【守ること、戦うこと】守らない、戦わない

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:02月15日〜02月21日

リプレイ公開日:2008年02月23日

●オープニング

「森の中なんて、僕には関係ない。好き勝手に森で暮らして税金も払わないような奴等を、どうして僕が守ってやらなきゃいけないんだ!」
 ジャスティンは、先日の調査結果を知らせるべく領主館を訪れたボールスにそう言い放った。
「こないだの村は確かに僕の管轄だけど、今度は違う。僕には何の関係もない」
 だから討伐に加わる事もしないと言い張る。
 確かに理屈ではそうだ‥‥支配階級は市民から税を徴収しそれで腹を満たす代わりに、何か事が起これば体を張って彼等を守る。逆に言えば、税を払わない者を守る義務はないのだ。だが‥‥
「ジャスティン。あなたも神聖騎士なら知っていると思いますが‥‥」
 ボールスは壁に向かって話しかけているような虚しさを覚えながら言った。
「目の前に助けを求める者がいれば、例え見返りがなくても‥‥いや、見返りなど求めずに、相手が誰であろうと手を差しのべる、騎士道とはそういうものではありませんか?」
「残念だけど」
 ジャスティンはボールスを睨み付けたまま、鼻筋に皺を寄せて笑った。
「僕はもう騎士じゃないから。クレリックに転職したんだ‥‥黒のね」
 だからもう、騎士道は関係ない。
「僕は領主としての仕事はちゃんとやってる。お前に文句を言われる筋合いはない。でもまあ、文句があるなら辞めてやっても良いけど?」
 ニヤリ。その笑顔は背筋が凍る程に冷たく、醜かった。
 この子はいつの間に、こんな嫌な顔で笑うようになったのか‥‥
「それで、あなたの心は痛まないのですか? 守れた筈の命が失われる事になっても‥‥?」
「僕の心はいつだって痛んでるさ。お前のせいで‥‥お前が姉さんを見捨てた、あの時からずっと!」
 ‥‥また、それか。
 ボールスは小さく溜息をついた。ジャスティンの「現在」は、そこで止まっている。彼の言動全ての原因がそこにあるのだ。ならば、元凶である自分の言葉など聞く筈もない。
「わかりました。あなたはクラウボローの領主として、その仕事だけを続けて下さい。それだけで良い‥‥それさえ、責任を果たしてくれるなら」
 そう言って丁寧に頭を下げると、二度と来るなという罵声を背に受けながら、ボールスは領主館を後にした。
 庭の向こうに、墓地が見える。今ならそこに立ち寄る事も出来る‥‥が、彼は足を止めなかった。


「え〜、ついでにお墓参りして来ちゃえば良かったのに‥‥まったく律儀って言うか何て言うか‥‥」
 疲れた様子で城に戻ったボールスに、ルルが呆れたように言った。
 公用の折でもあるし、ジャスティンの許可なくそこに踏み込む事は出来ないと考えたのだろう。救い様のない馬鹿正直なお人好し、との言葉は辛うじて呑み込む。
「でもまあ、そこがボールス様のボールス様たる所以、ってヤツだけど‥‥でも、困ったちゃんよねぇ、あのボクちゃん」
「ええ、私ももう少しまともに話が通じるかと思っていたのですが‥‥大人だと思って扱っていたのが拙かった様ですね」
 ボールスが苦笑いを浮かべながら答える。
 父親から解放されれば後は自力で成長してくれるだろうと考え、手出しも口出しも極力控えていたのだが‥‥それが裏目に出た様だ。ジャスティンは以前会った時よりも更に、頑なで子供っぽくなり、そしてボールスへの嫌悪感を募らせていた。
「ま、来ないなら来ないで、その方が良いけど。あの子カンペキ足手まといだし」
 ルルが言った。
「代わりに私が付いてってあげるわ。テレパシーも専門で使えるようになったし、ボクちゃんよりはずっと役に立つわよ?」
「ありがとう。この前は連絡手段がありませんでしたからね。一緒に来て貰えると助かります」
「でしょ? でしょ? そう思って、頑張ってレベル上げたんだから♪」
 ボールスに喜んで貰えたと、ルルは大喜びだ。
「それで‥‥今回はどうするの? 相手はオーグラだって?」
 調査の結果判明したのは、例のソニックバーストを使う敵はオーグラである事。そして、それが少なくとも5体は森の中に潜んでいる事。
 この間のオークロード達は、オーグラに使われている尖兵だったようだ。
 そして、あの失敗で彼等は村を襲う事に危険を感じたらしく、今は森の奥に身を潜めていた。恐らく機会を窺い、そこに点在する家や小さな集落を襲うつもりなのだろう。いずれも外の世界とは接点を持たない、ジャスティンの言葉を借りれば「守られるべき義務を果たしていない連中」ばかりだ。だがそこに人がいて、危機に瀕しているとあれば見捨てる事は出来ない‥‥騎士としても、人としても。
「でも、オーグラの仕業にしては、なんか頭良すぎない?」
「ええ、調査では見付からなかったようですが、更に後ろに別の何かがいる可能性も否定出来ませんし‥‥他にも尖兵となっているオークロードや、他のモンスターがいないとも限りません」
 それに、ソニックバーストを放つオーグラなど聞いた事がないし、それ位の事が出来るなら他にも何か特殊な技を持っていても不思議はない。
「油断大敵ってワケね。うん、気を引き締めて行かなきゃ! ‥‥あ、ウォルはどうする? ヤバげなら連れて行かない方が良い?」
「いや、大丈夫でしょう。あの子は約束はきちんと守りますから」
 指示に従ってくれるなら、守りきれる。いや、多少は危険な目に遭わせる事も必要かもしれない。
「もし何かあっても、私達が見ていればフォローが効きますからね。問題は‥‥」
「やっぱ、ボクちゃん?」
 ボールスは黙って頷いた。
「そうよね。あの子こそ、もっとちゃんと現場を見るべきだと思うわ。あいつ、自分ひとりが世界中の不幸を全部背負ってるみたいな事ホザいちゃって‥‥ったく、甘やかされて育った世間知らずのお坊ちゃまが言いそうな事よね。誰だって結構な年数生きてれば辛い事や悲しい事の一つや二つや三つや四つ‥‥もっとたくさん抱えてるのに。そりゃ、あれは不幸な事故だったし、大きな傷跡が残っても仕方ないと思うわ。でも、ボールス様だって同じくらい‥‥ううん、あいつなんかよりもっとずっと、う〜んとたくさん悲しくて辛かったのに、ボールス様がフェリスを生き返らせようとして頑張ってる時、あいつは何もしないでただ泣き喚いてるだけだったじゃない。そんな奴に、頑張った人を責める資格なんて‥‥っ!!」
「ルル、もう良いですから」
 文句が止まらないルルのおデコを人差し指で軽くつつきながら、ボールスは少し悲しそうに微笑んだ。
「私が彼女を救えず、あの子にも何もしてやれなかったのは事実ですし」
「だからってボールス様が責任感じることないでしょ!? そうやって甘やかしてるからつけ上がるんじゃない!」
 甘やかしているつもりはないが、確かに彼は甘えているのかもしれない‥‥どんなに暴言を吐いても黙って受け入れて貰える、その心地よさに。吐き出せばスッキリするものなら、いくらでも吐いて構わないが‥‥
「もし今回も彼を連れて行くなら、私は関わらない方が良さそうですね。私の前では一層頑なに、歯止めが効かなくなるようですから」
 森には部下達が展開し、警戒に当たっている。もしジャスティンを同行するなら、自分はそちらの指揮に回った方が良いだろう。
「オーグラの巣穴らしき場所は部下が見当を付けましたから、皆さんにはそちらに回って頂きましょう。ルル、連絡は頼みましたよ」
「うん、任せといてっ!」
 ルルは両の拳を握り締めると大きく頷いた。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ アクテ・シュラウヴェル(ea4137)/ 桜葉 紫苑(eb2282)/ マミー・サクーラ(eb3252)/ サクラ・フリューゲル(eb8317

●リプレイ本文

「‥‥そう、そんな事があったの‥‥。あの子もなかなか苦労してるのね」
 いつもの様に猫屋敷の門前で出発を待つ間、サクラ・フリューゲルからウォルについての話を聞かされたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は小さく溜息をついた。
「あの‥‥この事は他言無用にお願いしますわね」
「ああ、勿論よ。過去を掘り返すような事はしないわ」
 サクラに改めて念を押されてトゥルエノは頷き、辺りを見回す。
「‥‥それで、肝心の本人はどこかしら?」
「あの子なら、こちらには来ていませんよ」
 背後から声がした。声の主‥‥支度を整えて門前に現れたボールスはクスクスと笑いながらサクラを見る。
「ずっと向こうで仕事をしていましたからね」
「あ‥‥。そ、そうでしたわね」
 そう、サクラも一緒だった‥‥つい昨日まで。
「ウォルにはサクラさんが見送りに来ていたと伝えておきますよ。他に何か言伝はありますか?」
「あ、いいえ‥‥」
 何もないと言いかけて、サクラは思い直す。
「気をつけて、神のご加護があらんことを‥‥と、そう伝えて頂けますでしょうか?」
 その言葉に、ボールスは笑顔で頷く。そして、一同を見渡して言った。
「‥‥ジャスティンは、どうしますか?」
「私は連れて行くのに賛成です。現実を見てもらわないといけませんし」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言った。
「ある意味彼も被害者かもしれませんが、領主として今のままでは問題がありますし‥‥失う悲しさを理解してくれるといいんですけどね」
 他の者にも異論はない様だ。
「‥‥そうですか‥‥ありがとうございます」
 ジャスティンを同行すれば仕事の達成が困難になる事は目に見えている。それでも尚、敢えてそれを選んだ冒険者達の心遣いが嬉しかった。ただ、急ぎすぎて却って反発を招くような事になりはしないかと、一抹の不安もあるが。
「感情に流されていますね‥‥」
 そんな様子を見て大宗院透(ea0050)が言った。
「上に立つ者としては、多数のために個人を切り捨てることも必要だとは思うのですが‥‥個人を守りたいなら冒険者にでも任せておけばいのです‥‥。それとも冒険者など信用できませんか‥‥」
 領民の事を考えるならジャスティンは切り捨てるべきだ、という事だろう。それはわかっている。だが、出来れば全て丸く収まって欲しい。これ以上、誰にも‥‥ジャスティンにも、辛い思いはさせたくない。だからこそ、自分と部下だけで処理出来るような仕事に冒険者達を巻き込んでいるのだが。
「‥‥信用していない様に、見えますか?」
 ボールスは言った。少し悲しそうな、そして寂しそうな微笑を浮かべながら。
「そう思うなら、信用を得られるような働きをお願いしますね。それにはまず、その子達を家に置いて来て貰わないと」
 ジュエリーキャットと、少し強くなった妙な輝き。どちらも戦闘向きとは思えない。
「そうそう、ヴラドぼっちゃまの2頭の子馬もお預かりしますの」
 間違って連れて行かないようにと、マミー・サクーラがヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の連れていた子馬達の手綱を取る。
「おお、そうであった。すまぬが余の家に置いて来てくれぬか? 余は七神どのからセブンリーグブーツをお借りする故‥‥七神どの、お願い出来るであろうか?」
 ヴラドの言葉に七神蒼汰(ea7244)は快く頷いた。
「ああ、わかってる。それに、トゥルエノ殿にもだったな」
「ありがとう、恩に着るわ」
「では、皆さんには途中で城へ寄って、ウォルと‥‥それにルルとも合流して頂きましょう。余分な荷物はそこに置いて行って構いませんから」
 ボールスは城の手前で別れ、部下達の所へ。
「ウォルへの言伝はトゥルエノさんにお願いしましょうか」
 集まったメンバーの一人一人と目を合わせ、軽く頷くと、ボールスは馬上の人となった。

 そして一行が向かったクラウボローの領主館では‥‥
「どうして僕が?」
 案の定、ジャスティンは同行を拒絶した。
「これはジャスティン様の仕事ですよ?」
 グラン・ルフェ(eb6596)が、その肩をポンと叩く。勿論、相手は色々な意味で露骨に嫌な顔をするが、そんな事はお構いなしだ。
「元々ジャスティン様が手におえなくて、ほっぽらかしといたオーグラ達ですからね。やりかけた仕事は半端にしてはいけません」
「オーグラ? 村を襲ってたのはオークロードだろう? それはこの前片付けたじゃないか。それ以来、被害が出たっていう報告もない。僕が動く必要がどこにあるんだ?」
 ‥‥片付けたのは、ジャスティン様ではありませんけれどね‥‥と、出かかった台詞をどうにか呑み込み、グランは言った。
「それは、ボールス様達が警戒に当たってくれているからですよ。力不足で人に仕事を肩代わりさせるなら、お礼と謝罪の言葉をもって引継ぎせねばなりません。さあ仕事をしましょう!」
 だが、ジャスティンはそんな言葉で納得するような、出来た人間ではない。と言うか、人間が出来ていれば自ら進んで退治に赴く筈だ。
「僕はそんな事、頼んだ覚えはない。あいつが勝手にやってる事じゃないか。それに、森の中は僕の管轄じゃないからね、厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ」
「そう言われるが‥‥」
 既に半分匙を投げかかったような口調で、メアリー・ペドリング(eb3630)が言った。
「森の人々の次は貴殿の領地の村であると言うことをわかっておられるか? 事前に、防衛のために領主の責務を果たされよ」
「何かあれば動くさ」
「つまり‥‥実際に被害が出るまで動くつもりはないと?」
 どうやら今の彼には、領主としての責任感に訴えても無駄な様だ。それなら‥‥
「貴殿は偉大なる父の信徒であろう? 自らに課せられる試練から逃げるとは、クレリック失格ではないか? 森の人々に試練を課すのであれば、自らも試練を果たされよ」
「‥‥私も黒の教義について詳しい事は知りませんけれど‥‥試練を乗り越えて自己の向上を目指すのが美徳とされているのではありませんか?」
 厳しく言い放ったメアリーとは対称的に、クリステル・シャルダン(eb3862)は微笑みながら、やんわりと諭す様に言う。所謂アメとムチだが‥‥
「知ってるか? 聖職者の地位なんて、カネさえ出せば誰でも買えるんだよ?」
 試練なんて、馬鹿馬鹿しい。そんな苦しい思いをしなくたって魔法は使える‥‥勿論、完全に信仰心を失ってしまえば魔法も失われるだろうが、それならそれで、今度は魔法使いにでもなれば良い。
「領主の責務も、神の教えも、貴方にとってはただ与えられただけの物ですし、気に入らないというのなら捨て去っても構わないでしょう」
 ジャスティンの心の声が聞こえたかのように、シエラ・クライン(ea0071)が言った。
「けれど、そうやって全てを捨てた後に、貴方の中に自負と自尊は‥‥本質的な部分でむずかる幼子とは違うと言い切れる何かが残りますか?」
「ああ、どうせ僕は何も出来ない、役立たずの子供だからね」
「‥‥何も出来ないって事はないだろう?」
 蒼汰が堪忍袋の緒をギリギリの所で保ちながら口を挟んだ。
「神聖魔法、殆ど全部使えるそうじゃないか‥‥しかも達人レベルで。困ってる人達を救うには充分だと思うが‥‥それでも見捨てるのか? 救える力があるのに?」
 が、ジャスティンは答えない。
「‥‥ならお前さんも、お前さんが言う所の『極悪人のボールス卿』と同じって事だな」
 蒼汰は挑発してみる‥‥が、それでも反応はなかった。
「とにかく、一緒に来なさい! 貴方には見届ける義務があるわ」
 痺れを切らしたトゥルエノが、ジャスティンの腕を掴む。その手を振り払い、ジャスティンは叫んだ。
「触るな、汚らわしいハーフエルフめ!」
 周囲の空気が一瞬にして凍り付く。
 だが、言われた本人はさほど気にする様子もなく言葉を継いだ。
「断るなら卿は領地の没収も考えているそうよ。そうしたら、もう貴方は依頼とは関係ないわね。侮辱してくれた恨み、ここで晴らしてあげようかしら?」
「没収か‥‥それは有難いね。そうしたらもう、義務だの責任だの、うるさく言われる事もないわけだ」
 ジャスティンは笑った。ボールスが「嫌な顔」と言った、あの笑顔で。
「良いのか、全てを剥奪されても? そう言や、好きで領主になったんじゃないと言っていたな」
 蒼汰はヴラドに「後は頼む」と目配せをしてから、改めてジャスティンと向き合った。
「だが領主の家系に生まれたのなら、その責任と義務はキッチリ果たしやがれ! それが嫌ならさっさと辞めて家も土地も捨てて1人で生きて行けよ。まぁ、お前さんのような根性無しに出来るとは到底思えんがな」
「果たしてるじゃないか!」
 ジャスティンは叫んだ。
「僕は自分の義務も、責任も、ちゃんと果たしてる。あいつだって、それだけで良いって言ったんだ。なのにどうしてお前達は、そんなにうるさく言うんだ? そんなに僕が嫌いなのか!?」
「‥‥まあ、落ち着くのだ。いかに上手くやっても何か言われるのが領主業なのだ。皆そうであるよ」
 ヴラドがその肩に手を置き、宥めるように言う。
「いや、完璧な領主などいはしないのだ。しかし、より善い領主となるには、まず批判にこそ耳を傾けねば。『敵を知れ』とよく言うであるし‥‥」
「うるさいっ!!」
 ジャスティンはヴラドの手を振り払って叫んだ。
「そうだよ‥‥うるさいんだよ、お前達は‥‥僕だって‥‥僕だってちゃんと頑張ってるじゃないか!!」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、一同を睨み付ける。
「良いさ、そんなに言うならやってやるよ。でも‥‥後悔するなよ。何があってもお前達が悪いんだからな!!」
 ‥‥それはどういう理屈だ‥‥と、誰もが思う。だが、折角やる気になっているのだ。水を差すような事は言わぬが花だろう。
「‥‥ジャスティンは、難しいであるな‥‥既に敵と一戦交えたような気分であるよ‥‥」
 リデト・ユリースト(ea5913)が溜息混じりに吐き出したその言葉に、共感を覚える者は多かっただろう。ともあれ、これで漸く本来の仕事にかかれる‥‥。

「では、私は一足先に行って明るいうちに現場の状況を調べておきます‥‥」
 ボールスの部下、オードから巣穴の大体の位置を聞いた透が荷物からフライングブルームを取り出す。
「空から行くであるか? それなら私も同行させて貰うである」
 それを見て、リデト・ユリースト(ea5913)が申し出た。隠密の透と、体が小さく空を飛べるリデト。偵察要員にはうってつけだ。
「はい、ではお二人にお任せしましょう」
 グランが言った。
「調べておいて欲しいのは、まず‥‥巣穴の出入り口が本当にそこだけか、という事ですね。抜け穴から逃げられたのではシャレになりませんし。後は敵の動向・数の確認、オーグラ達以外の敵の存在はないか‥‥そんな所かな?」
「任せて欲しいであるよ。油断しないように気を付けて、しっかり調べて来るである」
 リデトは新種のオーグラに興味津々の様子だ。
「他にも何か、背後にいる気がするであるが‥‥気配とかないとなるであると、悪魔か吸血鬼を連想するであるな」
 前回はたまたま、センサーの範囲にかからなかっただけかもしれないが。
「念の為、石の中の蝶を持っていくである」
 何かあれば戻って知らせると言い残し、二人は上空へ舞い上がる。葉を落とした森の中なら仲間達の姿を見付けるのも、それほど難しくはないだろう。
 残ったメンバーは深い森の中を進む。だが敵の出現に警戒しながらの行軍は、なかなか思うように捗らなかった。おまけに余計な荷物はあるし‥‥。
 その荷物、ジャスティンは一行の後ろから渋々付いて来る。前と両脇を瑪瑙、瑠璃、にんたまくんの三頭の忍犬に挟まれ、後ろにはウォルとメアリーが、更にその後ろではトゥルエノが目を光らせていた。今の所、逃げ出す気配はなさそうだが‥‥どうにも、犯罪者を護送しているような気分だった。

 そして夕刻近く。夜営の準備を始めた所に、偵察組が戻って来た。
「今の所、異常はなさそうであるな」
 見張りの騎士達の話では、時折一頭のオーグラが外を窺う様に巣穴から顔を出す以外、目立った動きはないという。
「しかし、餌もない所に五匹以上となると、そろそろ空腹が限界の筈であるよ」
「見張りに気付いて身動きが取れずにいるのか‥‥或いは私達が動くのを待って一気に片付け、ついでに餌にもありつこうという魂胆なのでしょうか‥‥」
 どちらにしろ、急いだ方が良さそうだ。だが、既に陽も暮れた中での行動は危険すぎる。
「朝まで待ちましょう。ここからなら、あと2〜3時間で着きますから、明るくなってから一気に攻め込めば良い」
 オードが言った。
 だがその距離なら逆に、夜の間に襲撃を受ける可能性もある。
「夜の間は必ず誰かが起きて、周囲を警戒するようにしましょう。二人か‥‥三人ずつの方が良いかな?」
 グランはそう言うと頭数を数え、適当に組み合わせを決める。
「‥‥オレとジャスティンは?」
 名前を呼ばれなかったウォルが尋ねた。
「貴方には外の敵よりも‥‥」
 と、トゥルエノが皆から離れて一人ぼんやりしているジャスティンをちらりと見ながら小声で言う。
「荷物番をして貰えると助かるんだけど。任せてもいいかしら?」
「‥‥そうだね。どうせオレじゃ、戦いの役に立はたないから‥‥」
 いつもの元気がない。その様子を見て、クリスが暖かいスープを手渡しながら言った。
「そんな事はないわ。ウォルさえ良ければ、一緒に見張りをお願い出来ないかしら。もしもの時に皆を起こして貰ったり、明かりを付けて貰ったり‥‥出来る事は色々あると思うの」
 だが、ウォルの返事は芳しくなかった。
「そんなの、オレじゃなくたって出来るだろ? それに、後衛職なんだから前衛と組んだ方が良い。あと、魔法使いが一人‥‥」
「なるほど、ウォル様は頭が良いですね!」
 グランがぽんと手を打つ。
「俺なんか適当に組んじゃってましたよ‥‥では、改めて」
 バランスを調整した組み合わせを考えると、グランは野営地の周囲に鳴子を仕掛けに行った。
「‥‥じゃあ、オレはこれ、あいつに届けて来るから」
 ウォルは先程受け取ったスープをジャスティンの元へ運んだ。だが‥‥
「だったら、一生何も食うな!!」
 暫く後、ウォルの怒号が響く。
「何も食べられないって事がどんなに苦しいか‥‥ちゃんと食べられる事がどんなに嬉しくて、どんなに有難い事か! それがわからない奴は、何も食べずに死んじまえば良いんだ!」
 その足元には、ひっくり返ったスープ皿‥‥どうやら受取りを拒否されたらしい。
「何も食べないとは言ってないさ。ただ、あの女が作った物は死んでも食べないと、そう言っただけだ」
「謝れっ!!」
 ウォルはジャスティンに掴みかかる‥‥が、その手はあっさりとはねのけられ、ウォルは地面に転がった。
「――てっ!!」
「‥‥ふん、僕にさえ敵わないなんて‥‥それでよく騎士になりたいなんて言えたもんだね」
 ジャスティンは笑った。
「あいつも残酷だよね。円卓の騎士の弟子だなんて、変に期待を持たせちゃってさ。自分でもわかってるんだろ? 円卓はおろか、ただの王宮騎士だって絶対に無理だって事くらい‥‥」
「黙れっ!!」
 だが、再び掴みかかろうとしたウォルを誰かが制した。
「‥‥私は何を言われても構いません」
 クリスだ。ウォルを後ろに庇ったその背から、冷たいオーラが立ち上る‥‥まるでフリーズフィールドの魔法でも使ったかのように、周囲の空気が冷えていった。
「ボールス様やトゥルエノさん、他の冒険者達への態度も、本人が良いと言っている以上我慢いたしましょう。けれど、守るべき相手に対しての暴言は許せません。謝罪して下さい」
「謝罪? 何故? 僕は本当の事を言っただけだ。お前だって本当は思ってるんだろ? こいつには無理だって‥‥」
 ――バキィッ!!
「‥‥いい加減にしやがれっ!!」
 蒼汰の堪忍袋は、どうやら限界に達した様だ。対峙した二人の間に黙って割り込むと、ジャスティンの顔面を思い切り殴りつける。
「ウォルはまだ子供だ。これからどんな風にも化ける可能性があるんだ。それに、目標に向かって努力してる奴を馬鹿にするような事は、絶対に許さない!!」
「‥‥まあ良いさ。そうやって今のうちに夢を見させておけば良い‥‥」
 ジャスティンは口から流れ出た血を拭おうともせずに言った。
「でも挫折したってきっと、お節介な連中が寄ってたかって世話を焼いて、何とかしてくれるんだろうね‥‥僕には誰も、何もしてくれなかったけど。僕には姉さんしかいなかったのに‥‥」
「‥‥まだ言ってやがる‥‥。大切な人を失った悲しみと辛さを味わってるのがこの世で自分だけだとでも思ってるのか!? いつまでも悲劇に浸ってんじゃねえっ!!」
「‥‥七神どの、怒りたくなる気持ちもわかるであるが‥‥」
 ジャスティンの胸ぐらを掴み上げた蒼汰の手をそっと外し、ヴラドが言った。
「余も一家を滅ぼされ、やっとの事で家督を継いだのだ。それゆえ、他人事ではない‥‥ジャスティンどのの気持ちもわかるつもりであるよ。助けが欲しいなら、そう言えば良いのである。何も言わずに待っていても助けの手が差し延べられる‥‥それほど世の中は甘くないであるが、求めを拒むほど厳しくもないであるよ?」
 だが、ジャスティンは何も答えない。
「‥‥甘ったれてるんじゃないわよ」
 トゥルエノが言った。
「貴方、村で『犬くらい』って言ってたわよね? なら言ってあげる。『姉が死んだくらい』なんだっていうのよ! それで貴方に同情する人がいるって思ってる!? もう貴方の姉さんはいないのよ! お父さんも誰も、もう助けてくれないのよ!?」
「そうさ、誰も助けてくれなかった。僕はお前達とは違って嫌われ者なのさ。神にも人にも‥‥誰にも愛されないんだ」
「姉さん以外には? そして、その姉さんのせいで貴方は不幸になったって訳ね? 姉さんが死んだせいで‥‥」
「違う! 姉さんのせいじゃない! あいつが姉さんを殺したからだ!」
「じゃあ、復讐すれば良いじゃない。ボールスよりも立派になってみなさいよ!」
 だが、ジャスティンは鼻で笑った。
「それで、あいつが悔しがるとでも? ‥‥わかってないな。そんな事になったら、あいつは素直に喜ぶだろうさ。自分の事みたいに喜んで、嬉しそうに笑うだろう‥‥バカみたいに。でも、あいつを喜ばせるような事なんか、死んだってするもんか!」
 そう叫ぶと、ジャスティンはさっさとテントのひとつに籠もってしまった。
「‥‥予想の斜め下の、そのまた斜め下であるな‥‥」
「‥‥いや、もっと更に、遙か下だろう‥‥地下千メートルくらい」
 どうすりゃ良いんだ、と、途方に暮れるヴラドと蒼汰。
「ウォル、大丈夫?」
 怪我はないかと気遣うクリスに、ウォルは「ああ」とだけ答えて、ぷいと横を向いた。
「‥‥わかってるよ。多分、あいつの言う事が正しいんだ。オレはどう頑張ったって師匠には追いつけない‥‥でも、オレは師匠の隣に立ちたい訳じゃない。取って代わりたい訳でもない」
 ただ、あの何となく危なっかしい人を後ろで支えたい。そして、一緒に困っている人を助けたい。
「体力なくたって、出来る事はある筈だよな。オレが助かったのだって、剣じゃなくて‥‥料理とか、変な話や歌とか‥‥そんなのだったし」
 だから大丈夫だと、ウォルはとびきりの笑顔を見せた。

「‥‥さて‥‥中で共食いでもしていてくれると助かるのだが」
 翌日、オーグラ達の巣穴を遠目に見ながらメアリーが言う。
 道中ではシエラがルルに頼み、テレパシーで動物達からオーグラの数や、何者かとの接触、巣穴に関して等の情報が得られないか訊ねて歩いていたが、何しろ動物達の言う事だ。物事を筋道を立てて説明する事が出来ない。よって、余りアテにはならなかった。
「つい最近、この辺りを通った大きいものがいなかった事は確かな様ですが‥‥」
 それ以上の詳しい事はわからない。
 ブレスセンサーの結果では、洞窟の中に5つの反応が固まっていた。だが、それで全てとは限らない。その辺りには常緑樹が多く、空からの偵察でも敵の姿を発見するのは難しそうだった。
「昨日の様子では、他にモンスターがいる気配はありませんでしたが‥‥」
 透が言った。オーグラの集団がここを根城にしているなら、下位のモンスターはそれを恐れて近付かないかもしれない。
「他に出口がなさそうなのは救いですね」
 取り零した敵が集落を襲いにいかないように、周囲に鳴子の罠を張り巡らせながらグランが言う。出口が多ければ戦力を分ける必要が出て来るが、現時点でこちらの戦力は冒険者が10人に、案内役のオード、それに見張り役の騎士が二人。これだけいれば取り逃がす事はないだろう‥‥思わぬ事故さえなければ。
「素直に付いて来てはいるようだが‥‥果たして信用しても良いものか?」
 メアリーはジャスティンの姿を見て首を傾げる。戦闘中は彼から目を離さず、かつ敵にも対処する必要があるだろう。
「まさか味方を攻撃する事は‥‥」
 ない、とは言い切れない様な。何か起こしそうになったら大声で叫んで、他の人に注意を呼びかけよう‥‥そう考えつつ、メアリーはジャスティンのいる場所の上空、彼と巣穴の出口の両方が見える位置に舞い上がった。
「ホーリーフィールドくらい、自分でかけられんだろ?」
 その眼下で、ウォルがジャスティンに言う。クリスもリデトも、ジャスティンからは「敵」と見なされているらしく、彼が効果範囲に居る場合には結界が張れなかった。
「‥‥なんかさ、誰も助けてくれないって言うけど、自分から拒んでんじゃん?」
 と、それはウォルの独り言。
「よし‥‥じゃあ、シエラ殿。すまないがフレイムエリベイションを頼む」
 蒼汰がソルフの実2つを手渡しながら言い、シエラは前衛の全員に魔法をかける。その上に、クリスがグットラックをかけた。ルーウィンは更に、自前のオーラエリベイションにオーラボディ、オーラパワーをかける。
「じゃあ俺は木の上にでも登って、出て来た奴等を狙い撃ちにしまっす!」
 グランは手近な木の上で、そして透は洞窟のある崖の上にフライングブルームで登り弓を構えた。
「‥‥では、余の出番であるな」
 盾を装備したヴラドが酢の前に進み出て、大声で呼ばわる。
「我ら慈愛神の地上代行者! 我が一撃が神罰の代行である!」
 ‥‥さて、何が出て来るか‥‥?
「え‥‥豚?」
 現れたのは、オークロードが4体‥‥その後ろから、1体のオーグラがのっそりと現れる。
「オーグラは‥‥こいつ一体だけか!?」
 何となく拍子抜けした様に蒼汰が叫ぶ。が、それだけで済む筈もなかった。
「気を付けて下さい! 周囲に‥‥反応が5つ。囲まれています!」
 ブレスセンサーで周囲を調べたシエラが叫ぶ。どうやら今まで探知圏外に潜んでいた様だ。
「罠であるか‥‥。オーグラのくせに、小賢しい真似をするであるな」
 流石は新種、などと感心している場合ではない。これは忙しくなりそうだと、リデトは上空へ舞い上がる。
 リデトが上空へ逃れたのを待って、メアリーはグラビティーキャノンを連発する。
「混戦になってからでは使いにくい‥‥上手く転んでくれれば儲け物だが」
 転んだ所にはシエラがマグナブローを放つが、巣穴前の空間は狭い。威力と範囲の大きい達人レベルで使う訳にはいかなかった。
「残りが来る前に、こいつらを片付けるわよ!」
 トゥルエノがソードボンバーにスマッシュを乗せて放つ。だがその直後、ソードボンバーの威力が届かない最後尾から、ソニックブームに乗せたスマッシュが飛んで来た。
「きゃあぁっ!」
 盾を構えるのが一瞬遅れ、トゥルエノは膝をついた。一撃で重傷のダメージだ。
「私が行くである!」
 後方の持ち場を離れようとしたクリスを制し、リデトが飛んで行く。
「とんでもない威力であるな‥‥」
 後衛職が当たれば一撃で瀕死だ。リデトは周囲にホーリーフィールドを張ってから、トゥルエノの怪我を治す。
「ありがとう‥‥油断したわ」
「なるほど、こいつが武器破壊の犯人であるか」
 盾を構えながらヴラドが言う。だが今回は武器だけではなく、本体も壊すつもりらしい。
「あれ一体だけなら良いんだがな‥‥くそ、シュライクは効かないか!」
 装甲の厚いオークロード相手に攻撃方法を変えながら蒼汰が叫ぶ。
「早いとこ片付けないと‥‥」
 だが、気は焦っても相手は固い。おまけに場所が狭く、一体の相手に複数でかかる訳にもいかない。魔法も味方に当たる恐れがある為に、なかなか使うタイミングを見切れずにいた。
「ここはやはり、俺達弓兵の出番ですねっ!」
 グランと透がオークロードの纏った鎧の隙間を狙い撃つ。
 しかし、それでも倒しきれないうちに‥‥5方向から真空刃が飛んで来た。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
 前衛、後衛、お構いなし。
「ま、拙いであるっ!」
 眼下にホーリーフィールドが破られ、倒れたクリスの姿が見える。他にも倒れている者はいたが、回復要員が減る事は即、全滅に繋がる。リデトは真っ先にそこへ向かった。
「大丈夫であるか!?」
「はい、何とか‥‥」
 しかし、その間にも攻撃は続く。相手の姿は木々に阻まれ、こちらからは良く見えなかった。盾を持ったヴラド、ルーウィン、そしてトゥルエノが敵との交戦を諦め、後衛を守るべく後ろに下がる。
「くそっ、防戦一方か!」
 直撃を受けた蒼汰もまた、転がるように戦線を離脱した。
 今、敵の攻撃対象になっていないのは崖から降りて疾走の術を使い回避に磨きをかけた透と、木の上のグラン、そして空中のメアリーのみ。その中でも攻撃が出来るのは‥‥
「すみません、矢を使い切りました‥‥」
「俺も、もう残ってませんっ!」
 という事は。
「私だけ‥‥か!?」
 そう言えばジャスティンは何をしているのか。すっかり忘れていたが‥‥
「‥‥だらしないな」
 冒険者達の様子を見て、ジャスティンが鼻を鳴らす。
「偉そうな事を言って、所詮はそんなもんか。あいつを呼べば良いじゃないか。助けてって言えばすっ飛んで来るだろ?」
 だが、ルルがテレパシーで呼び掛けても反応はない。
「なんだ、来ないのか‥‥やっぱりあいつは、そういう奴なんだよ。姉さんを見捨てたように、今度はお前達を見捨てるつもりなんだ」
「それは違いますわ」
 クリスがこんな時でも落ち着いた様子で言った。
「ボールス様は私達を信頼してこの仕事を任せて下さったのです。請け負った以上は全力でそれに応えるのが私達の務めですわ」
 ダメージを受けたオークロード達をコアギュレイトで拘束すると、にっこりと微笑む。
「これで少しは楽に戦えるでしょう?」
「そうね、ボールス卿に頼ってばかりもいられないわ」
 トゥルエノが盾を構えて前に出る。
「私が前を塞ぐから、皆は後ろからついて来て」
「では私は他の敵が寄って来ぬように足止めをしておこう‥‥一体ずつ切り離せば対処も容易になる故」
 メアリーそう言って、グラビティーキャノンでの足止めにかかる。
「それでは、転がった所にマグナブローでも」
「ジャスティン様は、あいつらにトドメをお願い出来ますか?」
 と、グランが拘束された敵達を指差す。
「動き出されても拙いですし、あれに刺さった矢を回収すれば俺もまだ戦えますから!」
 体勢を立て直した冒険者達は再びオーグラに挑む。
 だが、その数を減らさないうちに、崖の上に新手のオーグラが現れた。体じゅう傷だらけで、いかにも歴戦の猛者といった風情だ。体格も他のオーグラに比べて一回りほど大きい。
「もしかして‥‥あれがボスか?」
 戦況の不利を察したのか、それは仲間に向かって何かの合図を送った。その途端、オーグラ達はその巨体に似合わぬ程の素早さで一斉に逃げ去った。
「待て‥‥っ!」
「いえ、深追いはしない方が良いでしょう」
 後を追おうとする蒼汰をルーウィンが止めた。確かに、このまま追ってもまともに戦えはしないだろう。
 元気なのは‥‥ただぼ〜っと見ていたジャスティンだけ、か?
 いや、彼もただぼんやりしていた訳ではない。グランの言う通り、オークロードと、ただ一体残ったオーグラに魔法できっちりトドメを刺していた。
「これは‥‥ディストロイであるか?」
 その死体を見たリデトが感心した様に言う。
「ジャスティンは魔法を殆ど全て覚えてるであるな。偉いである。ここまでレベルを上げるには相当な時間がかかるである。ところで‥‥」
 一度持ち上げておいて、リデトは言った。
「白魔法で人を死から救えるレベルはさすがに知ってるであるな。‥‥私はちなみに無理であるよ。そう到達出来るレベルではなくボールスも運も手伝ってで最近やっとこである。お姉さんを助けたくてもレベルが低くて無理だった可能性は考えた事があるであるか?」
「‥‥なんだ、またお説教か」
 もう聞き飽きた、という風にジャスティンは舌打ちをする。
「問題はそんな事じゃない‥‥あいつは姉さんを、どんな事があっても絶対に守るって約束したんだ。なのにあいつは、それを破った。今だってそうだ‥‥結局、あいつは助けに来なかった。自分の大切なものも守れない奴に、他の何が守れるって言うんだ!?」
 私情を押し殺す事が上に立つ者の務めなら、自分はそんなものにはなりたくない。
「僕は自分の一番大切なものを何よりも大切にしたいんだ! でも、それは‥‥っ」
 もう、ない。
 あいつに奪われたきり、二度と戻らない。
「だから僕はもう、誰も守らない。誰の為にも戦わない。もう二度と、僕に構うな!!」
 その時、リデトの持つ石の中の蝶が僅かに羽ばたいた様に見えたのは、気のせいだったのだろうか‥‥?