●リプレイ本文
●宴の前
「おー‥‥‥‥流石に圧巻だなぁ」
荷車にでんと積まれ4人がかりで運ぶ酒樽に、流石の嵐山虎彦(ea3269)も目を瞬かせて言います。
ここは船宿・綾藤の裏口、船宿ともなれば、酒樽を運び込まれるのはそんなに珍しいことではありませんが、既に3店舗目の荷が積み上げられともなれば圧巻と言えるかもしれません。
「これは‥‥凄いでござるな。今宵の宴用にでござるか?」
「あぁ、まぁ呑む奴ばかりだといやぁそうなんだが。誠志郎も景気がいいというかなんと言うか」
丸々を切っていた沖鷹又三郎(ea5927)が包丁を置いて見にくれば、頷いて笑う嵐山。
改方のほうから声が掛けられた誠志郎が酒代を提供したとのことですが、ちょっと多めに出していたようで、なかなか良いお酒がこれでもかとばかりに運ばれてくるのですが‥‥。
「それぞれの御店を買い占めないように注文を分散したらしいわね」
それぞれのお店の常連さんに悪いからって、そうゼラ・アンキセス(ea8922)が言うと、小さく咳き込み喉へと手を当てて。
「おう、どうしたぃ?」
「ちょっと生業で、ね‥‥」
嵐山が聞くと喉を痛めたのと言い、合同宴会では大変だから頑張らないとと宴会の準備へ戻るゼラ。
そんなゼラへと目を向けているのは、先程から火の番をしているゼラのお手伝いに来たリズ・アンキセス。
「‥‥ゼラ‥‥少し変わった‥‥?」
「う‥‥最近遠慮が無くなってきたのかしらねー‥‥」
問答無用に突っ込みを入れたり色々と聞いたり‥‥と少し困った顔で首を傾げるゼラですが、酒樽を中へと運び入れる嵐山に身振り手振りで位置を教えたりと宴の準備に余念がないようです。
「やはり宴には鮟鱇鍋でござるな。お正月用に前に仕込んで置いた鰰寿司もそろそろ良い具合になってるでござろうし‥‥」
言いかける沖鷹に綾藤料理人が送ってもらったものだと見せるのは立派な肉厚の干し椎茸。
「年越し用の蕎麦に良い出汁が取れそうでござるな」
具材として申し分ない良い物が一箱たっぷり使えるというのに沖鷹も楽しそうに献立を考えながら仕入れてきた魚を俎板に載せて笑みをうかべます。
「こいつは凄ぇな」
「大変そうですね‥‥」
そこへ手伝いに来た御神村と夕紀が嵐山の運び込む酒樽を見て流石に少し驚いたようで。
徐々に活気づいていく厨房に、久々に厨房仕事にやって来たお藤も襷がけをして楽しそうに準備を始めるのでした。
●年忘れの宴
「はじめまして、ネム・シルファです。いつも音楽など奏でさせて頂いています、よろしくお願い致しますね」
宴は異国の竪琴より奏でられる、ジャパン古来の厳かな調べで始まりました。
ネム・シルファ(eb4902)が微笑を浮かべて弦に指を滑らせば、緩やかにリフィーティア・レリス(ea4927)が歌うは年を振り返る意味を込めたうたいもの。
「さて、一〇〇一年も暮れ行くか‥‥」
「おぅ、一年なんてなぁ、あっという間だ。そうは思わねぇかい?」
知人である御神村と貴由と共に曲を聞いて言葉を交わしていた鑪純直(ea7179)が感慨深げに呟けば、くっくっと低く笑う声がかけられて。
「これは‥‥長谷川様におかれては、負傷される等改方の方々には激動の年であったかと思われるが‥‥」
「このようなお役目、のんびりばかりしている訳にも行かぬが、それを言えば冒険者とて同じ。お上から禄を貰っているかどうか、違いはそれだけよ」
「あ、長谷川様‥‥宜しければ、どうぞ‥‥」
料理に手を付け茶を啜っていた純直の側にひょいと腰を下ろして笑うのは凶賊盗賊改方長官・長谷川平蔵。
声をかけた純直がきちんとした言葉なのに自身も話し方を改めれば、貴由に酌をして貰い口元へと杯を寄せて干し、お銚子を手に取り次ぎ返しなが。
「年の瀬にはいつも『来年こそは良き年であるように』と願うのだが‥‥これが中々。
弥勒菩薩に祈るだけでは願いは叶わぬ。その心意気を常に保ち、良きようにと行動に実践する事が大事なのであろうな」
「なればこそ面白いのよ。そうは思わねぇか?」
にと笑う平蔵に、某も精進せねばなと笑みを浮かべて頷くのでした。
「じゃんじゃじゃ〜〜ん♪ 俺様手品するじゃん!」
レーラが元気良く大きな羽織を取り出せば、ネムは教えて貰ったお座敷曲を爪弾き、わっと盛り上がる宴会場。
「良いぞーもっとやれー」
笑いながら紙に包んだお金をひょとおひねりとして投げる嵐山ですが、レーラにそれが直撃し、ころころ転がっていくレーラ。
「おう、済まねぇな、大丈夫かぃ?」
演奏の手が止まり、ネムと嵐山で覗き込み、踊りの足を止めて、何をやって居るんだかと小さく肩を竦めながらちらり横目で様子を窺うリフィーティア。
そこへ、改方の同心達数人が奥からごろごろ所がしてきたのは酒樽です。
「熱燗も良いが、これだけ良い酒ならそのまま呑むのも良いかと思ってな」
笑いながら言う同心達は、どうやらいちいち席を立たなくても良いでしょう、とお藤に言っているようで。
「掃除も終わっているでござるし、後はのんびりと年を越せば良いのでござるな」
言って鮟鱇鍋を選り分けている沖鷹は、のんびり出来ると言いつつもそれが性分のようで、喜んで食べる人々に嬉しそうに笑みを浮かべていて。
「仕事をちぃと忘れて、だねぇ‥‥何せ、今年は色々とありすぎたんでなぁ」
伸びをしていた氷川玲(ea2988)は酒を湯飲みになみなみ入れて口元へ運ぶとほうと息をつき。
「五条の乱然り‥‥俺に言わせりゃただの権力争いにすぎんな。変な野望なんていらんから、日々すごしてる人たちがもっといい暮らし送れるようにしてくれるといいのだがねぇ‥‥」
「それは仕方ない。気持ちは同じであるが、その手の争いはいつの世にも起ころう。我らには我らの出来ることをするより他はあるまい」
氷川の言葉に微苦笑を浮かべる武兵衛。
「せめて、政はどうにもならずとも、盗賊達に苦しめられる人々を少しでも減らしていくことが出来れば‥‥」
「当たり前ぇだ。そーいう人の生活を壊させてたまっかよ」
にやり笑いながら酒を呷る氷川。
そんなこんなで盛り上がる宴の中、ネムが軽快な音楽を再開したかと思えば、前につと出るのはリフィーティア。
綾藤の傘を手に、習い覚えたお座敷での踊りを演じれば、これがわっと若い同心達やお祭り好きな比良屋の面々に受けて大いに盛り上がったり。
「元気そうで何よりね」
そんな様子を彦坂昭衛の側で楽しそうに見ていた清之輔へ、ゼラが声をかければはにかむように微笑む清之輔。
「御陰を持ちまして‥‥比良屋にもいつも行き来をしていますし、覚えることは沢山で大変ですが、毎日が楽しく‥‥充実していて‥‥」
本当に嬉しそうに笑う清之輔は、時折不安になることもあるようですが一生懸命に頑張ろうと思っている様子。
昭衛との仲も見ていれば良好である様子は窺え、互いにまだ距離を測りつつではありますが、時折不器用なりに気を遣ってやる姿を見れば、ゼラもほっと安心することが出来たよう。
良かったわ、そう笑みを浮かべると、ゼラは暫くの間、彦坂家での様子を清之輔から聞いているのでした。
●除夜の鐘を聞きながら
前日の宴の余韻が合ってか、大晦日はなにやら皆さん遅い目覚めのようで、その中でも早くから起きて厨房へと入り気合いが入っているのは男2人。
「今のうちに御節を作っておかないといけないでござるな」
「年越しの蕎麦は雑煮にする為に多めに作って、正月はいつも煮物と‥‥」
沖鷹と綾藤の料理人2人で色々と考えて作っていくのはなかなかに楽しいようで、あれやこれやと出汁を作り、持ってきて貰った活きの良い魚の血抜きをしたりと、端から見ていても楽しみになるものばかり。
のんびり年越しをとはいえ、料理人は忙しいようです。
ゆったりとした時間は瞬く間に過ぎていき、それぞれが年越しの場所へ。
綾藤の一行は一室で集まって、のんびりと話し、有る者は茶を飲み酒を呑み、やがてすっかりと日も暮れて一年を振り返っていました。
「‥‥今年もあと僅か、か」
「あっという間でしたわねぇ‥‥」
出された蕎麦に手を伸ばし、山下剣清(ea6764)が言えばお藤もしみじみと頷いて。
遠くから近くから聞こえてくる除夜の鐘。
船宿・綾藤では、こうして緩やかに穏やかに新たな年を迎えるのでした。
●初詣
「ジャパンに来て何度目かの年越しだけどやっぱりこの寒さはなー‥‥」
白い息を吐きながらリフィーティアが言えば、着付けて貰った着物の羽織の前を合わせて雪なんてあり得ないから、と呟き。
一同でぞろぞろと近くの神社へと足を運べば、結構な人出で賑わっており。
見れば氷川は誠志郎やリーゼ・サラの姉妹、それに嵐童など、身内でやはり初詣に来ているようですが、遠目から見てもとても目立つ集団で、やはり見渡せば見知った顔がちらほら。
「いつの間にか、こういう光景も普通になりましたわねぇ‥‥」
お藤がしみじみ、冒険者達や異国の方をこの江戸で見かけるのは、昔は珍しかったんですけど、今では当たり前ですわね、そう言いながら隣を歩くお藤が時折手を貸すのはネム。
「私は年越しも初めてで面白かったですし、初詣も初めてなので、少しどきどきして‥‥」
年忘れの宴は純白の美しいドレス姿でしたが、折角の初詣なのだからと淡い碧の着物を借り着付けて貰えば雰囲気が良く感じられるのか、時折鼻歌を歌いながら人混みの中を歩くネムに、お藤も笑みを浮かべて。
「‥‥無事に解決しますように‥‥」
漸く辿り着くと、お賽銭を入れて手を合わせ、小さく呟くように言うゼラ、並んでお賽銭をお賽銭箱にそっと入れた純直はちょっぴりお賽銭を奮発したようで。
「親族と友人の息災を‥‥」
「二礼、二拍手、一礼?」
「違う場所もありますけれどね、大体はこうして‥‥」
ネムにお藤が説明すればなるほど、と見よう見まねで手を合わせて。
「これできっと今年も良い年になるでござるの」
お参りを終えて沖鷹が笑顔で言えば、各人も笑みを浮かべ御神籤を引いたり絵馬を書いたり、お藤が御店の御札と破魔矢を買い求めると、一行は新年の宴の準備が待ち受ける綾藤へと和やかに帰途につくのでした。
●搗きたてのお餅を食べながら
その日、比良屋の主人が荘吉を連れて少し外出と言うので、朝早くから綾藤では子供達も集まって大賑わいでした。
「この寒いのに元気だなぁ‥‥」
上着に綿入れ羽織を借り、火鉢を抱えて温まっていたリフィーティアが庭を眺めれば、庭には茣蓙が引かれ、でんと臼が鎮座しています。
その側では山下が、お藤がつけてくれた熱燗をちびりちびりとやりながらのんびり。
「そうそう、ほれお年玉だ」
早速始まりそうなお餅搗きにわいわい集まる子供達ですが、嵐山がお手製の凧や買い求めた文房具を渡すのに嬉しそうに大はしゃぎ。
「おう、お雪にゃ一枚しかない羽子板だ! さ、何を書いて欲しい? 美人の女将でもかっこいい御頭様でもお雪の似顔でもなんでもいいぜー」
決まったら言ってくれな、そう笑って臼へと近付く嵐山。
「さてと、じゃ始めようか」
すぐに沖鷹の蒸した餅米が運ばれてきて、まずは嵐山が餅を搗き純直が介添えを。
一通り出来れば次の餅米は氷川が搗いてリーゼが介添え、その間にきな粉とお砂糖、ぐつぐつ煮られる小豆に、沖鷹は炒り豆と蓬を用意しています。
「いいにおい‥‥」
「おいしそう‥‥」
美名と鶴吉が綺麗に手を洗って搗き上がったお餅をこねこね混ぜている間に、沖鷹は手早くお餅で餡をくるみひいた粉の上を転がし転がし。
「作りたてでござるよ」
ちょうど休憩に入った純直ににこにこ笑顔で沖鷹が差し出す搗きたてのお餅を使った大福餅を差し出して。
「生地を練って包むものが多いでご笊が、搗きたてのお餅で作るのもよいでござるな」
「忝ない。‥‥む‥‥」
むぐむぐとお茶と共にいただけば、餡はほんのり甘く、お餅は柔らかくてほかほかです。
「自分たちで作ったもんは格別だろう?」
嵐山の言葉に純直は笑みを浮かべて頷くと、大福を頬張るのでした。
「ところで玲はどこ行ってたんだ? 初詣の後」
「あぁ、白鐘の親分の所と、あと知り合いの家にな」
大工仕事しに改築に行った家と元棟梁ん家にな、と良いながら餅を頬張る氷川。
沖鷹が用意した餡やきな粉をつけた物やお汁粉など甘いお餅に、海苔を巻いてというのも美味しく、蓬餅を丸めている沖鷹の横でゼラもリフィーティアと同じく火鉢を抱えてのんびりまったり、子供達が嬉しそうにお餅を食べている姿を眺めています。
そこへちょこんと隣に腰を下ろすのは鶴吉。
貴由に縫って貰った空色の着物を着て、痩せこけていた頃と違って相変わらず大人しそうではあるものの、年相応にふっくらとしてはにかみ笑いで見上げます。
「あの、ゼラお姉さん、はい、これ‥‥」
おずおずと自分で丸めたお餅を差し出すのに微笑みを浮かべて受け取るゼラ。
サラと美名が羽子板で遊び始めるのをまったり眺めつついれば、やがて後ろではお藤が布を畳の上へと敷き詰めていき。
そこへ半紙を受け取った純直が硯で墨を用意し始めれば、子供達は集まって、ネムもお餅を頂きながら興味深げに見ています。
修己治人
枕戈待旦
率先躬行
前覆後戒
唇歯輔車
伸びやかに半紙へと滑る筆が表す言葉に書き上がると子供達は口々に純直へと意味を尋ね。
「『人の上に立つには、何よりまず己を修めよ』『敵に対する警戒を怠るな』『人より先に自ら進んで実行せよ』『前人の失敗を見て戒めとせよ』『互いに助け合い補い合え』‥‥まだ少し難しいやも知れぬが‥‥」
子供達へと1つ1つゆっくりと説明しながら、自らに刻みつけるよう言う純直。
「‥‥今年こそはいいことあると良いんだがなー‥‥」
そんな様子を眺めながら、改めてお参りに行ったときの願い事を呟くリフィーティア、どうやらいろいろと思い出して泣けてきたようで深く息をついて。
賑やかに、穏やかに、何はともあれ笑顔と共に。
今年もそれぞれが忙しい毎日に戻っていくのでしょうが、その前にもう少しだけ、船宿・綾藤の新年はのんびりとした時間と共に続くのでした。