●リプレイ本文
センリスは、シャンティイの東にある都市である。距離的には、シャンティイからクレイユに行く程の場所にある。
京三郎が埋葬された教会が、この街の外れにある。そう聞いて、彼の情報を求めてやって来た。
教会はこの街とシャンティイの間にあるらしいと聞き、まずは神職にあるアリアン・アセト(ea4919)とサラフィル・ローズィット(ea3776)が教会へと向かった。
一人、体調を崩したというフレイハルト・ウィンダムの到着が遅れている事と、各自情報収集の時間を取る為に、集合は明日教会でという事になった。
彼女達が教会で話を聞いている頃、藍星花(ea4071)はセルミィ・オーウェル(ea7866)にレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)、それから京三郎と知り合いだというクリスの4人で、センリスの街を歩いていた。
シャンティイほどではないが、街の市場は人が集まって賑わっている。
「久しぶりにこっちに戻ってきたけど‥‥相変わらずなのねえ、アッシュって」
リョーカは、肩に乗って座っているセルミィを振り落とさないように、ゆっくりと人混みの中を歩き続ける。
星花はやや後ろを歩いていた。
彼女の目当ては、花であるらしい。
「お花を手向けようと思って‥‥これから京三郎のお墓に行くんでしょう?」
頬にかかる銀色の髪を撫でつけ、星花が言った。
せめて花でも手向けたい。そう思ったのは星花だったが、さてどんな花がいいのか。ジャパンの人が好む花、京三郎が好きな花、色‥‥。
「そんなの、俺に聞かれてもわかんないわ。‥‥そうね、可愛い花がいいんじゃないの。ちっちゃくて可憐なのがいいわね」
「レオンスート様は、可愛いお花が好きなんですか? わあ、なんかちょっと意外です」
肩に座ったセルミィが、そう言って笑った。
リョーカは、眉を寄せる。
「あら、どういう意味それって。セルミィ、可愛い花は嫌い?」
「いいえ、そんな事は無いです。でも小さい花束だったら、私でも抱えられるでしょうか」
「‥‥わかったわ。クリスさん、京三郎の好きな可愛い花って心当たり無いかしら」
やや、ムリな注文だ。星花の問いに、クリスは首をかしげた。
「いや‥‥聞いた事はないな」
「何か好きな色や、好きな花があればそれを手向けようと思ったんだけど」
とはいえ、星花もジャパン人が好みそうな花は心当たりが無い。
「そういえば遊士燠巫って、ジャパン人だったわよ。聞いて来れば良かったんじゃないの?」
リョーカに言われ、星花も思い出した。
「そうね。‥‥でもどちらにせよ、ジャパンの花ってここには無いかもしれないわね」
彼女が花を選んでいると、花売りの少女はおずおずと花を差し出して来た。その子なりに、花を選んでくれたようだ。星花はふわりと微笑を浮かべると、手を差し出した。
花の香りが、風に乗って漂う。
「じゃあ‥‥これにしようかしら」
星花が言うと、少女が嬉しそうに笑った。
彼女が花を買っている間、リョーカは別の市場の店を覗いていた。
何を買うでもなかったが、顔を覗かせながら街の様子を聞いていく。
「何か分かった?」
花束を抱え、星花が聞いた。
「まあ、シャンティィやパリで悪魔が横行しているって話が多いのと‥‥。あとは、この辺に変な仮面を被った殺人鬼が出る、って聞いたわね」
それがハーフエルフだというから、センリスでのハーフエルフの評判は今まで以上に下がっていた。シャンティイのレイモンドはハーフエルフに寛大であったが、こんな事件が起こっては、当然人々の意識も悪い方へと向いていくだろう。
「俺はセルミィと、教会の周辺で話を聞いてくるわね」
リョーカは星花に、先に合流しておいてくれるように頼むと、セルミィと市場の中に消えた。
町はずれの、街道沿いにある小さな教会の側に墓地はあった。
教会に居るのは、年経た神父と若い助祭が一人。アセトとサラは、まず祭壇で祈りを捧げた。
アセトは、中年の人間の女性。そしてサラは、エルフの若い女性。
「不思議ですか、私と彼女が何故ここに来たのか‥‥」
アセトが柔らかい物腰でそう聞くと、神父がこくりと頷いた。
「ここは旅人が通り過ぎていく教会です‥‥どのような素性の方も受け入れ、去って行かれる。多くは聞きますまい」
サラは祭壇から視線を外すと、神父の方へと向き直った。
「私たちは、ある目的があったここに参りました。‥‥京三郎というジャパンの舞師について、聞きたいのです」
「京三郎‥‥なるほど。好事家は時々ここを見つけ、やって来ます。よもやあなた方のような神職に付く方が、好事家のように興味本位で来た訳ではありますまい」
神父がそう言うと、サラは首を振った。
「いいえ。京三郎について興味を持った方がいらっしゃいまして、その方のお願いなんです。既に、彼の持ち物をいくつかお持ちの方なんですけども‥‥」
神父の口振りからすると、京三郎についてこうして興味を持って訪ねてくる者は、時々居るようだ。アセトが、アッシュからの依頼である事と、レイモンドが彼の所有物を収集している事などを話した。
「せめて、京三郎さんがどのような亡くなり方をしたのか‥‥経緯でもお話して頂けませんか?」
神父はアセトに頼まれ、一つ息を吐いて苦笑した。
「そうですね‥‥そこまで仰るなら、お話致しましょう」
「ありがとうございます」
サラが胸元のクロスを手にして、祈るように頭を下げた。
京三郎が亡くなったのは、5年ほど前の事である。街道警備の守備隊から、一番近かったこの教会へとある遺体が収容されて来た。
見知らぬ国の服装をした、男の遺体であった。
「少し前に、この教会にも立ち寄ってくれたのですよ。京三郎という青年は、シャンティイ近郊ではちょっと有名でしたからね」
神父は、彼の顔を覚えていた。
しかし、守備隊に聞いた話では、彼の服装は薄着を残して全てはぎ取られ、持ち物は何も残されていなかったという。
「埋葬は、この教会で神父様方が行ったのですか?」
サラが聞くと、神父は頷いた。
「ええ。旅の方が亡くなってこの教会に運び込まれるのは、少なくありませんから」
故に、埋葬に立ち会った者は教会に居た自分達2人しか居なかったという。
ただ‥‥その後に訪ねて来た者は居た。
「京三郎の持ち物を買いあさっている好事家や、生前の彼の踊りに興味を持っていた方々がよく来られました」
それは、今でもたえる事なく。彼を慕う者は墓を訪れるという。
星花が花を手向けると、皆それぞれに祈りの言葉を呟いた。
最後にゆっくりとやって来たフレイハルト・ウィンダム(ea4668)は、じっと墓を見下ろして、唇をつり上げる。
「これが、京三郎の墓か。旅人の末路は、寂しいものだね」
いくら拍手喝采を浴びたとて、その墓は小さく質素だ。
それでも、眠る場所があるのだ‥‥彼は祈りの言葉も毎日、受けている。フールはそう呟くと、墓の周囲に視線をやった。
正面にはアセトが立ち、墓を見ている。
「特にかわった所はありませんね。‥‥ただ」
アセトは、すこし目を細めた。
周囲とはどこか違う。そう、墓標の朽ち具合だ。下の方がこぶし大ほど、変色している。
サラが、それに視線をやった。
「教会の方は、半年ほど前に墓地が掘り返されていた事があったと仰っていました」
「掘り返された? 骨でも持ち去られたって訳か。何も無ければ、盗っていくものも入ってなかろうに」
フールが聞くと、サラは眉を寄せた。
「それが‥‥確かに埋葬された時は、何も持っていなかったそうなのですが、その後墓に入れられたものがあるそうなんです。それが、盗まれたとされる面です」
「誰が持ち込んだっていうんだい」
「神父様にもわからないそうです。見知らぬ男がやってきて、これは京三郎のものだから、預かって欲しいといわれて‥‥神父様の判断で、墓に入れたそうです」
それは、白く美しい‥‥獣の面だった。
うなだれて睡魔に引きずられているオレノウ・タオキケー(ea4251)に肘撃ちをくらわせると、リョーカは話を続けた。彼の肩で、もたれかかるようにしてセルミィがすやすやと寝息をたてている。
「ちょっと、殺人鬼が来てるかもしれないのよ」
「‥‥殺人鬼殺人鬼って‥‥それってシシリーという名前なんじゃないのだろうな‥‥ふぁ‥‥眠い」
元気の無い声で、オレノウが聞いた。
リョーカが聞いて回った話では、仮面をしているハーフエルフだという。シシリーは人間だから、この情報が正しいならばシシリーではないだろう。
「まぁシシリーだったら、俺らは逃げなきゃならんなー‥‥」
刀を抱えて座り込んだ遊士燠巫(ea4816)が、ぼうっとした目でリョーカの方へ顔を向ける。
「でも、この教会に出没する奴って‥‥複数だそうじゃないか。深夜に複数で墓場を徘徊するなんざ、あんまりいい感じじゃないな」
「京三郎関係者には違いないだろう。死ぬ前に奴の事を嗅ぎ回ってたジャパン人が居たのだろう? 私も街でそのような事を聞いたぞ」
オレノウが燠巫に話した。彼が聞いたのは、京三郎がまだ生きていた頃の話だ。彼が死ぬ前、彼の事を聞き回っていた男が居たという。
同時に、京三郎は何度か物盗りに襲われた事がある‥‥と街の守備隊に話した事があると分かった。
「どっちにしろ、墓を荒らして面を持っていったのと、何らか関係が‥‥」
「ちょっ、黙って!」
リョーカが、オレノウの口を手で塞いだ。燠巫が、周囲を鋭い視線で睨んでいる。刀にゆっくりと手をかけ、弾かれたように飛び出した。
一歩遅れて、リョーカ、そしてオレノウが駆ける
ぽんと転がったセルミィは目をこすると、声をあげた。
「あ‥‥藍様、サラ様! 来ましたよ」
セルミィは声をかけると、彼らに続いていった。暗闇の中、一番後ろのオレノウの背中に追いつき、上空を旋回する。
既に燠巫が、何かに組み付いていた。オレノウは術を掛け、やや向こうを逃走する男の足止めをしている。
リョーカはふらふらとした足取りで速度をゆるめた男に追いつくと、腕を掴んで地面に押しつけた。
「さあ、逃がさないわよ」
「‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥今回私、なんか地味な仕事であるな‥‥」
ぽつりとオレノウが漏らした。
期待したような話では無いぞ。
オレノウはそれをアッシュに断っておくと、目を輝かせて話を聞いているアッシュに語り出した。
「まず、墓の周辺に居た男だが。あれは付近を荒らしている盗賊の一味だそうだ。探しものをしていたようだな」
その捜しものが、噂に上っている殺人鬼だった。
「少し話はややこしくなるがよいか?」
オレノウは断っておくと、話を続けた。
「元々殺人鬼と盗賊は、共に仲良く盗賊稼業をしていたのだ。所がだ、ある日仲間の一人が京三郎という男の持ち物について、聞いてきた。奴が盗品を持っていて、それは呪われたものなんだと。これは京三郎が生きていた頃の話だ」
京三郎が呪われた盗品を持っている事を知った男達は、京三郎を殺して奪おうとした。しかし、盗品だと聞いていた面が出てこない。彼らは遺体を打ち捨て、去ったという。
所が京三郎を殺して何年かたち、面がひょっこりと現れた。面は今、墓に埋められているというではないか。
それを聞いた盗賊のリーダーの男が、墓を荒らして奪う事を思いつく。
それはうまく行った。
「ところがその面、本当に呪われていたらしくて。リーダーは人が変わっちまったそうだ」
燠巫が、話をついでアッシュに言った。
「仲間すら信じなくなって、面を独り占めしようとして‥‥いつも苛々して仲間でも誰でも、すぐ殺しちまうようになったって。あげく、居なくなった。奴らは、どうやらリーダーを捜し回っているようだな」
「面を取り返す気なんですか?」
「ていうか、取り上げようとしているらしいな。面を持っている時のリーダーは、いつもより強いらしいからな‥‥そんな危ないもの、さっさと取り上げたいんだろうさ」
「なるほどね‥‥」
アッシュはふ、と笑って椅子の背にもたれた。
いくつか分かった事と不明点がある。依然として、あの面に取り憑いていた男を殺したのが誰なのか、ジャパンの追っ手が誰なのか‥‥分かっていない。
「それはそれとして、まずそのリーダーから面を取り返さなければなりませんねえ」
「‥‥作成者が踊り子だという天使像とも、きみは関わっていたな。アッシュ、本当に無関係なのか」
きょとんとしていたが、アッシュはフールが何の話をしているのが気づいて首をかしげた。
「何故天使像が今、出てくるんですか?」
「‥‥いやすまない。あなたの真意が見えない‥‥面に何があるのか、何をしようとしているのか。無用な詮索なのかもしれないがね」
まだ体調が優れないのか、フールはけだるげに言った。アッシュは困ったような顔で、フールに答える。
「呪いがかかっていると言われる、京三郎の持ち物‥‥私はそういった、変わったものを集めるのが好きなんです。レイモンドは、単にジャパンの物を収拾したいだけですけども。あなたは深読みしすぎます。私の目的は、京三郎の持ち物を集めたい‥‥それだけですよ」
「じゃあ、集めたものって何に使うんですか?」
じい、とセルミィがアッシュをにらむように見つめる。
「何にって‥‥何に使うんですか?」
うっすらと笑いながら、アッシュが立ち上がった。アッシュの部屋には、怪しい瓶や坪やら書物がたくさん転がっている。その一つを手に取ると、ゆっくり振り返った。
「別に、むやみやたらと人に向けて使うような事はしませんよ。‥‥これは私の趣味なんです。だって、こんな貴重なものを誰かに送って、戻って来なかったらもったいないじゃないですか」
「では、盗品や呪いの品を収拾するのが、あなたの趣味だとでも? では‥‥鉄の爪の総司令についてはどうなんです。‥‥あの人は‥‥」
フールがそう口にすると、アッシュはため息をついた。口を閉ざし、フールが彼の様子をうかがう。
「この依頼に、セヴィオールの件は関係ありません。すべてレイモンドの仕事で、別依頼に委ねてあるのでしょう? 私の注文は、京三郎の持ち物を収拾すること‥‥それ以外の質問に答える義理はありません」
「あの盗賊団のハーフエルフには、鉄の爪が関わっている‥‥とも考えられますが」
「関わっている事が判明したら、私に報告してください。そうすれば、またレイモンドが新たに今後の対策を決定するでしょう」
フールは額に手をやると、小さくうなずいた。
「そう‥‥そうですね。わかりました」
アッシュの興味は、いつどこに向けられるか分からない。
それが今、京三郎というなぞめいた人物に向けられている‥‥という事だ。フールは深くため息をついた。
(担当:立川司郎)