【新たな斎王】外伝 〜河童の里を救え!〜

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 30 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:08月30日〜09月07日

リプレイ公開日:2006年09月06日

●オープニング

●鳥羽にて
 二見の海を望む、海岸沿いにある斎宮にて‥‥。
「鳥羽の情報は出揃いましたね?」
「はい」
 問うのは斎王こと、祥子内親王。
 厳かに声を発し尋ねれば、日頃より彼女に仕える側近は頭を擡げ応じると
「しかし鳥羽もまた、意外に混沌としている様ですね」
「まさか、海岸沿いにある河童達の里を襲撃したのは牛鬼だったとは‥‥ある意味では納得出来ても、厄介にも程があります」
 側近より手渡された資料へ視線を落とし呟けば、彼女もまた何時もの落ち着いた表情を僅かだけ顰めると同意して頷き返す斎王。
「他にも伊勢藩へ一任しましたが『華倶夜』の存在も確認されている様ですね。今回は調査こそ終えましたが、もしかすればまだ他にも何かあるかも知れません。何れにせよ鳥羽も当分は見守る必要がありそうですね」
 再び資料をパラパラめくれば、所々でそれを止めては微かに表情へ憂いを湛えるが
「それで、河童の里はどうなされますか?」
「‥‥そう、ですね。可能なら先日、設立した部隊を派遣させたいのですが‥‥此方の準備が整っておりませんし、それ以前に此方の対応が遅かった為に時間が経ち過ぎています。故に非常に厄介ではありますが、この件は事情を良く知る者達に任せてみようかと思います」
「しかし‥‥」
「勿論、備えはしておきますよ。それに‥‥力に対して力だけで解決はしたくないのです。ですから、彼女達ならきっと」
「‥‥‥」
「それでは、各々方も宜しいですね?」
 厳しい状況故に手を拱いているだけにも行かず、厳しい口調にて側近が一先ず重大である案件について、指示を仰ぐと‥‥斎王は僅かな逡巡の後、はっきりと告げれば尋ねた彼女は渋い表情を浮かべ依頼の難易度から意見を挟もうとしたが、微笑む斎王が紡いだ答えには後一歩押し切れず、沈黙すれば斎王は場に居合わす他の皆の賛同を得る。
「光、関係者の皆へ手配を宜しくお願いします。それと河童達にもお話を‥‥危険では在りますが彼らは地の利を押さえている故、少しでも力量の差を埋める事が出来るでしょう」
「はっ、早急に」
 すれば祥子、側近の名を呼んで次なる命令を彼女へ下せば再びかしまづく、長い付き合いである彼女の反応に内心密かに安堵するのだった。

●こんな時こそ
「‥‥やれやれ」
 その翌日、光と呼ばれた斎王付きの側近は神野珠宅にいるレリア・ハイダルゼムの元を訪れて件の話をし‥‥銀髪の剣士に呆れられていた。
「骨休めは終いにしたかったが、久々の依頼がこれでは荷が勝ち過ぎるな」
「それ故、河童達も同行させます」
「しかし何故、巫女の我々にこの様な‥‥」
「だからこそ、と斎王様は仰いました。確かに実力ある者を雇いは出来るでしょうが、それだけでは足りないと」
 その剣士、改めて冷静に告げられた内容が厳しいものである事を判断して肩を竦めれば、続く斎王の側近が紡いだ言葉に、暇を持て余していたからこそ返事をしかねて言い渋るが‥‥相変わらず厳しい表情を浮かべる彼女の、正確には斎王の言葉をそのまま聞けば
「‥‥まぁいい、分かった。支度をしよう」
 彼女は微かな嘆息を漏らしつつ‥‥だが同意して踵を返すと、自身が言った通りに旅支度をすべく家の中へと戻っていった。
「そろそろ、本腰を入れねばならない様だな」
 自身、今の今まで日々の鍛錬は欠かさずに行っていたが僅かながらに不抜けている気がする己の性根へ気合を入れ直しながら。

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 依頼目的:河童の里を襲撃し、居座り続けている牛鬼を退治せよ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 NPC:レリア、河童達(優は諸事情により今回は同伴せず)
 日数内訳:移動六日(往復)、依頼実働期間は二日。
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●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4460 ロア・パープルストーム(29歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5480 水葉 さくら(25歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1210 ファルネーゼ・フォーリア(29歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

滋藤 柾鷹(ea0858)/ クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ 伊能 惣右衛門(eb1865)/ ユナ・クランティ(eb2898)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ 六条 素華(eb4756)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868

●リプレイ本文

●暗雲
 河童達の里を牛鬼から取り返すべく、少なからずその経緯を知る伊勢神宮の巫女達に難敵を前、彼女らだけでは心許なく増員された面子を加えた十と一人は京都から伊勢を経由して暗雲立ち込める鳥羽を目指し、進んでいた。
「精霊を調伏せよ、か‥‥私からすればいささか複雑な気分だね。だが、周囲に被害が出ていると言うならそれを放っては置けまい」
「えぇ、それに御親族の祥子様がいる伊勢の平和は神皇様も心にかけていらっしゃるでしょう。ならば敵が例えどんなものであれ、屠る他にありません」
 その中、巫女達の後を着いて歩く白髪の大柄な騎士、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)が今回の依頼に付いて改めて、自身にとって難題である事に嘆息を漏らすも河童達の事を思えば今更に引ける筈もなく腹を決めると、艶っぽい笑顔を宿す鷹神紫由莉(eb0524)も頷き言えば他の皆も覚悟は完了と言った面持ちで頷く。
「でも牛鬼さん、どうして暴れているんでしょう‥‥ス、ストレス?」
「‥‥それは無い様な気がする」
「そ、そうですよね‥‥」
 だがその後に続いて響く、伊勢神宮の巫女が一人の水葉さくら(ea5480)が紡いだ疑問は一行を先導するレリア・ハイダルゼムに柔らかく否定される事となると、今までとは違う顔触れがある事から人見知りが強い彼女は何時もより身を縮こまらせるも、その様子から途端に場は和む。
「牛鬼と言う呼び名は、元々『恐ろしきもの』の意味で使われていたものらしいね、それが変じて怪物になったのだとすると、ジャパンの精霊信仰という物も実に興味深い。それとジャパンの伝承によれば確か‥‥」
 だが、これより挑む敵が非常に手強い事から赤毛の騎士がランティス・ニュートン(eb3272)がその話へと及ぶのは必死であり、間もなくして一行を包む空気は引き締まる。
「祟り神か荒御霊か‥‥まぁどちらにせよ牛鬼が何日も居座ってたら、そら台風がずっと停滞してんのと一緒だモンなぁ。放っておくとその辺全滅するさね」
「そうじゃな、いずれは鳥羽の全体にまで波及する恐れもあろう。ならば‥‥」
「私達が出来る事を出来る限り、やりましょう」
 そして彼の話が一通り終われば溜息をついた後、屈強な巨人の騎士であるネフィリム・フィルス(eb3503)が嘆息を漏らし、暗雲立ち込める道の先を憂いた表情浮かべ見つめれば、伊勢へ迷い出た河童達を連れて歩くファルネーゼ・フォーリア(eb1210)とフィーナ・ウィンスレット(ea5556)も彼女が見つめる方へ視線を走らせ、しかし惑いのない表情にて決意を己の内へ宿す。
「それにしても‥‥良し!」
 だが巫女達が決意を宿す横顔を後ろから見つめ、握り拳を作る者あり。
 それは意外にもヒースクリフだったりするのだが、普段はこんな調子なので気に留める必要は‥‥。
「その様な事を言っている場合ではないのだがな」
 あるらしく、首を回しては巫女達の一人であるガイエル・サンドゥーラ(ea8088)が冷淡な声音を響かせ呆れると、彼が首を竦める姿から緊張する場の雰囲気をさくら同様に和ませようとしての配慮と察し、微かに微笑めば彼女もまた鳥羽の方へ向き直れば溜息を付いた。
「‥‥今回ばかりは全てが杞憂に終わればいいと思うのだが、その様に考えるのは私らしくないか」

●荒れる海原、沈まんとする里
 やがて鳥羽へと辿り着けば河童達が住んでいた隠れ里を経て一行の大半は河童達が今住んでいる、小川がせせらぐ洞窟へ至る。
「この様な場所に避難していたのか、辛かったろう」
「‥‥何、住めば都さ」
 河童達が住んでいるだろう、普段の環境とは違う場に思ったより多くいる彼らを見てアレーナ・オレアリス(eb3532)が凛とした声を沈ませ問えば、河童達の長だろう白き長い髭を蓄える河童は至って静かに答えるが
「‥‥大した物ではないが、糧食を持って来た。皆で食べよう」
「済まんな」
「気にする必要はない、皆にも手伝って貰いたいのでな」
 そこへ至るまでの心情を察し、彼女は声を詰まらせるが‥‥それでも少なからず救いになればと思い、大枚を叩いて伊勢より携えて来た糧食等の物資を提供する旨告げれば頭を垂れて詫びる長老へ首を左右に振ってアレーナは僅かに微笑んだ。

 その頃、河童達の隠れ里。
「お‥‥大きいですね」
「全くね、嫌になっちゃうわ」
 居座っていると言う牛鬼を先遣すべく、さくらとロア・パープルストーム(ea4460)は時期に相対する、今は黙して里の中央に居座る敵を初めて目の当たりにし‥‥息を飲んでいた。
 その相手とは醜悪な鬼そのものの頭部を携え、二間と半(大よそ5m)もある巨大な蜘蛛で、正しく名が体を表している精霊だと二人は実感すると
「‥‥だけど此処まで来てやっぱり帰ります、何て言えないわ。だから」
 次いで思った事を素直にロアは呟くと、微かに震える肩を抑えれば遠く空の彼方を見つめる。
「貴方の意見が喉から手が出る程欲しいけど‥‥此処からじゃ、遠過ぎよね」
「ど、どうかしたんですか‥‥?」
 そして感慨深げに一人ごちれば、唐突に彼女の表情が変わった事から心配してさくらが声を掛けるとロア。
「いいえ、何でもないわ。それじゃあ駄目元だけど始めてみようかしら」
「が、頑張って下さい‥‥!」
「頑張ってー」
 自嘲の笑みを浮かべ、巫女仲間である彼女の頭を撫でれば牛鬼との念話を試みるべくガイエルより借りた巻物開き、さくらと彼女が養う風の妖精の応援を受けながら詠唱を織り紡いだ。

 再び場面は変わり、河童達が住まう洞窟‥‥より僅かに離れた森の奥深く。
 アレーナが持って来た糧食を配り、巫女達が拙いながらも舞を舞って河童達を僅かでも癒そうと奮闘した後。
 道中からもそうであったが一部の者の申し出により、牛鬼が発生した原因などを探るべく一行を代表してフィーナが長老へ話を聞いた所、連れて来られたのだが。
「これが原因‥‥?」
「少なからず、一端ではあるだろう」
 『それ』を前にして紫由莉の問い掛けが響けば、河童の長老が頷くと彼女は『それ』をしげしげと眺め、次に嘆息を漏らす。
「どうやらこの祠が破壊されたのは人為的なものの様ですね、この切口があからさまにその事を告げています」
「そうだな」
「それならどうして直さないのだね?」
「直せぬのです。見せ掛けだけであれば確かに直せはしますが、あれだけのものを奉っていたのですから‥‥」
 その祠‥‥と祠の背後にある、崩れ落ちた巨岩。
 それを弄り見れば火を見るより明らかな事実からフィーナが告げると、それを知っていた長老の更なる頷きには驚きを隠せずヒースクリフが問い質せば、返って来た答えにフィーナはすぐ納得し、祠を直せない理由を言い当てた。
「霊的なものが作用している、と」
「なるほど、な。この件は斎王様に話しておく必要がありそうだ」
「そうなると事は‥‥厄介な方へ転がりそうですね」
 すれば彼女の予想は否定せず、再び頷くだけの長老へガイエルは真面目な面持ちにて呟けば紅茶巫女は想像以上な伊勢の混沌振りを改めて垣間見て自身、知らず内に深く溜息を付くのだった。

 それから牛鬼を誘い出す準備を費やす一行と河童達。
 取るべき作戦を決め、皆の思考を同調させれば牛鬼を目的の場所への導く為の道標として篝火を作るも‥‥その準備が済む頃には日はとっぷりと暮れ、後は刻が来るのを待つだけとなる。
「やる、励め」
「‥‥いささか軽いな」
 その薄暗がりの中、里がある方を見て静かに佇むだけのレリアへネフィリム、その背に声を掛ければ直後に一振りの剣を放ると、それを受け取った巫女姿の剣士は貰った剣に対し、悪気はないながら率直な感想を呟くが
「我侭を言うな」
「それもそうだな、感謝する。ならばついでに一つ頼まれてくれるか?」
「何だ」
「感覚を試したい、軽く手合わせをして貰えるか」
「悪くないな、あたしも落ち着かなかった所だ」
 巨人の神聖騎士はレリアが背負っている身の丈以上の大剣と自身が託した剣を見比べた後、それでも肩を竦めて笑えばやっと礼を言う彼女の、続く提案へは素直に頷くと直後に二人は同時に剣を鞘走らせて暫しの間、月光の下で剣舞を舞った。

 そして‥‥刻は至る、血が煙るだろう戦いの刻に。

●果て無き戦い
 八月が終わったばかりとは言え、微かに寒さを覚える夜を越え‥‥僅かずつ朝日が昇るその中で一行と河童達は遂に動き出す。
「怖くない怖くない‥‥」
 その決戦の前、否応無しに緊張感だけが高まるその中でさくらは牛鬼の醜悪な顔立ちを思い出し、内心落ち着かずにそわそわするも
「怖くなーい」
 自身の肩に止まる妖精が、彼女とは違った口調で声を発すればそれにて漸く落ち着いたのかさくらが微笑んだ、その時だった。
「‥‥あ、み、皆さん。来ました‥‥」
 視界の片隅‥‥まだ暗がりの中で猛る篝火の道が只中を牛鬼と、その先を全速力で駆る陽動班の姿を捉えたのは。
 徐々に狭まる、断崖に挟まれたその道の、皆が待つ終点へ辿り着けばファルネーゼは果敢にその身を翻し、迫る牛鬼の眼前で詠唱を織り紡ぐ。
「響き弾けよ、敵意の刃‥‥我は其の全てを拒まん!」
 そして次に掲げられた牛鬼の、巨木にも勝らん足が振り下ろされるが‥‥彼女が構築した敵意を拒絶する結界に阻まれると僅か、巨大なその身を揺るがせる。
「今だっ!」
 だがそれだけでも一行にとっては十分に好機であり、凛とした音を立てて結界が崩れ落ちる中でランティスの叫びが轟けば牛鬼を挟む崖の上より魔術師達と河童達、十重二十重にと投網を放ればその身を完全ではないながらも拘束し、次いで顔を見合わせて此処までは順調である事に微笑むも‥‥直後、轟いた牛鬼の咆哮には皆互いに表情を引き締め直す。
 決して油断出来る相手ではないのだから‥‥そしてその間隙、未だ諦める事無くロアが巻物を介して牛鬼との念話を試みるも
「‥‥駄目ね、やっぱり付け入る余地はなし」
「ざ、残念です、けど‥‥心を込め、誠意を持って攻撃すれば、牛鬼さんもきっと分って頂けると思いますです。仲良くするのが、やっぱり一番ですから」
 今となっては猛り狂う牛鬼に話は通じる筈もなく、断崖の上より首を振ればそれを見留めたさくらは肩を落とすも次いで決意し、身の丈以上の野太刀を抜き放つとその身を宙へと躍らせた。

 そして朝日が昇り、眩しき陽光が徐々に辺りを照らしつける中で戦いは繰り広げられる。
「喰らいなさいっ!」
 動きが封じている中で紫由莉は太刀を掲げて勇猛果敢に牛鬼へ飛び掛るも‥‥網に絡め取られているからこそ、咆哮上げて氷の嵐を生み出せばフィーナにさくらがそれを吹き散らす中で牛鬼は投網を破り僅かずつ自由を取り戻して強大な壁が如く一行に立ちはだかるかの様、爪に牙を振るえば
「意外に早‥‥っがぁ!」
 ランティス然り剣を振るう者達は回避の術が拙いからこそ、可能な限りは受け流したり止めたりこそするが‥‥その大半は如何ともし難く、打ち据えられていた。
「参ったね、此処まで頑丈だとは‥‥だが!」
 その只中に身を置いて、白き長髪を徐々に強くなる風になびかせながら呆れるヒースクリフはそれでも挫けず口元を伝う血を拭い、強大な力持つ精霊へ炎宿る大剣を掲げ直して瞳に強き光をも宿して僅かでもアドバンテージがある内に、地を蹴り再度牛鬼へ迫る。
 確かに皆、卓越した使い手であり振るった刃の悉くを牛鬼へ命中させてはいたが‥‥ヒースクリフが言う通り、頑強な体を前にその殆どは牛鬼へ有効打を与えられず、その逆に牛鬼と刃を交える者達は皆、時間を経るに連れ血みどろとなればそのタフさに一行は辟易する。
 とは言え、希望がない訳では決してない。
「ふむ、流石にこれでは壊されるか」
 一つはほぼ絶対とも言えるだろう、安全な領域を作る事が出来るガイエルの存在。
 魔術師達が固まる只中へ突撃する牛鬼の前に厚く張り巡らせていた彼女の結界が崩れ落ちるも、小憎らしい程に涼しげな表情を湛えて皆を、河童達を守る彼女は正しく守り手。
「‥‥隙有り、だなっ!」
 もう一つは唯一、精霊に対して絶対的な威力を発する霊刀を携えたネフィリムの存在。
 自身の身を血の朱に染めつつも突撃の後に出来た隙に牛鬼の背後より叫び飛び掛って斬撃浴びせれば、それには幾ら頑丈な牛鬼と言えどもたまらずにその身を削られる。
「消耗戦ですね、これでは‥‥っ!」
 とは言えソルフの実を齧り、呟いてはそれを詠唱の代わりに牛鬼に通じる鋭き風の刃を生み出し投げたフィーナが漏らす呟きは間違いではなかったが‥‥それでも彼女は、一行は身も気持ちも引かず気を吐く。
「此処は貴方の居るべき所ではありません‥‥下がりなさいっ!」
 すれば紫由莉、未だ立っては熾烈な牛鬼の攻撃を急所だけは避け、甘んじて受けながら牛鬼の奥懐へ飛び込めば、捻じ込む様に魔法の太刀を振り抜くが
「グガァァァァッ!」
「あっ‥‥危ないですっ!」
 次いで上がる、牛鬼の絶叫は自身の体へ伝播すると御身を持ってその怒りを体現すれば、暴れ狂う脚が周囲の崖を打ち崩し、数多なる岩塊を周囲へと降り注がせる。
「レリアさんっ!」
「血と泥に塗れようとも‥‥今は引くべき時ではない」
「そうだっ! 此処で引いては、何の為に私達は此処まで来たのか分からないではないか!」
 そして濛々たる土煙が昇る中、僅か前より動きを鈍らせていたレリアを心配して彼女の名を呼ぶさくらだったが、体の各所より血を滴らせる剣士はネフィリムから貰った魔法の剣を杖代わりに‥‥しかし更なる信念を固めて身を起こせば、まだ場に残る土煙を切り裂いて飛び出したアレーナもまた、両の手で握った魔力たぎる刃に己の意思を乗せて暴れ狂う水霊へ肉薄するのだった。

「‥‥一応、何とかなったかな」
「根本的な解決はしていないだろうけど、一先ずはな」
 朝が当に過ぎた頃、一進一退の攻防の末に一行の気迫に負けてか鳥羽の海へと牛鬼が姿を消せば、ガイエルの魔法で漸く氷の檻より解き放たれたヒースクリフは苦々しい表情を湛え、海を見て誰へともなく尋ねると‥‥地へ大の字に伸びるランティスは呻く様に事実を告げる。
「どうしたものでしょうね」
「先ず、報告する他にないでしょうね‥‥」
 そして、その彼らと同じく海を見やる紫由莉、厳しげな表情を浮かべる割に柔らかな声音で今後の事を逡巡すれば、念話にて牛鬼のかく乱に一役買ったロアが疲労困憊と言った面持ちで呟くと‥‥他にやれる事を思い浮かばず一行は、河童達の住まいである洞窟へと頼りない足取りで踵を返した。

 今はまだ、どうしようもなく詫びる為に。

 〜一時、終幕〜