●リプレイ本文
●夜討ち朝駆け
「鈴ネエ、そんな恥ずかしいだろ。僕は子供じゃないんだからさ」
「弟をよろしく頼むネ」
「いや、こちらこそ。イギリスから戻ったウェントスだ。宜しく」
「恥ずかしいからやめてくれよ」
「そんなことないネ。ワタシ、心配よ」
そんな遣り取りがあったのは昨日のこと‥‥
「段々、巨人の噂を聞くようになったね」
羽雪嶺(ea2478)は、双子の姉から譲り受けた馬を駆っていた。
「そうだな。噂話を信じるなら相手は風の精霊魔法を使ってくる‥‥ということか」
目的の村に近づくにつれて次第に1つ目の巨人の噂を聞くようになっていた。
嵐を呼んで現れる山をも越えるような巨体‥‥ 雷を纏った棍棒を振り回して村々を破壊する凶暴な様子‥‥
鵜呑みにするわけにはいかなかったが、大事になっているのは間違いなかった。
しかし、その辺は歴戦の魔物ハンターたち。
噂は噂‥‥とウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)は、まずは馬を飛ばして行程を急いでいた。
「それにしても‥‥ 見かけなかったから、まだイギリスから帰ってきてないんだと思ってたよ」
「ちょっと京都の方にも行っていたんで遅れてしまった。済まないな。おっと‥‥」
駆ける馬の背で話をしていて体勢を崩しかけた羽雪嶺とウェントスは慌てて手綱にしがみついた。
(「もう少し乗馬も鍛錬しておけばよかったかな‥‥」)
白兵戦でのチャージ戦法を得意とするウェントス‥‥
アーサー王の父であるウーゼルが騎士たちに伝えたとされるイギリス王国の正当流派・ウーゼルの使い手でイギリス騎士という本来なら騎乗突撃を最も得意とする身の上のはずなのだが‥‥
「話をしていると舌を噛むわ。乗馬に集中して」
羽雪嶺にピシャリと言うアイーダ・ノースフィールド(ea6264)。弓騎士である彼女の手綱捌きは確かであった。
尤も‥‥ 羽雪嶺は既に何度も噛んでいたし、アイーダの馬に相乗りしていた島津影虎(ea3210)も、舌を噛んだ1人だった。
「こういう時、軍馬があれば役に立とうというのに」
天津蒼穹(ea6749)などは自身の重さだけでも馬に負担をかけていた。
先を急ぐ身ではあるが‥‥ 現実はどうしようもない。
「気ばかり急いても良いことはありませぬ。馬をつぶしてしまっては元も子もございませぬ」
先行して物見をすませて帰ってきた火乃瀬紅葉(ea8917)が馬首を返して仲間たちに合流した。
体の細い火乃瀬が操る馬は、他の馬に比べてかなり余力を残しているが、他の馬と同じく最低限の休憩しかしていないためにやはり疲労の色が濃い。
「頑張ってくださりませ。もう少しでございます」
口の端に泡を吹き始めている愛馬に優しく声をかけ、火乃瀬は優しく手綱を捌いた。
結局‥‥
徒歩2日という短距離だったせいもあって、思ったほど時間の短縮はできていなかった。
羽雪嶺とウェントスが乗馬に慣れていなかったのと、搭載重量によって騎乗した馬が十分に速度を発揮できていないのも原因だったのだが、何とかその日の夜のうちには村へと到着することができていた。
馬に無理をさせて捻り出した時間を無駄にはできなかったが、夜戦となれば実力を発揮できない可能性もあったし、何より乗馬の疲れで腰がガクガクしている者がいる状態ではまともに戦えなかった。
そんなわけもあり、かなり朝早くに村に着いた一行だったが、村人たちが起き出すまでは村長の家で休憩することにした。
「詳しい話を聞かせてもらえるか?」
眠そうに欠伸しながら白湯を出す奥さんに礼を言いながら天津は村長に聞いた。
「山を跨ぐようなでっけぇ奴でな。嵐と共にやって来る‥‥」
「そうじゃないよ。僕たちは面白話を聞きに来たんじゃないんだ。見たことだけを教えてくれないかい?」
羽雪嶺は村長の話を遮った。
他の魔物ハンターたちの視線や表情を感じて、村長は一瞬の沈黙の後に語り始めた。
●暴風の巨人
「厄介そうな相手よね‥‥」
アイーダは溜め息をついた。
起きだしてきた村人たちから話を聞き込んだ魔物ハンターたちは、朝食を済ませて山へ繰り出していた。
「先制して対峙するしかないよ」
ウェントスはアイーダの肩を叩いて苦笑いを浮かべた。
先に見つけて弓射で先制し、こちらの調子に持ち込んで押し切る‥‥
今まではこれで勝ってきたのである。
しかも噂の相手は嵐を伴い、雷を纏って現れるという‥‥
「一つ目の巨人にございまするか‥‥ 紅葉の聞いた話だと、かなりの手練れのよう。
風の精霊との相性が良かったように聞いた覚えがありますから気を引き締めてかからねばなりませぬね。
そういえば、目から赤い怪光を出すという噂もありまするが、これは本当の事なのでございましょうか‥‥」
火乃瀬は心配そうに言う‥‥
「ありました」
島津に促されるまでもなかった。枝を折って押し通った跡が生々と刻み付けられている。
「大きゅうございますね」
火乃瀬は足跡を見て驚きの声をあげた。
江戸の町でも見かけるジャイアントたちの足よりもかなり大きい‥‥
村人たちが山をも跨ぐと形容するのも無理はなかった。
「本格的に人里まで降りてくる前になんとかしないと‥‥」
羽雪嶺は足跡の向かう先を見つめた。
パキッ‥‥
バサバサッ‥‥
誰かが枝を踏み折る音で鳥が飛び立つ。
「気をつけてくださいね」
先を行く島津が後続に注意する。
「何としても先に見つけなければ苦しい戦いになるわね」
「十分に警戒しながら行くしかないよ。先に見つけられるかは‥‥運次第だよ」
果たして魔物ハンターたちの懸念は暫くして現実のものとなるのだった‥‥
「風が強くなってきたな‥‥」
バサバサバサ‥‥
木の葉が巻き上がり、視界に侵入してくる黒い影‥‥
魔物ハンターたちは完全に虚を衝かれた。
「きゃあ」
体の軽い火乃瀬が悲鳴を上げて吹き飛んだ。
木にぶつけた米神から血が滲む。金槌で殴られた体も悲鳴を上げていた。
「餌だぁ。性懲りもなく来たな。オデに勝てると思ってるダんてな」
ふわりと宙から地面に降り立った巨人が、ぶへへと笑った。
腰に布を巻いただけの全身小麦色に日焼けした1つ目の巨人が、文字通り嵐を纏ってそこに立っていた。
頭頂部の鋭く尖った1本角も凶悪な雰囲気を醸し出し、上半身は裸で巨大な金槌を片手で担ぐだけあって逞しい体躯をしている。
「どこから‥‥」
「空からに決まってるべ」
指を立てて空を指差している。
「どうしてここが」
「鳥が騒いでたからな。朝飯が沢山いるのは風が教えデくれたしなぁ」
ぐふふと巨人は笑った。
「散ってください!!」
巨人の手が印を組んでいるのに気がついて火乃瀬が叫ぶ!
咄嗟に島津は枝に手をかけて体を捻って木の上に逃れるが、体が反応して盾で身構えてしまったウェントスと闘気の術に集中していた羽雪嶺と天津とアイーダが、空気を引き裂く轟音と共に稲妻に撃たれた。
「こいつ‥‥ 楽しんでやがる‥‥」
痛みに集中を途切れさせそうになりながらもオーラエリベイションを完成させた羽雪嶺は、迷わずオーラパワーのために集中に入った。
天津は成就に失敗し、距離をとって再び集中し始める。
「けっこう頑丈な奴らだぁ。食い応えがありそうだぞ。ぐふぐふ」
獲物を狙う鋭い視線を向けると巨人は金槌を両手に構えて突っ込んでくる。その動きは巨体に似合わず早い。
「ちっ‥‥ 少しは話し相手くらいしてほしいものですね」
島津は忍者刀を構えると迎え撃つために間合いをつめた。
1手でも損した手を取り戻そうと時間を稼いでいたのだが、乗ってこなかったのだから仕方ない。
体を張って時間を稼ぐしかなかった。
「これを使って!!」
アイーダは火乃瀬を助け起こすとポーションを口に含ませた。
「有り難うございまする」
痛みの引いた体に鞭打つと火乃瀬は詠唱に入った。
巨人と対峙している島津は苦戦しているようだ。
いち早く体勢を立て直さなければ‥‥
アイーダは物陰に身を隠すと集中に入った。
「くぅぅ‥‥ 何なんですか‥‥ こいつは」
「これじゃ、武士たちが苦戦するのも無理はない‥‥か」
突風に阻まれ、思うように体が動かない‥‥
島津とウェントスは風に逆らって巨人と立ち合っていた。
「俺の名は『蒼眼の修羅』、ウェントス・ヴェルサージュだ。人を襲う者め、この名を刻んで冥府へ堕ちろ」
ばははと笑いながら巨人は金槌を振り下ろした。
それに動きを合わせるかのように盾でいなして霞刀で斬りつけた。
「やるなぁ。だはははは」
褐色の肌にどす黒い鮮血が流れるが、巨人は気にせず叩きつけてくる。
そして巨人の猛攻の前にウェントスの防御が崩され、皮鎧の嫌な音が響いた。
足が地面から浮き上がり、そのままクの字になって吹き飛ばされる。
「こちらです!」
島津が忍者刀で斬りかかるが、大した傷にはなっていない。
振り向き様に巨人の金槌が唸るのを体を反らして間一髪でかわした‥‥と同時に、片手をついて後ろに飛ぼうとしたところへ巨人の体が一回転して踏み込んでくるのを視界の隅に捉える。
冷汗がドッと噴き出すのが先か、視界が急激な変化を覚えて体が横に持っていかれるのが先か、木の幹に叩きつけられて体の中の息を吐き出した。
アイーダが矢を番えると巨人を狙い撃つ。
「こいづ!!」
鏃で目の近くを切った巨人は、フワッと宙に浮くと距離を詰めてアイーダの目の前に降り立った。
背中から急に現れるように迫る金槌が鈍い音を立てて火花を散らした。
「やらせるか!」
天津は全身の力を込めて大槌を掲げているが、膂力の差は歴然である。
次の瞬間、巨人を炎の柱が包む。
「民の平和を脅かす存在を許しておくわけには行きませぬ。それが魔物ハンターとしての紅葉の勤め!」
火乃瀬は後ろに数歩飛ぶと再び印を組んだ。
これ以上、術に時間をかけていては全滅しかねない。羽雪嶺は巨人に突撃した。
「こっちにもいるぞ!!」
大斧を振りかぶって足を狙いにいくが金槌に阻まれる。
「がぁああ!!」
「ぐはっ!」
雄叫びと共に振られる金槌を受け止めて後ろに飛ぼうとするが、羽雪嶺はそのまま体を持っていかれた。
●決着
壮絶な死闘が続く‥‥
大斧を捨て、踏み込むと巨人の膝にピタリと手を当てる。
一連の動作に無駄はない。
不可解な行動に巨人の動きが一瞬止まった。
「はぁああ!!」
気合一閃、羽雪嶺の爆虎掌で巨人の膝がガクッと抜けた。
「へへっ‥‥ 間に合った‥‥」
羽雪嶺に振り下ろされた金槌をウェントスが受け止める。
「うがぁ」
痛みに巨人が振り向くと、そこには刀を構えた島津。
「行雲流水‥‥ 為・虎・添・翼!!」
別の方向からする声に咄嗟に金槌を構えると、勢いをつけて飛び込みながら大槌を振り下ろす天津の姿が‥‥
「我が正義の一撃に‥‥」
バキィイイン!!
鋭い金属音を立てて金槌が砕ける。
「砕けぬものなど無いわ!!」
巨人は無事な片足で飛ぶと宙へ逃げた。
「逃がすか!」
ウェントスが斬りつけるが巨体を止めることはできない。
「背中を借ります」
「俺を踏み台にしたぁ?」
天津の背中を蹴って島津が宙に舞う。
突風に流されそうになりながら何とか一太刀浴びせるものの、宙に逃げられてしまった。
「ごいづら、何なんだ!!」
巨人は肩で息をしながら怒鳴り散らす。
「力無き者に代わり、悪を切り裂く正義の刃! 魔物ハンターだ!!」
天津が大槌を突きつけた。
ごぅ!
歯噛みする巨人を炎の柱が包み、次の瞬間、矢が驚愕の色を浮かべる瞳を射抜いた。
「ぎぃぃばすどごううげ」
「終わりだぁ!!」
のた打ち回りながら落下する巨人に素手を突き上げ、羽雪嶺の爆虎掌が炸裂する。
「為・虎・添・翼!」
「絶刀撃!」
大槌の一撃が巨人を地面に叩きつけ、霞刀の一撃がその肉を切り裂いた。
島津が痙攣する巨人の首に刃を当てて峰に体重をかけると、ブバッと血を吹いて巨人は動かなくなった。
「やばかったわね‥‥」
角を狩る羽雪嶺を見てアイーダはへたり込んだ。