生ける屍の村 餌食の章

■シリーズシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 25 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月27日〜03月30日

リプレイ公開日:2008年04月04日

●オープニング

 水の流れが止まった川、黒濁した沼地の水。
 腐りかけた臭いとともに、そこには悪意という名の危険が鎌首をもたげ、近くを通りがかった者へと襲い掛かる。

 滝ノ沢村を襲ったおぞましき異変。それは、村人のほぼ全員が何者かによって殺され、然る後に死人憑きとして立ち上がり、村そのものが危険なひとつの怪物と化す‥‥という結果をもたらした。
 滝ノ山村、そしてその近辺を治める領主の坂田銅次郎は、自身の部下である御堂三太夫を通じ、この事を知り、冒険者ギルドに依頼。村の怪異を知り、生存者の救出に当たらせた。ギルドの冒険者たちの活躍により、村に生存者は無く、怪異の詳細を書き記した書付のみが残されている事が明らかとなった。
 然る後、坂田は多数の家来に命じ、村ごと死人憑きを焼き払った。村全体を離れて取り囲み、大量の火矢を放ったのだ。その結果、村は焼き尽くされ、村の中心部にいた歩く死人も同じく火に焼かれて燃えていった。無論、炎の洗礼の逃れた死人憑きもいたが、それらも順次掃討された。最後には僧侶による鎮魂の経も読まれた。
 事件は原因がわからぬまま、終わりの様相を見せていた。が、これは始まりであった。
 新たな死人憑きの存在が、示唆されていたのだ。

 御堂は自宅にて、前回に冒険者たちが持ち帰った手記を検討していた。

『夕食時に水を飲んだ者が、いきなり倒れ、そして死人憑きとなって村人に襲い掛かった。‥‥汲み置きの水は、夕方前に汲んできたもの。それまで水がめに近づくものはいなかった。自分が土間の前でずっと一服していたんだからな。あの水に、何かが混ぜてあったに違いない。でなければ、俺の嫁と子供たちが全員、死人憑きになるなんてありえない‥‥以前に、黒い衣を着こんだ奴らがうろついていると、呉作のやつが言っていたっけ。くそっ、あいつらのせいに違いない』

『‥‥死人憑きの群れに周囲を囲まれ、篭城することに。しかし汲み置きの水を飲んだ子供がいきなり倒れ、死亡。数時間後に死人憑きとしてよみがえり、襲い掛かってきた‥‥この村の水源近くを、黒衣を着た男たちがうろついていたのを見たと、村の若者が言っていた。今となっては、そいつらが犯人であっても、関係の無い事だが。しかしもしも、これを目にしている人がいたら、どうか注意して、そして敵討ちをしてほしい‥‥』

 間違いなく、水を口にした者が死人憑きになっている。そして、水源の周辺には、黒衣の男の姿(あるいは、女かもしれない)。
 この「黒衣の男」が、水源に毒を流したのか? しかしなぜ? 
「黒衣の男」、何者かは知らないが、目だってしまっている。動機がなんであれこれが人為的な事件だとしたら、見つからぬようにこっそりと行うものだ。少なくとも自分ならば、そうする。
 御堂は、才助‥‥自分の協力者である間者に、「黒衣の男」を捜させていた。が、その行方はようとして知れなかった。
「‥‥御堂様?」
「? 才助か?」
 襖から、声をかけるものの影があった。
「何か分かったか?」
「いえ、黒衣の男と関係あるかどうかは知らんでやすが‥‥ちょいと領主様の周囲で、こんな事を小耳にはさんだもんで」
「?」

「確かに、ちょっと最近の領主様はおかしいです」
 ギルドを再び尋ねていた御堂は、才助とともに話を切り出した。
「領主の坂田銅次郎様は、かつて冒険者。そして、過去には盗賊まがいの荒っぽい事をしていたのは事実。ですがこの周辺を治めるようになってから、改心し、身寄りの無い子供を引き取っては育てる事も行っておりました。事実、私自身がそうだったのですから」
「ですが‥‥最近の領主様は人が変わっちまいやした。今まではそうでもなかったのに、病に伏せった今じゃあ、医者とその助手とかいう連中を呼んで酒を酌み交わしたり、何かというと当り散らす有様で」
 それに加え、昔から仕えていたかつての仲間も、一緒にいなくなってしまったと。
 かつて冒険者として、ともに戦い、死線をともにくぐってきた仲間たち。ここの領主に納まるにあたっても、部下として、そして仲間として、ともに領地を治めていこうと誓った仲間たち。銅次郎と仲間たちはその誓いを守り、互いに尊敬し、ともに信頼しあって統治していた。
「‥‥ところが、領主様の言う事にゃ『気に入らん事を言ったから追放した』とかで。‥‥この時点でおかしいと思いやすが、さらにもっとおかしい点がありやす。聞いて頂けやすか?」

 以前から、銅次郎はイギリス生まれのウィザードと親しかった。冒険者仲間だった彼は、禁忌の魔術や薬物に詳しく、引退した後にも銅次郎の屋敷に赴いては、そこで色々実験などを行っていたらしい。もっとも、単に知的好奇心を満たすのみで満足し、それを悪用はしなかったが。
 そののち、ウィザードは死亡。銅次郎は手厚く葬り、現在に至る。
 銅次郎は、ウィザードの残した記録も同時に破棄した。中には、生ける屍‥‥いわゆる死人憑きを作り出す毒の調合法まであったらしい。
 この事を知っているのは、銅次郎の信頼厚い者数名。御堂と才助の他には、腹心の武士数名、それに滝ノ沢村・滝ノ山村の両村長、そして死に別れた銅次郎の息子、銀次郎。娘の刀子。
 武士たちは、御堂以外は皆が魔法や呪文を理解できる者はいない。皆が脳も筋肉で出来ているような連中ばかりで、普通の書物ですら「見ただけでジンマシンが出る」と豪語するような者たちばかり。むしろ、呪文だの魔法だのといったものに嫌悪の情を持っている。
 二つの村の村長だが、これも怪しい。片方は今回の事件で自分が死人憑きとなり、もう片方は昨年に亡くなっている。
 そして銀次郎だが、彼も数年前に起こった大雨で川に流され、それから見たものはいない。娘の刀子は遠くの国に武者修行の旅に出ており、今どこにいるかは不明。うわさでは、西洋に行っているとかいないとか。

「‥‥ってわけで、もしもこの中で悪用できるとしたら、御堂様くらいしかいないんでやすよ」
「無論、自分はこんな禁忌の呪文を扱える知識も知恵も無い。第一、そんな虐殺行為を行う理由が無い。だが、『黒衣の男たち』が、まちがいなく水源に毒を流しているだろう事はわかる。そして、今から五日ほど前、滝ノ山村にて目撃されたのだ。‥‥『黒衣の男たち』が」
「この事を、領主様にお伝えし、調べるように進言したところ‥‥『その必要は無い』と一蹴されやした。そして医者と名乗る男に、病で伏せっているから話はこれまでにと追い返されやしてね‥‥ますます、怪しいでやしょう?」
 才助が言葉を終えると、御堂は謝礼を出しつつ依頼内容を口にした。
「滝ノ山村は滝ノ沢村と異なり、水源が三つある。山奥の源流から流れる川の湧き水に、地下水が湧き出る井戸。そして農業用の雨水をためた溜池。しかし、我々は領主様の命が無ければ動けない。拙者一人ならば命令違反を犯してもいいのだが、部下まではそうはいくまい。
 というわけで、そなたたちに再びこの仕事を依頼したい。この『黒衣の男たち』を可能ならば捕まえて、知っている事を聞きだしたいのだ。足手まといになるかもしれぬが、拙者と才助も協力いたそう。見張りくらいにはなるかもしれんが」
「‥‥今からご一緒したとしても、村まで三日。ひょっとしたら、既に手遅れかもしれやせんが。依頼をお受け下さるんでやしたら、ぜひにお急ぎ下さいでやす」

●今回の参加者

 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb1148 シャーリー・ザイオン(28歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2545 飛 麗華(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 旅人を乗せ、馬が走る。馬ともに、草履を履いて並走する者たち。
 旅人たちは危険に挑み、危険や邪悪と戦い、屈服させて征服する事を生業とする者たち。人は呼ぶ、彼らを冒険者と。
 依頼人の武士・御堂と、その従者である間者・才助は、正直なところ焦っていた。
 間違いなく、今回も怪異が待ち受けている。そして間違いなく、今回も遭遇するだろう。死人憑きというおぞましき化け物どもに。死体を冒涜し、死者の尊厳、遺族の感情を嘲る行為。不死の怪物はまさに、それらが具現化した憎むべき存在に他ならない。滝ノ沢村の惨状を思い起こし、御堂はなんとかこの怪異を解決できるようにと願ってやまなかった。

 力強い馬の駆け足が、冒険者たちを高速で目的地へと運ぶ。
 四人は馬にまたがり、四人は韋駄天の草履をその足に履く。馬の速さで疾走できる草履を履いた四人は、もうじき目的地に到着する事を感じ取っていた。
「‥‥見えた、あそこだ!」
 闇目幻十郎(ea0548)が、皆に声をかけた。もうすぐ、滝ノ山村へ到着する。
彼は頭の中で、改めて作戦を確認した。この依頼の謎を解かない事には、後ろに隠れている何者かを見つけ、そして可能ならばそれを退治せねばなるまい。でないと、死人憑きが再び現われ、新たなる悲劇と恐怖を振りまくに違いない。彼がジャパン最強の忍者と呼ばれるのは伊達ではない。現実を受け止め、その状況において行うべき事を行う判断力と行動力。戦いの技とともに覚え身につけたそれらを発揮すべく、幻十郎は心を引き締めた。

 滝ノ山村。
 そこから遠く離れているわけではないが、村へはすぐにたどりつけられる位置にある、ちょっとした広場。
 幻十郎に続き、三人の冒険者‥‥彼の妻にして、華仙教大国の美しき武道家・荒巻美影(ea1747)、牛鬼殺しの若き侍・西中島導仁(ea2741)、可憐にして勇猛なる女性志士・超美人(ea2831)が、次々に馬から降り立った。
 韋駄天の草履を履いた残りの冒険者たちもまた、仲間たちとともに広場にたどり着くと立ち止まった。
 知識で武装せしエルフにしてフランク王国のウィザード、マクファーソン・パトリシア(ea2832)。刃のごとき鋭い知性と悪辣さを、道化の仮面に隠した僧侶・トマス・ウェスト(ea8714)。イギリス生まれの、銀髪蒼眼の美少女射手・シャーリー・ザイオン(eb1148)。
そして、黒く美しい髪と瞳を持つ、華仙教大国の武道家少女・飛麗華(eb2545)。
「‥‥気分的に、少々疲れましたわね」
 マクファーソンが一休みしつつ、言葉をこぼす。御堂が用意し携えていた水筒の飲料水を口にしながら、ウエストとシャーリーもまた、人心地ついていた。
 水や食料の類は、十分な量を携えている。死人憑きを作り出す毒薬、それがどこに混入されているのか分からないのだ。注意に注意を重ねない事には、自分たちも同じ目に逢うかもしれない。
「皆様方は、ちょっくら休んでて下せえ。ちょいとあっしが、様子を見てきやす」
 間者の才助が、偵察に出ていった。その様子を見ながら、麗華と西中島は自分たちの武器の確認を行う。
「それにしても、おぞましい事をする奴らだな。薬を使って死人憑きを作り出すなどと!」
「ええ、全くです」麗華が、西中島の憤慨に同意する。瀬戸と山下の二人は訳あって今回同行できなかったが、途中参加の二人は彼らの分もこの任務に全力を尽くす所存であった。
「必ずや、その黒衣の男たちを捕まえてみせましょう」
「ああ‥‥己が醜い欲望を満たさんとする者よ。その行いを恥と知れ。人、それを外道という!」
 西中島がまだ見ぬ黒幕に対し、義憤とともにつぶやいた。

 戻った才助の言葉は、彼らに希望ではなく絶望をもたらし、彼らに新たなる怒りをもたらした。
「‥‥滝ノ沢村の時と同じでやす。遠くから見た限りですが、村には人気が見当たりやせん。でやすが‥‥」
 才助の言葉は、皆が期待していたそれとは異なるもの。
「たった一人だけ、歩いている村人を見やした。そいつは‥‥顔が半分崩れていやした」
「ふむー‥‥、またも後手に回ってしまったか〜?」いつもどおりに、間延びした口調でウエストがつぶやいた。しかし口調とは裏腹に、彼の心中は、神妙にして深刻な考えが沸いていた。
「水源は? 水源には『黒衣の男たち』はいましたか?」
 美影の言葉に、才助はかぶりをふる。
「いえ、そこまで確認はできていやせん。ですが‥‥気のせいかもしれやせんが、ちらりと黒い何かが家の影に隠れるのを見たように思いやす。確認しようと思ったら、死人憑きが歩み寄ってくるのが見えて、大急ぎで逃げてきた次第で」
 場所を聞くと、そこから一番近いのは井戸‥‥水源のひとつ。
 もしもそれが黒衣の男ならば、そいつは水源に毒を投げ入れたのかもしれない。
「しかし、なぜこの時点で村にいるのでしょう? 自分が死人憑きに襲われるとは思わないのでしょうか?」
 御堂が、疑問を口にする。確かにそうだ。連中が犯人だとしても‥‥それは間違いないだろうが‥‥死人憑きがうろつくまで村の中にい続けるものだろうか。
「行こう」超が、不穏な空気を払拭するかのように立ち上がった。
「これ以上、ここでしゃべっていても仕方が無い。生存者を探し、助ける。 死人憑きがいたら、倒す。そして『黒衣の男たち』は、捕まえて事実を聞き出す。だろう?」
「超さんの言うとおり! 行きましょう! まずは行動!」マクファーソンが、超の言葉に同意した。
「ええ、行きましょう! これ以上、ぐずぐずしていられません!」シャーリーの言葉とともに、冒険者たちは立ち上がった。

 溜め池。
 三つある水源のうちのひとつ、そして入った場所から一番近くにあるところ。
「私が相手の立場ならば‥‥この地を離れたいと思うはず。水源近くにいなければ、街道に至るまでの道筋周辺を探すまで」
 抜け目なく、超は退路を、自分がこの事件の犯人だったらどう動くかを考えつつ、周囲を見回し、調査していた。
 他の皆もまた、それぞれ死人憑きが来ないか、いつ襲ってくるかを警戒している。一度滝ノ沢村で同じ目に合ったとはいえ、それでも緊張してしまう。
 池の周囲には、蔵があった。おそらくは、農具の保管場所だろう。
「自分は、美影とマクファーソンさん、才助さんとともに、井戸とその周辺を探そう」
「なら、私は麗華さんと西中島さん、御堂さんと一緒に、川の湧き水周辺を探しますね」
 幻十郎とシャーリーが提案した。これだけの人数がいるのだから、手分けした方が探しやすいだろう。
「分かりました、それじゃあ、何かあったらすぐに知らせてください」
 超の言葉とともに、冒険者たちは三者三様に別れ、行動に移った。

 幻十郎と美影は、才助の案内で井戸へと向かう。が、井戸にたどり着いた時。冒険者たちの生命力を感じ取り、それを食らおうと周囲の小屋からおぞましき姿が顔を出してきた。
「なんて事! もう手遅れってわけ!?」
「やはり、これでは生き残りがいるとは‥‥」
 マクファーソンと才助が、絶望の声をもらす。が、それを叱咤するような声で幻十郎は言い放った。
「あきらめるな! 最後まで希望を捨ててはならない!」
「そうです。私たちがあきらめては、助かるかもしれない命も助かりません!」
 夫の言葉に、美影が同意する。生き残りがいないとは限らないし、もしいたら、その者たちを見捨てて逃げる事はしたくない。
 しかし、井戸の周辺を探し回る彼らが見つけるのは、腐りかけた死体、そして動く死体。夫婦の手の中にあるエペタムと欧冶子の剣が、接近する死人憑きどもの首をはね、眠れぬ死体を再び眠らせてはいる。
 が、それも次第に数が多くなってきた。
「! 才助さん、あれを!」
「あれは‥‥間違いありやせん、あっしが見たやつです!」
 死人憑きが、井戸から少し離れた場所に立つ小屋の影で、何かにたかっている。
 それは人だったものに相違ない。しかしそれは、黒い衣を着ていた。

 シャーリーと麗華、西中島は、滝ノ山村の奥へと、御堂の案内で進んでいった。
「‥‥こ、これはっ!」
「死人憑きが、こんなに!」
 御堂の案内で村の深部へと向かっていく。そして、それとともに死人憑きと遭遇する率も高くなっていった。
生気の無い乳白色の瞳と、濁った灰緑色の肌を持つ、歩く死体。それが複数で、まるで砂糖を見つけたアリのように小屋から出てきては向かってくるのだ。今のところは対処できるが、次第に数が多くなってきた。これでは、「黒衣の男たち」も既にいないかもしれない。
「湧き水が出る場所には、見張り小屋があります。そこは頑丈なつくりですから、ひょっとしたら生存者がいるかもしれません」
 御堂が剣をふるって、また一人の死人憑きの首をはねつつ言った。
「ならば、急がないと‥‥なっ!」
 西中島はブレイブシールドで、新たな死人憑きの攻撃を防ぎつつ、霊剣ミタマで切りつけ引導をわたしていった。盾がもたらすという勇気の力、いまこそそれが必要だ。
 日本刀「姫切」で、麗華もまた数体の死人憑きを切り捨てる。二人の猛攻の前に、群れていた死人憑きたちはあらかた片付いた。
 さらに先に進み、御堂が言っていた泉近くの見張り小屋が見える場所にたどり着いた。そこには‥‥。
「生存者だ! だが‥‥」西中島が、思わず声を上げた。
 小屋は、死人憑きに囲まれていた。そしてその中心には、黒衣を着た者が刀をふるい必死に防戦していたのだ。
 
 溜め池の周辺を探すが、黒衣の男たちも、生存者も見当たらない。が、超は音を聞いた。
 農家の物置。その木戸から、内部からがたがたと音が聞こえてくるのだ。内部に入り込んで死人憑きから逃れ、助けを求めているのか。
「待ってて、今助けるわ」
 しかし、超が助ける前に、立て付けの悪い木戸が開いた。彼女の視界に入ったのは、人の姿。それも、子供が二人。男の子と女の子。
兄と妹ではないかと、超は見て思った。しかし、すぐに彼女は凍りついた。男の子は片腕が無く、女の子は脇腹に巨大な傷痕がついていたのだ。その目は生気の無い乳白色。明らかに、この二人は死んでいる。
「我が言葉〜、枷となりて其を縛れ〜‥‥コアギュレイト」
 躊躇していた彼女だが、迫り来る子供の死人憑きに噛まれそうになった直前。ウエストの呪文で事なきを得た。彼女に噛み付こうとする寸前に、ウエストが呪文で死人憑きを縛ったのだ。
 すかさず、超の持つキンファルクの千本の剣が、子供たちを成仏させた。
「‥‥すまない」そして、子供たちへと彼女は詫びた。
 わらわらと集まりだした、死人憑きの群れ。それらを前に、二人はその場を離れるしか出来なかった。

 シャーリーの弓が、死人憑きを次々と射抜いていく。黒衣の者へ襲い掛かろうとした死人憑きを、矢を用いて壁に貼り付けにする。
 そして、周囲の死人憑きらの注意をこちらにむけさせた。動く死体は目標をシャーリーらの方へと向け、のろのろした歩調で迫ってくる。
 が、シャーリーと西中島、麗華、そして御堂の前では、敵ではなかった。動く異常なる死体は、再び動かなくなったのだ。
 シャーリーはかの黒衣を着た者を捕らえんと、そして必要ならば狙い打とうと、その者へと矢を向けた。
「来てください、こちらに!」
 だが、黒衣の男の返答は、全くの予想外なもの。
「‥‥ここに、父が死に掛けている。それを放置して、そちらに行く事はかないません」
 そう言って、彼‥‥もとい、彼女は黒衣のフード部分を払った。そこに現われたのは、若武者とも呼んで差し支えない、若い女性の武士。
 疲れきった顔をしてはいるが、その顔つきは凛々しく、誠実そうな印象を与える。
「と、刀子様! なぜそんな姿に!?」
 御堂が、声を上げた。
「刀子? って、領主の娘の刀子か? それじゃ、お前が水源に毒を!?」
「何を言う!」
 西中島の言葉に、刀子と呼ばれた娘が反論した。
「黒衣の者たちが、水源に毒を撒いていたと聞いていたから、そいつらを成敗しようとしたまでの事! 黒幕の下まで向かわんと奴らに紛れ込んだが、引き上げる前に死人憑きに襲われたのだ。うまくいけば、今頃は黒幕を‥‥銀次郎兄者の下へと行けたはずだが‥‥」
 そこまで言って、刀子は息を呑み、前のめりに倒れた。
 後ろから、一人が歩み寄って、彼女を短刀で突き刺したのだ。やはり黒衣を着てはいるが、乳白色の瞳と生気のない顔と皮膚。
「銅次郎‥‥様? どうして、銅次郎様がここに!?」
 御堂が思わず、上ずった声で叫んだ。が、領主の坂田銅次郎であるはずのその者は、倒れた娘にのしかかり、食らおうとしていた。
「!」反射的に、シャーリーが矢を掃射する。三本の矢が放たれ、二本の矢により後ろの壁に死人憑きを縫いつけた。そして、一本が眉間を貫き、止めとなった。
「皆さん、後生です。刀子様を安全な場所に運んでください。どうやら『黒衣の男たち』は、身近な人物が黒幕のようです」
 御堂が懇願し、麗華と西中島、シャーリーはそれに速やかに従った。

「つまり、こういう事か。黒衣の男たちとは、銀次郎の配下。そして、銀次郎の命令により、やつらは動いていたと」
「銀次郎は銅次郎と入れ替わり、成りすましていた。そして、かのウィザードの禁忌の技を用い、その効果を試そうとこのような凶行に及んだわけですね」
 幻十郎と超の指摘に、刀子はうなずいた。
 馬を止めている、小さな広場。そこまで避難した冒険者たちは、連れて帰った刀子に手当てを施した。傷の具合はひどく、死んでもおかしくないものではあったものの、ウエストのリカバーでなんとか助けられたのだ。
「父上は、喉を切り裂かれ、そのまま橋から川に付き落とされたらしい。そのせいで言葉を喋れなくなってしまったのだ。武者修行からの帰り道に、偶然父上の事を知った私は、黒衣の男たちにともに紛れ込み、銀次郎兄者の下へと成敗するために向かおうと思ったが‥‥」
 逆に見つかって捕らえられ、銅次郎は毒入りの水を飲まされてしまった。
「私もそうされるところだったが、その直前に死人憑きが発生し、黒衣の男たちは襲われ、食い殺された。自分もなんとか戦っていたところを御堂、おぬしらが現われた。と、そういうわけだ」
「黒幕は、銅次郎さんの息子、銀次郎さんだという事ですね。‥‥なんて人! 自分の親を手にかけるなんて!」
 シャーリーが、全員の考えを代弁するかのようにつぶやいた。
「‥‥冒険者諸氏、皆様はしばらく江戸に戻っていて下さい。この事件の黒幕がわかりました、証拠を固めてから、皆様に改めてそいつを、‥‥坂田銀次郎に天誅を食らわせたいと思います。それまで、待機していて下さい」
 御堂が、主人を殺された恨みとともに、静かにつぶやいた。
 冒険者たちも、それを見て考えていた。必ずや、この悲惨なる事件を解決し、黒幕の男に然るべき裁きを受けさせると。