●リプレイ本文
今日ばかりは、彼は屋敷に閉じこもりっきりだった。いつもは領主である父や祖母達に率先して街に出て、指揮をとっているというのに。コールは、窓から外を眺めながら、心配そうな表情で下を見下ろしている。
ちら、と振り返ると、メディクス・ディエクエス(ea4820)とイルニアス・エルトファーム(ea1625)が、祖母マリアと話しをしていた。イルニアスは、自分あてに届いた手紙を読み返している。
「先の戦いで発見された、墓。あれに刻まれた文字がどういう意味を持っているのか、今一度調べたい。マリア、あの城の最後の領主について、何か知っている事は無いのか」
メディクスがマリアに聞いた。
「最後の領主は‥‥百年程昔じゃないのかしら。この間から、あなた達が調べていたでしょう? 当時の記録は、ほとんど残っていないのよ」
「黒のジーザスを信仰していた彼女が、十字架を何故恐れるのか、何故生け贄を選ぶのか、その理由が‥‥あの城の領主にあるような気がするのです」
「城に秘密がある。だからこそ今回コールが何故選ばれたのか、私は気になっている。アレクシアスなどは、迎えに来るのではないか、と行っていましたが」
イルニアスが言った。
迎えだと?
ベイン・ヴァル(ea1987)は、馬の手綱を渡しながら、厩に繋いでいるアレクシアス・フェザント(ea1565)に向けて声をあげた。アレクシアスは、黙って集められた馬の数を数えている。襲撃が終わるまで、ここに自分達がつれてきた馬、マッシュ家所持の馬が全て集められる。また、馬にはどれも馬具を施し、いつでも出せるようにしてあった。
ロンドは、コールを迎えに来るのではないか。生け贄としてではなく、領主として。そう言ったアレクの言葉に、ベインは問い返した。何故そう思う、と。アレクは、馬の手綱を引いてこちらに向かっているヒール・アンドン(ea1603)を振り返り、ベインに視線を戻した。
「コールはギルドで人を集め、街の者を先導し、ロンドから街を護りつづけて来た。その熱意は、お前も感じているはずだ」
「あれはやりすぎだ。空回りして、あげく命を落としては意味が無い」
ベインの口調に、アレクが皮肉めいた笑みを浮かべた。ヒールはきょとん、として二人の顔を見つめている。
「しかし、黒の教義に反しているとは思えない。今までの生け贄とは、明らかに質が違う」
アレクは、淡々とした口調で話しを続けた。
「黒の教義を信仰する城にふさわしい領主として‥‥迎えに来るのだ」
しばしの沈黙の後、ヒールがおずおずと話に加わった。
「あの‥‥たとえ黒を信仰する方であれ、皆生け贄を集めたり、人の命を無闇に奪ったりしている訳ではありませんよ」
むろん、黒のジーザスがこのような教義であるという訳ではない。
クレイルの白い涙。
その名前は、古くからこの街に伝えられている。マリアは笑いながら、疑問を投げかけるイルニアスに答えた。
「いえね、そのクレイルというのは、本当はクレイユの事なのよ。ご存じの通り、クレイユはパリの北に位置する、この近くの大きな街。むかしキャメロットから来た旅人が、クレイユという地名を見て、そう読み間違えたんですって。それで、あのお城の美しさをそう言って讃えた、というのが始まりなの」
「美しい城だとはアレクシアス達に聞きました。この間アレクシアスとシャルロッテは城に行ったそうですから」
イルニアスは行かなかったが、湖畔に位置する城は、古びていたが荘厳で美しかった、と聞いている。
「出来る事なら‥‥全てが解決した後、再びその城が使われるとよいのですが」
「あら、そうね。そうなったら、きっとあなた達をパーティーに招待するわ」
「婆さま、そんな簡単に安請け合いしてはいけませんよ」
ため息まじりにコールが横合いから言った。本を読みふけっているメディクスが、肩で笑っている。イルニアスはすうっとコールの側に歩み寄ると、何かを差し出した。
コールが視線を落とすと、そこには銀の短剣があった。
「儀礼用のものですが、護身用くらいにはなるでしょう。必ずあとで返してもらいますからね。マリアにはこれを。‥‥お守りです」
と、小さな袋を差し出す。ふわり、と微かに香りが漂った。
襲撃を目前にして、街の人々はマッシュ家の屋敷に集められていた。これまで、襲撃の日をただ家の中に閉じこもって過ごしていた人々は、驚きと不安が隠せない。
人々を屋敷のホールに呼び出したウォルター・ヘイワード(ea3260)とフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)は、ざわめく人々を落ち着かせようと説得を続けていた。
「皆さん、少しの間ですからここに避難していていただけませんか」
ウォルターの柔らかな物言いに、人々は各々の不安をぶつける。白羽の矢が立ったのは、コールだというのは本当なのか。避難せねばならない程、今回は被害が出るのか。自宅に居てはならないのか。
「今回狙われているのが誰なのか、あなた方もご存じだと思います。しかし、ロンドは彼の地位や街の者の事など、考慮して襲ってはくれません。ですから皆さんには、ここに避難して頂いたのです。残念ながら、この街には教会がありません。街の者が一度に集まれる場所が、この屋敷以外には無いのです。今夜の所は我慢してください」
彼がそう言うと、街の者はようやく静まりはじめた。
「もう一つお願いしたい事があります」
ウォルターは、ある事を人々に告げた。
蒼冷めた月が、雲間に姿を現す。街から人の気配も吐息も、そして温もりも何もかも、消えた。この恐ろしい夜が早く明けてくれるように‥‥早くこの悪夢の夜が通り過ぎるように‥‥。
屋敷の離れで、コールは待っていた。彼の側には、祖母マリア。そして神聖騎士であるフォルテシモとシャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)が待機している。離れのすぐ外ではアレクとヒールが待機している。屋敷の外では、メディクスがベインと組んで、ロンドと死者の群れを掃討する。また、イルニアスやウォルターは魔法やオーラを使う為、単独で街に立っている。
月明かりに黒い染みのような黒点が現れた、と思うとそれは徐々に広がっていき、街の方へと迫ってきた。
その気配が、迫っている。
以前に比べて、死者の群れは明らかに減っていた。これだけであれば、イルニアスだけで事足りる。
イルニアスは刀を抜くと、オーラアルファーで群れを一閃した。即座に体を動かし、刀で横薙ぎに払う。オーラと刃の連携で、スカルウォリアーを二体あっという間にバラバラにすると、立て続けにオーラで蝙蝠を叩いた。
「‥‥イルニアス、ここは任せろ! 空のヤツは、お前やウォルターでなければ、手が届かない」
後ろからメディクスに声を掛けられ、イルニアスは軽く頷いた。刀を抜いたまま、上空を見上げる。死者の群れは二度の襲撃で殆ど消してしまったが、あの蝙蝠達は、減少したと感じられない。
「くっ‥‥数が多くて、とても消し切れないな」
蝙蝠にきくとは思っていないが、闇夜にホーリーライトは眩しい。蝙蝠相手じゃ、どこまできくか、と思いつつメディクスは放った。アンデッドに対しては効果があるが、蝙蝠を払う事は出来ない。
ふ、とベインが顔を上げた。イルニアスは、接近戦は彼らに任せて空中の蝙蝠を殲滅する事に専念している。ベインが何に反応したのか‥‥イルニアスとメディクスは、剣を握りしめて前方を睨み付けた。
車輪がきしむ音が、響き渡る。
黒い馬車が‥‥骨の馬が牽く馬車が、こちらに向かって来る。ぎい、と木と石畳が擦れる音が、耳触りに響いている。
青白く、生気のない表情。黒いコート。
ウォルターは、ロンドには構わず、処置を任せるようにベインをちらりと見る。ベインはすうっと前に進み出て、ロンドの馬車の前を塞いだ。ベインの手には、銀の矢と弓がしっかりと捕まれている。射撃の腕は心許ないが、ゴースト相手であればこれでも無いよりはマシだ。
「ここを通すわけにはいかない」
ベインが言うと、ロンドはしばし彼を見つめた。永遠とも思える時間が流れ、ロンドはすうっと立ち上がった。その彼女のコートが、ふわりと揺れる。コートから彼女の腕がすうっと伸びたと思うと、ふうと姿がかき消えた。
いや、ベインの前に移動したのだ。彼女の手がベインに触れたと思うと、ベインは片膝を地につけていた。
‥‥死霊が、俺の力を吸い取るか‥‥。
ベインが弓を構えた。その背後から、一瞬早くメディクスがホーリーライトを放つ。ライトがロンドを照らすと、彼女はすうっと手で光を避けた。しかし、それでも馬車は止まらない。
彼女が歩みを止めず、その彼女をベインが弓で狙い、メディクスはライトで彼女を制止しようとしていた。
その時聞こえてきた。屋敷から。屋敷のロビーから。
罪人が 裁かるる為
塵から蘇るその日こそ 涙の日である
「あれは、ウォルターが頼んで置いた仕掛けじゃ」
フォルテシモは、眼下を見下ろしながら言葉を続けた。
「ロビーの住民にな、聖歌を歌って欲しいと。レクイエムじゃが‥‥。もしかすると、ロンドが来たのかしれんな」
窓の外に立つアレクとヒールの表情が、変わっている。剣を抜いて、正門の方を見据えていた。横合いからそれを見ていたシャルは、ぎゅっと拳を握りしめると、くるりと窓に背を向けた。
「何処に行く、シャルロッテ!」
フォルテシモが彼女の腕を掴むと、シャルはぐいと彼女の手を引いた。
「ロンドが来ているなら‥‥行かせてください」
「いかん。おぬしはコールの守備をする為にここに居るのじゃ。そのおぬしが出ていったら、ここはわし一人しか居なくなるのじゃぞ」
強い口調でフォルテシモは言った。シャルが居なくなれば、ここに居るのはフォルテシモとコール。そして祖母のマリアだけだ。実質、フォルテシモ一人で襲撃者と対峙する事になる。フォルテシモが、戦いの行く末を見ようと視線をドアに向けると、ドアが向こうからすうっと開いた。入ってきたアレクの姿を見るなり、シャルが駆け出す。止める間もなく出ていったシャルに唖然とするヒール。
アレクは、中で苦笑まじりに首を振ったコールとフォルテシモを見つけ、口を開いた。
主よ 永遠の安息を彼らに与え
絶えざる光を彼らに照らし給え
平安のうちに憩わんことを
高らかに響き渡る歌声を聞き、ロンドは苦悶の声をあげて体をぎゅうっと抱きしめた。何かの痛みをこらえるように、苦しみに耐えるように。
日が頭上高くに昇る頃、ウロウロと門の前を行ったり来たりしていたヒールの視界に、ようやく探し人の姿が現れた。ヒールはぱっと顔を上げ、思わず声をあげていた。
「シャルロッテさん!」
名前を呼ぶと、ヒールは駆け出した。馬にしっかりとしがみついているが、彼女の左手が腹部にあてられている。そして、その白い馬には赤い流線がはっきりと付いていた。ヒールの前までたどり着いた所で、彼女は力を失って崩れた。力を失った人ほど重さを感じるものは無い。ヒールが体勢を崩すと、すうっと後ろから手が伸びた。
振り返る余裕も無いヒールに代わり、アレクシアスがシャルを受け止める。ヒールは直ぐさま、アレクの抱えたシャルに手を触れ、祈りの詞を口にした。酷い傷を負っているが、致命傷は受けていないのが幸いだ。
「ベインとロンドの所に行ったとばかり思っていた」
戦いのさなか姿を消したシャルは、確かにベイン達の所に行った。しかしすでにロンドは引き上げた後であった。
「‥‥どうしても確かめたくて‥‥」
「城とて、中は空ではあるまい」
きっぱりと言ったアレクを、ヒールが宥めようとした。しかし、彼が口を開く前に、後ろから早足にやってきたフォルテシモが、ヒールを押し退けた。彼女の様子に、ヒールもたじろぐ。
「‥‥コール殿が飛び出す事はあるだろうと思うておったが、まさかいつも冷静なおぬしが一人で行ってしまうとはな」
フォルテシモはそう言うと、シャルを殴りつけた。女であろうと、容赦は無い。
「この意味が分からぬお主では、あるまい?」
シャルロッテは、黙って頷いた。ヒールは、そうっとフォルテシモを見返す。
「あの、フォルテシモさん、もうこの位で‥‥」
「いいのです‥‥私が悪かったのですから‥‥それより」
自分たちは思い違いをしていた。生け贄‥‥あれは、神への生け贄などでは無かった。糧となる、それは‥‥。
「彼らの最後の言葉‥‥“カニバリズム”‥‥食人嗜好」
弱き者、黒の信仰にそぐわない者、
“弱き者よ、明日の我らの為に身となり糧となれ”
とは、その言葉のまま、彼ら黒を信ずる強き者の糧と‥‥。
この十字架を、どのような思いで彼女は見ていたのであろうか。
コールは、じっと十字架を見つめていた。ドアの開閉音に気付きコールが顔を上げると、部屋にメディクスが入ってきた。
「シャルは、ヒールとマリアが看ている。大分落ち着いているから、心配無い」
「そうか、よかった」
ほっと息をつき、コールが肩の力を抜く。メディクスは、書類に目を通しているウォルターとイルニアスから少し離れた所に腰掛け、コールが腕を掛けている十字架にちらりと視線を向けた。ここ数日ずっと書庫で調べ物をしていたウォルターは、書類の奥底から城の見取り図を取り出してきていた。むろん、これも本来はこんな所に存在するものではない。マリアの助言により、古い書物を読みあさり城の見取り図を“作り”出したのだ。
「シャルロッテさんのお話が本当であれば、どこかでその行為を行っていた事になります。それがどこなのか、特定しておいた方がいいだろうと思いまして」
「何か分かったのか?」
「そうですね‥‥地図を探していて分かった事があります。この屋敷は以前、教会だったのではないか、という事です。ここに黒の教会があった‥‥とすれば、この街に教会が存在しない事、屋敷の一部に付いている燃えたような跡も説明がつきます」
「何か、あんまり気持ちのいい話じゃないな」
メディクスは、眉を寄せて言った。仲間の内半数は神聖騎士。信仰の違いはあれど、あの十字架がそのような儀式の象徴として使われてきた事に、いい感情は浮かばない。
「ロンドが3度殺された‥‥それは食われたって事だったのか」
メディクスは、それ以上何も言わなかった。メディクス、そしてイルニアスとウォルターも感じては居るが、それを直接口にする性格では無い。ただ、コールとて、それを察している。それが、彼の張りつめた表情からは読みとれた。
彼の祖先が行ったであろう、残虐な行為を‥‥。
(担当:立川司郎)