がかりな事でもおありですか?」
首を傾げて問う一花に視線を向けると、トリスタンは机の上に散乱している資料の山へと目を移して息を吐く。
「気がかりと言えば、ここにある全てだな」
そこにあるのは「円卓の騎士」であるトリスタンに課せられた仕事の山だ。ここ1、2ヶ月の間に起きた様々な出来事の対応に追われている事は、一花も分かっている。だが、何故だろう。はぐらかされたような気がするのは。
「‥‥出来る事なら、1人で抱え込んで頂きたくはないのですが‥‥」
「分かち合う者達が出払っていては、さすがにな」
また、だ。
またはぐらかされた。
「‥‥家令さんからお聞きしました。トリスタン卿は生まれてすぐにご両親を亡くされて、伯父上様に育てられたとか」
カップに伸ばされたトリスタンの手が止まる。
「伯父上様はさぞや誇らしい事でしょうね。自慢の甥御様ですから、お戻りになられた時にはお喜びになるのではありませんか?」
しばしの沈黙の後、トリスタンはぼそりと否定を返した。
「‥‥伯父からは二度と戻ってはならぬと言われている」
「え?」
驚いて問い返した一花に、それ以上の答えは返ってこなかった。
常と変わらぬ表情で香草茶のカップを口元へと運ぶ姿を見つめながら、一花はぽつりと呟く。
「いつか、全てが落ち着き平穏が戻った時、とある吟遊詩人とお酒を酌み交わし、徒然に話をする‥‥そんな日常になっていればいいな、と思います」
「‥‥そうだな」
トリスタンは僅かに笑んだようだった。彼の脳裏に過ぎったのは、どんな未来だったのだろう。聞いてみたい衝動に駆られながらも、一花は本当に尋ねたかった言葉を飲み込んで深く一礼し、彼の執務室を出た。
ぱたりと扉を閉めると、一花は憂いを帯びた表情で力強い意匠の装飾が施された天井を見つめた。
トリスタンからの紹介状を得て、一花はさまざまな場所で色々な情報を集めて来た。ミラと共に、騎士の家系や紋章を管理している紋章院にも赴いたし、宮廷図書館にも赴いた。さすがに、限られた時間の中、あの膨大な量の資料から目的のものを探す事は一花1人では不可能だ。
その合間に、トリスタンの身近にいる人々からも雑談めかした情報収集を行って来た。
「皆が戻って来るまで、あと2日。ケンブリッジに足を伸ばすのは‥‥無理ですね」
●調査結果
「アンドリー卿! お疲れ様です!」
合流場所であるイゾルデ姫の屋敷で、到着と同時に倒れ込んだデストリアの介抱と世話を専門家に任せたミラは、自分と同じくコーンウォールを目指したアンドリーの姿を見つけて駆け寄る。外套は土埃に塗れたままだったが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「ミラ殿か。貴殿も大変だったようだな」
ふ、と口元を緩めたアンドリーは、だがすぐに真剣な表情に戻る。
「何か、分かった事は?」
仲間達が待つ居間へと足早に向かいながら尋ねるアンドリーに、ミラは自分が見て、聞いて来た事を簡潔に答えた。
出発前にモロルトという騎士の家系図等を調べていた事が幸いして、余計な時間を取られずに済んだが、それでも分かった事と言えば「コーンウォールを愛する豪放磊落の騎士」「純朴」「困っている者を放っておけない」という地元での評判だけだ。
居間には、既に仲間達が揃っていた。
「遅れて済まない」
「いや。2人とも、無事で何よりだ」
オイルの労いとアンの勧める茶に2人が人心地ついた頃合いを見計らって、ルシフェルが口を開いた。
「とりあえず、我らはこの家に伝わる年代記とサウザンプトンの絵巻とを読み直してみた。その上で出した結論だが、この年代記は、ジーザス教の教会を建立する為に艱難辛苦を乗り越えた話ではないと思われる」
怪訝な顔をしたアンドリーとミラに、エスリンが補足する。
「恐らくは我が故郷、エリンに伝わる古きケルトの神々に通じているのだろう。ジーザス教の広がりによって、異端として追いやられ、忘れ去られた神々をジーザス教の物語に置き換えたが為に、話が噛み合わない部分が出来たのだと思う」
エスリンの話に頷いて、ルシフェルは机の上に絵を広げた。
「例えば、この片目の化け物だが、ケルトの神話に照らし合わせると「邪眼のバロール」という存在が浮かんで来る。戦う者達を庇護する女性は、エスリンの話によるとダヌーと呼ばれるらしいケルトの女神だろうな」
では、とアンドリーは絵巻に描かれていた黒い影を指さす。
「この影は何だ?」
「分からない。だが、バロールに関するものであるのは間違いなさそうだ」
険しい表情のまま、アンドリーは淡々と告げた。
「この影、こちらの絵にある奇岩に似ている気がするんだが」
アンドリーの指摘に、そういえばと仲間達が絵を見比べる。
「その奇岩に良く似た場所が、コーンウォールにあるらしい」
その報告に、仲間達は息を呑んだ。
「コーンウォールの最果ての地で聞いた話だ。このような形をした島がある‥‥と。時間が足りなかったので、場所の確認は出来ていないが」
「ねえ、影と岩といえば、もう1枚、似ている絵がなかった?」
ユーリアの話を元に、イゾルデ姫の元に聖骸布を持ち込んだ黒髪の男の似顔絵を描いていたアンが口を挟む。ペンを走らせる手を止め、豪華な装丁の中から見つかった黒い竜の絵を並べてみせる。
「ね? 似ているでしょう?」
確かに、とアンドリーは考え込んだ。偶然の一致か。それともどちらかが象徴的に描かれたものか。眉間に皺を寄せたアンドリーと深刻な顔をした仲間達に、オイルは独り言のように呟いた。
「ケルトの伝承を伝える家系のイゾルデ姫をコーンウォールの騎士であるモロルトが攫い、年代記の聖なる宝、伝承の記述に興味を示していたトリスタン卿をコーンウォールへと呼び出した。そして、コーンウォールにある奇岩‥‥か。出来すぎている気がするな」
「あと、エスリンさんに聞いても、ケルトの神話と関係あるかどうか分からなかったんだけど‥‥」
アンはもう1枚の絵を取り出す。
サウザンプトンの書庫に隠されていた絵だ。
「聖母子像に見えるわよね。でも、光に翳してみて」
言われた通りに光に翳して、仲間達が声を上げた。
「母が血の涙を流し、愛し子の胸に刃を突きつけているの。どういう意味なのかしらね、これは」
●闇の奥にて
「ただいま戻りました」
丁寧に一礼すると、銀髪の青年は手にした数冊の冊子を主へと手渡した。それは、どれも古く萎びれた羊皮紙を束ねたものばかりだ。
「宮廷図書館と、それからケンブリッジの資料庫からお借りしてきました」
ふぅんと、彼は無造作に冊子を捲る。
「なるほど。‥‥よく中に入れたね」
青年は自嘲めいた笑みを浮かべて頭を下げるだけで、何も言わない。
「でも、これで1つ、確信が持てたよ。お疲れ様。‥‥途中で寄り道をした事は、無かった事にしてあげるよ」
青年の顎を指先で持ち上げ、狂気を滲ませた笑みを浮かべながら、彼は宣告した。
「じゃあ、そろそろ始めようか。あの御方の為の宴を」