●リプレイ本文
馬車は二台。お土産は前回の訪問の際に拡大した土産入手先から、色々取り混ぜてすでに買い付けていた。理由、会計担当ダーニャが顔合わせを兼ねて、挨拶周りをしたからだ。その際に買い付けも行っている。
そんな訳で、相変わらず自分の馬で移動してもいいけれど、馬車の一台はカルナック・イクス(ea0144)が御者をする。もう一台はユージスが。
「慣れていないなら、馬車に乗って、馬は替え馬に使わせてくれたほうがお互い疲れないと思うぞ」
馬に詳しいカルナックの采配で、夏の日差しを避けて幌のある馬車に乗ったり、荷物を調整したり。
その傍らでは、ラマーデ・エムイ(ec1984)がまたダーニャに叱られていた。今度は付き添いのエリーシャ・メロウも一緒である。
「少し話してみれば、この子が間諜に向いていないことは分かります。けれども『両方の国で働けたら一番』などと口にするゴーレムニストの作ったものに、誰が命を預けてくれますか。その不用意な発言一つで、人は失脚したり、殺されたりするのですよ」
身元と人柄は保障するとエリーシャが一筆認めていたが、ダーニャもユージスも受け取らなかった。ナージは二人に『駄目です』と止められている。
「こっちで教えてくれてたら、向こうで習わなかったんだけどー」
「ウィルでなら、他国人には教えません。あちらの先生の破格の厚意に、自分が無礼を働いたと自覚しなさい」
小さくはなっているラマーデに、ダーニャはどうしても厳しい。エリーシャも『断りなく主君を変えるようなものでは?』とやられて、反論しないほうがよいと察していた。
こういう状態だと、ラマーデとは家族ともに懇意にしているらしいミーティア・サラト(ec5004)とギエーリ・タンデ(ec4600)もどうにかしてやりたいところだろうが、荷物の積み込みを手伝わされているから口は挟めなかった。
「あんなにね、言わなくてもいいじゃなぁいって、言ったのよぅ」
ナージはダーニャとユージスの態度が厳しいと思っているようで、仕事はまったく手伝わないがギエーリとミーティアの周りでそんなことを言う。
「ラマーデお嬢さんは、人の事をたばかるなんて、とてもそんなことは出来ないのですよ」
「向いていないと断言されるくらいですものね」
この二人の心配振りも、少しばかりずれているようだが、ナージはもっとずれていた。
「工房からねぇ、出さないようにしたらぁ、いいのよね?」
よくないだろうと、何人思ったことか。
ダーニャのお説教が続いている間に出発準備が続いて、馬を持たないセレス・ブリッジ(ea4471)と信者福袋(eb4064)、岬沙羅(eb4399)は馬車に乗り込んだ。セレスの驢馬は、荷物を軽くして馬車の後ろを付いてくる。
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)と篠原美加(eb4179)は荷役馬を連れていたが、たいして馬を乗りこなせるわけでもないため、やはり馬車の中だ。連れている馬がいい越野春陽(eb4578)は少しばかり考えていたが、他の皆が馬車の中で色々魔法のことを尋ねるつもりだと知って、馬車に乗り込んだ。
見送りのエリーシャがとても心配そうだったが、ナージが『大丈夫』となんだか分からないけれど勝手に請け負うので、いい方に解釈したらしい。確かにナージを見ていたら、『工房から出すな』と口走る人物には見えないだろう。
でも、考えようによっては、ナージですらそう考えるほどの仕事ということだ。そのあたりを肝に銘じておくべきだと、何人が気付いたか。
目的の村までは一度訪ねたこともあり、道案内の心配はない。天候もまずまずで、カルナックもユージスも馬車の扱いに困ることはなかった。つまり、進み具合は順調である。
しかし夏も盛りのこととて、暑いものは暑い。ティアイエルが持ってきた魔法の扇も、今の役割は普通に風を送り出すことだ。
「こんな暑いのに鉄の精製をしているのよね。お土産代わりに鉄鉱石を持ってきたけど、貰ってくれるかしら」
彼女は他に使わないソーラー電卓と携帯型風信器も持参し、経理の道具と福袋に聞いたダーニャが電卓をいじっていたが‥‥使い方が今ひとつ理解出来ないようでしばらくすると返してくれた。次はナージがいじって、こちらはおもちゃにし始める。
「下を向いていると、乗り物酔いしますよ」
福袋が注意を促して、使い方と出てくる記号の種類を教えてやったが、慣れないものは分かりにくいようだ。ティアイエルとラマーデも、計算は暗算か何かに書いたほうが速い。ダーニャは言うに及ばず、ナージも暗算が結構得意だった。
「私など、元の世界ではこれを使いこなして仕事をしていたものですが」
地球では営業担当をしていた給与所得者の福袋には馴染みの道具だから、なんだかすげない扱いをされると切ないものがある。しかし物見高いというか、何にでも興味津々のエルフが三人もいると、どういう仕事かよく説明しろと詰め寄られて、しんみりしている暇はなかった。
しかし、地球の日本で一般的な教育を受けて、中堅といって遜色なさそうな会社に勤め、仕事の成績も中堅、生活は中流と思っていた福袋だが、それを説明するのは結構骨が折れる。なにしろ『会社』が通じない。そのあたりも噛み砕いて説明して、
「経験も技能も、これといって特殊なものは持ち合わせていないのですよ」
文官登用に応募した理由はそれだと告げたら、ダーニャとナージは首を傾げた。
「確かに持っている技能を生かすなら、文官がいいのは分かったけれど」
「それだけ出来たらぁ、すごいことなのよぉ。天界は、みぃんな、字が読めるのねぇ」
「あたしのとこは、皆じゃなかったけど」
ティアイエルが『読めない人の方が多い』と言い、ラマーデがこちらもそうだも頷いた。それは福袋も知っている。
「誰かが作ったものを、絶対に損が出ないように、買う相手も損だと思わないような方法で売る。そういう仕事ってことでしょう? そして、計算も出来るし、売買契約書も作れる」
その書類をやり取りするような取引が多数はないことも知っているでしょうと、ダーニャに問い掛けられたのには頷きつつ、福袋は、
「それが私の天職だと思っていますよ」
そう答えた。『たいしたものだ』とダーニャは答えた後、ナージに『まあ、よろしいでしょう』と告げている。
「他の人はね、ユージスとお話してね」
ナージがそう言うならば、福袋の覚悟の程はダーニャが『まあ』と付くにしても、認めたのだろう。
御者をしつつ、やり取りを聞いていたカルナックはじめ、こちらの馬車の面々は相手がユージスだと聞いて、多少冷や汗をかいている。彼と彼女達から話を聞いた他の人々も、時間差で同じく。
でも、道行きはやっぱり順調で、予定通りにドワーフ達の村には到着した。
「暑いといえば、ドワーフの皆様の仕事場はどんな様子なのでしょうね。念のために水桶などは用意してきましたが」
ギエーリは暑さ対策に気合が入っていたが、美加と春陽、ミーティアは鉄精製の方法で盛り上がっている。燃料が木炭だと聞いて、その割に村周辺の森に伐採の後が見えないのを訝る春陽に、ドワーフの一人が『あいつらに訊け』と示してくれた二人連れがいる。人間とパラだから、この村の住人ではないだろう。
「ここの村人は鉱山と製鉄場で働いている。木炭を作るのは、別の集落のエルフの仕事だが‥‥あの様子だとまたもめているな」
ユージスが簡単に説明して、ダーニャと共に、二人連れのところに向かってしまった。二人連れは、両方の集落の間を行き来して、鉄材の発注量と納期に合わせた木炭の必要量や納入日を相談する担当である。ゴーレム工房の設立、更に拡大で鉄の需要が増える一方で、木の成長速度に変わりはないから、エルフ側は必要量の木炭を作るのは無理だと言うことがあるそうだ。ドワーフ側は仕事が滞るので、その返答に怒る。直接交渉で一度乱闘になったことがあり、それ以降は工房から文官を派遣して調整している。
ここでうまくいけば、あちこちに人を派遣して仕事の効率をあげたいところだが、常にうまくいっている訳ではない。多分何かをもめているところだろう。
それが木炭の納入日で、翌々日にならないと届かないため、見学はその日からと村長自ら説明に来てくれた。仕事が進まない割に機嫌が悪くないのは、土産があるからだろうか。ティアイエルからの贈り物は、個人から貰うのは悪いと返されたけれど。
「じゃあ、明日はぁ魔法の解説をしてあげるわねぇ」
ナージが宣言したので、皆、知りたいことを思い返し始めた。一足先に試練を乗り越えた福袋は、先輩になるだろう文官二人に挨拶がてらに汲んだばかりの水を差し出している。
ちなみに本日は、ドワーフ達と飲み交わすのである。
そして翌日。遊んでほしそうな子供達に『こっちに来たら駄目』と言い聞かせて、村はずれの風が通る木陰でゴーレム魔法講座が始まった。
「ゴーレム魔法は四系統に分けてあるのぉ。地、水、火、風ね」
これは精霊の力による魔法だからと解釈されているが、単純なところではウィザードが使う精霊魔法と発動の際の光の色が同じだから。
「では、今確認されているゴーレム魔法は何種類でしょうかぁ? ささ、ラマーデちゃん、言ってごらんなさいな」
「そんないきなり言われても、あたし、まだ魔法は覚えてない」
「それはそれで、異様に遅いぞ」
いきなり名指しされたラマーデが、びっくりして慌てたついでに、先輩格にしては情けないことを口にした。そこにユージスが畳み掛けるから、ラマーデの唇は尖がっている。
しかし、精霊魔法もゴーレム魔法も覚えているはずだが一つも使えないのでは、習熟が遅いと断じられても不思議はない。
「ゴーレム生成が最初よね。それから、風信器に‥‥」
言い負かされてたまるかとばかりに、ラマーデが指折り数え始めたが、途中で詰まった。懸命に考えても、魔法の種類が幾つかなんてところまでは教えてもらっていない。
「精霊魔法だと、一系統で七つ、八つは普通にあるから‥‥四系統だとしても三十くらいの魔法があることになるのかしら?」
「十三個」
魔法の数え方としては間違っている単位で、ナージが数字を挙げた。
まず四系統の地、水、火、風。
地のゴーレム魔法が、全ての基礎のゴーレム生成。チャリオット、フロートシップのための浮遊機関。それから地の精霊砲。
水はゴーレムシップのための水流制御板、多くのゴーレム機器に必要な防御力制御、水の精霊砲。
火は人型ゴーレムを操る能力を与えるための行動制御、ゴーレム機器の大半に必要な精霊力制御装置、火の精霊砲。
風はゴーレム機器全般に要する精霊力集積装置、グライダーとフロートシップの水深に要する推進装置作成、それから風信器と風の精霊砲。
これで十三種類だ。とりあえず名前と簡単な効果を聞いた側の反応だが、
「なんと言いますか、名付け方にこだわりがなく、聞いた時の音も無視しているとしか思えません。国家の大事に関わる魔法なのですから、もう少し聞いて麗しい名前というものを追求してくれても」
ギエーリのいささか風変わりな立腹はとりあえず置こう。味も素っ気もない名前だということは、皆、すぐに理解した。
けれども。
「効果が分かればいいんだから、こんなもんでしょ」
美加は『分かりやすいに越したことはない』と、メモした名前と効果を眺めて、聞き漏らしがないか確かめている。職人という点では似通ったミーティアも、特に異論はないらしい。
春陽と沙羅は、『名前の付け方に統一性がない』で意見の一致を見ていた。『何とか装置』で終わる名前と、後に作成が付くのは並べて書いたときにバランスが悪い。どうせ内部では略して使うことが多いのだろうが、新しく学ぶ際にはある程度整理されたものがいいのだが‥‥
「お一人で全部開発したものではないんでしょうかね」
福袋がなんとはなしにそう口にして、ティアイエルが溌剌と声を上げた。
「なにしろ新しい魔法分野だもの。あたしは今のものより速い移動艇を作りたいの!」
「精霊魔法とて、誰か一人が全てを作ったわけではないでしょうし‥‥可能性は皆無ではありませんね」
「あー、なるほど。フロートシップにこだわらない考えもありか」
セレスがウィザードらしく言葉を添えて、カルナックはそれらでまた色々と考えを巡らせている。
「わたくしはねぇ、オーブル卿がぁ、全部お考えになったと思うのよぅ」
ナージがぷーっと膨れたが、そこまでは確かめていなかったようだ。でも、考えてみたらどうでもいいことなので、魔法の効果の説明を本腰入れて聞くことにする。ギエーリの発言が切っ掛けだが、皆の性格が透けて見えた時間だった。
さて、ウィザードはじめ魔法を使用する者は多くが知識として、効果が大体四段階に分かれることを知っている。経験を積んで、魔法に習熟してくると、魔法により効果対象が増えたり、範囲が広がったり、射程が遠くなったりする。
ただし、中には駆け出しと熟練者の両方が全力で使用しても効果が一つきりの魔法もある。月道を開くムーンロードがそれ。
ところがゴーレム魔法の効果は、四段階と三段階に分かれているらしい。
「素体に使える物が、木でしょ、石でしょ」
「鉄、青銅、銅、銀、金、白金、ブラン。さすがに白金、ブランは実験しただけだと思うが」
ユージスの言葉で、『金までは色々使っているのか』と思うかどうかは、人それぞれだろう。この二人だと、鉄での成功に味を占めて、別の金属で風信器を作っている可能性もある。
これら素体の材質が、大きく三つに分類される。木、石、鉄と青銅、銅、銀と金、白金、ブランの三つだ。ゴーレム生成魔法は覚えたてで木、石、鉄に、習熟度が上がると上の三つ、更に上の三つに魔法を付与することが出来る。この魔法は、全てのゴーレム機器を作る最初に掛けられるものだから、憶えているゴーレムニストも多い。
多くのゴーレム機器の仕上げに施される精霊力集積装置も、同じ段階を踏んで効果が現われる。どちらも生き物には効果がないことも同じだ。どうやら誰かが試したらしい。
精霊砲は、覚えたてでは作れない。すでにある精霊砲の整備の魔法が使えるだけだ。地はグラビティーキャノン、水はウォーターボム、火はファイヤーボム、風はライトニングサンダーボルトに近い効果を及ぼす精霊砲は、習熟するうちに縦横高さ三メートル、五メートル、十メートルと作り出すことが出来る精霊砲の大きさが異なってくる。効果もそれに応じて大きくなっていくものだ。
カルナック、ティアイエル、春陽が特に興味があるといったフロートシップは、離着陸をこなすのに適した船体を作るところから始まる。その際に浮遊機関、精霊力制御装置、推進装置作成が必要になる。ゴーレム生成と精霊力集積装置は、最初と最後に不可欠だ。
浮遊機関は四段階、まず魔法付与できる素体の大きさが縦横高さで一メートル、三メートル、十五メートル、百メートルとなる。一メートルでは板が浮く程度のもので、人が乗ると降下を開始する。効果が上がるとチャリオット、フロートシップが作れるようになる。素体で十五メートル程度のフロートシップはあまり作られないので、より上の熟練者が重用されていた。
精霊力制御装置はグライダーやチャリオット、小型のフロートシップ、ゴーレムシップ、大型のシップ類と人型ゴーレムの三段階。人型ゴーレムの制御胞はこの魔法がないと作れないものである。
推進装置作成はグライダーとフロートシップの推進を司る送風管の作成を行う。駆け出しでグライダーの基本の送風管、腕が上がると中型フロートシップのそれが作れて、もっとあがれば高速移動可能なグライダーが作りだせる。ただしこれは機体の形も関係するので、間違いなくとは言えなかった。大型フロートシップは更に上級者。
ちなみにフロートシップの場合、船体と浮遊機関、精霊力制御装置、推進装置の部分は別に作り、最後に組み合わせてから精霊力集積装置を付与する。個々の部分にゴーレム生成が必要だ。
「それって、魔法付与すると大きさが変わるわけだから‥‥作るのも相当の熟練者が必要よね」
「船体が特殊なら、船大工なら誰でもとはいかないものねぇ」
「前回見た設計図だと、大きさをミリ単位で計るわけではないので、経験則だけでは厳しいところもあるでしょうね」
職人気質の美加とミーティア、沙羅が、フロートシップへの魔法付与手順よりも『組み上げる』ことに興味を示した。これに的確な返答を出来る者はいないので、ゴーレムニストになったら見せてもらえばと素っ気無い。ナージは説明に必死で、目付きが据わってきていた。
ゴーレムシップの場合は、推進装置の代わりに水流制御板が付与される。覚えたてで付与できる素体が縦横高さ一メートル、三メートル、十五メートル。素体の大きさは三段階だが、出来上がりは四段階あって、憶えたてだとせいぜい十メートル程度の小船しか動かない。そこから段々六十メートル、百メートル、もっと大きいものとなるが上限値ははっきりしない状態だ。百メートルを越える船など、年に何隻も作らず、しかもゴーレムシップとは限らないので分からないのである。
後は風信器と、防御力制御と行動制御だ。風信器以外の二つは三段階効果で、防御力制御が最初はちょっと物体を硬くするくらい。次がプレートメールくらい丈夫に出来る。その上は厚い石壁と張るくらいになるようだが、固さの計り方は数字で出さないのでだいたいこんな感じ。たまにもっと固くなることがあるらしいが、ちょっとはっきりしない。魔法付与したものを即座に叩き壊すなんて許可されないし、実験だけでそこまで出来なかったからである。
行動制御は人型ゴーレムが動くために必要な魔法だが、覚えたてでやると『かろうじて動く』というものにしか仕上がらない。もう少し習熟して、普通の兵士並みの動きをさせられる。鎧騎士の動きに従うには、もう一段階上の習熟が必要とされている。
なお、それでもゴーレムの種別により動きが違うのは素体の差だと言われている。これを補う魔法はまだないから、見付け出せれば素晴らしい手柄になるだろう。
「後は風信器よねぇ」
「それはこの間説明したから、不要ですよ」
最後に生き生きと説明を開始しようとしたナージを、ユージスが制止した。この頃には、ゴーレムニストを目指さない福袋以外は、頭をかいたり叩いたり、指先を噛んだり、持っている羽ペンを無闇と回していたり、上空を見上げて口を開いていたりと色々な状態だ。ナージも必死に説明したが、一気に説明される側も理解していくのは大変。福袋も当然理解しようと勤めているが、彼の場合は自分が魔法を使いたいと願っているのは違うから、少しばかりゆったりと構えていられるのだ。
けれども、彼の手元を覗き込んだユージスが、メモ書きを見て。
「ゴーレム工房で働くなら、セトタ語の読み書きは必須だから。文官は特に詳しく、そうでなくても書面の内容が分かるくらいに憶えておいてくれ」
「それはやっぱり、専門用語が多いんだよな?」
「こちらの経済用語も少しは覚えたはずですが」
ウィル出身の三人と春陽とティアイエル以外が顔色を変えるようなことを要求した。
大事な話をしているのだから、絶対に近寄っては駄目と言われていた子供達が駆け寄ってきたのは、数名がどうしようかと叫んだりしたからだ。
何か大変なことでもあったのかと、興味津々の声をして、一応怒られそうにない距離から尋ねてくる子供達の一人が『ごはんの支度』と口にしたので、本日の講義はここまでとなった。カルナックは当然に、他は腕に覚えがあろうとなかろうと、世話になっているので食事の準備は手伝うのである。ナージだけは子守に突入してしまったので除外。
翌日、ようやく製鉄作業を見学できることになったが、作業に参加したいと申し出た美加はあっさりと断られた。勝手が分からない者がうろうろすると危険だから、端のほうで見ていなさいというのだ。
「そんなぁ、昨日もあんなにお願いしておいたのに」
「いい場所から見せてくれって話じゃねかったのか?」
暑いところでもばてないように、動きやすい服装で袖も捲り上げて準備万端だったから、美加の落胆は激しい。そこに更に『もう一枚着てこい』と無慈悲なことを言われている。作業小屋に近付いただけで暑いのにと、似た格好の春陽や沙羅も思わなくはないが、ミーティアは『火の粉も散って危ないから』と長袖を勧めた。ラマーデとギエーリは長袖で、すでに暑そうだ。
もちろん同じことはティアイエルとセレスにも言われたが、カルナックと福袋は除外されていた。ドワーフ達は上半身裸も少なくない。
「女性にだけ厳しいのか?」
「汗かいたら、あんな薄物じゃぁ、お前さん達が目のやり場に困るだろ?」
自分達はドワーフだから気にしないが、同族の男がいるなら気を付けてやらないといけないと、ドワーフ達はけたけた笑う。半分くらいはからかっているのだろう。
早朝から木炭が大量にくべられて、かっかと燃え盛っている炉に鉱石が入る。ラマーデとミーティアがそれを覗いて、いい鉱石だと皆に説明した。砂鉄で鉄を作る地域も多い中、ここにゴーレム工房からの利便が図られる理由は質にもあるのだろう。
鉱石の中の鉄以外を燃やして、取り出したものを叩いて、更に燃やして出来るだけ良質の鉄を取り出す。沙羅と美加からしたらまだるっこしい上に純度に心配が残る手法だが、それでも他の方法があるわけではない。
「あんまり火を見るもんでねえよ。目が潰れるからな」
鍛冶屋など、強い火を扱う職人には目をやられて廃業する者も少なくないが、ミーティアはそういう説明はしてくれない。とっくに自分の世界に入り込み、ただひたすらにドワーフ達の手元を見詰めている。呼びかけても。反応がない。
片や福袋とセレスは『排水はどうなっているのだろう』などと囁き交わしている。これは以前も製鉄に関わったことがあるからだ。一度は木炭をくべている見習いの少年に尋ねてみたが、『それは秘密だ』と教えてもらえなかった。後に職人に尋ねても、返事は同じである。いかにゴーレム工房が相手でも、長年集落を支えてきた技術は明かせないということのようだ。
「あんなに木材を消費するのなら、魔法に置き換えることは出来ないの? そうすれば資源の心配は要らないと思うけど」
火の魔法を使う春陽は、大変な量の資材の使用に、職人達の体力、健康も考えて、魔法のほうが効率がいいと考えた。けれども、この集落に魔法使いなどいないと返事をされて、言葉に詰まる。ラマーデとギエーリも、ミーティアの仕事仲間で精霊魔法の使い手がいるとはほとんど聞いた事がないと口を揃えた。ミーティアはウィザードだが、店の建て直しに有効だからと必死に覚えたのだろうか。
ドワーフ達も、細かい作業の手順は教えてくれない。実際に鉄が出来るには日数がかかるからと、適当なところで皆、小屋から出された。出た途端に、夏の陽気の外がとても涼しいと思うのだから、中の熱気は相当のものだ。ギエーリが用意した手拭では、まったく追いつかなかったが‥‥
「いきなり水なんか浴びたら、心臓に悪い!」
汗みどろの一団に向けて、ナージと子供達が水を浴びせて、びっくりした美加に怒られていた。おかげで女性陣は、早々に着替えに向かう。
そこまで急がなくてもいいというか、もう少し浴びてもいいと男性陣は気楽に思うわけだが、あまり製鉄の内容は飲み込めなかったカルナックが『結局工房と同じで秘密が多いんだな』と口にしてから、思いついたように福袋に尋ねた。
「そっちの世界には、沈まない鉄の船と、空を飛ぶ鉄の塊があるんだって?」
どうしてと尋ねられたところで、福袋には『そういう特殊なものを作る技術があるんです』としか答えられない。美加と沙羅のほうが詳しいと教えはしたが、この二人と春陽も『なぜ鉄の塊なのに飛ぶのか』の説明は四苦八苦していた。使う技術が違いすぎて、理解が進まないほうも聞いているうちに辛くなってくる。双方共に大変なので、またそのうちにということになって、長めの休憩だ。
「後で皆さんにはお礼を言わないといけないけれど‥‥こんな貴重な鉄を使うんだもの。工房では、やっぱり私達にこの魔法を憶えろとか要求するところがあるのでしょうね」
「精霊魔法が使えたら、同じ系統を憶えなきゃ駄目なのかしら? 違うのって憶えても怒られない? そもそも憶えられるの?」
ミーティアが汲み置きの水をちびちび飲みながら、今度は先のことを考え出した。ティアイエルはもう自分がこの先どんな魔法を覚えられるかが気になって仕方がないらしい。
対してナージの返答は、修得魔法を厳しく決められることはない。ナージもユージスもそうであるように、系統が違うとされる魔法も覚えられるが、浅く広く憶えたところで使えない奴と言われるだけだ。修得する魔法は自分の希望ともよく相談するべきだろう。
そして、カルナックが魔法を掛けるだけが仕事かと尋ねたのには、『人により、作業の流れの監督もする』と返ってきた。こちらは適材適所で、ゴーレム機器に魔法を付与する以外は研究だけしている者もいるわけだ。これには沙羅が喜色を浮かべた。彼女はどちらかといえば、実践よりも研究が好きなのだろう。オーブルを越えたいと口走り、ナージに拳骨でぽかりとやられてもいる。
ただし現在のところ、月魔法や陽魔法とゴーレム魔法と関連付けて研究している者はいないから、その可能性を問うなら、セレスが先鞭をつけたらいいとも。あいにくとゴーレムニストがゴーレム魔法以外は習得出来ないので、そちらの魔法に詳しい協力者は不可欠だろう。
そんな話の後に、ユージスが『ゴーレムニストになる覚悟の程』を訊いてきた。これも人それぞれだが、重いものからそれほどでもないものまで。
ラマーデは『騎士物語の介添え役になりたい』、ギエーリは『新たな時代の英雄譚の主人公に一から関わりたい』、沙羅が『自分の理論をひたすらに研究してみたい』、ミーティアは『家業の鍛冶屋を立て直す一助に』、美加が『ゴーレムとはどういうものか、可能性を突き詰めたい』と、このあたりは基本が自分の希望である。福袋も同じだろう。
覚悟という言葉に似合うのは、カルナックや春陽が上げた『戦う道具で、それで命を奪われる人がいることは承知している』か。ティアイエルはここまで断言せず、『戦争に使うのは気になる』と控えめな表現だった。口にしなかったからといって、他の人々がこのことを忘れているわけでもない。
セレスは『味方の防御力を挙げて、生き残る可能性をあげたい』と言った。
それぞれに、要求されていたことなので、あれこれ考えた末での発言ではあったが、ユージスは『別にそういうことではなくてね』と、さらりと皆の意見を流してしまった。
「国の仕事だから、家族にも口外できない。納期に間に合わせるのに、徹夜も、飲まず食わずもある。でも作るものは最高峰でなければならない。自分の趣味と希望は優先されない。そこのところは分かっているか?」
それでよかったの? と、誰かが呟いた。
「敵は敵だ。そこに覚悟がいるようだと、後が辛いぞ。自分が作ったものの乗り手が死んで、その家族と仲間に恨まれるほうがきついと俺は思うが」
考え方は色々だから、返答が何でも実はいいのだけれど、気にする命のある場所が自分と全然違って驚いた。そうユージスが苦笑を浮かべて、皆に言った。
「仲間が死んだって気にする人も、向かないと思うわ」
内心はどうでも、顔に出さないくらいの人が、周りは冷たいと思いつつも動じないと、これはダーニャの弁。
「この先出来るゴーレムによっては、その戦争のあり方も変わってくるのでは?」
春陽が『そういう方向を目指すのはどうなのか』と言いたそうに問い掛けたら、身分は騎士でもあるユージスは『そうかもしれないが、それは他の騎士の前では言うなよ』と念を押した。
ちなみに、この時点でゴーレムニスト希望者は、『ナージとユージスの顔色を窺って答えを考えなかった』という点が合格なのだそうだ。人の言う通りのことしか出来ないのでは、工房では望むことを実現は無理との助言つきだ。
でも、言動には配慮が必要と、わーいと浮かれたラマーデはまた注意されている。
帰路のこと、フロートシップを作りたいと希望するものが多いから、ユージスに細かい手順の説明を求めたとき。
「魔法陣を描くのは得意だが、手順は船大工に聞いたほうがいい」
「ゴーレムニストになったらぁ、魔法陣も描ける様にぃ練習しないとね」
魔法陣など初耳という者が多く、春陽にティアイエルがユージスに詰め寄り、他の人々はナージに顔を向けた。
「あるのよぉ。儀式魔法だものぅ」
だから手先の器用な人大歓迎と、ナージはにこやかに笑っている。ちなみにそのナージは、沙羅にそそのかされて、オーブルへの贈り物とするべく、折り鶴なるものを布を使って習っていたが、あまり器用ではないことが判明していた。料理は劇的に下手だ。
こういう人でも、その魔方陣が描けるのなら、自分は大丈夫かな‥‥と、職人以外の人々は自分の手を眺めている。
次回は実際にゴーレムやグライダーに乗り込むことになるらしい。