【十種之陽光】天岩戸

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月25日〜09月06日

リプレイ公開日:2007年09月02日

●オープニング

●天岩戸近辺
 夜の影の中でそれらは影の中に潜み、天岩戸を眺めていた。
「良くもまぁ、あれだけ集まったものですね」
「‥‥今まで自身の内より来る衝動を耐えてきたのだ。鬱屈してしょうがなかったのも当然と言えば当然だろう」
「だよねー」
 その影が一つ、アドラメレクの言葉が端を切って辺りに響けばもう一つの影である焔摩天が囁き応じると三匹の妖孤が一匹もそれに同意する。
「さて、これからが本番ですよ」
「言われなくても分かっている‥‥」
「たっのしみだっな〜」
 それを受けてアドラメレクは果たして頭上に輝く月を見上げ言えば、素っ気無く答える天魔にしかし妖孤に至って陽気に鼻歌でも歌えば
「先ずはこの一戦、取る事さえ叶えば‥‥」
「楽になる筈ですよ、手筈通りに事が進んだ上で次の仕込みが大まかにでも済んでいるのであればね」
「‥‥問題はない」
 厳しい表情を湛えたままに焔摩天が呟くと、にこやかに頷いてアドラメレクは天魔を見やればそれは憮然な表情を湛えたままに応じるも
「ねーねー、今回は何をするのー?」
「‥‥話していなかったのですか、肝心要の役だと言うのに?」
「万が一の事を考えてだ」
「成程」
 その中で次に響いた三匹目の妖孤が問い掛けを聞けば悪魔が響かせた疑問へは焔摩天が淡々と答えると、それに納得すれば改めて場に居合わせる妖らへアドラメレクは月を見上げたまま、呼び掛けるのだった。
「それでは、最後の打ち合わせが済み次第‥‥早々に動くとしましょうか。あの方の為にも三つの鍵を揃えて、ね」

●斎宮、ざわめく
 伊勢は斎宮、残暑による熱気に包まれている中でその内部は騒然としていた‥‥それは闇槍が首領よりもたらされた、一つの報告からだった。
「天岩戸を中心に妖怪の群れが?」
「‥‥はい、しかも今までにない程の異常な数が」
 斎宮が中枢の斎王の間にて、その報を受けては斎王が祥子内親王は唐突な妖達の動きに訝り、眉根を顰めるも闇槍の首領は更にその状況へ補足を加えれば
「要石はこちらが既に抑えていると言うのに、どうしてかしら‥‥」
「先んじて、天岩戸だけでも押さえたいのか‥‥それとも他に狙いがあるか」
 万事抜かりない事だけを思い出し、疑問だけ膨らませれば推測を並べるレイ・ヴォルクスの話を聞いて斎王は暫し、視線を落とし考え込むも
「‥‥他には何かなかった?」
「アドラメレク、焔摩天、妖孤が三匹の存在も確認しました」
「その中枢まで動くか。本気、と言う訳か」
「‥‥参ったわね」
 考えてもキリがないからか、再び視線を上げては闇槍の首領へ他の報告がないか問うと‥‥果たして直後、彼の口から紡がれた答えはレイと斎王を呻かせる事になる。
「で、今回の件に関して闇槍としての意は?」
「斎宮の刃たる我ら、今回の件に関しては打って出る事で総意しております」
「‥‥それなら、こちらも総力で臨みましょう。問題は?」
 すると斎王はそれを受けて闇槍が持つ意を聞けば、返って来た答えにやがて応じるとレイを見つめる彼女。
「相手の真意が分からない以上はない、と言えんな‥‥しかし天岩戸を抑えられる訳にも行くまい」
「ならば、早急に各員へ打診を。レイも皆が来るまでの間で準備をなさい。優とルルイエは‥‥十種之陽光を統括して皆が集まり次第、現地へ」
「分かりました」
 その視線を受けて彼はボソリ、囁くが‥‥やがて自身の意を決するとそれよりすぐに場に介する一同へ指示を配する斎王に応じ、十種之陽光を統括する猿田彦の巫女が楯上優は頷くが
「所で私達はどの様な役割を?」
「そうね‥‥ないとは思うけど天岩戸に何か起きるとまずいから、その防衛に当たって頂戴。但し、その事だけに専念して天岩戸から余り離れ過ぎない様に」
「はい、それでは清めの儀を何時でも行える様に準備は確実に済ませておきます」
「それも勿論、じゃあ宜しくね」
 レイとのやり取りを交わし終えた後、ルルイエ・セルファードは自身らの役目に付いて問うと、暫し考え込んだ後に斎王は改めて彼女らへその詳細を告げると早く応じる優へ頷く斎王‥‥だったが。
「‥‥ルルイエ?」
「何か‥‥嫌な予感が、します。これを機に、伊勢が闇に包まれる様な‥‥」
「考え過ぎよ、きっと。それに今は天照様もいるのだから大丈夫」
 果たして直後、ルルイエがその身を震わせている様子を見れば何事かと問うと青く染まる彼女の唇から紡がれた、曖昧な答えには厳しい表情を浮かべ‥‥しかしすぐに笑顔を湛えてはルルイエの不安を一蹴した。

 そして再び天岩戸を巡る攻防戦がここに始まる、果たしてこの戦いが何を導く事となるか‥‥この時、それは誰にも分からなかった。

――――――――――――――――――――
 依頼目的:妖が打倒されるまでの間、天岩戸を守り切れ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要なので確実に準備しておく事。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:ルルイエ・セルファード、楯上優
 日数内訳:目的地まで五日(往復)、依頼実働期間は七日。
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●今回の参加者

 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb3581 将門 夕凪(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●天岩戸
 京都から伊勢へと至り、伊勢神宮にて楯上優とルルイエ・セルファードの二人と合流した一行は急ぎ、休みも取らないままその足を天岩戸へと向け駆けていた。
「皆の顔が揃っていないけど、十種之陽光になって初めてのお仕事かなっ♪」
「えぇ、そうですね。でも‥‥その最初の任がこの様な事とは」
 その中、先頭を駆ける一番年下のミネア・ウェルロッド(ea4591)が赤髪を躍らせてはそのままに振り返り、皆の顔を見回しては言うと一行の中程を駆けているルルイエが頷き応じ、次いで微かにその表情を顰めると
「十種之陽光でも戦闘はするんですね、最初の話では」
「事態が事態ですから、流石に対応せざるを得ないでしょう」
 それを聞いて長く伊勢の斎宮に関わり奮戦している大宗院鳴(ea1569)も頷き言うと、静かな面持ちで優は彼女に応じるとその先にやがて見えた、天岩戸を見やれば
「拠点防衛と言えど防衛対象には城壁も堀はなく、しかも数は向こうが上。更に妖狐に悪鬼が混ざる‥‥状況としては何とも厳しいですね」
「とにもかくにも、全力を尽くします。ただそれだけです」
「あぁ、そうだな。しかし全く、何処もかしこもきな臭い話ばかりで面倒だな」
 一先ず、今までに聞いた話を思い出しながら六条素華(eb4756)が瞳を細め一行を待ち受ける状況を反芻すれば少なからず彼女は肩を落とすも、その発言に皆が影響を受けるより前にメグレズ・ファウンテン(eb5451)が簡潔に、だがやるべき事を告げれば彼女と同じ種族ながら頭一つ以上は小さいネフィリム・フィルス(eb3503)もまたその意に頷き応じ、最後にぼやけば漸く苦笑を浮かべる皆。
「天岩戸に妖怪の群れ‥‥黒門の言っていた事がいよいよ現れ始めたか」
「あそこには何かが封じられていると言う話は聞きました。妖が狙うのであれば相当大きな力、奪わせる訳には行きませんわね」
「あぁ、それを阻止する為にもまずは天岩戸を守り通す事が先決だな」
 だが、それでも気は抜かずにガイエル・サンドゥーラ(ea8088)がいよいよ持って過去、伊勢を混乱に導こうとした黒門の発言が具現化し始めてきた事に呻くと、彼女の前を駆ける鷹神紫由莉(eb0524)が振り返らないままに自身、伊勢に付いて得た話を思い出しては守り通さなければならないものを改めて口にすれば、頷くガイエルだったが
「しかし、これほど派手に多くの妖を投入して来たと言う事は目当ての物があり‥‥恐らくは何らかの陽動作戦なのではないでしょうか?」
「そこんとこ、どうなんだ?」
「動きが急過ぎる。可能性として、決してないとは言えない」
 大きな動きだからこそ、何かあると睨んでいる素華の問い掛けが次に響けばネフィリムもまた頷いてガイエルへ尋ねると‥‥それは否定せず、肯定もしなければ伊勢に一番近いだろう彼女を持っても分からない事に皆は困惑を覚えるが
「とにかく、急ぎましょう。事が起きてからではきっと手遅れになります」
 それを拭う様に将門夕凪(eb3581)が凛と声を響かせ、皆を促せば‥‥早く天岩戸へ至るべく、一行は未だ伸びる道を疾駆する。

●激戦 〜天岩戸防衛〜
 やがて予定より早く天岩戸へ辿り着いた一行は数の差を埋めるべく、早く場にそれぞれが考えた創意工夫を拵える。
「これでも、ないよりはマシだよね?」
「えぇ、多少でも敵の進路を限定する事は出来るでしょう。後は‥‥」
 が材料こそ夕凪が自腹を切って携えてくるも、敵の侵攻が何時如何なる時に来るか分からない事からネフィリムが考えていた物見櫓は作れず、柵や塀こそ皆で作るも‥‥時間の都合等から所々が歯抜けていたりと散々な状態で、それを前にしてもミネアは明るい声音にて素華へ尋ねれば頷き返して素華はしかし、心許ない状況に不安を覚える。
「怖い方がいらっしゃったら、教えて下さいね」
「はっ、今更そんな心配は不要だ」
 だがそれでも、鳴の今更ながらな問い掛けが場に響けばそれに笑い応じるネフィリムの姿を見ては落ち着くと静かに、来るだろう刻を待つ。
「余り良い予感はしないか?」
 その中で一人、身を固めているルルイエの様子を察したガイエルは彼女が時折に見せた稀有な力を思い出して尋ねれば、視線だけ向ける彼女は長い付き合いの友人へ頷くと
「何か気になる事があれば詳しく聞かせて貰えないだろうか?」
「‥‥漠然とした、イメージなのですけど」
 ガイエルはルルイエへ一歩、歩み寄っては改めて口を開き尋ねれば英国の魔術師は遠慮がちに呟いた後、簡潔に言葉を織る。
「斎宮の、瓦解」
「まさか‥‥」
 それを聞き、ガイエルは考えていたとは言え起きうる最悪の事態に身を震わせるが‥‥それと同時、周囲の空気は淀み始めた。

 そして、それより後に三つの班へ分かれた十種之陽光は天岩戸防衛の任に就く。
「取り敢えず、向こうの方はこんな感じだったよ」
「成程、そうなると」
 その一つが班は未だ天岩戸から遠くで剣戟が響く中、周囲の警戒と出来得る限りの罠を敷き詰めて防衛線の構築に当たれば、近隣の偵察から漸く戻って来たミネアの報告を受けて素華は現状を平面化した何枚かの和紙を見つめながらやはり、新たな和紙へ筆を走らせていた。
「どう、なのかな?」
「今の状況で闇槍、五節御神楽や他の兵が敷いているこの辺りの壁の綻びを警戒する必要がありそうですね」
 その様子、固唾を呑んでミネアとメグレズが見守る中で自身らが至るべき場を見出した彼女はそちらを見やると、バーニングマップの魔法を用いては天岩戸周辺の大まかな地図を燃やし、その場へ最短で至る道も見出すと立ち上がれば
「それならば早々に動きましょう」
「えぇ、先手を打たれる前に」
「どうしたの、メグレズお姉ちゃん?」
「少しばかり、遅かった様です」
 メグレズが先に駆け出す中で素華もまた応じて駆け出そうとするが、何を感じ取ったかメグレズがその歩を唐突に止めるとミネアが次いで尋ねる中、詠唱を織って彼女はデティクトアンデッドの魔法を完成させれば、未だ見えずとも近付いてくる命なき存在を察し呻く。
「意外としっかり戦況を読んでいる存在がいる様ですね、それとも」
「単なる偶然かもね、とにかく‥‥」
「此処は他に兵も多くいますので、突破します」
「よっし、私に任せて!」
 感心する素華に肩を竦めミネアが言葉を返しながらもやるべき事を告げ‥‥ようとして素華にその後を継がれれば、頬を膨らませながらも腰に佩いている自身の背より長い太刀を抜き放ち、自身より倍も高い神聖騎士と揃い駆け出す。
「素華殿、支援を宜しくお願いする」
「猛々しき、紅蓮の焔よ。その御力、我が仲間が刃に宿りて正しく全てを切り裂かん武器と成せ」
 そしてメグレズの懇願より早く、素華の詠唱が響けばやがて視界の中に屍の群れが現れると同時、先ずは彼女の太刀に焔を宿すと
「破刃‥‥天昇!」
 紅に輝く刃掲げ、翼持つ摩獣を駆り空高くへ飛翔すれば直後にその群れが只中へ飛び込み、衝撃波を携えた剣閃を放ちその悉くを薙ぎ払うと
「メグレズお姉ちゃんも中々‥‥でも、私だって負けないんだからっ!」
 その光景を見届けては碧に煌く太刀を掲げて感心するミネアだったが、やがてはやる負けん気から駆け出せばメグレズの後に続き、屍の群れへ恐れず飛び込めば
「それに絶対、絶対にこんな所で負けてなんかいられないんだから!」
 声高らかにそれだけは告げ、疾く剣閃を煌かせた。

 しかし数では勝る妖の群れを前に一行ならいざ知らず、一般の兵達は時間を追う毎に倒れ伏すと負傷した彼らを癒す為の場も必然的に増えていく。
 そしてその一つは天岩戸の近くにも設けられれば、辺りの警戒を終えた後に夕凪らがその場を訪れてはその治療に当たるのも必然だった。
「まだ、この近くにまで妖は至っていない様ですね」
「だが気は抜けないし、此処でも私達に出来る事はある」
 さて、その夕凪は訪れた先が未だ平穏である事に安堵してすぐ後に響いたガイエルの警戒にも頷き応じるが
「でも、こんな所に。もう少し、環境の良い所であれば」
「止むを得まい、今は此処が一番‥‥」
 決して清潔ではない場に負傷する兵達が横たわる光景に彼女は渋面を湛えれば、やはり表情を曇らせるガイエルも頷きつつ彼らに近付いては魔法にて治療を施そうとするも
「お二人とも、来ましたよっ!」
「‥‥早々にこんな所へ、抜かりはないと言う訳か。だがっ!」
 場の警戒に当たっていた紫由莉が声を大にして敵の到来を告げれば微かに舌打ちだけして身を翻せば、その瞳の中に映るのは果たして空から飛来する悪魔の群れ。
「紫由莉様!」
「えぇ、分かっていますわ!」
 小兵ばかりではあるがしかし、その数故に夕凪も颯爽と駆け出しては志士の名を呼べば‥‥彼女とは違い、ゆるり歩きながら飛来する悪魔の中へ身を躍らせて群がってくるその一匹へ、後の先で閃かせた刃にてそれを両断すると
「私の身体、タダでは触らせませんわ」
「天岩戸は必ずや私達、十種之陽光が守り切って見せます!」
 淀んだ空気を払う様に笑みを湛え告げれば、その空気を切り裂いて夕凪もその場に飛び込むと左手を覆う手袋を外し、毒に塗れた拳を振るい悪魔達を次々に打ち倒していくとそれをきっかけに他の動ける兵達も彼女らに続き戦場と化す、天岩戸が目前。
「‥‥しかし、敵の目的が気になります」
「そうだな。ルルイエが感じたイメージを聞いたが先に紫由莉が言った通り、陽動と言う可能性が十分に有り得るも‥‥」
「天岩戸を穢す事によって天照大御神の力を抑えるのが敵の目的かも知れません。清めの儀式を行った方が良いのではないでしょうか」
 優勢に事を進めているからこそ、結界を可能な限り広範囲に張り巡らせているガイエルの元へ紫由莉が戻ってくれば、その光景を前に呟くと厳しい眼差しを戦場に据えたまま応じるガイエルも割ける範囲で思考を巡らせたその時、夕凪の懸念が場に響くと
「恐らく、行う必要はあるでしょうね。後で機を見て優さんに伺いを立てておきましょう」
「はい」
「‥‥ただ、それだけで済めば良いのだが」
「と、言いますと?」
 彼女に応じたのは紫由莉で、果たして笑みを宿したままに頷くと釣られて笑顔を浮かべる夕凪だったがガイエルだけはどうしても疑念を拭う事が出来ず、何時も以上に厳しい面立ちを浮かべ囁くとそれを聞き止めた毒蛇手の使い手は彼女が抱く不安に付いて尋ねるが、その答えはガイエルではない別な兵からもたらされた。
「斎宮が襲撃されている!」

●その狙い
 そして、その刻はやって来る。
「ハッ、何処からでも掛かってきなっ!」
 丁度その頃、動いていた一つの班に属するネフィリムは自身の眼前に幾多の刃を地に着き刺してはそれを状況で持ち変え、攻撃のみに徹し迫る妖を鳴らと共に屠っていれば‥‥やがてその苛烈さに負けてか妖が引いていたが、暫しの間をおいて近隣に張り巡らせていた鳴子が鳴れば三人の視界の中、一つの影が飛び込んで来る。
「誰だ、あいつ?」
「アシュドさん‥‥?」
「‥‥済まない、遅くなった」
 その光景を当然の様に訝るネフィリムではあったが、直後にルルイエがその影が名を呼べば果たして詫びたのは戦場の中を突っ切ってきたからだろう、薄汚れた黒い着物を羽織る彼。
「以前の様な事も考えられる、急な話ではあるが伊勢へ戻ろう」
「悪いけど‥‥あんた、本人?」
「参ったな、本人なんだが」
「申し訳ありませんが、今の状況でそのお言葉を信じるには‥‥」
 やがて三人の前へ辿り着くと唐突にアシュドと呼ばれた彼はルルイエの手を掴むなり言うが、初めて対するからこそネフィリムはマジマジと彼を見回しながら真直ぐに問えば、その態度を前に困惑してアシュドは微苦笑を湛えるもそれに鳴も引き下がらず、遠慮がちながら現状を鑑みて発言するが、その途中。
「確かに、そうだな‥‥でも少しばかり気付くのが遅いよ」
「え‥‥?」
「‥‥ちっ!」
 ルルイエが身を震わせたと同時、鳴の発言を遮ってアシュドが果たしてその口元を割き掴む彼女の腕を捻り上げて並ぶ犬歯を覗かせ嗤えば、動揺するルルイエを彼から引き離すべくネフィリムが舌打ちと同時に地を蹴り、彼と交錯しては微塵の躊躇いも見せず鞭を振るうも
「くすくす、警戒している人もいたから気にしてはいたけど‥‥この混戦のお陰もあって、何とかなったね」
「どうして彼女を狙うか、教えて貰おうか」
「ばーか、お前なんかに教えるもんか」
 手応えはなく、空を切った一撃をすぐに察し辺りへ視線を彷徨わせれば木々の高み‥‥魔術師を拘束したままに幼い口調で安堵の旨を語るアシュドはねめつけるネフィリムの問いに、ただの挑発だけで返すと
「この‥‥っ!」
「雷撃よっ!」
 それには動じず、しかし何の意図を持ってしてもこの状況を打破すべく剣士が再び地を蹴り、鳴の援護を受けては彼へ飛び掛かるも‥‥やはり目前でその姿は掻き消える。
「鍵だろう一つ、確かに貰ったよ‥‥」
 そして月夜の下、再び魔法にて彼女らと距離を離すべく転移した彼らは今度こそ、その姿を消した。
 一概にこの失態、個人での把握こそしている者もいたが積極的な情報交換がなされなかったからこそ導かれた結果であり‥‥しかしそれ故に誰も、誰かを責める事は出来なかった。

●清めの儀 〜今は舞う他になく〜
 それでも、天岩戸だけは敵の手に落ちる事だけは免れる。
 与えられた任は確かに達成した、しかし‥‥それでも十種之陽光が面々の表情に失意の念が浮かんでいたのは当然だろう。
「分かっていながら、守る事が出来ませんでした‥‥」
 それは一重に、ルルイエの拉致があったからこそで紫由莉も警戒していたからこそ、自身の手が及ばなかった時に起きたその事件に歯噛みしては表情を曇らせていたが
「取り敢えず騒動も落ち着きましたし、天照様に何かあっても事なので夕凪さんが言う様に何時もの清めの儀を行いましょう‥‥お腹も空きましたが」
「そうそう、先ずはそっちをしっかりやらないとねっ!」
「‥‥えぇ、そうですね」
 だが、その中でも鳴が普段と変わらない明るくも朗々とした声にて皆へ呼び掛ければミネアも頷くと、漸く紫由莉も顔を上げては応じるとゆっくりと巫女達は動き出し清めの儀を行なう準備に取り掛かる。
「一度ならず、二度までも守れなかったのか。今度は私がアシュド殿に合わせる顔がないな」
 だが、その中でも彼女の事を深く知るガイエルは普段よりも厳しい表情を崩さないままに呟き神楽鈴を手にしながらも固く、掌を握り締めた。

 未だ混迷が続く伊勢‥‥果たして綻びが生じた今より先の未来、何が待ち受けているのかは更に分からなくなった。
「少しでも平穏な日々が続きます様に‥‥」
 だがそれでも夕凪は‥‥いや、十種之陽光は祈りを織る事を忘れずに舞うのだった。
 例え今は儚くとも、伊勢の未来を明るき物とする為に。

 〜一時、終幕〜