【幻想庭園】血の饗宴

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月09日

リプレイ公開日:2005年12月06日

●オープニング

●次なる手を
 ウィンチェスターにおいて自警団に捕らわれていた者達の一部は救出することが出来た。
 しかし、それはウィンチェスターに住む人々のほんの一部にしか過ぎない。また、彼らの中には聖なる母や大いなる父に仕える教会の関係者は誰1人としていなかった事も気に掛かる。
「もう1度、助けに行かなきゃな‥‥」
 キャメロットへと帰りついたアレクシス・ガーディナーは疲れた様子を見せつつギルドの扉を押し開いた。
 彼は、助け出した人々を放っておけず、サウザンプトンまで付き添ったのだ。
 サウザンプトンは、彼の仲間達が活動している場所である。しばらくは安全に過ごせるだろうが、このままずっとと言うわけにもいかない。
 ウィンチェスターの人々が1日でも早く街へと戻れるように、かのバンパイアを打ち倒さねばならない。
 そう、銀色の髪に赤い目をしたあのバンパイアを。
 決意を新たにしてギルドへと足を踏み入れた彼に、女冒険者が慌てた風に駆け寄って来た。
「アレク!」
 そのただならぬ様子に、アレクは表情を強張らせた。
 見れば、ギルドの中もざわついている。
 聖杯探索の号令が出されたと噂に聞いていたから、その影響も多分にあるのだろうが、それだけではなさそうだ。
「何があった?」
「あ、え‥‥と、あの‥‥」
 尋ねたアレクに、女冒険者は戸惑う素振りを見せた。言葉を探しているのか、落ち着きなく視線を彷徨わせている。怪訝そうなアレクに話を切り出したのは、別の冒険者だった。女冒険者の肩に手を置くと、彼は口を開いた。
「お前が依頼に出ている間にヒューがキャメロットに戻って来ていたらしいんだが」
 ぴくりとアレクの肩が揺れる。
「ウィンチェスターの話を聞いて、飛び出して行ったそうだ」
「なんだって!?」
 掴み掛からん勢いで、アレクは冒険者に詰め寄った。
 彼は動ずる様子も見せず、アレクの目を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。
「このままじゃお前が危ないと、引き留める連中の手を振り払って‥‥な」
 激高しかけて、寸での所で自制したアレクを、冒険者達は心配そうに見つめた。ヒューに疑いを掛けられた事がきっかけで、ウィンチェスターに関わる依頼を出したのだ。ヒュー自身がウィンチェスターに向かったとなれば、冷静でいられるはずがない。
「アレク、言っておくが無茶は‥‥」
「しないさ。だが、依頼は出す。‥‥ウィンチェスターを解放するには、アイツを倒すしかないんだから」
 思っていたよりも落ち着いた声で、アレクは受付嬢に羊皮紙とペンを要求する。
「ウィンチェスターが封鎖されている事に変わりはない。だが、前回潜入した時に、そのうちの何カ所かを侵入出来るように細工したそうだ。それをうまく利用すれば、中に入れるはずだ」
 羊皮紙にペンを走らせて、アレクは続けた。
「街に残っている人の全てを助け出すのは難しいという事が分かった。ならば、人々が安心して暮らせる街を取り戻す」
「‥‥バンパイアと直接対決か?」
 声が自然と低くなる。
 ウィンチェスターを支配しているのは、スレイブとは格が違う上位のバンパイア。しかも、彼らの能力には未知の部分が多い。いつかは対決しなければならない相手なのだが。
「今回の依頼は、バンパイアに屈し、同じ人間‥‥街の人々を売り渡した自警団の排除だ」
 昼夜を問わず哨戒している自警団がいなくなれば、街の中で活動しやすくなるし、「敵」をバンパイアに絞る事が出来る。
「そして、ウィンチェスターに向かった俺の従者を見つけ、連れ戻す‥‥っと。これでよし」
 最後にサインを入れて、アレクは軽い調子で受付嬢へと依頼状を渡す。
 だが、声の調子とは裏腹に、彼の表情は厳しかった。

●捕縛
 報告書を見た時には、息が止まるかと思った。
 ここしばらく国元へと戻る事が多かった為、報告書の確認をしていなかったのが災いしたのだ。
 知っていれば、主が直接ウィンチェスターへ向かう前に止められただろうに。
 忘れようにも忘れられない忌まわしい記憶と恐怖が、重石となって彼の足を竦ませ、鎖となって動きを封じる。
 主の身を案じる心だけが、先へと進む力を彼に与えていた。
「止まれ」
 不意に掛けられた声に、彼は舌打ちした。
 野盗か追い剥ぎか。そんなものに関わりあっている暇はない。
 さりげなく剣の柄に手を掛けつつ、彼は振り返った。
 銀色の輝きが太陽の光に反射して目を打つ。
「どこへ行く気だ」
「主の元へ」
 武装した騎士を相手に戦うとなると、どれだけの時間を無駄にする事になるのか。素早く頭の中で計算して、彼は突破口を探した。
「急いでおりますので、失礼致します」
 断りを入れ、ゆっくりと踵を返した彼を、鋭い声が制した。
「動くな!」
 じりと囲みを狭めてくる騎士達が手にしているのは、銀の短刀。
 彼は、目を眇めた。
「残念だが、ウィンチェスターに戻る事は出来んぞ、ヒューイット・ローディン。いや、イーディスと呼ぼうか。貴様さえ押さえておけば、後は無法者あがりの自警団だけだ」
 話しても無駄のようだ。
 彼は、先ほど確認した突破口、逃げ腰の騎士目掛けて突進する。
「逃げられると思っているのか!」
 突き飛ばされて倒れた者を飛び越えて、騎士達が彼の後を追う。
「貴様を捕らえたら、即、のさばる無法者達からウィンチェスターを解放してやろうぞ!」
 全てを撒く事など、出来そうにもなかった。

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●秘密
「似た者主従‥‥」
 思わずぽつりと漏らしたアクテ・シュラウヴェル(ea4137)に、異議なしとアリアス・サーレク(ea2699)とサリトリア・エリシオン(ea0479)が片手を上げる。
 急ぎとはいえ、いくら冒険者でも休みなしでは体がもたない。目的地に辿り着いた時には体力も気力も使い果たしていたでは話にならない。
 短い休憩を取っていた彼らの視線が、今にも飛び出して行きそうなアレクシス・ガーディナーへと注がれた。
「アレクさん、お気持ちは分かりますけれど単独行動は厳禁ですわよ」
 先回りして釘を刺したアクテに、アレクがうっと息を呑む。やはり、突っ走る気満々だったようだ。
「アレクにーちゃ、心配かけりゅわりゅい子はめっするの」
 んぐんぐと温かい香草茶を飲んでいた遊士天狼(ea3385)にまで警告を食らったアレクが冷や汗を掻く様子を、無感動に見つめてネフティス・ネト・アメン(ea2834)は抱えた膝に顎を乗せた。
「アンジェ、モニカさん‥‥」
 呟くのは、未だ行方の知れぬウィンチェスターの聖女の名。
 そんなネティの肩に手を置くと、サリは苦笑を浮かべた。
「ネティ、まだそうと決まったわけではない」
 慰めるサリの心にも、一抹の不安が燻っている。イーディスは、かつて聖女を狙って来た。真っ先に聖職者達が囚われたのも、もしかすると「聖女」であるアンジェの血を求めての事かもしれない。
 悪い考えというものは、いくら払い落としても、後から後から頭をもたげてくる。
「我らが絶望しては、助けられる者も助けられなくなる」
 己自身にも言い聞かせる言葉を口に乗せ、サリは小さく頭を振ると、ネティの薄い肩を握る手に力を込めた。
「ヒュー様、なんて事を」
 捕らえられた人々を無事に助け出すと誓い合うサリとネティの傍らで、レジーナ・フォースター(ea2708)は苛々と爪を噛んだ。彼女もアレク同様、こんな所でゆっくりしてはいられないと気が急いているようだ。だが、立ち上がりかける度に、レムリィ・リセルナート(ea6870)が彼女の服の裾をしっかと掴み、未だ先行暴走に成功していない。
「落ち着きなさいよ。ヒューの事が心配なのは、皆同じなんだから」
 レムリィはレムリィで、イーディスに与する街の者達への蟠りが消えたわけではない。しかし、やはり何だか放ってはおけなくて、ヒューも見捨ててはおけなくて、複雑な気持ちを抱えたまま、ここまで来たのだ。
「なるほどな。だいたいは飲み込めた。俺もバンパイアには何かと縁があるようだな」
 アクテからこれまでの経緯を聞き終えて、真幌葉京士郎(ea3190)が大きく頷く。その声に、レムリィとレジーナは同時に顔を上げた。
「で、ウィンチェスターにはイーディスとか言うヒューの双子の又従兄弟のそっくりさんが事の元凶というわけか」
「イーディスはヒュー様の双子の又従兄弟なんかではありませんわっ! 失礼なっ!」
 突然に噛みついて来たレジーナに、京志郎が驚いて目を丸くする。口元を手で押さえ、視線を逸らすと、彼は言い直した。
「えーと、ヒューの双子のそっくりさんだったっけか」
「ち・が・い・ま・すっ!」
 レジーナと京志郎のやりとりを何とはなく眺めていたレムリィは、苦々しい表情で眉間に皺を寄せているアレクへと目を留めた。直情型で思った事をずばずばと口に出しては従者から怒られていた彼には珍しい表情だと思った瞬間、レムリィの中で疑問が弾ける。
「ねぇ、アレク」
 呼びかけに対して向けた顔は、ちょっと不機嫌そうだがいつもと変わらない。
 先ほどの表情は、京志郎とレジーナの「口論」で表に現れたものなのだろう。
「おこちゃまなアナタが依頼という形を取ったのに、あの冷静なヒューがなりふり構わず単独行動しちゃったのは‥‥何か事情があるんじゃないの?」
 ぴくりと、アレクの体が揺れた。
「考えてみれば、ちょび髭がヒューを疑ってギルドにやって来た時も様子が変だったし、この間の潜入の時も‥‥」
「俺の従者が疑われてたんだ。当然だろ」
 妙に落ち着いた答えだが、それが一層レムリィの疑惑を煽る。
「ちょっと、アレク」
「さ、そろそろ出発しないか? いくらセブンリーグブーツがあるとは言え、ヒューは俺達より何日も前にキャメロットを出てるんだ。もうウィンチェスターに着いていてもおかしくない」
 一方的に話を切り上げて、アレクは仲間達を急かす。
「アレク!」
「ウィンチェスターの周囲はちょび髭達が網を張っているだろう? 見つかったら見つかったで厄介だしな」
 レムリィの抗議を無視して、彼は手早く荷物を纏めていった。

●根拠
 おかしな事に、ウィンチェスターまでの道程を邪魔する者は現れなかった。だが、その途中で嫌な噂を聞いた。
 ちょび髭が指揮を執る騎士団が、数日前にウィンチェスターのバンパイアを捕らえたというものだ。
「ちょび髭の宿舎は?」
「もぬけのからでしたわっ」
 ちょび髭騎士団の連中に会ったなら、徹底的に修正してやるつもりだったのにっ!
 怒り心頭のレジーナに恐れをなしたのか、アレクは無言で1歩後退った。
「ヒューがキャメロットを発ったのが、俺達が戻る直前。バンパイアが捕らえられたのはその数日後。時間的には合うな」
 呟いたアリアスを、レジーナがきっ、と睨み付ける。毛を逆立てた猫のようなレジーナに、アリアスも思わずアレクに倣って1歩退った。
「せめてあたし達がキャメロットに戻っていたなら、ヒューを止められたかもしれないのにね」
 悪魔の島から冒険者と共に帰還し、主の行方を尋ねた彼は、ウィンチェスターに関わる報告書に目を通し終わると、制止する者達を振り切って飛び出して行ったという。
「しかし、ちょび髭達がヒューをイーディスとする理由は何なんだ?」
「容姿‥‥だと思います。イーディスというバンパイアは、ヒューによく似ていましたもの」
 アリアスの疑問に、アクテはちらりと見たバンパイアの姿を頭に思い描きながら答えた。
 銀の髪、赤みがかった目、顔立ち、イーディスがヒューではないと知るアクテでさえも、確かに似ていると思った。
「でも、ヒューとイーディスは纏う気配が全く違いましたわ」
 浮かべた酷薄な笑みが、仕草の1つ1つが、ヒューとは違う。全身から漂っていたのは邪悪な気配。
「ヒューを知らないちょび髭達が、イーディスと思うのは仕方がないと?」
 言った途端に、レジーナから鋭い視線を投げられて、アリアスのこめかみに冷たい汗が伝う。
「ともかく、だ。ヒューの事も気になるが、ちょび髭に捕らえられたなら方法はある。それよりも、今は依頼だ」
 冷静なサリの声に、己の腰の刀を確かめて、京士郎が頷いた。
「ネティ、デールの居場所の見当はつくか?」
「ちょっと待って。‥‥えーと、お告げでは‥‥ウィンチェスターの中心辺り‥‥大聖堂の近くだと思うわ」
 わかった、と短く答えて、サリは仲間達と頷き合う。
 前回の潜入時、天が壊し、偽装を施した封鎖は自警団の連中に気づかれていないようだ。街のはずれにある故に、大聖堂までは距離があるが、中へ入る手段を講じる時間が短縮出来た分、差し引いても余りある。
「じゃ、行こうか」
 そぉと封鎖された門に手を掛けて、京士郎は仲間達を振り返った。

●自警団壊滅作戦
 目の端を何かが過ぎる。
 人ではない。もっと小さな、黒い影だ。路地の間をあっという間に走り抜けた様子からして、犬か何かだろう。人の姿さえもほとんど消えた街の中で、犬が残っていた事も驚きだが、それよりも‥‥と、自警団員を地面に転がしてアリアスは眉根を寄せた。
「数が多いな」
 建物の陰から窺っていたサリが頷く。何があったのだろう。自警団員達は武具を手に、大聖堂へと続く通りに集まっているようだ。彼らを捕獲すべきと分かっているが、いかんせん数が多すぎる。
「どうすべきか‥‥」
「長引かせるより、一気にいっちゃった方がよくない?」
 レムリィの意見に、サリは首を振る。
「イーディスに悟られる騒ぎは極力控えたい」
「そうね。出て来られると厄介だもんね。でも、このままじゃどのみち夜になっちゃうわ」
 言いざま、レムリィは小太刀を構えて振り返った。サリも剣の柄に手をかける。
「お静かに。私達です」
 足音を殺して近づいて来るのは、アクテと天。その後ろにはレジーナとアレクの姿もある。
「驚かさないでよ」
 肩の力を抜いたレムリィに、アクテは厳しい表情のままで告げた。
「捕らえた自警団員の方から、少々気になる事を教えて頂きました」
 アレが教えて貰ったと言うのだろうか。
 レジーナとアレクが互いに目を逸らし合う。
 彼らの脳裏に、縛り上げた自警団員の頬を優しく包み込むかのように手を近づけ、微笑んだアクテの姿が過ぎる。白く柔らかなアクテの手から立ち上る陽炎と、熱でちりちりと縮んでいく髪とに怯え、自警団員は知っている事を全て自供したのだ。
「ちょび髭さん達が大聖堂で団長さんとの話し合っているとか」
「いちいち潰していくのは面倒だな。一網打尽といくか?」
 建物の陰から姿を現した京士郎が口元を吊り上げる。
「わりゅいおっちゃたち、ねんねしてもりゃうの?」
「ああ。だが、その方法を考えないと‥‥」
 アリアスがはたと動きを止めた。
 京士郎が、サリとアクテの視線が、ちょんと首を傾げる天へと集中する。
「分かったの!」
「わーっ! 待って待って!」
 にこぱっと笑って、飛び出しかけた天をレムリィが慌てて止めた。この場合、アリアスの言う通りに1つ1つ潰していくよりも一気に片付けた方がいいに決まっている。
「あたし達が奴らを引きつける。そしたら、天ちゃん、後はお願いね」

●血の饗宴
 眠らせた自警団員達に猿轡を噛ませ、数珠繋ぎにすると京士郎とアリアスは手近な門から彼らを外に放り出した。
 逃げられないように何人かの足も縛り上げて転がすと、再び街の中へと戻る。これで、ウィンチェスターの自警団は壊滅したようなものだ。
 もうじき日が沈む。
 その前に、団長であるデールの身柄も拘束したかった。それに‥‥。
「ヒューも、この近くにいると思うわ。でも、デールがいる場所とはちょっと違うかも」
 赤くなった空を見上げて、ネティが最後のお告げを受ける。騎士の手から逃れたのだろうか。もしそうなら、彼はアレクを探して街の中を彷徨っているのかもしれない。
「なら、ヒューと合流しなくっちゃ」
「だが、どうやって?」
 レムリィとサリの会話を聞いていたレジーナが決意を込めて顔を上げる。
 何をするのかと問う暇もなかった。
「アレクシスの保護者の方! お子様がこちらでお待ちですっ! 至急、愛するレジーナの元に戻って来て下さいっ!」
 瞬間、仲間達が凍り付いた。
「誰が誰を愛してるって!?」
 即座に噛みついたのはアレクだ。だが、論点がずれている。
「ヒュー様が私を、に決まっているではありませんか!」
「いや、確かに方法としては間違っていない。いないんだが‥‥」
 額に手を当てたアリアスに、サリが溜息をついて頭を振った。
「ま、それは後でゆっくり話し合うとして」
 取りなすように間に入った京士郎に、今度はアレクとレジーナが噛みつく。
「話し合う事なんてないっ!」
「そうですわ! 話し合うまでもありませんっ!」
 あっはっはと笑って流した京士郎を、不意にレジーナが押しのけた。
「おい!?」
 仲間の制止を振り切って、彼女は突進する。聖堂を見上げるようにして立つ男目掛けて。
 そのフードから覗くのは、銀色の長い髪。
「ヒュー様っ!」
 押し倒さんばかりにして飛びついた彼女は、感じた違和感に体を強張らせた。
「レジーナ! 離れろ!」
 叫びと共に、アリアスが斬りかかる。
「貴方は!」
 飛び退る寸前に掴んだフードを剥ぎ取ったレジーナが絶句した。
 レジーナだけではない。
 その場にいた冒険者達が、息を呑む。
「イーディス‥‥か?」
 男の口元に酷薄な笑みが刻まれた。
 ゆらりと上がった手に、サリがネティを抱えて建物の陰へと転がり込んだ。
「がぁくん! わりゅい子、めっすりゅの!」
 天の呼び出した蝦蟇がイーディス目掛けて飛び掛かる。頭上から落ちて来る巨大な白い腹を、彼は笑みを浮かべて後ろへと退った。
「がぁくん!」
 それを合図にしたかのように、蝦蟇に襲い掛かったのは、黒い犬の群れ。
「犬!?」
「違う! あれは狼だ!」
 たぷたぷした体を揺らし、狼を振り落とした蝦蟇と建物の間を抜けて、京士郎がイーディスを追う。蝦蟇が防御壁の役割を果たしているにも関わらず、狼は何処からともなく現れて冒険者達に襲い掛かって来る。
 それらを斬り伏せながら、イーディスの姿を追った彼らは、突如として現れた光景に呆然と立ち竦んだ。

 目の前に広がっていたのは、目も覆いたくなるような惨状。
 声もなく、ただ立ち尽くす彼らの耳に届いたのは、狼の遠吠え。
 凍える冬の風に立ち込める濃厚な血の香り。

「ちょび髭の‥‥」
 聖なる母の慈愛を讃えるべき大聖堂の前は、折り重なる死体で埋め尽くされていた。鎧を纏ったその姿から、デールと話し合っているはずのちょび髭達だろうと推測される。
 こみ上げて来る嘔吐感を押さえて顔を逸らしたネティを受け止めたアレクの手が震えていた。
「ヒュー‥‥」
 ごくりと喉を鳴らしたレムリィが見つめるのは、聖堂の屋根。
 その上に、2つの人影があった。
 こちらを見下ろすのは、イーディス。そして、彼が掴んでいる銀の髪は‥‥。
「ヒュー様!」
 どうやら怪我をしているようだ。意識もないのかもしれない。
 聖堂目掛けて突進しようとしたレジーナの腕を掴んで、アレクは硬い声で撤退を告げた。
「何故!? ヒューがバンパイアに捕まっているのよ!」
 腕の中で暴れるネティを押さえつけて、アレクは屋根の上の2人を見た。
「今、奴と戦うのは無理だ。態勢を整えて対策を練ろう」
 近くなった狼の遠吠えに身を竦ませたネティをサリに預けると、アレクは唇を噛んだ。
 震えるその声に、握り締められた拳に、仲間達は反論の言葉を失ったのだった。