●リプレイ本文
●フェイザリー
約束通りシャハノン伯爵の下へ向かうための馬車に乗った冒険者達。
二人ほど抜けている。
フェイザリー‥‥イゴールの母親と思われる女性を探しているのだ。
ルーロ・ルロロ(ea7504)は見送りには出ず、物陰から周囲の様子を窺(うかが)っていた。
道を挟んで、逆側にいるのはリジェナス・フォーディガール(eb0703)。
「フェイザリーさんに、どうしても聞きたい事があるのよ」
と言って、ルーロと行動を共にしている。
(「‥‥?」)
ほどなくして、リジェナスはルーロの視線に気付いた。
ルーロが視線をリジェナスから外し、次に見たのは茶色い髪の女性である。ある程度の人込み紛れているため、よくは分からないが‥‥エルフにも思えた。
「もし、そこの人」
と言ってルーロが声をかけてみるが、すぐに逃げ出そうとする。
「待って、私達はイゴールの友達よ。‥‥フェイザリーさん?」
リジェナスがその前に立つと、女性は諦めたように頷(うなず)いた。
人に話を聞かれない場所にフェイザリーを連れ出した二人は、うなだれるフェイザリーに質問を投げかけた。が、警戒しているのか、なかなか話す様子がない。
その様子を見て、
「イゴールと会ったのはな‥‥何かくれ、とギルドに依頼を出してきたのが最初じゃ。あれには驚いたぞよ」
ルーロは『イゴールとの思い出』を話すことで、何とかフェイザリーの話を聞けないかと思っているようだった。
「自分で生活できるようになったが、あいかわらず寝てばかりじゃ‥‥」
フェイザリーも話を聞きながら、悪い人達ではないと思ったのか、ポツリポツリと話してくれるように。
「なんでコッソリしていたの? イゴールだって会いたかったと思うけど‥‥」
リジェナスにそう聞かれたフェイザリーは、
「実は‥‥」
『身ごもっていると分かった頃に、イゴールを捨てなければ自分自身どころかイゴールの身まで危うくなると伯爵に言われていた事』を話してくれた。
リジェナスが、
「イゴールなら大丈夫。私達の仲間が一緒にいますから」
と言ってフェイザリーを慮(おもんばか)ると、リジェナスの意図とは裏腹に、フェイザリーは動揺した様子を見せた。
「‥‥シャハノン伯爵の下に行ったのですか?」
後継者になったとしても、リッチス家の血を継続させるための存在‥‥フェイザリーは
「一生、館の中に閉じ込められてしまうかも」
と語った。
(「面倒な事なったわい」)
二人は、急いでルーロのフライングブルームにまたがった。
空に向かいながら、ルーロは伝え忘れていた言葉を思い出した。
「‥‥そうじゃ、イゴールは捨てられた事を恨んではおらんかったよ」
その言葉が聞こえたのか、フェイザリーは目の辺りに手を触れた。
リジェナスは、空の上から
「イゴールは無事に連れてくるわ」
と誓った。
●館に到着
馬車を降りた一行。
さすがに伯爵の館だけあって、裏門とはいえ大きい門が立っていた。
「キチッとしてくださいましね。初対面の印象が大事なんですから」
すっかり『お姉さん風』を吹かせたセフィナ・プランティエ(ea8539)が、イゴールの服のホコリをパタパタはたいている。
「ん〜」
はたかれてもキチッとしないイゴール。
‥‥セフィナは内心不満げ。
エディン・エクリーヤ(eb1193)はボンヤリ‥‥しているのかと思ったら、やけにキョロキョロと辺りを見回している。
(「お役に立つと良いのですけど」)
どうやら、館の構造を覚えているようだ。
(「噂からすると、用心しておいて損はないな」)
アルジャスラード・フォーディガール(ea9248)は、ピッタリとイゴールの側に付いている。
そして、時折周囲を気にする様子を見せていた。
アストレア・ユラン(ea3338)は、ふとっちょネズミのネズミーとにらみあっている‥‥わけではなく、ネズミーにエサをせがまれていた。
「イゴールはん、ネズミーのエサ持ってきたん?」
「‥‥これ」
「ありがとなー」
ぽいっ。
燻製肉をアストレアが投げると、ネズミーはがっついた。
当り前といえば当り前だが、出迎えてくれたのはシャハノン伯爵であった。
「イゴール、よく来てくれた」
と言って満面の笑顔を見せる。
冒険者達も高い位にある人の前なので、自分なりに丁寧な挨拶をしたが、伯爵は目もくれなかった。
「話したい事が山ほどある」
イゴールの手を取り、二人っきりになりたい様子の伯爵であったが、事あるごとに
「皆と一緒に」
と返され、打つ手をなくした。
これは、カンター・フスク(ea5283)が
「皆と離れてはいけない‥‥それに、前に渡したダガーも何時も持っておくんだ。いいね?」
とイゴールに言っておいたためである。
ミケイト・ニシーネ(ea0508)も同じ考えのようで、イゴールを皆から離そうとする伯爵をジ〜ッと見ていた。
(「伯爵の態度といい、何や裏ありそうな気がするんやなぁ‥‥」)
それは間違ってはいなかったが、今のところ確認は出来ていない。
なぜなら、用意された馬車で来る以外の手段では近づく事さえままならず、ルーロ達が近寄れずにいたからだ。
しかも、イゴールが来た事と関連しているのか警備も厳重になっていた。
●館の中
カンターとアルジャスラードとセフィナの三人は、何時もイゴールの側にいた。当然、伯爵との話も聞く事になる。
祖父と孫の会話はとにかくかみ合わず、あいかわらずイゴールは
「うん」
としか言わないので、伯爵も時折言葉につまった。
カンターは
(「まったく」)
と思いながらも、伯爵やその親族の衣装を興味深そうにながめていた。
(「あの服の造りは面白いね‥‥今度真似てみようかな」)
極食会なるものの会員で、よく料理を作っている彼だが、本来は仕立て屋である。
もっとも、
(「この食材は‥‥僕にはちょっと手が出せないね」)
出される珍しい料理も興味津々であったが。
アルジャスラードは、暇になると窓際で竪琴をひいていた。
「‥‥上手い」
イゴールは聞きほれる、というよりも面白そうにそれを見ている。
「似合わないかもしれないけど、楽士だからな」
軽く笑ったアルジャスラードは、
「意外に難しいぞ?」
と言ってイゴールにやらせてみたが‥‥もちろん雑音にしかならず、イゴールはカンターにからかわれた。
セフィナは、イゴールの行儀が悪いので、なんとか直そうと苦労していた。
「イゴールさん、お行儀が悪いですわ」
イゴールを優しく叱るセフィナ。
「ほら」
「ん〜」
口の周りを汚しまくっていたイゴールをフキフキ。
「伯爵様の前なんですから‥‥あなたも静かにしていてくださいね」
と、イゴールが落とした肉を食べていたネズミーを抱えあげる。
「キィ〜?」
贅沢が出来ているからか、大人しいネズミー。
セフィナは、駆除されかねないと心配して何時も側に置いていたのだ。‥‥ネズミーにリボンを巻いたりして、遊んで(?)いたが。
アストレアは、食事の席で、楽士としての腕前を発揮していた。
彼女自身がある程度の腕前だった事も有り、これには伯爵も拍手を送る。
「光栄の至りにございます。‥‥では、次は‥‥」
ぽん、ぽん、ぺけ、ぺけ、ぽん。
太鼓の音。
伯爵は太鼓の音がお気に入りである。
(「何話しているんやろか?」)
アストレアは演奏している最中にも、伯爵に耳を傾けていた。
その中で、
「イゴールの様子は?」
「もっと贅沢をさせろ」
などと指示する言葉が聞こえてきた。
(「お爺さんが孫を可愛がるようにも聞こえるんやけどなー‥‥真面目な顔をしてるのが怪しいんやよな」)
アストレアは、演奏しながら、ず〜っとその事を悩んだ。
エディンはというと、手の空いた侍女達の雑談に混じりながら、彼女達の愚痴を聞いていた。
「伯爵様は秘密主義者だから、お掃除も大変なのよ。ほんの少し物を動かしただけでも怒られるのよ」
「お気持ちは十分に分かりますわ」
ぽけ〜っとしながら、うんうんと頷くエディン。
「お天気もよろしいですし、お昼寝には最適の日ですもの」
‥‥聞いているのかいないのか、いまいち分からない。
エディンが聞いてみたところ、侍女達の間でも『伯爵様』の評判はよくないらしい。
ミケイトは、物陰に隠れながら聞き耳を立てていた。
(「イゴールはんを出すな‥‥やなんて、まるで逃げる事が前提みたいやなぁ‥‥」)
兵士達の言葉を聞きながら、複雑な表情を見せる。
(「いくら心配しているといっても、この警備の量は異常やし」)
この不安は、すぐに現実のものとなる。
フェイザリーを探していた冒険者達と連絡がつかないので、アストレアが何とか接触を試みて三日。
(「なかなか隙が見つからへんし、ミケイトはんに頼もかな」)
アストレア自身は監視の目を潜り抜けられなかったが、
「もらってきたわ〜」
ミケイトが代わりにリジェナスからの手紙を受け取った。
「見せてくれ」
読むのはアルジャスラードである。
「‥‥やはり、血だけが目的だろうと書いてある」
「不審な事も多すぎますし、館を出た方が良さそうですわね」
エディンがそう提案すると、皆はイゴールを見た。
下を向いている。
「イゴール、お前は、これから何をしたいんだ?」
アルジャスラードは、ゆっくりとした口調で、語りかけた。
「ここにいれば、お前は何不自由無く暮らせる。だが、今まで通りの生活は出来なくなるし、そして、もう俺達とも会う事もなくなると思うぞ‥‥どうする?」
カンターも、横から語りかける。
「僕達は、キミの意思を尊重するよ。どうしたいんだい?」
「皆と会えなくなるのは嫌だよ。ここは暗いし」
と答えるイゴール。
「そうですわね」
妙に納得した様子のエディン。
「キィ〜‥‥」
(「あら」)
ネズミーは残念そうだが、黙っておくセフィナ。
「なら‥‥決まりかな」
カンターの言葉に、皆は頷いた。
問題は、逃げ方である。
●パラのマント
普通ならば少なからず監視されている身であるし、怪しい動きは出来ないのだが
(「バレたら終わりやし、これ使ってみよか」)
‥‥ミケイトには『パラのマント』なるものがあるのだ。
姿を完全に隠す事が出来るパラのマントを使えば、大体の構造もエディンから聞いているので、誰にも気付かれずに進むのも比較的容易である。これによって、聞き耳をたてたり、ひっそりと館を抜け出しルーロ達と連絡をつける事も出来た。
(「なんや、正門の方が警備が薄いんやな‥‥」)
周囲に悟られないようにか、正門の警備が薄い事を確認するミケイト。
また、彼女のおかげで、逃げる前に武器を用意する事も出来た。
「うちに付いてくるんや」
ミケイトが選んだ、見つかりにくい場所を縫って正門まで走っていく一行。
しかし‥‥
「待ちたまえ」
後ろからの声。
門の手前で兵士に阻まれるだけではなく、兵士を連れた伯爵が後ろから迫っていた。
後ろから続々と兵士達がやってくる音も。
●脱出劇
カンターは真っ先に剣を抜き、身構えた。
「伯爵家と事を構えるつもりかね?」
伯爵に冷笑されるが、カンターは軽く微笑んで返した。
「友達を見捨てはしないよ。それに‥‥からかい甲斐もあるしね」
イゴールの頭をポンッと叩く。
「一言余計やなぁ〜」
カンターの言葉を聞いて、にっと笑うミケイト。彼女も、いや冒険者全員が同様の気持ちである。
「イゴールはんには、何事にも気張って生きられる男になって欲しいしいんや」
戦う気はなかったが、相手のそのつもりなら仕方がない。
「本人が嫌がっとるのに、甘ったるい生活なんてさせられへんな」
臨戦態勢に入る冒険者達。
「許可なくここを出て行かれては困る」
嫌だ、と首を横に振るイゴール。
「イゴール、冒険者などという野蛮な連中に何が分かるというのだ。お前は、騙されているのだよ」
従え、という高圧的な態度でもある。
(「皆の事をウソつき呼ばわりだなんて、ひどい‥‥!」)
イゴールは聞かれた事情と相まって感情の高ぶりを感じていた‥‥が、
「イゴールさん、駄目!」
セフィナが必死になってイゴールを抱きしめ、彼の『怒り』を押さえようとしている。
彼女は普段感情を高ぶらせないイゴールでも、怒る事があるのだと見抜いていた。
狂化まで至れば、時に最悪の惨事をもたらすのだ。
「ここを出るのを許す事など出来んのだよ。‥‥やれッ!」
「‥‥ッ!」
背を向けたセフィナの左肩に矢がかすめ、それを合図に戦端がきられる。
「‥‥大丈夫かい?」
カンターが横目でセフィナの様子を見ながらイゴールとセフィナの前に出る。
「ふにー‥‥」
アストレアはくるくる忙しく空中を回りながら、敵を攻撃を避けていた。
「後ろからも敵が来てるし‥‥魔法も使えへん‥‥どないしよ?」
「困りましたわね‥‥」
エディンは、リボンつきのネズミーをかかえて、身を屈めている。
「どうしましょうか?」
「キィ‥‥?」
聞かれても困るネズミー。
カンター、アルジャスラード、ミケイトは攻撃も回避も優れているため、不利とは言えないが、もちろん後続が来て囲まれれば形勢は悪い。
強がりな面を見せ、敵に背を向けたままイゴールに話しかけるセフィナ。
「お願いですから、耳を塞いで目をつむったままでいてください。‥‥ね?」
「‥‥うん」
必死の態度に、言う通りにするイゴール。
何も見えず聞こえないの空間の中で、イゴールは落ち着きを取り戻して言った。
その時、壁の上の方から声が聞こえた。
「ウィンドスラッシュッ! ほっほっほ〜、助けにきてやったぞい」
「皆、馬車は近くに用意してあるわ。急いでッ!」
ルーロとリジェナスである。
後ろから放たれた風の刃と矢に驚き、一瞬怯む兵士達。
「リジェ、すぐに馬車の準備を! ‥‥いくぞッ!」
アルジャスラードは大声をあげて、突進した。
兵士を殴りとばし、そのままの勢いで門に体当たりをする。
ギィ‥‥という小さい音。
門がすこし開いた。
「鍵が開いてるだと?」
動揺する兵士達。
(「‥‥よし! 狙い通りやな」)
ミケイトが、緩めておいたのだ。
「皆でぶつかるんや!」
と言って自身も突っ込む。
上空から外を確認したアストレアも、
「馬車が来たみたいやわ」
と言って嬉しそうに羽をぱたつかせた。
皆を思い思いの方法で門にぶつかっていく。最後に、
「痛いのは我慢してくださいね‥‥えいッ!」
自身も傷の痛みを堪えながら、セフィナがイゴールと一緒に体当たりする。
門が開き、イゴールの名を呼ぶ伯爵の甲高い声が響き渡った。
●その後
イゴールは、何時もの生活に戻っている。
照れくさそうに、
「皆、友達」
と言っていた。
伯爵が病で死んだのが分かったのは、しばらくしてからだ。病の上に、家の断絶を前にして、早急にイゴール‥‥血を伝える者を手に入れたかった‥‥という事らしい。
イゴールとフェイザリーの親子はというと‥‥それはまた後日に。