●リプレイ本文
●続く怪異
「大丈夫‥‥でしょうか?」
心細げに聞く少女に桐谷恭子(eb3535)は笑顔を向ける。
お化けや怪談話には滅法弱いが、立派な侍になるためには、これくらいの試練を潜り抜けられないようでは‥‥
「大丈夫。陽子殿たちは、神様の許しを貰えるように神棚を拝んでいてほしいな」
はい‥‥と少し安心したように頷く村長の娘を残して冒険者3人は大鴉が現れたという森へ向かう。
「足が三本ある鴉となると‥‥ 私でも名前くらいは聞いた事があります‥‥
もっとも、歴史に名を残す程‥‥の神獣が現れているなら、怪異の規模と範囲は‥‥もっと広がっているでしょうけど」
三本足の鴉といえば八咫烏(ヤタガラス)‥‥ その昔、神話にも現れた鴉だと聞く‥‥
この村の怪異に関わるようになって、神話や信仰について多少の興味を持って勉強していたシア・ナンシィ(eb3580)が話す。
とはいえ、詳しいことまではわからないが‥‥
「調べなければ始まらないですよ。しぼんでたって仕方ない。元気出していきましょ♪」
「そうですね」
舞い上がった乾いた土を吸い込んでしまったのか、コホッと咳き込むシアを気遣いながら桐谷が振り向くと、隼人が少女を案じるように心配そうに見つめているのが見える。
調査で分け入った地で神の怒りに触れ、いや‥‥そんなことは想像したくもないが、少なくとも何かあった場合、村が危険に陥るような事態にだけはならないでほしいと、村人ならぬ冒険者たち自身も祈らずにはいられない。
「ただの鴉なら戦いようもありますが、祟るだけの神など‥‥」
村人の複雑な心境がわからないサスケ・ヒノモリ(eb8646)だったが、自身、少なからず抱く神の在り様への疑問に、小さな溜め息をつくのだった。
さて‥‥
話を聞いたところによると、少なくとも三本足の鴉に襲われた訳ではないようだ。
ただ、三本足の鴉を見たという話は本当らしい。
大鴉に襲われた現場の近くの鎮守の森に舞い降りる姿を見たのだという。
「まずは情報を集めましょう」
サスケは手ごろな石棚の上に小判を置いてサンワードのスクロールを広げると、太陽を見上げた。
村人たちに聞き込んだ情報を元に大鴉のことを尋ねると『近い』との答えが、暖かな光から伝わってくる。
「いますね。どれだけ近くにいるかまではわかりませんが」
スクロールの力では、これ以上の情報は望めないが、今は大鴉がいることがわかっただけでも充分。
「本当に、この村には何かあるのか、それとも誰かが何かを企んでるのか‥‥ 神様なら大事だけど、そうじゃなかったら問題ね」
祈りだけで解決する問題なのか‥‥ その見極めが必要となるだろう。
桐谷たちは神佑地とも祭壇の森とも呼ばれるという鎮守の森を見つめた。
●真は虚なりや、偽は実なりや
思えば夜刀神と思われる存在の起こした怪異は精霊の力の発現であった。
マグナブローのスクロールをサスケが使ってみせたところ、炎の柱を見たという村人たちは口を揃えて、それだと断言していた。
となると、恐らく地震はクエイク。
サスケの調べでは、力を失って夜刀神となった存在が複数の精霊の力を使うことはないということだが‥‥
「それにしても、前回占いに出た不信と怒りって何なんだろう?」
「予断を持って当たるわけにはいきませんが、本当に神という可能性もあります。神の不信や怒りなら原因を取り除く方向でいかないと」
シアは精一杯の笑顔を見せているが、不安は隠しきれない。
「俺だって神の存在を否定するつもりはありません。ただ救いの手を差し伸べない神になんて必要性は感じられませんが。
今回のだって神を模倣しただけかもしれません。どのみち情報が足りない。行くしかないと思うが?」
今は不安がったとしても仕方ないとのサスケの意図を汲み取ってシアは頷くが、やはり不安なものは不安である。
「最悪な状況にだけはならない。そう信じようよ。村の人たちも、そう祈ってるんだからさ」
思わず咳き込むシアの背中を擦りながら、桐谷は自分自身をも奮い立たせるための言葉をかけた。
その時、バサバサと羽音が聞えた。
眼の良い桐谷が逸早く大鴉の姿を認めるが、目を凝らしてもある筈の物はない。
「二本足の大鴉よ! 鎮守の森から飛び立ったみたいね」
「隠れましょう。倒しても良いものなのか、まだ分かりません」
桐谷とシアに続いてサスケも物陰に身を隠す。
上空へ舞い上がった大鴉は何かを見つけたかのように接近してくる。
後手に回らぬように迎撃、あるいは上手くいくなら奇襲をかける絶好の機会だが、桐谷の耳打ちにも一理ある。
(「棲み処を確かめるべきか‥‥ あれが一羽とは限らない」)
ふとした疑問にサスケは己を納得させ、印を組んだ指から緊張を解いた。
大鴉は石段の上に置かれたままにされていた小判を器用に嘴でつばむと、咥えたまま飛び立ってゆく。
近くで目撃した、その姿は間違いなく鴉。但し、普通の鴉の2倍はあろうか‥‥ 翼を広げた姿に村人が恐れ戦いても不思議ではない。
「金に惹かれたのか、光るものに惹かれたのか‥‥」
サスケは思いを巡らせながら桐谷たちと大鴉を追う。
調べた中に八咫烏は太陽の精霊の使いだと考えられるような伝聞があったように思った。
だとすれば、太陽の精霊と親和性の高い、金や光るものに惹かれることは考えられる。
推測でしかないが、不安が助長するのか、その考えを払拭しきれない。
だとすれば‥‥
「奴は八咫烏の使いなのか?」
「なら、あの森に八咫烏がいるというの?」
気がつくと、桐谷もシアも青い顔をしている。
咄嗟にリヴィールマジックのスクロールを使うだけの余裕はあったのは幸い。
あれが魔力を帯びていないことだけはわかっている。だが‥‥
「杞憂ならいいが、この村は神と関係ありすぎる。心配しすぎならいいんだがな」
幸い、追跡相手は大きい。見失わずに追いかけ、サスケたちは大鴉が鎮守の森に降り立ったのを確認できた。
「森へ入ろう」
サスケの言葉に促されて3人の冒険者は鎮守の森へ分け入る。
今回の怪異の原因が、ここにあるのなら、それを確かめる必要がある。
神獣相手に戦って勝てるとは思わない。
しかし、大鴉を使って村人の畏怖を駆り立てることを目的とした事件であるのなら、自分たちにも手の打ちようがあるはず。
「本当に神様がいるかどうか確かめないとね。でも、無理は禁物よ」
桐谷の言葉に思わず頷く。流石に3人で無茶をする無謀は持ち合わせていない。
ギルドで教えられた冒険者として生き残る術‥‥、『無茶をして死んでも誰も褒めない』というギルドの親仁の言葉を思い出していた。
「それにしても、こんなに広かったでしょうか‥‥ この森って‥‥」
息を切らせるシアの呟きに、そういえば随分歩いた‥‥と桐谷は不思議に思う。
「出たぞ‥‥」
サスケが指差す先には漆黒の闇を纏ったかのように黒い鴉。さっきの大鴉ではない‥‥
確かに足が三本‥‥ 伝説に聞く八咫烏に違いない。
その伝説の神獣は、剣士の姿に変化すると着飾った少女に微笑む。
そこに現れたのは険しい表情の男に率いられた一団。
「‥‥様‥‥ し‥‥ 誤解です‥‥」
少女を庇うように剣士が身体を間に割り込ませ、喧騒の中、何かを言っている‥‥
「退くぞ! 相手が悪い!!」
サスケは小声で叫んだ。
●記憶の欠片
長い長い時間、森を駆けて駆けて駆け抜けて、3人は森を出ることができた。
「ねぇ、隼人殿と陽子殿に似てなかった?」
「うん‥‥ でも、何で?」
桐谷とシアは思わず身震いする。今になって、また思い出したようである。
「2人がいたのか? あの場に? 俺は見てないぞ」
サスケは信じられないといった風に詰め寄る。
「嘘‥‥ でも、確かに‥‥いましたよね?」
シアの同意を求めるような言葉に桐谷は頷いた。
詳しく話してほしいと言うサスケに促され、2人は一部始終を話し始めた。
「確かに八咫烏の姿を見たが、その場に俺たちの他に何人もいたなんて見てないぞ」
よもやお化け? サスケの言葉に桐谷の不安は募る。
「村人に伝えた方がいいのかな? とりあえず話さない方がいいのかなぁ?」
「訳がわからない‥‥ 全てを伝えるべきではないかもしれない」
「でも、現実の出来事です‥‥ 危険があるなら‥‥」
3人の目の前には鴉の羽根。
幻でも見たのかと大鴉の目撃地点に戻ってみたのだが、この場で起きたことが現実であると、それが示していた。
その大きさから目撃した大鴉の羽であることは間違いない。
しかし、森で見たあの光景はなんだったのだろう?
「え?」
シアは埃が巻き起こるのも厭わず石段の表面を払った。
草を掻き分けると、地が揺れる。
コホコホ、咳をしながらなぞると、何かが刻まれた跡が‥‥
「土地‥‥? 姫‥‥? 怒‥‥? 猛‥‥?」
漢字のようだが、よく読めない。
「何かの遺跡でしょうか?」
「これに似た物が‥‥あの場にもあったんです。形が似ているから‥‥もしかしたらと‥‥思ったのですけど‥‥ コホ‥‥」
「そういえば夜刀神がマグナブローを使った家の釜戸にも似たデザインが施されていたな」
サスケは一連の事件が繋がっている予感を感じながら、その漠然とした予感が直感的な確信に変わっただけであることに思わず溜め息をついた。