【騎士育成物語】半歩戻って‥‥

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 57 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月01日〜03月09日

リプレイ公開日:2005年03月08日

●オープニング

 しくしくしくしく‥‥。
 扉を開いた途端に聞えて来た啜り泣きに、冒険者はがくりと肩を落とした。
 その泣き声の正体は、最近、このキャメロットのギルドで出会う確率の高い『騎士見習』という種類の問題児だ。間違いない。
「まだメソメソしているのか、アリアス」
 この騎士見習いの冒険者候補が、先の依頼でグレムリーに悪意ある言葉を浴びせ掛けられたという事は、冒険者間の話で噂程度には知っている。だがしかし、冒険者たるもの、いつまでもデビルの言葉に落ち込んでいるわけにもいくまい。
「しっかりしろよ、お前。皆がお前を1人前にしようと協力してくれているんだろうが。そのおまえがいつまでもメソメソしてたら、協力してる連中だって甲斐がないってもんだ」
 白い手布でそっと目元を拭い、それまで泣き続けていた騎士見習いが小さく頷く。
 どうやら、泣いてばかりでは駄目だという自覚はあるらしい。
「で、どうなんだ? 騎士になる為に必要な特訓を課せられてるんだろ? どこまで出来るようになった?」
「師匠から‥‥」
 蚊の鳴くような声で、アリアスが呟く。呟くと言うよりは声を潜めて囁いているように聞えなくもないが。
「師匠から仰せつかった素振り300回は欠かさずに‥‥続けています‥‥肉刺は何度か破けましたけど‥‥」
「誰もが通って来た道だな」
 見れば、アリアスの手には真新しい包帯が巻かれてある。
 敢えて言わせて貰うならば、丁寧に包帯なんぞを巻く必要はない。包帯を用意しているうちに次の肉刺が出来、また破けていく。そうやって、皆、鍛えてきたのだ。
「で? 他には?」
 どかりと椅子に腰を降ろした見知らぬ冒険者に問われて、アリアスは僅かに顔を伏せた。
「素振りだけじゃないんだろ? 他には何をやっている?」
「‥‥あの‥‥腕立て伏せと腹筋を‥‥」
 アリアスが予想した通り、冒険者は額を押さえて尋ねて来た。「何回だ?」と。
「えと‥‥毎日続けてたので、10回は出来るようになりました」
 その後の反応も、アリアスには見慣れたものだった。
 驚いたように顔をあげ、何も言わずに首を振る。
 アリアスに尋ねて来る人のほとんどが同じ反応を示す。それがどんな感情を伴った反応なのか、アリアスはもう知っていたから、自然と彼の表情は暗くなり、悄然と肩を落とす事になる。そして、己の不甲斐なさに涙するのだ。
「やっぱり‥‥やっぱり‥‥無理なんです‥‥僕。あのモンスターの言う通り、騎士にも冒険者にもなれない落ちこぼれなんです‥‥」
 ギルドの中に再び啜り泣きが響き、元の木阿弥、最初に戻るというやつだ。
 溜息をついた冒険者は、壁に張り出された依頼をしばし眺めると、受付嬢を指先で呼びつけた。
「なぁ、うっとおしいだろ? アレ」
「うっとおしいですよ。毎日ですもん」
 だから、物は相談なんだが、と男は声を潜める。
「アイツでもこなせそうな依頼を回してやれよ。今回も協力してくれるお目付け役を何人かつけて、アイツの手でモンスターを倒させるんだ」
「‥‥倒せると思いますぅ?」
 半信半疑どころか、頭から無理だと決め付けてかかっている受付嬢を宥めて、男は続けた。
「アイツは倒すべきモンスターに馬鹿にされて自信を失った。なら、モンスターを倒して自信をつければいい」
「そんなに簡単に行きますか?」
 アリアスにモンスターを倒せるのか。
 それが彼の自信回復に繋がるのか。
 そもそも、アリアスの自信回復作戦に適当な依頼があるのか。
 そんな受付嬢の疑問に、男は口元をにやりと引き上げた。
「この2つなんかどうだ? どっちも、そこにいるモンスターを倒すだけ。他はなーんにもしなくてもいい」
 2つの依頼内容はよく似ていた。
 事前調査の必要はない。片方は古い館、もう一方は寂れた村のはずれ。そこにモンスターが現れ、村人が気味悪がっているから退治して欲しい。ただ、それだけの内容である。冒険を始めたばかりの者には腕慣らしに丁度良さげな依頼だ。
「館の方はスカルウォーリアー、村はずれ‥‥の墓地にはズゥンビね。そこそこ腕に自信がある者なら、どうって事ない依頼でしょうけれど」
 小首を傾げた受付嬢の言葉を引き継いで、男は言った。
「本当の狙いは別だ。この依頼をアリアスに受けさせて、彼の自信回復を計る事。彼自身がモンスターを倒さなければ、自信回復には繋がらないだろうから、過剰な手出しは控え、「如何にしてアリアスにモンスターを倒させるか」を考える」
 当のアリアスは、ギルドの隅っこで頭を抱えてぶつぶつ呟きつつ、自分を貶めている。
「アレを動かしてモンスターと戦わせるというのは、結構難しいかもしれませんよ?」
「そこを動かすのが、協力者達の腕の見せ所だろう?」
 アリアス、と男は半べそ状態の青年を改めて呼んだ。
「いいか、アリアス。今度の依頼はこの2つのうちどちらかになる。どっちにするかを決めるのは、同行者だが、一応、内容を知っておいた方がいいぞ」
 言われて、アリアスは素直に依頼状に目を通した。
「‥‥古い館に住み着いたスカルウォーリアーと、村のはずれに居着いたズゥンビ‥‥。僕、よく分からないんですが、スカルウォーリアーとズゥンビってどんなモンスターですか?」
 そうねぇ、と受付嬢は頬に手を当てて、明るくアリアスの疑問へと答えをくれた。
「スカルウォーリアーっていうのはぁ、簡単に言うと骸骨ね。骸骨が防具つけて武器持ってるって考えると間違いはないわね」
 骸骨と聞いた時点で、アリアスは顔から血の気が失せる。
「ズゥンビっていうのは、まぁ、ぶっちゃけて言えば腐った死体? スカルウォーリア―より肉ついてるから、ちょっとは人に近く見えるかもしれないわ。でも、腐ってるから眼球とか、落ちちゃってるかもね」
 ふぅらぁり‥‥。
 貧血を起こして後ろに倒れ込んだアリアスの頬を軽く叩いて、男はにんまりと笑って見せた。
「男の意地、見せろよ、アリアス」
 受付嬢も無責任な応援を送る。
「大丈夫ですよ。1人じゃないんだし。皆、きっと、アリアスくんが戦いやすそうな方を選んでくれますよ! 多分!」

●今回の参加者

 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5352 デュノン・ヴォルフガリオ(28歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●劣等感
 悪意ある言葉で自信を失ったアリアスを半ば強引に引きずって来て3日。
 目的地の墓所に近い場所を、彼らは野営の地と定めた。
 ズゥンビの出没時間は真夜中から明け方だと事前情報で得ている。村に入って宿を取るよりも野営の方が何かと都合が良い。
「戦いに勝つ為には、自分の力と相手の力を見極め、そこから導き出した戦術で挑むんだ。魔法や剣が自分より勝る相手なら、魔法や剣を使わずに戦えばいい。その見極めは誰に教えて貰って身につくものじゃない」
 俯くアリアスを覗き込んで、ヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)は、その細い肩を掴んだ。
「お前は他者の言葉ではなく、自分にどれだけの力があるのかを知っているか? 自分を知らなければ、お前とズゥンビを比べる事は出来ない。つまり、相手の力との対比が出来ない。戦う前から負けている事になる」
 首を竦ませたアリアスに代わって、勢いよく手を挙げたのはレムリィ・リセルナート(ea6870)だった。
「先生、しつもーん! ズゥンビってどんな奴ですかぁ?」
 レムリィとて、ズゥンビに対する基礎知識はある。敢えて尋ねたのは、偏に可愛い子分の為だ。
 「自分だけ何も知らない」という彼を呪縛する劣等感を取り除く為、同じペースで共に学ぶ者の存在を印象づけようとしているのだ。
 確かに、1人で先輩に追いつこうとするよりも、共に進んでくれる者がいる方が心強い。
「ズゥンビとは、アンデットに分類されるモンスターで」
 ヴォルフの講義を見守っていたベアトリス・マッドロック(ea3041)は、立ち木に背を預け、同じようにアリアスの様子を見つめていたゼファー・ハノーヴァー(ea0664)を振り返った。
「そろそろ行こうかね、ゼファーの嬢ちゃん。アルメリアの嬢ちゃん達も動き始めてる頃だろうし」
「‥‥ああ、そうだな」
 頷いて、歩み出したゼファーはふと足を止めた。
「どうかしたかい?」
 ヴォルフの言葉に真剣な顔で頷いているアリアスへと視線をちらと向けて、ゼファーは難しい顔をして再び歩き出す。
「彼が自信を持てないのは、周囲との差を感じている事が原因だろう。だが、どんなに自分を貶めて泣いても、自主トレーニングは続けているようだし、依頼にもこうして参加している。冒険者になる事を諦めたわけではなさそうだが‥‥」
「誰だって落ち込みたい時はあるモンさ。訓練を続けるだけの気持ちは残ってるんだ。一山を越えりゃ、また頑張れるさ。ま、その山を越える為に背中を押してやらなきゃならないだろうけどね」
 違いない。
 ふ、と笑ったゼファーは、アリアスに気づかれていない事を確認して、そっと野営を抜けた。

●別働隊
 仲間達とは別に村に入り、準備を整えていたアルメリア・バルディア(ea1757)とルクス・シュラウヴェル(ea5001)は、人の気配が無くなった通りを歩いていた。
 腕に覚えのある者や何も知らない旅人もこの道を進み、ズゥンビの犠牲となったという。
 いつものアーマーの上に借り物のローブを着込んだルクスは、犠牲となった者の為に、口の中で祈りの言葉を呟いた。
「ベアトリスさんとゼファーさんが、先に墓所に入られています」
 アルメリアの言葉に頷いて、ルクスは道の先、不気味に静まり返った墓所を見据えた。
 ズゥンビが現れるようになってからというもの、誰も近づかなくなった墓所。そこに眠る者達は、血縁の者の訪れもなく、寂しい思いをしているだろう。
「少し騒がしくなるが、これが終われば、また家族が会いに来てくれる。しばし、我慢召されよ」
 眠る死者に許しを乞い、ルクスは墓所へと足を踏み入れた。

●試練の時
「ほら、食べろよ」
 授業を終えたアリアスに焼きたてのパンを差し出して、デュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)は、自分も彼の傍らに腰をおろした。
「俺が作ったんだ。うまいぜ〜♪」
「あ、ありがとうございます」
 移動中の野営で、焼きたてのパンを食べる事が出来るとは思っていなかった。アリアスは手の中の暖かなパンとデュノンを見比べて感嘆の言葉を漏らす。
「こんな場所で、道具も何もないのにパンが焼けるなんて凄いですね」
 アリアスの言葉に、パンをくわえていたデュノンが小さく笑って頭を掻く。
「凄いです。冒険者として戦えるだけじゃなくて、パンを作るのもお上手だなんて‥‥」
 世辞ではなく、裏も表もない言葉だと分かっているから、デュノンも面映ゆい。照れ隠しに乱暴にパンを噛み千切った。
 パンに噛みつこうとしていたデュノンが、傍らから聞こえた小さな声に動きを止めた。声の主は、背を丸め、貰ったパンを割っていたアリアスだ。
「僕は、どうしてこんなに何も出来ないんでしょう」
「アリアスはさ、なんで騎士になりたいんだ? 騎士以外になりたい職業はないのか?」
 突然の問いに、アリアスは2、3度瞬きを繰り返してデュノンを見上げた。意外な事を聞いたかの表情に、デュノンの方が慌ててしまう。
「い、いや、だからさ。冒険者は騎士だけじゃなくて色々とあるんだからさ。別に騎士じゃなくても‥‥」
「僕の家は、代々騎士の家系で、跡継ぎは僕しかいないんです。だから、僕は騎士にならなくちゃいけないんだけど‥‥でも、仕方ないから騎士になるんじゃなくて‥‥その‥‥」
 立てた膝に顔を埋めて、アリアスはデュノンがようやく聞き取れるぐらいの小さな声で呟いた。
「ずっと、あ‥‥憧れてて‥‥その‥‥円卓の騎士様みたいになりたいって」
 思わずデュノンは手を伸ばしていた。
 細い、持ち主の繊細さを表したような髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回して、折れそうに細い首に腕を回す。
「なら、頑張れ! 結局は自分次第なんだ。いいか、アリアス‥‥」
 少女と身紛う少年に何事かを囁いたデュノンは、不意に指先に走った痛みに声を上げた。
「っ! 何だ?」
 痛みの走った手を振り上げてみる。
 肘から手首、そしてパンを握ったままの指へと視線を移して、デュノンはかぱりと口を開けてしまった。
「カ‥‥カファちゃん?」
 むぐむぐむしゃむしゃ。
 パンに食いついているのは、同行した冒険者の1人、カファール・ナイトレイド(ea0509)であった。活動開始の時刻まで休んでいるはずだったのだが‥‥。
「っ! こら! 俺の指まで食べるな!」
 どうやら夢の中を漂ったまま、焼きたてパンのいい匂いに惹かれてやって来たらしい。
「騒がしいな」
 今後の打ち合わせをしていたヴォルフとレムリィは、デュノンの指に食いついて離れないカファと、おろおろしているアリアスの姿を見つけて同時に嘆息した。
「ま、アリアスの緊張もいい感じで解れたんじゃない?」
 それよりも、とレムリィは剣呑な表情でヴォルフを睨み付ける。
「やっぱり、あたしは賛成出来ないわ。事前にズゥンビを痛めつけるなんて、アリアスには荷が重いって決めつけてるみたいだもの」
「確かにそうかもしれない。だが、万が一の事があれば、ますますアリアスは萎縮してしまうだろう。なぁに、ゼファー達もその点は分かっているさ。心配するな」
 ぽんぽん、とレムリィの頭を叩いて、ヴォルフはその耳元に戯けた囁きを落とす。
「アリアスの事をやけに心配しているんだな?」
「可愛い子分なんだから、当然でしょ! 子分の為に脱ぐわよ、あたしは!」
 途端に、ヴォルフはむぅと顔を顰めた。
「子分思いは感嘆に値するが、花も恥じらう乙女が脱ぐなどと‥‥」
 がつん、とヴォルフの頭で小気味良い音がした。Gパニッシャーの一撃である。尤も、Gを叩き潰す程の力は篭められてはおらず、ヴォルフは頭を抱えるだけで済んだ。
「一肌脱ぐって意味よ! もう! 変な意味に取らないでよねっ! この‥‥」
 レムリィの悪態が危険域に達しようとしていたその時、不気味な声が辺りに響き渡った。
「この声は何!?」
「奴が動き始めた」
 いつの間にか戻って来ていたゼファーが告げる。その言葉が持つ意味を分からぬ者は、この場にはいない。頭を押さえて蹲っていたヴォルフは、表情を改めてアリアスへと早足で歩み寄った。
「アリアス、予定よりも早いが作戦行動に移る。ここから、分かれていく」
 突然の言葉に動揺したのだろう。アリアスは、救いを求めて仲間達を見た。だが、望む言葉は与えられない。その代わりに‥‥。
「これを持っていけ。冒険の必需品だからな」
 荷物の中から取りだしたポーションを握らせて、ゼファーは笑んだ。
「んじゃ、俺も。ダメージ食らったら飲みな♪ んでもって、教えてやった事、忘れるなよ?」
「大丈夫だよ、アリりん! おいらはアリりんと一緒の班だからねっ」
 デュノンとカファの言葉に、アリアスはかくかくと頭を動かして応えるのが精一杯の様子だ。緊張も頂点に達したらしい子分の鼻先に、レムリィはぴしりと指を突きつけた。
「いい? ズゥンビを土に還すのは、死者の魂を自由にしてあげるって事なのよ。自分に何も出来ないなんて決めつけるのはやめて。ヴォルフが言ってた事を忘れないで」
「は‥‥はい」
 レムリィの喝に、アリアスもきゅっと唇を噛み締めて頷いた。まだ震えてはいるが、どうやら彼なりに腹を括ったようだ。
「ただし、自分を過信するな。思い込みだけで勝てれば苦労はいらないからな」
 言葉と共に肩を押され、アリアスは墓所へと向かって歩き出した。

●勝利、そして
「カファさんは怖くないのですか?」
 辺りは暗闇。
 周囲には、死者の眠る墓。
 怯えつつ先へと進むアリアスの肩の上、カファは明るい声で笑った。
「アリりんと一緒だもん。怖くないよ」
 声の調子から察するに、虚勢を張っているわけではないようだ。
「‥‥僕は怖いです」
 皆に励まされ、支えられてここまで来たというのに、それでも怖くて震えが止まらない。そんな自分が恥ずかしくて、アリアスは俯く。
「んとね、おいら思うんだけど、守ってくれる人がいると思うと怖くないし、誰かを守ろうと思うと勇気が出るんじゃないかな? アリりん、おいらの事、守ってくれる?」
 頬を叩く小さな手に、アリアスは微かに笑った。
「‥‥僕、全然強くもありませんけど、カファちゃんはお守りします。約束します」
 震える声で、アリアスが小さく誓いの言葉を呟くと同時に、何かが壊れる音が響く。続けて響いた重い物が倒れたような音と振動と共に、白いローブを纏った2人の女性が墓の間から転がり出る。
「ズ‥‥ズゥンビ!?」
「違うよ、アリりん! 生きてるおねーさん達だよ!」
 転んだ女性を助け起こし、白いローブを纏った女性がカファとアリアスを振り仰ぐ。
「気を付けて。ズゥンビが近くにいます」
「貴女達は?」
 油断なく周囲を見回して、ローブの女性は短く自分の名を告げた。
「セーラ様にお仕えする身。修行中の冒険者ですわ。ズゥンビの噂を聞いてやって来たのだ‥‥ですけれど」
 一瞬、語尾が乱れた事に冷や汗を掻いたが、アリアスはそれどころではなかったらしい。内心、安堵の息をついて、ルクスはホーリーシンボルを手繰って呪文を唱えた。
 小さな光が周囲を照らし出す。
「これで、少しは見えますでしょう? これぐらいしか手助けは出来ませんけれど」
 暗闇の中で光を灯せば、敵に見つかる事となる。本来ならば避けるべきだろうが、今回は別だ。素早くアルメリアと目配せして、ルクスは手に生まれた光球を掲げた。
「騎士様、ご覧下さい!」
 質素なマントに身を包んだアルメリアが、闇の一点をアリアスに示す。そこに揺らめくのは、仲間の影ではない。顔の肉が半分崩れ落ちた死体だ。
 息を呑み、後退ったアリアスの手を握り、アルメリアは小声で囁いた。
「大丈夫、勇気を出して。貴方なら出来ます」
「アリりん!」
 アルメリアとカファの声に、アリアスは腰に吊したワスプ・レイピアに柄に手をかける。ここに入る前に、カファが彼に貸してくれた武器だ。
 汗が滲む手で鞘から引き抜くと、迫って来るズゥンビに切っ先を向ける。
『戦いに勝つ為には、自分の力と相手の力を見極め、そこから導き出した戦術で挑むんだ』
『自分に何も出来ないなんて決めつけるのはやめて』
『アリりんと一緒だもん。怖くないよ』
『勇気を出して。貴方なら出来ます』
 様々な声が脳裏に蘇って来る。
 覚悟を決め、アリアスはレイピアを構えて駆け出した。
『相手の力を見極めろ』
 近づくにつれて、モンスターの様子がはっきりと見えて来る。腐って落ちたのだろうか。片腕が無い。敵意を剥き出しにしてアリアスに襲い掛かって来る動きも死人故か、どこか鈍い。
 一撃目は、ズゥンビの腕に阻まれた。
 跳ね飛ばされた体が、墓石にぶつかって止まる。
 ちっと舌打ちしたルクスが呪を唱えた。途端に、ズゥンビの動きが止まる。
 コアギュレイトだ。
「今のうちに飲んで!」
 渡されたポーションを飲み干すと、アリアスは再び立ち上がり、ズゥンビへと向かう。呪縛の解けたズゥンビの腕をかわすと、デュノンが教えてくれた通りに体を沈め、ズゥンビの足を払った。
 鈍い音を立てて倒れたズゥンビに、渾身の力を込めてレイピアを突き下ろす。
 肉を切る、嫌な手応えがレイピアを伝って届く。
「やったよ、アリりん! アリりんが倒したんだよ!」
 ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けたアリアスに、カファが大喜びで飛びついた。
 どこか呆然としたアリアスの手を取り、アルメリアはレイピアの柄を掴んだまま離れない指を1本1本、丁寧に剥がしてやる。
「ご立派でしたわ」
 ゆっくりと視線を巡らせたアリアスの額に、軽く口づけを落として、アルメリアは微笑んだ。
「貴方は私達を守って戦って下さった、立派な騎士様ですわ」
 ぽぉと頬を上気させ、アルメリアの顔を見つめたままのアリアスは、瞬きを繰り返すのみだ。
「男の子が戦う一番の理由は可愛い娘の為ってなァ、案外、本当のようだね」
 そんな彼らの様子を遠巻きに見ていたベアトリスが、傍らのゼファーに悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。ズゥンビの動きを予め牽制していたのは彼女達だ。
「そうだな。‥‥これで、『出来ない』というアリアスの思いこみも少しはマシになるだろう。次の依頼では、もっと成長してくれるといいんだが」
 アリアスに向けていた視線を足下に戻して、ゼファーは痛ましげに眉を寄せた。
「その前に、この人達を聖なる母の御元に送ってあげようかねぇ」
 どうやらズゥンビは死んでしまった者に興味を示さなかったらしい。所持品も武器もごちゃ混ぜに打ち捨てられた哀れな犠牲者達を丁重に葬って、彼らはその場を後にしたのであった。