●リプレイ本文
●前哨戦
「殿(との)が到着される前に地均しだけはしておかねばな」
「はい。それでは、蒼天十矢隊は、この洞窟を受け持ちまする」
「頼んだぞ。それにしても、もう少し攻め寄せる事ができると思っておったのだがな」
先遣隊の大将が白羽与一(ea4536)を隣に八溝山の絵図を眺めて髭を扱(しご)いている。
蒼天十矢隊は、その数の少なさから戦力の展開の困難な洞窟を受け持つことになった。それは作戦運用上、至極当然のことであったのだが、漸減覚悟の消耗戦、暗闇の中での戦闘と最も危険度の高い戦場であった。
しかし、一方で最も冒険者としての経験を活かせる戦場でもあり、那須軍の大将もそれを心得ており、蒼天十矢隊からの申し入れを一も二もなく許可している。
「無理をして軍勢を損ない公に迷惑をかけるよりは良いかと」
「そう‥‥だな。各隊、配置と作戦は宜しいか!」
武士たちから応と声があがり、それぞれの部隊へと散って行った。
「ここでの失敗は許されませぬ‥‥」
武士たちに実戦経験は少ない。鬼たちを追い込んでいるという状況が彼らに力と勇気を与えているが、これから先の地の利は敵にある‥‥ せめて強行偵察に出ている冒険者たちが、何らかの情報を手に入れて帰還してくれればもっと手があるかもしれないが‥‥
「その通りです。温泉祭りが待ってますよ。何があっても、絶対に勝利し、皆さん全員で温泉めぐりです」
拳を握る橘雪菜(ea4083)の目が萌えている。那須湯本の温泉神社の祭祀を中心とした下野温泉祭を控えては、巫女としてはこれを放ってはおけない。
「生きて、帰りましょうね」
その微笑に武士たちが、お〜と応えた。ちょっぴり士気が上がった模様。
「というわけで紹介しよう。新人の茂助だ」
「いや、あの、茂助って‥‥」
「あきらめるだ‥‥ 何言っても無駄だべ‥‥」
龍深城我斬(ea0031)が仲間に部下の足軽を紹介する裏で、田吾作が諦めの境地に達している。
「白羽さんも軍議から帰ってきたし、全員揃ったところでいきますか」
龍深城の言葉に仲間たちが顔を見合わせて得物を構えた。実は、これをやるのを照れながらもみんな楽しみにしていた。
「いきますえ」
西園寺更紗(ea4734)の音頭で、蒼天十矢隊が出撃を前に各々の得物を掲げて一斉に声をあげた!!
「我ら蒼天に放たれたる十の矢、思いは違えど志は同じくする者。那須の闇を貫き、光を招く者たらん‥‥」
決めっ!!
「いざ、出陣なのです〜」
七瀬水穂(ea3744)が十手を掲げて、ともすれば気力が抜ける声をあげる。
「いざ、出陣!!」
夜十字信人(ea3094)や馬場奈津(ea3899)なども笑ってそれに応えた。
蒼天十矢隊が鬨の声をあげていると、那須藩正規軍もそれに呼応して声をあげた。勝ち続きで兵たちの士気は高い。
「那須の良い子のみんな、お元気ですか〜♪
水穂お姉さんはなんと今噂の八溝山『岩嶽城』に来ているですよ。鬼が出るか蛇が出るか‥‥
あ、鬼はたくさん出てるですね。なにはともあれ謎の洞窟探検です。それいけ! 蒼天十矢探検隊なのです〜」
何か鬨の声に混ざって那須兵の方向からブチブチッて音が聞こえたような気がしたけど‥‥ 気のせい、気のせい♪
●潜入
「麓から見えておったのは、あそこじゃな」
馬場のブレスセンサーで鬼たちの目を盗んで洞窟へ近づく。小鬼が数頭‥‥ しかし、敵地であることを忘れてないか?
馬場と風御のヴェントリラキュイで小鬼たちの注意が逸れた。
「さて、んじゃ皆行こうか」
鷲尾天斗(ea2445)や龍深城が斬り込むのと同時に矢が見張りの小鬼に突き刺さった。しかし、全部に止めを刺すには至らない。
「スールの誓いを胸に、巌流西園寺更紗、参ります」
「御生憎様、黄泉路への旅立ちを御案内仕る‥‥」
西園寺と夜十字の斬撃で小鬼は地面へと崩れ落ちた。
「何かが通った形跡はありますね。でも、多くはない」
ステインエアワードの情報を風御が伝える。
「よし、茂助は明かり持ってついて来い。田吾作は待機班と共にここの確保だ。皆の言う事を良く聞くんだぞ」
龍深城は田吾作の肩を叩いた。七瀬と茂助たちが提灯を下げ、足元を照らす。
ここからは完全敵地。慎重を期さなければ全滅しかねない。
そう‥‥ ここは鬼の国と呼ばれている八溝山なのだから‥‥
ヒタヒタ‥‥ 西園寺と馬場の後を夜十字が歩く。何かあれば、すぐにでも飛び出せる位置である。
曲がった洞窟内の先を覗いては、西園寺が手招きする。馬場のブレスセンサーで何か反応がないか確認しているが、念を入れて損はない。しかも、念のために着た防具も全員隠密性の高い非金属鎧。さすが冒険者。その辺にも抜かりはない。
「ふむ‥‥ この洞窟に何かあると良いのだが‥‥
武器庫だったりしたら幸運だな、小さい物で良いから一つ持ち帰れば何か調べられるかもしれんし」
洞窟の中は外に比べてしっとりしており、多少冷える。
「しっかしホント寒いよなー。早く終わらせて温泉に入ってお姉ちゃんと一杯したいわ」
龍深城や鷲尾は、この洞窟が物資保管庫であると予測していた。しかし、その割には狭いし入り組んでいる。大量に何かを置いておく場所には見えない。
「所々削り出した跡があるな‥‥」
自然の洞窟を利用して所々削り出した感じである。どちらかと言うと通路と言った方がいいのか‥‥
「ここは‥‥」
洞窟を抜けた先は割りと広さのある広間だった。近くで剣戟が響く。どうやら他の戦場に出たらしい。
それを裏付けるように広間のあちこちから鬼が現れた。
「退路を確保せい。洞窟へ戻るのじゃ」
ライトニングアーマーを纏った馬場が出口へと先行する。バシッと体当たりで小鬼を焼きながら、山鬼の足元を駆け抜けた。
一丸となった蒼天十矢隊が包囲しようとしている鬼たちに喰い込んでいく。
足が止まったら終わりである。こうなったら悠長に魔法を唱えている暇はない。
「先行して敵を払う。時間を稼ぎながら後退するのじゃぞ」
縄ひょうを投げ、馬場は洞窟に突入する。仲間たちもそれに続き、鷲尾と夜十字が最後に潜り込む。
「無茶言ってくれるよ。だが、死ぬのは御免だ」
「那須に舞い降りたる外道を狩るの猛禽、鷲尾天斗‥‥ この名は地獄の手形の代わりだ。逝きたい奴はかかってきな!」
殿(しんがり)の鷲尾と夜十字が日本刀で突き、小太刀で切り裂く。本来なら、こんな狭い場所では日本刀を2人も振り回して戦える場所ではない。しかし、蒼天十矢隊の本質は冒険者。こういう場所での臨機応変な戦い方は良く心得ている。小さく纏めた動きで鬼たちを翻弄する。
「あんまりしつこいと嫌われるぜ!!」
先手を取って傷さえ負わせることができれば、小鬼などさして恐ろしくはない。しかも、かわしきれずにくらってしまった小鬼の斧はオーラボディで守備力を上げた鷲尾には掠り傷にしかならない。
「せぇぇえいぃ」
夜十字の一喝。背中に這わせるように振りかぶった日本刀を小鬼を割って前に出てきた山鬼の目前でしゃがみこむように姿勢を低くして思い切り振り下ろし、額を割る。
「そこだぁ」
傷を押さえ、目に入った血の痛みで暴れまわる山鬼へ鷲尾の突き! 山鬼が敵味方なく暴れ始める。
「鷲尾さん! 退くぞ!! 相手はいくらでも出てくる! 俺たちだけでは、あれを相手にするのは無理だ!!」
「わかった! 確保したかったが‥‥」
後ろ髪を引かれながら鷲尾は後ろ歩きに距離をとり、振り向いて仲間の方へ駆け出した。
「来たですね〜 爆炎超破滅弾! 行くです〜♪」
駆ける鷲尾と夜十字と白羽の前方に七瀬が印を組んでいるのが見えた。
「おい〜〜!!」
夜十字の叫び空しく七瀬の詠唱が完成した。
爆音を背に、七瀬をひっ捕まえるようにして鷲尾と夜十字が走り抜ける。
「何するですか〜〜〜〜〜〜」
「こっちが言いたい〜〜〜〜〜〜」
そのまま4人は爆炎に包まれ、体勢を崩してもんどりうった。
「熱っ〜!!」
「みんな、大丈夫か?」
3様の思いが口をつく。
「う〜ん、天井崩して鬼たちを生き埋めにするはずだったですが〜」
七瀬がケホッと小さく咳をする。しかし、まぁ‥‥ こんな狭い場所でファイヤーボムなんて使うもんじゃないよね。
「全く‥‥ 自分たちまで生き埋めになったら、どうするんだ?」
「大丈夫ですよ。水穂たちは善!! 悪に天罰は下るですが、善は必ず勝つですよ」
鷲尾の問いに七瀬はポヤッとして答える。誰が言ったんだか‥‥
●挟撃
「あれ、鬼じゃねぇべか」
驚愕の表情で田吾作が指差す。
崖にも似た山肌を滑り落ちるように鬼たちが迫ってくる。
「いけません」
白羽の矢が小鬼を捉えた。矢を受けた小鬼が転がるように落ちるが、興奮状態でそんなものは気にしないように他の小鬼たちは迫る。
さすがに大型の鬼はいないが、茶鬼なども混ざっているし、何より数が多い。まずい状況である。
「仲間が帰るまで守らなきゃな」
「勿論です」
刀根要(ea2473)と風御凪(ea3546)が、いち早く戦闘態勢を整えた。
「何をしているのでございますか?」
白羽の声にハッとしたように足軽たちが得物を構える。
「ここは守ってみせると約束したのです。絶対に抜かせはしません」
「局長さん‥‥ 怖いよ」
「草太、お前のこの手は命を生かす手だ! この目は命を見届ける目だ!
どんなに辛くても手を動かせ、最後まで見届けろ、それが俺たちの務めだ。俺たちが諦めちゃいけない!!」
「でも、それは手当ての心得じゃ‥‥」
「違います。生きる心得です。戦うことも、救うことも、生きることも一緒ですっ!!」
掬い上げるように風御の一閃が小鬼に刻まれた。
「やれるかっ!?」
「やります!」
草太は矢を放った。
「よく狙って。外したら危険でございます。心を落ち着けて狙うのでございます。落ちてきた瞬間ならば止まっていましょう」
足軽たちが弦を引き絞る。
「てっ!!」
白羽の掛け声で放たれた矢は小鬼に吸い込まれた。
「各個に迎撃! 風御殿と刀根殿は敵を抑えてくださいませ。洞窟の入り口を背にして戦いまする」
「任せてください」
「気合入れていきましょう」
数頭の茶鬼を中心に小鬼が多数。数えるのも億劫だ。
「悪いですね。あなたたちをこれ以上進ますわけにはいかないんですよ。私の相手をしてもらいましょう」
刀根は敢えて鬼の数を数えなかった。既にゲンナリしているのである。1頭ずつ仕留める。それが先決だった。
「おぉぉおお!! 田吾作、伏せろぉ!!」
影が田吾作の頭の上を飛び越えていく。白刃一閃!
「助かっただぁ」
「田吾作、切り開くぞ! 後ろからも鬼が来るからな!!」
「えぇ!?」
動きの鈍った小鬼に矢が次々と刺さり、龍深城の風御の刃が切り伏せる。
「秘剣、一の太刀」
西園寺の太刀が茶鬼を一撃で切り伏せる。息も絶え絶えだが、この際止めなどどうでもいい。
「殿の2人が合流したら突っ切りますえ」
前衛が一気に増えたことで、流れは一気に十矢隊へ。
「させません」
引き寄せた流れである。そうそう何度も術を失敗などできない。橘は印を組みなおして詠唱を終えると茶鬼の刀にサイコキネシスで力を加えた。
「助かったです」
黒燕と銘打たれた愛刀が風御の意のままに茶鬼を捉え、ザックリと腹を割った。
「どうした。退くぞ!!」
夜十字が田吾作の後ろ頭を踏んづけて洞窟から飛び出してくる。転びながらもクルッと回って態勢を立て直す。
「私にもこれくらい」
相州正宗にて橘が小鬼を斬る。突破力が必要な今、相手が雑魚なら前衛は1人でも多い方が良い。
「突破しまする!!」
白羽の号令に十矢は鬼の集団へ放たれた。
●新たな局面へ
「先触れが到着したぞー!!」
伝令が駆け込むのと殆ど同時に那須城よりの使者が雪崩れこんで来た。差し出された柄杓を取り、一気に飲み干すと息を整える間も惜しんで叫ぶ。
「盟友たるエルフの軍勢を伴って、殿の率いる本隊が那須神田城を進発! 八溝山に向かっております!! かの伝説の神弓も手に入れた由(よし)!!」
本陣からドッと声が上がるのと殆ど同時に、那須軍の雄叫びが潮の如く広がる。おそらく使者の共の者から同じ知らせが足軽たちにも伝わったのだろう。
(「エルフの神弓‥‥ 叶うのなら一目、遠目からでも拝見させて頂きたいものですけれど‥‥」)
白羽は、ふとそう思った。
岩嶽城の物資撃破、あわよくば武器庫の破壊をと目論んだ蒼天十矢隊だったが、それは叶わなかった。その代わり洞窟が出城のように張り出した岩屋の中枢らしい場所の近くへ通じていることが判明したのは大きいと言えるだろう。那須正規軍の手に入れてきた情報と強行偵察部隊の持ち帰った情報。どうやら岩嶽城の概要が見えてきたようである。
今度こそはと記録方が岩嶽城の規模をせっせと書き留めているのは言うまでもない。