●リプレイ本文
●初陣
「蒼天十矢隊、出撃致します!」
「さぁ、反撃の狼煙をあげるのは、わしらじゃぞ!」
装備もまちまちの足軽まで含めて総勢15名の一団が、白羽与一(ea4536)と馬場奈津(ea3899)の掛け声で行軍を開始した。
「那須の一矢となりて、鬼を討つ!!」
夜十字信人(ea3094)の声に応と答える蒼の羽織の冒険者たち。風にたなびく羽織の腕には白矢の染め抜きが映えた。藩主与一公に蒼天十矢隊の名をいただいた時に、何か身に着ける揃いの物が欲しいと願い出ていた物が用意されていたのである。付き従う足軽たちの腕には白矢が染め抜かれた蒼の腕章。
白矢の近くには各々の名が刺繍してあった。ある者は刺繍に縫いこまれた身内の気持ちに心打たれ、ある者は配下を思って1針1針刺していた。
那須城を出る蒼天十矢隊に領民たちが手を振る。
「野望成就のためがんばりますよ〜。みんなも水穂の花園の手入れはサボっちゃダメですよ♪」
七瀬水穂(ea3744)が手を振り返した。この娘は‥‥
兎も角‥‥ この小鬼討伐が実質的に蒼天十矢隊の初陣である。
●前回の轍
「あれが‥‥」
村を見渡せる岩場の上に姿を現した一団。そう、蒼天十矢隊である。
この村の出身である足軽の案内で、村の入り口や前回戦った場所が見渡せる高台へ来ることができたのである。
「村の外に誘き出すんだよな?」
「そうです。前回、やられてしまった場所で敢えて戦います。そして同じように撃退されて‥‥」
「待ち伏せするんだな」
村を見下ろす龍深城我斬(ea0031)に、刀根要(ea2473)が戦うであろう場所を指差しながら作戦を説明していく。
「いつまでも村を占領させておく訳にもいかないからね」
腕組みをして眼下の村を見下ろすカイ・ローン(ea3054)は囮部隊の要だ。前衛を回復させて、できるだけ長く戦線を維持しなければならない。それだけに責任は重大だった。
「術で援護するですよ。安心してください〜」
七瀬がニコリと笑顔を浮かべて可愛いしぐさで首を傾げた。
「本当に大丈夫かのう?」
「そんな硬くならずに肩の力を抜いて、自分のできることをやれば大丈夫。成功しますよ」
「藩士の方の言うことじゃからなぁ。きっと大丈夫なんじゃろう‥‥」
風御凪(ea3546)の言葉に、足軽たちも一応の納得をしたようである。
「そうです。水穂がついてるんです。安心するですよ〜」
「おぅ」
なんとか納得する足軽は、七瀬の恐ろしさをまだ知らない‥‥
「数をそろえた弓隊もおりますし、きちんと撤退していただければ作戦はうまくゆくと思っております」
騎馬弓術に長け、与一公から弓術免許まで頂いている白羽のことを、那須で知らぬ兵はあまりいない。
そんな彼女の言うことである。かなり無条件で信じているようである。足軽たちの見えないところで七瀬が口を鳴らす。
「白羽様が言うのじゃから心配なかろう」
今度こそ足軽は安心したようである。いやはや現金というか何というか‥‥
●乾坤
じっと即席の陣に籠って剣戟を聞いていた橘雪菜(ea4083)たちは、一日千秋の思いでそのときを待ちわびていた。
塹壕を掘り、矢を用意して、迎撃の態勢は整っている。その目の前で、刀根たちは半ば罠に引き込むことに成功していた。
(「そろそろ行きます」)
オーラテレパスで風御に合図が入った。
(「了解」)
「来ます」
風御が日本刀を抜き放つと、弓を引き絞る音が聞こえた。
「ぎゃああ!」
「ゴブゴブゥ!」
様々な雄叫びをあげながら小鬼たちが刀根たちを追ってくる。
「こっちだぁ!!」
風御がヴェントリラキュイで小鬼の後方から声をさせると、一瞬小鬼たちの足が止まった。
その隙にカイたちは茂みの中に駆け込んだ。
「火炎直撃弾っ! いっけ〜!!」
ビクッと小鬼たちが声の方を振り向くと、目の前に火球が出現して弾けた。小鬼たちは突然の爆発に完全に混乱している。
「水穂の野望の成就のため、那須での地位確保のための功績点となるですよ」
七瀬の声に合わせるように、何本もの矢が小鬼に突き刺さった。
「ゴゥゴブ!!」
小鬼の戦士にケツを蹴られて小鬼たちが七瀬たちの陣へと押し寄せてくる。
数をいるように見せるために作っておいた案山子(かかし)は、小鬼が混乱していてはあまり効果がなかったようである。
「しっかり護るですよ」
綴り鎧に短槍と法衣、そこらの武士たちと比しても遜色ない装備の足軽の背中を押して七瀬が微笑む。
「これが‥‥た・た・か・ぃ‥‥」
足軽は槍を構えた。
小鬼たちは草むらを越えたところにある塹壕に気づかず、転倒した。
それを乗り越えようとした小鬼たちも、戸板が急に目の前に現れて強かに顔をぶつけた。
橘が操る戸板は宙を舞い、小鬼たちの進路を塞いだ。実際には押し通ることもできるのだろうが‥‥ 遮られれば避ける。それが心理である。そうこうしているうちに次の爆発が起き、爆風で戸板が吹き飛ばされた。
「近寄らせませぬ」
白羽が漣で駆けながら、小鬼たちを取り巻くように弓矢を射た。だが、それで足が止まるような奴らなら苦労はしない。
数の優位は、彼らに絶対的な自信を与えていた。自分たちが負けるはずはない‥‥と。
足軽を攻撃しようとする小鬼にありえない軌道で飛んできた槌がぶつかる。
間に合わないと思っていた風御が小鬼を斬りつけた。
「助かります」
「気にしないで」
橘が再度集中する間に風御たちは迎撃態勢を立て直す。
「ギャッ、ギャッ!」
爆風で焼かれ、飛んでくる槌に小鬼たちが突進を鈍らせたところへカイ・ローンたちが斬り込む。
「蒼天十矢隊が一矢、青き守護者カイ・ローン、参る」
囮班が小鬼たちの陣容を切り裂いていった。
「全てを飲み込む津波のごとく、敵を殲滅します。押し込めぇ!!」
カイは自ら前線に立って小鬼たちを突き倒した。
●仕上げの矢
一時は完全優位に立っていた蒼天十矢隊も、何倍もの小鬼を相手に苦戦を強いられていた。
敵が数の暴力を発揮できないような地形を味方にして戦ってはいるが、やはり相手の手数が多い事実は否めない。火球による範囲攻撃と弓矢による支援、龍深城たちによる善戦でやや有利に押している感はあるが、傷と疲労が徐々に蒼天十矢隊を蝕んでいるのは確かである。
しかも、よく数えると13‥‥ 数が足りない。
その2人は忸怩たる思いで潜んでいた。影から影へ、声や音を極力立てず戦況をじっと見つめるばかり‥‥ ギリッと歯を鳴らす男の肩に手を当てて戦場の一角を指差した。
「あれじゃな」
「俺もそう思う」
仲間たちと離れて隠れていた馬場と鷲尾天斗(ea2445)が狙うのは指示を出しているように振舞う1頭の小鬼。
手薄な場所を探しながら身を隠して、それに接近する。鷲尾は馬場のように隠密行動の心得などないが、爆音轟き、剣戟と怒号の入り乱れる戦場である。音を立てるような装備を身につけていないことも幸いし、2人は目標の小鬼に十分に近づく事ができた。
「さて行くか」
カチャリ‥‥ 鷲尾が鍔を切ると馬場が無言で頷く。
「覇ぁぁぁぁ! 下郎が!」
突然飛び出して背後から斬りつけられれば、頭の回る歴戦の小鬼でも不意をつかれる。そこから態勢を立て直すのは容易なことではない。
「ゴ、ゴブッ!!」
小鬼の言葉を矢が遮った。
「那須に舞い降りたる外道を狩る猛禽、鷲尾天斗! 地獄の手形にこの名を持って逝きな!」
傷ついた指揮官らしき小鬼に容赦なく刀傷をつけていく。
「ゴブッゴブブブ!!」
小癪な人間に傷を与えた小鬼の残忍な笑みが、一瞬で消えた。
鷲尾は苦痛にも表情を変えず、小鬼の攻撃に合わせて鷲尾流二天『捨身』を繰り出す。あえて十手を受けに使わない豪快な技である。まさに捨て身の一撃だった。
日本刀と十手の連撃に小鬼が顔を歪め、鮮血が舞った。続けて繰り出された小鬼の攻撃に対処する余力はなかったが、小鬼の動きは明らかに鈍い。避け切れなかったが、手ごたえはあり。しかも、奇襲で受けた傷と不意に飛んでくる矢を受けて、小鬼の方に分がないのは明らかだ。
小鬼は鷲尾の目を見てすくんだ。獲物を狩る猛禽の視線。絶対に逃がさないという必殺の眼差しである。
仲間が乱戦する中へ逃げ込もうと小鬼が踵を返した。
「逃がすかよ!!」
鷲尾は小鬼を追った。
「深追いは控えるのじゃ!」
鷲尾には馬場の声は届かなかったようである。1頭の小鬼が馬場に気づき、接近してきた。間合いを詰められたら終わりである。
放った矢では小鬼を止めることはできない。
「どこでもいいから逃げるしか‥‥」
馬場が諦めかけたとき、そこへ別の矢が飛んできた。小鬼に突き刺さり、増援に明らかに怯んでいた。
「馬場殿、あちらへ!」
矢の主は白羽、漣に跨り、足軽を乗せている。携えた弓で逃げる方向を指差している。
「白羽様、小鬼が!」
相乗りの足軽が指差す先から小鬼が3頭近づいてくる。さっきの小鬼が近くの仲間を引き連れて来たようだ。
馬場は脱兎のごとく駆けた。
脇目もふらず走る馬場の側を漣が併走する。
ビンッ! 矢を放つ音に馬場が見上げると、白羽は次の矢を番えていた。後ろを振り向くと小鬼の腹に矢が突き刺さっている。
「馬場殿、次の分かれ道を左へ!」
ビンッ! 別の小鬼に矢が突き刺さり、肩を押さえて2頭が足を止めた。残る1頭も足を止め、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。
何と言っているかはわからないが、そんなことを気にしていられなかった。
「一気に駆けますよ」
白羽が手綱を引くと馬足が緩まった。
「こっちでさぁ」
足軽が伸ばした手を馬場は掴み、馬上へと引き上げられた。
「漣、行きますよ。ハッ!」
さすがにパラ3人乗りである。漣の速力はいつもより遅かったが、それでも徒歩よりはまし。
分かれ道を曲がると、小鬼たちが追ってくる様子はなかった。
「うぉぉおお!!」
鷲尾は小鬼の集団に進路を阻まれていた。指揮官らしき小鬼を討ちもらしたのである。
雄叫びを上げ、突っ切ろうとするが、いかんせん数が違いすぎる。鷲尾の突進力は肉の壁の前に完全に打ち消されていた。
ズガァンッ!! 足を止めた彼の目の前で爆風が広がり、小鬼たちがもんどりうつ。
「黄泉路への案内‥‥仕る!! 鷲尾さん、逝くかい?」
龍深城たちが斬り開いた中へ爆風をもろともせずに夜十字が飛び込んでいた。
「遠慮する!! そこの刀傷の奴だ!!」
目の前の小鬼を切り伏せながら鷲尾が叫ぶ。
「だろうと思ったよ! 任せておけ!!」
鎧に身を固めた小鬼の中から1体に狙いをつけた。奴からは凄まじいまでの血の臭いがする。
肩に担いだ野太刀を一気に振り抜きながら、そのまま重さを十分に乗せて切っ先を突き出した。
ズシャァァ‥‥ 鎧を貫き、肉を裂き、内臓を切り裂いて、切っ先は背中を突き抜けた。
「殺ったぁ!!」
一連の動作で野太刀を引き抜くと小鬼は力なく倒れこんだ。
「押し込めぇ!!」
刀根が真っ先に切り込んだ。龍深城たちもそれに続き、小鬼たちを次々と屠っていく。
「あはは〜。蒼天十矢隊に対抗するなど笑止です〜♪ 顔を洗って出直してくるですよ。逃がしませんけどね〜!」
カイたちを抜いて逃げようとした小鬼たちが火球に焼かれた。逃がすまいと追いかけようとしていたカイの鼻先まで爆風が届いた。立ち上がって逃げようとする小鬼たちに矢の追撃が来る。
「助太刀します」
後方で足軽を指揮していた風御が小鬼を切り伏せながらカイの許へ寄って来た。
「どうして‥‥」
「あそこは白羽さんと馬場さんが指揮してくれています」
カイが視線を送ると弓隊のいた場所から次々に矢が放たれていた。逃げ出す小鬼たちが針鼠になっていく。
「鷲尾さんを救出に行かないと」
「怪我してるでしょうしね」
風御とカイは混乱する小鬼たちを切り伏せながら鷲尾目指して駆け始めた。
龍深城は最小限の動きで小鬼の攻撃を見切ると、まとわりつく小鬼を切り伏せた。
「勝ちは拾ったようだけど、何とかならないのかね」
小鬼たちは逃げるに逃げられず、戦うだけの士気も残されていなかった。 数では蒼天十矢隊を上回っていたが、一方的に撃破され続けている。
目に涙を浮かべている小鬼を斬り伏せて、走って来た方を見ると、そこには返り血で羽織を赤黒く染めた夜十字が一撃毎に小鬼を瀕死に追い込んでいた。
「これだけ多いと大変だね」
「こんな場で、人斬りに答えを求めるな」
話しながらも2人は小鬼たちを斬り伏せていく。小鬼たちの全滅は時間の問題だった。
●戦後処理
「俺の荷物から消毒用の酒と包帯を取ってください」
戦い終えて、風御は仲間の傷を洗い、止血など必要な処置をした上で包帯で固定していった。
「見事なもんだなぁ」
足軽たちが感心するのも無理はない。藩医助勤は伊達じゃないという訳だ。
風御たちが足軽たちにも応急処置の心得を教えておきたいと仲間たちが理解しており、深い傷を受けた者がいなかったことからこそ、このような伝授ができるのだが‥‥
風御の講義が終わったのを見届けて、カイはリカバーで一行は傷を癒した。
『さぁて、話してもらおうか』
刀根は、まだ息のある小鬼にオーラテレパスを使った。
『オレたちの言葉、わかる。なぜ?』
『知らなくてもいいんです。答えなさい。あなたたちの大将は岩嶽丸ですね?』
『がんごくまる? 知らない』
刀根は日本刀を突きつけた。
『エルフの弓を探しているのですか?』
『エルフ? なに?』
どうやら収穫なしのようだ。刀根は刃を引いた。
●凱旋
蒼天十矢隊の活躍のおかげなのか、収穫作戦は把握していただけの敵しか出現しなかった。
続々と帰還してくる部隊を待ち受ける彼らの視線は誇らしげだ。
「よくやってくれた。反抗作戦の気運は高まっている」
「与一公‥‥」
白羽たちは居住まいを正した。
「夜十字信人、カイ・ローン、龍深城我斬、そなたらの戦功は秀でていたと聞く。望むなら藩士を名乗ることを許すが」
「俺は一介の剣客。藩士としては憚られる過去を持つ身です。那須藩に迷惑をかけたくはない」
「そうか‥‥ わかった」
「根付いては、旅に差し支えます。俺は那須の窮状に力を貸したかっただけです。どうかお気遣いなく」
「相わかった」
「恐悦至極、謹んで拝命します」
「では、龍深城我斬。那須藩のために働いてほしい。
他の者たちも、此度の働き大儀。宴席を用意してある。今は楽しんでほしい」
この日の那須城は歓喜に満ち溢れていた。反抗作戦に向けて幸先の良い出足といえよう‥‥