●リプレイ本文
●救援
「怯むなぁ!! 堪えろぉ」
半泣きの足軽を叱咤激励しながら藩士が刀を抜いて斬り込む。しかし、一丸となって突進してくる熊鬼たちの力を受け止められない。
「敵う訳ねぇべ」
「もうダメだぁ!!」
豆腐に包丁でも入れるように黒い刃が那須軍を切り裂いていく。今にも潰走するかという時‥‥
ビョウ‥‥
熊鬼に矢が突き刺さる。不意を衝かれた熊鬼たちは、それでも突進を止めない。
いくら精強な那須兵と言えども槍の密集突撃をくらっては得意の機動戦闘には持ち込めない。中央を抉られて完全に分断されていた。
そこへ矢が降り注ぐ。
「誰だ!?」
熊鬼を見送りながら武士が振り向く。
「我らに任せて御退きくださいませ」
馬上にはためく小柄な蒼の羽織。涼やかな顔立ちのパラの女性。馬上で長弓を巧みに操るその姿に那須兵から歓声が上がった。
蒼天十矢隊の白羽与一(ea4536)である。
彼女と愛馬・漣の後ろからは弓隊による射撃が行われ、それとは別に得物を手に斬りこんで来る一団がいる。
「蒼天十矢隊が来たからには好きにはさせるか!!」
風に棚引く鷲尾天斗(ea2445)の鉢巻。その額には必勝の文字! 狙うは一際獰猛そうな1頭!!
「那須に舞い降りた外道を狩る猛禽、鷲尾天斗。この名を地獄の手形替りに持って逝きな!」
十手で朱槍を滑らせるように体を捌き、日本刀で反撃の1撃を繰り出す。鷲尾には周囲の鬼から次々と槍が繰り出され、空気が血に染まる。
「スールの誓いを胸に、巌流・西園寺更紗参ります」
熊鬼の直前で若干滑るように低く踏ん張った西園寺更紗(ea4734)は、足捌き、腰の捻り、腕の回転と見事に連動させつつ槍を掻い潜って長巻を薙いだ。
熊鬼の一団は新たな援軍を前に進路を変え、砦へとの退路をとった。蒼天十矢隊と那須兵の矢が雨霰(あめあられ)と降り注ぐが、物ともしない。
「強ぇぇ‥‥ こっちが迎撃する間に、手数の何倍もの槍が襲ってきやがる‥‥」
鷲尾がガクリと膝をついた。日本刀を杖に何とか倒れこむ姿を那須兵に見せずにいたが、意識は朦朧としていた。
蒼天十矢隊が那須兵の前で簡単に倒れるわけにはいかない。その気概が彼を支えていた。
「無茶のしすぎじゃ」
「命は大切にしてくださいよ。大切な仲間なんですから」
馬場奈津(ea3899)がヒーリングポーションを飲ませ、カイ・ローン(ea3054)がリカバーをかけると傷は塞がった。
「自分たちでもできるようになっていれば、多くの兵が損なわれずに済むんですが」
「そうですよ〜。講習を受けるですよ」
風御凪(ea3546)や七瀬水穂(ea3744)は十矢隊の足軽たちに手伝わせて早速応急処置を始めている。
「再び討って出られる前に態勢を整えませぬか? 一筋縄ではいかぬ相手のようでございますし」
「相わかった。退けぃ」
那須軍が撤退を開始した。無事な者が負傷者に手を貸して歩き始める。何体かの遺体を運ぶ姿が痛々しい‥‥
砦の中から熊鬼たちの鬨の声が上がったのが忌々しいが、今は仕方ないだろう。
関所から少し距離のある場所に那須軍は駐屯していた。庄屋の屋敷が本陣代わりになっている。
「特にあの朱槍を振るう鬼には気をつけねばなりませぬな。我ら藩士にも死者が出ております。足軽の被害も莫迦にできない」
藩士がギリッと歯を鳴らした。
「そうだな。うまくいなせたから良かったものの。長槍の熊鬼の攻撃であれだからな。朱槍を受けたときにズシッと来たあの重さは、くらったらと思うだけで冷や汗が出るぜ」
傷の具合を確かめながら鷲尾が眉を顰める。藩士たちも身をもって実感しているのか言葉少なだ。
「陣地を構築して誘い込むしかないな。多少の時間は費やしても仕方ないだろう」
「我らとて手を拱(こまね)いていた訳ではない」
将几に座っている藩士の1人が扇子で地図の上を指す。そこには、熊鬼の立て篭もる関所を囲むようにいくつかの書き込みがある。
「考えるのは同じってことだな」
「それを十矢隊がやってくれるんだな?」
「そうです。そのために来たのですから」
鷲尾が腕を回して、ついでに腰も回した。調子に問題はないようだ。
「刀根さんたちが帰ってきたようですね」
橘雪菜(ea4083)の声に一同が注意を逸らすと騎馬のだく足が近づくのが聞こえた。
「案内ありがとうございました」
馬廻りに潮風を預けた刀根要(ea2473)は、同じく馬を預けた藩士2人に笑顔を向けた。
冷気で体から湯気を上げながら3人が本陣へと入ってくる。
「やはり広い場所を使っての作戦は無理ですね。回り込もうにも間道は狭すぎて敵に気づかれた時にヤバい」
小姓から手ぬぐいを受け取り汗を拭う。
「こちらもです。間道を使うかは別として、狭い場所なら狭い場所なりの作戦がございます。それを考えましょう」
白羽が漣の手綱を馬廻りに預ける。急峻な地形を何とか乗り越えるような場所はないか、足場になりそうな高台はないかと探したが、結局戦いには使えそうな場所は見つからなかった。
「いや‥‥ 冒険者というものも莫迦にはできんな」
「聞こえてますよ」
「悪い」
刀根につられて白羽や藩士たちも笑った。
「それより他の仲間はどうなっている?」
「それぞれに色々とな。一番大変なのは風御さんたちさ」
鷲尾は屋敷の奥を指差した。
風御は相変わらず配下としてつけてもらった足軽に応急処置を仕込んでいるようである。当の足軽くんは血や傷を見てクラクラしているようだが‥‥
簡単に応急処置されて寝かされているだけの負傷者の呻きが痛々しい。
「なぁ、あんな恐っろしい奴らとあれだけの人数で戦うなんてスゴいなぁ」
「責任重大だが、それだけ評価されているということ。嬉しくもあるね」
「やっぱりスゲェや」
感心する足軽にカイは優しい表情を向け、神に祈りを捧げる。
「おぉ、傷が治っちまった」
「医療に人生を捧げるほど聖人君子じゃないけど、人生の余裕を医療に注ぐぐらいはね」
「ありがとよ」
カイは立ち上がると辺りを見渡した。思っていたよりも怪我人は意外に少ない。その少ない怪我人の傷の深さが、逆に黒色槍兵団の威力を物語っていた。
「戦ってばかりだと命の尊さを忘れてしまいます‥‥ しかし、こうして死者を目の当たりにすると‥‥」
「俺たちにしてみれば辛いですよね」
死者に祈りを捧げるカイの横で風御も手を合わせる。
「水穂たちがいるからには好きにはさせないですよ〜
猪のくせにかっちょいい部隊名もってて生意気です。粛清してやるです」
黒色槍兵団とは那須兵がつけた名前である。それで怨まれる熊鬼も可哀相だが、そんなことはどうでもいいか‥‥
「いいな? 奴らが来ても無理するな。俺たちに任せるんだ。あんたら足軽には田畑だってあるし、家族だっているだろ? 死ななくていい時に死ぬなんて損だってわかるだろ? 次の戦いに向けて今はしっかり休んでくれ!」
龍深城我斬(ea0031)たちが足軽たちを激励して本陣へ向かってくる。
「前々から気になってたんだが、あいつら何処で装備を調達してるんだろう?
人様から奪ったにしてはあいつらの装備は整いすぎている‥‥ もし、連中の武具生産拠点があるなら叩いておきたいな」
黒一色の胴丸鎧に揃いの槍の一団。あんな装備を熊鬼だけでなく他の鬼までし始めれば一層苦戦するのは目に見えている。
熊鬼の一団は黒色槍兵団と呼ばれ、足軽から藩士たちにまで恐れられている。
彼らの武装を知っておくことは作戦にとって必要である。そのために龍深城は兵士たちから情報を集めていたのである。
「そんな場所があるとは聞いてはいないが‥‥」
兵士たちは口々に話し始めるが、有益な情報はなさそうだ。
「気ぃつけといてほしいんどす」
蒼天十矢隊が那須で有名な理由。その1つに、隊を構成する主要な者に女性が多いことが挙げられる。戦場(いくさば)では、とかく女っ気がない。西園寺のように華やかで気風の良さそうな女性がいるだけで殺伐とした雰囲気にパッと華が開くものだ。
「了解した」
そう答える藩士の表情は明るい。
「この前の鬼が岩嶽丸の名を知らぬあたり、岩嶽丸に代わる鬼がいるという事でございましょうか」
「エルフの弓のことも知らないみたいだったし‥‥」
「今は目の前の敵に集中しましょう。エルフの里へは他の冒険者が向かっていますし、ここでヤキモキしても仕方ありません。
うまくいけば岩嶽丸のこともわかるでしょう」
白羽たち那須の動乱の中心に近い者でも事態の全容を掴めていない。
何も知らない場所へ踏み込んで戦うのは恐怖である。それを解消するためにも情報が欲しかったが、今は目の前の状況に集中するしかない。
構築中であった那須軍の陣地に手を加えて待ち受け、熊鬼を誘き出して叩く。
蒼天十矢隊は最も堅実な手をとることにした。那須軍の協力が得られたというのが大きいだろう。傷を癒してもらった足軽たちなどが、率先して手伝いを申し出てくれたのだ。結果、十矢隊だけでは遂行不可能であった本格的な陣の構築が成ったのである。
「黒は何色にも染まらぬ色‥‥ しかし、その黒を蒼で染め抜く事が今回の役目。蒼天十矢隊! 出撃いたします!!」
白羽の号令一過、蒼の集団が動き出す。天下無双の旗印を那須兵たちは鬨の声で送り出した。
●挑発
「蒼天十矢隊、橘 雪菜。お相手仕る」
橘の名乗りに加えて白羽の矢が関所に撃ち込まれる。
関所の格子越しに黒い影が蠢きだした。
「超破滅烈火弾!! カッコいい名前は似合わないですよ。滅びちゃうです♪」
七瀬の火球が黒い影たちを焼く。関所自体には薄い戸板が数枚飛んだくらいで出火はない。
ギィィィ‥‥
関所の門が開けられ、黒い塊が現れた。ギラリと光る穂先が3列に並び、今にも押し寄せる気配を漂わせていた。
「白羽様‥‥ 来ましたぜ‥‥」
「大丈夫でございます。私と漣、そして御仲間を信じてくださいませ」
馬の背の後ろで不安がるパラの足軽へ語りかけながら白羽が矢を番えた。
ギュンッ!! 弦の鳴る音も寸暇、熊鬼の目の側を軽く鏃が割いた。見た目以上に血が流れ出すが、この距離では確認しようがない。
『何故あなた達は同じ装備を固められた』
オーラテレパスで刀根が話しかける。
『突っ込めぇ!!』
しかし、それに対する答えはない。朱槍を構えた熊鬼の雄叫びが、刀根にはこう聞こえた。
『あなた方が纏まって活動をはじめたのは何故です。あの山には貴方達を纏める者があるというのですか?』
『うるさい!! 俺たちは俺たちのために戦う!!』
熊鬼の進撃は止まらない。
白羽は次々と矢を射て顔に傷を負わせるが、熊鬼の剛毛のせいか傷を負っているのかはよくわからない。それでも射続けるしかないのである。
「これが最後‥‥」
「もっと矢を持って来れば良かったですね」
「仕方ありませぬ」
気合一閃、最後の矢を放つ。
西園寺の鉄鞭も効いている風ではない。韋駄天の草履で機動戦闘を仕掛けてはいるが、元々牽制とはいえ熊鬼の頑強さが際立つだけである。
「来たようです」
風御が呟いた。纏まった感じで隊列を組んでいるのはおそらく挑発班。密集しているのは黒色槍兵団だろう。
「わしも捉えた。準備を始めるのじゃ」
馬場のブレスセンサーでも気配を捉えることに成功したようだ。
「伏せておけ、田吾作」
「いや、オラの名前は田吾作じゃねくて‥‥」
龍深城は土塁に身を預けるようにして隠れた。弓の射程にはまだ遠い。
「龍深城様‥‥」
地響きが近づいてくる。
「田吾作、お前の仕事は援護射撃だ。無理しないで危なくなったら逃げろ」
「だから田吾作じゃねぇって‥‥」
弓の用意をする足軽の隣でカイがグッドラックを掛け始める。
「そろそろですね」
「おぅよ。上手くひきつけてくれたあやつらのためにも陣作りを手伝ってくれた那須兵のためにも上手く戦ってみせねばならん」
馬場のライトニングアーマーが発動した。他にも鷲尾のオーラボディなど挑発班が退いてくる間にやることはある。
「さて、皆! 始めるぜ!!」
鷲尾が土塁の影に立ち上がり日本刀と十手を構える。
「蒼天十矢隊が一矢、青き守護者カイ・ローン! 参る!!」
これから起こる殺戮に、カイはネックレスの聖印を握り締め、祈りを捧げた。
「準備できました」
ヴェントリラキュイが風御の声を白羽へ運ぶ。
「こちらじゃ」
側面で声がして熊鬼が追撃の足を緩めた。こちらは馬場のヴェントリラキュイ。
「退きまする」
白羽と刀根が殿を務めながら橘と西園寺が退いてみせる。
『小鬼より腰抜けですね。この間戦った小鬼のほうが度胸ありましたよ』
『オマエ、許さない!!』
刀根のオーラテレパスが熊鬼の注意を惹きなおす。
足軽たちの弓矢の援護が始まる。
「効かねぇだ」
『無駄だ!! そんな物、効かん!!』
熊の咆哮のようにしか聞こえない鳴き声も刀根の耳にはそう聞こえる。
熊鬼は矢を物ともせずに突っ込んでくる。那須兵はこれでやられたのである。
受け止められなければ那須兵と同じ運命を辿る。しかし、今回は決定的に違うものがあった。陣である。
那須藩士の協力を得て構築された陣は突進力を削ることを目的に作られている。それさえ上手く機能してくれれば‥‥ 蒼天十矢隊の勝ち目が出てくる。今は信じるのみ。
土塁を踏み潰そうと熊鬼は突進してくる。
空掘りへ踏み込んだ熊鬼が速度を落とし、何頭かが悲鳴を上げた。撒いておいた車菱が功を奏したようだ。
遅れた熊鬼を避け、後ろについていた熊鬼が前線を埋める。熊鬼の突進力は変わらない。
「来たぞぃ」
馬場が十手を構える。熊鬼も流石に土塁を一気に越えることはできなかった。縫うように撤退する挑発班を追って土塁を1つ越え2つ越えする間に密集陣形を解かれていく。
駆け抜けた挑発班と入れ替わって龍深城たちが奇襲を掛ける。
「重装備なら良いってもんじゃねえ!」
足を止め、龍深城が熊鬼の槍を見切る。チンッ‥‥ 銀の光跡が走っただけで鍔鳴りの音だけが響いた。
ブバッ! 血煙が飛んだ。
「なんとぉ」
熊鬼の足元をチョコマカと走り回る馬場がギリギリで長槍を受けた。しかし、狙いのライトニングアーマーの雷撃は熊鬼を襲わない。遠すぎるのだ。いつまでも受けきれないと作戦を変えて熊鬼の足に触ろうとする。それがいけなかった。
「くっそぉ!!」
龍深城が馬場の首根っこを引っこ抜いて土塁の向こうに押し出す。血まみれの馬場を引き摺って足軽の1人が止血しながら、別の足軽がヒーリングポーションを飲ませた。
「4人ではいつまでも保たんのじゃ。早よう」
馬場が首を廻らせた。
「うちが気持ちよく逝かせてあげますぇ」
韋駄天の草履の俊足を生かして西園寺が駆け戻ってくる。端の熊鬼に愛用の長巻を振りかぶって叩きつけた。
「助かる」
鷲尾が熊鬼の攻撃を受け止めるが、体格で敵うはずもない。危ういところを捌いて、隙を突く。
そこへ西園寺が踏み込む。他の熊鬼の突きが襲うが、それをかわす。突き出されたままの槍が壁のようになり、思ったように踏み込めない。
西園寺は槍が引かれた一瞬を見計らって斬り込む。長巻の重さを乗せた1撃が熊鬼を叩き、出血を増大させた。
「ほんま、厄介な敵どす」
味方の討ち漏らしを仕留めるつもりだった西園寺も、さすがにこの猛攻を見ては積極的に参戦せざるを得なかった。
圧倒的な重量の差が蒼天十矢隊をジリジリと押しているのである。
「遅くなりました」
刀根が熊鬼の槍を受け止めて、上手く力を逃がす。一気に押し込んで鍔迫り合いから引き倒してしまった。
しかし、他の槍が襲って来るのまで捌ききれない。蒼の羽織が鮮血で染まる。
●血風
蒼天十矢隊と黒色槍兵団、既に双方共に血まみれである。
「大丈夫ですか?」
橘のサイコキネシスが熊鬼の長槍の軌道を変えて外れた。
「助かります!」
防御を固めた刀根でも長槍の1撃でかなりの傷を負う。攻撃を捨てても受けなければならないような状況である。攻撃の1手を生み出す貴重な援護がありがたい。
「突破させませんっ!!」
「堪えるのじゃ。消耗戦ならば我らに分がある!!」
カイまで防戦するような状況でポーションが湯水のように消えていく。
カイの短槍が熊鬼を切り裂く。掠り傷しか与えられなくても、それはそれで意味がある。仲間へ集中する攻撃を引き受け、防御すればそれが仲間の傷を減らすことにもなる。後衛に回る余裕はなかった。それでは仲間の期待するリカバーの援護が得られない。
しかし、今回は那須藩へ寄贈されるはずだった馬場のポーションが藩士の好意で豊富に強襲班に配られていた。それが功を奏し、傷が癒えている分だけ蒼天十矢隊が徐々に黒色槍兵団を圧し始めた。
その時である。
「グォォオオワ、ブギィィ」
姿を消した熊鬼の悲鳴が地下から聞こえた。直ぐ後ろを走っていた熊鬼が倒れこんで、くぐもった悲鳴が再び響く。
落とし穴だ。結構な深さに掘ってあるし、杭まで埋めてある。下敷きの熊鬼はなかなか立ち上がることができない。
起き上がろうとしたところへ鎧のない部分を狙った居合い斬り!! 仲間の熊鬼を助けようと朱槍が唸る!!
「今のうちにやれぇ!!」
1頭だけ別格に見える熊鬼の朱槍の鋭さは見て知っているし、鷲尾がくらったのを見て威力も知っていた。下手な回避では見切れない。そう直感して龍深城は体を開き、刀で柄を捌く。これがまた重い。
「戦の理によりその首貰い受ける!」
叫ぶ鷲尾を朱槍が襲う。
「させるかよ」
おぉ、今日の鷲尾は一味違う。十手が朱槍の柄を伝い、日本刀が熊鬼を裂く! 鷲尾流二天『流水』だ!! 受けきらなかったら鷲尾流二天『捨て身』になるというオマケ付き。
しかし、この1撃が朱槍の熊鬼の動きを止め、ドウと倒れこむ。
「今です!!」
ここぞと風御のスマッシュEXが叩き込む。熊鬼は立ち上がろうとしている。
龍深城が目を潰し、鷲尾が続け様に斬りつける。そして、終に‥‥
「殺ったぁぁ!!」
朱槍を掲げて鷲尾が叫んだ!
「ゴァァアア!!」
熊鬼たちが雄叫びをあげながら個々に槍を振るい始めた。
「やるですよ〜」
双方が戦闘に集中している間に足軽たちの手によって薪の束に油をタップリぶっ掛けた物が投げ込まれていた。そこへ松明が放り込まれ、炎が上がる。
「あはは〜♪ そちらは通行止めですよ〜。大人しく水穂の野望の炎に焼かれるですよ」
手盾と綴鎧を装備した足軽の背中に隠れて、七瀬が高笑いする。
炎が熊鬼の毛を焼けた。炎が迫るという事実が熊鬼の動物的な本能を恐怖に落としこむ。
「だぁあぁ!!」
「今度こそ気持ちよく逝きなはれ」
刀根がパワーチャージで押し倒した熊鬼に西園寺の長巻が止めを刺す。
橘も相州正宗で斬り込んでくる。相手がここまで混乱して手負いならば橘にも付け入る隙はあった。
一気に手数の増えた蒼天十矢隊に熊鬼たちは瓦解した。それはすでに黒色槍兵団ではない。
逃げ場を失い、混乱する熊鬼たちに勝ち目は薄くなっていた。
「どうやら終わったようじゃの。何も残ってはおらぬわ」
「一撃はでかいし‥‥頑丈すぎる‥‥」
関所の中には鬼の影はなかった。今は暫しの休憩。手足を投げ出して柱や壁にもたれかかる者もいる。
「鷲尾‥‥」
カイの言葉に反応して鷲尾は立ち上がった。蒼天十矢隊が笑みを浮かべて白羽に連れられた那須藩士を迎える。
「やってくれたな」
藩士の言葉には感謝の意が込められているように感じた。
●凱旋
与一公への報告のために那須神田城に帰還した蒼天十矢隊。
作戦成功を報告すると満面の笑みで十矢隊の功を称えてくれた。
「此度の働き、見事。戦場での互いの連携など絶妙であったと聞いたぞ」
与一公の言葉に鷲尾が微妙な違和感を覚える‥‥が、何なのかわからなかった。
次の任務があるまでにギルドへの報告のために江戸へも帰還しなければならない。新たな依頼もあるからだ。
しかし、帰還までの少しの間、蒼天十矢隊の面々はそれぞれにやっておきたいことがあるようで‥‥
道場から木刀の乾いた音がする。
「まだまだぁ!!」
「えぇ心掛けどす。これから先、八溝山の鬼はまだまだ強くなりますぇ」
「もう1本お願いします!」
風御の繰り出した木刀を西園寺が次々受ける‥‥かに見えた。打ち込みの途中で軌道を変えた木刀は西園寺の胴を捉える。
「水穂印の打ち身薬〜。効くですよ」
「甘ぅおすえ」
西園寺の言葉に七瀬が驚く。
思い切り入ったように見えたが、西園寺に堪えた様子はない。木刀が風御の鼻先に突きつけられる。
「‥‥」
「攻撃に織り交ぜて使う剣技やおへん。実戦で使うんやったら初太刀に使いなはれ」
無理な体勢から繰り出すフェイントアタックの一撃で傷を負わせるのは難しい。しかし掠り傷でも相手の動きを少しは鈍らせることができる。使いこなすのは少し難しい‥‥かな?
七瀬は早速『秘密のお薬教室』を開いて奥方や女中との人脈確保に勤しんでいた。
「寒い中、来てくださってありがとうです」
肌に良いと言われている薬草茶が振舞われた。
「やだ、これ以上綺麗になったらどうしましょう」
「奥様ほど御美しければ旦那様もさぞや鼻が高いでしょう?」
「でも近頃、戦、戦で家を開けがちですし、帰ってきたら休む! でしょ? お宅は?」
「家もですわ」
などと薬教室そっちのけで茶飲み話に華が咲いている。
「そ・れ・な・ら! どんな殿方も野獣に変身!! そんな薬はどうですか〜? 奥方様を放ってはおかないはずですよ〜」
「あらあら‥‥」
七瀬も良くないが、奥様方は女中などそっちのけで興味津々のようである‥‥
これでは教室にはならないが、繋がりだけは作れそう‥‥かな?
「! お前‥‥」
鷲尾は足を止めた。
「意外に目ざといな。また死にかけただろ。気をつけろ」
男が溜め息をつく。
「那須の密偵か?」
「そんなところだ」
「見てるなら手助けしろよ」
「見聞きしたことを持ち帰るのが俺の役目だ。気にするな」
「気にするなって‥‥」
俺のことは他言無用だ。そう言って男は去っていった。
「よい馬たちでございますね」
白羽は那須城の馬廻りたちと歓談していた。
漣の日々の世話を欠かさないために訪れたに過ぎなかったが、馬好き同士気心が知れるのに時間はかからなかった。
「これからも頼みますよ、漣」
白羽の差し出した飼葉を頬張り、優しげに漣は鼻を鳴らした。
「絵になるのぅ」
馬廻りたちも寄り添って信頼しあう白羽と漣を温かい目で見るのだった。
「今は鬼騒動で有名ですが、でもやっぱり那須と言えば温泉ですよね‥‥
全ての災厄を鎮めることができたら、皆さんと一緒に温泉巡りにでも行きたいです」
橘がうっとりとしている。
「おぅ、殿が睦月の温泉祭りは例年通りやると言っておられたぞ」
「やるんですか?」
「おぅ‥‥ それまでに八溝山の攻略が終わればいいが‥‥」
通りがかりの藩士が後ずさる。
「やるんですねぇ」
「おぅ‥‥」
那須湯本の温泉神社の祭祀を中心とした温泉祭り‥‥ 塩原、鬼怒川など温泉地を挙げての年に一度の催しである。
それまでには八溝山の決着をつけるという与一公の決意の表れなのか‥‥ にしても楽しみではある。