【石川島人足寄場】死の風音
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■シリーズシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月29日〜02月05日
リプレイ公開日:2007年02月08日
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●オープニング
それは年を無事に越した人もそうでない人も、新しい年を迎え、江戸の町に活気が戻りつつあるそんなある冬の朝のことでした。
「んー‥‥今朝も冷えるなぁ、日が出て来れば‥‥? ‥‥‥‥あれ?」
ギルドの表を掃いて水を撒こうと裏の方へまわった受付の青年、ふと視界に入った川になにかが見えた気がして目を懲らしつつ歩み寄ると、それに気が付き一瞬言葉を失って慌てて駆け寄ります。
「伊勢さんっ!?」
「‥‥ぅ‥‥」
「だ、誰か、医者を‥‥」
船着き場に辛うじて引っかかっていたのは凶賊盗賊改方の伊勢同心。
受付の青年が何とか引っ張り上げれば、どうも身体の前にも後ろにも傷を負っていますが、深手なのは背中からの傷のよう。
「‥‥‥、ねが‥‥芦、屋方の、ふ、ね‥‥」
水に浸かっていたためか血を大分失っているようで、それを言うのがやっとで意識を失った伊勢を、同僚の手を借りて中へと運び込めば、やがて呼ばれて駆けつける医者。
「‥‥おかしい」
連絡を受けて駆けつけた凶賊盗賊改方筆頭与力・津村武兵衛が小さく呟くように言えば、心配そうに奥の様子を窺っていた受付の青年は怪訝そうな表情を浮かべて武兵衛を見ます。
「伊勢は‥‥歩いて1日ほどの宿場に、鵺の松七絡みで裏付けを取りに‥‥」
「お一人でですか?」
「いや、孫次と行かせ、宿場役人へと協力を扇ぐように指示して‥‥出たのは一昨日だ」
武兵衛の言葉に、受付の青年はぞくりと寒気を感じたように身を震わせるのでした。
「実は昨日、白鐘の紋左衛門より新年の挨拶と、あと奇妙な話が伝えられたところだったのだ」
「奇妙な話、ですか?」
「青い顔をして、寄場に入りたいと言い出す男がいたそうでな。腕のいい細工師の男で酷くなにかに怯えているようなのだと」
武兵衛が言えば、考えるように首を傾げる受付の青年。
「それは、人の目が届く隔離された場所だから、って事ですかね?」
「恐らくはそうであろう。まぁ、こちらは人足寄場の方を主体に動いて貰っている者達へと頼むつもりではあるが、紋左衛門の話ではこの細工師は過去にここより歩いて一日ほどの宿場に滞在していた時期があるとか‥‥」
「それって、もしかして‥‥」
伊勢さんと孫次さんが向かった? そう伺うように見れば頷く武兵衛、どうやら細工師が関わりがあるのではないかと睨んではいるものの、怯えているということは狙われている、ということであり‥‥。
出向いた先への探索を頼んだ後、改めて細工師のことを話し始める武兵衛に、受付の青年は時折首を傾げて。
「ということは、すぐに今日明日と移せるわけではないんですよね」
「出来うる限り急ぐが、突然のこと故な‥‥書面上の記録を残し、実際に移動するまでに数日を要する。それまでの間に狙われぬとも限らぬ」
「つまり、その細工師を護衛すればいいわけですか?」
「うむ‥‥伊勢の件とかかわっておるならば、どういう手を打ってくるかも分からん無事に寄場へと入るまでの数日間、護衛を頼む。それと、出来ればではあるが‥‥」
言って小さく息を吐く武兵衛。
「出来れば、細工師より話を聞きだして貰えればと思っている。事情が分かれば手の内用もあるだろう」
「そうですね‥‥ではそれも付け加えておきますね」
頷きながら受付の青年は依頼書へと筆を走らせているのでした。
●リプレイ本文
●細工師
「なんてひどい傷‥‥早く伊勢様の意識が戻るといいのだけど」
すっかり血の気の引いた伊勢が狐医者こと出原涼雲の診療所に顔を出したとき、光月羽澄(ea2806)はその傷の具合に思わず目を伏せました。
「幸いどちらも上手く急所を外している。年もまだ若い、長谷川殿ほど掛からず回復するであろう」
「良かった‥‥」
「意識が戻り次第連絡を入れようて」
涼雲の言葉に改めて頼むと、羽澄は診療所を後にするのでした。
「伊勢さん‥‥一体何を知っちまったんだ‥‥?」
九十九嵐童(ea3220)が小さく呟くと考え込むように口元に手を当て。
先に場所を提供して貰うことについて、白鐘の紋左衛門へと挨拶と礼を述べに数名が先に顔を出していました。
紋左衛門は花街や一部を仕切っている香具師の元締めで、筋を通すことをこよなく好む、恰幅の良い老人です。
「今回はお世話になりますぜ。俺は改方を手伝わせてもらってる絵師の嵐山と申すもんで」
「お初にお目にかかる。私の名は霧島小夜、しばし間借りすることになるが‥‥宜しく頼む」
嵐山虎彦(ea3269)が言い、霧島小夜(ea8703)がすと頭を下げれば、紋左衛門は目を細めて頷き。
「あたしゃは日陰者の身ゆえ場所を提供するぐらいしかできないがね、好きに使っておくんなさいな」
煙管を手に頷く紋左衛門に、レンティス・シルハーノ(eb0370)も頭を下げて口を開き。
「今回は場所を提供していただいて感謝しています。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします」
筋を通すために居住まいを正し言葉遣いに気をつけて言うレンティスに煙管を盆へと置くと、迷惑なんかではないさね、と紋左衛門は目を細めて笑うのでした。
「護衛対象は腕利きの細工師ですか‥‥それにしても、何故何も言わず、寄場へ行こうと思ったのでしょう?」
「そうだ、親分さん。細工師の事を知った経緯、詳しく話しちゃもらえませんか? 細工師が何に怯えているかを知る手がかりになるかもしれませんし‥‥」
考え込むように言う壬生桜耶(ea0517)の言葉に顔を上げる嵐童が聞けば、煙管の葉を詰め直していた紋左衛門はその手を止めて。
「そうさね、あまり詳しいこたぁ分からないがねぇ、あたしの世話した女将が持つ店の娘達が、その細工師に品を良く納めて貰っていたんだがねぇ」
そう言って話し始める紋左衛門、どうやらその細工師が二月ほど前に出かけていたお伊勢参りから帰ってきて、暫くやはり怯えた様子だったということをまずは告げて。
「でもね、その時は十日もすればすっかりと元通りに戻ってねぇ‥‥それが、つい最近になってまた怯え始めて、店の娘に太助を求めて、あたしの耳にはいった、ま、そう言うことになるねぇ」
「細かいことは分からない、ってわけね」
「そうさねぇ‥‥ただ、細工師のお師匠が江戸を離れて隠居するまで知っていたんでねぇ、義理もあるし悪い男じゃないってのは言えるからねぇ」
リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)の言葉に煙管を口元へと運びながら言う紋左衛門。
「ま、どっちにしろ本人から聞くしかねぇようだなぁ」
嵐山が顎をさすりつつ言えば、一同は立ち上がって細工師を迎えに行くのでした。
●怯えの理由
「川沿いなら誰かが近付いてきてもすぐ分かるからな」
レンティスが小さく口の中で呟いて、袿を被らせた細工師へと目を向ければ、レイナス・フォルスティン(ea9885)に守られるように屈む細工師は、青くなって震えながら小さくなって羽澄にかけられる言葉を聞いているようです。
「細工師さん、あなたが何に怯えているか教えて貰えない?」
「そ、それは‥‥」
「‥‥話せないのは家族か親戚の身に何かあるといけないから、ですか?」
「い、いや‥‥し、師匠が心配というのはありますが‥‥そ、その‥‥」
棹で器用に舟を操りながら尋ねるレンティスに、しどろもどろになって答える細工師は困ったように目を彷徨わせて。
「私達はあなたを寄場に送り届ける役目を負ったの」
「へ‥‥へぇ」
「安全にあなたを送り届ける為には、不安となる要素を少しでも払いたいの。それだけじゃない。寄場にて安心していられるようにする為でもあるの」
諭すように言う羽澄に、迷うような目を向ける細工師。
やがて見えてくる岸には先に桜耶と嵐山が出迎えており、そのまま守られる形で白鐘の家へと入れば、迷うような落ちつかな気な細工師に桜耶は小さく首を傾げます。
「お師匠が心配ってぇんだったら、ひとっ走り見てくるぜ?」
嵐山の言葉に半ば縋るように一日ほど行った先の小さな山の中の村にお師匠様が住んでいることを告げて嵐山がとるものもとりあえず旅支度をして飛び出していけば、それを見送る桜耶とレイナスを見て、目を落とす細工師。
「‥‥後ろめたい事がなければ直接お役人に話を通せば良いものを‥‥」
「あの人は何を隠してるんだろ」
桜耶が首を傾げれば、リーゼも不思議そうに首を傾げて。
「‥‥まぁ、怯えて言えないだけのこともあるからな。相手のことを良く知らんのかもしれん‥‥」
嵐童が言えば、確かにねとリーゼも頷いて。
「そうだ、外の様子、どうだった?」
「視線は感じますけど、ここを襲うとなると事ですからね」
桜耶の言葉に頷くと、リーゼは嵐童へと目を向けて。
「何にせよ、守りは万全にしておかないとね。ここは任せたよ。ちょっとあの人の様子見てくるよ」
「俺も辺りをもう一回りしてこよう‥‥」
愛犬を連れ歩き去る嵐童に、細工師のもとへと足を向けるリーゼ。
「まぁ、僕は夜に備えて軽くここの人に話を聞いておきましょう‥‥」
緩く息を吐くと、桜耶も立ち上がって家を守っている白鐘の若い衆に歩み寄るのでした。
「そう不安がるな。寄場に着くまでは全員、手抜かりなくお前を護るさ」
開け放たれた障子の縁に寄りかかるようにして外を眺めていた小夜は、白鐘の若い衆と将棋を指して眉を寄せているレンティスの側で落ち尽きなく目を彷徨わせている細工師へと声をかけます。
「は‥‥はぁ‥‥」
小さく返すもののまだ落ち着かない様子の細工師にほいと櫛を差し出す小夜。
「そうしてじっと匿われるのも退屈だろう、気晴らしに手でも動かしてみたらどうだ?」
「へ‥‥?」
顔を上げる細工師へ手入れ道具も差し出す小夜、言われた言葉に櫛をじっと見ていますが、やがて小さく息を吐いて手入れ道具を受け取り手際良く手入れをしていく細工師は、すっかりと艶やかな輝きを放つ櫛を小夜に差し出します。
「やはり慣れた事をしている方が落ち着くだろう?」
「‥‥そうですね、まだ仕上げが残っているものが幾つか、荷に入っていますので、それをしながら寄場に行けるのを待つことにします」
少し落ち着いたように困ったような笑みを浮かべて答える細工師は、解いた荷から幾つかの簪を手にして、丁寧に細工の上から細かく磨きをかけ、手を入れていき。
「流石、器用なものだな」
「この辺りは師匠にみっちりと仕込まれましたもので‥‥」
商売道具に触れているからか、大分落ち着きを取り戻した様子の細工師に、レンティスも僅かに笑みを浮かべて。
「寄場に行くときも、安心していてください。俺に水の上でかなう奴はいませんよ、こうみえても故郷・欧州の荒波に揉まれてきてますからね」
レンティスの言葉に頷くとほうと息を付いて頷く細工師は、漸くに笑って改めて深呼吸し。
「寄場に入れば、逃げ出せないそうですが、また不当にはいることもできないと聞きました。少し不便はするかも知れないですが、でも‥‥」
言いかけて目を落とす細工師ですが、大丈夫よ、と頷いてみせる羽澄に躊躇いがちに続けます。
「実は‥‥少し前に、お伊勢さんに行ってきたんです‥‥ほんとに気楽な旅で、帰りは途中で愛想の良い感じの良い男と一緒になって、旅の話から江戸の話と、私の、仕事の話をぽろっと、喋ってしまいまして‥‥」
困ったように言う細工師は、その男に良い温泉宿を知っていると言われて、江戸手前、1日ほどの宿場に泊まるように勧められ立ち寄ったそう。
「そこで、とっ‥‥閉じこめられて、蝋型を見せられて‥‥ほんとに偶然だったんです、逃げ出せたのは‥‥」
江戸に逃げ帰って暫くは恐ろしかったそうですが、ちょっと喋っただけでは見つかることもなさそうだと思い、また何も変わらない日々に安心し始めていた、とある日。
「‥‥アイツが、にたぁっと笑って、わ‥‥私を、見て‥‥」
思い出しても恐ろしかったのか青くなる細工師、どうやら探し当てられ身の回りに男達の気配を感じるようになったそうで、蝋型を見せられているからには、無理矢理連れ去られて鍵を作らされるか、もしくは口封じに殺されるか‥‥。
「恐ろしくなって‥‥いつ捕まるか分からない、だから1人にならないように気を付けてはいたんですが、今度は気が休まらないで仕事も出来なくなり‥‥」
「閉じこめられた場所のことや、その男達についてもう少し詳しく教えて貰えないかしら?」
細工師の言葉に手早く荷物を纏めながら聞く羽澄に、細工師はつっかえつっかえではありますが、憶えている限りのことを答え。
羽澄が急ぎ出て行くのを見送ると、すっかりと話して少し気が楽になった様子の細工師が再び簪を前に道具に手を伸ばすのを、何とはなしに見る小夜。
「これは‥‥桜、か?」
「ええ、桜は特に得意なんですよ。気を落ち着かせようと何度も作り上げようと思いながらも、なかなか出来なくて‥‥良かったらいりますか?」
これは頼まれたものではないですから、そう言って細工師は小夜に簪を差し出すのでした。
●死の風音
羽澄と嵐山が出かけてから4日、確認のために出かけていった者と合流するまで万全とは言えないため、寄場への移動を少し送らせていると、やがて戻ってきた嵐山と羽澄。
嵐山からは殺しても死ななそうなお師匠様は村のごつい山男達が身柄を保証してくれたようで、問題はなさそうであることを伝えられ。
「宿場組の標的とはまた別の者達のようね。それも、江戸と宿場を行き来している上に、普段はお百姓さんとして暮らしているように見せている家だったから、始めはあまり可笑しいとも思えなかったわ」
小さく溜息をつく羽澄は、細工師の言葉を信じて張っていたところ、荷を運び入れる者の1人が、白鐘の屋敷の周りで見かけた者を一致することを確認してから戻ってきたそうで。
「さて、揃ったようだし寄場に無事に送り届けないとね」
リーゼが言えば各人武装を調え、紋左衛門へと挨拶をしてから裏の通りにある船着き場へと足を向け。
ひゅ、と言う幾つもの小さな音に最初に動いたのは嵐山。
「はんっ、こんなひょろひょろした矢が通るかってんだ」
鼻を鳴らして十手と軍配で矢をはたき落とすと、嵐童の愛犬達が唸りを上げ。
「‥‥今日は厄日か? 伏姫、八房、切り抜けるぞ‥‥」
低く吠えて飛び出す犬たち、少し離れた位置の枝からは不意を打たれ意識を狩り寄られた様子の男が弓と共に転落し。
「家に攻め込む力も無いものが、待ち伏せしたからといって何が出来るのですか?」
素早く駆け寄った男の目に求まらぬ素早い一閃を、いとも容易く受けて小さく溜息をつく桜耶は、相手が構えるよりも早く小太刀を繰り出し。
「邪魔はさせないよ!」
そして大男の振り抜く刀を軽い足捌きで避けるとその足の健を切り払うリーゼ。
「早く舟に乗れ」
レイナスが促すのに足が竦みかけていた細工師は戦う一同へと目を向けてから青い顔をしながらもレンティスの船頭のもと舟へと駆け寄り。
「ここは任せろ。‥‥その男、任せたぞ」
小夜が言うのに慌てた様子の細工師。
「で、でも貴女方は‥‥」
「なに、数人は捕まえておかねばならない。先に行ってろ」
容易いことのように言う小夜に、棹を手に岸から離れるレンティス。
物陰から滑るように出て来る舟は、こちらが舟で出る前に決着を付けられると踏んでいたのでしょう、慌てた様子で若い男1人を乗せて追ってくるのですが‥‥。
「そんな腕じゃこの先の流れで舟ごと持って行かれるんじゃないか?」
小さく笑いを含んだ声で言うレンティスの言葉通り、舟をぶつけてきた相手ですが、逆にレンティスの巧みな棹捌きにぐらりと大きく揺れて少し離れ。
体勢を立て直そうとする相手の船頭へと船を進めがてらにとんと付けば、川へとそのままどぼんと落ちる船頭に、ひっくり返る舟。
男と相手の船頭が必死に流れに流されないように舟にしがみつき、やっとの事で舟に上がった頃には、既に石川島へと向けてレンティスの操る舟は滑るように走っていった後なのでした。
●守りの海
「暫しの間、しかと預かった」
石川島人足寄場の責任者・彦坂昭衛は頷いて細工師を寄場へと受け入れ、暫しレンティスとレイナスに事情を聞いていれば、後からやってくる一同。
聞けば6人の男達を――五体満足かどうかはさておき捕縛し改方の牢は満員なので他所の牢へ厳重に預かって貰って来たそうで、詳しい取り調べが始まるのは数日後とのこと。
「取り敢えずこの件が落ち着くまではこちらでお世話になることになりますが‥‥何かありましたら‥‥このご恩は一生忘れません。本当に、何かありましたら、出来ることならば何でも言って下さい」
頭を擦り付けて礼を言う細工師。
「そうそう嵐山、この細工師から話を聞いて、幾つか人相書きを書いて貰うことになるやも知れんので、そのつもりでいろよ。それと、改方の方で仕事が山積みになっているそうだ」
昭衛の言葉に少しぐらい休ませてくれ夜などと笑いながら応える嵐山。
「後ほど親父殿や武兵衛からまた話が行くと思う。何はともあれ今は、それまでゆっくりと休んで貰いたい」
昭衛は笑みを浮かべると、そう言って一同を労うのでした。