●リプレイ本文
●現状確認
その日、綾藤には数名の人間が顔を付き合わせて、江戸の地図を広げ数枚の紙片を部屋に散乱させながら話し合っていました。
「では、三倉の勘べぇが‥‥」
木賊真崎(ea3988)の言葉に頷くのはもう一組の冒険者の一人、陰陽師の鷹司。
「惣十郎から聞き出した伝五郎の人相書きがこいつで、こっちのが杜父魚の稲吉のだぁな。勘べぇの顔がわからねぇのがなぁ‥‥」
どうやら紙片は平蔵が手配した紙を潤沢に使い用意された、嵐山虎彦(ea3269)の手による人相書きのようで、乱雑に散らばっていたのは墨を乾かしていたから。
「それにしても、長谷川様がご無事で何よりです‥‥」
内通者を洗い出す為の人相書きを受け取り席を立つ貴由を見送り、御神村茉織(ea4653)が先程から難しい顔で絵図面を見下ろしている木下忠次へ顔を向けます。
「伝五郎と惣十郎について何か分かったことは?」
「惣十郎だが、江戸にある盗人宿を3つ程吐いた。そこに立ち会った者も当然役宅にいたから、そちらから見張りがたっているんだが、盗賊らしい者の出入りが今のところないらしい」
のんびり饅頭を頬張っていた忠次はお茶でそれを慌てて飲み込むとそう言います。
「それがこの地点とこの地点と‥‥後はここか?」
「あぁ、まぁ、惣十郎は伝五郎より一足先に江戸に入ったから、すでに江戸には入ってきているはずではあるが、何処の宿に根を下ろしたかまではわからんそうだ」
もたらされた知らせを確認しながら言う忠次。
「比良屋は大丈夫なんですか?」
「あぁ、同心で腕利きが付いているし、それにあそこは月一で‥‥」
「冒険者が飯を食いに出入りしてるから、その期間が安泰な分、狙われそうな時が絞れるってぇわけだ」
小鳥遊美琴(ea0392)が忠次に聞くと、その答えを遮って嵐山がそう言って、自分も何度か行っているから、と付け足します。
「しかし、長谷川殿を狙っている者達も、もしかすると‥‥」
今まで集まっていた資料を見比べてなにやら考え込んでいた真崎はぽつり呟くと、怪訝そうな顔をする一同に、まだ何か裏がありそうでな、と付け足して言います。
「そんなわけで、出入りをずっと確認はしているのだが、まだ私の所へは連絡は来てないんだよなぁ」
そんなことを言いながら忠次は再び饅頭を手に取るのでした。
●比良屋
「畜生、孫次の野郎‥‥」
いらついたようにもごもごと悪態を付く伊予太の後を注意深く尾けているのは九十九嵐童(ea3220)。
伊予太をつけて行くと、近頃出入りしている茶屋の他にも往き来をしているよう。
「妙だな‥‥この先には確か燧切の盗人宿の一つがあったはず‥‥」
聞き取ったところによると伊予太は三倉の勘べぇの手下らしいと分かっていたらしいのですが。
伊予太は盗賊宿の一つに入り込むと、徐々に夜も更けていき、伊予太がそこに泊まりなのを確認すると、嵐童はその側にある茶屋で見張りをしている改方同心へと繋ぎをつけてから、仲間へと連絡をつけるのでした。
「はぁ‥‥あたし、どうしたらいいんだろうねぇ‥‥」
比良屋から出てきた女中のお弓は、御神村にしっかりと見張られていることにも気が付かずにそう小さく呟きました。
お弓がいるのは比良屋の店先で、丁稚の少年に一声かけて出てくる様はすっかり店に馴染んでいるようです。
「‥‥あの御店に残れたら‥‥あんな御店にずっと勤められたら‥‥」
そう言って深々と溜息をつくお弓は、ひょこひょこと比良屋に入っていく若い男を見ると、眉を顰めて嫌そうにその男を見ます。
「おうおう、比良屋さんよう、羽振りが良くって施しまでされているんだぁ、おこぼれを寄越しても良いんじゃねぇのかぁ?」
「主人は留守です。お引き取りください」
きっぱりと若い男に言うのはお弓を送り出した丁稚の少年。
「餓鬼は引っ込んでな!」
「引っ込めと言われても、番頭さんも主人も商談で出ており、留守を任されています。旦那様なら幾ばくか包んで渡すでしょうが、丁稚風情がお金を左右できるわけはないでしょ?」
実質財布の紐をしっかりと握っている少年が渡り合っている所に、ひょこりと顔を出したのは、縞の少し派手な色合いをした着物を身につけた美琴です。
「ここに来れば高い薬だけじゃなく、安くて身体に良い物を扱ってるって聞いてきたのだけど‥‥」
そう言って入った美琴は、ぎゃんぎゃん騒いでいる男と、睨め付けながら応対する少年へと目を向けると口を開きます。
「賑やかじゃないの、あちらのお兄さん。良く来る奴なのかい?」
蓮っ葉な言葉遣いで言う美琴にじろりと一別を残し、口で言い負かされた男が出て行くのを見て、御店に勤めている若い男が声を潜めました。
「近頃しつこくやってくる奴でねぇ。ただ、荘ちゃんが追っ払ってくれるんで大事に至ってないんですが‥‥」
そう言う男の言葉では、何度か後架だなんだと理由をつけて中へ入り込むことがあったと言うことが分かるのでした。
●夜半の襲撃
すでに3日が経ちました。
その日、昼に内通者が割れたとの知らせを受け昼間に慌ただしく過ごした平蔵は、その日の夜半にとある茶店にて酒を酌み交わしていました。
「次から次へ‥‥長谷川殿も大変だな」
「なぁに、俺ぁ慣れちまったよ。ほら、天風、もっと呑め」
天風誠志郎(ea8191)がやれやれとばかりに言う言葉に笑いながら平蔵は徳利を手にして誠志郎の杯へと酒を注ぎます。
「おい、親父、酒が足りねぇぞ!」
秋村朱漸(ea3513)が声を張り上げると、へいへいと頭を下げながら燗を手に入ってくる店の親父は燗をそれぞれの前に並べます。
「それにしても、大丈夫であろうか、あの‥‥」
そう言う誠志郎の言葉が指すのは鈴苺華(ea8896)の事です。
過去に関わったことがある中で、苦い思いが胸にあるのやも知れませんが、それ以前に冷え込みも厳しくなってきたこの時期に、一人寒空の中で待機しているなど、厳しい条件で間違いが無いとも言えない心配があるからでしょう。
「この厳しい中、俺らが酒を食らってるなか外たぁ、辛いだろうが‥‥」
そう言うと、くいと杯を開ける平蔵に酒を注ぐ嵐山。
途中から酒は半分の徳利には湯を、もう半分が燗となって出て来るように金を握らせておいてある秋村は、飲み過ぎないようにと途中から湯に変わった杯にわずかに眉を顰めるとそれを飲み干して、煮物へと箸を突き入れて口直しをしています。
一刻程後、店から秋村を肩に担いでぬっと店の表へ出てくる嵐山に、平蔵に肩を貸しながら溜息混じりに出てくる誠志郎の姿があります。
誠志郎がちらりと目を上げると、その視線の先にはずっと隠れて潜んでいた苺華が木の枝に腰を下ろしています。
ふらりと上機嫌な様子で誠志郎へと掴まりながら役宅へと足を勧めていますが、まばらにある人家の明かりも落ち暗く寂しい道に差し掛かったときです、それまで木立に伏せていたであろう影が近くの百姓家へと入って行くのとほぼ同時に、その百姓やからわらわらと飛び出してきたのは10人の浪人者。
「‥‥ハッ、マジで掛かりやがった。それでこそよ‥‥飲みたくもねぇ水を飲んだ甲斐があったってもんだぜ!」
嵐山に放り出されて転がった秋村へと斬りつけた浪人の一撃を受け止めると、身体を起こしざま刀を抜くとそれを撥ね退け声を上げ。
「‥‥悪いがここは通行止めだ。お引取り願おうか」
誠志郎がそう襲撃者の前に立ちはだかると、嵐山も囲むように回り込む浪人へと錫杖と十手を構えて一歩も引かない構えを見せます。
的確に傷を負わせて一人一人削られていく襲撃者たちは、終いには命からがら逃げていくのでした。
「平蔵ちゃんは平気そうだけど、ん〜ボクも戦闘に参加した‥‥ん?」
そしてその上空、寒さに耐えてパタパタと見下ろしている苺華は、下へと降りようとして、木の陰から様子を伺っていたらしい男が、そうっとその場を離れようとしているのに気がついてそちらへとついと移動します。
「ねぐらへ行くのかな?」
小さく呟いて追いかける苺華は、追う男が一軒の酒場に入って行くのに二階の窓へと寄れば、なにやら男の声が聞こえてきます。
「お頭、やっぱり平蔵は無理のようで‥‥」
「すりゃ、これからは手ぇ引いて、余計なことにならねぇうちに次のお勤めを終えて江戸を離れんとなぁ。孫次も逃げぇやがったようでなぁ」
「しかし、三倉のお頭‥‥」
「で、伊与太はどした‥‥」
「それが‥‥」
そこまで聞こえて、しばらく低い聞き取れない声が続き、しばらくしてその店を先ほど入っていった男が出てきて、その足で江戸の郊外へと歩いていくのに、苺華はその後を再び空から尾行するのでした。
●峠の茶店
「そうかぇ、三倉はまぁだあたしのことに気付いちゃいないのかぇ」
掠れた声で伊予太にそういうのは、60過ぎの背の丸まった小柄な老人で、すでに髪は真っ白の穏やかな風貌をしています。
その様子に声を殺して耳を傾け覗いているのは御神村で、伊与太を追ってこの峠にある茶屋へやってきていました。
「へい、勘べぇもその片腕の九太郎も、まだ俺がお頭について手回ししているのに気がついちゃおりません」
そう陰気に笑う伊与太は、にやりと笑うとあきれた口調で肩を竦ませます。
「もっとも、平蔵を殺ることはできなかったようで‥‥こちらはお頭のお指図通りに申し上げたのですがねぇ」
「ま、よいわさ。ところで、三倉のはいつになった?」
そう問いかける老人へと、伊与太はにじり寄って耳元でなにやら囁くと、老人はにんまりと笑って頷きます。
「ほんじゃぁ、あたしらは師走の頭に比良屋に押し込んで、三倉の獲物を一切合財頂いてまうことにするかぇ」
そう言って、老人は低く笑いぞっとするような凄惨な笑みを浮かべるのでした。