【盗賊の息子】焦躁

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月01日〜06月08日

リプレイ公開日:2006年06月12日

●オープニング

「済まぬな、顔を出すのが儂で」
 そうどこか苦笑混じりに受付の青年に言うのは凶賊盗賊改方筆頭与力・津村武兵衛。
 ここは綾藤の離れの一角、武兵衛は大分疲れたような、幾つか急に年を取ったかのような表情で笑むと、小さく溜息をつきます。
「今日は少し困った事態になったことを連絡しようと思ってな‥‥」
 そう言う武兵衛に怪訝そうな顔をしてみれば、庭を見て来たのでしょうか、彦坂昭衛という、年若の旗本が入ってくるのに受付の青年は表情を硬くして頭を下げます。
「あの、長谷川様の容態は‥‥」
「出血の具合が激しかったのと、傷の深さ、鋭利さなどでいろいろと、な‥‥まぁ、腕の良い医者に色々取り寄せた高額な薬品、神仏関連の人間との繋がりなどで、元通りにはなるだろうが、とにかく一気に血を失ったのがかなり響いているらしい」
 上座に着きながら言う昭衛、かなり忙しい現状にあるのか、立ち居振る舞いに僅かの疲労が窺えて、居心地悪そうに座り直す受付の青年へ、武兵衛が口を開きます。
「寄場や改方内部、それでなくとも上方では何やら不穏な様。現状、情勢が不安定になればなるほど、真っ当な道を外れる者が増えるゆえ、町方の方から、色々と‥‥な」
 言い辛そうな武兵衛に怪訝な表情の受付の青年、武兵衛は続けて言うのでした。
「一応、今回頼む二組に関して、それぞれ重点を置く場所は違えど、多少の連携は取って行っても貰いたい。どうも此度の一件、取り逃した凶賊も絡んできてしまい、少々、厄介になりそうでな」

「つまり、改方の手違いで凶賊をみすみすと逃してしまった、それに対する突き上げで、改方預かりの者のほうの捜査も手違いがあるのであろう、と」
 まず一組へ、という武兵衛。
 改方預かりで罪はないと保護されているのは、たった一人、鶴吉のみです。
 何が言いたいのかにさっと顔色の変わる受付の青年。
「だ、だって鶴吉君は‥‥証拠もないしだから改方が‥‥」
「それは、あくまで長谷川殿が長官だったから通じた話」
 苛立ちを込めた昭衛の言葉、まだ旗本の間では若輩者として軽んじられているのでしょう、それが長谷川平蔵直々の後押しと武兵衛の推薦で取り立てられ、今回の代理となったという事への妬みも手伝ってか、色々と手を焼いているよう。
「じゃ、じゃあ‥‥」
「そこで、少々汚い仕事も含んで、やって貰いたい」
「‥‥は?」
「実はな、武兵衛の元に先日、夜な夜な夜鷹殺しをしていたという、同心の情報が入り、それを内々で改方で処理した」
 そう言う昭衛の表情は妙に生き生きとしたもの。
「‥‥」
「何か言いたげであるな、何だ、申してみろ」
「‥‥‥‥いや、彦坂様、なんか妙に楽しそうですね」
「ふ、ふふふふ‥‥良くぞ言ってくれた、町方のあの鶴吉を引き渡せという物言い、少々私の不興を買ったのでな‥‥全力で叩き潰しに言っては拙いので、暫くの間ぐうの音も出ないようにして代理を務めれば、私の当面の役目は果たせる」
「確か、兄上様は人足寄場の責任者を巡って裏で色々とやっていたようですし、その、正直なところのっとりたいとかそう言うのが‥‥」
 恐る恐るですが、そう尋ねる受付の青年に、どこかひきつった笑みを浮かべる昭衛。
「‥‥あのおやじ殿が元気なうちにどうこうするだけの度胸があるはず無かろう‥‥」
「いや、長谷川様は現在重体‥‥」
「ともかく、あのおやじ殿の復帰まで、改方の評判を落とすようなことになっては彦坂家としても色々と拙い」
「改方のやり方へと理解ある方々ばかりではない、つまりはそう言うことだ」
 武兵衛が昭衛の言葉を受けて言うと、なるほど、と頷いて依頼書へと書きつける受付の青年。
「一方ではそろそろ動きがあるであろうと思われる船虫の直次郎だな」
 どうやら平蔵が苛烈な取調べにより音無の兵吾から聞き出したところに寄れば、呉服問屋の三澤屋へと押し込むのは6月の末から7月頭と考えられていたのだそうですが、不穏な動きと、鶴吉の父親への的外れな復讐心から少しずつ予定が後へ後へとずれ込んでいるとのこと。
「それと‥‥磐山殿・時永殿・アンキセス殿の聞き込みなどから繋がりが聞こえてきた凶賊、彦根の湯吉‥‥これがおやじ殿が重傷を負った時に取り逃がしたとなった者達なのだが、こちらとなにやら因縁があったようなことが判って来た」
「‥‥どういう?」
「彦根の湯吉は、旅人殺しの村と繋がりがあったらしい。そして、茶屋女のお袖、これは磐山殿の調べてこられた点でもあるが、人相書きが、殺された密偵と一緒にいたところを目撃された男と、先達て密偵のいる宿を襲撃した者の手引きをし捕らえた男のものと一致した」
 こちらは、もう一組の冒険者が捕らえた者とのことで、主に彦根の湯吉に関してはそちらへと任せるそう。
「そこで、だ‥‥頼みたいのが、まずは鶴吉の隠匿。今のところ場所は割れていないが、直ぐにあの家に預けられているということは気づかれよう。そして、船虫を油断させる為に、引き込みとして三澤屋へと入ってもらう、これは無理はしてはならん」
 そこまで武兵衛が言うと、にやっと笑う昭衛。
「そして、面倒ではあるが、もう一つ‥‥奉行所の与力である佐保田伝衛門、この男に鶴吉を探さないと確約を取ることだ。初老に当たるこの男にとって、夜鷹殺しを繰り返していた同心は直属の部下であると同時に、後妻として娘を嫁がせている、いわば娘婿なのだ」
「‥‥あの、彦坂様」
「何だ?」
「こういうやり口、密かに大好きですか?」
「‥‥‥‥あまり突っ込まないでくれ、思い返すと、少々虚しく‥‥」
 昭衛の反応に、なんだか可哀相な人でも見るかのように受付の青年は生暖かく見守っているのでした。

●今回の参加者

 ea2702 時永 貴由(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2850 イェレミーアス・アーヴァイン(37歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea6780 逢莉笛 舞(37歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea6982 レーラ・ガブリエーレ(25歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea8922 ゼラ・アンキセス(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb3582 鷹司 龍嗣(39歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3605 磐山 岩乃丈(41歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

ウォル・レヴィン(ea3827)/ アイル・ベルハルン(ea9012)/ ポーレット・モラン(ea9589

●リプレイ本文

●鬼の霍乱
「くそっ返す返すもその仕事、参加できなかったのが‥‥」
 隣の部屋から聞こえてくるその声はもう一組の冒険者、御神村の声。
「あの方をお守りできなかった自分が‥‥それが何より悔しい‥‥」
 そこは役宅の一室、まだ冒険者達や同心への面会が医者によって許されず、控えの間で唇を噛む時永貴由(ea2702)にどこか心配そうに平蔵の休む部屋の方へと目を向ける逢莉笛舞(ea6780)。
 同じ間には同心の荻田と伊勢、それに大捕物に顔を出した事があるであろう、厳しい顔つきをした同心が控えており、磐山岩乃丈(eb3605)はのんびりとした口調で顎を撫でさすります。
「長谷川様がそれほどこっぴどくやられると‥‥鬼の霍乱か」
「なにいっ! 元はと言えば貴様ら冒険者が‥‥っ!」
 がっと立ち上がりかけ怒鳴り返す同心を荻田が押さえ伊勢が一別すれば、すと襖が開き盆に茶を乗せ現れる女性。
「ほほ‥‥殿様はあれでなかなかにしぶといお方、あれしきでそう死にはしませぬ」
 さらりと笑って言う女性に慌てて座り直す同心、女性は貴由や舞、磐山と同心達へ手ずからの茶を振る舞い笑みを浮かべます。
「近頃はお偉い様方との会談などが多く、少々躯が鈍っておいでなのかも知れませんね」
「まぁ奥方、大火以来休む間もなく働かれていた訳ゆえ、この際、長谷川様には過労を癒していただくべきでござろう」
 流石にずっと付き添っていたためか多少の疲れは見えるものの、穏やかで若い様子のその奥方、磐山の言葉にこりと笑って頷きます。
「左様ですわ‥‥皆様にはご迷惑ばかりおかけすることとなりまするが、殿様より頼りになる方々と伺っております。大変かも知れませぬが、宜しく、この久栄からもお願いします」
 俯く貴由と久栄を見る舞、二人の手を取って微笑を浮かべる久栄に、憤っていた同心は気まずげに目を逸らすのでした。

●鶴吉の護送
「『改方の捜査に手違い』だなんて‥‥うふふふふふふふふ‥‥」
「は‥‥はわわ、ゼラさん落ち着くじゃ〜ん」
 ゼラ・アンキセス(ea8922)の不穏な笑顔にあわあわとするのはレーラ・ガブリエーレ(ea6982)。
 場所は壮年男性宅、鶴吉を呼んできて貰っている間、同心の佐保田へと怒りを募らせている様子のゼラ、襖を開けてひょっこり顔を出す鶴吉に気がつくとにこりと笑みを浮かべます。
「あ、ゼラのお姉さん! りばーさんは元気ですか?」
 嬉しそうにそう言って笑う鶴吉に、切なげな笑みを浮かべて頷くゼラ。
「あのね、鶴吉君、今日は大切なお話をしにきたの」
「大事な、おはなし?」
 くいと小さく首を傾げる鶴吉に頷くとゼラは続けます。
「ちょっと面倒な事になってね‥‥暫くこの家から離れなきゃいけないの。でも、これは幸せになるための試練よ。我慢できる?」
「‥‥」
 不安げにレーラや舞、そして貴由を見てからゼラへと目を戻す鶴吉。
「‥‥また、いつかもどってこられる?」
「そんなに先の事じゃないわ。少しの間だけよ」
 いじらしい鶴吉の言葉に僅かに目元を潤ませてぎゅっと抱きしめるゼラ、舞も頷いて口を開きます。
「鶴吉くん、君は私達がきっと守る、だから暫くの間長谷川殿の家に泊ってくれ。私達がその間事件を片付ける」
 そして、その横でもレーラがぶんぶんと腕を振ります。
「どんなことがあっても俺様が鶴吉君と家族のみんなを守るから安心するじゃん♪」
「それに、ここの主人‥‥いや、お父上やお母上、それに美名ちゃんも別れて移動することにはなるが、一緒だ。離ればなれになるわけではない」
「‥‥うん、僕、だいじょうぶ‥‥」
 貴由が優しく諭すと、こっくりと頷く鶴吉を撫でると急ぎ用意された荷を屋敷の奥方から受け取り、笠や旅装束を整えるゼラ。
「それじゃ、行きましょうか。‥‥手を繋いで行く?」
 子供ながらしっかりとし旅装束に着替えて屋敷から出ると、そう言うゼラに頷いて鶴吉はその手をぎゅっと握るのでした。
 その日の夕方、鶴吉とゼラが服装を変えて街道から引き返して役宅へと姿を現すと、既に別口に警護されて密かに身柄を移した壮年男性の一家と合流し、嬉しそうに一家と鶴吉は無事に戻れたことを喜び合うのでした。

●同心・佐保田
 その日、奉行所与力・佐保田の屋敷には現在改方の代理長官を務める彦坂昭衛、同心の早田、それにイェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)が、そして護衛として磐山も同道していました。
「はん、小童が、あの餓鬼を引き渡さずに他、なんの用がある?」
 じろりと睨め付ける佐保田、貴由の補助に来ていたポーレット・モランの調べで佐保田は町人衆を脅しつけて金を出させたり、犯人が挙がらない事件を、どこから連れてきたか分からない身寄りの無い人間を拷問にかけて自白させたりと目に余る人物のよう。
 また、それだけではなくいくらでも黒い話が付き纏い、この直前までそれぞれの話の裏を取っていた一堂。
 そのどれも自分では手を下さず、娘婿の同心にさせていたとの事で、自身の手になる人間が居ないことに苛立ちを覚えてか、目の辺りをひくひくと痙攣させながら睨め付ける様は醜悪の一言。
「引き渡す引き渡さぬもございますまい。某は其方が聞かねば後悔する話というものを伝えにやってきたのみ故。だがまずは、鶴吉のみについての話にて済めばと思うておる」
 昭衛はふんとばかりに鼻を鳴らせば、佐保田へと口を開くイェレミーアス。
「鶴吉の一件は他に改方で調査している幾つかの件とも関連がある。鶴吉が罪を犯したか否かは、いずれ全てが明るみに出ればはっきりする事だ。その間に鶴吉が悪事を行いはしないかと危惧するようなら改方から監視を付けよう」
「己が所の失態を隠さぬという保証が何処にある」
「其方らと同じにされては困る。其方の御身内の件は人々への動揺があってはならぬと長谷川の、そして津村の配慮によって伏せられただけ、此方は忘れてはおらぬ」
「昭衛様、ならぬでござるよ。そのように、脅し脅される間柄に、信頼は生まれないでござる」
 むしろせせら笑うかのように言い放つ昭衛、それには磐山が止めに入りますが、残念ながら信頼をはぐ決める人物とは磐山自身、対面しても過去の行状からも無理と、薄々は感じ取っているようでした。
「ぐだぐだ抜かさず、鶴吉を儂へ引き渡せば事は足りるのじゃ!」
 苛々としたように言う佐保田にイェレミーアスは鋭く佐保田を見ると口を開きます。
「まさかとは思うが‥‥真相も判明しないままに無実かも知れない幼い子供の命を断とうとは思っていないだろうな? そうでないならば改方でも対応に変わりはない筈だがな」
「犯人はあの餓鬼を置いて他にはないっ! それをしゃしゃり出て事を大きくしたのは貴様らであろう!!」
 金切り声を上げる佐保田へ、昭衛が小さく息をつくとちらりとイェレミーアスへと目を向けます。
「それでは仕方あるまい‥‥申し訳ないが、件の親父殿の密偵の報告、これに話すのも嫌であろうが、頼まれてくれぬか」
「‥‥では、昨年末大火によって屋敷が焼け落ち、蔵が残った三國屋‥‥追い討ちをかけるかのように戸が打ち壊され一切合財を持ち去られた件‥‥手引きした者が役人にいたそうだな」
 落ち着き払った声ながらどこか怒気を孕んだ視線を投げかけるイェレミーアスにぎょっと小さく身を震わせる佐保田。
 これより一時ほど前、佐保田に関して洗っていた者たちが集めた話を聞いたときには、あまりのことに言葉を失ったイェレミーアス。
 舞が調べてきたこの件は特に酷く、三國屋主人は破られ空になった蔵の中で首を括り、妻は気が触れ療養所に、娘たちは年頃であったが今はどこへ身をやつしているやら‥‥。
「‥‥知らん、そのような事件はあの頃いくらでもあった、儂ゃ知らん」
「では、畳職人の娘・お先が岡場所へと移ることとなった件について、話をしようか」
 父親の借金の形にと売られたそのお先という娘は、貴由が見つけてきた時、父親が既に亡くなっていたことを知りませんでした。
「そんな娘は‥‥」
「他にも、証言を約束する者たちはいくらでもいる」
「この‥‥この小童っ!!」
 がっと刀に手をかける気概は見せる佐保田ですが、早田、イェレミーアス両名が獲物へと手をかけ、磐山は昭衛を守るように立ち、佐保田はずるずると座り込み睨み付けます。
「この件についてはいずれ親父殿より話があろう。だが今は、此方の言うとおりにして置くならば、身辺の整理をつけるぐらいの時間は残してやる」
「‥‥っ勝手にしろ小童。だが、いずれ見ておれよ‥‥」
 言って立ちあがる昭衛に続いてイェレミーアス・早田も退出すれば、廊下にはぐったりと倒れた男の姿が。
 ちらりと上を見てから小さく頷き歩き出す昭衛。
「あの男、このまま見過ごして良いものでは‥‥」
 役宅への帰り道、降りしきる雨の中、傘の下からイェレミーアスが言えば、緩く頷く昭衛。
「押し切れたから良いものの、新参者では相手の上役に直接進言も出来んからな‥‥まぁ、その面倒なところは、親父殿に早く良くなってやって貰うこととしよう」
 苦笑交じりに呟くように言う昭衛。
 イェレミーアスはそんな昭衛の背中を見つめているのでした。

●三澤屋
「長谷川殿は大怪我をされたのか。いつごろ復帰できる見込みなのかね」
 口の中で心配だと呟くのは鷹司龍嗣(eb3582)。
 ここは三澤屋のすぐ前にある茶屋、ここで鷹司は三澤屋について船虫の直次郎から呼び出しを受けてやってきていました。
「あぁ、先生、お待たせしてどうも」
 あいも変わらずにこにこと愛想良く笑いながら近づくその老爺に鷹司が頷いて見せれば、老爺の隣に居る按摩に気がつき訝しげに見る鷹司。
「先生、この男が三澤屋へと引き合わせてくれます。後はせいぜい気に入られて、内部の様子を覚えこんだり、ちびちびと泊めて貰える様になっておくんなさい」
 にぃと笑いながら言う直次郎に頷けば、辰の市と呼ばれる按摩はついて来いとばかりに頷いてよたよたと歩き出し、三澤屋へと向かうのに立ち上がり後を追う鷹司。
「此方が、その良く当たるというお話の先生ですか?」
 出迎えた三澤屋はふくふくとして愛想の良い30後半の男で、聞けば近くでは評判で、週に一度か二度辰の市を呼んでは揉み療治をして貰っているそうで、愛想よく鷹司を笑顔で出迎えます。
「いやいや、昔から占いというものは大好きでして‥‥あたしは自分ではさっぱり上達はしませんものの、これが好きでいろいろと勉強しているんでございますよ」
 そう上機嫌で言う主人に、早速と人相を見れば、気にかかる陰があるものの、それさえ避ければ商売ももっと軌道に乗ることを見て取り、その陰が船虫の直次郎のこととわかり辰の市の目もあることからそこを避けて説明をすれば嬉しそうに笑う三澤屋。
「これからもっと、占いの腕を上げて、この道で生きていきたい。ご主人の占いの知識も相当なものとお見受けする。共に占いについて更に精進できるよう、研究しないか」
「ああ、それはもう、結構なお話‥‥ぜひぜひ、先生、いつでも遊びに来ておくんなさい」
 にこにことして頷く三澤屋。
 実際のところ、三澤屋は占いの中身までは詳しくは無いものの、異国の占いなども小耳に挟んだかして非常に気になっていたようで、鷹司が神秘のタロットや西洋の占いについても知るところがあると聞くと、それはもう大変な気の入れようです。
 同じ頃、貴由はその付近、兵太の証言した場所をさらしに髪と結い、男姿となって見て回っていました。

●復調の兆し
 ちょうど三澤屋ともあまり離れていない距離、其方も見て回ろうと思ったの貴由は向こう側からやってくる子供にはっとし、何事も無いかのようにその衣とすれ違うと、十分距離をとってから取って返し後をつけ始めます。
「‥‥っ‥‥」
 すぐに姿を見失い、万が一の為に彼方此方回ってから役宅へと戻る貴由、鶴吉の姿を模した子供が消えたのは江戸の郊外に程近い寺の建ち並ぶ一角で、撒かれたというよりは人波で見失ったといったほうが正しいのに、あの付近に何かあるのでは、そう思い同心たちの詰め所へと向かう貴由。
 久栄の取り成しや鶴吉に対しての浮ついた様子を磐山から報告受けた昭衛の一喝で大分落ち着いたものの毎回報告を正直に行う貴由も気の重い雰囲気の残るそこに向かうのは、自然と足取りも重いものとなります。
 とはいえ、先日の三日月堂へもう一組の捕り物や彦根の湯吉への手がかり、そして冒険者と付き合いのあった同心たちの言葉で少しずつ溝も埋まりつつあるのですが。
 そんなことをつらつらと考えていた貴由は、部屋に近づくとここ数日の間に無かった様子に怪訝そうな顔をすれば、目の前をレーラと鶴吉が取調書を手にばたばたと走って通り過ぎかけて貴由に気がつきます。
「あ、貴由お姉さん!」
「? どうかしたのか?」
「ああ、早く来るじゃん!」
 わけもわからぬままレーラたちに引っ張られて奥へと向かえば、ずっと閉じられたままで居た平蔵の部屋の襖が開け放たれていて、支えと使い寝巻きのままではあるものの、肩に一枚引っ掛け武兵衛から報告を受けている平蔵の姿があります。
「‥‥長谷川、様‥‥」
「おう、苦労をかけたようだな」
 そう言ってにと笑う平蔵、見れば医者は渋い顔をしつつ当面まだ休養が必要なことを言いますが、どうやら面会は長時間に及ばない限り許可が下りたよう。
「そろそろ舞殿を此方へと戻ってきて貰っての良い頃でしょう、一人であの家の留守は退屈であろうからな」
 そう言って笑って同心を迎えにやるように告げると笑みを浮かべる武兵衛。
「今しばらく、指揮は昭衛殿に任せるが、このとおり、まだお迎えが来るもんでもねぇよ。そんな顔をするんじゃあねえ、別嬪が台無しだぞ?」
 平蔵の言葉に、貴由は滲んで見えるその姿に微笑を浮かべ、そっと目元へと袖を押し当てるのでした。