●リプレイ本文
●帰還者
「結局、加藤は現れなかったか‥‥」
「大丈夫だよ。あの男が来ると言ったイェブの依頼をすっぽかすわけがない」
「そうね。男っぷりは上がったのかねぇ」
「そこまでは確約できないけど‥‥
ハーブワインのおみやげ。高級品じゃないけどね。気持ちよく最後に飲めるといいんだけど‥‥」
ファラ・ルシェイメア(ea4112)は包みを取り出すとイェブに渡した。
「イギリスに行ってきたんだっけ?」
「色々と見識を広めてきたよ。
それにしても見かけは龍だけど‥‥ 精霊か。しかも風。
風の精霊に風の魔法は効かないかも知れないんだよね‥‥
地の大蛇といい、苦手な敵とばかり遭遇するな。要領が悪いと言うか‥‥ 自分らしいけど」
さすがに個体数が少なく、伝説にも語られるような存在でもある龍に対して口伝も文献も多くは存在していない。
いかにファラが博識であっても詳細についてはわかりかねた。
「精霊龍が特定の精霊魔法に対する抵抗力を持つって噂は聞いたことあるけど、実際には試してみないと‥‥
あなたの得意分野を封じられたとして手はあるの?」
「本気で役立たずだ‥‥ 申し訳ない。ただ、手がないわけじゃない」
「考えがあるのならいい。あなたも魔物ハンターの一員。心配はしてない」
外国に渡っていた先輩ハンターの登場に火乃瀬紅葉(ea8917)は頬を染めながらファラたちのやり取りを見つめている。
「精霊の龍でございまするか‥‥ 風の術が効きにくいのならば、注意が必要にございますね」
畏まって挨拶する紅葉にハンターたちの笑顔が向けられた。
「私にとっても相性の悪い敵が続くわね。まあ、敵の正体が分かってる分、前回よりはマシと思うしかないかしら」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)が苦笑いを浮かべている。
「風龍が飛べないように槍で縫いつけるか、翼を壊すか‥‥
どっちにしても、限られたチャンスを大事にしないと」
「ちゃんす?」
「好機よ」
首を傾げる天津蒼穹(ea6749)に対して上手い答えが見つからないアイーダを助けるようにイェブが合いの手を入れた。
「竜虎の戦いだって制してやるさ」
羽雪嶺(ea2478)が十二形意拳・虎の構えをして不敵な笑みを浮かべている。
「龍は空を飛んで、虎の爪や牙が届かなくて龍の方が強いんだったっけ?
なら、僕の虎の武で龍に牙や爪を打ち込んでやる」
平面的な戦いの多い人間同士の戦闘から一線超えた魔物ハンターたちの戦術は、得てして立体的なものが前提となりつつある。
彼らはそれを理解し、咄嗟に実行に移すだけの経験を十分に積みつつあるということだ。
●村
さて‥‥
村へついて一悶着‥‥
風龍の情報を集め、確実に誘き寄せるために囮を使わなければならないとして、作戦のために牛を1頭提供してほしいと頼み込んだのであるが‥‥ 村にとっても大切な財産である。ハイそうですか、とはいかない。
「人を囮にはできませぬ。
勿論、囮を奪われぬように全力でお守りしまする。
村の民にとって家畜はとても大切な物。これ以上被害を出して、民が苦しむ姿は見とうございませぬゆえ」
ここまで言わせては駄目とは言い難いし、確かに囮になりそうなものは牛の他には人くらいしかいない。
あれだけ巨大な魔物なのである‥‥ 小型の家畜では囮の役目を十分に果たしそうにないことも村人は理解していた。
結局、村人たちは残り少ない牛を囮として提供することに同意した。
「大丈夫、悪さをする風精龍を討ちまする!」
ニコッと笑顔で見渡す紅葉に村人たちの歓声が上がる。
「ご苦労様。これで囮は確保したわけね」
アイーダが紅葉の肩を叩いた。
「空飛ぶ敵ゆえやっかいにございまするが、村人の話にあった毒針を使って家畜を襲うには一度地上近くに降りねばならぬはず。
そこが狙い目でございまする。
けれど、もう村に被害は出さぬと誓いましたゆえ、紅葉、なんとしても家畜は守りまする!」
「皆、その気でいるのだから1人で背負い込まないの。頑張りましょう」
紅葉に声を掛けるアイーダの言葉にハンターたちは頷いた。
「これであと、水竜を倒せば、四元の竜を一応はすべて討ち取ったことになるな‥‥」
戦いの前に装備の確認と手入れをする加藤武政(ea0914)たち。
天敵や難敵がいないからか、件の風龍が現れるのは決まって朝方から遅くても昼前、2日に1回ということがわかった。
次に来るのは翌日と言うことで魔物ハンターたちは準備をして早く休むことにしているが、準備には余念がない。
縄を結んだ槍を風龍に打ち込んで動きを少しでも封じようと、戦場の選定や囮の配置に時間を掛け、連携の確認をしていた。
戦いの準備の様子を覗いていた村人たちも、そのあたり『流石、音に聞こえた魔物はんたーだ』と感心しきりである。
準備の手際もそうだが、彼らの戦いはこの村で子々孫々まで語り継がれることになる‥‥
●決戦
カン‥‥
村の各所に配置された村人たちが家の中から合図を送る音が聞こえた。
村人たちには出てこないように念を押していたので村の中は静まり返っている。
「来たな」
加藤は日本刀を抜き、静かに息を吐いた。
「周りにウィンドレスをかけておいた。これで風龍が暴風の魔法を使ったとしても威力は半減するはずだよ」
戦場の下準備を済ませたファラが仲間たちの元へ駆け寄ってきた。
「見えました。油断せずにいきましょう」
アイーダの視線の先には鳥のような姿‥‥
しかし、それはただの鳥ではない。魔物ハンターたちは、気を引き締めるとそれぞれの配置についた。
目隠しをされ、広場に繋がれた牛は身の危険の気配を感じるのか、落ち着きなく鼻を鳴らしている。
身動きしようにも周囲の立ち木や家の柱に縄を括りつけられているので、その自由はない。
緑色の風の精霊龍は羽ばたきながら接近し、一瞬よろめいたように体勢を崩しつつも牛に一直線に突っ込んだ。
ゴズッ!!
尾が牛に突き立てられ、暴れていた牛がダラリと力を失う。
そして、牛に両足の爪が立てられ、飛び立とうとしたその瞬間‥‥
ピンと張った縄が風龍の上昇を阻止した。
柱を引っ張られた家は傾ぎ、立ち木の枝がバサバサと揺れる。
納屋から姿を現したアイーダが縄の先を柱に結びつけた短槍を投げつけるが、突き刺さらずに逸れた。
「飛べなくさせればこちらの物だ!!」
加藤たちは致死的な傷になる体への攻撃よりも先に、別の意味で致命的な翼への攻撃を重視していた。
加藤が建物を盾にして尾の攻撃を避ける。
「悪を切り裂く正義の刃! 魔物ハンター、いざ参る!!」
入れ替わるように死角の木の上から天津と羽雪嶺が風龍の背中に飛び降りた。
「行雲流水‥‥ 確・乎・不・抜!!」
大きく振りかぶった天津の日本刀が風龍の背中に大きな傷を作るが、2撃目は体勢を崩してその背から落ちてしまった。
慌てて転がりながら風龍の足元から逃れる。
風龍は、この場を逃れようと必死に爪と尻尾の針を振り回している。
しかし、天津から受けた傷に混乱しているのか、辺り構わず尾を繰り出すだけ。
元々、背中など狙えるような構造になっていない。それでは羽雪嶺を捉えられようもなかった。
姿を見せた加藤に運悪く尾が中る。しなるような尾の返しでそのまま建物の壁に叩きつけられた。
動ける‥‥ 加藤はポーションを飲み干し、建物の影で息を整えた。
「やってやる!」
木に結びつけた縄の輪を風龍の首にかけ、龍叱爪を風龍の体に引っ掛けるようにして片手と足を踏ん張って体を固定した羽雪嶺が羽の根元に爆虎掌を討ち込む!
ぎゃぁあおぅ!!
村中に響き渡るような叫び声にビリビリと空気が震えたような気がする。
大暴れする風龍の背から羽雪嶺が振り落とされる。
「魔物ハンター・烈火の紅葉、いざ参りまする!」
マグナブローの炎が風龍を焼いた。
牛に突きたてた爪を放すと風龍が飛び上がろうとする。しかし、盛大に羽ばたく割に中々浮き上がろうとしない。
羽雪嶺が首にかけた縄を引きちぎると再び飛び立とうとする。
(「そうか‥‥ 羽ばたいてもウィンドレスのせいで風が起き難いんだ‥‥」)
危険を承知でファラは風龍に接近する。
仲間たちのためにかけたウィンドレスでは上空をカバーすることはできない。一度飛び上がられてしまったらそれで終いである。
「ファラ、下がれ!」
「考えがあるんだ! 援護して!!」
天津は一瞬視線を合わせると短槍を投げる。
「皆! ファラを援護するわよ!」
梓弓に持ち替えたアイーダの矢が風龍に突き刺さった。
積み上げたおいた薪や樽を足場にファラが屋根に上った。
「イェブにふさわしい男になるんだぁ!!」
加藤が両手でしっかりと構えた日本刀を振り抜きながら風龍と交錯する。
「させませぬ!」
振り向いて加藤を狙おうとした風龍の顔の下から炎の柱が湧き上がった。
「火乃瀬、ありがたい!」
「感謝無用にごさいます」
紅葉はニッコリ笑うと次の術の詠唱に入る。
「さぁ、これでそう簡単に飛び立てない。風を封じたからね」
屋根の上にはスクロールを広げたファラが立っている。
その位置からのウィンドレスなら風龍は完全に効果範囲内。風龍が飛び去るのをほぼ完全に阻止したと言ってよかった。
飛び立とうと試みるも思うように飛び上がれない風龍は、魔物ハンターたち相手に激しい抵抗を見せていた。
しかし、マグナブローや矢によってカリガリ体力を削られ、よろめいている。
「地に落ちればこちらのもの。民の平和を脅かす魔物、大概で覚悟いたしませ」
紅葉がビシッと指を突きつける。
ぐぅぅぅるる‥‥
風龍の敵意を放つ視線は、いささかも衰える様子はない。
近づこうとする天津を痛めた羽を痙攣させながら羽ばたきで牽制するが、不自然に羽ばたいたことで自ら体勢を崩してしまう。
「僕は龍を倒す虎だぁ!!」
倒れこんだ風龍との間合いを詰めると、羽雪嶺はス〜‥‥と息を整えて爆虎掌を放った。
グラッと頭を揺らした風龍の目が裏返る。
「お前さんに恨みは無いが‥‥ 住み分け、というものなのだ‥‥ すまん」
上段から地面まで大きく振りぬいた示現流の一撃が風龍の羽を叩き折る。
そして、風龍は二度と意識を取り戻すことはなかった‥‥
●勝利の帰還
見事、風龍を屠った魔物ハンターたちはギルドへ報告に帰った。
「やあ、イェブ。ただいま」
「その顔だと依頼達成ってとこだね」
「久しぶりの再会なんだ。やることやってから会いたかった」
「言うようになったね。そういうの、嫌いじゃないよ」
鳥仮面の下から覗く口元に笑みが浮かんでいるのを見て、加藤はキリッと表情を引き締めた。
多少は経験を積んできたようだ。その顔には自信が見え隠れしている。
「さぁ、報告を聞かせてもらおうか。まずは勝利の杯を空けるとしよう」
イェブと魔物ハンターたちは、いつもの部屋へと向かった。
「このたびの龍もそうだが、これ以上の難敵が出ることも考えに入れとかないとな。
那須の妖弧に蛇女‥‥ 色々いるだろ?」
杯を空けた加藤がイェブに話を振る。
「そうね。特にお宮‥‥ あの妖が死んだとは思えない」
「そこでだ。増員はできないのか?
俗っぽいかもしれないが、せっかくだし魔物ハンターを大きくして、こう‥‥
偉い人からも仕事がくるようになったらいいしな」
「私としては6人編成を崩すつもりはないよ。
大人数で小回りが利かないのは性に合わないし、大勢で一斉になんて魔物ハンターの仕事じゃない。
そんなのは普通の冒険者に任せておけばいいのさ。
それに少数で難敵を討って名を上げてきたんだ。増隊ならまだしも、増員なんてね‥‥」
「そうか。傷の回復で懐が寂しいことが多いからな。その辺も考えてくれるとありがたい」
「まぁ、色々と考えてはみよう。
報酬に関しては、今回は村人たちと交渉の余地はあるさ。
追加報酬をもぎり取ってくるから、今はそれで我慢してほしい」
ハーブワインを口にしながら今後の魔物ハンターについて色々と議論を戦わせる7人であった‥‥