●リプレイ本文
●帰郷
「パヴェル殿、地図は用意できないものだろうか。町の様子はそれほど変わっていないだろうし」
「ふむ、たしかにのう。ならば儂に分かる範囲で書いておこう。多少の足しにはなるかもしれんしな」
パヴェル老に進言しこの羽ペンを使うと良いかと、と薦めているのは緋野総兼(ea2965)だ。
総兼をはじめ冒険者たち一行がいる場所は、町のはずれに有る物静かな宿である。
彼らは領主お膝元での行動にむけて作戦を練っているのであった。
すでに取るべき作戦は固まっている。
しかしともすればそれは危険を伴う一つの賭けであった。
情報収集をしながら分散しているであろう個々の近衛兵たちを討ち、頭である近衛兵長を誘き出す。
そのために、冒険者たちはそれぞれ思い思いの作戦を使って町へともぐりこんでいくのであった。
それを見送るのは町のはずれの宿にとどまり時期を待つパヴェル老。
「‥‥儂にもっと力があればのう‥‥頼むぞ」
その呟きは、静かに遠ざかる冒険者たちの背に投げかけられたのであった。
●証拠
「ほー、それでは旅の行商をなさっているので」
「ああ、まだ見習いだがな」
とある小さな商店の前でそんな立ち話をしているのは香月睦美(eb6447)だ。
穀物などを商う商店の主と、儲け話はないかななんて軽い話をしながら、睦美はふと話題を変えて。
「ところで、あまりにぎわっていないようだが、ここらはいつもこうなのか?」
「いえいえ、なにやら領主様にごたごたがあるとかでぴりぴりしているもんでしてねぇ‥‥」
「ああ、そういえばすれ違った衛兵たちもなにやら気を張っているようだったな」
「ええそうなんですよ。最近は気が立っているようでなにやら喧嘩沙汰も増えてましてねぇ」
困ったもんだと嘆息する商店主。
睦美はそれから暫く立ち話をし必要な情報を集めると、礼を言って立ち去る。
「ふむ‥‥近衛兵長は詰め所で生活している、か。やはり誘き出すために最初の計画通りいくことになりそうだな」
「お客さん、見たところ旅人のようですが‥‥」
「ええ、この近くに用がありましてね」
ウォルター・バイエルライン(ea9344)は小さな食堂にて。
がらんとした店内に油断無く目を配っているところでウォルターは店主から声をかけられたようである。
「いえね、見たらわかるとおもいますが、最近ここはきな臭くてねぇ‥‥」
「ふむ、確かにそのようですね」
世間話は最近町で起きたトラブルの話、その中でウォルターは少々気になる話に行き着いた。
「‥‥ええと、つまり夜になると近衛兵たちが集まるような酒場で毎回騒ぎが?」
「ええ、何があったのかは知りませんが警戒を強めてるらしくてね」
最近近くの酒場でも刃傷沙汰があったとかの話をする店主。
「なので、どこの宿に止まる予定かは知りませんが、少々気をつけたほうがいいかもしれませんよ」
幾つか要注意の場所を教えてもらうウォルター。
店主とすれば、自分の所は安全だから、といった商売上の目論みもあっただろう。
しかし、素直に礼を言うと、料理の料金を少々上乗せした金を机においてその食堂を去るのであった。
「さて、これで襲撃の場所の候補は絞れた、と‥‥」
防寒具の衿を立てて、通りを行く近衛兵たちの後姿を見送る影がひとつ。
「行く手の人たちが一様に顔を伏せて足早に去る、と‥‥やはり随分と嫌われているようだな」
近衛兵のルートを確認しているのはエイリア・ガブリエーレ(eb5616)だ。
「故郷のこの状況‥‥さぞパヴェル殿も心を痛めているだろな。‥‥さて、私は一度戻るか」
彼女は近衛兵の動きとギルバドスの情報を調べに来たのだ。
そしてこれからは冒険者たちは二つの組に分かれて行動する。
パヴェル老の護衛をしてる総兼とエイリア、そしてそのほかは近衛兵たちの襲撃である。
速さと情報が命運を分けるこの作戦。いよいよその行動開始が迫っているのであった。
●顛末
ここ数日は雪も降らず晴れた空に皓々と月が懸かっている。
その月明かりの下、巡回をしながらぶちぶちと文句を呟いている近衛兵たち。
しかし、この日はいつもの巡回とわずかに違っていたこと、それは彼らの行く手に立ちはだかる影が。
影は三つ。そのあからさまに怪しい様子に、ぎょっとする近衛兵。
なぜなら、影のうち2人がばっちりとマスカレードを装備していたからである。
「あ、怪しい奴らめ! 何をしている」
衛兵さんもちょっと吃驚。思わずどもったりするのもご愛嬌。
「非道な領主の下で働く貴方たちに名乗る名などありません!」
びっしと言い放つマスカレードの不審人物1(女)はカーシャ・ライヴェン(eb5662)。
「貴方たちの行いはたとえ領主が許しても、この美少女仮面が許しません!」
前言撤回、微妙に名乗った。そしてそこに隣のマスカレード(男)からツッコミが。
「‥‥『少女』って歳ですか‥‥」
ツッコミはもちろん夫のレドゥーク・ライヴェン(eb5617)。
「い、いいじゃないですか!」
「いや、美『少女』ではなく美『女』ということですよ」
思わず赤面(マスカレードのせいで確証は無いが)するカーシャ。
そこに投げかけられたのはレドゥークの甘い言葉、その言葉には、カーシャもおもわず。
「あ、あなた‥‥」
ハートマークが出んばかりにうっとり。敵を前にしてこの夫婦、なんと言う豪胆さだろう。
と、ここでやっと衛兵たちも我に返ったらしく、慌てて剣を抜き、とりあえず襲い掛かってくる。
「‥‥やはり戦闘は避けられないか。ま、戦闘だけがとりえなのだ、不足は無い」
宝石の嵌った豪奢な剣に髑髏が掘り込まれた盾を構えるレイア・アローネ(eb8106)。
ということで戦闘突入。
レドゥークは剣を抜き、レイアと並んで前衛。その後で美少女仮面、カーシャも魔法を弓を構える。
向こうは全員が前衛であり、多少の苦戦を強いられる冒険者側。
しかし何とか応援を呼ばれる前に近衛兵全員を戦闘不能にすることが出来たのだった。
そして同時にもう一箇所でも襲撃が行われていた。
場末の酒場、衛兵たちも気が立っているのか空気が悪い。
その中で見慣れない客がいるとなれば、酒の勢いを借りてか食って掛かるやつがいるのは当然のことだった。
しかし、それも罠だったのである。
「おぃ、ねえちゃん、ちょいと俺たちにつきあえや」
下品な笑い声を響かせながら、一人の客に手を置いて声をかけた衛兵、しかし相手が悪かった。
「‥‥下郎が、手を離せ!」
手を払いのけながら剣を抜き放って一撃したのはシャルロッテ・フリートハイム(eb9900)だ。
その一瞬で酔いもさめたのか、慌てて剣を抜こうとする衛兵。
しかしその腰に剣は下がっていなかった。
名剣「足咬み」によるバーストアタックの一撃が剣帯を破壊していたのだ。
だが、もちろん他に数人いた衛兵の仲間たちは慌てて立ち上がろうとするのだったが。
「‥‥暫く静かにしていてもらおうか」
今まで暗がりに座っていた睦美の刀が一閃。肩口を峰でしたたかに打たれ呻く衛兵。
そしてもう一人。
「き、貴様らは一体誰だ! 何の目的があって‥‥」
「‥‥ヒィッツカラルド・バルクホルン、とでも名乗っておきましょうか」
ずいと衛兵たちの前に姿を見せたのはスカーフで顔を隠したウォルターだ。
両手には抜き身の刀、彼はそれを素早く振るって2人の衛兵を次々に打ち倒す。
そして衛兵が全員倒されて静かになった酒場から、静かに冒険者たちは姿を消すのだった。
●決着
末端の近衛兵たちを襲撃すること数回。
ついに冒険者たちは、長であるギルバドスが自ら巡回に出ているのを確認した。
残る仕事は一つ、ギルバドスの撃破である。
「さて、流石に今回は儂も同行させてもらうぞ」
今までは町のはずれに身を隠していたパヴェル老とその護衛の総兼とエイリアも合流。
一行は最後の戦いに向けて動き出すのであった。
数は減らしたとはいえ、冒険者たちと同数ほどの護衛を連れてのギルバドス。
やっと冒険者は今回の本当の敵と合間見えたのであった。
「‥‥そうか、あんたが敵の首謀者ってぇわけか‥‥」
毅然と胸を張って対峙するパヴェルに対してギルバドスは呟く。
国を離れてかなり長いとはいえ、どうやらギルバドスはパヴェルの正体に気付いたようであった。
しかしそれは彼の行動に何の影響も与えない。彼の行動原理は敵を倒すという一つのみなのである。
ずらりと両方の腰から無骨な剣を抜き放つギルバドス。
「まぁいいさ。俺を倒せればあんたたちの目的は果たせるが、俺もあんたたちを殺す気だ‥‥」
顔に浮かぶのは獰猛な笑み。そしてギルバドスが剣を突きつけて戦闘開始を告げる一言を放った。
「単純だな? だったら始めよう!」
パヴェルとその周囲には衛兵たちが10名弱。
冒険者たちは衛兵たちに向かい、パヴェルと護衛の2人がギルバドスと対峙する形となった。
ギルバドスは両手の剣を振るって苛烈に攻めるのだが、パヴェルの前にたてとなって立ちはだかったのはエイリアだ。
防御力に特化し、避ける事を考えないで受けに徹するその戦い方。
双剣使いゆえにジャイアントの剣士としては一撃の重さに欠けるギルバルドはその防御を敗れずにいた。
ギルバルドの双剣を身体で受けつつも紙一重で受け流しカウンターを放つエイリア。
そのカウンターをギルバルドはあるいは避け、あるいは剣で受け両者の攻防は拮抗していくのであった。
一方他の冒険者たちも、それぞれの戦いを繰り広げる。
「届かせるわけには行かないのだ。まぁ、諦めたほうがいいと思うのだがな?」
パヴェルを狙ったのか、衛兵の一人が小ぶりなナイフを投げ放つ。
それに対して総兼はディストロイを高速詠唱してそれを撃破。
他の衛兵が短弓を取り出して構えはするものの、矢は総兼が撃墜し、その隙に他の冒険者が間合いを詰める。
「それなりに腕は立つようだが‥‥お座敷流では勝てんさ」
シャルロッテが振るう刃は衛兵たちの武器を次々に破壊。
カーシャとレドゥークのライヴェン夫妻はチームワークを発揮して一人の衛兵を足止めし。
ウォルターはオーラパワーで威力を補った両手の刀で敵の中でも腕の立つ衛兵相手に丁々発止の活躍を見せる。
また睦美は得意の鍔迫り合いで優位に立って相手をなぎ倒し。
レイアは身に付けた多彩な技で衛兵たちを倒し、こうして他の衛兵にギルバドスの援護をさせずに戦いは進むのであった。
そしてギルバドスとエイリアの戦いはいまだ両者決定的な攻撃をできずにいた。
「‥‥加勢させてもらうぞ!」
そこに飛び込んだのはなんとパヴェル老。今まで自分の盾となっていたエイリアの横に並び、鋭い一撃を放つ。
とっさの一撃を何とか受けるギルバドス。しかしその隙を逃すエイリアではなかった。
相手の一撃を紙一重で受けながら、カウンターの一撃。その槍の一撃が深々と肩口に突き刺さる。
敵がよろめいた瞬間、パヴェル老はディザームで両方の手を一閃。
ギルバドスの剣は二つともその手から弾き飛ばされたのである。
流石のギルバドスも武器を失って、大人しく手を上げて降参の意を示すのであった。
「‥‥負けてしまったのだから仕方ない、俺にわかることならば‥‥」
衛兵たちを退け、一行は急いでギルバドスから情報聞き出そうとしていた。
パヴェル老が聞いたことは単純、領主の心変わりに何か思い当たることが無いかということだった。
「‥‥直接の関係があるか、分からないが‥‥ある男を突然側近にしたことがある‥‥」
聞けばその男、類稀な剣の腕を見込まれて、ボディーガードのようにして領主に取り立てられたとか。
何しろギルバドスですら太刀打ちできなかったというからその剣力は押して知るべし。
穏やかで凛々しいジャイアントの男だというのだが。
その時、突然声が響いた。
「“そこまでだ”」
途端にびくりと口を紡ぐギルバドス。それは彼の意思とは関係ないかのように見えた。
そして、慌てて冒険者たちが周囲を見回したその時、冒険者たちのすぐそばに姿を現す男の姿。
透明になってここまで近づいてきたよう、そして男は神速の一撃をギルバドスに見舞う。
哀れギルバドスはその一撃で絶命、そしてその男はにやりと笑みを浮かべると。
「‥‥これ以上は邪魔しないでもらいたいものだ‥‥が、また会うことになるだろうな」
にやりと笑みを見せると、ふわりと夜の闇の中に浮かび上がった。
剣を手にした巨人は、そのまま透明になると静かに消えていったのだった。
「‥‥! これはやはり‥‥」
ウォルターとエイリアが驚きの声をあげる。
見ればその指に嵌った指輪、石の中の蝶が激しく羽ばたいていたのだった‥‥。