【魔影乱舞】Crossbones

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月24日

リプレイ公開日:2005年04月27日

●オープニング

●手掛かりの先へ
 地図に残された手掛かり。
 未完成な三角形の先に「何か」がある。
「とにかく、集めた情報は活用してこそだ」
 冒険者達の前に羊皮紙を投げ、アンドリューは珍しく苛立った表情を見せて唇を噛んだ。
「スレイブとなった花嫁、少年達を集めていた手紙、そして奇病、これらが繋がっているとすれば、その先にはあの女がいるのかもしれん」
 あの女。
 それは、突然に彼らの前に現れ、恥を掻かせた者を始末しに来たと穏やかならぬ言葉を告げた娘の事だ。彼女の言葉を証するように、夜が明けて、小屋から離れた場所で無惨な姿となったアンドリューの知人が発見された。
 知人を殺された事に、アンドリューは憤っているのかもしれない。
「これが、少年を集めていた手紙だな?」
 余裕の無い仕草で冒険者が現地で見つけた手紙を開き、アンドリューは口元を歪めた。
「天使のごとき貴方へ。我は美しき者を愛でんと欲すもの。我と共に、杯を傾けん‥‥か。ふざけた内容だ」
 屋敷に集められていた少年達の中には既にスレイブ化している者もいたらしい。「見目麗しい者」と限定していたのは、何か意図があっての事か。
 しかし、奇病が発生した村では、老人から子供までもがスレイブ化していたという。
 スレイブ化する者は選定されているのか、それとも無差別か。招待状の依頼を見る限りでは選定がなされていたように思えるのだが。
 また、スレイブ化した花嫁の事件では、彼女の村に立ち寄った旅人が花嫁に興味を示していたという情報があった。その旅人が現れた直後に、花嫁は熱を出し、スレイブとなった。
 2つの事件の顛末は、ギルドの報告書の中にも残っている。
「スレイブ化した者との戦い方は、今度の依頼の参考になるな」
 それらの報告書を分析した結果が細かく纏められた資料に目を通し、アンドリューは呟いた。これも、先の羊皮紙と同じように卓の上に投げ、読むように促す。
「だが、これはスレイブと呼ばれるバンパイアの情報でしかない」
 その一言に、冒険者達は黙り込んだ。
「バンパイアについては、噂ばかりが先行している状態だ。皆も既に気付いているようだが、ここ一連の事件の背後に、スレイブとは別の存在が見え隠れしている。招待状を出した奴は、集めた少年達をどこかへ連れて行こうとしていたらしい。スレイブと化した花嫁は『主の命令』という言葉を口にしていた」
 そこで一旦言葉を切り、彼は卓を囲む冒険者達を見回した。
「そして、あの娘だ」
 自分に恥を掻かせた、と言った娘。
 そして、死んだ男。
 だが、忽然と消えた娘の行方は杳として分からず、死んでしまった男には話を聞く事も出来ない。
 真実は、残された手掛かりと掴んだ情報から手繰り寄せるしかないのだ。
「‥‥あの村で奇病が発生する前、同じような病が流行り、住人が消えた村があると言ったな」
 地図に残された手掛かり、三角の中に囲われた小さな点として記された村に、冒険者達の目が集まる。
「その村は山の奥にあり、病発生の噂もさほど広がらなかったようだが、住人達はどこへ行った? もしも、彼らがスレイブ化しているとすれば、この辺り一帯にスレイブが大量発生していてもおかしくはない」
 しばし考え込んだ冒険者が地図の1点を指さした。
「更に山の奥、か」
 その先に、未完成な三角形が完成する地点もあるはずだ。
「その可能性が大きい。それで、今回の依頼だ」
 アンドリューは、羊皮紙を掻き分け、埋もれていた依頼状を取り出すと改めて冒険者達に提示した。
「消えた住人を追う事。これが、今回の依頼だ。住人の全てがスレイブ化していると仮定すると、遭遇した場合、10人前後を相手に戦わなければならなくなる。対策と準備を怠ると命に関わるぞ。報告書や聞き込みの情報をもう1度確認しておけよ」

●闇の城
 闇の中、物憂げに身を起こした娘は、小さく喉を鳴らした。
「ほほぅ? 人間風情が賢しげな」
 傍らに控えた者が差し出した杯を受け取ると、彼女は冷たい床に足を下ろす。開け放たれた窓から吹き込む風は、まだ冷たい。
「いかがなさいますか?」
「人間ごときに何が出来る。捨て置けばよい」
 杯に唇をつけた彼女は、いや、と己の言葉を打ち消した。
「それはそれで退屈しのぎにはなるやもしれぬのぅ‥‥」
「では?」
 裸足のまま窓辺へと歩み寄ると、悪意に満ちた含み笑いを漏らす。
「‥‥急ぎ、城までの道を閉ざすのじゃ。外におる者達に出迎えを命ぜよ」
 僕に命ずると、彼女は見渡す限りの闇に向かって呟いた。
「さて、冒険者とやら。妾を存分に楽しませておくれ。さすれば、褒美をやろう程に」

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●なぐさめとでばがめ
 バンパイアと呼ばれる者達は太陽の光を嫌う。
 それは、巷間に伝えられるバンパイアの弱点の1つだ。
 信憑性がある、と沖田光(ea0029)は言った。
 彼がルクス・ウィンディード(ea0393)と共に調べ上げたギルドの報告書の中に、バンパイアが太陽の下で活動したという記録がどこにも無かったからだ。
 その判断により、彼らは昼間に移動と情報収集を行い、太陽が落ちてからは交替制の見張りを立てて休みながら目的地へと向かっていた。
 彼らが初めてスレイブと遭遇した悲劇の村から更に北へと進んだ山奥にある廃村へと。
 途中、サーシャ・クライン(ea5021)が聞き込んで来た以上の情報を得る事は出来なかったが、それでも彼らは何やら確信めいたものを心の中に抱き始めていた。
「あの女の子が言っていた「恥を掻かせた者」とは、アンドリュー様のお知り合いの方ですよね?」
 火に薪をくべて、カレン・ロスト(ea4358)は傍らでごろんと横になっている男に尋ねた。
「だろうな」
 返る答えは素っ気ない。
「アンドリュー様は、他にも何かを知っているのではありませんか? 発症していた女の子が助かった理由もご存知のようですし」
「あの子が助かったのは、子供だったからだ」
 カレンは眉を寄せる。
「子供である事が関係するのですか?」
「ああ。半分、アンデットとなった被害者に致死ダメージを与えるぐらいのピュアリファイをかけれぱスレイブ化は防げる。つまり、体力の無い子供だったから、あいつが浄化出来たんだ」
 淡々と語るアンドリューの言葉には、どこか苦い物が混じっていた。その理由が分からぬままに、カレンは彼から聞いた内容を繰り返す。
「完全なスレイブとなった者に有効であるかは分からないが」
「そうですか‥‥」
 続けて疑問を投げかけようとしたカレンは、突然に右腕を強く引かれて小さな悲鳴をあげた。
「カレンちゃん!! そろそろ交替の時間デスよ!」
 細い体を抱きこんだレジーナ・フォースター(ea2708)の勢いに圧されて、カレンは目を瞬かせる事しか出来ない。返事が返らないのは了承の印とばかりに、レジーナはカレンの体を天幕の中に引き摺り込む。
 呆気に取られたのは、残されたアンドリューだ。
「天幕に連れ込むとは‥‥やってくれるじゃないか」
 声が震えてるのは、一瞬の間に出来事に反応出来なかった為か。それとも、あっさりとカレンを天幕の中へ引き込んだレジーナへのライバル意識か。
「‥‥またロクでもない事を考えているんじゃないのか」
 本気で悔しがっているらしいアンドリューを見下ろして、もう1人の見張り、サリトリア・エリシオン(ea0479)が溜息をつく。本質は軽薄な女好き。ここしばらく何やら深刻な顔をしていた男の認識を元に戻し、サリは彼の隣りに腰を下ろした。
「皆、心配していたぞ」
「‥‥皆?」
 そう、と表情を変えずに肯定して、サリはその名を告げた。
「レジーナとか」
「はぁ!?」
 違う。違うのデスヨ、サリさんッ!
 天幕の中からこっそりと2人の様子を窺い見ていたレジーナが呻く。だが、誤解を解けないのが彼女の辛い所である。
「私の事はどうでもいいですから、さっさと‥‥」
「さっさと‥‥なぁに?」
 天幕の中で眠っていたネフティス・ネト・アメン(ea2834)が目を擦りながら尋ねる。状況がわかっていないネティに、レジーナの思惑を知らぬカレンは首を傾げるだけだ。
「ああっもぉ!じれったい! そこで膝枕なり何なりに持ち込むのが男でしょうがっ! この甲斐性なし!」
「‥‥一体、何をしてるの?」
 ネティの疑問は尤もである。しかし、答える術をカレンはもたない。そんな中で、テントの隙間から外を覗いていたレジーナがくるりと振り返ると、一言、きっぱりと言い切った。
「でばがめ」
 驚愕したネティとカレンの背後に、幻の雷が走る。
「で‥‥でばがめ‥‥」
 彼女達の動揺を知らぬ顔で「でばがめ」に戻ったレジーナに、2人は顔を見合わせた。
「って、何?」
「さあ?」
「‥‥何をやっているのだ、貴殿達は」
 天幕の中、少しでも体力を温存すべく休んでいたルクス・シュラウヴェル(ea5001)の呆れ声に、ネティ達はただふるふると頭を振るのみであった。

●亡者の為に
「ネティのテレスコープによると、もうそろそろ館が見えて来る頃だが」
 だが、周囲は鬱蒼と繁った木ばかり。
 油断出来ない、とシュラウは表情を引き締めた。太陽は既に翳り始めている。明るいうちに館まで辿り着きたかったが仕方がない。
「ネティ」
「うーん、もう少し、なんだけど」
 太陽が教えてくれる館の場所は、ネティにははっきりと見えている。だが、上空から見るのと、実際に地上を進むのとでは違う。もどかしげにネティは爪を噛んだ。
「皆さん、どこまで効果があるか分かりませんけれど、大蒜や十字架を手放さないようにして下さいね」
 注意を促す光の声に、ウィンは首からぶら下げた大蒜を嫌そうに摘み上げる。
「いいけどさ、なんか様になんねェよな」
「我慢しましょ、バンパイアに何が効くか分からないんだもの」
 光が準備した対バンパイアグッズの数々に、サーシャもげんなりと息を吐いた。いつものモンスター退治とは趣が違うのは、相手が未知なる敵だからだ。
「あ、皆さん、見てください! あんな所に家があります!」
 灯りの気配が揺れる民家に近付こうとするレジーナを、光が止めた。
「待って下さい。もしかすると、罠かもしれません」
「そうだな、注意するにこした事はない」
 シュラウにも止められて、レジーナは仲間達と民家とを見比べる。見た所、普通の民家だが、油断は出来ない。
「僕が先に行きます」
 彼らの中で一番モンスターの生態に詳しい光ならば、民家にいる者が人間かバンパイアか見極める事が出来るはず。
「待って下さい」
 先に進もうとする光の服を掴んで、カレンは訴えかけた。万が一、中に潜んでいる者がバンパイアならば、このまま戦闘へと突入するかもしれない。ならば、その前にグットラックを、と。
「あ、あの、アンドリューさん、ウィンさん、変な所に触らないで下さいね」
 恥ずかしげに告げたカレンに、ウィンとアンドリューが抗議の声をあげる。
「ちょっと待て! なんで俺達だけに言うんだッ」
「え? あの、だって‥‥」
 どきまぎしながら頬を染め、俯くカレンを援護したのは女性陣だ。
「当たり前じゃない。カレンは女の子なのよ!」
「特に、アンドリューは要注意だしな」
 違う! と男共は主張した。
「なんで、光には注意が無いんだッ」
 あれも!
 一応は男だぞ! と。
「一応って何ですか、一応って!」
 僕は立派な成人男子ですッ!
「え?」
 光の自己主張に、カレンが意外そうな声をあげた。それぞれ別の意味で憤っていた男達は、瞬間、口を閉ざした。その後に続くのは。
「ぼ‥‥僕って」
「まー、落ち込むなよ、光」
「そーそー、そのうちいい事もあるさ」
 ぽんぽんと光の肩を叩いて慰める男達に、サリは爪先で地面を叩く。その額には青筋が浮かんでいた。
「さっさとカレンにグットラックを掛けて貰って来い!」
 サリに一喝されて、彼らは慌ててカレンの前に一列に並ぶ。
「これだから男って」
 疲れたような溜息をついたネティの背後で、繁みががさりと揺れた。素早くネティ達を背に庇ったシュラウの前に、レジーナが躍り出る。
「ちちち、駄目ですよ。ここしばらく一緒に依頼を受けている私達の連携を甘く見‥‥んん?」
 繁みの中から飛び出して来たのは、1匹の猫だった。それも、彼らの良く見知った、深緑にも見える黒猫。
「キトゥン!」
 レジーナは、腕を伸ばして猫へと駆け寄った。
 腕の中に飛び込んで来た猫の胴をぎゅっと捕まえて、レジーナは低く笑う。
「この忙しい時に、何を遊んでいるのですか、アナタは」
 みゃあ!
「お黙りなさい! こんな時に役に立ってこそ、猫の会の会員と言えましょう。なのに、アナタと来たら」
 みゃあみゃあみゃ!
 どうやらキトゥンは反論を試みているらしい。それを一蹴して、レジーナはその首裏を摘むと、ぽいと光へと投げ渡した。
「さあ、お行きなさい!」
「‥‥はい」
 ここは逆らわぬが得策。
 そう考えた光は、すごすごとキトゥンを抱えて民家へと向かう。その光の腕の中で、キトゥンが暴れる。何かを威嚇するように唸る黒猫に、シュラウは表情に緊張が走らせ、ホーリーシンボルを手繰った。彼女の手に生まれた白い光が辺りを照らし出すと、幾つもの影が浮かび上がる。
 仲間達の反応も素早かった。
 印を結び、呪を唱えた光の手に、透明な剣が現れる。
「地に眠りし輝きを今、剣に‥‥。サリさん、これを使ってください!」
 それをサリに投げ渡すと、光は先制のファイヤーボムを放った。
 炎の弾は、狙い違わず生気ない人影に当たって炸裂した。だか、影は倒れない。軽く舌打ちした光に代わって飛び出したウィンが、ロングスピアを構える。
「試させて貰うぜ、色々と!」
 ロングスピアが風を巻き、空を斬る。牙を剥き、襲いかかって来る相手の足下に叩き付けられる鋭い一撃。
「行け!」
 ウィンの影から躍り出たサリがクリスタルソードを振り下ろす。濁った絶叫を放って地面に倒れたそれに、サーシャは顔を顰めた。光のファイヤーボムに焼かれ、クリスタルソードで斬られてなお、それは敵意を剥き出しにして彼らに手を伸ばしている。
「‥‥えい! くらえ、大蒜攻撃!」
 首にぶら下げた大蒜を投げつけて反応を見るが、サーシャが見る限りでは何のダメージも与えていないようだった。
「大蒜は効かないっと。じゃあ、これはどう?」
 サーシャの作り出した真空の刃が、背後から近づく影の腕を切り落とした。だが、腕を落とされた事に気付いてもいないように、影はゆらゆらとサーシャへと迫る。
「うー‥‥気持ち悪い」
「油断しちゃ駄目です!」
 ルーンソードで影を切り伏せて、レジーナは近接戦闘に向かない者達を背に庇った。
「痛いとか怖いとか思っていないみたいですね。こんなの、相手にしてられません」
 のろのろと起きあがって来る影に、うんざりとした口調でレジーナが呟く。かと言って、このスレイブ達を何とかしない事には、先へと進めない。
「厄介だな」
 白い光が薄く闇に溶けると同時に、シュラウは再びホーリーシンボルを手に呪を唱えた。コアギュレイトされた小さな影に痛ましそうに目を細めて、その胸にシルバーダガーを沈める。
「可哀想に‥‥」
 崩れ落ちていく子供に手を差しだそうとしたネティを止めて、ウィンはロングスピアを光から手渡されたクリスタルソードに持ち替えた。
「‥‥亡者に成り下がったこいつらに俺達が出来る事、それは引導をくれてやる事だ!」
 遣り場のない憤りを感じながら、ウィンは躍りかかって来た影に水晶の刃を叩き付ける。
「剣はぶっちゃけ、好きじゃないんだよ。‥‥ま、仕方ないね」
 剣先をスレイブへと突きつけて、囁きかける。
「塵は塵に‥‥だな。来いよ、お前等を楽にしてやるよ。‥‥俺は、お前等の死神だ!」
 スレイブとなる前は健康的で明るい娘だったのかもしれない。哀れと思う心を乗せて、ウィンは剣をスレイブの首へと滑らせた。
 そこに、カレンから放たれた白い光が降り注ぐ。
 ゆっくりと倒れていく娘を受け止めて、ウィンは小さな囁きと共に、静かに剣を突き立てた。

●闇に消える
 倒したスレイブは7体。
 その亡骸を全て焼いて、冒険者達は先へと進んだ。
 心と体の奥に疲れが蟠っている。だが、罪無き者をスレイブ‥‥生ける亡者とした存在を許してはおけなかった。
「多分、この先よ」
 星を見上げ、昼間、テレスコープで確認した館の位置と自分達のいる場所とを照らし合わせ、ネティが仲間達に注意を促した。その声に、スレイブとなった者達を焼いて弔った後、ずっと黙り込んでいた光が口を開く。
「もしも、黒幕が‥‥スレイブを生み出し、僕達に差し向けて来た存在が、自分の手下を倒した僕達をどうしたいか、考えてみたんです」
 仲間達は、厳しく、思い詰めた表情の光の次の言葉を待った。
「僕達を罠にかけて、仲間に引きずり込むんじゃないかって、そう思うんです。だから、皆さんにオーラエリベイションを‥‥」
 レジーナに抱かれていたキトゥンが、毛を逆立てたのは光の言葉が終わる直前だった。腕から飛び降り、唸り始めたキトゥンに、アンドリューが呟く。
「そういや、なんでここにキトゥンがいるんだ? こいつは、クリス達と一緒に居たんじゃ‥‥」
 ころころと鈴が転がるような笑い声が響いた。
「妾の出迎えは気に入らんかったようじゃな」
 闇の中、白く浮かび上がる若い娘の姿を、ウィンは鋭く見据える。
「ああ、気に入らないな。最低の趣味してるぜ、アンタ」
「妾の趣味が最低と? ほほほ、人間如きが言うてくれるわ。その度胸だけは誉めてやろう。名を聞こうぞ、愚かな人間よ」
 手にした扇を閉じて、真っ赤な唇がにぃと笑みを作った。
「俺は、ルクス。お前等の『死神』、ルクス・ウィンディードだ!」
 ロングスピアを振りかざし、娘の元へと跳んだウィンは、だがしかし途中で忌々しそうに舌打ちして、仲間達の元まで退る。彼らと娘との間には、細く深く切り立った溝が横たわっていたのだ。恐らくは、館を建てた者によって作られた壕であろう。
 橋は、当然の如く落とされている。
 冒険者達を嘲笑って、娘は白い繊手を挙げた。娘の背後から現れた男が、彼女の前に何かを置く。荷物のように見えるそれに、キトゥンが一声甲高く鳴いた。
「妾は退屈しておる。楽しませておくれ、冒険者とやら」
 手を伸ばし、娘はそれを掴むと、冒険者達に見えるように突き出す。
 誰かが悲鳴を上げる。
 それが自分の声だと分かった時、サーシャは娘に向かってウインドスラッシュを放っていた。
「よいのか? この者に当たっても」
 細い栗色の髪を掴まれていたのは、少女とキトゥンと共に身を隠していたはずのクリスであった。
「この者達が妾の可愛いおもちゃとなるまでの間、そなた達に時間をやろう。精々、足掻くがよいわ」
 高らかな哄笑と共に、白い姿が闇の中へと消えていく。
 そして、ぐったりと倒れ伏していたクリスもまた、娘の傍らに控えていた男によって運び去られたのであった。