【ゴーレム工房】風信器実験

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 64 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月06日〜07月15日

リプレイ公開日:2008年07月17日

●オープニング

 王都ウィルはゴーレム工房の一角に、他とはいささか異なる空間が存在する。今日も今日とて、その風信器開発室を名乗る一派が占拠している室内では、カタカタと木皿をテーブルに並べる音がしていた。
「本日のご飯は、野菜のスープとチーズとパンです」
「肉は?」
「そんな豪華なものが食べられる身分ですか」
 工房の中であるにもかかわらず、置いてある物が全体に所帯じみている。ただし大半は高級品だ。木皿も縁に模様が刻まれた揃いの十二枚。匙は銀製。パンが乗っている盆も銀製なら、チーズを切り分けるためのナイフは柄に水晶がはめ込まれていたりする。
 そしてよそわれるのは庶民的な野菜のスープ、パンは黒パンだ。チーズも含めて、量だけはたっぷりあるが、人数も多いゆえのことである。
「ナージさんは? ユージスさんとお出掛け?」
「えー、さっきいたよー。あのおばちゃんは、また工房長探しに行ったんじゃないの」
「飯食おうぜ、飯。ナージさんいなくてもいいじゃん」
 けして狭くはない室内は、一角がこれまた高級そうな衝立で仕切られており、他のところには様々なものが整理されていたり、いなかったりして置かれている。暖房と作業、さらに何故か煮炊きのために使われる暖炉の近くには大きなテーブルがあって、今まさにそこで食事が始まろうとしていた。
 なお、このテーブルが近い壁面には大きな木版を黒っぽく塗ったものが留め付けられていて、『風信器開発室』に所属する者の名前が順に書いてある。名前の横には『冒険者ギルド』とか『工房内どこそこ』とか『休み』などと、その当人がここにいなければどうしているのかが分かるように書かれていた。責任者であるナージの名前の横は空欄だ。
 更にもう一枚の木版が留め付けられていて、こちらには『納期七月三日、フロートシップ用風信器五台』と書かれていたり、その下に『残りあと一台』と書き足されている。他にも『金属製風信器』や『鉄材加工鍛冶師推薦状』などの単語が何人もの筆跡で殴り書きされていた。
 一番下には、何故か『借金残額五十八ゴールド、目指せ完済』の字が踊っている。
「飯ーっ」
「あー、食べるわよぅ。‥‥どうして今日は、お肉がないの?」
「贅沢ばっかり言うもんじゃありません! チーズは買ってきたばっかりですよ!」
 どこをほっつき歩いていたのか、ナージが帰って来たので、無事に食事が始まった。
 自称風信器開発室、実際は風信器作成のあらゆる技術者の集合体は、工房の一室でほとんど共同生活をしていることで、一部の関係者には煙たがられているのかもしれない。

 ところで、そんなナージと愉快な配下達の風信器作成集団だが、彼らはもう一つの役割を担っていた。ゴーレムニストの新規育成である。一説には、自分の周りをちょろちょろして注意を引こうとするナージがわずらわしい工房長オーブルが、彼女を多忙にさせて視界に入れなくするための策だと言われていたが、多分工房長は無関係だ。単純に多忙を極めるゴーレムニスト達の中で、ナージが一番暇そうに見えたのだろう。
 なにしろ風信器作成・開発に特化するあまり、覚えている魔法は三つ。使える魔法が少なければ、分業体制で各種魔法を掛けていくことで様々なゴーレム機器を作っていく工房では、暇そうに見えるのは致し方ない。
 そして、ナージも決して暇ではなかったが、ゴーレムニスト養成は楽しそうに色々と計画していた。そうすると、その補助で多忙に多忙が重なるのは助手のユージス・ササイである。こちらはウィザードからの転職が多いゴーレムニストの中で変り種のナイトからの転職組だ。
 実質的に、ほとんどの事務は彼と『開発室』の経理担当とが担うことになる。日頃からそうだから、他の誰も不思議に思わないが、この二人だけは『ちょっとは手伝え』と思っていることだろう。
 今日も、冒険者ギルドから帰ってきた二人は、少し疲れているようだった。
「あらぁ、おかえりなさぁい。今ね、ご飯食べてたのよ」
「見れば分かりますけど、風信器は進んでますか?」
「これからゴーレム生成掛けるところなのよぅ」
「朝から仕事が進んでいないのは、どういうことですかしらね」
「じじいが、なんか気にいらねっていじってたからだよ。なんで風信器の箱に彫刻しなきゃいけないんだか、俺わかんねー」
 帰ってきた二人は仕事を思い切り引き摺っているが、他の人々は食事に熱中していた。早く座れ、パンはどれくらい食べる、スープは肉がないぞなどと矢継ぎ早に話しかける。
 結局、外に出ていた二人が仕事内容を報告できたのは、食事の後のお茶の時間が終わってからだった。いつも、ここはこんな感じ。

 木版に並べられたのは、十名の人名だ。天界人が七人いるので、そちらは発音をもとにした綴りになっている。
「人間が六人、エルフが四人。天界人一人が文官志望で、八人がゴーレムニスト志望、一人がゴーレムニスト。冒険者ギルドに通いつめて、ようやく確認できた人物評価は今言った通りだ」
 冒険者の仕事振りは、もちろん冒険者ギルドの報告書に詳しい。ゴーレム工房の要請であれば、ギルド側が閲覧を拒む理由はない。けれどもギルド職員達からの個別の評価聴取はギルド側からやんわりと断られ、ユージス達は数日通って、ようやく記録係達からの総評を聞いてきたところである。
「ウィルに実家がある人達は、ギルド関係者からも話を聞いてある」
 今までは工房に入るのには、まず実力が優先された。大抵は鍛冶師なりなんなりのギルドに所属しているから、そこからの紹介があれば事足りた。または工房の誰かの推薦で仕事を得ている。
 ところが冒険者ギルドでの募集は、本人の希望でやってくるから、技能も身元も本人の申告のみしかない。さすがにそれでは工房のお偉方が半数くらいは納得しないし、裏付けは取っておかねばと言うことで関係各所に確認に回っていたのだ。こうしたことはナージは気にしないので、ユージスがやる羽目になっている。
「数えるほどでも、ゴーレムニストだから強盗にあったり、家族が詐欺に巻き込まれた事件があったからには、用心しないと。皆も家族には注意してもらうように」
「うちは借金で有名だからダイジョーブ」
「馬鹿ねえ、あんたのところには可愛い妹が三人もいるじゃないの。何にもなくても気を付けなきゃ」
「‥‥ナージさん、俺、今度の実験休んでいいですか」
「いいけどぉ、特別報酬はなしよぉ?」
「行きます。それなら行きます。その前に隣の家に留守を楽しんできていいっすか」
 実験、それは風信器開発室が自信を持って送り出す新型風信器の送受信距離確認実験だ。

 冒険者ギルドにゴーレムニスト、工房所属文官養成の講義第二弾の募集がかけられたのはこの日のこと。
 講義は新型金属製風信器の送受信距離実験を行いつつ、ゴーレム作成に関係する質疑応答も受け付ける。参加者は質問事項をまとめてくるようにと付記されていた。
 なお、給与については仕事の量とできる技能によって差があるので、金額については返答できないとのこと。

 行く場所は馬車で片道二日の森の中。馬車は用意してあるが、移動速度の確保のために馬を所有している者は連れてくることと書いてある。
 更に、期間中の食事は自己負担、保存食を持ってくるなり、集合日に保存食相当額以上の金銭支払いで食品を買ってくるようにと、条件づけられていた。

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4179 篠原 美加(29歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb4399 岬 沙羅(28歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 今回の依頼内容は新型風信器を持って、森の中で送受信の確認実験に携わること。ゴーレムニスト養成か、実験かの線引きが怪しいが、移動時間は質疑応答が出来る。
 そのはずだったが、責任者のナージ・プロメが馬車酔い。この人の体力がないことはすでに判明していたので、水や手拭など用意していたギエーリ・タンデ(ec4600)と薬湯を煎じたティアイエル・エルトファーム(ea0324)がついて、世話を焼いている。
 馬車を御するカルナック・イクス(ea0144)は、加えて馬に乗って移動している越野春陽(eb4578)、篠原美加(eb4179)、ラマーデ・エムイ(ec1984)の三人にも気を配っている。馬車の重量オーバーで、この三人は自力移動になっている。春陽はグライダーで先行しようかとしたが、やることがないので同行させられていた。
 そして、信者福袋(eb4064)は会計担当のエルフ女性に荷物が多すぎると説教されていた。
「荷物が最低限でないと信用を失くすというのは、いささか分かりかねますが」
「もし工房内から重要なものが持ち出されたら、貴方が最初に疑われるわよ」
 そうならないうちに、物の整理は付けておけと厳しいお言葉である。
 それを耳にしたミーティア・サラト(ec5004)が、信用がないと大変と溜息をついている。
 その横ではセレス・ブリッジ(ea4471)と岬沙羅(eb4399)が積み込まれた金属製風信器を見て、大きさなどを測っていた。セレスは設計に詳しいし、沙羅は天界・地球の電気や機械に通じているが、どう見たところで金属製風信器は『綺麗な彫刻が入った箱に色々付いたもの』。中身がどうなっているのかはちょっと予想が付かなかった。
 なお、目的地までの日程は今まで聞き合う事もなかった互いの経歴などを確かめる場になっていた。
 ユージスは三十二歳、セレの騎士だが、現在はウィル工房のゴーレムニストだ。
 雑用係の少年はパラの十六歳。亡くなった父親の借金を背負って働く勤労少年らしい。
 会計担当はエルフの女性。こちらは騎士家系の出身だが前王の統治下で取り潰しの憂き目に遭い、つてを辿って文官の職を得た。
 木工職人はドワーフだが、無口で無愛想で不機嫌だった。取り付く島もない。目的地までの会話で、少年以外にまともに話したのは、沙羅とセレスが風信器を調べていた際に『歪んでいる』と指摘したときだけだ。
 確かに金属製風信器は、高さが右と左で少しずれていた。この違いがどう影響するかは、これから実験することになるのである。

 目的地に到着すれば、実験内容は単調なものだ。風信器二台をあちらこちらと運んで、通信可能かどうかとその距離、音質を確認するだけのこと。以前巨大な風信器で同様の実験を行った春陽がいるので、段取りはつけやすい。
 まずは拠点となる野営場所を定めて、実験に不要な荷物は置き、実験に参加する者と野営場所に残る者とを分ける。これは適宜交代。
 皆で野営場所を設立し、食事の用意と工房の人の世話はカルナックにお任せで、工房から持ってきた妙に細工のいい食器を使って食べる。その食器を作ったのが職人ならば、細かい彫刻を風信器に施すことも可能だろうかと沙羅が尋ねた。当然答えは是。
「精霊碑文を刻んだら精霊力の伝達や収集がよくなって、効果が上がらないでしょうか」
 精霊碑文を知らない職人のため、ティアイエルが持参していたスクロールを広げて見せ、言葉を選んでくれれば次に作る風信器に刻んでもよいと快諾を得た。刻む碑文は今回のうちに選んで渡しておく。
「その次回はいつ頃になりそうかな。予定が立っていると、身動きが取りやすいんだけど。あと人材募集するのって、工房が忙しいの? それとも人手不足?」
 沙羅とティアイエルと職人の会話の切れ目に、ラマーデが身を乗り出した。ナージが言うには、今回の募集は工房の仕事が増えているため。ミーティアが気付いた金属素体加工の募集がないのは、別に人手を募るあてがあるからだ。他は全般に不足気味なので、ゴーレム魔法以外の技能があれば、より重用されるだろう。
 なるほどと皆が自分の予定を思い描いていると、ラマーデは職人と会計担当に呼ばれた。何かと思えば。
「あなたにメイの間諜疑いを持つ人も、工房にいるの」
 何事かと目を剥いた者も少なくないが、ウィル人をメイがゴーレムニストに養成したのは裏があると主張する一派が工房内には存在するそうだ。捕らえて向こうの内情を白状させる話が出て、工房長のオーブルが即却下したいきさつもある。ウィルの国力の礎に関わる心構えはきちんとしておけと厳しいお達しだった。
 明るいラマーデも呆然としていたが、ギエーリとミーティアがすぐに寄り添った。
 カルナックが気を使って、ちょっと甘いものも時間を置いてから出していたが、実験前夜はなんとなく暗い雰囲気で暮れていった。

 しかし、翌朝はユージスが早朝から全員を叩き起こし、色々考えている場合ではなかった。ともかく実験を片付けなければ、訊きたい事も訊けないのだ。
「風信器はねぇ、ここの制御球に手を置いて、発動させてから使うのよぉ」
 今回初見の者もいるが、風信器の形は金属性でも木製と変わらない。綺麗な彫刻が施された箱の上面中央か正面上部に制御球があって、上面から送話管と受話管が伸びている。どちらも天界・地球人だと『ラッパのような』、他は『水仙の花のような』形と思う代物が、声を吹き込みやすい位置と、聞き取りやすい位置に綺麗に配置されている。
「この装飾の意味が、騎士の使うものだからってラマーデちゃんに聞いたけど、ホントなの?」
 美加がすっかりと職人の目付きで風信器を眺めている。装飾は鎧や武具の装飾と同じく、使用者や設置する機体、船体への付加価値でそれ自体に魔法的な意味はない。
 美加が見ると、動力源はないし、送受信の部品は古風だし、大きさも無駄だが、春陽は素材や大きさが精霊力に関係するようだから、これ自体は検討された大きさだろうと言う。
 沙羅は風信器が水中でも使えるものか気にしていたが、水中では操る側が受話も送話も出来ない。ゴーレム機器全般、水中での稼動は考慮していないものらしい。
「潜水艦が作れないかと思ったのですが」
 浮力を得られるレミエラの使用で可能性が広がらないかと沙羅は考えていたが、その為にはまず潜水艦とは何かを説明するところから始まる。実験の際、一度ナージと一緒に居残りして、解説することになった。
「沈んだ船は浮かないでしょぅ?」
 この感覚に教え込むのである。その次は『騎士様がそんなのに乗るかしら?』も待っていた。
「これは‥‥コスト削減などという考えは、お持ち合わせではないのでは?」
「打ちっぱなしの箱じゃ、見栄えが悪いでしょ」
「位がある騎士様が身を飾るのと同じですよ」
 信者がゴーレム工房の経理を見直すことで、より多数のゴーレムを作りだせる体制をと、作成のための金銭の流れを確かめようとしていたのだが‥‥ラマーデとミーティアが口を揃えたので、ううむと唸っている。技術面だけ、金銭面だけでは収まらず、騎士と国の威容を示す目的を背負ったものだと考えると、ゴーレム工房の経理は使用する税額が減るから簡素化、削減が適当とはいかない。
 ミーティアは風信器が打ち物、ゴーレムの素体は鋳物だと確かめて、繋ぎ目を確かめている。彼女は触って大きさを確認するが、天界・地球人は慣れた単位で数値を測ろうとする。そういう違いを、木工職人が興味深そうに眺めていた。
 職人気質の者は、何時間経っても風信器を弄るのに飽きそうにないので、また夕方以降に観察してもらうことにして、実験開始。

 木製風信器の通信距離はおおむね一キロ程度。もう少し大きいものもあるが、そちらも距離は変わらない。違いは、どのくらいの回線を保持しているか。携帯型が同種としか交信出来ないのに対して、熟練者が魔法付与した風信器には五種の回線を保有するものもある。発動時に送信先に合わせて、どの回線を開くのかが決まる。
「やはり魔法にランクがあるようですが、どういうランク分けになるのでしょう?」
 春陽は出来れば全部の魔法の説明と、どういう効果が望めるのかを全部知りたいと勢い込んでいたが、その為にはまず魔法を一通り説明するところから始まる。これはまとめてやらないと同じことを繰り返す手間が掛かるので、後日一通りまとめて示してくれることになった。
 馬で風信器を運んで、指定された場所に着いたと思ったところで通信に入る。美加が連続使用時間を気にしていたが、そもそも風信器は長々と世間話をするものではない。金属製なら精霊力の吸収量が変わって、通信可能時間も長くなったのではと春陽も指摘したが、稼働時間を延ばすことは開発計画に入っていないようだ。戦場では簡潔な指示、報告が基本だからと言うあたり、ユージスはやはり騎士出身である。
 金属型風信器の通信可能距離は最初の実験では二キロ程度。軽く現在の倍だから、まずまず成功である。
 実験中、ティアイエルは動物やドラゴンの姿がないかと、度々首を巡らせていたが、小動物以外の目撃がない地域だから実験に選ばれた森は平和なものだった。
 おかげで罠を仕掛けようにも適した場所があまりないと零していたカルナックは、夕飯の支度の合間にレンジャーからの転職者の人数が零と聞いて、かなり目立つ苦笑を浮かべた。はなからゴーレムニスト目指して修行した少数以外は、大抵が元ウィザードなのだ。
「ゴーレムの操縦、そんな人達じゃ体力的にこなせないかな」
 実際長時間の操縦はこなせないから、ゴーレムニストが乗ることは少ない。開発でも、搭乗は鎧騎士に依頼する。ユージスは乗れるが、使う魔法がゴーレム生成、浮遊機関、風信器に精霊力集積機能の四つ。ゴーレムよりはフロートシップ等の製作に関わるので、乗ることは少ない。
 ナージはゴーレム生成、風信器に精霊力集積機能の三つの魔法を使う。
「三つで少ないとなると、他の方々はどの位覚えているものなのでしょうね」
 ラマーデが間諜と疑われたと聞いた時は衝撃で黙っていたギエーリだが、一日経ったら普段の様子を取り戻していた。言動によくよく注意しなさいとナージに言われたが、工房入りを駄目と言われなかったラマーデもおおむね普段どおり。
「五つくらい? 最初はね、嬉しくって、たくさん覚えるのよねぇ」
 魔法の修得はただでさえ時間が掛かるが、ゴーレム魔法はまた格別。修得数を絞って、高い効果を望むか、効果は小さくても多くの魔法を使いこなすかは人それぞれだ。
「風信器を作るには、その三つが必要なのですね?」
 セレスは作成の手順込みで、風信器作りに必要な魔法を尋ねたが、実際はゴーレム生成と風信器の二つで出来上がる。ナージは新規開発のためにもう一つ覚えたが、今のところ実を結んではいない。ゴーレム生成の後、風信器魔法付与が手順だが、ここで半数位が気付いた。
「自分用にゴーレムを作ろうと思っても、一人では完成出来ないのでは?」
「工房での所属って、覚えた魔法で決まっちゃうの?」
 沙羅とラマーデがそれぞれ気に掛かっていたことをほぼ同時に口にした。
 ゴーレム作成に限らず、工房の仕事はおおむね団体作業だ。その時々の作業に適した技能を持つ職人、ゴーレムニストが集められて、所定の作業をする。風信器特化のナージが特殊で、我を通したのだ。
 ギエーリが『ご苦労が忍ばれます』とユージスに語りかけ、心中納得した者が数名。ついでにどうしてゴーレムニストになったのかと尋ねたので、春陽もナージに同じことを訊いた。途端に、工房組のナージ以外の表情が強張る。
「話せば長いことなのよぅ?」
 ナージの態度は『ぜひ聞いて』だが、本気で長いらしいとユージス達の様子で察した春陽がまたの機会にと告げたので、ひどく残念そうだった。ギエーリが聞きますと言おうとしたのは、ミーティアとラマーデに止められている。
 夕飯後の団欒と言うには固い話で、ついでに長時間だった話は、それを切っ掛けに就寝となった。翌朝にはナージはこの話はすっかりと忘れていたが、少年がこそっと皆に囁いたところでは、『二人とも住んでいた村がオーガの襲撃でひどい目にあったから、すぐに助けが呼べる風信器を作りたい』。
 なお少年も実験には加わっていたが、合間に信者から借入先の整理をするよう勧められていた。金利が低いところで一本化するのはウィルでも有効だが、少年の借入先は四箇所で、ナージとユージス、亡父の仕事先と、妹の仕事先の食堂と関係が密接でややこしい。
「あのお二人が肩代わりしてくれたのに、その二軒だけは頷かなかった訳ですか」
「うまい話過ぎる、時々様子を報告に来いって」
 妹達共々、借金の形に年季奉公に売り飛ばされるところを工房の二人に助けてもらったのだが、昔馴染みの人達には胡散臭く見えたのだろう。
 色々話を聞いて、皆ともウィルの諸物価を検討した結果、少年には『今の借家は使用しない部屋があるので、安い所に住み替え』を助言することになった。会計担当も頷いている。
 実験は、順調だ。でも距離は二キロのところで、止まっている。美加の提案で、天候操作もナージがやってみたが、結果は同じ。
 美加は結果のほうが気になるが、セレスとティアイエルはちゃんと精霊魔法も使えることがその目で確かめられて一安心だ。これは春陽も同じ。
 途中、設計図がないのが何度か話題になり、心得がある者達がそれぞれの出身地と持つ技能の範囲で図面を引いたところ、色々なものが出来上がった。
「膨張率のことがあるので、最低限記録は必要でしょう。金属鍛冶の方はそうしたこともやってくれているかしら?」
 春陽は色々心配が尽きないが、金属素体の大きさはさすがにきちんと記録されていた。
 だが、継続しての課題も少なくはない。ゴーレムニストの多くは、機器ごとの精霊力の吸収量など考慮していない。計る方法がないから、機器使用時に精霊力がどれだけ集まるかは知らないのだ。集めるための魔法はあるが、これとて強弱は素体の種類によるもの。
 またゴーレム機器発動に魔力が必要がどうかも、考えたことはないらしい。
「風信器を通しても、どの国の人とでも話が出来るのもあたしは不思議だと思いましたが、それを疑問に思ったこともありませんか?」
「不便がないからな」
 実利一辺倒というべきか、物事を気にしない人達というべきか。工房で、誰かが調べていないかは確かめてくれることになったが。
 ところで、工房といえば。
「冒険者ギルドにゴーレムが配備されるらしいって噂だけはあるけど、何がもらえるの?」
「んと、ストーン、アイアン、グライダー、フロートシップくらいかしら?」
 こうした情報は、ナージはあまり役に立たない。ユージスは口を割らない。
「次の時に正式決定している分は教える」
 この言葉には、皆が念入りに言質を取った。
 
 次回は七月末頃、ドワーフ達の村に出発の予定だ。