【守ること、戦うこと】闇からの声
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 86 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月07日〜03月14日
リプレイ公開日:2008年03月16日
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●オープニング
オーグラ退治から戻った日の夕刻。
「なぁんですってぇエっ!!?」
タンブリッジウェルズの城では小さなシフール火山が盛大に火を噴いていた。
「わざとって‥‥わざとってぇ! 知ってたのに助けに来なかったって、そーゆー事っ!?」
オーグラとの戦いの折、ルルがテレパシーで助けを求めた時‥‥実は、ボールスはすぐ近くで待機していたのだ。
「どうして助けに来てくれなかったのよ!?」
「勿論、本当に危なくなれば出て行くつもりではいましたが‥‥」
オーグラ達を逃がしはしたものの、何とか無事に切り抜ける事が出来た。それに冒険者達に仕事を任せた以上、依頼人である自分は極力関わらない方が良いだろう。
「あの場にはジャスティンもいましたし‥‥私が出て行けば、きっと良い気はしなかったでしょう」
「そりゃ、そうかもしれないけど‥‥でも、心配じゃなかったの!?」
勿論そんな筈はない。飛び出して行きたいのを懸命に堪えていたのだ。ただし、ルルを心配しての事ではないが。
「それよりも、問題は逃げたオーグラ達の行方です。部下達も網を張ってはいましたが、その手薄な所を突かれ‥‥」
見失ってしまった。そして今も、彼等がどこにいるのか全くわからない。
「ちょ‥‥それ、拙いじゃない! あんなヤバい連中がどこにいるか‥‥どこから襲って来るかわかんないなんて!」
「たかがモンスターと、侮っていました。この前の待ち伏せと言い、多彩な技を使う事と言い‥‥かなり頭の切れる、特殊な集団のようです。こちらも真っ正面からの力押しだけでは厳しいでしょう」
それに、森の地理を熟知し、上手く身を隠す術も心得ているようだ。
「けっこうな強敵ってこと?」
「少なくとも、普通のオーグラとは思わない方が良いでしょうね」
「じゃあ‥‥今度は一緒に来てくれるわよね?」
ルルの問いに、ボールスは微笑みながら頷いた。
「ええ、求めがあれば。でも‥‥ジャスティンも来るなら、私は‥‥」
遠慮した方が良いのだろうか。
「まぁーた、そんなコト言ってる! どうしてあいつに遠慮する必要があるのよ!?」
ルル火山、再噴火。
「ねえ、もうあんなダメダメな奴、追放でも何でもしちゃったら? その方が絶対ラクだって!」
だが、そんな事を言われてボールスが首を縦に振る筈もない。
「‥‥まあ、そう言うだろうとは思ったけど。でも、このままじゃボールス様が苦しくなるばっかりよ? 嫌われて、逆恨みされて、傷口に塩とカラシとコショウを塗りたくってヤスリをかけるようなこと言われて‥‥あいつが何とかなる前に、ボールス様の方が壊れちゃうわ」
「大丈夫ですよ、バランスは取れていますから」
ジャスティンから受ける負の感情は痛いが、それ以上に自分を気遣い、愛してくれる家族や友人達がいる。ただ、近頃はゆっくり話をする機会もないが‥‥。
「話し相手が死者だけというのも、楽かもしれませんね」
相手の都合を考えずに済むから、と、ボールスは苦笑いを浮かべる。だが、いつまでもそのままで良い筈がない。かつて一度は愛した人の家族だ。ジャスティンには彼女の分まで幸せになってほしかった。
「私は嫌われたままでも構いません。でも、負の感情だけを拠り所にするような、そんな生き方からは抜け出してほしい‥‥」
差し延べられた手に気付いてほしい‥‥手遅れになる前に。
だが、残された時間は多くはなさそうだった。
丁度その頃‥‥
「‥‥我を呼びしは、うぬか?」
スタンフォード家の墓苑、姉の墓の前に跪いたジャスティンの耳に、誰もいない筈の空間から男の声がした。低く太く、そしてひび割れた耳障りな声。
「だ‥‥誰だ!?」
声の主を探し、ジャスティンは不安げに辺りを見回す。
その声は、目の前にあるつい今しがた新しい花を手向けたばかりの姉の墓‥‥そのすぐ後ろから聞こえたようだ。だが、そこには誰もいない。少なくとも、姿は見えなかった。
「姿を‥‥消しているのか?」
確かに、何かの気配は感じる。何か‥‥禍々しい存在の。
「‥‥デビル‥‥?」
だが相手はそれには答えず、姿を消したままで言った。
「怨み、憎み、反発する事でしか己を保てぬ卑小にして無力な存在よ。うぬは力を欲するか?」
ジャスティンは墓の前から一歩、後ずさる。だが、その場を離れる事も、声の主がいる筈の場所から目を逸らす事も出来なかった。
「ぼ、僕は、あ、悪魔の力なんか‥‥っ」
借りない。必要ない。だが、その言葉は声にはならず、喉の奥へと消える。
「我に示せ、その魂の価値を‥‥その思いの深さを。うぬが魂の輝きを。そが我に相応しくば、我が力うぬに授けん」
気配はやがてその場を離れ、薄れゆく。
しかしその場に呆然と立ち尽くしたジャスティンの頭の中には、いつまでも声が響き続けていた。
『全てを、うぬが思うままに‥‥望まば、求めよ。我に呼び掛けよ‥‥』
それから数日。
「ジャスティンが‥‥消えた?」
部下からの報告に、ボールスは顔色を変える。
「一体、何故‥‥どこへ!?」
「わかりません。ここ数日、塞ぎ込んで部屋からも出なかったそうですが‥‥気が付いたら姿が消えていた、と。それらしい人物が森に入って行くのを見たという者もいますが‥‥」
森にはまだ、オーグラの残党がいる。彼とて戦うすべを持たない訳ではないが、オーグラの集団に襲われればひとたまりもないだろう。
「ルル、ギルドで手配をお願いします。私は先に、ジャスティンを探しますから‥‥!」
そう言うと、最低限の装備だけを持ち、ボールスは忍犬の珠を連れて森へ入って行った。
●リプレイ本文
「逃げましたか‥‥。それも一つの手でもありますが‥‥遠そうな所に逃走しましたね‥‥」
ギルドでジャスティン失踪の報を受けた大宗院透(ea0050)が、いつものように無表情に感想を呟く。何やら寒い駄洒落が混じっていたような気もするが、きっと気のせい。
「う〜ん、目を離せないボンボンですね〜」
「はあ、一人で行くなんて‥‥」
確かに一つの手ではある。しかし‥‥と、グラン・ルフェ(eb6596)とルーウィン・ルクレール(ea1364)が、ほぼ同時に大きく溜息をついた。
森の中にはオーグラ達が徘徊している。先日の戦いぶりから見て、確かに後衛としては立派な戦力になるだろうが、たった一人で何が出来るというのか。今回の依頼、名目はオーグラの残党退治だが、その前にきっちり、ボンボンの身柄を保護しなければ。
「彼は、何かあればまず1人で殻に閉じこもるタイプに見えていたのですけど‥‥」
わざわざオーグラのいる森に入り込む辺り、何か大きな心境の変化でもあったのか、或いは何者かに誘い出されたか‥‥と、シエラ・クライン(ea0071)が考えを巡らせる。
「罠をかけるほど頭の良い、統制の取れたオーグラ。そして石の中の蝶が反応してたらしい事。裏に悪魔がいる可能性大であるな」
ジャスティンが危ないかもしれない、と言うリデト・ユリースト(ea5913)の言葉を受け、ルーウィンが呟いた。
「‥‥もし彼が闇に捕らわれて、復讐心や対抗心とかが増大してデビルとの契約にまで結びついたら‥‥その結果、切る事になってしまったら‥‥」
結果的に、ボールスがスタンフォードの一族を不幸にした事になるのだろうか。そうなれば、ボールスの精神的な傷も大きくなりかねない。
「とりあえず、できるだけ早く合流したほうがいいかもしれませんね」
とは言っても、森は深く、そして広い。ボールスの愛犬セティが案内役として残されているとは聞いたが、それだけでは心許ないのも事実だった。
「森の地図があれば、ダウジングペンデュラムで調べる事も出来るけど‥‥」
レア・クラウスが言う。しかし大部分が前人未踏、住む者も殆どいないような地に、そんなものがある筈もない。
ジャスティンの名前と「危険」のキーワードで調べたフォーノリッヂでも、何の未来も見えなかった。魔法を使う本人が相手を知らないせいか、それともキーワードの指定が不適切だったのか、或いは危険は存在しないという事か。
「ごめん、あんまり役に立てなかったみたいね」
「いや、こっちこそ悪かったな、手間かけさせて」
レアをサポートに呼んだ七神蒼汰(ea7244)が申し訳なさそうに言った。
「本当は俺がオーラセンサーとか使えたら楽なんだけどな」
だが追跡には犬達もいるし、ボールスが先に追いかけているならジャスティンに関してはまず心配は要らないだろう。
全員が揃った事を確認すると、冒険者達はひとまずタンブリッジウェルズの城で待つルル、そしてセティと合流すべく街道を急いだ。
「もうっ! 遅いわよっ!!」
城ではセティの背に乗ったルルが、待ちかねたように頭から湯気を立てながら出迎える。どんなに急いでもそれ以上早く着く事は出来ないと、本人もわかってはいるのだが‥‥どうしても何か文句を言わないと気が済まないお年頃らしい。
「ジャスティンなんかどーでもいいけどっ! ボールス様に何かあったらどうするのよっ!!?」
「流石にボールス卿を救出する必要はないと思うけど?」
その剣幕にたじろぎながらトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)が苦笑いを浮かべる。何しろ相手は円卓の騎士だ。おまけに神聖魔法も超越。ちょっとやそっとの事でピンチになるとは思えない。
「しかし、アンチドートは使えないという事であったな」
毒消しは持って行ったと聞いたが、と、リデト。
「毒消しが足りない状況だと、かなり拙いであるよ。毒を治療しない限りは回復魔法も効果がないであるからして‥‥」
その言葉に、一同の間に緊張が走る。
「ぐずぐずしてはいられませんね。セティくん、ご主人様の追跡お願いしますね」
「ワン!」
頭を撫でながら言うグランに一声吠えると、セティはルルを乗せたまま待ちかねたように駆け出して行った。
「しかし、ボールス殿がアンチドートを修得しておらぬとは意外であるな。あの魔法は毒の知識がなければ使えぬ故、嫌ったのだろうか?」
周囲を警戒しつつ森を急ぐ中、呟いたメアリー・ペドリング(eb3630)の言葉にルルの地獄耳が反応した。
「言っとくけど、毒や薬草の知識がなかったら森の中でサバイバルなんて出来ないんだからね?」
アンチドートは部下にも修得している者が多い。ならば自分はバリエーションを増やすよりも、高レベルの魔法を確実に使えるように‥‥そう考えた結果だった。
「それに、そんなに何でも自分で出来ちゃったら、部下も仲間も必要ないじゃない」
いくら円卓の騎士でも、一人で出来る事には限度がある。
「そうは見えないかもしれないけど、ボールス様はあんた達を頼りにしてるんだからねっ!?」
「ああ、わかってる」
その信頼を裏切らないように、失望させないようにと鋭意努力中の蒼汰が言った。
そうして、待ち伏せや不意打ち、それにデビルの気配‥‥見えない危険を警戒しながら、どれくらい進んだだろうか。セティと、それに冒険者達が連れている犬達が何かに反応し、一斉に足を止めて吠え始めた。
「‥‥ワン!」
それに応えるように、森の奥から鳴き声が返って来る。
「珠‥‥か?」
ボールスが連れて行ったという忍犬。その声だろうか。
「追い付いた‥‥であるか?」
相手の姿を確認しようと、リデトが上空に飛ぶ。
「いや、あれは‥‥ジャスティンであるか?」
次第に近付く犬の鳴き声と共に現れたのは、服のあちこちにカギザキを作ったジャスティンだった。
「‥‥お、お前達‥‥!」
冒険者達に気付き、体と表情を固くしたジャスティンに対して蒼汰は開口一番、思い切り怒鳴りつける。
「何やってんだ! オーグラ共が何処に潜んでるか判らない所に、一人で入り込むなんて危険だろうがっ!!」
怒っている訳ではない‥‥いや、怒ってはいるのだが、それも相手を心配するが故の事。だが、そんな思いは伝わらないらしく、ジャスティンは石のように固まったまま、顔に恐怖と困惑、そして怒りを滲ませながら立ち尽くしていた。
クリステル・シャルダン(eb3862)はそんな彼にゆっくりと近付き、そっと抱き締める。
「‥‥無事で良かった‥‥」
そして、安堵したように小さな溜息をひとつ。
だが‥‥
「触るな!!」
「きゃっ!」
思い切り突き飛ばされ、クリスは地面に転がった。
「この‥‥っ! 何しやがる!!」
いきり立ち、ジャスティンに掴みかかろうとした蒼汰をクリスが制した。
「大丈夫です。それより‥‥」
邪険にされても構わずに、クリスは立ち上がると再び微笑みかける。
「怪我はありませんか? お腹はすいてない‥‥?」
「うるさい! 僕に構うな! 近寄るな!!」
ヒステリーを起こしたように喚き散らすジャスティンに、グランが呆れたように首を振り、独り言を呟く。
「情緒不安定のボンボンにも困ったものですねぃ」
そして今度は、ジャスティンに向き直った。
「誰かさんにバレたら千枚おろしにされますよ? ところで‥‥その誰かさんは何処に?」
珠が一緒だという事は、ボールスと出会ってはいる筈だ。だが‥‥
「し‥‥知らない! あんな奴、どうなったって知るもんか!!」
ジャスティンは冒険者達に背を向け、叫んだ。
「どうせ僕の事なんか誰も心配してないんだ。あいつが心配なら、さっさと行けよ! 行っちまえ!!」
「‥‥あのなぁ」
蒼汰がブン殴りたい衝動を懸命に堪えつつ言った。
「いいかげん、その被害妄想っつーか‥‥何でも悪いほうに考えるのやめろよ。俺達がここに来たのは確かに仕事の為だけど、お前さんの事だって心配してたんだぜ?」
「心配? 何故?」
「何故って‥‥当たり前だろう? この間殴った事については謝る気は無いけど、別にお前さんの事嫌ってるわけじゃないんだし。知り合いが危ないと思ったら心配するのが当然だろうが」
「今回は‥‥いいえ、この前から、依頼されているのはオーグラ退治だけですわ」
ジャスティンの事については、誰からも何も頼まれていないのだとクリス。
「それでもジャスティンさんを連れて行く事を反対する人はいませんでした。皆、依頼もボールス様も関係なくジャスティンさんの事を想って‥‥」
「どうせ、あいつの為だろ? 僕に何かあれば、あいつが‥‥」
そう、自分に何かあればボールスが心を痛める事を、ジャスティンは知っていた。わかっていた。自分に構うのは、ただ罪滅ぼしの為だけではない事を。
だが、認めたくない。認めてしまえば、ボールスを許す事になる。彼を許す事は、姉への裏切りだ。
「‥‥わかった。私の方からもう、ああしろこうしろとは言わないわ」
そんな彼の心の内を察したのか、トゥルエノが言った。
「お姉さんを失ったのがどれほどショックだったのかはわかったから。甘えてると言えばそれまでだけど、本当に好きだったのね。なにものにも代えられないくらいに」
「‥‥‥‥」
「でもね、ならこれだけはお願い。他の何も守らなくていいから、自分自身を守って。もっと自分を大切にして」
騎士として、クレリックとしてはあるまじき行いかもしれないが。
「貴方はフェリシア様のたった一人の弟なのでしょう? その身だけでいい、もっと慈しんであげて。お姉さんの為にも」
「‥‥もし、デビルと契約したら‥‥あなたの知っている姉が喜ぶと思いますか?」
「ぼ‥‥僕はデビルの言いなりになんかならない! 力も借りない!!」
ルーウィンの言葉に、ジャスティンは弾かれたように顔を上げ、叫んだ。
「あんなものに頼らなくても‥‥僕は、僕には力があるんだ」
そして「お前は言ったな」と、蒼汰を指差す。
「家も土地も捨てて一人で生きて行けって‥‥僕には出来る筈ないって!」
「まさか‥‥それで、出て来たのか? 一人でオーグラ達を退治しようと‥‥?」
「でも結局、ワンコにお供されて尻尾巻いて逃げ‥‥むが!」
悪態をつこうとしたルルの口を、蒼汰が慌てて塞いだ。
「では、ジャスティン殿のオーグラ退治に我々も同行させて頂くとしようか」
メアリーが言った。
「誰かの力を借りたとて、それは弱さではない。円卓の騎士とて出来ぬ事はある故な」
そしてメアリーにも勿論、出来ない事はある。
「私はクリステル殿のように抱き締めてやる事は出来ぬ故‥‥」
ぴたっ。
「な、何するんだっ!?」
ジャスティンは頭にしがみついたメアリーを、虫でも払うように払い除けようとする。だがその手を逃れ、そして何度払い除けられてもメアリーはまた、その頭にしがみついた。
「申し訳なかった。今までが今まで故、信用されなくて当然だ。だが‥‥私は貴殿の道を見つけてあげたい。いや、どの道に進むべきなどと考えること自体がいけないのであるな」
何度か攻防を繰り返し、振り払う事を諦めたジャスティンの頭にくっついたまま、メアリーは言った。ジャスティンは、ジャスティンなのだ。わかってあげることから始めよう。どうやら、順番を間違えていたらしい。
「一歩一歩進もう。急がなくていい」
「‥‥あなたは、どうしたいですか‥‥?」
透が言った。
「私は今、ボールスさんに雇われている身なので、あなたの命令には従えませんが、ギルドにご依頼いただければボールスさんの暗殺でも受けますよ‥‥忍びにとって主の命令は絶対ですから‥‥」
勿論、ギルドが暗殺依頼など請け負う筈もないが。
「ば‥‥バカにするな!! 僕はあいつを殺そうなんて‥‥!」
殺したいと思った事はない‥‥筈だった。父が生きている間、過激な復讐に出ようとするのを抑えていたのは他ならぬ自分だった筈だ。それが何故、いつの間に‥‥?
「ただ‥‥姉さんが可哀想で‥‥悔しくて‥‥っ!」
がっくりと膝をついたジャスティンの頭を、リデトが撫でた。
「ジャスティンは良い子であるな」
「ぼ‥‥僕は子供じゃない!」
「私から見れば、皆子供であるよ。私は先輩であるからして」
確かにこの中では、外見上も実年齢もリデトが一番上だ。
「それで‥‥ボールスは今どうしてるであるか?」
その問いに、ジャスティンは暫く躊躇い‥‥やがて小さな声で言った。
「‥‥足止め、してる」
森の中で待ち伏せを食い、苦戦していた所にボールスが追い付いて来た。そして‥‥
「中に一匹、大きくて強い奴がいて‥‥そいつは‥‥毒を使うんだ。でも、僕は毒消しなんて持ってなかったから‥‥あいつは、自分が持ってたのを僕に寄越して‥‥安全な所まで逃げろって‥‥」
「それで、黙って逃げて来たのか!?」
蒼汰が言った。
「お前、オーグラを退治に行ったんだろうが!? 一人でも出来るって、それだけの力があるって、それを示す為にここに来たんじゃないのか!?」
しかし、今はそんな事を言ってる場合ではない。
「立てよ! お前も来い!」
「ぼ、僕も‥‥?」
「当たり前だ! お前、ほんとにボールス卿を‥‥」
殺したいのか、と言いかけたが‥‥
「取り返しのつかない事になっても良いのか!?」
不安の色を懸命に隠そうとしているクリスをちらりと見て、ストレートな表現は辛うじて避ける。余り変わらない様な気もするが、要は気持ちの問題だ。
「でも、僕なんか何の役にも立たない!」
今にも泣き出しそうな顔で、ジャスティンは叫んだ。
「ジャスティンは充分役に立ってるであるよ。この間もそうだったである。だから、力を貸して欲しいであるよ」
何の役にも立たない‥‥ということは、何かの役に立ちたいとは思っているのか。
だが、リデトにそう言われてもジャスティンは放心した様に動かない。
「‥‥困ったであるな‥‥」
デビルに狙われているらしいジャスティンを一人で残す訳にもいかない。かといって、モタモタしていたら本当に取り返しのつかない事になる。
「俺が残って面倒見ましょうか?」
グランが言った。オーグラ退治も重要だが、まず優先すべきはジャスティンの安全。
「俺は土地勘もありますし、にんたまくんもいますから、ジャスティンさんが動けるようになったらすぐに追い付きますよ。ジャスティンさんの痛みは俺にはわからないし、気持ちに共感することもできませんが、いなくなって欲しくはないですからね」
この世からいなくなるという意味でも、そして「こちら側から」いなくなるという意味でも。
だが、グランが残ると聞いてジャスティンは顔を上げた。
「こいつと残るくらいなら、お前達と行く!」
そう言えばジャスティンはハーフエルフ嫌いだった‥‥と言うか、姉以外は世の中の全てを嫌っていると言うべきか。
まあ理由はどうあれ、一応はその気になってくれたらしい。今のうちに‥‥
「急ぐぞ。珠、案内を頼むな」
「ワン!」
蒼汰に言われ、珠は弾かれたように走り出した。
その頃、森の奥では‥‥
「‥‥流石に、6対1は厳しいか‥‥」
背を守るように大木に寄りかかり、ボールスは呟いた。
相手はソニックブームで遠くから攻撃を仕掛けて来る。こちらもソニックで応戦はしているが、5方向から一度に攻撃されては、いかに回避が高くても何発かは喰らってしまう。
そして、仲間の攻撃の合間をぬって接近戦を挑んで来る首領格のオーグラの武器には毒が仕込まれていた。その攻撃を喰らった左腕は既に感覚がない。解毒をしなければ傷の治療も出来ず、ボールスの足元に散った赤い花は次第にその数を増していた。
ジャスティンはそろそろ逃げ切った頃だろうか‥‥だが、ここで引く訳にはいかない。網にかかったのは自分かオーグラか、それはわからないが、ボールスは彼等を逃がすつもりはなかった。
もう少しだ。もう少し、ここで引き付けていれば、後は‥‥
『――ボールスさまあぁぁぁっっっ!!!』
脳味噌をハンマーで叩かれたような、強烈な思念が頭の中に響く。ルルのテレパシーだ。
「つ‥‥通じたあぁっ!!」
それは頭に直接響いたのか、それとも耳に聞こえた肉声だったのか‥‥両方かもしれない。遠くから犬達の鳴き声も聞こえてくる。
もう大丈夫だ‥‥そう思った途端、膝から力が抜けた。
目の前のオーグラがニヤリと笑い、手にした武器を振りかざす。だがボールスはそれを避けようともしなかった。
「ぐぎゃあぁっ!!」
膝をついたボールスの頭上で、オーグラの叫びが響く。その腕には一本の矢が突き刺さっていた。それを放った本人は、地面にかがみ込んで「お役目御苦労様です‥‥」と、犬達に言い、次の矢をつがえる。
「野郎、調子に乗るなよ!」
背後から飛び出して来たのは蒼汰だ。その後ろからルーウィンが続く。トゥルエノは前に出ながら目の前の敵ボスにスマッシュEXを放った。
だが相手もそれを黙って受けるほど甘くはない。巨体に似合わぬ素早さで槍の切っ先を払い除けると、カウンターを仕掛けてきた。
「カウンターまで使えるの‥‥!?」
その攻撃は何とか盾で食い止めたが、迂闊に攻撃を仕掛けたら逆襲を受けて窮地に追い込まれかねない。
「やっぱり、エリベイションをかけて貰った方が良さそうね」
だが、ここに来るまでの間にはのんびり魔法をかけて貰う余裕などなかった。何しろ全力で走って来たのだから‥‥。
「私が攻撃を防ぎますので、今のうちに体勢を整えて下さい」
前衛3人の前に現れた壁‥‥メグレズ・ファウンテン(eb5451)が言った。
「私は巨体なので、退治の際に森に被害がでるかもしれませんが、その時は申し訳ありません」
メグレズは周囲の木々をバーストアタックで吹っ飛ばしてでも、オーグラ達を叩き潰すつもりだった。それは巨体のせいではないような気もするが、細かい事は気にしちゃいけない。
その大きな壁の後ろで、駆けつけたクリスがホーリーフィールドを張り、その中でリデトがボールスにアンチドートをかける。
「大丈夫であるか?」
だが、その毒は一度では消えなかった。
「一体、何回喰らったであるか!?」
何度もアンチドートを重ね、漸く体から毒が抜けたボールスは、前へ出ようと立ち上がる。
「ありがとうございます、後は自分で出来ますから‥‥」
「まだ戦うつもりであるか!? 怪我人は後ろで大人しくしてるである!」
だが、黙って言う事を聞くようなボールスではない。自身にリカバーをかけると、クリスの前に立った。
「少し、下がって」
お互いに、相手が見かけによらず頑固な事は承知している。クリスは黙って従う代わりにグットラックをかけた。
「ありがとう」
ボールスはそう言って微笑むと、背を向ける。だが、魔法での支援など本当は必要ないのだ。守るべきものを背にした時、もっと強力な魔法が自動的にかかるのだから。
「仕事なのだから、余計な手出しをしてはいけないと‥‥そう思って我慢していましたが、やはり無理はいけませんね」
ボールスは背を向けたまま言った。
「私が出しゃばらなくても、あなたが自分の身を守れる事はわかっています。それに、他の仲間達も信頼しているつもりです。でも‥‥これだけは譲れない。手が届くなら、自分の手で守りたいのです」
そんなホーリーフィールドとは別次元に出来上がった結界の傍らでは、シエラが希望者にフレイムエリベイションを付与していく。ここに来るまでの間にもブレスセンサーなどでMPを消費していたが、足りない分はソルフの実で補えば良いと、惜しみなく達人レベルで魔法を使った。
「これなら一時間持ちますから‥‥戦闘が長引いても大丈夫でしょう」
「ありがとう。でも長引かせたりはしない。速攻で決着を付けるわ」
トゥルエノはそう言うと、再び敵のボスと対峙する。
「まずは厄介なこいつを潰さないとね」
「では、援護します」
壁が動いた。
「私はカウンターを喰らっても大丈夫ですから、その隙に皆さんで」
「よし、袋にしてやる!」
蒼汰が素早く背後に回る。
「では、行きます。妙鎚、砕鬼!!」
壁‥‥いや、メグレズが手加減も容赦もない一撃を叩き込み、間髪を置かずにトゥルエノが、そして蒼汰、更にはルーウィンが得意の技を浴びせかける。歴戦の強者オーグラも、これではひとたまりもない。
ボスが撃沈したのを見て、残りのオーグラ達は慌てふためき、てんでの方向に逃げ去ろうと走り出す。
「今度こそ、確実に仕留めましょう!」
グランがそれを狙って弓を引き絞る。だが、射撃には周囲の木々が少々邪魔だった。
「お任せ下さい」
再び、壁が動く。
「撃鎚、落岩!」
バーストアタックの遠慮会釈もない攻撃で、オーグラ達の姿を隠していた森はすっかり見通しが良くなった。
「‥‥これは、オーグラが暴れた結果です。そうですね?」
背後で息を呑み、その様子を見つめるジャスティンを、メグレズが笑顔で振り返る。そう言われてはもう‥‥頷くしかないでしょう。ねえ? 勿論、森の住人達には後できちんと謝罪するつもりではいたが‥‥。
そして見晴らしの良くなった森を逃げ惑うオーグラ達は、射手にとっては格好の的。一撃の威力はさほど高くはないが、急所を狙った攻撃は地味に効いていた。
「今回は矢がなくなってもコレがありますからねっ!」
矢を射尽くすとグランは弓を下に置き、シエラに作って貰ったアイスチャクラを受け取る。
「はい、攻撃続行!」
何だかとても楽しそうだ。
それでも足止めが出来ない敵にはメアリーが上空からグラビティーキャノンを放ち、微塵隠れと疾走の術で先回りした透が逃げ道を塞ぐ。
「今度は、逃がしません‥‥」
装甲の薄い回避型である透は足止めには向いていない様にも思えるが‥‥相手の攻撃を避けまくり、常に先回りして行く手を塞いでいれば時間を稼ぐには充分だった。
そんな鬼ごっこに夢中になっている隙に、こっそり近付いた蒼汰が後ろからバッサリ。
そして逃亡を諦め逆ギレして引き返してきたオーグラ達も、鉄壁に阻まれた所をトゥルエノやルーウィンの餌食に。守りの堅い前衛は諦め、後ろを狙ったオーグラの末路は‥‥まあ、言うまでもないか。そもそも、そこを狙う事自体が間違ってます。多分、一万二千枚おろし位にされたのではないかと。
そんな様子を、ジャスティンは少し離れた場所からじっと見つめていた。相変わらず、指示が無ければ何もしない。だが、まずはそれで良い。とにかく逃げずにそこにいるだけでも上等だと、冒険者達は考えるようになっていた。
「これで‥‥全部でしょうか?」
ルーウィンが積み重なったオーグラの残骸を数える。全部で6体。
「他に動くものはない様だな」
「周囲に他の生き物の気配もありませんし‥‥」
メアリーがバイブレーションセンサーで、シエラがブレスセンサーで調べた結果を伝える。
石の中の蝶も、各自が時折その動きを確かめていたが、今回は微動だにしていなかった。オーグラ達に見切りを付けたのか、そもそも彼等は元から無関係だったのか‥‥?
「ジャスティン殿を狙ってるなら、そう簡単に諦める筈はないと思うが‥‥」
と、蒼汰。一度目を付けられたら、魂を差し出すか、その魂に何の魅力もなくなるまで付きまとうのだろう。或いはそのデビルが滅びるまで、ずっと。
ジャスティンを向こう側へ行かせない為には、これからも注意して見守っていく必要がある。だが、こればかりは本人が変わろうとしなければ、どうにもならない。そして、彼が変わるには‥‥もしも変われるとして‥‥まだまだ時間がかかりそうだった。
「そうやって僕に恩を売って‥‥罪滅ぼしのつもりか!? そんな事したって、僕は絶対にお前を許さないんだからな!」
‥‥変化なし。先程はボールスが危ないと聞いて泣きそうな顔をしていた筈だが、どうも本人を前にすると条件反射的に悪態をつきたくなるらしい。
「正直、当事者同士では話がこじれるだけの様な気がしますね」
ルーウィンが言った。確かに、片や怒りに任せて喚き散らす一方、そして片やそれを黙って受け入れる一方では接点の見出し様もない。誰かが間に入って調停をしなければ‥‥しかし、それも無理に進めるとまた反発を招く。
「‥‥難しいですね」
難しいが、不可能ではないと‥‥そして手遅れでもないと信じたい。
「今回は、偉かったであるな」
例によってボールスに散々悪態をつき、そして背を向けたジャスティンの頭をリデトが撫でた。
「何が‥‥僕は何もしてないじゃないか!」
「そんな事はないである。ボールスが危ないと知らせてくれたであるよ?」
「あれは‥‥たまたまお前達に出くわしただけだ! あいつを助けるつもりなんか‥‥っ!」
「それでも良いである。結果オーライなんである」
助けるつもりがあった事は誰の目にも明らか‥‥いや、恐らく本人にもわかっているのだろうが、どうにも認めたくないらしい。本人が認めても良いと思えるようになるまで、ボールスには暫くの間、悪役でいて貰うしかなさそうだった。
「ジャスティンはちゃんと頑張ってるである。聖なる父も母もきっと喜んでるである。でもちゃんと言葉に出さないと分からないであるだろうから、私がこれからずっと代りにジャスティンがを褒めようと思うであるよ」
「僕は‥‥褒められるような事なんかしてない!」
自覚はあるらしい。
しかし、それでも褒め倒す。そうすればいつかは光が見えて来る‥‥筈。だと良いなあ。
「聖なる父も母もジャスティンを見守ってるである。信じるである」
なでなで。
「僕は子供じゃない!」
どう見てもお子様ですが。
「頭撫でるのが嫌なら甘い物が良いであるか?」
「ば‥‥バカにするなっ!!」
怒って何処かへ行こうとするジャスティンを、グランが呼び止めた。
「あんまり遠くへ行っちゃダメですよ?」
そしてこっそり、後をつける‥‥
「付いて来るな!!」
いや、そう言われても。アイテムや魔法の探知圏外でデビルが様子を見ているかもしれないし。
「‥‥あそこまで不器用さを出されると、愛着もわくというものだな‥‥」
その様子を見て、すっかり母性本能に目覚めたらしいメアリーが呟く。
「手のかかる子ほど可愛いって言うしな‥‥」
蒼汰もなんとなく納得してみたり。
「極論、彼の部下になってみてはどうですか‥‥?」
残されたボールスに、透が言った。
「結局、自分はそう思っていなくても、今のままではボールスさんは上からの目線でしか語れていないのでは‥‥」
そうかもしれないが、果たして問題はどちらにあるのか。それに、上司としての適性がない今のジャスティンの部下になったとして、果たして関係の改善が期待出来るものだろうか? そして出会った時点で既に大人と子供だった彼等の関係が、そんな事で変わるとも思えない。立場がどう変わっても、ジャスティンはボールスにとって「守るべきもの」であり続けるだろう。
「もしそれが良い方法だとしても、私がお仕えするのは国王陛下だけですよ」
そう軽く受け流し、ボールスは溜息をついた。
そんな彼の腕にそっと触れて、心配そうに見上げるのは‥‥
「大丈夫ですよ、クリス」
頬に軽く手を触れ、微笑みを返す。
「何があっても、何を言われても‥‥私にはあなたがいますから」
家族や友人、仲間達。彼等の温かい想いに触れれば、ジャスティンから向けられたちっぽけな悪意などあっという間に溶けてなくなってしまう。
「‥‥ジャスティンにも誰か、そんな人が現れてくれれば良いのですが‥‥」
だが、フェリスに囚われ縛られているうちは、現れても気付かないかもしれない。かつて自分がそうだった様に‥‥。
視界の開けた森の中から、一筋の煙が立ち上る。オーグラの残骸を焼く煙だった。それが吸い込まれて行く先の空は、既に黄昏色をしていた。
「今日中に戻るのは無理だな」
その空を見上げ、振り返った蒼汰が何やらニヤけながらボールスに言った。
「ボールス卿、夜営の用意はしてますか? 何なら二人用のテント、手配します? 俺は持ってないけど」
――すぱあーんっ!
どこに隠し持っていたのか、久々のハリセンアタック。
「人が親切に言ってんのに、何すんですか!? ってか、怪我人!」
そう言えばすっかり忘れていたが‥‥ボールスはついさっきまで、墓場に両足を突っ込みかけていたのだ。
「そうである! 怪我人は早く寝るんである!」
「二人用のテントなら、私が‥‥」
シエラまでがそんな事を。
「だあぁめえぇっっ!!!」
‥‥これはルルの声だ。
そんなバカ騒ぎを遠くから眺めているジャスティンの表情は、悲しそうな、悔しそうな、何となく物欲しそうな‥‥。
彼にも一度くらいは、ハリセンの洗礼が必要なのかもしれない。