【凶賊盗賊改方・悪意】残月

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月01日〜06月08日

リプレイ公開日:2006年06月14日

●オープニング

「済まぬな、顔を出すのが儂で」
 そうどこか苦笑混じりに受付の青年に言うのは凶賊盗賊改方筆頭与力・津村武兵衛。
 ここは綾藤の離れの一角、武兵衛は大分疲れたような、幾つか急に年を取ったかのような表情で笑むと、小さく溜息をつきます。
「今日は少し困った事態になったことを連絡しようと思ってな‥‥」
 そう言う武兵衛に怪訝そうな顔をしてみれば、庭を見て来たのでしょうか、彦坂昭衛という、年若の旗本が入ってくるのに受付の青年は表情を硬くして頭を下げます。
「あの、長谷川様の容態は‥‥」
「出血の具合が激しかったのと、傷の深さ、鋭利さなどでいろいろと、な‥‥まぁ、腕の良い医者に色々取り寄せた高額な薬品、神仏関連の人間との繋がりなどで、元通りにはなるだろうが、とにかく一気に血を失ったのがかなり響いているらしい」
 上座に着きながら言う昭衛、かなり忙しい現状にあるのか、立ち居振る舞いに僅かの疲労が窺えて、居心地悪そうに座り直す受付の青年へ、武兵衛が口を開きます。
「寄場や改方内部、それでなくとも上方では何やら不穏な様。現状、情勢が不安定になればなるほど、真っ当な道を外れる者が増えるゆえ、町方の方から、色々と‥‥な」
 言い辛そうな武兵衛に怪訝な表情の受付の青年、武兵衛は続けて言うのでした。
「一応、今回頼む二組に関して、それぞれ重点を置く場所は違えど、多少の連携は取って行っても貰いたい。どうも此度の一件、取り逃した凶賊も絡んできてしまい、少々、厄介になりそうでな」

「それにしても悔しいのが彦根の湯吉一味を取り逃したことと、それを理由に突き上げてくる町方なわけだがっ」
 余程不愉快だったのでしょう、昭衛がかりかりするのにも理由があります。
 それに口出しをしてきているのは奉行所与力、これは奉行までその行動が耳に入っているかは分かりませんが、同等かそれ以下の扱いで対応をしてきており、身分だけで言っても当然許されない態度であったりします。
「その件についてはもう一組へと頼んだが、何よりこれで急がなければいけなくなったのは逃走した彦根の湯吉一味の居場所特定、奴らは凶賊であるからして、奴らを見逃せば、また血が流されることとなる」
「あの‥‥でも、あの騒ぎのどさくさに紛れて逃れたのなら、既に江戸を離れているのでは‥‥」
「いや、それはあくまであのおやじ殿が指揮を執っている間ならばだが、奴らは江戸に舞い戻ってきたばかり、これから仕事を始めるはずだったなら、何より金がいる」
「でも、改方自体は‥‥」
「名も知らぬ若輩者が代理ならば恐るるに足らんと思って潜伏するであろうと、一部密偵などから耳にした情報から判断した。また、人混みで見失ったらしいが、つい先日、江戸内で一味の者が目撃されている」
 そう言う昭衛に、武兵衛は頷いて言葉を引き取ります。
「これを逃せば、恐らく裕福な商家のどこかが、残忍な押し込みの憂き目に遇うだろう」
 なるほど、と頷いて依頼書へと書き付ける受付の青年。
「そして、こちらも人命がかかっておる故、迅速に働いて貰わねばならぬのだが‥‥三日月堂の一件だ」
「三日月堂‥‥怪しいと言うことは分かりましたけど、具体的にどうすればって言うのが‥‥」
「そこで、私が知り合いの伝手で、上手くねじ込んで貰い、薬が手に入る手筈となっている」
「え? しかし、入手困難ですし、問題の薬が手に入るかは‥‥」
「ふっふっふ‥‥忘れたか、私には分家に預けられて大荒れに荒れて軟禁状態の愚兄がいることを‥‥」
「あ‥‥」
 ぽかんとする受付の青年に、にやりと笑う昭衛。
「私はあくまで代理だ、その間、若輩者にやらせたからなどおやじ殿が言われては後々に関わる、意地でも、出来る手段を総動員してでもっ! 業績を落とすわけにはいかん。それ以上の働きは、さっさとおやじ殿に復帰して貰わねば無理ではあるが」
「‥‥あの、彦坂様」
「なんだ?」
「もしかして、長谷川様がいるときは萎縮してたか猫被ってませんでした?」
「‥‥ごほん。まぁ、なんだ、某としても現状を憂慮し、汚名を被ろうとやり通さねばならぬ事があるというか何というか‥‥」
 ごにょごにょと言葉を濁す昭衛、それに僅かに表情を和らげた武兵衛ですが、すぐに厳しい顔で続けます。
「三日月堂は、口入れ屋などを探らせたところ、従業員の大半は本当に雇われただけの者のよう。主人と番頭が主に秘密の客へと対応しているようなので、場合によってはその2人を捕らえることも念頭に置いておる。しかし‥‥」
 そこで口籠もる武兵衛、小さく息を付くと続けます。
「それに関し、同心与力、捕縛の際に、冒険者不信を挙げておる者達が障害にならぬとも限らぬ‥‥」
 気まずそうに目を落とす受付の青年。
「しかし、特に今手を借りておる者達はその中でも親しき者も信頼を置けると一目置かれておる者もいる。一部の者達は全ての冒険者へと不信を向けるのは誤りと思って折っても、今は言いにくい状況」
 そこまで言って茶を手に取り一口啜ると再び口を開く昭衛。
「不信を挙げておる者にも共に命をかけた捕り物に参加した者もいるであろう。彼等の不信を和らげるための対策を取れば、或いは三日月堂の捕り物、彦根の湯吉一味の探索、連係が取れ手を広げられるのではないか、と考えた訳である」
「なるほど‥‥」
 頷いて依頼書へと書き付ける受付の青年。
「おやじ殿‥‥いや、平蔵殿に対し親のような思いで接してきた者もいる。そのため此度の事故は凶賊達への激しい感情が一時的、冒険者に向く形となってしまった故と思っている。‥‥嫌な仕事まも知れぬが、それも含め、宜しく頼む」
 苦い表情を浮かべ、昭衛はそう呟くように言うのでした。

●今回の参加者

 ea0392 小鳥遊 美琴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3269 嵐山 虎彦(45歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea4653 御神村 茉織(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3273 雷秦公 迦陵(42歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アゲハ・キサラギ(ea1011)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ レヴィン・グリーン(eb0939)/ キルト・マーガッヅ(eb1118

●リプレイ本文

●行き場のない憤り
「くそっ返す返すもその仕事、参加できなかったのが‥‥」
 御神村茉織(ea4653)が憤りを込めて口惜しそうに言う中、平蔵の部屋と一間挟んで控えの間に数名の同心たち共に津村武兵衛、そして風斬乱(ea7394)と嵐山虎彦(ea3269)の姿があります。
 隣の間では平蔵の妻・久栄がレヴィン・グリーン・クリス・ラインハルト、そしてアゲハ・キサラギの見舞いに、医師から面会を止められていることを告げ、見舞いの品の礼と、役宅の現在の居心地の悪さに申し訳ないこと、平蔵自身意識がある時分に、冒険者自体への不信は持っていないことを告げられていると答えているよう。
 ですが、問題は同心たちの気持ちの問題であることは見舞いの者たちも、そして凶賊に向かうために集まった者たちにも、そして武兵衛や久栄にも良くわかっているようでした。
「謝って済む事でもねぇが、すまねぇ。旦那の為に何かがしたい、償いがしたいんだ。力を貸してくれ、頼む」
「‥‥冒険者はお頭のご期待や信頼を裏切った。それを抜け抜けと‥‥」
 同心たちへ土下座をして詫びる御神村に声を震わせる同心、どちらかといえば御神村が頭を下げたということに少々動揺している様子に、武兵衛が何かを言いかける前に、ごく当たり前のように嵐山が口を開きます。
「冒険者が同罪ってぇんだったら、俺も同じだわな」
 その言葉に数名ははっと弾かれたように嵐山を見ます。
 御神村や嵐山の言葉に同心たちに動揺が走るのは当然のこと、御神村は同心たちにしてみれば平蔵自身が信頼する密偵の一人、嵐山は改方において信頼する専属の人相書の絵師、それでなくとも協力を惜しまず信頼関係を築いた者や危険な捕り物で背中を預けた者たちも。
 一括りに冒険者、と区切ってしまえばその者たちも含まれるのに今更ながらに気づかされる同心たち。
「だがっ! だかその冒険者が自らの仕事を放棄し! お頭がっ!!」
 言いかけた年若い同心が肩を震わせ飛び出していくのを見送り、なんともいえない沈黙が落ちる室内。
「‥‥済まんな、このような状況で、仕事を頼むなどと‥‥」
 緩く息を吐いて風斬に言う武兵衛ににと口の端を歪める風斬。
「何、平蔵さんのためならば嫌な仕事などないよ?」
 ちらりと視線を向ける同心へ顔を上げゆっくりと風斬は口を開きます。
「すまんが、協力をお願いする。土下座をしろと言われればそれを甘んじて受けよう。下らぬ自尊心などない」
 そこまで言い、平蔵の部屋へと目を向ける風斬。
「‥‥それが、平蔵さんのためになるならばね」
 落ちる沈黙。
「田村は‥‥」
 ぼそりと口を開く同心の一人。
「‥‥あれはお頭のことを、死んだ親父様を思い出すと言ってたから‥‥」
 悪くは思わないで欲しい、そう小さく言う同心。
「皆が皆、すぐに割り切ることはできないだろうが‥‥」
 少しずつ冷静に考えようと思う、少し時間が欲しい、同心たちはそう告げるのでした。

●三日月堂の主人と番頭
「私の娘‥‥夫の連れ子が病弱ですもので、よく体調を崩し伏せる事が多いのですけれど‥‥」
 三日月堂奥の客間、念を入れてか、昭衛から仲介をしてくれる人間を紹介して貰うまで出とどめ、自ら薬を求めに行ったのは所所楽石榴(eb1098)、後ろにはいかにもお付兼護衛といった堅い衣装を実に付けさせられ窮屈そうに座る嵐山の姿が。
 仕立ての良い着物に細かな細工などで贅を凝らした女駕籠、キルト・マーガッヅに淑やかさをこれでもかと‥‥付け焼刃かもしれないにしてはですが、叩き込まれた石榴の良家の後妻といった風情は三日月堂の亭主に顧客と思わせるには十分だったよう。
 奥でお茶でもと言われ持て成されながら、石榴はいかにも思い悩んだ末、というように切り出し、言葉を促すように三日月堂の主人は柔和な顔に心底同情するような作り笑いを浮かべて頷きます。
「‥‥その、娘のためにも‥‥‥‥こちらにはとてもよい薬があると、人づてに聞いたものですから‥‥」
 上目遣いに伺うように言う石榴に、一つ手を叩いて番頭を呼ぶと、すぐに引っ込んだ番頭が盆に何かを載せて戻り、甘くしたもの、菓子に混ぜて使うものなどと説明をしながらいくつかの薬を説明していきます。
「その、お可哀想なお嬢様が少しでも苦しまないよう‥‥すでに飲まれているのはどちらの‥‥?」
「その、粉薬、でしたのですけれど‥‥ねぇ?」
「あぁ、確かどこぞの狐だか狸だかの薬だったと思いやすぜ」
 不意に話を振られ嵐山へと話を振れば、心当たりの医者を咄嗟に上げて矛先をかわす二人。
「では、こちらの、細かく砕いた砂糖と合わせたもの等を使われてはいかがでしょう? お嬢様も飲みなれたもののほうがよろしいでしょうし、こちらは砂糖を混ぜずに、その薬にこれだけの量ずつ混ぜていかれても十分に効果があるのではと‥‥」
 揉み手をしかねない勢いで笑みを浮かべて言う三日月堂。
「先に頂く御代がこれほど、様子を見て、残りのお薬はそうですね、明後日までに準備をしておきますよ」
「はい、では御代は確かにこちらに‥‥宜しくお願い致します」
 そう言って店を後にし、綾藤へと戻ると石榴も嵐山も疲れたとばかりに体をめいめい動かします。
「うぁー窮屈だったなぁ」
「はー‥‥まぁとりあえず無事に粉薬、手に入れたねー。紹介状とかあると、結構あっさり信用してくれるんだねっと」
「お二人とも、お疲れ様です」
 そこへお茶を持って入ってくる小鳥遊美琴(ea0392)、石榴はにんまりと笑って粉薬の入った薬包を包んだ和紙を見せて笑います。
「では、早速調べることにしますね」
 受け取ると部屋を移り調べ始める美琴、やがてそれが少しずつ飲ませることによって、身体自体を弱めていく、明らかに毒であることがわかり緩やかに息をつきます。
「念のため、お医者さんに確認して貰ったほうが良いですけれど、これを証拠に抑えることが出来ると思います」
「じゃあ、それは明後日に薬の受け渡しのときに‥‥がんばろっと♪」
「おう、じゃあ俺は戻りがてらにそのことについて、打ち合わせてくるぜ」
 そう言って立ち上がる嵐山を見送ると自然と溜息が漏れる美琴。
「平蔵さんが怪我をしたその時にいたわけじゃないから、詳しいことを知っているわけじゃないけど‥‥不信が募るのは仕方のないことだって思うしね、まずは行動で示そうっ」
「そう、ですね。今は出来ることを精一杯やりましょう」
 石榴の言葉に頷くとようやく美琴は笑みを浮かべて頷くのでした。

●煙雨・参拝道
「そのう‥‥長谷川様の容態は‥‥」
 そう不安そうに聞くのはいそむらに詰めている二人の密偵、彼らは長谷川平蔵に労に入ったときも目をかけて貰い、密偵として拾い上げられたためか、平蔵のみを心配し、また、身柄が平蔵あってのものであるとよく理解している立場だからです。
 場所はいそむらの2階、絵図面や数枚の紙を引き出しながらも、二人は伺うように見ています。
「命には別状無いそうですが、今暫くは臥せたままだそうで‥‥」
 李雷龍(ea2756)が答えれば、命に別状はないとの言葉にほっとする二人。
「しかし、見失ったというのは‥‥確かに湯吉一味の者だったのか?」
「確かに。そうそう、預かってありやす、こいつがその人相書きで‥‥」
 そう言って引き出された顔を覚えこむように見つめる御神村に、参拝道の見失った地点を確認する風斬。
「どうやら愚図るつもりは無いようだな」
 雷秦公迦陵(eb3273)がそう言って姿を表せば、言われる言葉にむっとする様子の密偵たち。
「‥‥我らを疑って試していたのか?」
「そういうつもりはねぇ、気に障ったのならば申しわけねぇ、このとおり」
 むっとした様子で言うのに御神村が割って入り宥めると、いそむらの店主が熱い汁に握り飯を持って現れます。
「さぁさ、皆さん、こんな冷える雨の日にゃ、熱い汁でも食いながら暖まってくだせぇ」
 いそむらの店主に気まずげに目を逸らす密偵、ですがその後の相談も、疑われていたというその点が気になってか、逆にそれまではなかったはずの不信感を抱いてしまったようで情報のやり取りに手間取ってしまいました。
 煙るような雨の中、それでも参拝道にはそこそこの人出、笠を被った武家たちや傘をさした商人・女たちに浪人、尻っぱしょって雨の中を走り抜ける町人たち。
 その中を、めいめい傘や笠で、御神村などは幾度となく人遁で姿を変えて辺りを見て回ります。
「纏い付くような、嫌な雨ですねぇ‥‥」
「本当に‥‥では、行ってきますね」
 雷龍がそう言って出て行くと、入れ替わりに入ってくる風斬。
「役宅か綾藤から何かあったかい?」
「いえ、今のところは‥‥ですが、なんだかあちこちで盗賊たちが暴れてるみたいで、方々皆さん走り回っているようですね」
「‥‥」
 小さく息をつく風斬、協力を漕ぎ着けようにも肝心の同心たちが集まらなければ包囲網は敷けません。
「あぁ、此方にいたか‥‥」
 そこへ入ってくる伊勢同心。
「ちょうど良かった、こちらのほうの手がかりはまだのようだが二つ良い知らせがある」
「良い知らせ?」
「あぁ、一つはあまり長い時間でさえなければ、お頭が起き上がる許可が下りた」
「それは良うございました」
 喜ぶいそむらの亭主、昔から付き合いのある亭主は、思えばどれだけ心配している感情を押さえ込んでいたか、容易に窺い知れます。
「あと一つは?」
「三日月堂の方の手筈が整った。一部はまだ強情ではあるが‥‥決行は明日、同心数名が所所楽殿、嵐山殿と小鳥遊殿の3名を中心に手早く店を押さえることとなった」
 そういう伊勢の表情にも、珍しく安堵のようなものが浮かび、風斬は頷きます。
「良い知らせだ。平蔵さんに早くもう一つの良い知らせを持っていってやらないとな」
 にやり、笑みを浮かべて再び笠を手に風斬は出て行くのでした。
 捜索は次の日も続けて行われました。
 御神村はなかなか見つからない一味の物に少々苛立ちを覚えていたのですが、じっとりと纏い付く雨に手拭いで顔を拭って目を上げれば、そこにはどこかで見たような男が、手拭いを頭に被って軒を渡ってひょいひょいと走っていく姿が。
『あの男だ‥‥!』
 声にならない声を上げ、逸る気持ちを抑え込んで歩調を早める御神村、人混みが上手く姿を隠してくれているようで、男が気がつく様子はまだありません。
 男がひょいと中へと入ったのは小さな飯屋、店の店主はいかにも人が良さそうな老爺で、本当に小さなその店が盗賊宿という様子には見えず、しかし男が当たり前のように入ってきたのに、彼の定宿になっていることだけは分かりました。
 ふと見れば、密偵の一人が前の方から辺りを窺って調べているのに気がつき、急ぎ近づいてすと通りへと誘導する御神村、密偵に男の事を伝え仲間を呼びに戻って貰うと、そっと仕込み杖を撫でて店の表を張ります。
 時折裏に気配を感じないかと注意を払っていれば、やがて駆けつける風斬に雷龍、そして雷秦公。
「どうもここはばらばらに別れての潜伏先みてぇだな」
 そう言う御神村に頷く風斬は刀に手を添えてゆっくりと入り口へ向かいます。
「俺たちは裏口を固めておこう」
「ええ、御神村さん、店の方はお任せします」
 雷秦公と雷龍が裏に急ぎ回れば、店へ入り有無も言わず二階へと駆け上がる風斬に御神村は吃驚した様子の老爺と奥にいた様子の老婆にお上の御用だから騒がないで欲しいことを伝え宥めました。
「おう、そこに置いておけ」
 二階では酒をちびちびと飲みながら寝転がる男が、見ようともせずに酒のお代わりと思ったか言いますが、無言の風斬に怪訝そうに身体を起こしかけ、思い切り入れられた蹴りに鈍い呻きを発して転がりながら、何とか起きあがろうとします。
「どちらか選べ‥‥酷い目にあうか死ぬほど酷い目にあうか」
「なっ‥‥何言って‥‥っ‥‥」
 蹴られた腹を押さえつつ睨み付ける男ですが、すと僅かに細められた目が酷薄に笑った気がしたのに息を呑み。
「暴力という言葉の意味はお互い嫌という程知っているだろう。仏に感謝するんだね‥‥平蔵さんは助かるそうだ」
 そう言ってゆっくり抜き放たれる刀、ひっと小さく息を呑む男にゆっくりと切っ先を向けるとにやりと笑う風斬。
「だからと言って加減するつもりはさらさら無いのだがね」
 言葉と共に打ち込まれた刀は、辛うじて意識を刈り取らず、その身に激痛を与えられのたうつ男。
 煙るような雨と雨音の中、鈍く上がる男の悲鳴はその雨音に染み込み漏れ出ることはないのでした。

●鬼形の足音
「今回は冒険者仲間がとんだ事をしでかして本当にすまなかった。俺は長谷川様を敬愛している。これは本当の事だ」
 石榴と嵐山が中から手引きをするのを待つ間に、同心達の前に姿を現したのは忍び装束に覆面の美琴です。
「あの方と働く事が、俺に力と勇気を与えてくれている。いつも長谷川様の依頼を受けている仲間たちも、きっと同じ思いでいると思う」
 その言葉に気持ちが分かるか頷く同心も居ます。
「どうかもう一度、俺たちを信じて、一緒にやってはくれないか?」
 美琴の言葉に何かを言いかける同心、中から裏口の戸が開けられ石榴が顔を出すのに口を閉じると中へと入っていく同心達に続いて入る美琴。
「暫くはこのまま営業を続けて貰うよ、帳簿が得意な同心さんが‥‥えっと‥‥」
「おう、荻田同心が詰めて接触を待つ形になるな」
 嵐山が言えば頷く石榴。
「後は‥‥」
「‥‥私が詰めよう」
 裏口から人目を憚り入ってきた年若の同心が言うのににと笑う嵐山、田村という、先日に強情を張ってしまった若い同心で、その後少し嵐山と話し閉じ籠もっていましたが、気持ちが伝わったか、少々気まずげではありますが直ぐに商人姿へと姿を変えます。
「じゃあ、後は頼んだぜ、荻田に田村」
 嵐山が言うのに頷く二人、運び込まれた籠で裏口から急ぎ運び去られた二人は直ぐに厳しい尋問に合いますがなかなか口を割りません。
 ですが番頭に化けていた男が先に音を上げ、そこで挙がった名前に眉を上げる同心たち。
「『鬼形の松太郎』だと?」
 眉を上げるのは漸くに布団から身体を起こす事が長時間でなければ許された長谷川平蔵その人。
 報告を受けた代理の彦坂兵衛が、まず平蔵にと伝えに来ていましたが、そこへと顔を出すのは風斬に、ほっとしたような顔で駆けつけた御神村の姿。
「良く‥‥良く‥‥」
 それ以上言葉にならずに微笑を浮かべる御神村に、笑いながら万葉集を取り出す風斬。
「平蔵さん、体はもういいのかい?」
「おうよ、医者はまだうるせぇが。わざわざ見舞い、すまねぇなぁ」
「なぁに、心配した訳じゃない、家に帰るついでだよ。寝ていてばかりでは暇だろう?」
 言って万葉集を渡す風斬に低く笑う笑う平蔵。
 そんな様子を、雨は静かに見守っているのでした。