●リプレイ本文
●早田同心
「20歳半ばの美形な人‥‥結構タイプかも♪」
髪を下ろして櫛を通し身支度を調えてそう言うと、卜部こよみ(ea8171)は、改方役宅近くにある飯屋へと足を向けました。
「おいしいもの出てくる〜?」
飯屋に入って暫く茶と蕎麦でを口にしていると、こよみの耳にレーラ・ガブリエーレ(ea6982)の元気な声が聞こえてきました。
「あぁ、ここの飯屋でちょいと奮発すると、それはもうこの時期には最高の、地鶏の鍋がな」
懐具合が寂しくて暫く役宅で食っていたが、と苦笑混じりに言うその男、早田裕一郎は鼻筋が通りきりりとしたイイ男。
武兵衛の手伝いとして2人で奉行所の探索控えの写しを整理しつつ、人懐っこく話しかけるレーラに早田もすっかり馴染んでいる様子。
「がんばってお腹すいたー、せっかくだからおいしい物食べたいじゃん‥‥どっか知ってる?」
「知ってはいるが、懐具合がちと、な‥‥」
「いいじゃん、おごるから一緒に食べに行くじゃん♪」
レーラの言葉に躊躇するのは武士の意地もあるでしょうが、仕事仲間の誘い、と割り切ることにしたようで連れ立って役宅を出てきたのでした。
「そこのおにーさん、今暇? アタシとあそばなぁい?」
連れだってやって来た男2人が二階へと上がっていこうとするのに、田舎娘を装ったこよみが早田へと歩み寄って覗き込みます。
そう言う店ではないので、店主は迷惑そうに顔をしかめますが、早田はぱっと目を引くその髪と目になんとなく一緒にいるレーラの金髪と見比べてみたりしているのですが、階段途中の2人を上の階へと押しやるかのようにして、一緒に二階の座敷へとあがろうとするこよみ。
「江戸の町は始めてで、よくわからないのぉ、ね?」
「ふ、不案内か、それはいかんな、その、腹ごしらえを終えてからで良いか?」
こよみも気になるようですが、何より久々の地鶏の鍋に心惹かれている様子の早田は、押し切られるかのように2人と一緒に二階へと上がっていくのでした。
「むぅ‥‥近頃は役宅内もお頭が狙われてぴりぴりしてたり膨大な資料の整理でたまったもんじゃないからなぁ」
気が付けば3人で鍋を突きつつ仕事の愚痴も飛び出します。
「そりゃ、はじめから御先手組にいなかったというのはあるが、微妙に居心地が悪くてなぁ‥‥」
レーラ相手に愚痴るのは、武兵衛も町奉行所から借り受けられた為、そこへ手伝いとして出入りしているレーラにも自分の気持ちが分かってもらえると思ってのことのよう。
「やっぱり他のおぶぎょーしょから入った人も居心地悪いのかな?」
「伊勢は下から手柄さえたてればって言う部分があるから奉行所時代から同じだろうが、荻田殿はずっと落ち着くまで書面書面で追われているから、中には陰口たたくものもいて大変だろうな」
レーラの問いに答えながらこよみの椀を受け取って具を装って渡す早田は、そう肩をすくめるのでした。
●伊勢と稲吉
「へぇ、旦那様はその、生来きつい方でらっしゃいますから、へぇ」
『久方ぶりだ』と声をかけた南天陣(eb2719)に、伊勢の老僕は先代の知人と勘違いしたようでへこへこと頭を下げ、伊勢の手柄や出世について口にすると恐縮するかのようにそういいました。
「他の方ともその、衝突ばかりではないかと心配で‥‥」
そう言う老僕の言葉を聴きながら、陣は少し前に平蔵と交わした言葉を思い出します。
「平蔵殿、1つ聞いておきたいのだがな。この3人のうち過去勘ベぇの捜査にあたったり事件に巻き込まれた者がいないか判らぬだろうか?」
「ここにあるのが勘べぇのかかわった可能性のある事件調書の写しだ」
陣の言葉に忠次がごぞごそと調書を取り出して、いくつか閉じられた冊子を引っ張り出します。
「早田はこの日の捕り物で一味の男一人を捕らえ負傷、伊勢はこちらの‥‥前のときの盗賊宿を一つあげておりますな」
そうぺらぺらとめくりながら言う忠次は、さらに別の冊子を取り出して陣へと見せます。
「この荻田殿も直接町奉行にいた音はまだ盗賊を追っていたので、伊勢も荻田殿も勘べぇからは顔を知られているやも」
その言葉を思い起こし、目の前にいる老僕と言葉を交わしていると、手柄を立てることに異常なほどに執念を燃やしているらしきことは分かるのですが、家へ尋ねてくる人間もほとんどいないことぐらいしか、老僕からは聞き取れないのでした。
時永貴由(ea2702)は人相書きを懐に、伊勢の後を追っていました。
と言っても、伊勢は一人で何か山を張っているらしくじっと参拝道の茶店から、とある汁粉屋をじっとりとねめつけています。
目立ってもいけないため、座敷で酒を頼んで寛いだ風を装いながら貴由が伊勢から目を離さずにいると、ふらりと入ってきた小柄で背筋がぴんと伸びた老人に、貴由ははっとします。
「お侍様、昨日もいなすったねぇ」
穏やかな風貌の老爺がそう声をかけると、伊勢は軽く頭を振り、じろりと立ったままでも腰を下ろした自分とそこまで大差ない背の老人へと目を向けました。
「そういうご老体もここに通い始めてから良く見る顔だが?」
「そりゃあ、儂は近くの百姓家のご厄介になって養生しておりますで、出歩けるはこの辺りしかないですでな」
そうおっとりと言った老人がふと顔を上げるのに、貴由は努めて冷静に知らぬ振りをして酒を口にします。
そして、伊勢はその老人を良く知らないよう。
と言っても、冒険者たちへともたらされている情報と違い、万が一と見られている伊勢にその老人――杜父魚稲吉の人相書きが渡っている訳もないのですが。
伊勢はやがて汁粉屋から出てきた女を追って行くのですが、その様子はあくまで手柄に走っている若者のそれです。
貴由は一瞬躊躇するものの、折り良く入ってくる鷹司龍嗣(eb3582)と目が合うと、目配せをしてから伊勢の後を追うのでした。
●杜父魚の稲吉
「へぇ、確かにそこの茶屋か酒場に九太郎は日に2、3度顔を出しているようですが、そこが盗人宿と言うようではありやせん」
貴由が伊勢を尾けていた頃、亥兵衛は鷹司にそう告げていました。
「それと、人相書きがありましたので、それらしい老人が出入りしている」
その側では先程から磐山岩乃丈(eb3605)が孫次と言葉を交わしています。
「孫次、お主、先だって『三倉か杜父魚のお頭の差し金じゃ』と言っておったでござるな‥‥三倉と、杜父魚‥‥どちらにも押さえられる心当たりがあるのでござろう」
「そりゃ‥‥三倉の野郎にゃ愛想が尽きたんで‥‥流れ盗めに戻ろうとしたんですが、野郎抜けるこたぁ許さねぇ言うもんで‥‥」
「杜父魚のほうは?」
「それは‥‥」
口篭る孫次に、じろりと睨みをきかす磐山は続けます。
「お主、杜父魚の稲吉の情報を三倉の勘べぇに流していたのではござらぬか? 正直に申せ、悪いようにはせぬ」
「とと、とんでもねぇ! 杜父魚のお頭んところにいたのは随分昔ですが、追い出されたのだってあっしが悪い、むしろ流していたのは伊与太の野郎で‥‥」
どうやら人伝に紹介された三倉で日が浅いからと繋ぎに使われていた孫次は、伊予太が得々と稲吉の情報を流していたことを言うのにも腹が立ったものの、自分が急ぎ盗きをしたことが知れれば、稲吉が今度こそ自分を許さないだろうと小さく身体を震わせます。
「これを機に心を改め、正道に生きるでござる。我が輩もお主を助けようぞ‥‥知っている事を教えてはくれぬか?」
磐山の言葉に頷いた孫次の話では、孫次は押し込み先でやむにやまれず奉公人に怪我を負わせてしまい、稲吉は烈火のごとくに怒って孫次を追い出したよう。
それ以来、喧嘩っ早い暴れ者のごろつきではあるものの、盗めの時は決して婦女に暴行を加えることも血を流すことも、貧乏人からも奪わず暮らしてきたと胸を張る孫次。
「ですから、あっしはどうにも三倉の盗めが嫌で、伊与太と話して逃げようと決心しやして‥‥」
そこまで言う孫次に、鷹司は稲吉について詳しく聞き取り、亥兵衛の言う茶屋へと出向いたのでした。
中へと入り貴由の目配せを受けてそこへと入ると、つつと稲吉へ歩み寄った鷹司は、低く周りには聞き取れないほどの声で稲吉へと声をかけます。
「三倉の勘べぇの配下が、おまえの動向をコソコソ探っておるようだぞ」
言われた老人は僅かに眉を上げるも、動じた風もなく立ち上がり、鷹司を奥の座敷へと誘いました。
「お前さん、儂を知ってなさるのか?」
「こう見えても色々と伝手があるものでね」
そう言う鷹司を値踏みするかのようにまじまじと見る稲吉は、店の者に酒を持ってこさせると、小さく頷きます。
「良いでしょう、で、何でお前さんはわざわざ儂に?」
「わたしは勘べぇに恨みを持っている者だ…協力してはもらえぬか?」
「勘べぇに恨み、ねぇ‥‥」
頷くと酒を鷹司へと勧める稲吉。
「ちょうど良い、儂も勘べぇには良い心持はしてなかったのだよ」
そこまで言って、稲吉は人好きするような穏やかな笑顔を浮かべるのでした。
●荻田同心
その酒場で、真っ青な顔をしながら味も分からないという表情を浮かべながら酒を飲んでいるのは、小太りな同心、荻太一郎太です。
荻田は落ち着かなげにきょろきょろと辺りを見回しています。
そして、その店にそれぞれ少し離れた場所で荻田を見張っている人間が2人。
1人は荻田を尾けてこの店までやって来たゼラ・アンキセス(ea8922)。
そして、もう1人はこの店でここ3日、のんびりと日を過ごしつつ店の様子を窺っていた東条希紗良(ea6450)です。
「おや、これは‥‥」
ちらりと窺えば、尋常ではない荻田の様子に、東条はほぼ間違いないだろうと踏んで様子を窺いつつ猪口を口元へと運び呟きました。
やがてやって来たのは亥兵衛から聞き取っていた人相書きの九太郎と寸分違わぬ50手前のがっちりとした男です。
「さて‥‥待たせてしまいましたかねぇ?」
低く笑う九太郎は、嫌らしい笑顔をその顔に浮かべて荻田の前に腰を下ろします。
「一之丞は‥‥」
「さてさて、大丈夫、お前さんさえ大人しく言うことを聞いてりゃ‥‥」
微かに聞こえる言葉に眉を寄せるゼラ。
兄のルイが荻田の子供についてこのところ姿を見ていないと聞いてきたときから嫌な予感はしていたのですが、それが的中した様子。
ひそひそと聞こえない程小さな声で交わされる言葉は酒場の騒音に紛れて良く聞き取れないのですが、荻田が青い顔をしてやがて立ち上がるのを見るとそれに続いて不自然にならないように気をつけつつ席を立つ東条。
そして、もう一方、九太郎も暫く飲んで時間をつぶしてから、ゆっくりと立ち上がるのにそちらについてゼラも席を立ちます。
店の外に出てぶらりぶらりと九太郎が町中を歩く頃にはすでに夕刻へと移っており、向かいの茶店から磐山が出てくるのを見て、ゼラは後をつけるのを磐山へと切り替えます。
万が一があって気が付かれるとも知れないため、慎重に後をつける磐山を追うことによって尾行を続けるためでした。
磐山は荻田が出てきたのを見て立ち上がりかけ、真っ青な顔で行く荻田の後ろを東条が行くのを見、役宅の方へ向かうのに相手の男をつけようと思い立ったからでした。
●三倉の勘べぇ
磐山とゼラが九太郎をつけていくと、九太郎はぽつんと寂しい百姓家へと入っていき、すぐに綾藤へと繋ぎをつけて亥兵衛に見張りのために来て貰い、役宅へと向かいました。
「すぐに捕らえれば勘べぇに気取られるかと。偽情報を流す手もあると思うでござる。その働きにて、内通の罪を帳消しに出来ぬでござらぬか 」
綾藤へとやって来た平蔵と合流すると、そこにはすでに証拠を押さえられてがっくりと項垂れる荻田の姿がありました。
その荻田を見やってから平蔵へ視線を戻すと、磐山はそう切り出します。
「改方内より咎人を出すより、今後の為にも宜しかろうと思うのでござる。それに‥‥」
そう言ってちらりと荻田を見る磐山に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた平蔵は深く溜息をつきました。
「おい、荻田‥‥何故もっと早くに俺へと言わなんだ」
その苦々しい声は荻田へと向けられた物ではなく、どことなく自嘲の響きが含まれているのに気が付いて、そのまま畳へと伏せて声を上げて泣く荻田。
「大丈夫じゃん、一之丞君はきっと助けられるじゃん?」
不安そうにそう声をかけるレーラ。
「もう良い、戻らねば妻女もさぞ気を揉むことであろう。お前の息子については俺が必ず何とかしよう。そのためにはお前にも働いて貰うこととなろう」
「は‥‥ぃ‥‥な、なんでも‥‥おゆ‥‥お許し‥‥」
平蔵の顔を見ることも出来ず伏せて泣く荻田に、苦く笑って平蔵は煙管を手にするのでした。
数刻後、平蔵が秋村・誠志郎・嵐山の3名と出かけていくのを見送って、さらに時間が経ち、そこへ苺華が駆けつけます。
「12月の半ばに三倉が狙うんだって〜比良屋を」
そう連絡を受けて暫くして、捕らえた者達を役宅へと送るように番屋へ頼んでから戻った平蔵を交えて言葉を交わす一同。
「本当に、ご無事で良かった‥‥」
ほっと息をつく貴由に微笑を浮かべ頷く平蔵。
「さて‥‥いよいよ大詰めでござるな」
磐山はそうつぶやき、その夜、遅くまで綾藤の一室の明かりが消えることはないのでした。