【将来設計】ペット自慢

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 2 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月29日〜01月08日

リプレイ公開日:2008年01月09日

●オープニング

 ハーグリー家の兄弟姉妹が、ある日口を揃えた。
「もう手は尽くしましたわ」
「お姉さんには申し訳ないけれど、さすがに心当たりが」
「そもそも今までに相当描いたじゃない?」
「普通の動物なら何とかするけど、幻獣やモンスターはさすがに無理」
 そう述べたのは、ヴィクトリア、リチャード、ジェーン、チャールズの四人である。述べられたのはエリザベスだ。
 このエリザベス・ハーグリー、西洋各国の文化の教師を務める傍ら、肖像画家もしているが、とある方よりもう三十年来請けている仕事がある。動物の絵を描く仕事だ。
 絵にした動物は犬猫に始まり、小鳥に馬にとキエフとその近郊で見られる動物は多分全部。中にはつてを辿って頼み込んで描きに行ったフィールドドラゴンやグリフォンもいた。ねずみだって、台所で見る普通のから、チャールズが飼っているジャイアントラットのミニとミキまで、犬猫は種類様々、模様が珍しいのも含めて、何十枚か描き送っている。
 そして最近、とうとう描く動物がいなくなってしまったのである。少なくとも、ハーグリー家で用意できる範囲では。
 でも、エリザベスの絵を楽しみにしているのは高齢の御婦人で、家族からは同じ動物でもいいからとにかく絵を送ってくれと手紙で頼み込まれていた。ほとんど家の中、それも自分の部屋で過ごすようになってしまったご婦人には、孫とエリザベスの絵を見ながら話をするのが一番の楽しみだからだ。
 そうで言われたら、当然エリザベスも気合が入るし、兄弟姉妹も協力を惜しむものではないが、彼らは現在ネタ切れを起こしていた。何か珍しい動物が見られるなら、多少の金銭負担も辞さない構えだ。
 と、ここにいたってようやく思い出したのがジェーンで。
「こんな変な形の生き物が動くって言ってたわよ」
 今まで三回世話になった冒険者達の話を思い出し、『こんな変な生き物』を木版に描いて見せたが‥‥
「相変わらず下手だな」
 チャールズに一言で評されていた。ハーグリー家の下二人は、芸術的な感覚にかなり乏しい。二人はそれを、親から引き継ぐべき自分達の分を上の三人が余分に持っていってしまったからだと主張している。上三人は、生まれてからどこかで落としたに違いないと反論していて、そろそろ六十年は経とうかという論争はいっかな終わる気配を見せてはいなかった。
 それはさておき、五人が思い返してみれば、冒険者という人々はペットをたくさん連れている。
「つれて来てもらえばいいのではないかしら」
「あの人達のつてを頼るのが、きっと安心ですわね」
 ではそうしましょうと、冒険者ギルドに依頼が出されることになったのだった。

●今回の参加者

 eb0744 カグラ・シンヨウ(23歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2782 セシェラム・マーガッヅ(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec1051 ウォルター・ガーラント(34歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ec3063 ジリヤ・フロロヴァ(14歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ディアルト・ヘレス(ea2181)/ 所所楽 杏(eb1561

●リプレイ本文

 依頼人のハーグリー家の兄弟姉妹のうち、上の三人は下の二人に比べると物腰が上品でおとなしやかな印象があった。特にヴィクトリアとエリザベス。
「仕事に没入する人だろうとは思っていましたが」
 ウォルター・ガーラント(ec1051)の声も、珍しく打ち震えているような気がする。
「呼んでも食事に来ない可能性が高いか」
 セシェラム・マーガッヅ(eb2782)は早くも片手で摘んで食べられる献立作りに悩んでいる。
「よっぽど描くものに困ってたんだね」
「僕、パーヴェルしか連れてこなかったけど、大丈夫かな」
 カグラ・シンヨウ(eb0744)とジリヤ・フロロヴァ(ec3063)は驚きを通り越して、虚脱の表情で語り合っている。
 現在、ひどい目に遭っているのはウォルターの友人のディアルト・ヘルスとセシェラムの妻の所所楽杏だ。どちらも四人と同じ冒険者で経験も豊富、よってエリザベスとチャールズ、ジェーンの三人が相手でも格別心配することはないのだが、
「ジェーン、チャールズ、私の仕事が優先ですよっ!」
「だったら道具は自分で広げてくれよ」
「そうよ。捕まえるのは任せてくれればいいんだわ」
「そんな楽しいこと、誰が任せるものですかっ!」
 三人のエレメンタルフェアリーを抱え込んで、弟妹を叱っているというか、我侭三昧しているエリザベスの姿は、ちょっと怖かった。
 ちなみに一日目は、杏とディアルトの都合でフェアリーを描いて貰ったのだが、深夜近くまで掛かった作業の間、ハーグリー家の三人は食事も忘れた様子で、セシェラムとカグラが作った心尽くしの料理も十五回ほど言われてから、ようやく気付いた様子だ。
 翌日からの予定を綿密に組んだほうが良さそうだと思った四人だった。

 初日は慌しく過ぎたが、二日目からが平穏だなんてことはない。なにしろ前日にチャールズが『明日も来る』と言い置いて帰ったのだ。
「用心はしておきましょうか」
 ウォルターの一言に、誰も反対はしなかった。前日、フェアリーを抱えて離さず、それでいて彼、彼女達の気を引くものを探し出してはご機嫌を取り結び、最後は予想通りに抱えて帰ろうとしたのだ。
 そしてカグラはジェーンと相変わらずの『素焼きの埴輪を寄越せ』『それだけは出来ない』論争を繰り広げていた。口喧嘩とも言う。見た目だけなら、カグラが一方的に責められつつ、埴輪を抱え込んで抵抗していた図だ。
 だがそんな間にも依頼を受けた四人は、自分達のペットの種類を並べあげて、どういう順番で紹介するかを相談していた。連れ歩くには色々と問題があるものもいるし、エリザベスは移動時間も惜しいようなので、連日冒険者街の皆の棲家を回ってもらう計画だ。念のため当人にも尋ねたら、ものすごく上の空で頷き返されたが‥‥チャールズとジェーンがいいと言ったのでいいことにする。
 なお、皆で数え上げたペットはフェアリー含めて、実に十一種類。埴輪とストーンゴーレムは同種か否かでしばし悩んだりもしたが、見た目があまりに違うので一応ゴーレム系統だが別に数えてある。
「一つは外れちゃうね」
 ジリヤがうんうん唸っているが、とりあえず肖像画を頼むペットは優先してもらい、それ以外はエリザベス本人に選んでもらうことになった。
 そうでもしないと、喧嘩になるという話はあったり、なかったりする。誰も声を大にして言う人はいなかったが、そりゃあもう自分のペットは可愛いに決まっている。
 ただ。
「あのね、おせっかいかもしれないけど、依頼主の人達を一緒に絵に描いてあげたらどうかな?」
 そうしたら同じ動物でも新鮮だろうと、カグラが『どう?』とエリザベスに尋ねた。それは確かに妙案だと、誰もが思ったのだけれど‥‥
「先方とお会いしたのはかれこれ八年くらい前なので」
 さすがに今回は無理とのこと。八年経ったら、どんな年代の人でも以前とまるきり同じとはいかないだろう。近々絵を届けがてらに会いに行ってみるつもりにはなったようだ。
 ついでに。
「構図を考える必要があるから、あなた方も描かせていただくわね」
 今朝方は、今まで来ていた人数より二人も少ないことを『冒険者だからってペットを飼っているとは限らないし、お忙しいのね』と申し訳なさそうにしていた姿とは打って変わって、滅茶苦茶押しが強い。確かにこの人はジェーンの姉だった。

 さて、そんなエリザベスが描くことにしたペットはまず猫のあんず。セシェラムがご機嫌取りがてらに、ご一緒に描いてもらうことになっている。彼の棲家にいる怪しい輝きは、なぜかエリザベスの手元で灯り代わりだ。
「そういう使い方もしているとは言ったが、他人が使っているのを見ていると」
 ちょっと変。屋台の時は客寄せにもなるからいいけれど、なんてことをセシェラムが口にするが、返事はない。現在エリザベスが描くことに集中しているので、反応が薄いのだ。他の三人もいるけれど、勢いに呑まれて静かにしている。ジリヤは忍び足になって歩いていた。
 そんな中でも自分の思うがままなのが、猫の性格。あんずは気ままにうろうろ出来ないのがいい加減嫌になってきたようで、おやつやおもちゃへの反応も鈍くなっていた。セシェラムには分かる。
 これは、ご機嫌斜めだ。それも、ものすごく、とっても、やたらめったら‥‥
「あんず、こらっ!」
 止めたところでもう遅い。あんずはセシェラムの腕からぽんと飛び出して、エリザベスの足元をすごい勢いで走り抜け、空気取りに少しばかり開けていた窓から外へと飛び出していった。ウォルターが追いかけたが、猫道を走るあんずに追いつくことなど叶わない。
 何が起きたのか分からないといった顔付きのエリザベスに、カグラがちょうど時間もいいしと休憩してお茶にしようと声を掛けたが、それは相手の耳に入っていなかった。
「セシェラムさん、まだあなたの顔が写せてませんのよ。さ、お座りになって」
 ちょうどいいから、このランタンも持ってねと、怪しい輝き入りのランタンを持った姿勢で固まっていろと物柔らかなお願い口調で、どう考えても命令されたセシェラムが筋肉の張りに日頃は感じない疲れを感じ始める頃合に、玄関扉のところでにゃあと鳴き声がした。
 飼い主の苦労などそ知らぬ顔で、どこかで捕まえた小鳥をくわえてきたあんずが、じたばたしている小鳥をエリザベスの足元に転がしている。もしかすると贈り物気分かもしれないが、品物が傷付いた小鳥だ。
「今の獲物を加えている姿も凛々しかったわね」
「‥‥出来るだけ可愛らしい姿でお願いしたい」
 思いのほか図太い神経の持ち主相手に、セシェラムのほうが疲れていた。
 おかげでこの日はセシェラムの家にお邪魔していたのに、ご飯はカグラが作っている。
 あんずは干し魚を塩抜きして、湯通ししたものを貰ってご機嫌だ。彼女から小鳥を取り上げるのに皆が苦労したのには、全然そ知らぬ顔。

 この翌日は、ジリヤのおうちで熊のグリゴリーと対面だ。まだまだ小さいはずだが、なにしろ熊。ジリヤはエリザベスの反応が心配だったのだが、相手はフィールドドラゴンも描いてきた絵師である。
「毛並みがいいわね。お世話が行き届いているんでしょう」
「最近はよく食べるから、何をあげるか考えてるんです。あんまり人と同じものにすると、連れ歩く時に他の人のものを欲しがるようになって大変だし」
 今まではハーグリー家の屋敷に出向いていたので、自分の家に皆を迎えるなんて大変と緊張気味のジリヤは、口調まで背伸びして大人びたものになっている。時々素に戻るのがご愛嬌だ。
 それでも家の中はばっちり整理整頓されていて、お客さんが来るからとご飯の材料も買い込んである。セシェラムのところが夫婦住まいで、挙げ句に屋台営業と飲食業で普通の家より食料も調味料も取り揃っていたのを、素直に真似した気配が濃厚。そんなにしなくても、いざとなったら食べに行けばいいのには気付いていない。
 更に当人はグリゴリーと一緒に描いてもらわなくてはならないので、この日の調理は前日まったく腕を振るえなかったセシェラムが担当することになった。カグラとウォルターは、ジリヤの可愛いリュボフこと、いまだ殻をかぶって移動している様子の雛鳥を観察中。ちょっと正体が不明なのだが、生憎とそういうときに限ってチャールズは来ていなかったりする。
 ちなみにボルゾイの子供のパーヴェルは、ウォルターの飼い犬ハスキーがお世話していた。一方的にちょっかいかけられているだけとも言う。
「乗って」
「さすがにそれは無理ですよー。グリゴリーが潰れちゃいます」
 そしてジリヤはエリザベスにからかわれているのではないかと思うような、無理難題を押し付けられていた。熊にまたがれって、幾らジリヤが小さかろうと、グリゴリーもまだ小さいので無理だ。
 結局、ジリヤがグリゴリーを抱えているのと、その逆の体勢をさせたりして、エリザベスはあれこれと描いていたが‥‥他の三人から見ると後者はジリヤが食われかけているようにも見える。
 エリザベスと三人が一番納得したが、ジリヤが線描を見てちょっと唇を尖らせたのは、一人と一匹がコロンと転がっている姿だった。可愛らしいが、ものすごく子供っぽいのでジリヤにはちょっと不満。
 でもちょっとだけ。

 更に翌日、今度はウォルターの連れている驢馬のロンを描くことになった。驢馬は何度か描いているエリザベスだが、この日は顔を出したチャールズ共々、ロンをこう評した。
「この子は頭が良さそうな顔だわ。そうでしょう?」
 あまりにはっきりきっぱり、はいと言う以外になさそうな勢いで問いかけられたウォルターだが、確かにロンは賢い。仕事も嫌がらないし、うるさく指示を出さなくても仕事はこなすし、こちらの機嫌を推し量っているのではないかと思うこともある。でもここで、自慢げにその通りだなどと言うと相手の機嫌を損ねたりするので、ウォルターの返答は面白みがないほど落ち着き払ったものだった。
「仕事の相棒と思って一緒に暮らしているので、それに報いてくれていると思う」
 描く相手としては物珍しさもないが、ウォルターのところにいるのは他には謎の二本足のトカゲとストーンゴーレム、普通の馬だ。先の二つは珍しすぎて、エリザベスの創作意欲は刺激したものの、初対面では無理だと謎の断り方をされていた。この時点では、まさかこの後毎日、棲家に立ち寄られて観察されるとは思っていなかったので、まあロンが役に立ってよかったくらいにしか思っていなかったウォルターだ。
 他の三人は、日頃の依頼だと移動だの仕事だのでなかなか念入りに観察は出来ない他人のペットを眺めて楽しんでいる。正確には、二本足のトカゲを抱え込み、観察に血道をあげているチャールズを眺めたり、一緒に観察したり、見張ったりだ。
「なあ、これ」
「持って帰りたいというのなら、お断りしますよ」
「じゃあ、貸してくれ」
「‥‥返すつもりがおありですか?」
 でも、ウォルターとチャールズのまったく心が暖まらない会話の時には、他の人々はそ知らぬふりを決め込んでいた。エリザベスもまだ絵に没入していたわけではないが、ものも言わずに絵筆を動かしている。最終的にはウォルターの静かな迫力に負けたチャールズが、渋々トカゲもどきを離している。すかさずトカゲもどきが逃げ出したのは、撫でまくられたりするのに嫌気が差していたのだろう。
 ウォルターはひと安心だが、もうちょっと眺めていたかったカグラとジリヤは残念そうだ。この頃にはエリザベスは絵を描くことに熱中していて、セシェラムがちょっと呼んだくらいでは振り返らない。
「食事の時間だそうですよ。ロンも少し休ませていいですか」
 今までの経験からして、描いてもらっている対象から声を掛けるのが有効だと分かっているので、ウォルターがエリザベスを呼んだときには、彼女は何を考えていたのかロンのひづめの形を描いているところだった。

 次の日は、カグラの家でハニー君を描いてもらう。ハニー君は埴輪のゴーレムだ。指示を出せばおおむねそのとおりの姿勢になるので、きっと描きやすいだろうと思いきや。
「自力で一回転してもらうことは出来ないのねぇ」
 注文が余計にうるさくなっていた。
 だがしかし。
「こんな感じ? ハニー君にはね、今踊りを教えているところなんだよ」
 カグラも尋常ではない反応だ。普段の彼女は物静かと言うか、割と無口な質で表情も動かないほうだが、今回は明らかに違う。実は別人が化けているのではないかと思うような、饒舌ぶりだ。
 当然ながら、その饒舌は愛しのペット達について語ることに使われていた。ハニー君の愛らしい体付きがどうとか、駿馬のホリィとノエルがこうとか、延々と。
 それはもう延々、長々、ずーっと、いつまでも、途切れなく語っている。やはり別人ではなかろうかと、絵を描くための注文に忙しいエリザベス以外は考えていた。この日ばかりはセシェラムは料理の手を時々休め、ジリヤは駿馬達の世話をしながらも室内の様子を伺い、ウォルターは暇で仕方がないあんずとパーヴェルの遊び相手をしてやっている。全員、部屋の中央は見たいけど見ない。または見られない。
 でも、楽しそうな説明は延々といつまでも続いている。
「ハニー君はね、本当はこういう埴輪って言うものなんだけど」
 カグラが素焼きの埴輪を取り出せば、その時を見計らっていたかのようにやってきたジェーンがエリザベスそっちのけで、
「あらまあ、こんな大きい子がいるなら、この子はうちに預かってあげる。それで一晩うちにいたら、うちの子だからね」
「そんなの絶対に駄目っ。ハニー君も埴輪も渡さないんだから!」
 どちらも大人気ないというか、普段の姿を大きく裏切る子供じみた言い合いを繰り広げ始めている。エリザベスは黙々と絵に没頭していた。
 ところが。
「噂に聞く、ノロモイの悪魔ってこれがモデルだというから‥‥商品名の天使らしくしてみたのよ」
 知る人は聞きたくないある品物の名前をあげつつ、エリザベスはハニー君に天使の羽を付けて描いていたりする。カグラはうっとりしているが、現物そのままがいいらしいジェーンは納得いかないようで、また二人で一悶着だ。実は仲がいいのだろうか、掛け合いのように言葉が重なっていく。
 この日は、エリザベスのみならず、カグラにも食事の時間などを知らせるのに皆が苦労したのだが、当人は全然気付いていなかった。

 その後、馬に犬、ストーンゴーレムと正体不明の雛を一通り描き終えて、エリザベスはたいそう満足したようだ。聖夜祭の最中に毎日働いていたのに、全然平気な顔どころか、以前より肌艶が良くなっている。四人が交代で休んでいたのに、ちょっと疲れ気味なのとは対照的。
 けれども、頼んでいた絵が出来たかなと期待している人々に対してにこやかに、こう言い切ったのだった。
「後日、きちんと描いて彩色したものをお渡ししますわね」
 完成までは、まだ遠いらしい。