駄犬通りの事件簿〜さらわれてます〜
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■シリーズシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 40 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月22日〜07月28日
リプレイ公開日:2005年07月31日
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●オープニング
シェリーキャンは別名を貴腐妖精といって、ワイン醸造に関わる者ならぜひとも仲良くしたいと思う存在だ。外見はシフールの子供によく似ていて、ぶどうの葉を服の代わりに身にまとっている。
どうやら、この服装はどこに行っても譲れないらしい。
「このワイン、酸っぱい。そっちは甘みが中途半端でおいしくない。ヒトが作るのって、やっぱりダメねー」
「そのワインは旦那様へのお土産だから、開けたらいけないのよ。あっ、いけないって言われたことをする子は、ばあやがおしりペンペンなんだからー!」
ドレスタットの冒険者ギルドの片隅で、そのシェリーキャンが居候先の夫人ともめていた。ものは言いようでなんとでも美しくなるが、この二人、または一人と一体の会話は子供の喧嘩と大差ない。どう言ったって、結局はそれ。
しかもどちらも床に座り込み、ワインの持ち帰り用樽を並べて酒盛りをしているのだ。たまにギルドの中を走り回り、飛び回って追いかけっこもしている。
「なんだか、呼んでいるようだが」
「‥‥これが終わったらすぐに帰りますので。いちいちおしりを叩いていたら、話が進みません」
「ばあや、ばあや、ニルがいたずらするの。怒って、怒ってっ」
依頼人のオリンピア、これまで二回の依頼もなんとなく着眼点のずれた主張をしていたエルフ女性だが、本日も変わりなく非常識だ。聞けば百二十歳くらいだというが、どこまでも子供のようだ。こんな女性を結婚している男性はどんなエルフかと、係員もちょっと疑問‥‥
幸い、ばあやが代理で済ませた依頼は無事に受付が終わり、きゃいのきゃいのと騒いでいるオリンピアとニルは無事に連れ帰られた。ワインも全部、付き添いらしいドワーフの男性が抱えていく。ドワーフだけあって、一つたりとも忘れてはいかなかった。
依頼人がギルドで酒盛りという奇天烈な依頼は、内容もそれに応じたものだった。
『シェリーキャンのしつけと教育をしてくれる冒険者を募集。
重要なのは、他人のものを勝手に持ち去らない、ワインは一樽の封を切ったら飲み終わるまで次の樽は開けないを徹底させること』
さて、一筋縄ではいかなさそうな依頼を受けた冒険者一行が、指定された日にオリンピアの住む駄犬通りに到着したときのこと。
通りの向こう、目指すぶどう屋敷の前には小汚い荷馬車が一台停まり、七、八人が騒がしく乗り込むところだった。面妖なのは、一人が肩に担がれていることと‥‥
「奥方様っ、オリンピアさまーっ」
屋敷の中から絶叫は聞こえるは、走り出てきた男性達が荷馬車に乗り込む男達と揉み合いになって一方的にやられているは、よく見たら荷馬車の上の鳥かごにシェリーキャンが押し込められているは。
どこからどう見たって、白昼堂々の誘拐事件だ。
「あー、みなさーん」
「たーすーけーろー!」
さらわれている最中のオリンピアとニルは、一行に向かって手を振っている。
そして、荷馬車はものすごい勢いで走り出したのだった。
●リプレイ本文
駄犬通りを、素晴らしい勢いで疾駆する騎影が一つ。
♪〜
僕たちは戦争の中 悲惨な子供時代を送っていた
だけど馬との出会いが、ふれあいがその傷ついた心を癒してくれたんだ
今だからこそいえる ありがとう そして
I LOVE HORSE RACING
そうだドレスタット競馬にいこう!
先行していた荷馬車に追いついた騎手はシフールで、歌まで歌っていた。
荷馬車には誘拐された婦人とシェリーキャンがいて、彼女達を捕らえた男どもは荷馬車に競るように並ぶ馬と騎手に棒で打ちかかろうとしたが、その隙もなくシフール、ジョン・ストライカー(ea6153)は横合いをすり抜けていく。
もちろん、誰もが馬車が進めないように手立てを講じるに違いないと信じたその瞬間、ジョンは一人見えないゴールのラインを越えていた。
「全然止めてくれてないーっ」
「馬車の車輪を壊せれば、不埒者どもなぞ蹴散らしてくれるのだが」
魔法物品頼みの追跡行に入った冒険者の和紗彼方(ea3892)が叫ぶと、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)も手斧を担いで走りながら言う。一時は速度が落ちた馬車だが、ジョンがすり抜けていったので次の十字路を曲がるつもりのようだ。
珍しくもわんこ達が次々と荷馬車を追いかけてはいるのだが、猟犬のしつけを受けたわけではなく、ひたすらに後を着いて走っているだけ。見失う心配はないがこのままでは埒が明かない。
そう彼方とヘラクレイオスが思ったところで、二人を追い越して白っぽい光が飛んだ。荷馬車の車輪に当たったそれは、速度を落とす役には立った。
「みなさんのおいしいご飯も、奥方様を取り返してこそですわ!」
緊張感溢れるはずの状況にそぐわない台詞は、アイネイス・フルーレ(ea2262)がわんこ達に向けたものだった。テレパシーの後にムーンアロー、更にわんこへの指示と忙しい彼女はすでに仲間からかなり遅れているが魔法を使うのに問題はない。
彼女の指示を理解したのか、荷馬車の馬の周囲に群がりだしたわんこ達のおかげで、彼方とヘラクレイオス、少し遅れて紅天華(ea0926)が荷馬車に追いついた。もちろん誘拐犯達は手に棒を持って応戦準備万端だ。
と、自身も愛犬をわんこ達に紛れさせて追跡に加わった天華が、仲間二人の後ろで呪文を唱えた。
「二人を無事に返さねば、容赦は致さぬ」
思わず見惚れてしまいそうな麗しい笑顔とは裏腹に、馬車の車輪は、天華の呪文で壊れ飛んでいた。
この笑みに気圧された連中など、それぞれに得物を手にしたヘラクレイオスと彼方、馬から白犬に乗り換えて戻ってきたジョンの弓の威嚇の前ではたいした相手ではなかったのである。
「ジョン、歌下手」
「殿方ですから、音程はもう少し低くてもいいかしら?」
馬車から救出された被害者達の第一声はこれだった。
被害者達が『きゃー、魔法』と騒ぎ、『誘拐? 誰が?』とほざいている頃、駄犬通りのぶどう屋敷はもちろん大変な騒ぎに陥っていた。なにしろ奥方と、居候とはいえシェリーキャンが白昼堂々と誘拐されたのだ。屋敷の入口で失神したばあやのエリザベートはメルヴィン・カーム(ea1931)が抱えて屋敷内に運び込んだが、他にも殴られた怪我人が多数いる。
「傷口を洗って、埃は落としてください。すぐに治療の魔法で直しますから大丈夫ですよ」
「オリンピアさん達は仲間が追ったから、心配しないのよ」
メルヴィンが、おそらく偶然だろうが屋敷でごく少数の人間の娘達をエリザベートの介抱に連れて行ったので、ブノワ・ブーランジェ(ea6505)とアンジェリカ・シュエット(ea3668)は残ったエルフの使用人達を宥めて、怪我人の治療に当たっていた。ほとんど全員が顔を見知っているから話は早い。
二人がとにかく怪我人の治療と、皆を落ち着かせるのを優先している間、メルヴィンはエリザベートをとりあえず居間の長椅子に横にした。それから右往左往している娘達に必要な指示をして、彼女達が色々鶏に部屋をあけたときにリヴィールエネミーを使う。戻ってきた娘達はまるきり無反応だ。
まだ使用人達がオリンピア達の戻りを待っている門に出向いても、今このときに現れた冒険者一行への敵意を持つ者は見当たらなかった。
だが、オリンピアとニルがアイネイスとジョンに伴われて戻ってきた時、猛然といった勢いで詰め寄っていったのは‥‥彼ら冒険者がまったく見覚えのない青年だった。
その場で犯人を締め上げるも、誰かに頼まれたわけではないとうそぶいた七人を街の警邏に預けて戻った天華とヘラクレイオスと彼方は、いない間に屋敷で起きたことを聞いて遠慮なく笑い出した。
「ボク、それ見たかったなぁ。あとで挨拶してこよう」
「屋敷の中に怪しい者がいたわけではなくてよかったのう」
彼方とヘラクレイオスが話題にしているのは、見知らぬ青年のことだった。誰かと思えばこの家の三男で、バード兼通訳として勤めている貴族のところから休みを貰い、久し振りに実家に戻っていたという。
そして、自分が誘拐されたと思いもしなかった母親に、ものすごい雷を落としたのだ。
「そうやって笑うけど、大変だったのよ。それはもう大きな声で」
母吟遊詩人、息子バード。魔法を使うかどうかの差はあっても、発声の心得があるもの同士だから、それは耳が痛くなるような言い争いだった。アンジェリカやアイネイスはいきなり間近で始まったそれに、耳を痛めるかと思ったくらい。
ちなみに、母子喧嘩はさておいて、屋敷の者達に皆が色々と聞いて回った限りでは。
まず、この屋敷にシェリーキャンがいるのは、もはや街中の住民が知っている。こともあろうに家中で自慢していたようだ。
そして誘拐犯の一人は、シェリーキャンの絵を描かせてくれと訪ねてきた美術品を扱う商人を名乗る男だった。オリンピアの夫は、他所の街の商人ギルドの身分証を確認の上で、自分でも描くという男を受け入れたのだ。身分証が本物かどうかは、これから街の警邏が調べることになる。
挙げ句にその男に『贈り物を持ってきたから』と仲間の手引きをされ、オリンピアとニルはひょいひょい誘拐されたのだから‥‥こんな叫びが聞こえたって、誰もオリンピアに同情はしない。
「この馬鹿母―っ!」
「ばあやは修道院に入らせていただきます。もう今度こそ、入らせていただきますっ」
内部に誘拐の手引きをした者がいるのではないかと用心したメルヴィンとブノワは入れ物からして高そうなワインを空けて、結構な勢いで飲んでいる。さりげなくヘラクレイオスも手を出していたし、歌を酷評されたジョンは『ドレスタット競馬協会ポエムの部優秀作品(予定)』の書付を眺めて、歌詞はやはり素晴らしいと一人で納得していた。
天華は『尋問にも参加できるようにしてもらえばよかった』と、そんなことを考えていた。彼女は、自分と彼方、ヘラクレイオス、アイネイスとジョンが犯人を五人がかりで締め上げた時の様子が、拷問一歩手前の恐喝状態だったとは思っていない。他の四人ももちろん同様だ。犯人達には、別の言い分があっただろうが。
初日はことの顛末のあほらしさにすっかり脱力していた八人だが、翌日からはきっちりやる気を出した。
「このまま入れておけばいいのではないか」
しかめっ面でジョンが口にしたのは、ニルが一行の生真面目な気配を嫌って逃げ続け、昼過ぎにようやく捕まえられたときだった。何を考えたのか、昨日我が物とした鳥かごに入り込んで休んでいたのを発見されている。すかさずジョンが中に閉じ込めて、先ほどの台詞となるわけだ。
しかしこれでは話もしにくい。どうしたものかと皆が色々考えていると、ジョンはエリザベートから紐をもらい、ニルの腰をそれで結んだ。反対の端は、近くにいた彼方が持たされる。
「こんなことして大丈夫かな」
「ニル様、苦しくはありませんか?」
彼方とアイネイスが驚いて言うが、他の面々はその方法があったかとすぐさま納得した。ひどいのではないかと責める素振りの二人に、睨まれたアンジェリカとブノワが返す。
「シフールの赤ん坊が飛び始めると、よくそうやって親と繋がってるじゃない」
「我々のように歩いて移動するのと違うので、用心のためでしょう」
ふらふら飛んで、挙げ句に強風に吹き飛ばされでもしたら大変と、信仰は違えどノルマン出身の二人は揃って『よくあること』と説明した。本当かと訝しげなアイネイスと彼方に、ビザンチン生まれのメルヴィンとヘラクレイオスも『シフールの子供はこんなに小さいから』などと補足してやっている。
自分はシフールじゃないと叫んでいるニルの紐を、天華が掴んでぐいと引いた。懸命に逃げようとするニルの腰から紐が解けないのを確認して、にこりと笑う。
「これはよい。では、作法の時間だな」
そして、あっという間に彼女達は思い知らされた。
「世界のぶどうはニルのものなんだから、ニルのを返してもらって何が悪いのよーっ!」
そう。天華、アイネイス、彼方が三人がかりで『人様のものを勝手に持ってきたら泥棒になるから駄目』と言い聞かせたのだが、ニルは『自分の物だから持ってきた』と譲らない。そもそも社会生活を営む存在ではないから、他人が不愉快に思うとか、怒られるといったことはさっぱり理解出来ていなかった。
こんな相手に、『泥棒になるからダメ』は通じない。昨日のことも誘拐されたと分かっていないから、経験に基づく共感もない。
「困ったのう。やはりこの籠の中に」
「絶対にオリンピアさんが出しちゃうから、あの人をなんとかしなきゃだよ」
「このままではエリザベート様が嘆かれますわ」
三人が怒涛の言い聞かせをため息で締めくくると、アンジェリカがニルに尋ねた。
「エリザベートさんと仲良くするつもりはないの? あなたのせいでとても困っているのだけど」
「なんで? エリザベートはこの間ぶどうの模様をしてくれたから、仲良くしてるのに」
正確には、ぶどうの模様の刺繍をベッドの敷布にしてくれたので、もっといっぱい刺繍をしてもらおうと思っている。あちこち言い回しが変なのは、やはり妖精だからだろう。
ここに、アイネイスが畳み掛けた。当人にそのつもりはないだろうが、絶妙の呼吸である。
「ニル様は優しく賢い精霊のシェリーキャン、エリザベート様が嘆かれるような真似はなさいませんでしょう? それにぶどうも、たくさんあるのですから皆に貸してあげる、よき手本にもなれますわよね?」
「世界中に、ニルのぶどうのすごさを分からせてあげるのね!」
相変わらず腰は紐で結ばれて、今は端を椅子の背に括り付けられているのだが、ニルはアイネイスと手を取り合って悦に入っている。
激しく方向性は違うが、他人のものを勝手に持ってこないつもりにはなったらしい。
「いいのか、あれで」
ジョンの問いかけに、アイネイスが答えたところでは。
なんとなく似ているオリンピア攻略の秘策をエリザベートに尋ねたところ、いい気分にして約束させると案外守ると伝授されたので、早速使ってみたのだそうだ。
残る問題はワインだが、こちらは基本的に男性陣が熱心だった。
まずは、メルヴィンとブノワがぶどう農園と醸造所にニルを連れていく。皆が苦労しているところを見せて、ワインを無駄にしないよう反省を促す目的だが、もちろんニルには効果がない。先のことから、これは皆了解していた。
それで彼らは商用で留守の主人に代わって三男に許可をもらい、農園と醸造所で働く人々にニルへの期待感を大げさに表現してもらった。今年はシェリーキャンが農園に居ついたと、すでにワインの予約が引きも切らないそうだから、人々が期待しているのは確実だ。嫌がりもせず、子供を可愛がるような様子でおだててくれた。
ニルは当然、鼻高々だ。
「ほら、ニル、シェリーキャンだから偉いの」
大威張りのニルには、相変わらず腰に紐がくくってある。その端を持ったメルヴィンが、なるほどと頷いて見せながら、しつけ開始だ。
「でもこの人達がいなかったら、その貴腐ワインだってたくさんは作れないんだよね。だからここの人達がいやなことはしないほうがいいよ」
「我々は葡萄を集めて、絞り、樽に詰めてひたすら待っているわけですが、それとて『救い主の血』と称されるからには、並大抵ではない苦労があるのですよ」
だからワインは無駄にしないようにと、口を酸っぱくして繰り返したメルヴィンとブノワに対して、ニルはきょとんと醸造所の中を見回している。やがてヘラクレイオスがご馳走になっている大樽の中を覗き込んで、いきなり含み笑いをし始めた。
なんとなく、考えていることが分かったブノワとメルヴィンは渋い顔だ。
「ここがワインを作っているところだったのね!」
「我々がどうやってワインを作るか、ご存じなかったわけですね」
人も自分と同じように、木のうろにぶどうを溜めてワインを醸していると信じていたニルは、ブノワにめまいを起こさせることに成功していた。メルヴィンもさすがに呆れて声もない。
それでもこんなにたくさんの人が働いて作るのだから、樽の蓋をのべつまくなしに開けないようにと告げると、ニルは『わがままなんだから』といってようやく同意した。
「わがままはどちらかのう。まあ、しないと言ってくれればよい。人の善悪の基準は、どうにもご理解いただけんようじゃ」
これまでの様子で、味の落ちたワインを飲ませても効果がないと悟ったヘラクレイオスは、醸造所についてきたもののただ延々と味見と称してワインを飲んでいた。おかげで大変に機嫌がよいが、他の二人はそうはいかない。
「自分ばかり楽をして」
「年長者の貫禄でより深い理解がいただけるようにしてください」
ニルの『言うことを聞け』発言に、やんわりと『これだけ広いと今までの経験も活かさないと、よりおいしいワインは難しいかも』と言い聞かせているまとめ役の会話を横に、人間男性二人は本日もワインをあおりだしていた。
そしてその頃。
「‥‥」
ジョンの視線の先、女性陣がやっと飛べるようになったシフールの子供の子守に熱中している姿があった。
別の表現で『ちっちゃい、かわいい、今にも落ちそうで大変』を、交互に受け止めては喜んでいるのだ。子供は他人に構われて楽しそうだが。
結局。
「はーなーせー」
一度言ったくらいでは覚えないニルを前に、彼らは同じことを繰り返し言い聞かせる労苦を強いられた。だが、あんまりおいたが過ぎるようなら『腰に紐』のお仕置きをすることになって、さすがのニルも『やったらダメ』なことはわかったようだ。
実に十数回の繰り返しと、その後のワインの過剰消費があってのことだが。
ただし。
「うむ、このワインもいい味じゃな」
一人、朝から晩まで悦に入っていた御仁もいる。