【valse de mort】黒い谷
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■シリーズシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月24日〜12月29日
リプレイ公開日:2005年12月31日
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●オープニング
マルガレーテの部屋は、窓枠が握りつぶされているほかは、全く乱されずに残っていた。
どこで手に入れたものか、ベッドの足にロープが結わえられ、束が窓の下に乱雑に放り出されている。マルガレーテのことだ、窓から出て冒険者と合流する算段でもしていたのだろうか。
「お嬢様が抵抗している隙に、一度足の付け根を斬りつけたのですが‥‥痛みを感じる様子も、出血さえも無く‥‥」
「悪魔め‥‥」
報告する黒服をよそに執事が罵るのを、冒険者は確かに聞いた。レイスは執事の言葉に反応して、怒りの声を上げる。
「何を知っているんだ?」
冒険者の問いに執事は睨みつけるような視線で振り返って――しかしすぐに覇気をなくして俯いた。
「話そう」
イレールの妻、アンナが死んだのは、十五年ほど前だ。
彼女は騎士であった。蛮族を討伐する命を受け、一隊を率いて北方へと向かったが、そのまま誰も帰らなかった。
年月が暮れ、四年目になった春、雪解けを待ってイレールは妻を探しに旅立った。
一縷の生の望みに賭け、渦巻く死の予感を胸に秘め。必ず見つけ出すと神に誓いを立て。
その翌年、イレールは戻った。顔は疲れからかやつれて青ざめ、しかし馬の背には彼女の遺品を載せていた。
「恐ろしい‥‥なんと恐ろしい事だ‥‥」
イレールは旅装も解かずに教会へ参り、日暮れまで帰ってこなかった。
尋常ならざる雰囲気を纏った主人に、執事は何があったのかと案じ訊ねた。イレールは震えていた。
「お前を私の道連れにしたくない」
「何を仰います。私は塵灰に帰すまでイレール様にお仕えする覚悟でいるのです」
「アンナは‥‥悪魔に殺された。間違って、恐ろしい悪魔の居場所に入り込んでしまったのだ‥‥」
焦点の定まりきらない目が、執事に向けられた。机には、アンナが出立の時に纏っていた鎧と、布包み。包みは開かれ、血脂が固まって切っ先が赤黒くなった剣が露になっていた。どちらも年月がたち、錆が浮き始めている。
「私がアンナを探している事をどこからか嗅ぎつけ、かの悪魔は私の前に現われた。そして言った。『不埒な妻の為に、君の一族は呪われる。一族は没落し、一人娘は悪魔の慰み者にされるだろう』と‥‥」
「そんな! すぐに名高いクレリックに、退散を頼みましょう!」
「悪魔に出し抜かれでもしたら‥‥可愛いマルガレーテに何かあったら‥‥!」
執事にすがったイレールの手。痛みすら感じるほど強く、執事の腕を掴んでいる。畳み掛けるように言葉を紡ぎだす。
「悪魔は私に取引を持ちかけた。『宴の場所』を調べ、彼に伝え続ければアンナの不始末を取り消してくれると‥‥」
「悪魔と取引など!」
「その情報は、彼にとってとにかく重要なものなんだ。情報源を失ってまで残虐は尽くさないと、彼も言った。これにすがるしかないんだ」
イレールはよろめきながら執事の傍を離れ、机に手を突いた。鎧と剣が、静かに佇んでいる。震える拳に、水滴が一つ、落ちる。
「私にはもう、あの娘しか残されていないんだ‥‥」
「その時、私にイレール様をお止めする力はなかった‥‥。イレール様は奥様のことを思い出したくないからと理由付け、その時の召使には全て暇を出し、新しい者を雇い入れた。アンナ様の死の仔細を知るのは、私とイレール様のみ‥‥」
その時と同じように、遺品の剣と鎧が並べて机に置かれている。執事はずっとそれを眺めていた。
「以来イレール様は『宴の場所』の情報を訪ね歩いて旅がちになり、私はお嬢様がお一人にならぬよう、護衛をつけ、外と関わりを持たせぬようにしてきたのだ」
執事は、冒険者達がイレールの部屋で見つけた、不吉な紙を指した。
「それは、悪魔が『最初の手がかり』といってイレール様に渡したものだ」
罪なき不浄の心のもの、赤き円の敷き布を、その身で織る。
清らなる少年と無垢なる乙女、その上に座して祈り捧げる。
神が慄き悪魔が哂う、甘美なる宴が開かれるだろう。
その前後に文章が書かれているが、紙が古びて解読する事が出来ない。
『アクマ‥‥オノレ‥‥アクマ!』
レイスは話の間中ずっと喚き、物にとり憑いては激しく揺らしている。しかし時折思い出したように剣と鎧の所へ行って、じっととどまる。ずっとこの動作を繰り返していた。
テレパシーを唱えていた冒険者は、がたがたと壷を揺らすレイスに向かって問いかけた。
「あんたが恨みを抱いているのは、その悪魔なのかい?」
『アクマ‥‥!!』
レイスの思考が怒りを増し、錆びた剣の周りを飛び回った。疑いようはない。
「そして‥‥意識的かどうかはともかく、わざわざこの館に現われ、マルガレーテ嬢に危害を加えず、この剣を俺達に示して見せた‥‥」
「恐らくこのレイスは‥‥」
「言わないでくれ‥‥」
冒険者が口にしようとした憶測を、執事は力なくとどめた。イレールと共にその死を乗り越えてきたのだ。分かっていても、その変わり果てた姿を認めたくないのだろう。
悪魔への怨念の塊のみとなってしまった、アンナの姿を。
「マルガレーテさんが連れて行かれた場所は、分かりますか?」
「私が知っているのは、イレール様と悪魔が最初に出会った場所のみ。分かった事を報告する場所として指定されているのだ。此度は立ち寄ると仰られていたゆえ、イレール様がおられるかもしれん」
そう言うと、暫く黙り込んでいた執事だが、緊張を吐き出すように、長く、息をついた。
「冒険者ギルドにマルガレーテ様の事を正式に依頼を出そう。できればお前達に続けて頼みたい所だが‥‥ギルドを解さねばそちらにも不都合があろう。マルガレーテ様の依頼された調査も、その時私が満了したと報告しよう」
この冒険者嫌いが依頼を。驚く者も少なくなかったが、ごく自然な提案であった。
「この十五年、イレール様はマルガレーテ様の為だけに心を裂いてこられた‥‥。お嬢様に何かあっては、あの方の全てが終わってしまう‥‥」
●リプレイ本文
そこは既に深く雪に埋もれていた。どこまでも雪がなだらかな稜線を描いており、人が踏み荒らした形跡は全く無かった。
谷間に吹き込んでくる風は強く、身を切る。誰かが先に踏み込んでいたとしても、この風に足跡などすぐ吹き消されてしまっているだろう。
冒険者達は慎重に慎重を重ね、奥へと進んでいく。
先頭を行くゲラック・テインゲア(eb0005)の腰には、不恰好な錆びた剣がさがっていた。剣は彼の歩みと共に揺れていたが、突然、虫か鳥かの様にふわりと浮き上がった。
切っ先は、人一人が進めそうなほどの、崖の面の割れ目を指していた。
冒険者達の表情が一気に険しくなる。
「ここが、悪魔の隠れ家‥‥」
剣は小刻みに震えた。中にレイスが憑いているのだ。
「今からあんたの仇の所へ行く。もしそいつと戦闘になるまで黙っておいてくれるなら、あんたを一緒に連れて行くよ」
ルーナ・フェーレース(ea5101)がテレパシーでそう交渉した結果、おお、とレイスは呻いてこの剣の中に入り込んだ。
深い怨恨があるならば、殺された場所は覚えているのではないかと言うルーナやルイーゼ・コゥ(ea7929)の予想通り、渓谷についてからはこうしてレイスが案内してくれ、今に至っていた。
「いよいよか‥‥」
チュリック・エアリート(ea7819)は肩に鷹を乗せ、奥に続く深い闇を眺めた。
「破滅の魔法陣がお目見えするかもしれないって、物騒な場所は」
「ええ、一層心して、進みましょう」
冒険者は一旦その場から離れると、タケシ・ダイワ(eb0607)がゲラックより借り受けたヘキサグラム・タリスマンを発動させるのを待った。
マルガレーテの誘拐が、各地で報告されている悪魔の『破滅の魔法陣』と関係があることが濃厚になったのは、彼の行動によるところが大きい。
「出立する前に、皆さんに伝えておくべきことがあります」
タケシは出立の準備を整えた頃、全員を集めてこういった。
「彼女は‥‥黒司祭のシャトンさんは、ロキに利用され、悪魔とも接触があったと、友人に聞きました。気になったもので、彼女に此度の悪魔について、何か知る所がないか訊ねに行ったのです」
その日。タケシに大体の事の顛末を聞いたシャトンは、表情を曇らせた。
「魔法陣に、関連するだろうと、言わざるを得ません」
偽りの無い、真剣な声であった。
「イレール様は、ロキに組する方です。我々の聖地‥‥本拠地に来ては、寄付をされたり、ロキと話し込んだりしていました。ご息女を悪魔が攫ったとすれば、関係ないとは考えにくい‥‥そして」
シャトンは整理をつけるように一反言葉を切る。
「そして、私はロキに、『角笛を入手し、魔法陣を発動させ、世界を滅ぼす』と言い、魔法陣の為に、ある少年の奪取せよと命じました。貴方がたの言う詩が生贄を示すならば、無垢なる乙女はそのご息女、清らなる少年は、恐らく彼‥‥私が今回冒険を共にする、ハーラルの事でしょう‥‥貴方の、考えられた通り」
只でさえ、今回は前衛が少なく、極力戦闘を減らす方向で作戦を進めていたのだ。この先に悪魔が着々と準備する魔法陣などがあっては、さらに警戒を強めねばならない。冒険者達は息を詰めるような緊張の中、隙間の奥へ向かって歩き出した。
中は暗く、外からの風が容赦なく吹き込んでくる。ランタンを持つタケシが中央に立って、できるだけ明かりを遠くへ投げないよう気をつけながら進む。
外とは隊列を変え、先頭はルイーゼである。少し進むごとに、ブレスセンサーとクレバスセンサーを発動させ、周囲の気配に気を配る。他の冒険者も、めいめいに気を張らせて、警戒や退路確保に努める。
割れ目は奥へ進むごとに広くなっていた。罠などが張られている気配は無かったが、壁をよくよく観察すれば、人の手によって彫り広げられたように見える。
「‥‥ちょっと‥‥」
幾度目かの魔法を発動させたルイーゼがふと空中でとどまる。入り口よりは随分開けて、全員が並んで歩けそうなほどになっていた。
「人の息やわ‥‥沢山(ようさん)いてはる‥‥」
『お、お‥‥』
剣が小刻みに震える。ルーナは慌てて抑えた。
「待っとくれ。まだ、まだだ」
「うち、先に行って様子見てきます。うちなら、見つかりにくい思うし」
「分かった。気をつけて」
「結界から出なければならなさそうなら、戻ってくださいね」
仲間の了承を得て、ルイーゼは一人羽を羽ばたかせる。ゆるいカーブの先に、明かりがもれ出てくるのが見えた。息を整え、進む。
カーブを進みきると、途端に視界が開けた。
下に向かって大きく穴が空いており、そこは人工的に作られた広間のようであった。ルイーゼがいる所は丁度二階のバルコニーのように、斜めから広間の全貌が見えるようになっていた。
そこには数十名の人が、黒い十字架に向かって祈りを捧げている。十字架の傍には、修道服を着た銀の髪の女性、そして、紫のローブを羽織った男が立っていた。
「紫のローブって、確か今頃、遺跡の島でぶちのめされてるんやなかった‥‥?」
しかし、肝心のマルガレーテの姿は、この場には見当たらない。
「我が同志達よ。ついにこの時がやってきた」
銀髪の女性は声高に、人々に向かって宣言する。
「救世主ロキがこの穢れた世界を壊し、選ばれし我ら使徒のみが住まう国を創られる」
おお‥‥、希望に満ちた、囁くような歓喜が人々から漏れ出した。
「これより我々は、約束の地へ向かう。我らが父の裁きが下される、聖なる御座を、我らが紡ぐ敷き布で飾るのだ‥‥!」
「敷き布‥‥それって、あの詩の――?」
どこか異様な熱気に、その場は包まれる。ルイーゼは一字一句聞き逃すまいと、耳を傾けた。
銀の髪の女性は、魔法陣について語りだす。
ルイーゼの帰りを待つ冒険者達は、入り口のほうから足音が響くのを聞いた。一斉に、印を組み、武器を構える。ランタンの明かりとともに近付いてきたのは、防寒具に身を固めた男であった。彼は驚いた風に、小さく声を出した。
「あなた方は‥‥」
心当たりのあるような言い様だった。
「イレールの旦那だね」
チュリックが短く確認する。
「そうです‥‥冒険者の方々。なぜ、このような所へ‥‥」
「あんたの娘を助けに来たんだ」
チュリックはここに辿り着いた理由を簡潔に説明する。イレールは黙ったまま全てを聞いていた。
取り乱す様子も無く、ただ深く落胆して、溜息をつく。
「‥‥私は、シャトンがなるものとばかり‥‥」
「シャトンさんが?」
「悪魔は彼女と、彼女と心を同じくする者を騙して連れて来、ここを俗世から離れた聖なる場所と思わせたのです‥‥魔法陣は、大量の血で描かねばならない。その役目を担う者達として‥‥」
「では、シャトンさんの言っていた『聖地』とは、ここの事だったのですね」
タケシは、過日聞いたシャトンの話を思い出しながら、その意味について考えめぐらせる。
「私はやはり愚かだった‥‥悪魔が約束を果たすという、甘い幻想にすがっていただけだったのだ‥‥マルガレーテは‥‥」
「うすうす知りつつ、目を瞑ってたのか」
チュリックは同情するそぶりでもなく、彼を見やった。それゆえの冷静さか、と考える。
「その幻想とやらへの努力が、ここまでお嬢の命を永らえさせた事は、誇ってもいいんじゃないかと思うがね」
彼が悪魔に操られているという可能性を、冒険者達はぬぐい去る手段を持っていなかった。一挙一動を観察し、見定めるより他はない。
チュリックはイレールの目の前に銀のネックレスを差し出した。
「護身用だ。持っておきな」
目の前にぶら下がったそれを、イレールは微笑んで首を振り、受け取ろうとしなかった。
「それであなた方は‥‥マルガレーテを、見つけたのですか?」
「いいや」
「ならばここから先は行かない事です。いくらあなた方でも、多くの人と悪魔を相手に勝ち目はない」
「今更あんたが、お嬢を見捨てろとお言いかい?」
ルーナが厳しい口調で聞くと、イレールは首を振る。
「もしマルガレーテが贄となるのならば、儀式のその日まで生かされるはず。今からあなた方に、魔法陣のありかをお教えします。ここで攻め入って不確定な勝利を目指すよりも、万端な準備をしてあたって欲しいのです‥‥」
「あんたはどうするんだい」
「ここで退いて下さるのなら、このまま気づかぬ振りをして、悪魔に従います。悪魔に気取られぬよう‥‥」
それは、悪魔との約束を履行しようとした男の豪胆の片鱗なのだろうか。イレールは、冷静に囮を名乗り出た。
「あんたを信頼できる証はあるのかい?」
「魔法陣の場所を。私の家に置いて来た資料を調べれば、すぐにもその場所が偽りでないと分かるでしょう」
そしてイレールは彼らに魔法陣のありかを教えた。遺跡の島に程近い、海の上――。
その時、偵察を終えたルイーゼが、闇の向こうから姿を現した。
「皆‥‥今、向こうで悪魔崇拝者みたいなんが、魔法陣の話を‥‥」
仲間の姿を見るなり、ルイーゼは聞いた事実を語ろうとする。しかしそれはタケシの驚きの声に打ち消された。
「シャトンさん‥‥!?」
ルイーゼは、驚いて振り向く。すぐそばに、先程演説していた、銀の髪の女性が立っていた。にやりと口を歪ませる。彼女の姿はそのままぐしゃりと潰れて、徐々に変化した。巨大な、禿鷹の姿に。
恐ろしい咆哮をあげ、禿鷹はルイーゼめがけて嘴を振り下ろす。
激しい、硬質のものが擦れ合う音。
咄嗟の事に空でうずくまったルイーゼの頭上の僅か上、ゲラックのシルバースピアが嘴を防いでいた。
「さ、逃げなされ!」
矛先を払いつつ、ゲラックはルイーゼを促す。幸い洞窟の中、禿鷹は翼をはためかせはするものの、自由に飛ぶほどの広さはない。
槍先で威嚇しつつ、隙を見せないようにしながら、ゲラックは現状を把握する。
「ここは増援が来ぬうちに立ち去るが良いと思うが‥‥どうかのぅ? 我が輩は、皆の意見に従うつもりじゃ」
仲間はそれぞれ目を見交わし、そして、イレールを見た。イレールは視線で、冒険者に行けと言っていた。
「‥‥信じるよ、旦那」
チュリックは言って、入ってきたほうへときびすを返す。他の仲間も、それに従う。
禿鷹は冒険者が狭い場所へと入っていくと、それ以上追いきれずに、ただ悔し紛れの咆哮を上げるのみだった。
この間ずっと、冒険者が恐れていた暴走をすることなく、レイスは剣に閉じこもったままだった。
『アノ アクマガ イナイ‥‥アノ アクマハ ドコダ‥‥』
思念は怒りに渦巻き、剣は震え続けていた。