もう一人の狼3〜狼の苦悩

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月15日

リプレイ公開日:2005年06月14日

●オープニング

 カレンが訪れた時、レイモンド卿はいつにも増して神妙な面持ちであった。彼はどこから来たものか、手紙を一通手にしていた。ちらりとテーブルを見ると、封筒にどこかの印が押してあったのが見て取れる。
 カレンが黙っていると、レイモンドは手紙をそっと伏せて置くと、微笑を浮かべた。
「よく来ましたね、カレン」
「はい。‥‥それでレイモンド様、ご用と言うのは‥‥」
「言うまでもないでしょうが、もう一度ガスパーの所に行って欲しいのです。彼から、手紙が来ました」
 と言い、レイモンドは先ほどまで呼んでいた手紙に視線をやった。
「これは違う者からの手紙ですが。独自にフゥの樹の動きについて調べていたようですね。彼は今、リアンコートの北東にある、アブリテという町に居ます。クレルモンの北東部は、まだ未開拓でしてね。小さな集落がある程度です。低い林がずっと続いて広がっていて、その為に開発が進んでいないのですよ。アブリテは、その中でも比較的発達した地域です」
 彼からの手紙によれば、自分が今アブリテに居る事。この町に一人の黒系の神父が居る事。しかしこの神父は、フリューゲル神父と呼ばれる者とは別人らしい事。
「‥‥ただ。ガスパーの記憶が確かならば、昔一度公式の場で会ったイングリートと同一ではないかと‥‥」
「‥‥」
 カレンが黙っていると、レイモンドがすかさず答えた。
「いえ、今回はイングリートを捕まえる事ではありません。彼は現地で住民に信頼されているようですから、あまり刺激したく無いのですよ。あの地区は今まで干渉を受けなかった所‥‥逆に言えば、フゥの樹の手に落ちていてもおかしくない」
「では、どうしてそうなる前に、神父様を遣わせるとか騎士様に行っていただいて、安全につとめなかったのですか」
 カレンの意見はもっともだった。
「悪魔の活動が活発化した頃は、すでにクレイユはあの通りに“黒馬車ロンド”の脅威にさらされていましたし、一番近いクレルモンはここ数年ずっと内政状態がよくありません。かといって、シャンティイとて常時百人以上の騎士を抱えて余らせているわけではありませんから。‥‥ですから」
 レイモンドは、カレンを静かに見上げた。
「この町で、ガスパーに合流してください。そして、出来ればイングリートについて少し調べていただけませんか。もう一つ‥‥気になる事があるようですから」
「‥‥気になる事?」
 ガスパーの手紙にあった、気になる事。

 ‥‥つい最近‥‥昨日の事です。奴“イングリート”の所に、一人合流して来たんです。
 俺は、あんな目をした奴を見た事がない。ぽっかり、穴が開いたみたいな、暗い目です。何も躊躇無く人が殺せるんだと思いますねぇ‥‥。
 しかも、そいつが十三、四歳のオンナノコだっていうんだからたまんねえ。世の中も末ですねえ、レイモンド様。

 夜の闇に紛れ、一人の男が立っていた。
 彼は怪我をしているのか、腕や体のあちこちに布を巻いている。腰からは剣を下げていた。
 男の前には、黒い質素な服を着て首から十字架を下げた男が立っていた。端正な顔だちで、とても穏やかな表情をしている。やや向こう側には、一人の少女が居た。
 肩に弓を担ぎ、町の周囲を油断なく見つめていた。
「‥‥あいつか、あのロリコン野郎と物々交換したって餓鬼は。アレを渡しただけの価値があるのかねぇ」
「彼女はよく働いていますよ。それより君は、“ルー”の躾をがんばって欲しいですね」
「ちっ‥‥分かってるさ」
 男はそう答えると、布が巻かれた自分の体を見た。

 窓の外に、誰かが立っているのが見える。
 寝静まった町の中、誰が起き出しているというのだろうか。何か話している気がするが、自分には関係無い。
 再び、ベッドに潜り込んだ。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea4159 リーニャ・アトルシャン(27歳・♀・ファイター・人間・ロシア王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea5512 シルヴァリア・シュトラウス(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 まだ出来て何十年かしか経過して無いであろう。煉瓦作りの家が、並んでいた。中には古い家もあったが、道路はパリの街のように綺麗にならされてもおらず、土埃が立っている。
 外套で埃を避けながら、そっと街を見まわした。
 街路の中央部の広場で、微かに音楽が流れていた。荷物に腰掛け、エルフの女性が竪琴を鳴らしている。柔らかく流れ出る竪琴の音色に、人々が集まって耳を傾けていた。彼女の側には、笑顔で客と話している少女が居る。
 そのやや離れた所で、何か瓶のようなものを盛ってかかげている仮面の道化師が居る。彼女ほどでは無いが、幾人か物珍しそうに見ていた。
「ウリエル、行くぞ」
 先に歩いていた黒髪の剣士が振り返ってこちらを見ている。彼、レイ・ファラン(ea5225)は、数歩前で待っていた。ウリエル・セグンド(ea1662)はこくりと頷く。
 レイに続き、ウリエルは酒場に入っていった。
 そのしばらく後。
 楽器を演奏しながら、彼女の視線が人々の背後にちらりと向けられた。銀色の髪の青年が歩いていく。胸元に十字架が下がっており、質素な白い服を身につけていた。
 あれが‥‥。
 道化師の視線も、そちらに向いたのが分かった。事前に彼から見せてもらったイングリートの絵に、確かに似ている。が、所詮絵は絵でしかない。似ている‥‥という程度か。
「マリさん」
 少女の声に、マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が顔を上げる。どうやら、手が止まっていたらしい。
「あら、ごめんなさい。‥‥そろそろ休憩にする?」
 マリはカレン・マクファに言うと、腰を上げた。

 酒場の主人は、レイと後ろに立っているウリエルを一瞥した。
「仕事ねえ‥‥何でもいいなら、パリにでも行けばギルドで仕事があるだろうに」
「何でもいい訳じゃない」
 レイが言うと、主人は苦笑した。
「ノルマンも戦争の火は消えちまったからねえ‥‥。まあ、聞いておいてやるよ」
「すまない。しばらくはここに居るから、部屋も頼む。それと、俺にも酒を‥‥」
 ちらり、と振り返ると、ウリエルの姿は消えていた。ドアの向こうに、ウリエルの背中が見える。入り口の階段に座り込んで、子供と話しているようだった。
 カウンターの椅子に掛けると、レイは首を小さく振った。
「お連れさんはいいのかい」
 主人がレイに、酒を注ぎながら聞いた。ふ、とレイは鼻で笑う。
「あいつはいつもあの調子なんでね。‥‥それにしても、この辺りは未開拓だと聞いたが‥‥夜盗やオークの襲撃は無いのか?」
「いやあ、ありますよ。騎士もこんな僻地までは助けに来てくれないもんでしてね‥‥おまけにギルドも遠い。こうして時々仕事を探して来た旅の人や宣教師の護衛の人が護ってくれたり、ね。その程度です」
 宣教師‥‥。レイは呟くと、主人に聞いた。

 慣れている‥‥とまではいかないが、躾はそこそこ出来ている。ウリエルは、鷹のセロに保存食の肉を与えながら、ぼんやりと階段に座っていた。
 保存食は自分も食べているものだから、そりゃあ美味しいだろう。
「でっかい鳥‥‥」
 子供の声が聞こえ、ウリエルが顔を上げた。
 子供達が、じいっと餌を食べているセロを見ている。警戒心が無い子供は、近くに寄って見ていた。
「さわっちゃ‥‥駄目だよ。つつかれたら‥‥痛いから」
 ウリエルが言うと、子供は面白そうにケタケタと笑った。ウリエルが危ないと言っても、あんまり効果がなさそうだ。
 すると、突然セロが首を上げた。どこかをじいっと見ている。ウリエルがその方向を見ると‥‥。何故か、野ウサギを二匹ほど持って歩いている少女の姿があった。
 普通に歩いているが、この街の人間じゃないというのは、子供達や街の人の様子からも分かる。だが、“狩りをしているうちに迷子になっちゃった”などという風体の彼女‥‥リーニャ・アトルシャン(ea4159)は、もはや街の人々にとってそれほど怪しげな存在では無かった。実は、もっとアヤシイ人が居たから。
 ウリエルはとりあえず、気づかない振りをしようとした。リーニャはきょろきょろと見まわし、ウリエルの方へと歩いてきた。座ったままのウリエル。セロが肉に噛みつかなかったのは幸いで、リーニャはすうっと横を通り過ぎて、酒場に入っていった。
「なに、あれ?」
「ウサギ獲る人?」
「迷子の狩人‥‥?」
 話している子供達に、ウリエルはぽつり、と答えた。

 街の端にある小さな教会に二人が足を踏み入れると、微かに祈りの声が聞こえてきた。三人、四人ほどが跪いて祈りを捧げている。マリー・アマリリス(ea4526)が人々の様子を見まわすと、側に居たユーディクス・ディエクエス(ea4822)がすう、と離れて、椅子に掛けていた老人に話しかけた。
 元々余り愛想がいい方では無いユーディの様子に、マリーは少し心配そうな視線を投げかける。しかし、じきに老人の横に座り笑顔で話し始めると、マリーはふっと笑顔を取り戻してその様子を眺めた。
 どうやら、心配は要らないらしい。
「旅の道中ですか?」
 ふと聞こえた声に、マリーがはっとして左に視線を向けた。にこやかな笑顔で、青年が立っている。銀色の髪に、柔らかな表情。しかし、彼から感情は読めない。
「すみません、神父様がいらっしゃったんですね‥‥突然お邪魔でしたでしょうか」
 マリーが謝ると、イングリートは笑顔で答えた。
「いいえ。ここは元々、神父が居ませんから。私もお邪魔させて頂いている身なんですよ」
「そうだったんですか‥‥。この街には黒派の神父様がいらっしゃると伺いましたけど、あなたが?」
「アディシェスと言います」
 アディシェス‥‥。マリーは、彼の顔をじっと見た。フールが持っていたイングリートの絵に、彼は似ている。彼はイングリートだ‥‥とガスパーは言っていたが、別人なのか‥‥それとも、この神父が嘘をついているのだろうか。
「私はマリーと申します。よろしければ、お話を伺わせて頂けませんか?」
「ええ、よろしいですよ。広場で美しい音楽を奏でていた女性のお連れの方ですね」
「はい。私とあの子‥‥ユーディと二人で、旅に同行させて頂いています」
 マリーが名前を口にすると、ちらりとユーディがこちらを振り返った。ユーディの視線が、すう、と神父の背後に向けられる。マリーもそちらを見ると、向こうの扉から少女が一人、入ってきた。
 銀色の短めの髪に‥‥表情の無い瞳。ガスパーが言っていたのは、あの少女に違いない。
 神父は、少女を側に呼ぶと、背中にそっと手をやった。
「ルフューです」
「よろしくね」
 マリーが手を差し出したが、少女はマリーの手を取らなかった。神父は、苦笑を浮かべながらルフューを見下ろす。
「すみません‥‥人見知りが激しいものですから」
「いいえ‥‥いいんです。あの、娘さんでしょうか?」
 と聞いた後で、マリーは少し顔を赤くした。
「あ、何だか質問ばかりで‥‥すみません」
「とんでもない。‥‥こんな都市から離れた街ですから、旅人が訪れるのは歓迎です。この子は身寄りがない子でしてね、私が引き取って育てているのですよ」
 しずかに、ルフューが自分、マリーを見つめている。
 ガスパーが言っていた、あの瞳で。
 マリーが見た、どの子供も持っていない瞳。教会を出た後も考えていたマリーに、ユーディが声を掛けた事も気づいていなかった。ふと、マリーが振り返る。
 じっと自分をユーディが見下ろしていた。
「大丈夫‥‥あの子の事を考えていただけですから」
「もしかして、心配‥‥してくれているのか、マリーさん」
 ユーディに真っ直ぐな質問を返され、マリーは思わず笑ってしまった。彼の表情は、遠い昔の、マリーの記憶の中の子供達に似ていたから。

 やや大股歩きに、シルヴァリア・シュトラウス(ea5512)は酒場へ向けて歩いていた。ちらちらと街の人々の様子を見ると、こちらを避けているように、視線をそらしていた。やはり気のせいではない。明らかに、警戒されている。シルヴァリアは、考えながら歩いた。
 こんな田舎街とはいえ、未開拓の土地なんだから人の出入りがあってもおかしくないはずだ。だから理由がさほど悪かったとは思えない。じゃあ何が悪かったのだろうか。
 格好? いや‥‥。
 十字架を胸に下げていた。教会に神父が居る事も確認して行ったのに、自分は会ってもらえなかった。自分が行った時は愛想笑いだったのに、マリーとユーディが行くと話をしているのは、何故なんだろう。
 それでもシルヴァリアは、根気強く情報収集を続けた。
 街の外れの家や裏通りを回り、話を聞いてまわる。
「近々ここに引っ越して来るんですけど」
 父の仕事の都合で、というのがシルヴァリアの設定。
 たまたま、その時水場には三十過ぎくらいの女性が三人ほどしか居らず、女性は顔を見合わせた。そして、眉を寄せてシルヴァリアに話した。
「聞き回るのは止めた方がいいよ、あんた。あたし達は面倒事はまっぴらだよ」
「どういう事?」
 シルヴァリアが首をかしげると、彼女たちは更に続けた。
「ここに住んでるのはねえ、事情があって他の土地に住めなかったり‥‥放浪の果てに住み着いた者ばかりさ。まあ、それでも越してくる者は時々居るけどねえ」
「あんた、どこから派遣されて来たんだい?」
 シルヴァリアは、はっとして顔色を変える。しかしそれを悟られないように、立ち上がると、すまして答えた。
「どこからも派遣されていませんわ。でも、お気遣いありがとう」
 ギルドから来たと、悟られているのか。それを使っているのが、レイモンド卿だと知っているのか? 彼女達は、何かどこかで悪しき企みがあって、それを調べている者がある‥‥と分かっているのかもしれない。
 むろん、分からずに言っているかもしれないが。どうやら、戻るまで仲間と合流しない方がよさそうだ。

 しん、とした空気が街を包み込んでいる。
 足音無く歩き続けるリーニャの後ろを、レイは歩き続けていた。やがて教会が見えてくると、二人は視線をかわし、双方別々の方向へと向かう。リーニャは教会の裏手に周り、二階の窓を見上げる。教会の二階に、あの神父は寝泊まりしていると聞いている。
 レイは、教会の周辺を回る。
 静かに、教会を見つめる。その周囲にも、誰も居る気配は無い。耳を澄ましてみるが、物音も聞こえないし、誰の姿も見えない。もっとも、夜目のきかないレイでは何かが居ても見えなかったかもしれないが‥‥。
 微かに暗闇に目が慣れてきたリーニャは、森の奥の方も視線を向ける。
 誰も‥‥居ない。
 レイと合流するべく歩き出したリーニャの目に、レイの姿が映る。‥‥と、ふいに誰かの姿が視界の端に現れた。リーニャが鋭くそちらを振り向く。
 深い深い闇の中に、一瞬見えた少女の影。だが、その姿はもうそこには無かった。
 まだ‥‥近くに居るはずだ。レイがリーニャに合図を送ると、ゆっくり歩き出した。
 背筋が凍った瞬間。
 いつの間にか少女は、レイの横を通り抜けてすれ違っていたからだ。
 振り返ったレイの目には、もう少女の姿は見えなかった。
「‥‥気づいていたか?」
 レイがリーニャに聞く。リーニャはふるふると首を横に振った。もし彼女‥‥ルフューが暗殺者だったら‥‥二人の命は、確実に危険にさらされていたであろう。

 開け放たれた窓の向こうを、ユーディが眺めている。
「ガスパーさん、お元気そうですね」
 カレンが、ちょっとふくれっ面で言った。先日こっそり逃げられた事を、怒っているのかもしれない。
「よく入り込めたね」
「注意を集めてくれている人が、一人いるものですからねえ」
 ガスパーにフレイハルト・ウィンダム(ea4668)が笑いを交えて話した。フールが言っているのは、シルヴァリアの事である。情報を集めるには少し目立ちすぎていた。
 一番注目を浴びる原因になっているのは、あのイングリートと思われる神父について色々と聞き回っていた事だった。どんな性格か、何故この街に来たのか、彼の前にはどんな神父がいたのか、など事細かに聞いていては、向こうのチェックも厳しくなる。
 それを受けて、街の人の様子に気づいたレイやマリーが仲間に報告をしていた。
「お嬢さんには接触しない方が無難だ。向こうから接触して来る事が無いのが幸いだけど」
 フールが言うと、ガスパーも頷いた。
 と、ガスパーの後ろに居たユーディが顔を少しこちらに向ける。
「‥‥ガスパーさんって‥‥少女嗜好なんですか」
「はぁ? 何でそんな話が出てくるんだ」
 眉を寄せてガスパーが声を上げた。にやりとフールが笑みを浮かべる。
「レイモンド卿の手紙には、女の子が気になる、と書いてあったそうですが」
「あれか」
 ガスパーは苦笑すると、椅子に深くもたれかかった。
「あの神父が連れてきたそうですね。愛想は無いが、弓の腕は一流だと村の人が話していました」
 ユーディが言うと、こくりとガスパーも頷いた。
 マリーとユーディが聞いた所によると、あの神父の名前はアディシェス、少女はルフューと言い、旅の途中でこの街に立ち寄り、以来しばらく滞在しているのだと言う。言われているように黒派の神官で、未開発のこの地区に布教の為に来たらしい。
「‥‥それで? 逃げたんだとばかり思っていたら、ちゃんと調べ物してたんじゃないの。一体何の用があって、こんな所に来たのよ。‥‥もしかして」
 マリはそこまで言うと、何か言いたげなガスパーの様子を見て、言葉を続けた。
「この辺りって、元々人が立ち入らない地域だったのね。聖域って言うの? 悪魔が封じられているっていう伝承があるんだと聞いたわ。あのカシェ正本にある伝承と関係があるんじゃないのかしら」
「そうらしいねえ。‥“ルー”って言うのはね、狼って意味だ。そのルーも実は伝承の使徒の末裔の一端‥‥だと言われている。本来何らかご大層な文句とか写本が伝わっているんだろうけど、あいにくとウチの家系は死人が多くてね。剣以外は何も残っちゃ居ない。ただ、この地が聖域だって事だけは聞いていたから‥‥来てみたって訳さ」
「結果は出たのかい? 悩んでいた結果は」
 フールが、仮面の奥からガスパーを見つめる。
 ガスパーは、さあ、と答えると天井を見上げた。
「人を殺すのは怖いねえ。死ぬのはもっと嫌だ。そんな事に結論なんて、出るはず無いじゃないか」
「とりあえず、先日の妹の無礼は謝っておくよ。ほら、変に目覚められても困るからね」
 くすくすとフールが笑うと、ガスパーは顔を手で覆った。
「ありゃ、あれは妹だったのか」
「極端な選択に走る血筋でね。‥‥お互いに」
「じゃ、心配無い。戻るよ、俺は」
 ガスパーは、ちょっとどこか悲しげな笑顔で言った。
 弟の敵くらいは、取りたいんでね。

(担当:立川司郎)