●リプレイ本文
●伸るか反るか
伊勢近隣にある、とある山の中‥‥女装盗賊団『華倶夜』の根拠地を漸く眼前に臨むは冒険者の一行と伊勢藩主、藤堂守也に‥‥何処か気乗りしない表情を湛える志士一人。
「やぁやぁ、皆元気にやってるな〜」
しかし志士が佇む一画だけ淀んでいる空気は気にせず、遠目に見える戦場の様子を眺めては感心する草薙北斗(ea5414)の明るい声が響き渡れば、皆も何処か楽しげな表情でまず今後お目に掛かる事はないだろう、風変わりな戦場を眺めるも
「ねぇ、こんなに城攻めしている最中に簡単に潜入出来るのでしょうか?」
「潜入だけなら簡単に出来るだろう」
「でももしかして‥‥既に逃げる手筈が整っていて、近くの川に小船が用意されていたりして?」
「可能性は無きにしも非ずだな。一応逃走路の捜索と掌握は幾人かへ指示こそしているが‥‥そうだな、後少し人員を割こう」
「うまく行っているといいんですが、彼らも追い詰められて何をしでかすか分かりませんし」
「そう、だな‥‥」
それ故に響いた、李明華(ea4329)の疑問は確かに伊勢藩主も把握こそしていたが、彼女が言う不安要素を聞けばその結果が未だ届かない事には不安を覚えると早く近くにいた部下へ指示を出すも、眉根を顰める二人。
「しかしあれだけの砦に、これだけの規模の屋敷を作る技術と女装する勢いを他の所に何故活かせないんでしょうかね? まぁ、だから馬鹿なんでしょうけれども」
だがそれは今考えてもしょうがない事であり、視線を三階建ての屋敷にだけ向けているドワーフの潤美夏(ea8214)が今まで女装盗賊団が辿って来た道程を思い出して改めて呆れるが
「全身全霊を懸けていくわよっ!」
「そうだな、馬鹿だからこそ逆に侮れない‥‥皆、油断なき様にな」
だからこそ逆に皆へ気合を入れるべくミカエル・クライム(ea4675)が喝を飛ばせば、長きに渡り『華倶夜』と戦って来た月代憐慈(ea2630)も頷きながら、最後になるだろう戦いへ赴くに辺り皆へ簡潔に注意事項を告げる。
「えぇ。でも今回もきっと大丈夫‥‥なんせ、小次郎先生も同行するしね〜♪」
「ありゃりゃ、小次郎せんせがいるって事は‥‥女装するのかな?」
「せんわっ! 全うな手段での手伝いに来ただけだ! そうだろっ‥‥!?」
すると皆が頷くその中、長き金髪を風に靡かせながら微笑むミカエルは此処で漸く‥‥場の一画の空気を淀ませている犯人へ視線を移せば彼女が紡いだその名を聞いたパラーリア・ゲラー(eb2257)、わざとらしく視線を彷徨わせては彼を見付けるとニコニコ笑顔を浮かべ首を傾げて問い質せば‥‥可愛らしい女性二人の視線を浴びる十河小次郎その人は憤慨して視線を守也へ向けるも、その彼は早く視線を逸らせばその反応を前に驚愕して小次郎はよろめくも
「いやいや、嘘を言ってはいかん小次郎殿‥‥心の準備はよろしいか?」
「良くないっ!」
「きっとこの依頼が終われば女装する機会もなくなるよ。逆に生き残っちゃったらまた〜、ね。だから落ち込まずに一暴れしようよ、小次郎さん♪」
「いやだぁーーー!」
「こんな面白い事は見逃しませんわね」
彼の肩を叩き憐慈がほくそ笑めば、それでも抵抗する彼へ最後に北斗が止めを放つと彼は絶叫放って駆け出そうとするが‥‥憐慈の叩いた方とは逆の肩を美夏、鷲掴みにして踏み止まらせると僅かに動きを止めてしまったその数瞬の間、場に居合わせる殆どの者に囲まれる事となれば小次郎は諦めざるを得なかった。
此処に来てしまった事が間違いである事に気付かなかったのだから。
●
「‥‥お似合いですよ」
「‥‥返せぇ! 俺の青春を纏めて返せぇーっ!」
と言う事で小次郎の身柄確保から暫し‥‥お色直しを済ませてきた彼を見るなり、今まで沈黙を保っていた長寿院文淳(eb0711)は内心では何を考えているかこそ知れず、だが静かに微笑み褒めればジャパンらしい巫女服に身を包んだ小次郎は泣きながら叫ぶも、生憎とその表情は誰が準備したのか分からない怪しげな仮面に覆われており、見えず仕舞い。
「‥‥この様な悲劇をこれより以降、無くす為にも是非頑張って下さい」
「悲劇なのは俺だけだー!」
しかしそれを雰囲気だけで察し、大柄ながらも優れた忍の緋芽佐祐李(ea7197)がフォローならざるフォローを入れると彼、両手を掲げて天を仰ぎ見れば
「そ、そこの真面目そうなお侍さん‥‥こいつらに何とか言ってやってくれ!」
「‥‥プッ」
辺りを見回し、文淳同様に静かなままだが生真面目に見えた侍の滋藤柾鷹(ea0858)へ助けを請うべく視線を向けるが‥‥僅かな間の後、彼は場に小さく鋭く空気を漏らす。
そりゃそうだ、何処で手に入れたのか怪しげな仮面をつけているのだから君が噴き出すのは悪くない、誰だってそんな恐ろしい仮面を着けた人に見つめられれば噴き出すからね。
「プッって何だ、プッて!」
「‥‥頑張って下され。最早逃れられぬものと存ずる」
「おい、逃げんな!」
「これで最後にせねばならぬな。では、いざ参ろう」
「そうだな。それでは私は陽動に回らせて貰う‥‥潜入する者達も頑張ってくれ」
しかしそこまでは気が回らずに小次郎は正しく怒髪天を突かんと髪を噴き昇らせるも、構う事無く長身の侍が踵を返して皆を促せば柾鷹の呼び掛けに応じる、男性にも見間違えられるだろう風貌持ちし氷雨鳳(ea1057)。
その光景を傍らで見守っていたのはこの手の類は余り体験がないのだろう故‥‥一連のやり取りに唖然としつつ、傍らで静かに聳える巨大なロック鳥と共に屋敷に潜入する一行へ激励を送ると
「えぇ、ちゃっちゃきすみやかにたいじをするため、せいいっぱいがんばりますわ」
「‥‥鼻をほじるな」
応じる美夏の、棒読み口調から伺える投げ槍でやる気がマイナス突破なその態度へ小次郎は突っ込みながら何時もの事とは言え、深く溜息を漏らしながら肩を落としつつも歩き出した。
「はぁ〜〜〜、行く‥‥か」
だがとりあえず腹いせに頭一つ低い彼女の頭を小突き、鼻に埋めていた自身の指を鼻腔の更に奥へと導いてやる事だけは忘れずに。
●突入、からくり屋敷?
●甲班:憐慈、佐祐李、文淳、小次郎
女装盗賊団『華倶夜』の根拠地、『華憐』の一階北側にある入口から内部へと潜入した憐慈達が班は入るなり暫くは何事もなく二階から三階へと至るが‥‥それも束の間に早々と『華倶夜』拠点防衛の要とも言える部隊、『鉄陣』と小競り合いを繰り広げていた。
場所が場所故、一度に動ける数が限られており動きも機敏ではない『鉄陣』の攻撃は大した事こそないのだが‥‥いやに頑丈な彼らを前に四人は手を焼いていた。
「があぁっ! うざいっ!」
無論それは巫女装束に怪しい仮面を付けているが故、狂戦士宜しく怒りに身を任せている小次郎でも変わらず、その彼を傍らにやはり巫女装束を纏う憐慈は外部から魔法にて内部を調査した際に確認したよりも早い、『華倶夜』が見せた予想以上の動きに毎度ながらとは言え舌を巻く。
「流石、一筋縄では行かない‥‥か」
「とは言え、此処で引く訳には行きません‥‥忍びの意地に賭けて!」
だが普段は温厚な佐祐李は十二単の中に何か、明らかに着込んでいるだろう恐ろしく頑丈な彼らを前にしても引かず怯まず、益々意気をあげて魔力宿した剣を掲げるが
「引く!」
突如響いたのは『鉄陣』を率いる、むさい長の野太い号令‥‥その指示は早く部隊内に伝わると鈍足ながら後退を始める、優勢でも劣勢でもない『鉄陣』の面子。
「‥‥どうした、事でしょう? 戦う意思がないのなら‥‥無益な殺生こそしませんが、そうとも見えません、よね」
「あぁ、まだ余裕はある筈‥‥なら下手に深追いは」
「待て、こんちくしょう!」
「あ、小次郎さん! 待ってく‥‥」
その、いきなりな光景に黙々と剣を振るっていた文淳は唖然と見送りながら空を切った刃を早く鞘に納めるも、唐突なその行動に疑問を持った憐慈が皆を制止するが‥‥時既に遅し。
既に駆け出していた小次郎へ慌て佐祐李が彼を呼び止めるも、彼女が紡いだ言の葉が全て終わるより早く小次郎は三人の視界から掻き消えた。
「ひぎゃーーーーぁ!」
「落ちましたね」
「落ちたな」
「‥‥大丈夫でしょうか?」
「まぁ、小次郎殿の事だ。心配はないだろう、むしろ彼なら単独の方が色々と都合がいいかも知れない」
「それもそうですね」
「なら‥‥」
盛大な叫びだけ、遠ざかる様に場に虚しく響き渡れば即座に彼が消えた方へと駆け寄り三人‥‥見事に大きな口を開けている、暗くて底の見えない落とし穴を覗き込むとそれぞれに彼の行方を気にするがそれも僅かだけ、次にはあっさり憐慈が言い放った言葉に佐祐李も先に伸びる通路を警戒しつつ賛同すれば、文淳は二人の意を汲んで落とし穴へ合掌しながら呟いた。
「先に進みましょうか‥‥」
●乙班:ミカエル、北斗、美夏
一方の乙班は身軽な北斗の手引きにより二階、南方にあった大きな窓より『華憐』内部へ潜入を果たす。
「結局、こちらへは来てくれませんでしたわね」
「照れてるだけよ」
そして今、あちらこちらへ延びては曲がりくねる通路を只管歩きながら男物の着物を纏う美夏。
彼らをおちょくるべく、凛々しいいでだちに身を包んでいたが‥‥先に浴びた小次郎の粛清より流れ出でる様になった鼻血の流出を防ぐ為に鼻栓をしている姿は何とも締まらず、だがその原因の発端である彼がこちらへ来なかった事に何とも残念そうな声音を上げるが、それを察して彼女と同じ様な装いに身を包むミカエルは彼女を宥めるも
「それにしても‥‥」
「何か、堂々巡りしている気がするわね」
二人の先を進む北斗が不審げな瞳を辺りに配しつつ呟けば、同じ事に気付いているミカエルは豊満な己の体を縛るさらしを気にしながら溜息漏らし、今自身らが置かれている状況に考え至る。
「間違いなく、見事に迷っているわ」
そして恐らく、迷い込んだ此処は迷路の類なのだろうと言う事も。
「かれこれ、一刻は過ぎたかなぁ?」
するとその事に考え至っているのかは不明だが、北斗が明るげな声ながらも大よそながらに過ぎ去った時間を告げれば尚嘆息を漏らしたのは美夏。
「‥‥天才と馬鹿は紙一重とは言え、此処まであからさまに見せ付けられると最早感心する他にありませんわね」
「認めたくないけどね」
「けど、それなら僕達も負けてないよ!」
「そうですわね、女装盗賊団をおちょくり倒さない事には今までの事を私は許せませんし」
鼻栓を抜いては漸く血が止まった事を確認すると、それをポイ投げすれば自身の意を曲げ感心するとミカエルも続き頷くが‥‥何を指してだろう、不明瞭ながらも北斗が二人へ檄を飛ばせば美夏も鼻血が止まったばかりにも拘らず、鼻息荒く自らの目的を高らかに告げれば一人身軽に先を進み罠の有無を探る北斗の後を追うのだった。
●丙班:柾鷹、明華、パラーリア
残された最後の丙班‥‥彼らは他の班とは違い、それぞれの性別が確かに分かる衣に身を包んでは『華倶夜』が退路として用いそうな場所の断絶を試みると今、他の班より遅れて漸く正面の真反対である西方より内部への侵攻を開始する。
「しかし‥‥さっきのは何だったんでしょうか?」
「小次郎先生だったと思うけど〜、何処まで落ちていくんだろうねぇ?」
「‥‥無事であればいいのだが」
出遅れたにも拘らず‥‥いや、それ故か。
いるだろう『華倶夜』の防衛部隊には遭遇する事無く、内部においても逃走路がないか探索しながら進んでいた三人はつい先程‥‥僅か遠く、直上より振って来た怪し過ぎる仮面を付けた巫女装束の人間が誰だったか、見当こそ付いていたが何事が起きているか分からずに話しながら先へ先へと進んでいた。
「もうそろそろ、逃走路は潰し終えたろうか?」
「多分ね。でも何だかんだで結構あったから、気は抜けないかも」
だが暫く進めばそんな事も忘れて三人、改めてあちこちにあった逃走の為に作られた通路を指折り数える。
「でも〜、女装盗賊団の人は全然見ないねぇ」
「‥‥そう言われてみれば」
しかしその折に逃走路の破壊に一役買ったパラーリアが屋敷に入ってから全く見ていない『華倶夜』ご一行の存在を告げると、明華も言われてすぐに思い出せば
「こっちの方は外れだったのでしょうか‥‥」
「それならそれでも構わぬだろう、大事を考えれば今拙者らが行なっている事も重要であるが故に。とは言え三階にも成る屋敷だからこそ、簡単には頭の元へ辿り着けぬだろうし時間が限られているとは言えじっくり行かぬとな」
「そうですね」
何か残念そうにうな垂れる彼女だったが、柾鷹が普段と変わらぬ堅苦しい言葉遣いながらも明華を宥めれば、やがて頷き顔を上げる彼女。
「何かおーっきな扉があるよ?」
とその時、パラーリアの声が響くと同時に顔を上げた明華の視界に飛び込んで来たのは一つの大きな大きな扉。
「倉庫、かなぁ?」
「それにしては造りが嫌にけばけばしい気がするが‥‥まさか」
「ねぇ」
続く、巫女姿の小さな彼女が推測には柾鷹も頷きながら‥‥だがその出来栄えが何とも桃色チックな事に否応なく気付けば嫌な予感は拭えず、二人へ振り返れば彼女らもまた苦笑だけ貼り付けつつ、恐る恐る扉を開けば次には四つの声が重なり響くのだった。
『‥‥あ』
●陽動班:鳳
さて、一方の屋敷の外。
「依頼を引き受けては馳せ参じた氷雨鳳。非力ながら援護仕る‥‥行くぞ、神風」
一行の中で唯一、陽動に申し出た鳳は若いとは言え十分に巨大なロック鳥の神風へ指示を下してはその巨躯を宙へ舞わせ、引いては押してくる『華倶夜』の面々薙ぎ払わせていた。
「はぁぁ! 腸をぶち撒けろぉ!」
そして無論、当人もまた戦場の真只中を疾駆すれば普通の脇差よりも長い己が得物を振るい‥‥様々な姿を披露しては立ち向かって来る『華倶夜』に内心引きつつも自身をも叱咤する様に叫べば、その光景に魅入るのは陽動の指揮を執る伊勢藩主の守也。
「派手には派手だが‥‥凄まじいな」
飼い慣らされていて、主従関係も確かながら先の依頼では報告だけで聞いていた魔獣の活躍ぶりを初めて目の当たりにした彼は驚愕を覚え、複雑な表情こそ湛えるも‥‥今はそれを考える時ではない事に思い至れば、彼女に負けじと守也も鋭く刀を一閃させる。
「さて、面白い物は見られるかな‥‥」
だが、彼女は藩主の視線には気付かないまま‥‥体勢を立て直す為か、一時的にだろう静かになった『華倶夜』の面々が怪しく動き回る中へ神風を再び突撃させれば、大脇差にこびり付く血を払い内部に潜入しただろう一行の事を想い、成功を信じているからこそ場には不釣合いな微笑を表情に宿し、再び駆け出した。
●決着の刻
再び屋敷へと視点を戻そう。
先の妙にけばけばしい扉を開けた丙班‥‥その向こうには、まだ見ないだろうと思っていた人物の存在があれば今はただ唖然と口をあけていた。
そして開かれた扉の向こうにある、広大な部屋に次いで舞い降りる沈黙だったがそれも僅かに一瞬だけ。
「もう逃げた後かと思ったのですが、意外でしたね」
「今になって引くなんて事、出来る訳がないじゃない‥‥散って行った同志達のためにもね」
だだっ広い空間を包む、余り良い趣味とは言えない香の匂いが漂う中で秀麗な面立ちに浮かぶ眉根を歪めつつ明華が第一声を紡ぐと、彼女らとは距離こそ離れているが真向かいの位置にいる凛々しくもそれなりには美麗な立ち姿を披露する男性が一人、答えを返す。
「もしかして‥‥『姐さん』?」
「えぇ、そうよ。今日も色々とやってくれたみたいだけど、此処は素直に褒めておくべきかしらね」
「えへへ〜☆」
するとその姿を見て瞳を輝かせるパラーリアが次いで問えば、返って来た予想通りの答えに尚顔を綻ばせるとそれとは裏腹に『姐さん』は眉根を顰めつつ、しかし三人を賞賛すれば遂に彼女は破顔するが
「先に言った心意気には感服する‥‥が、いささか手段を間違えている様に思えるが?」
「そうかしら? でもこうでもしないと人々は皆、目を向けてくれないのよねぇ‥‥どれだけ声高に『此処にいる』と私達が言っても皆、腫れ物に触る様な目で見るだけ」
一歩前に踏み出した柾鷹は厳しい眼差しを変えず『姐さん』へ言葉で迫るも、手に持つ扇にて口元を隠す彼は己が目を細め天井を仰ぎ見、呟くと
「人それぞれに生き方がある様に、私達だって確かにこの生き方を選んだのに‥‥どうしてこうも違うのかしらねぇ? でも、私達は自分に嘘を付いてまで歩きたい道を曲げたくはない。だから」
「こんな事をしているんだねっ!」
「こんな事、なんて言わないで頂戴‥‥!」
その、意外にも真面目な面持ち湛える『姐さん』を前には「女装のせいだ」と突っ込めずに三人、続く話へ耳を傾けるも‥‥やはり我慢し切れなかったパラーリアが彼の話の間に割り込み茶々を入れれば途端、荒々しく言葉を吐いた彼は表情をガラリと変えて彼女をギラつく瞳で睨み据えると
「私達はこの生き方に誇りを持っている、確かに悪い事をしているけれど‥‥それでも」
いきなり見せ付けられた鬼気迫る表情に息を飲んだパラーリアには目もくれず、今まで一行が知る筈もなかった胸の内を明かせば『姐さん』は真直ぐに、強き光を宿して再び三人を見据える。
「‥‥どうやら、力付くで止める他にありませんね。悪い事はどれだけ言葉を並べて正論づけようとしても悪い事なのですから」
「そうね、私達と貴方達‥‥決して相容れないもの。なら、それ以外にないでしょうねぇ」
だが、それで冒険者達の気持ちは折れる筈もなく‥‥改めて、明華が己らの答えを彼に提示すると『姐さん』もまた頷き、顔を綻ばせれば先まで口元を隠していた扇を下げ大きな音と共にそれを閉じれば次に、それを合図として天井裏にでも潜んでいたのだろう続々と静かに床に降り立つ際どい忍び装束に身を包んだ女装集団が現れれば、刀を抜き放ちながら柾鷹。
「しかしまだ、こんなに兵を伏せていたか」
「そりゃあ、こんな所で負ける訳には行かないから万全を期さないとねぇ?」
「でも、外にも伊勢の藩士達が沢山いるし生憎と逃走の道は多分全部、潰しましたが?」
瞳だけ僅かに緩め、僅かだけ呆れるとまだ引くべき時ではないと胸を張って告げる『姐さん』だったが‥‥次に紡がれた明華の言葉を聞けば彼、目を見開いて思わず動揺を露わにする。
「‥‥種はこれだけあるわ、一人だけでも落ち延びればそれは芽吹きやがて大樹となる。それだけでも出来れば、私達は何時までも存在出来るの」
「‥‥?」
「勿論、どんな状況だろうと私達はこれからも『この道』を歩くつもりだけど‥‥私達は確かに『此処にいる』事を世界へ向けて叫びたい。それだけは確かで、誰にも曲げられない」
だが次の瞬間、気を取り直して鼻を鳴らすと意味深な言葉を紡ぐ『姐さん』に三人は困惑すると、彼らが浮かべる表情に肩だけ竦めれば少しだけ噛み砕き言い直して彼は改めて己が抱く意思が確固として変わらない事を見せ付けるが
「益々持って勿体無いな、それだけの力に志があれば他にも色々と出来る事はあるだろうに‥‥それではいささか、手段が違うな」
「長話が過ぎたわね‥‥とにかく、諭されるつもりはさらさらにないから」
何時の間に来たのか、扉の後より甲班に属している憐慈の声が響けば更にその後に佐祐李と文淳の姿を認めた『姐さん』は彼の言葉を聞いて額に皺を寄せると、それを拒絶すれば手で弄んでいた扇を六人へ突きつけて部下達へ最初にて最後の指示を下した。
「だから‥‥さぁ、始めましょう」
●
それより始まる戦いは今までに誰も想像しなかっただろう、緊迫したもので‥‥純粋に互いの意思と意思がぶつかり合っていた。
「‥‥悪い事は悪い、貴方方はそれを認め償わなければ‥‥なりません」
「私には夢がある! それは例え誰であろうと止めさせはしないよっ!」
とは言え、だ。
「しかし何とも言い難い珍妙な光景であるな、慣れてしまった自身が恐ろしい‥‥」
機敏に動く、くのいちもどき達の攻撃に鎧を削り取られながらも平然と呟いた柾鷹の言葉もまた事実‥‥なんせ場にいる殆どの者が女装をしているのだから、極普通の人がこの光景を見ればそう思うのが当然である筈。
だが彼が紡いだたったの一言だけで戦いは収まる筈もなく、むしろ更なる混迷を極める事となる。
「遅くなったわっ!」
「ごめんねぇ〜!」
戦い始まって間もないとは言え一行の最後‥‥迷路に始まりどんでん返しや落ち天井に嵌った挙句、汚泥に嵌りドロドロな姿と化していた仮面巫女を拾い進めば漸くこの場に辿り着いた乙班with小次郎。
男装の装いそのままに、火の鳥と化しては延焼しない様に気を付けつつも突貫ブチかますミカエルが紅蓮を撒き散らせば僅かに怯んだくのいちもどきの只中へ駆け込み北斗、更に場を掻き乱すとその視界の片隅に一人だけ明らかにいでだちの違う者を見止めると
「‥‥花魁じゃないよ」
「花魁はちょっと趣味じゃなくてねぇ‥‥」
「こんなアホ‥‥ではなくて大きい盗賊団を仕切る輩はどの様な人かと思いましたが‥‥ふ」
「何その盛大な溜息と哀れむ様な目はっ!」
「実際、哀れんでいますわね」
「‥‥こんのチビ髭」
何に期待していたのか、さも残念そうな表情浮かべそれだけ言うと‥‥こめかみに青筋立てる『姐さん』は突然な闖入者達に冷たい瞳を向けるも、伸びている小次郎を引き摺りながら最後に現れた美夏の、非常に辛辣な言葉には素直に敵意を剥き出しにするがその時。
「随分と、余裕ですね」
「‥‥ちっ!」
僅かとは言え出来た隙をも逃さずに佐祐李が彼との間を一気に距離を詰めれば、慌て鉄扇を翻して『姐さん』は彼女が振るう剣を弾きながら舌打ち一つ。
「大体貴方達は女装も何もかも甘過ぎです。女装は女性用着物をただ着てれば良い物でもないでしょう‥‥忍者の女装訓練はもっと厳しいです」
「そうなの?」
「えぇ」
その、様になっている彼の姿を見れば尚も彼女は憤りを露わにして剣を続け様振るい言えば、明かされる忍びの修行が一端を初めて知った『姐さん』が紡ぐ問いに、しかし彼女は素直に頷き答える辺り、変に人が良い。
「忍びの一人として女装訓練で大変な思いをして技を身につけた仲間の為に‥‥いえ、それよりもただ単純に、こんな連中に負ける訳には行きません。故に女装した盗賊に負けるなど恥、本気で行かせて頂きます」
だが何時もの表情を見せたのは僅かにそれだけ、次にはすぐにまなじり上げて佐祐李は確かな踏み込みから忍びとは思えない剛剣を立て続け振るう‥‥忍びの面子にも賭けて女装盗賊団を捕らえるべく。
「けれど、その程度なら‥‥まだまだね」
しかし女装盗賊団『華倶夜』を束ねる『姐さん』もさるもので、彼女が振るう鋭き一閃を悉く両手に持つ二つの鉄扇にてあしらう。
尤も、それ故に防戦一方となる彼ではあったが対峙する彼女の隙を見逃さぬ様に瞳は常に細められたまま‥‥佐祐李もそれは察し、ならばと攻める手は尚も緩めないが
「お前らが俺の『本当の敵』なんだなぁーっ!」
「なっ‥‥?!」
その均衡する場へ唐突に飛び込む者あり‥‥それは先まで昏倒していた筈の小次郎その人で、突然に攻め手が増えた事に少なからず『姐さん』は狼狽するも
「これだけの逸材を手に掛ける事になるなんて、どうして世の中はこんなにも世知辛いの‥‥」
「‥‥ぶっころーす!」
次には何故か彼の出で立ちを認めるからこそ渋面を浮かべ残念がれば、女装盗賊団の被害に遭っている小次郎は余計に猛り狂うと佐祐李の攻撃が間と間を埋める様に自身、携える日本刀を振るえば鉄扇が一つを叩き飛ばす。
「今だねっ!」
すると、くのいちもどきも真っ青な回避術を披露していたパラーリア。
確実に場の状況を察していたが故にその瞬間を見逃さなければ、密集しつつあるくのいちもどきと『姐さん』を一直線に捉える位置へ移動するなり、懐より取り出した巻物に封じられていた魔法を解き放つ。
すれば直後、間違いなく発動した重力波は凝り固まる彼らと小次郎をも纏めて吹き飛ばすと
「なっ、仲間ごとだってぇ?!」
「小次郎先生なら大丈夫だし‥‥だから、これで終わりだよっ☆」
呆気にとられつつも叫ぶ『姐さん』を尻目に彼女は再び別の巻物を取り出して、体勢を立て直そうと膝を突いた彼を氷の檻へと封鎖を試みれば‥‥果たしてそれは成功すれば『姐さん』。
「何で私達が‥‥あんたらに負けなきゃならないんだい‥‥」
「敗因はそうだな‥‥自分で考えろ」
「そうねぇ、女装の美麗さ?」
「‥‥っ、確かに‥‥」
その身が氷に包まれていく中で何が彼らと一体違うのか、初めて一行へ問うと‥‥付き合いが長いからこそつっけんどんに返す憐慈と、肩を竦めてはミカエルのさも当然だと言わんばかりの答えを聞けば彼は渋面を浮かべつつもそれを認めながら、氷の檻に閉じ込められるのだった。
「突っ込んでくれよ誰か‥‥特に最後」
一人だけ納得出来ず、何故か一気に気が抜けた小次郎が崩れ落ちる中で‥‥。
●
内部では一行と『姐さん』の決着が付けば、残る残党の捕縛を試みていた頃‥‥屋外でもまた、大勢の決着は決まっていた。
「私の刀は沢山の血を吸って来た‥‥そしてそれは、これからもな‥‥」
女装盗賊団と伊勢藩士達の数は互角だったからこそ、終幕を感じ取って瞳をすがめ呟く鳳と彼女が養う神風の存在が正しく、屋外での戦闘の結果を導いたと見て間違いないだろう。
「やっと、終わったな‥‥助力に感謝する」
一騎当千‥‥それが当て嵌まる活躍に守也は伊勢藩士と鳳に対し感謝するが‥‥彼の、神風を見つめる複雑な光宿した瞳を見れば鳳は今になって守也が危惧しているだろう事を察すると、複雑な面持ちを湛えながらも決然とした表情で伊勢藩主へ言うのだった。
「確かに見た目は異質かも知れず、振るわれる力は凄まじい‥‥だが結局は、その力を振るう者の意思次第。そしてその結果は目の前にある通り、いささか例えは違うかもしれないが少しだけでも信じては貰えないか?」
「‥‥そうだな」
●その願いは果たして
やがて夜の帳が落ちる中、しかしそれを払わんとするかの様に『華倶夜』根拠地『華憐』が業火に包まれては崩れ落ちる時、その傍らにて『華憐』崩落を見守る関係者一同。
「衣装集めなどかなり偏っているだけ、それだけが目的で組織が成り立つなんて‥‥不思議ですよね」
「そう言えば何故、女装盗賊団を組織するに至ったのか?」
「あぁ、それは俺も気になったな。全てを敵に回してでも叶えたい五つの願い‥‥一体、何だったんだ?」
無論、縛に付く『姐さん』はその光景を目の当たりにしてうな垂れるが、そんな彼を見て明華が改めて女装盗賊団が成立した理由に疑問抱き、それを口にすれば皆も一様に思っていたのだろう、彼女の疑問を皮切りに柾鷹に憐慈も口を揃えると‥‥『姐さん』。
「乙女のヒ・ミ・ツ☆」
「なぁ、殺していいか。今すぐ殺していいか‥‥」
「気持ちは分かるが殿中でござる、小次郎殿」
果たしてその答えは見事に小次郎を殺気立たせる事となり、未だ相変わらずな姿のまま勢い良く彼が刀を抜けばそれを止める柾鷹らの姿に一行は一様に笑顔を湛えるが‥‥彼らの傍らにいつつも、冷淡な光を宿す瞳はそのままな守也の姿を見止めれば憐慈。
「でもこのまま埋めてしまうのも勿体無いと俺は思います。無茶なお願いとは承知した上で‥‥何とかなりませんか、藤堂殿?」
「ならん」
「これだけの能力を牢獄に埋もれさせるのも勿体無いと思うのよね。伊勢藩の為なり、民衆の為なり、あたし達の為なりに役立てられないかしら」
「ならん」
「罪を償うべきではござるが、改心するのであれば寛大な処置を‥‥」
「ならん」
「あのー‥‥」
「ならん!」
旧年の敵であった『華倶夜』にも拘らず、彼らが持つ力だけは認めるからこそ彼らへの温情をと申し出ると、それを皮切りにミカエルや柾鷹も続くが‥‥彼は聞かず首を左右に振れば、言い淀みつつも一先ずは守也を宥めようとする明華の言葉も途中で遮る伊勢藩主は結構に怒り心頭な様で、それから暫し『華倶夜』の今後の処遇に付いて藩士も交えて話す事となるが
「しかしやっと、終わったな‥‥」
「でもこの終焉こそ、新たな始まりだったりして‥‥ふふっ」
『‥‥縁起でもない事を言うな』
喧々囂々とそれぞれが揉める中でも、漸く事態の収拾へ至った事に気付いた憐慈が感慨深げな独り言を漏らせば、それを聞いたミカエルは彼へ視線を向ければ呟き微笑むと途端、先までいきり立っていた筈の伊勢藩主に小次郎は呻くのだった。
尤も、それが事実になるかも知れない事を一行はまだ知らない。
〜実は続きます〜