【拭えぬ情念】修練

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月08日〜09月13日

リプレイ公開日:2007年09月16日

●オープニング

●あれから後‥‥
 京都近郊にある、とある寺の境内にて荒い息だけが響いていた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
 それはその寺を守り、また近くの墓をも守る事となった青年が漏らしているもので‥‥久慈司は冒険者らに助けられてから後に日々、行っている早朝の基礎鍛錬に今日も早々と疲労困憊と言った風に息を荒げていた。
 尤も、つい先日までは普通に日々を過ごしていたのだから僧侶が課した結構に厳しい修練で司が息を上げるのも当然と言えば当然だった。
「まだまだ、じゃの」
「じゃのー!」
 その、地に掌を付いてはうな垂れて肩を荒く揺する彼を前にしても老練たる僧侶が安藤兵衛は溜息を漏らせば、傍らで朝食を取りながらその孫娘が安藤牧も続き言葉尻だけ老人を真似て響かせれば彼。
「手厳しい、ですね‥‥」
「折角の申し出だ、手を抜いては失礼だろうと思っての」
「はは‥‥確かに」
 不平や不満こそないも、厳しい体力作りに今度は根を上げるがにこやかに応じる兵衛の言葉を聞けば乾いた笑いしか返せない司だったが
「しかし、あれだけ肝の小さかったお主がどう言った変容を遂げたと」
「‥‥出来る事を、放棄したくなかっただけですよ。確かに突然だったし、父の事も良くは知らないけれど‥‥それでも、僕に託されたのならやるべき価値はあると思ったんです。それに」
「それに‥‥?」
「彼らの頑張りを見ていたら、こんな自分でもいずれは墓守としての勤めが出来るのかな‥‥と。きっと彼らだって初めから強かった訳じゃない筈、それなら」
「成程の。そう思ったのなら、足掻いてみるが良い」
「はい‥‥でも」
 次に響いた、僧侶の問い掛けを聞けば彼は息を整えた後‥‥果たして顔を上げて立ち上がってはその答えを返すと納得して兵衛が頷けば応じて司も頷くが、次にはすぐに瞳の光を揺るがせるて辺りの風景へ視線を配すれば
「この状況は以前ほどでないにしろ、何が原因なのでしょうか」
「さてな、じゃが確かに言える事が一つある」
「‥‥何ですか?」
 以前よりもその数こそ減っているが、相変わらずに墓地の所々で蠢いている屍の姿を見止め呟くと、老人もその答えは返せず今言える事だけを口にする。
「今のこの場、今のお主にとって良い訓練の場じゃと言う事だ」
「‥‥あー」
「まぁ原因も探しておく故にお主は安心して訓練に励むと良い。目付け役と共に何らかの目標を設定して、それに向けてな」
「と言う事は」
 するとそれには納得して渋面を湛えて呻く司へ兵衛は苦笑を浮かべ彼を宥める様に言葉紡げば、老人の発言から司はこれより自身がやるべき事を察すると僧侶は果たして今度は微笑み、彼へ告げるのだった。
「勝手で済まないがもう手配はしてある。何事をやるかは分からぬが皆と共に励めよ若人」

――――――――――――――――――――
 依頼目的:墓守候補の司を鍛え上げろ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要なので確実に準備しておく事。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:久慈司(墓守)、安藤兵衛(老練の僧侶)、安藤牧(僧侶の孫娘)
 日数内訳:目的地まで二日(往復)、依頼実働期間は三日。
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●今回の参加者

 ea6437 エリス・スコットランド(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5301 護堂 万時(48歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5581 東天 旋風(34歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb7046 篠杜 観月(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb7343 マーヤ・ウィズ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ec1173 大神 萌黄(33歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ec2502 結城 弾正(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

久方 歳三(ea6381)/ タケシ・ダイワ(eb0607

●リプレイ本文

●導くべき道
 京都の冒険者ギルドを一時去り、近くにある未だ不穏な空気を漂わせたままであると言う、とある寺を目指して一行は再び歩き出していた。
「どうやら司様はご健在の様ですね」
「男子たるもの、そうでなくてはな」
 少なからず依頼書を見てあれから後、その寺を守る跡目を継いだ僧侶で墓守たるべき久慈司の少なからずも無事だろう様子が伺える事から艶やかな黒髪をたなびかせては僧兵の大神萌黄(ec1173)が気弱な青年の事を思い出しながら微笑み言えば、その後に頷いて豪傑なる侍の結城弾正(ec2502)も顔を綻ばせるが
「ですが司殿は、その‥‥体力面や技術面に関しては、これまでがこれまでですので仕方ないとは思いますが余りにも弱気に過ぎる様ですので、少々手荒にはなりますが厳しく行くつもりです」
「‥‥ま、そうだな。此処は優しく接するべき時じゃあないだろうし」
 しかし今回の依頼に対しては彼の性格故、厳しく接すると穢れなき白の旅装束に身を包んだエリス・スコットランド(ea6437)が告げると、鷹峰瀞藍(eb5379)も見た目のままに軽い調子ながら表情だけは真面目に呟き、彼女の意に賛同してやがて頷けば皆も遅れて頷くと‥‥次に苦笑を浮かべる一行だったが
「足掻こうと言う気持ちが自分の内にある、それが一番に大切な事でしょうね。辿り着く先が見えないのは誰でも同じ‥‥けど、だからこそ」
 やはり今回の依頼に対し、篠杜観月(eb7046)は暗に依頼書に書かれている彼の内心を察し呟けば、先ずはそれに気付いているだけでも以前より少なからず司が前へ進んでいる事に感心する彼女はその言葉の最後こそ彼に告げるべく止めれば、足取りを早くするも
「しかし、亡者が湧き出る原因も探りたい所ですが‥‥」
「そう言えば‥‥旋風さんはどちらに?」
「彼でしたら‥‥」
 その傍ら、その寺が抱えているもう一つの問題に多少息を切らせながらも陰陽師の護堂万時(eb5301)がボソリ、囁くと一行の中で一番に長く生きているエルフの魔術師がマーヤ・ウィズ(eb7343)は陽光に輝く白き髪を掻き揚げながらふと、いるべき存在がいない事を今になって気付けば万時はすぐにその答えを提示した。

「取り敢えず、私が教えられる事はこれ位でしょうか」
「‥‥成程、ありがとうございます」
 その彼、小さき忍びが東天旋風(eb5581)は皆より遅れ司らがいる寺への道すがら、また別な寺に立ち寄っては生ける屍に付いての情報を仕入れていた‥‥それは自身が生ける屍に付いて詳しくないからこそ、更なる高みへ至る為の努力。
「しかし人の妄念とは恐ろしい物ですね、知っていたつもりでしたが‥‥」
 そして一つ、寺を去れば彼はそこに勤める僧侶から聞いた話を思い出すと改めて不死者の存在‥‥いや、死して尚も突き動かす人の執念に怖気を覚えて身を震わせるが
「これ以上遅れると、皆さんに迷惑を掛けてしまいますね。そろそろ行くとしましょう」
 皆より離れてから大分時間が経っている事を、空にある太陽の高さからやがて気付けば旋風は地を蹴り、駆け出すのだった。

●修行、開始
 さて、やがて一行は久慈司らが待つ寺に辿り着けばすぐ安藤兵衛と司の修行等に付いて打ち合わせを済ませると、早々に動き出した。
「心頭滅却すれば、幻も本物になります!」
「‥‥それでもどうにも、実感が」
「慣れの問題ですよ」
 と言う事で寺の境内の片隅‥‥響く万時の声に司は戸惑いも露わに応じるもそれはあっさりと一蹴されればウォーターフォールの幻影が見せる滝に打たれながら、何とか集中を保つも
「司さんは今、どの様な気持ちで修行してますか?」
「‥‥えーと、正直に言えば」
 その折、響いたマーヤの問い掛けを聞けば、司は改めて視線を当たりに彷徨わせた後‥‥率直に答える。
「色々な意味で、辛いです」
「やはり、そうですよね」
 それを聞いてマーヤも辺りへ視線を移し、数が減ったとは言えまだ墓場の各所を彷徨っている屍を見れば納得して頷くが
「でもまだ、彼等が怖いですか?」
 改めて一つ、彼へ問いを投げ掛けると暫しの沈黙の後に首だけ捻って見せると微かに微笑んでから魔術師は言葉を織り紡ぐ。
「わたくしは無理に怖くないと思い込まなくても良いと思いますわ」
「と、言いますと」
「彼等の眠りを護るのが貴方の仕事なのですから‥‥だから、必要以上恐れないで下さいね」
「‥‥あ、そうですね」
「ですから、変に力まず自然体で」
 すれば続く問答の末、納得した彼が言葉を詰まらせながら応じると一度だけ頷いてマーヤは優しい声音にてアドバイスを与えるが
「とは言えその心持ちではまだまだ精進が足りませんね、これでは‥‥」
「うっ」
「確かに。知識や技術以前の問題です‥‥けれど余り、焦り過ぎてはいけません」
 彼女とは逆に、厳しい態度で彼と接すると決めていたエリスははっきりとした声音を響かせ、司を窘めると痛い所を突かれた事に呻く彼だったが両者の意見を取り持つ様、萌黄が場の空気を宥めるべく自身と然程変わらない程の力量は持つ司を見つめ言えば、漸く落ち着きを取り戻して彼は先ず与えられた課題である精神的な脆さの強化に取り組むも
「ただ、一つだけ聞きたいのだが幾ら力があっても心が伴わなければそれはただの暴力‥‥お前さんは何の為に力が欲しい? その力を何の為に使う?」
「それは‥‥」
 その中で響いた声の主は瀞藍のもので、決して大きくはなかったが良く通る声にて尋ねられると言葉を淀ませる墓守に彼は尚、尋ね掛ける。
「‥‥『想い』ってのは考えている以上に強い力となる、お前さんの『想い』は何だろうな?」
「‥‥‥」
「即答出来なきゃ、これは宿題だな。まぁ時間もあるし、じっくり考えてみな」
 するとそれを受け、視線は墓地へと送ったまま遂に司は黙すると息を吐いた後に銀髪を掻き揚げて瀞藍は踵を返し、先の問いをそのままに課題として贈れば墓守見習いが浮かべているだろう表情を察しながら墓地の方へと駆け出した。

●闇、未だ立ちこめる中
「先日言っていた、おかしな気配について何か分かったかい」
「未だ、詳しい事は何も分からぬのぅ」
「そうかい。実の所、俺も気になってしょうがなくてね‥‥その原因、探ってんだろ。付き合うぜ」
 司が修行に励むその傍ら、黒き宗派の魔法を会得し実践する僧侶に呼び掛けては共に墓地を回る冒険者達の姿もまたあった。
「所であの娘、お主の孫だそうだが‥‥得度する前は所帯を持ってたのか」
 その老いた僧侶が傍にて六尺棒を豪快に振るっては未だ墓地に点在する死人憑きを打ち砕いては弾正が唐突、今は寺にいる牧の事に話に出しては一つ問いを投げ掛けると
「まぁ、そうじゃな。尤も、当の昔にそれを捨ててもうたが‥‥それがどうかしたかの」
「いや、お主の験力の強さ並外れておるので若い頃から修行しているのかと思ったんだが‥‥孫がいると言う事は違うのかと思ってな」
「牧は引き取ったんじゃよ、息子夫婦が亡くなったからの」
 それを受けて彼は別段、気にした風も見せずに応じるとその逆に老人が今度は尋ね返せばそれを受けて侍の彼は自身の推測を紡ぐと‥‥それに答える老人の姿は先と変わらぬ声音の割、僅かにだが小さく見えた。
「それは‥‥失礼な事を」
「何、構わんよ。もうそれなりに刻も過ぎておる故、何時までも引き摺っておる訳にも行かぬからな‥‥っ!」
 すると真先に詫びたのは観月で、自身も色々と考えていたからこそのそれにしかし老人は微かに自嘲の笑みを湛え応じれば携えている錫杖を鳴らし、漆黒の波動を遠くに見えた怪骨目掛け放った。

「‥‥駄目だ、目立った痕跡は何も残ってねぇ」
「此方も、死人憑きが出た墓とそうでない墓を確認して比較しましたが‥‥」
「目立った手掛かりは無し‥‥とは言え、以前に比べればやはり数は減っていますね」
 それから暫く‥‥墓地を巡る皆に瀞藍も加われば蠢く屍を屠りながらそれが発生した原因を調査するも、一つの気掛かりを調べては当てが外れた武闘家が戻ってくれば旋風も辺りを調べた結果を次いで告げると皆、揃い嘆息を漏らすが
「そう言えば僧侶には死人を作る術があると聞いた事がありますが‥‥前回の様に継続する様なものなのでしょうか?」
「確かにあるが、余程の術者でも持って一日。此処まで長期に渡るとなると今、辺りにいる死者は自然に沸いた物だろうな」
 不自然な死者の沸き方に改めて目をつけた、皆の影として動く旋風が兵衛へと尋ねれば果たして頷く彼を見ては再び口を開き、自身の推測を紡ぐ忍び。
「ならば、死人を生み出す何らかの念がこの地に刻まれていると考えるのが‥‥」
「妥当、じゃろうな。尤も」
「先の一件では比較的、新しい亡骸もありました。それを考えるとこの事件、複合的な要素が絡み合っていそうですね」
 それを受け、兵衛も頷きこそするが語尾を微かに淀ませると生ける屍を良く観察していた観月がその後を継げば、頷き返す僧侶へ彼女。
「‥‥もしかすれば過去から今に何か、繋がっているのではないのでしょうか?」
「うわぁぁぁっ!」
「つ、司さん! 大丈夫ですよっ!」
「それよりも逃げないで下さい! ちゃんと向き合うんです!!」
「お、お‥‥追い駆けて来るから無理ですっ!」
「それでも、向き合う事が先ず大事です!」
 内心で抱いていた疑問を口にするとそれに兵衛が答えを返すより早く、場に司の絶叫が唐突に響き渡れば彼を宥め追い駆ける万時と、それでも叱咤するエリスの声が次に響いては彼を止めようとするも、それでも駆ける事は止めない司は一直線に寺の方を目指し疾駆するが、尚もエリスが踏み止まる様に呼び掛ければ‥‥その姿を見つめ、観月は近くにいる皆を見回しては苦笑を携えたままに尋ねるのだった。
「‥‥手伝った方が良いでしょうか?」

「取り敢えず、一息です」
「‥‥はぁ〜」
 残された時間も少なくなる中、それなりに死人へ目を向ける事が出来る様になった司だったが、マーヤが響かせた言葉には毎度ながら安堵の吐息を漏らすと場に居合わせる皆が僅かに笑む中でも魔術師が差し出したお茶を口に付けては生き返ったかの様に先まで強張っていた表情を緩ませるが
「一つ、聞いておきたいのですが‥‥死人が徘徊するのは何時頃からでしょうか? 親父殿が墓守をされていた時には起きなかったか、聞いていませんか」
「いえ‥‥以前にも言った様に、最近此処に来るまで詳しい事情等は何も聞いていなかったので」
「‥‥そうでしたね。それなら、この寺や墓にまつわる者で深い怨念もしくは事件を起こした者が眠っている等の話は聞いた事もないですか?」
 そんな折、響いたのは旋風の疑問‥‥もしかし、父との接点が今まで殆どなかったと言う彼はその問いを前に首を左右に振れば筋肉質な体躯を縮こまらせ、今回の事件の鍵が中々に得られない事に困惑を覚えるも
「所で牧様は、将来僧侶を目指されるのですか?」
「うん、お爺ちゃんみたいな立派な僧侶になってお兄ちゃんを守ってあげるんだ!」
「た、たはは‥‥」
 司もまた、殆どを知らない父の事を聞かれて困惑すれば寺の屋内に漂う微妙な空気を萌黄が落ち着きなく皆の中を歩き回る牧へ問い掛ける事で払えば、幼き彼女より返って来た答えに乾いた笑みを浮かべる彼に萌黄が微笑を返しながら、以前は見る事が出来なかった寺の内部にあった一つの疑問を紡ぐ。
「そう言えば、こちらのお寺に置かれている仏像は変わった杖をお持ちですね」
「あ、言われて見ると‥‥何ででしょうね?」
 すると当然だがやはり、その問いに対して青年から答えこそ返って来なかったが彼女は何か‥‥この杖も今回の一件に絡んでいるのではないかと言う、確信めいた物を己の内心に抱くのだった。

●その理由
 寺の縁側が一画、墓地が良く見通せるその場において淀んだ空気がまだ僅かに残る中、未だ蠢く屍を見つめながら‥‥それでも和気藹々と茶を啜っては語らっていた。
「‥‥はい、お疲れ様でした」
「はぅあ‥‥」
 その光景を真剣に見つめるマーヤがやがて一つ頷き、所々で挙動不審にこそ陥っていたが早々目立ったものでもない振る舞いを見せる司へ声を掛ければ、墓守見習いは腹の底から深く息を吐き出すと笑みを湛えるエルフの魔術師だったが
「所で司さん、一つお聞きしても良いですか?」
「あ‥‥はい、何でしょうか?」
「わたくしから見ても以前の貴方は怖がり過ぎの様でした。もしかして‥‥何かきっかけがあったのですか?」
「‥‥良く、分からないんですよ。本当に‥‥」
 大分歳の離れている彼へ遜っては次いで、どうしても気になっていた事に付いて尋ねると‥‥しかし彼は表情を曇らせ真実を語れば、それをどう受け止めてかマーヤは眉根を顰めるも
「そう言えば、久慈さんのお父上は非常に優れたお方だったみたいですね」
「そうなんですか?」
 微かに落ちた影をその場より払うべく万時が口を開くと、彼の方を向いては尋ねる司へ頷いては陰陽師。
「知人に少し調べて貰ったのですが‥‥お弟子さんが何人かおられた様で。人柄も去る事ながら、実力も確かにあった様ですが何もご存知では?」
「全然、全く、何も」
「ですが、此処へ来る道中に私も少しお話を伺ったのですがこのお寺と司様のお父様に付いての悪評は何一つありませんでした」
 自身の知人が手を借りて、分かった事だけだが口にすれば尋ね返した彼が首を振る中で萌黄も言葉を添えると途端、神妙な面持ちを湛える司ではあったが
「一先ず今回の目的もまぁ何とかなっただろうし、父親の事も気になるだろうけど余り、無理はするなよ。それと課題、忘れずに考えておけよな」
 その彼の肩を叩き、笑顔を浮かべては瀞藍が励ますと次いで頷く彼ではあったが‥‥その最後の言葉に苦笑だけ返した。

 一方、兵衛と一時の別れの代わりに言葉を交わしていたのは弾正と観月の二人。
「俺が言うのもなんだが‥‥お主は一体、何者だ。一介の僧侶にしては大した験力だ。にも拘らず、こんな所で燻ぶっている器とも思えぬのだが」
「お主らが訝る程、大した者ではないよ」
「‥‥しかし、この寺に立ち寄ったのは本当に偶然なのでしょうか?」
「さて、な」
「ただ、何かと関係があるなら‥‥聞かせて貰えねぇか」
 二人の評価と問い掛けを前にして、しかし老人は肩を竦めては薄い笑みを浮かべ応じると彼らを煙に巻きこそするが‥‥それでも逸らされぬ視線と何時の間にか歩み寄ってきた瀞藍の問いを前にすれば彼は嘆息を漏らし、やがて一言だけ告げては司の元へと歩み去るのだった。
「‥‥司の父とは、知り合いじゃよ。故に彼の願いを聞き届け、此処にまで足を運んだ次第じゃ。いずれ此処に害なす者が現れるだろう事を先見してな‥‥じゃが、この続きはまた次の機会じゃな」

 〜一時、終幕〜