《那須動乱・蒼天十矢隊》釈迦ヶ岳会談

■シリーズシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 17 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:05月18日〜05月28日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

 八溝山での牛頭鬼騒ぎで血止めや熱を取るために薬草の世話になった者は多い。
 それは風御以下、カイや草太や幸彦の的確な応急手当術に因るところがあるし、七瀬の薬草に関する優れた知識に因るところが大きかったが、それでも薬草の重要性だけは彼ら自身が身を以て実感していた。
 その辺の事情もあって、七瀬とカイの声賭けに蒼天十矢隊が乗る形で行われた薬草園拡充のための募金は比較的順調に効果を挙げ、初期投資の足しにされていた。
 というのも、支配階級の殆どが武士である那須では嫁たちの影響力は無視できないということがあった。
 夫が戦に出た後、家を守らなくてはならない彼女たちの一番の願いは、夫の無事な帰還。
 武家の嫁として武功を立ててほしいという本音の建前の裏に、無事でなくとも命を存(ながら)えてほしいと思うのは、女として当然の情だろう。そういう気持ちを突いて彼女たちから出資を引き出したのは良い考えであったが、那須藩は地方にあり、各々の武家が裕福であるとは言い難かった。それに度重なる出陣で家計に余裕があるとも言い切れない‥‥
「武家の嫁たちを動かすとは‥‥ 我らには考えも及ばぬところですな」
「確かに‥‥」
 神田城の一室で小山朝政殿が報告書を確認しながら与一公との話を進めている。だが、与一公は、どこか気も漫(そぞ)ろだ。
「それなりに金子が集まって参りましたが、藩政として動くにはまだ不十分。
 とはいえ、神田城の薬草園拡張には着手できそうですな」
「任せます」
 那須藩全体に影響を及ぼすには、まだまだ金子が足りない。
 そういった意味では、薬草関連の投資には、もっと別の攻め口が必要であろう‥‥
「ところで釈迦ヶ岳の天狗たちとの交渉に糸口が見えて参りましたな」
「はい。実は今もそのことを考えていたのです」
 与一公は外の庭を眺めながら腰を下ろした。
 那須の天狗‥‥
 その詳細な勢力は未だ掴みきれていないが、報告によると釈迦ヶ岳を中心に高原山に点々と修験場を持ち、那須藩内では他にも烏山の辺りにもそれなりの勢力を有しているらしい。個々の勢力は1人から数名、多くて10名ほどであろうが、団結すればどれほどのものになるのか‥‥ 現状ではわからないというのが実際のところである。
 北や南の修験者たちとの交流もあると言われており、これが合同すれば‥‥ そう考えると本当に無視できない勢力なのである。
「詰めに入りませぬと」
「私が赴く‥‥と言ったら朝政はどうしますか」
 断定口調の質問に朝政殿は苦笑いを浮かべるでもなく、優しい微笑を浮かべている。
「止めても無駄なのでしたら全力で補佐するまででございます。殿が留守の間の取り仕切りは、お任せを」
「では、頼みます」
 幸いにも交渉は那須の天狗の方から持ちかけてきたものである。その時点で交渉は与一公に1歩有利と言えるだろう。 
 後は双方の合意をどのように取り付けるのか‥‥
 天狗たちとの今後の関係は、その1点にかかっていた。

 さて‥‥
 時は移って、ここは江戸冒険者ギルド‥‥
「極秘事項なんだが、那須藩士・須藤士郎とその仲間が2人、老エルフと御供2人が同行するんだと。誰が同行するのかはわかるよな?」
 蒼天十矢隊にとっては言わずもがな‥‥
「それにしても大丈夫なのかね。あの方は‥‥ 九尾の一派に襲われでもしたらどうすんだろ」
 確かにギルドの親仁の言う通り無謀である。
 しかし、彼を知る者ならば然もありなんと、困ったような笑いと共に溜め息の1つでもついて手を貸してしまう。
 蒼天十矢隊の面々も、その中の1人であろう。
「ま、その辺もあの方の魅力ではあるんだがな」
 ギルドの親仁が冒険者たちの前で苦笑いを浮かべている。
「さてと‥‥ お偉方の護衛が任務だから粗相のないようにな」
 屈託のない笑顔に見つめられながら蒼天十矢隊は部屋を後にした。

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2473 刀根 要(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鷹見 仁(ea0204)/ 本所 銕三郎(ea0567)/ 夜十字 琴(ea3096)/ 馬場 奈津(ea3899)/ 風御 飛沫(ea9272)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921

●リプレイ本文

●道程
 鷹狩り御一行を装った20名近い集団が那須の地を進んでいた。
「天狗の方から持ちかけてきた此度の交渉、無駄にはできません。
 しかし‥‥ 須藤さんも御一緒するとなると、やはりエルフの里の時のことが思い出されますね」
 羽黒と馬を並べた限間灯一(ea1488)が微笑んだ。
「はは‥‥ 今回も上手くいけば良いのですが‥‥」
 須藤士郎は少し思いを馳せて限間に視線を戻した。
「しかし、良いのですか? 天狗たちに近づきすぎると他藩からの反発を招きかねないですが」
「いえ、何が味方で何が敵なのかをはっきりさせることが大事なのです」
 須藤は、ゆっくりと首を振った。
「争わないですむならそのほうがいい。しかし今回は未知なる相手でもありますし、結果を高望みしない方がいいでしょう」
 カイ・ローン(ea3054)の言葉に須藤は呟いた。
「俺としては、彼らの九尾と戦う姿勢が具体的になれば、それだけでも那須藩が天狗を攻めないようにする材料としては十分ではと考えている」
「こちらが攻めない代わりに一緒に戦えというのでは、こちらの思惑はどうであれ、そんな関係はすぐに壊れるでしょう」
「しかし、天狗たちと大っぴらに友好関係を結べるわけでもなし、どうするつもりなんです?」
 須藤の言葉に徒歩(かち)で同行している龍深城我斬(ea0031)が難しい顔をしている。
「焦るでない。
 我らは破られていなかった古い盟約を復活させただけ。対して彼らは戦いたくなくて我らに手を差し伸べてきたのじゃからな」
 エルフの長老がホホと笑った。
「それにしても、公。
 これからの状況次第によっては、薬園を十矢隊で運営するなんて二束のわらじは少々きついかと」
 蒼天十矢隊の副隊長としての自覚が出てきたのか鷲尾天斗(ea2445)が須藤に意見している。
「心配せずとも、上手くゆけば仕上げは藩で引き継ぎます。勿論、十矢隊の功績は考えます。
 十矢隊の働きに感化されて藩内の動きも良くなっていますから辛抱してほしいのですが」
 須藤の顔に笑みがこぼれた。
「殿はどうして十矢隊に目をかけてくださるのでしょう? 嬉しく思っておりますが、少々気になって御座いまする」
 黒髪を後ろに束ねた小柄な乙女が須藤の顔を覗き込んでいる。
 御供の娘を装っているが、騎乗して荷には長弓のような物がみえるとくれば、あまり変装している意味はない気がする‥‥
 それはともかく‥‥ 抜けるような白い肌に薄く引いた紅が映え、円らな瞳と常にたたえた微笑が気品を感じさせる。
 可憐‥‥と言ったらいいのだろうか‥‥ いつもの凛とした雰囲気とは違うものの、その存在感は変わらない。
 彼女こそ那須で名を上げた蒼天十矢隊の隊長、白羽与一(ea4536)である。
「冒険者の気概が気に入っただけですよ」
「公、敵のようです」
 クレイモアを背負い、黒の金属鎧を纏った夜十字信人(ea3094)が、須藤の馬に近づいてきた。
 周囲には山鬼が数頭見える。
「俺が殿を務めます。先に行ってください」
 退路を探って龍深城が周りを見渡す。
「待たぬか。敵味方を確かめるのじゃ」
「味方だとしても警戒するにこしたことはありません。
 それに九尾の配下ならば、あなた方エルフを真っ先に狙うかもしれません」
 長老の言葉を斥(しりぞ)け、刀根要(ea2473)は下馬して末蔵に手綱を預けると集中に入った。
「その通りやわ」
 西園寺更紗(ea4734)も躊躇なく愛用の長巻を抜き放つと、遊撃の位置を確保した。
「気配は多くありません‥‥ 突破しますか?」
 風御凪(ea3546)が須藤士郎に指示を求める。
「余計な争いは避けねばなりませんが‥‥ 責任は私が負います。個々の判断で迎撃せよ」
 承知と復唱が返った。

●会談
「なぜ付き纏う。こちらを襲う気があるのであれば容赦はしない」
 日本刀を抜き、闘気の盾を構えた刀根が、その切っ先を山鬼たちに向けた。
「黄泉路への旅立ちをご案内仕る‥‥ 安心しろ、道は存じているぞ。1回逝って来た!!」
 明絶と名付けられた夜十字の巨剣が唸りをあげる。
『ここ。俺だちの縄張り。帰れ!』
「縄張りに入るなと言っている」
 刀根の通訳で衝突の危機は避けられたが、まさに一触即発‥‥
「待たれよ! もしや那須の使者であるか?」
 黒羽を羽ばたかせて半人半鳥の影が宙を駆ける。
「如何にも!!」
 得物を構えたまま龍深城が答える。
「これは失礼を。先触れもなく現れるとは思っておりませんでした」
 烏天狗が差配すると山鬼たちは何処かへと去っていった。

 会談の場に入ったのは須藤士郎とエルフの長老、そしてごく僅かの者たちであった。
 末蔵ら足軽たちが馬の世話をする中、須藤たちは誘われるまま歩いていった。

 通された部屋の中に修験者風の男たちが座っていた。その中の1人は顔が狼である。
 彼らは上座を空けて座っていたが、須藤は彼らと向かい合うように上座を空けて座った。
「那須藩主、須藤士郎と申す。以後、お見知りおきを」
 須藤は深々と手をつくのを見て、そこまでするのかと白羽は驚いた。
 しかし、那須藩士ではなく、那須藩主とは‥‥
「某(それがし)は、この一帯の修験者を庇護する天狗一党を束ねる者。人は我を白狼神君と呼んでおります。
 那須殿におかれては健勝でなにより」
 さても須藤士郎の意図は白狼神君に届いたようである。
 エルフの長老などに続いて鷲尾が深々と頭を下げた。
「御初にお目にかかります。我らは蒼天十矢隊。以後、お見知りおきを」
「隊を束ねまする白羽与一と申す者にて、此度は護衛の任にありますれば数名の同座をお許しいただきたく候」
 さっきまでの出で立ちとは違い、正装の上から蒼天の羽織を着けた白羽が静かに頭を下げた。
「役目であれば同席を許そう」
 頷く白狼神君に、残る十矢隊も頭を下げた。

●難航
 会見は思ったほど進展していない。お互いの言い分がしっくり噛み合わないのだ‥‥
「宜しければ、自分からも1ついいでしょうか?」
「これ‥‥」
「那須藩士‥‥ 冒険者‥‥ どちらの意見なのか」
 限間を嗜(たしな)める藩士を須藤が制した。
「いえ、限間灯一として申し上げます。自分は人であり、藩士であり、冒険者でもあります。分けて述べることなどできません」
「申してみよ」
 限間は一礼すると白狼神君と視線を合わせた。
「例えば那須藩が推し進めている薬草栽培にあなた方の力を貸してはもらえないでしょうか?
 修験者との交わりがある天狗たちならば秘薬の調合や珍しい薬草の知識など持っているのではないかと思うのですが」
「荒行で傷つく修験者のために多少の知識は持ち合わせているが、それで役に立つのか?」
「薬は人の命を救うもの。ギリギリの状態からお薬で助かった人は天狗さんに対して悪意は持たないと思うです。
 那須藩の特産物となる予定のお薬、人と天狗の友好を宣伝する良い方法だと思うです」
 いつになくキリリと真面目に話す七瀬水穂(ea3744)だったが、生来の気性というか、ほんわかした部分は隠しようがなかった。
 それでも、七瀬や那須の薬師やエルフたちの薬草知識に天狗や修験者たちの知識が加われば、友好の証として『那須の秘薬』を作ることも可能になるはずとの力説に、白狼神君をはじめ須藤たちもタジタジである。
 薬という平和的な那須藩と天狗の協力関係なら他藩の警戒を招かないとも付け加え、エルフや天狗との友好関係が周知の事実となれば妖への迫害も減ると付け加えた。
「人の中には確かに妖と知りながら手を取ってくれる者がいる。だがな‥‥」
「そうは言うが、日本(ひのもと)では我らエルフとて妖(あやかし)と大して変わらぬよ。
 姿は我らの方が人に近いが、基本的に別の種族じゃ。
 ジャイアントやパラとは共存しておるし、河童などとも大きな争いもなく棲み分けておる。
 これに天狗や鬼たち、妖怪変化の類が加わろうとも大差はあるまい」
 白狼神君の言葉を遮ってエルフの長老は一気に喋ると一息つくように押し黙った。
「そううまくいけば良いのだがな‥‥」
 白狼神君はグルルと喉を鳴らした。
「その口実を作るためにも、目に見える実(じつ)が必要なのです。
 天狗や修験者たち、そして彼らの縄張りに暮らす妖たちが敵ではないと示す何かが‥‥」
 限間がうまく合いの手を入れる。
「国守、藩主の立場から同盟したと伝えることは簡単ですが、どう言ったところで民らは半信半疑でしょう。
 何かしらの実も必要ということです」
「駆け引きか‥‥」
「そうです。あなたたち那須の天狗一党を民は畏れ敬っております。
 だからこそ、彼らに那須の天狗が味方についたと知らせ、そう実感できる何かが必要なのです」
「それが薬草作りへの手助けというわけだな」
「はい」
「何をすれば良いのだ?」
 白狼神君の言葉を受けた須藤の目配せを感じてカイが口を開いた。
「白面金毛九尾の狐に組する妖怪とは違うということを示していただきたい。
 薬草作りに協力する裏で狐たちの情報を集めてほしいのです」
「難しいことだ。それは天狗だけでなく修験者たちも九尾の狐の敵につくということなのだからな。
 少なくとも我の使命は修験者たちの庇護。巻き込むわけにはゆかん」
「しかし、それでは‥‥」
 最後まで言う前に鷲尾は言葉を飲み込んだ。
「そなたらの言うこともわかっておる。わかった範囲で伝えることは約束しよう」
「俗世を離れ修験される方を血生臭い戦に巻き込もうとする無礼、十分承知の上でござます。
 天狗の方々が静かな山を望むよう、静かな暮らしを希う人の心も同じもの‥‥」
 会談の趣旨が別のところへ流れようとしていたのを白羽が一気に戻す。
「妖弧、悪鬼との決戦あれば、お互い協力して事にあたってほしく思います。
 野放しにすれば那須藩ならず日本全土の危機なれば何卒お願い致します」
「これ、調子に乗りすぎじゃ。白狼殿が困っておいでじゃぞ」
 追い討ちをかけた鷲尾の言葉に長老が釘を刺すと、鷲尾は平伏して押し黙った。
「十矢隊の無礼。平にご容赦を‥‥」
 白羽は深々と頭を下げた。

●酒盛り
 那須の天狗は会談に諾と答えを返した。
 細かい同盟内容に関しては詰めが必要であったが、当面の不可侵条約は締結されたと考えてよかった。
 それを祝って、香木の匂いが漂う中、ささやかな酒盛りが催された。
 肴は夜十字の妹からの差し入れの餅に鷲尾特製の醤油たれを塗って焼き上げたものだ。
 今日だけは特別と修験者たちにも酒が振舞われており、ガッシャ、ガッシャと鎧を鳴らして給仕をしている夜十字の姿に笑いが起きている。
 長老などは届けてもらったフィーの美人画を嬉しそうに修験者たちに見せて回っていた。
「良かった‥‥ 本当に」
 限間が楽しそうに飲む仲間たちを眺めている。
「そうだな。仲良くできればそれに越した事はない。それが妖怪だろうとな‥‥
 ふ‥‥ こんな風に考えるのは、俺が冒険者だからなのだろうか」
 失笑気味に笑うと、龍深城は一気に杯を空けた。
 須藤や長老と歓談する白狼神君に酌をしながら風御たちが話をしているのが見える。
 当たり前の光景ではないが、好んで壊すのは間違っている。龍深城は、次の1杯も一気に呷った。

「京での騒動は話には聞くが、我とて直接は知らぬ。それに、九尾たちの動向もな‥‥
 だが、こうやって不安を煽ることこそ九尾の目的だとすれば、くえぬ奴よ」
 白狼神君が低く喉を鳴らす。
「白面に対抗しうる武具はないのですか?」
「伝説には、そのような武具もあろうが生憎な」
 屈託のない笑顔で迫る鷲尾に白狼神君も困った風にきゅ〜んと鳴いて目を細めている。
「暗い話は、これくらいにしませんか?
 高い山での薬草を自力で採ることは難しいのですが、天狗たちがどうしているのかご教授願いたい」
「それは水穂も聞きたいですよ♪」
 カイの背中から七瀬が顔を出す。
「はは、駆けるのであるよ。宙をな」
「飛べるのですか?」
「如何にもな」
 どうやら少々酔ってきたのか白狼神君の口が軽くなっている。
「そんな珍しい薬草が手に入れば、水穂のお薬作りにも役に立つですよ♪ 手伝ってほしいです〜♪」
「承知。できる範囲で協力させてもらおう」
 きら〜ん! 七瀬の瞳が輝いたことに気がついた者はいない。

 一画では宴席の余興に手合わせが行われていた。
「烏丸では相手にならぬようじゃ。我が相手を致そう」
 烏天狗の槍術を軽々と捌く刀根の姿に興味を引いたのか、白狼神君が宴の席から腰を上げた。
「好いかな?」
「光栄です」
 まさか白狼神君との手合わせができるとは思っていなかっただけに興奮を抑え切れない。
「ゆくぞ」
 その声に答えようとしたときには、既に白狼の姿は眼前にあった。
(「速い!」)
 刀根だけではなく、他の者たちにも驚愕が走った。
 踏み込みに僅か1歩。あの距離を一気に縮めるとは思わなかった。
 ビュ‥‥
 しかも剣捌きも尋常ではない。刀根は辛うじて受け止めるが‥‥
(「どこだ!」)
 視線だけ上を見上げたが、そこには何もない。
 咄嗟に下からの斬撃を受け止めるべく剣を操るが予期した攻撃は訪れなかった。
「手練の妖に人相手の剣術など通用せぬ。そなた、それ程の腕を持つのだ。もっと戦いの空気を肌で感じよ」
 白狼神君は刀根のうなじに当てた刀を収めると、肩を叩いた。

「えろう強うおすな」
 修験者や足軽たちと警備をしながら手合わせを覗いていた西園寺は感嘆の息を漏らしていた。
 宙を舞うような姿に燕の舞う様子を重ねていたが、それに自分が斬り落とす姿を重ねることはできなかった。
「一をもって二と成し、二をもって一と成す、振るは空舞う飛燕の如く‥‥ 理を知っても力が及ばへんのが現状‥‥ 何とかせなな」
 そう実感せざるを得なかった。
 給仕に一区切りついた夜十字が烏天狗とこちらに近づいてくる。
「俺は一度死に、蘇えった男だ。その辺の死人と大差無いのかも知れぬ。
 誇りも自信も名誉も失ったが‥‥ 心だけはまだ失ってはおらぬよ。
 今は只、誰かの為にこの剣を振るいたい」
「良き心がけじゃ。それで黄泉路の向こうはどうなっておった?」
「それはな‥‥」
 ここの修験者たちは、気さくな者たちが多いようである。
 この者たちを戦いに巻き込んで本当に良いのか悪いのか‥‥
 西園寺にわかるはずもなかった。