【オモイロンド】3・知は時に人を滅ぼす
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■シリーズシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 94 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月27日〜11月03日
リプレイ公開日:2005年11月09日
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●オープニング
トールの娘スルードは美しき娘。
小人アルヴィースは彼女に求婚した。
トールは娘を小人にやるのを嫌い、小人に次々と質問を下した。
世界を知る者であるアルヴィースは、その全てを澱む事無く答える。
しかしそれこそトールの罠。
朝日を浴びると小人は石となる。
答えるうちに朝日は昇り、哀れアルヴィース、嘆いて石と成り果てた。
あまりに物を知りすぎたゆえ。
時は真夜中。
門に立たせていた兵士の悲鳴。手元に置いていた斧を引っ掴み、玄関に続く階段の前へ躍り出る。開け放たれた玄関の前に、黒い修道服に身を包んだ三人の男女。中央に銀の髪のシャトン、両脇に剣を握った修道士が佇んでいる。木製の門は魔法を浴びせられたようだ。かんぬきの辺りが吹き飛び、煙と共に、焦げた臭いを放っていた。
がたり。ダリクの背後で鋭い物音が聞こえる。
「ハーラル! いいか、一歩も出るんじゃないぞ!」
「迎えに来ましたよ、フギ」
シャトンがよく通る声で呼びかける。
「善意の裏の悪意に目を背けるのは疲れたでしょう」
「何を!」
声を荒げるダリクだが、隣の気配に気づいて視線を落とす。いつの間にやらハーラルが起き出していた。その黒い目は食い入るようにシャトンを見ている。
「その騎士は何者? 貴方の仲間である山賊を捕らえ、殺そうとしている男。この間訪ねてきた冒険者達は何者? 貴方が盗んだ書簡の在り処を聞き出すのに近づいてきただけ。フギならば分かっているはず」
「小難しい。そんなことを疑い出したらキリがないだろう?」
「私はフギに語っています」
シャトンは詰問口調でぴしゃりと言う。
「騎士と冒険者は揃って貴方を閉じ込めている。利用することしか考えていない。貴方をこの場に追いやった、山賊だって同じこと。人は誰もが自分の事ばかり。この世界は欺瞞ばかり」
言葉の羅列は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえる。ダリクは斧を構えなおし、はっと一笑した。
「目覚めなさい。思い出しなさい。彼らの巧妙に隠した嘘に気づいたときの、その心を、フギは世界で最も良く知っている」
「聖職者が人を嫌っちゃお仕舞いだな!」
一対三では不利だった。しかし騒いでいればそのうち応援が駆けつけてくるかも知れない。少なくとも、彼女の演説をハーラルに聞かせるわけにはいかないと思った。思えば体が動くのが戦士の性分。階段を駆け下りんと、大きく一歩踏み込む。
「御託は聞き飽きた。とっとと失せな!」
ず‥‥
「あぐっ‥‥!」
腹部を抉る、酷い痛み。
視線を落とす。
チェインヘルムの少年が、ダリクの懐にその身体をうずめている。生暖かいものが腹部を濡らして、廊下に赤いしみが落ちる。
少年は顔を上げた。
滴り落ちる生命の水と、同じ色の瞳がダリクを見据えていた。
「ハーフエルフ‥‥」
「知らないのは愚かな事」
「!!」
無感情につぶやいたハーラルは、ダリクにうずめた手元を捻って、引き抜いた。かつてある冒険者から譲られた、ナイフが握られていた。
ついに膝を折ったダリクをすり抜けて、そのまま階段を駆け下り始める。
「ハーラル!」
その名を再び呼ぶ。やはりハーラルは答えずに、振り向きもしない。シャトン達の前にさえも立ち止まらず、外へと駆け出していく。
シャトンは得心した顔で頷き、
「到底映し世の情など不要の存在――新しき世の到来は、この世の破壊の後に来る。彼こそ、我らを導くもの、破壊するもの‥‥」
怪我に動けないままのダリクをそのままに。身を翻し、月光照るドレスタットへと立ち去っていった。
しばらく後に武装した騎士がダリク邸を訪れた。修復現場に血まみれのハーラルが息せき切って助けを求めてきたのだという。
ダリクが叱り付けてすぐに修復現場に戻した時には、すでにそこは荒らされ、書簡は紛失していたのである。
――それが、数日前の話。
「彼らは十人くらいでやってきて、村人を村長の家に監禁し、教会の中に立て篭もりました‥‥」
冒険者ギルド。一人の青年が、冒険者の前で状況を説明している。青年の服はあちこち破れ、そこから、まだそう日の経っていない大小の傷が覗いている。
壁画の村が、シャトンら黒の宗派『黄昏』に襲撃された。
「ドレスタットの騎士団を尋ね残りの書簡を引き取り、僕一人で壁画の教会へ持ってこなければ、村の者の命はない、と‥‥」
蒼白の顔のままで、ぶるりと青年が震える。
「どうかお願いします、村を救ってください!」
「勿論、そのつもりではいる。だが最悪の場合、こちらとしては壁画を優先せざるをえない」
「そんな!」
ダリクが首を横に振ると、青年は愕然とした。
ロキがデビルと繋がっていると言う報告もある。その男が欲しがる『アルヴィースの石』なる物が、壁画と関係がある事はほぼ間違いがないだろう。彼がそれを手に入れた時、村の人間どころではない命が消える可能性も、否定は出来ないのだ。
重要機密にも当たるその憶測を、青年に伝えるわけにも行かず、ダリクは只同じ言葉を繰り返す。
「最悪の場合だ。そうならないよう全霊を尽くす。冒険者と共に俺達も出よう。この事態に陥った責任は、警護の詰めを誤ったこちらにある」
不安に怯える青年に重く頷き、ダリクは冒険者を見返す。
「依頼は、壁画および書簡の保護。村人の救出は条件に含まない。それから」
ダリクが携えていた書簡を開く。先頭のぽっかり開いた空間には赤い飾り文字があった。しかしそれは、壁画の前で読み上げた瞬間壁画に吸い込まれてしまった。
「狂化したハーフエルフが一人、紛れ込んでいるかも知れん。目標の支障になる場合は、問答無用で斬る」
書簡に残された飾り文字は、あと一文字だ。
●リプレイ本文
「この壁画の中に封印されている物‥‥世界の終わりすら知る小人の知識‥‥更なる宝へと導く道しるべよ」
長年放置されて久しい教会。風雨にさらされ、天井には大きく穴が開き、苔や黴が入り込んでいる。赤い色だけが新しく塗られたかのように光る壁画に、シャトンは細い指を這わせる。
「この壁画ごと、かつてユグドラシルから持ち出された。その力を知ったハレイスが封印をとくための紋様を全て削り取って、ここに隠したの」
レオン・クライブ(ea9513)とエルトウィン・クリストフ(ea9085)は首に黒いロザリオを掛け、壁画に向き合うシャトンの背を見ていた。
「ロキがこの石で完全なるギャラホルンを手に入れれば、過ちばかりがまかり通るこの世を破り、神を信じる者のみが救われる世が来るのです」
「どの神様にだって、私まだ救われてないの‥‥本当に、信じていいの‥‥?」
エルトウィンがおずおずと問えば、シャトンは振り返り、力強く言った。
「信じなさい。信じる者を我等が父は疎いません。人にどのような差別を受けるものであっても‥‥」
シャトンと視線が合い、レオンは賛同の意を込めて軽く首を振る。
頼んで知り合いのクレリックに調べてもらった所に拠れば、『黄昏』はノルマンの北国境線近くを中心に活動しており、下層民や蛮族からの改宗者などで構成されていると言う。教義上不浄とされるハーフエルフなども受け入れることから、近くの街の教会から、異端として厳しく罰するよう何度か陳情の手紙が送られてきていると言う話であった。
「ああ‥‥その言葉だけで救われる気がするわ」
恍惚とした表情でエルトウィンは自分の手を胸に当てる。
「父に全てを委ねるなら、それを示しなさい。たとえ親兄弟であろうとも父に背く者は、その胸に刃を突き立てなさい」
「御国を来たらせ給え」
背後に声。エルトウィンは突然控えていた修道士に髪を引っ張られ、声にならぬ悲鳴を上げた。ざり‥‥、頭皮に、髪が切られる振動が届く。レオンも、顔を覆うローブから僅かに覗く金の髪を、ナイフで切り取られる。
「ふん‥‥父への生贄」
ハーラル、フギと黄昏の間で呼ばれるハーフエルフは、そう言って小さな声でくっと笑った。ダリクを刺したというナイフで、苛々と、絶えず床を掘っていた。シャトンが言い方をたしなめても聞かぬ振りだ。
不思議な事に、特に黄昏の教義に殉じていると言う風ではない。しかし黄昏の者が目くじらを立てないのは、さらに上の――ロキと直接関係する者である可能性もある。
不意に草を踏む音。二人の戦士が剣の柄を掴んで気色ばむ。彼女は手で制した。
約束した青年の登場かと思ったようだが、それは違っていた。
「うお‥‥!?」
戦士の一人の驚嘆の声。見ればその足下が灰色がかり、じわじわと硬化し始めている。
石化――
その場の者が状況を理解するよりも、ダリクの雄叫びが響き渡る方が早かった。剣振りかざし突入する、幾つかの影。
「カラットって言います! あの、お婆ちゃんに会いに来たんですけど、何かあったんですか!?」
村人を見張っているならず者は、奇妙な少女の登場に睨みを利かせた。明らかに堅気ではない野郎の凄みにも屈せず、彼女ははつらつとした態度を崩さない。フレイムエリベイションで精神的に強くなっているカラット・カーバンクル(eb2390)である。
まさか背後の村長宅に押し込んだ村人全員、殺す準備万端とはいえないならず者。強面を最大限に生かしてカラットを威嚇する。
「婆さんなんざしらねぇよ。とっとと帰んな」
「でも‥‥村を探すとなると後、この村長さんのお宅だけなんです。ちょっと通していただけません?」
「だあっ、いねぇっつったら、いねぇっての!」
「どうした?」
「あ、この女が‥‥」
仲間の声に反応して、中から数人のならず者が出てくる。すると、流石の胆力増徴の魔法も萎えそうになって、冷や汗が頬を伝う。
(「がんばってカラット‥‥すぐ助け出すから‥‥」)
ジャンヌ・バルザック(eb3346)はそっと足を運んで、村長宅の井戸に、茂みにと近づき、ついに入り口に身を滑らせる。
「お婆ちゃん‥‥」
カラット迫真の演技が、ジャンヌの耳元から遠ざかっていく。見張りであるはずの男は、入り口の窓から呆けたようにカラットのやり取りを眺めている。パラのマントを使うまでもない。しのばせる足に全神経を集中して、ジャンヌは奥へ進む。
「このッ」
もう一人の戦士が、ダリクに追いすがろうとする。振り上げたその剣が、急に荒い感触。見ればいつしか真っ赤な錆。教会の入り口でスクロールを広げたナラン・チャロ(ea8537)が手で合図する。後から続いたシエロ・エテルノ(ea8221)は戦士を無視して奥へ駆け抜けようとする。
「さ、させるか‥‥!」
言って飛び掛ろうとした足が動かない。彼もまた同じようにじわりと石化に見舞われていた。
「さあ、早く!」
早々に二度呪文を成就させ、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)が促す。苦し紛れに投げられた錆びた剣は、シエロの背後でダリクが打ち払い、砕け散る。爆ぜた破片のごとき勢いで迫る冒険者に、シャトンははっと身を竦ませる。
シエロは立ち止まり視界をめぐらせる。右手に壁画で背を当てるシャトン、左手に隅でうずくまるハーラル。シャトンは書簡を手に抱き、ハーラルは明らかな嫌悪感を含んで、じっとシエロを見つめている。威嚇するようにゆっくりと、ダリクが歩んで隣に並ぶ。シャトンをぎろりと睨みすえた。
「さあ、大人しく書簡を‥‥」
「迎えに来たぞ、フギ」
「おい!」
出鼻を挫かれてダリクは間髪いれず突っ込む。それでもシエロは飄々としている。
「俺はこいつが気に入っててね」
シエロは最初から、ハーラル――フギを見ていた。フギは無表情のままうっすらと口を開く。
「死にに来たの」
「連れ戻しに来たんだ、馬鹿。ダリク、援護頼む」
迷うそぶりすら見せず、シエロはフギへと歩を進める。
させまいと修道士が迫る。ダリクはシャトンとシエロを交互に見比べ、逡巡を吹き消すようにええい、と怒鳴る。シエロに迫った修道士の剣を受け、横目で彼を窺った。
「お人よしめ、仕事はこなせよ」
「そちらがそうくるらば‥‥こちらも約束を果たさせて頂くわ」
甲高い音が響く。村へと合図を送る小さな笛を、シャトンが吹き鳴らす。
その音にならず者達の表情が強張るのを見、カラットはさらに冷や汗を流した。
「お前ェまさか‥‥冒け」
「あーっ!」
屋敷の中で悲鳴が聞こえる。振り返れば入り口でならず者の一人がうつ伏せに倒れる所。その背から剣を引き抜いたパラの少女と、村人達の姿が露になる。
「止まらないで! 茂みの奥へ!」
ジャンヌは先導して茂みのほうへ駆けていく。村人達は必死にその後を追いかける。
「そうはいくかよ!」
得物を構えたならず者が村人のほうへ走り出す。しかし村人と入れ違いに茂みから三つの影が飛び出した。リオリート・オルロフ(ea9517)とダリクの部下の騎士二人だ。
「村人に手出しはさせん」
日本刀がジャイアントの力で薙がれれば、受けたならず者の腕は痛いほどに痺れる。後ろから騎士達が進み出て、喉元に剣を突き出す。それだけでならず者は剣を取り落として降参の仕草をした。
リオリートがさらに進み出ると、カラット周辺にいた仲間達はあとずさる。どの顔にもくっきりと恐怖が現れている。
「おっ‥‥」
一人が引きつった笑い顔を作る。
「俺達は雇われただけで、あんな狂信者どもに義理も何もねぇよ! 金より命が惜しい‥‥だから‥‥」
そんな時だけ足並み揃えて、ならず者はさっと回れ右をする。
「ずらかるぞっ!!!」
止める暇もなく全力疾走で逃げ出していった。
「そういえば、前もああいうのを雇っていたな」
どうと言う事はなく、逃げ去った後を目で追いながら、リオリートは思ったままを述べる。
カラットは大きく安堵のため息をつくと、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
リオリートが手を差し伸べると、
「はい‥‥ジャンヌさんが出てくるまでに魔法の効果が切れてしまって‥‥そこからもう怖くて怖くて‥‥」
手を借りてよろよろと立ち上がるのだった。
「助かった!」
「村の救い手だ!」
「ばんざい!」
カラットから緊張が抜けたとたん、村人達も助かったことを実感したようだ。わっと歓声を上げると、冒険者と騎士を取り囲んで思うままに礼を言う。ただ剣を突きつけただけの騎士は得意満面に笑った。
「正義のための人助け‥‥やっぱ騎士はこうでなくちゃな!」
「おや、そういえばジャンヌ殿は?」
もう一人の騎士が見渡すが、近くに姿はなさそうだ。一人の娘が森の方を指差す。
「ええ、何でもまだする事があるからと‥‥」
「何か俺、ジャンヌさんの部下になりたいな」
指差すほうを見やりつつ、ぽつり呟く騎士である。
シエロの脳髄を貫いたのは深く突き刺さった刃の痛み。
「‥‥ハーラルが出来ない事をしてるのさ」
フギはありたけの力で再度、手に持ったナイフを沈める。
「‥‥ハーラルは、嫌われるのが怖くて、だんまりしたり、拗ねてみたりする。俺は裏切られるのが怖くて、嫌われる前に無くす。どっちも俺だよ、シエロの兄貴」
「‥‥子供だな‥‥」
言いたい事は山ほどある。痛みにさえぎられ、言葉にならない。暖かいものが腹に広がる。
それでも、フギの方に手を回す。暴れる子供は、抱きしめて宥める。諭すように問いかける。
実践しようとしていた。
「無くして‥‥何が‥‥残るってんだ」
「何もないよ。何かあるより安心だろ」
「何もなくはないわ‥‥父が、心正しき者のみを導く楽園がある‥‥」
シャトンはきっぱりとした口調で言い切った。
「なのになぜ信じない‥‥」
二人の修道士を相手に、ダリクとシュタールは戦っていた。修道士の一人は神聖騎士なのか剣を操り、もう一人が呪文を唱える。ダリクは向こうの呪文を成就させまいと前へ突き込んでいくが、神聖騎士がそれを阻む。二人の打ち合いが続く中、シュタールはストーンを唱えるが、抵抗されてままならない。
「直接的な魔法がこれほど欲しいと思ったことはない‥‥」
「あのガキのせいで苦労してんだ、帰ったらただじゃ済まんぞっ!」
もう何度目か、剣をなぎ払った時、修道士が黒い光に包まれた。神妙なる黒光が迸り、ダリクに迫る。
そして轟音。レオンの放った雷が、同じくしてダリクを襲った。
剣が転がって石の床を滑る。ダリクの身体は朽ちた木製の祈祷台を崩して倒れこむ。神聖騎士は好機とばかりに剣を振り上げる。
「いけない!」
思わずエルトウィンは崩れた壁の欠片を投げていた。それは神聖騎士の頭にクリーンヒットし、剣は誤って祈祷台へ突き刺さる。エルトウィンは顔を歪めてあとずさった。
「嫌だ‥‥また大事な所で私‥‥」
「やはり、そういう魂胆‥‥」
睨まれ、エルトウィンは暗澹とした自ら雰囲気を、魔法か何かのように一変させた。
「ばれちゃしょうがないわね! きのこの生える前に本性出せてよかったわっ!」
今までたまっていた鬱憤を晴らすかのようにエルトウィンは生き生きと石を投げ出す。
その時。
歌が、始まった。
「――!?」
フギはナイフを放し、耳を塞いだ。しかし心に聞こえる、明るい曲。
ナランが歌っていた。
かつて共に冒険したときの事を題材にした歌。ハーラルが狂化する前に歌い聞かせた曲。
苦しいからって逃げ出しちゃ駄目、教会の修理だって、やってるうちにうまくなって、褒められたりもしたじゃない‥‥思い出して!
スクロールを読む事はまだ慣れていない。何度も失敗して、やっと成就した呪文。
ずっとずっと、友達だよ!
それを伝えるメロディー。
「うわあ!」
恐怖にも似た表情で、ハーラルは大きくかぶりを振る。
「フギと言う名‥‥ある詩人に聞いた所によると、蛮族の言葉で『思考』と言う意味らしいのう。その名を持つお前なら分かるのではないか? 誰が利用し、誰が本当に想ってくれているのか‥‥」
シュタールは静かに問いかける。
「‥‥ハーラル‥‥」
シエロが息を詰まらせながら呼ぶ名。
「ハーラル!」
唯一の入り口から、飛び込んできたジャンヌは、堂内の様子を見るなり叫ぶ。
メロディはナランの、他の者が同じく想っているだろう思いを伝える。
「や‥‥いやだ」
フギは、大きく震えた。
「嫌だ――ッ! みんな消えろォッ!!!」
シエロから乱暴にナイフを抜き取り、めちゃくちゃに振り回し始めた。
「く、逆に高ぶらせてしまったのか‥‥!」
「ハーラル君!」
「嫌だ、いなくなれ! 消えろ、死ね――ッ!」
「フギ、なりません!」
シャトンも声を張り上げるが、フギに近づく事さえ出来ない。
「シャトン様――」
修道士達が近づいてくると、シャトンは悲しげに目を伏せる。
「神に適う道はかくも苦しいもの‥‥」
「消してやるッ! みんなみんな! まほうじ×××‥‥!!」
フギはもはや意味不明な叫びを上げ続けるだけだ。ジャンヌは幾つも斬り傷を受けていた。脈略のない切っ先を、どうにか受け流す。
「やあっ!」
涼やかな音が響いて、フギのナイフが飛んだ。瞬間、ジャンヌは彼を押さえ込む。
「手伝って!」
ナランが、シュタールが、エルトウィンが、およそ動ける冒険者が一斉にフギを囲む。絶叫だけが響き渡る。
「どこへ行く?」
抑揚のない、しかし強い語調が呼び止める。シャトンが振り返れば、黒いローブに身を固めた、ハーフエルフが立っている。レオンだ。
シャトンは悲哀の混じった視線で彼を見上げる。
「貴方も戻ると言うのね」
「お前たちを嫌っていると言うわけではないがな。書簡を置けば、去らせてやらん事もない」
「それならいっそ――」
シャトンがロザリオをかざす。ダリクの話では誰かディストロイを使う者が居たようだ。彼女がそれで手に持つ書簡を破壊するなら――レオンは高速詠唱を唱えようとしたが、その前に印を組もうとした手が修道士の剣に弾かれる。
「シャトン‥‥」
無意識にその名を呼んだが、彼女は森へと駆け出していた。書簡を握ったまま――
二人の修道士も後に続き、やがて森の濃い緑にまぎれて、消えた。