【虎僧行脚4】年の瀬に我が身を振り返る

■シリーズシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:4〜8lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月23日〜12月28日

リプレイ公開日:2005年01月02日

●オープニング

 師も走ると言われる年の瀬。
 虎太郎が厄介になっているこの寺でも暮れの忙しさとは無縁ではない。
「何かお手伝いしますだよ」
「何でも言ってくだされ」
 百鬼夜行の被害を受けた人たちのために色々と便宜を図っていたこの寺に、寺の敷地内の掘っ立て小屋に住む檀家たちが感謝の意を込めて度々手伝いに来てくれる。
「気持ちだけで十分だよ。掃除だって庭の手入れだってオイラたちの仕事なんだからさ」
「そう言わずにさぁ。何か手伝わせておくれよ」
 彼らにしても家を失い、家族を失った者も多い。この冬を越せるだけの蓄えがあるかも怪しいのだ。それを考えると、はいそうですかという訳にはいかない。

 冬に必要な物は何か‥‥
 そう和尚に聞かれて虎太郎は答えに窮した。
 それは家でも薪でも服でもない。食べ物だ。
 今でさえ食うに困っているのに、雪が降り出せば飢えるのは必至である。そうなれば娘を女郎に沈める家族も出てくるだろう。
 子供を丁稚に出せる家族などは、まだ運が良い。最悪、食い扶持を稼げない者から間引いていくことすらしなければならないかもしれないのである。
 寺の和尚は寂しそうに虎太郎にそう言った。
 なら、お金があれば形がつくんだ。そういう虎太郎に和尚はこう言った。
 そのために娘を女郎に沈める親もいる。そして、それは決して悪いことではない。彼らにとって仕方のないことなのだ‥‥と。
 虎太郎の血の気が引く‥‥
(「オイラが何とかしなければ」)
 しかし、彼の思いは自身を買いかぶり過ぎている。彼が何かしたところで全ての者を救えるわけではないのだ。
 施した上で悲しい現実が待っているかもしれない。それは、彼らのためになるのだろうか‥‥
 だが、何かしなければという思いが虎太郎の心に重くのしかかる。幼い想い故に激しい想いが‥‥

「なぁ、オイラの寺にいる人たちを助ける手助けをしてほしいんだ。これで少ないかな‥‥」
 なけなしのお金なのだろう‥‥ ザクザクと小銭が入った袋を虎太郎がギルドの親仁に渡す。
「正式な依頼なら受けるが、本当にその人たちのためになるのか? 彼らは喜んでくれるのか?」
「でもよぉ‥‥ オイラにはこんなことしかできないし‥‥」
「わかった。依頼は引き受ける。ただ、お前さんの思った結果になるかはわからないがいいか?」
「うんっ」
 親仁の苦笑いに虎太郎は満面の笑みを浮かべた。

●今回の参加者

 ea1257 神有鳥 春歌(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1289 緋室 叡璽(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6216 ミハイル・ベルベイン(22歳・♂・ナイト・エルフ・ロシア王国)
 ea8257 久留間 兵庫(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●一事が万事
 寺にしろ避難民にしろ、冒険者たちからの資金援助は一切が断られた。
 虎太郎が雇ったのなら自分たちが雇ったのと同じだと‥‥
 依頼で雇われた冒険者たちから報酬以上にお金を受け取るわけにはいかないと‥‥
「なぜです?」
 大金を寄付しようとした山王牙(ea1774)は断られたことに驚いていた。
「受け取る理由がありません」
「そんなことを言ってられないでしょう?」
「今、この子をあなたのお金で救ったとしても、私たちには返す当てがありません」
「だから差し上げると言っている」
「私からも聞きましょう。なぜです?」
 山王は返事に窮した。
「思いつきで娘を救ってくれるのなら、ここにいる全員を救いなさい。
 偏屈と思うかもしれませんが、あなたの気持ちは嬉しく思っています。それだけは確かです。
 しかし、このまま娘をここに置いておいても食わせられるかわかりません。この冬を乗り越えなければならないのです。
 女郎に身を沈めても日々の食事にはありつけるでしょう。寒さに震えても掛け物の1枚や2枚に不自由はしなくなるでしょう。
 命を落とすわけではありませんしね」
 父親の肩が震えている。無理をしているのはわかる。だが、山王は何と言葉をかけていいのかわからなかった。
「そうだ。以前、ギルドの依頼で訪れた村が、再建中なんです。そこなら受け入れてもらえると思いますよ」
「娘を送り出したら、お願いします」
 どうやら、どうしても聞き入れてはもらえないようだ。
「父を頼みます」
「はいっ‥‥」
 溜め息を飲み込みつつ、山王は父娘に胸を叩いてみせた。

●材料集め
 材料を分けてもらえないかと東奔西走していた神有鳥春歌(ea1257)と緋室叡璽(ea1289)は、足を棒にした割には全くと言っていいほど食料を集める事ができずにいた。2人は途中で虎太郎に出会い、一緒に行くことにした。
 枯れ田んぼの中に立つ百姓屋を訪れる。
「御願いです。少しでも良いですから野菜を分けて頂けないでしょうか?
 少しでも寒さで苦しんでいる人達を救ってあげたいのです。どうか宜しく御願いします」
 神有鳥が農家の男に頭を下げた。しかし、男は困惑気味だ。
「おねえちゃん、無理言っちゃいけないや。おじさん、ごめんな」
 虎太郎は合掌して経を唱え始めると懐からお椀を取り出した。
 すると、茶碗に少し米を入れてくれ、男は手を合わせた。男は少し笑顔を浮かべながら家へと入っていく。もしかしたら、彼は自分がそんな表情をしているということに気がついていないかもしれない。
 虎太郎は肩掛けの袋の中に米を入れるとニッコリ笑った。
「オイラにもこの頃少しわかってきた気がするんだ。
 信心深い人は沢山いるけど、信心を見せてくれと言って見せてくれる人はいないって。
 それに、求めて得られるなら誰も困らないよ。」
「それが人と人の繋がりなのですね‥‥」
「所詮、人と人とは他人の関係‥‥ だが、それでも‥‥」
「繋がっているから生きられるんだよね。沢山の冒険者がオイラのために報酬はいらないって言ってくれた。
 そのときに何かこう、わかったような気がしたんだ。オイラがお金を出しても大した意味はないんだって」
「そうですね。俗世間で生きて行くには御金が掛かります。私達はそれをずっと与えていく訳にはいきません。
 ですから、宗教に携わる者は、人の心の救済をしていくしかないかと思っています。
 でも、私も多少の出費を覚悟してでも材料を集めようなどと考えていましたから‥‥」
 神有鳥が苦笑いを浮かべて俯く。
「金で解決するのは、家畜にただ餌を与えるのと同じ‥‥ 人の心を救うのは難儀な事です。 
 心を賭して接する‥‥ これが本当の救いなんでしょうね。
 ただ、完璧な人間がいないように完璧な救済もない‥‥ 大切なのは自分の想いと‥‥相手を信じること!!」
 さっきの男もこのあばら家を見れば余裕があったわけではないことは容易にわかる。それでも手を差し伸べてくれたのだ。
 緋室は神有鳥と虎太郎の背中をパンと叩いた。
「辛い状況だからこそ、お互いに協力しあう‥‥」
「そして、人の心の暖かさが皆に伝わって、人と人との輪が広がっていくように‥‥」
「それが生きていること‥‥だね」

●年の瀬
「私は時々、盲(めしい)になるのです」
 そう言って和尚は経を唱えながら狩ってきた猪を見て見ぬふりをした。毛皮を売れば幾許かの金になるし、燻し肉はこの寒い中なら当分保つだろう。なにより、ほんの少しの間だが、寺からの施しに頼って生きていかなくて済む。そういうちょっとしたものが自立心を育てるのである。
 山王たちは、難民の受け入れを頼みに先に大百足に襲われた村へ行ったついでに狩った猪である。冬篭りを始めていたが、ブレスセンサーを使っての探索や仕留めるのに山王の手助けもあって、彼らは一応自分たちの手で狩りをして獲物を手に入れた形でもあり、それが彼らの自信に繋がったように思える。
「よかったですね」
 もう1つ朗報が。先に大百足に襲われた村をはじめ、他にも鬼に襲われた村や死人憑きに襲われた村‥‥
 人の減った村はいくらでもある。そういう村が彼らを受け入れてくれるらしい。人と人の繋がりが彼らに生きる場所を作ってくれたらしい。バラバラになるのは寂しいが、年明け早々に引っ越すことになるだろう。

 寺の境内では臨時設営の釜戸に火が入っている。
 神有鳥と緋室が用意したのは山菜雑炊。嵩(かさ)増しするには打ってつけだし、冷え込むこの頃の天気を考えると、こういう暖かい物が一番だ。
「召し上がれ。温まりますよ」
 神有鳥も緋室も多くを語らない。ただ、自然と笑みがこぼれた。
「みなさん渡りましたね」
「それじゃ、分けてくれた人たちに感謝して、いただきま〜す♪」
 一斉にいただきますの声をあげた。
「よ〜し! 餅つきを始めるぞ!!」
 ミハイル・ベルベイン(ea6216)が杵を掲げて皆を呼ぶと、お椀片手にドキドキワクワクといった表情で皆が周りを囲み始めた。
 もち米は檀家さんたちが少しずつ分けてくれたものだ。材料に関しては出費を覚悟していたミハイルたちにとって何物にも替え難く、人情が身に沁みた。
「そ〜れ! よいしょお!!」
 パンッ! パンッ!! 練り上げられた餅に杵が振り下ろされる度に皆の合いの手が入る。
「すごいねぇ」
 お椀を空にした虎太郎が朱鷺宮朱緋(ea4530)の傍へ駆け寄ってくる。
「苦しむ衆生をお救いしたいと願うは、僧侶として自然な想い‥‥ いえ、僧侶でなくとも願わずはいられませぬ。
 されど此の手は余りに小さく叶わぬ現が在るも確か。
 なれば‥‥できぬ事を嘆くのではなく、できる事に力を尽くしましょう」
「うん‥‥ オイラ、皆のために何もできなかった。
 でも、何もしなかったわけじゃない。
 金で全てが解決できないこと、気持ちだけでも全てが解決できないこと、そもそも全てがうまくいかないこと‥‥
 どうしたらいいのかはわかんないけどさ。できる範囲で助け合えれば、少しは嬉しいや」
「そうですね。
 虎太郎様、幸せか否かは周りではなくその方自身が決める事に御座います。人は私たちが思う以上に逞しいのかもしれません。
 皆様の御姿はその眼にどう映るので御座いましょうね」
「新しい年が始まるんだもんな。くよくよしてたら皆までくよくよしちまう」
「来年はいいことがあると祈りましょう」
 朱鷺宮は虎太郎と一緒に合掌した。
「その傷‥‥」
「あぁ、大丈夫ですよ。気になるならこうしましょう」
 リカバーで傷を癒した。料理の手伝いをして切ったのであろうか、その傷はすぐに消えた。
「おいらも回復の術が使えればなぁ。もっと沢山の人を救ってあげられるのに」
「一面ではそうです。しかし、一面では違うのです。よく、お考えなさい」
「‥‥ はぁ、腹減った」
 虎太郎の溜め息に朱鷺宮はクスリと笑った。
「さぁ、そろそろつきあがるぞ」
 久留間兵庫(ea8257)も少し興奮気味である。確かにこういう行事は心躍る。
 ハレの日の食べ物であり、寒に晒して干し餅にすれば日持ちもする。
 つきあがった餅が臼から下ろされると女たちの前にドンと置かれた。
「少し早いですがお雑煮にしましょう。年末年始を乗り切って、いい年が迎えられるように」
 朱鷺宮たちが用意したのは、野菜や食用の薬草が入れられた味噌汁。雑煮といえば雑煮だし、味噌汁といったら怒られるかもしれないが‥‥ 限られた少ない材料では贅沢品だ。
 寺の周囲に生えている食用できる植物も和尚の許しを得て、採り尽くさない程度には採っても構わないことになった。味噌も少しは残っているし‥‥ あと1度や2度は雑煮が作れるだろう。
 それは兎も角、目の前の雑煮、雑煮。
「美味そうだな〜」
「ちょっと先に正月気分を味わえるんだからな。そこらの者より幸せじゃ」
 味噌の香りが皆の表情を緩ませる。加えてつきたての餅の匂い。
 溜め息と喉を鳴らす音があちこちから聞こえる。
「そうだ‥‥ 材料を出してくれた檀家の皆さんにもお裾分けしよう」
「おぉ、それがいい。つきあがった餅を少しと猪肉でどうじゃろう。考えれば檀家の方には日頃からお世話になっているんだよな」
 ミハイルが言うと皆が頷く。
 お裾分けをして彼らに残ったのは僅か。しかし、年は越せるだろう。越してしまえば江戸での働き口もまたあるだろうし、まぁ何とかするしかない。少しひもじい思いをするだろうが、我慢すれば正月を越せるだろう。受け入れてくれる村へ行けば苦労が待っているだろうが、自分で暮らしていくために何か仕事をすることはできる。年貢はあるし、何年かは苦しい暮らしが待っているだろうが、人様のお世話になって生かされているという境遇からは抜けられる。それでこそ、生きているといえるだろう。
「そろそろ旅に出よう。困っている人たちを助けるために‥‥ オイラにできることを何かやり始めるんだ」
 虎太郎は行脚の日々に身を置くことにしたようだ。
 何をやろうかと悩むのではない。何かをしようと決心した。それが今は大事なのである。
 虎太郎の新しい年に何が待っているのか‥‥ それは、まだわからない。