聖母が威光を地に広めよ〜満月に捧げる贄

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:09月29日〜10月14日

リプレイ公開日:2005年10月08日

●オープニング

 雑多な書類の山を前に、ただいまバンパイアの脅威が近付いているかもしれないブレダの街の司祭メドックと、領主の嫡男のジェラールは深く深く溜息をついた。
「ったく、ふざけてんじゃねえや。ここはしゃかりきになって働いていいところだぞ。それを二人揃って、他人の色恋沙汰に一喜一憂して」
「私がブレダの街に来て四十八年、司祭の座を預かるようになって二十八年だよ。その二十八年に結婚式を行った数が九百と九十一組。あと九組なのに‥‥」
「せっかくばあ様の『いい見合いがあるんだけど』攻撃から逃れられているのに、まとまらなかったら困る」
「いいじゃねえか、同じ信仰の兄弟姉妹から大事なお友達に昇格だぞ。次は恋人で、そのうち結婚するさ」
 二人分の溜息を、ふんと鼻で笑ったのはブレダの領主が行っている開拓の地に赴任した神父のヴィルヘルムだった。そこと、遠方だが隣村になるエルフの集落の間にバンパイアが出没したので、開拓は一時停止している。よって聖職者の彼は、司祭や領主と計らって、バンパイアの殲滅に乗り出さねばならないのだが‥‥
 見当違いのことでぶつぶつ言っている司祭や領主の息子に厳しく当たっても、それは当然だとヴィルヘルムは思っていた。
「なんとか、年内に一千組になりたいものだねぇ」
「破談にならなければ、春ごろまで引っ張ってもらうとありがたいんだが」
「‥‥俺の義妹は、目標達成の道具でもなければ、縁談回避の盾でもねえ。四の五の言わずに、働け」
 本来目上の二人に大層な言いようだが、ヴィルヘルムは恨みがましい視線を向けられるだけで済んだ。もちろんそんなものは無視する。
 ただ、次の一言は無視しなかった。
「「まとまらなかったら、一番怒るくせに」」
「それは義兄の特権だな。さて、バンパイア崇拝の村の調査は、冒険者ギルドに依頼を出すか」
 そうして、ひとしきりもめてから、誰が冒険者ギルドに行くのか決定した。

「バンパイア崇拝? なんだってあんなもの」
「四十六年前、ブレダの領地で冒険者を騙る一味の悪行三昧があったはずだ。記録が残っているかは知らないが、以降は毎年奉仕活動として冒険者に教師役をさせているんだから、こちらも多少は関連があったと思う」
 メドック司祭も、騎士のジェラールも、助祭のアンリエットもブレダに置いて、ドレスタットまでやってきたヴィルヘルムは声を潜めた。人間の彼には昔のことでも、エルフやドワーフにはそうではない。他人の不愉快な記憶を刺激するような真似は慎んでいるようだ。
 だが、ともかくもその頃に冒険者を騙った一味が非道を働いたのは間違いない。先日ヴィルヘルムが手伝いの同業者と一緒に、領主の館の書庫から探し出した記録と、メドック司祭はじめ領内の人々の証言はきちんと噛み合っていたからだ。
 この一味の半数は、因縁があった冒険者達によって捕縛されたが、残り半数は今に至るも行方不明だ。だが色々調べた結果、逃げた方向が問題のエルフの集落がある方向だったのではないかという証言を記したものがあった。もちろんこのときも確認のために集落へと人が差し向けられたのだが、もともと排他的だった村が、大変な拒否を示したので没交渉になっている。
「それでもしばらくは布教も兼ねて、近隣の神父が出向いていたんだが、翌年に向こうの村人に私刑にあってからブレダ側も近付かなくなったと」
 しかしバンパイアがその方角から来たとあっては捨て置けず、ブレダの兵団は集落の監視に相当数の人手を割いた。
「ああ、ブレダの魔法兵。海戦騎士団で実戦訓練中だそうですね。それだけでは手が足りませんか」
「手はともかく、経験が足りない。そもそも一度養成が途切れてるのを復興中だからな。それにウィザードは隠密行動する立場じゃないだろ」
 それでも魔法を駆使して監視していたところ、満月の晩に村から見目の良い若者が年配者に連れられて出掛けて行き、翌々日に若者以外が戻った。おそらくは、今に至るも若者は戻っていないだろう。この晩は、住民総出で夜通し篝火を焚いて、調子はずれな歌とも呪文ともつかないものを唱えていたという。
 満月の度にこうした騒ぎが繰り広げられるのかは不明だが、連れ出された若者が飾り立てられていたことから、なんらかの信仰が関わった儀式であろうと観察していた者達は推測した。また子供達が互いの首筋を噛み合うような仕草をしていたので、バンパイアへ定期的に生贄を出している可能性も思い至ったのだ。
 その知らせは早馬でブレダに届き、紆余曲折はあったものの、ヴィルヘルムがこうして依頼を持ってきたのである。
「出来れば前回と同じ面子がいいな。便利な道具を持ってたしな。俺も一緒にブレダに戻るから」
 この問題の集落近くにバンパイアがいるかどうか、それを確認してほしい。依頼は簡潔に言えばそういうことだ。

●今回の参加者

 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4335 マリオーネ・カォ(29歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6942 イサ・パースロー(30歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7171 源真 結夏(34歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 ea8106 龍宮殿 真那(41歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

和紗 彼方(ea3892)/ 皓月 花影(ea7262)/ ナオミ・ファラーノ(ea7372)/ 野乃宮 美凪(eb1859)/ 斎部 皓牙(eb3051)/ セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

 森や林があって、川がないなら地下に水源はあるはず。人が住むだけの生活用水が得られるなら、井戸か泉として汲み出せる場所もなくてはおかしい。流石にノルマン王国の威光も届かぬ地域を調べた物好きはいないが、だいたいの地勢で井戸掘りに心得のある者はそう口を揃えた。
 四十六年前、口の重いドワーフやエルフに詰め寄ってくれた仲間によれば、冒険者を騙ってあちこちの村や街に入り込み、火付け強盗をやらかした盗賊達には何人か魔法を使う者が混じっていたらしい。ブレタは昔から魔法使い育成に熱心だが、それでも最初は騙されて痛い目を見たのだから、他の村ではもっと被害が出たのだろう。捕らえたのは、仲間を殺された冒険者達で、逃した何人かをその後も長く探していたという。
 そうして、便利な魔法の靴と馬とで道を進む間に情報交換をして、今回初めて件の村に向かうシャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)とマリオーネ・カォ(ea4335)が事情を飲み込んだ頃には、マリオーネの愛猫はブレダの街に置き去りにされていた。犬はともかく、猫にじっとして鳴くなの命令は厳しかろうと、同行する神父のヴィルヘルムが取り上げて、ブレダの教会に預けてしまったのだ。
 ちなみに途中まで馬車が出る予定も、馬と魔法の靴とで同等以上の時間で移動が出来ると分かり、九人の道行きは至って身軽なものになっていた。一見すると、誰かしらの馬に愛犬と乗せられているマリオーネが見えないから、一行は八人のようだ。
「ねえ、やっぱりあたしとシャルロッテとおっちゃんと神父様の四人で行くのは良くないわよ。そっちに前衛がいないじゃない」
「妾がおるではないか。とはいえ、一人じゃがな」
 源真結夏(ea7171)の言葉に、龍宮殿真那(ea8106)が渋い顔だ。今連れ立っている九人は、精霊魔法や神聖魔法、オーラ魔法と全員が様々な魔法を使うが、半数は武器を取るほうが本職だ。志士の二人に、神聖騎士のシャルロッテ、騎士のヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)の四人がその半数。残り五人はマリオーネが陽、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)が火と地の精霊魔法で、イサ・パースロー(ea6942)とブノワ・ブーランジェ(ea6505)、ヴィルヘルムが白の神聖魔法を使う。
 今回はシャルロッテと結夏、ヴィルヘルムとヘラクレイオスが村に布教する名目で囮になり、村人の目をひきつける間に他の五人が周辺にバンパイアの居場所を探ることになっていた。わざわざ囮を立てる必要があるのかという意見もあったが、村の内部を知りたいという依頼人側の要請で押し切られている。
「村の内部と言っても、まず立ち入ることも拒否されそうですが、それでもよろしいのでしょうか」
 件の村の様子を聞いたシャルロッテが、自分の馬にも積んだ『贈り物』の様子を確かめながらヴィルヘルムに問いかけた。彼女が預かったのは塩で、他に布地が幾らか、余力のある馬に積まれている。その一つの上に、マリオーネが愛犬と一緒に毛布でくるまれて乗せられていた。
「敵だと思われてて、また私刑に合うかもしれないぞ」
 ツヴァインも気が乗らない態度で口を挟んだが、問われた側はのんびりとしたものだ。
「その時は馬で逃げる。あ、俺が後ろに乗っても大丈夫なのは誰だ?」
 なんとなく探るような視線を向けたブノワとイサ、ツヴァインを無視して、ヴィルヘルムは借り物の靴で元気に歩いている。エルフのイサの方が先に元気がなくなりそうだが、彼らは目的地を無事に確認することが出来たのだった。

 見るからに上品な同族の娘を前に出されて、今回はいきなり石が飛んでくるようなことはなかった。ヘラクレイオスは前回同様の騎士然とした姿だが、結夏はヴィルヘルムに押し付けられた古着で神聖騎士見習いといった風情だ。
 四十六年前は、この中で最年少に見えるシャルロッテがとうに生まれていた頃である。ヘラクレイオスは故郷で騎士見習いをしていたそうだ。よって以前の布教の様子も記憶にあるだろうと、また懲りずに訪れた振り。さすがにシャルロッテが『村に行って様子を窺う』と言わねば、ヴィルヘルムも要求するつもりはなかったようだが。
「少しは会話になっておるようじゃが、結夏殿は分かるかのう?」
「あいにくと、ちょっとしか。ドレスタットでは不自由しないのにね」
 石は投げられないが、相変わらず人垣で村の入口を埋めて拒否感も露わな村人達に対して、語りかけているのはシャルロッテとヴィルヘルムだ。なにしろこの二人しかジーザスの白の教義は語れない。下手に口を出して、布教ではないことがばれたら大変なのだが、それ以前に結夏とヘラクレイオスでは訛りの強いゲルマン語が良く聞き取れなかった。それで、いまだ渡せぬ『贈り物』を抱えた二人は、小声で時々会話する以外は生真面目な顔付きで立っている。
 村の監視をしていたブレダの手の者によれば、村の様子がおかしかったのは満月の夜のことだけで、他は普通の村とそれほど変わらない。他所からの来訪者はまったく見えないが、男達の数人は猟をする様子で四日ほど留守にしていたそうだ。大きな鹿を捕らえてきたので、狩猟の腕はあるのだろう。獲物は全体で分ける決まりがあるのか、この日も村人は集まったそうだ。赤ん坊まで、方策を尽くして数えた結果は九十二。全員間違いなく数えられたとは限らないので、住民は百人前後と見てよかろう。魔法を使う者は、今のところ確認されていない。
 そして、村の中にはその人数を養うに足るような井戸は見付かっていなかった。水汲みに出掛ける女性と子供がいるので、水場は少し離れているらしい。
「皆様方にある加護がどのようなものか分からぬ以上、わたくし達はそれを我が神より優れていると認めることは出来ません。せめて、皆様方の守護者がいかなる存在か、教えていただくわけにはまいりませんか」
 シャルロッテが高圧的にならず、まずは村人の話を聞こうという態度で話すので、相変わらず拒否感は強いが馬を駆って逃げる必要はなさそうだ。ただし誰も会話の相手にはなってくれないので、シャルロッテが一人で語りかけているである。ヴィルヘルムも二歩ほど下がって着いているが、あまり口は開かない。
「‥‥突然ですので、いきなり話せないこともあるかと思います。また明日、寄らせていただきます」
 一時間近く粘ったシャルロッテだが、流石に得るものがないので撤退の意思を見せた。村人達もそれを聞いて、ほっとしたようだ。
 ぶしつけな訪問の詫びにと塩と布地を示して、自分達の夜営する予定の場所も知らせてから、シャルロッテが踵を返すのに他の三人も合わせた。
「何日これをやれって? 身体が固くなっちゃうわよ」
 思わずといった調子でぼやいた結夏に、シャルロッテも感触の悪さを零した。その背筋が、ヴィルヘルムが漏らした言葉で伸びる。
「では、明日はわしとヴィルヘルム殿で大猿探しをしようか。袋叩きに合わない程度にの」
 ヘラクレイオスが苦笑交じりに、そう返す。
 バンパイアを探しに来ているとばれたら、私刑では済まないと改めて言われれば、囮役としては奮い立たないわけにはいかなかった。

 もとは精霊信仰をしていた村なら、精霊を奉った祠があるかもしれない。陽光を嫌うバンパイアがいるなら、そうした祠や洞窟などに棲んでいる可能性もある。もしも本当にバンパイアを崇めているなら、吸血されて配下に加えられることを村人は選ばれる栄誉と受け止めているのかもしれなかった。
 そもそもジーザス教の威光届かぬ地であったから、普通は見えぬ精霊より、目に見えるアンデッドに心を奪われることは考えられなくもない。それに見合うだけの利益を、少なくとも最初には与えてくれたのだろうし。
 とりあえず、バンパイアの居場所は村の生活圏からは僅かに外れているだろうとのツヴァインの予測に反対するものはなく、洞窟か神木がありそうな場所を探しながら、四人はイサを先頭に歩いていた。森の植生に詳しい彼が、人の手が入っておらず、自分達の痕跡も残りにくい道を選ぶからだ。二番手は真那で、背後を歩くツヴァインの記す簡略地図に身を潜めるによさそうな場所など告げている。足元に犬のウノを歩かせたブノワは、マリオーネをバックパックに乗せていた。
「インビジブルで上から偵察してこようか?」
「‥‥もう少し進んでからがいいようですよ」
 バンパイアの与える現世利益の中に、水源の利用というのがあるのではないかと考えているブノワだが、それらしい泉の側にはバンパイアがいそうな場所は見つけられなかった。そして彼らは、そこからかすかに続いている獣道のような小道の向かう方向に進んでいるところだ。泉までは生活圏、そこからが禁域というわけである。
「あのあたりでしょうね」
 足をとめたイサが、小さな声で示したところに、確かに祠があった。急に土の断面が見えている崖に掘られた、かなり大掛かりなものだ。祠というよりは、人の住居に見えなくもないそれは、バンパイアが何人住んでいてもおかしくはなさそうだったが‥‥
「洞窟では中は見えないな。夜まで見張るのは御免だ」
「その必要はなさそうじゃ」
 ツヴァインの呟きに返した真那が、洞窟よりかなり近い茂みを指した。覗き込んで、悲鳴を上げそうになったのはマリオーネだけで、口を押さえて懸命に声を飲み込んでいる。ツヴァインは片眉を跳ね上げ、イサとブノワは祈りの言葉を呟いた。
「なるほど、考えてみれば同族が増えれば、それだけ生贄も必要だな。自分で埋めているのだとしたら、まめなバンパイアだ」
 埋葬とは言い難い状態で、草の中で朽ちている骨を見たツヴァインの台詞に、イサとブノワが厳しい視線を向けたが、この場で何か言うことはなかった。
 その後、囮役の四人と合流するために戻らねばならない時間まで周囲を巡った五人は、あちこちに打ち捨てられた骨を見付けることになった。時には、自分の足の下にも。

 布教の振りの囮役を設定したのは、夜営のことを考えてだ。真那は見付からないように焚き火も控えたほうがいいと提案していたが、真っ暗闇で奇襲を受けるとこの面子では魔法の使用で敵が見えずに自分達の居場所だけがばれてしまうことになる。そこに村の内部の様子も知りたいという注文が加わって、シャルロッテ達が村に出向いたわけだ。
 そして、それに対する動きがないかを、本日はシャルロッテと真那が見張っている。途中で交代するために、イサと結夏が休んでいた。ツヴァインとブノワが、毛布を頭から被って焚き火の前にいるが、結夏もシャルロッテも背が高いので遠目にはごまかせるだろう。
「それはエルフだけだったか? 他の種族は混じってなかったか? それを確認したら、引き上げるか」
 最後には誰もが数えるのを放棄した数の死体の話をされても、ヴィルヘルムはまったく驚かなかった。予想していたなとヘラクレイオスとツヴァインに嫌な顔をされても、『気付けよ』の一言を返したのみだ。
 さすがにこれには、ブノワがやり場のない怒りを向けかけたが、男女二人ずつのはずの夜営地で言い争うわけにもいかず、深々とした溜息を吐いて寄越した。
「俺は、死体は怖いな〜」
 マリオーネが愛犬ウノの影で焚き火にあたりながら、本当に嫌そうに言う。いかにも『他の仕事くれ』という様子に、誰が文句を言うでもなく割り振られたのは、上空からの村の調査だ。特に家の位置を確認しろと念押しされて、マリオーネはよく分かったと頷いた。気持ち悪いものを見るよりは、こちらがいいと前向きに受け止めたようだ。
「次の生贄になりそうな人は探したほうがいいかな? 大事にされてそうだから、わかるかもよ」
「それはいらない」
 結局。
 翌日、翌々日と村にシャルロッテと誰かしらが付き添う間に、マリオーネが上空からの偵察を行い、他の者が祠のある洞窟に出向いて周辺の様子を確認した。一度としてバンパイアらしい存在は確認できなかったが、一つ判明したことがある。
 確認された死体の中には、明らかに人間のそれと見えるものが多数含まれていたこと。エルフの死体は、ごく最近の少数のみだ。

 そうして、ブレダへと戻る道すがら。
「今回調べたことは、全部報告してから帰ってくれ。次は縁がないかもしれないからな」
「なによ、それ。バンパイア退治は自分達でやるってこと?」
 いくら雇い主代理でも言い方ってもんがあるでしょうよと、結夏に詰め寄られたヴィルヘルムは、背後からシャルロッテに『アンデッドを前にして、用がないと言われるとは心外です』と声を掛けられた。ブノワとイサとヘラクレイオスは、表情で『今更そう言うか』と語っている。
「なにをしでかす気じゃ。我らも関わった仕事の後が悪いと、評判に関わるでな。懇意にしている他の者のためにも、話してもらわねばなるまいのう」
 真那もにこりと笑って言うので、この日は馬に同情させてもらっていたマリオーネが首をすくめた。言われたヴィルヘルムは涼しい顔だ。
「村は包囲して、バンパイアを倒す。あの場所にいなかったら、村人に尋ねるまで。実はバンパイアがいなかったとしても、あの村は教化する。そういうのが嫌なら、今回限りだろう?」
「きょうか?」
「神を信仰しない輩に、正しい道を示すことだな、この場合」
 耳慣れない言葉に結夏が首を捻り、ツヴァインが言葉を添える。その説明に、イサとブノワ、シャルロッテは揃って目を伏せた。時に信仰が行き過ぎて、残酷な出来事を生む過去を思い出したのだろう。
「まあ、海戦騎士団からウィザードを呼び戻して、作戦会議して、秋の祭りの後に動くから考える時間はあるだろうよ。作戦徹底のときも来てくれりゃありがたい」
 その時は、けして危険でも、非道でもない仕事だからと言い添えたヴィルヘルムは、まったく迷いのない表情をしていた。
 やがて辿り着いたブレダの街でも。
「あんなに顔色を変えられたのは、お体の具合が悪いからではないですか?」
「血の巡りが悪いようだとは言われますけれど、寝込むほどではありません。驚いたり、興奮すると、すぐに血の気が上がったり下がったりするんです」
 ヴィルヘルムの簡潔な一言に顔色が蒼くなった助祭のアンリエットを思わずといった風情で引き止めたイサが尋ねたことに、返答はそれほど心配するものではなかったが‥‥温かい飲み物を用意しましょうと笑顔で見上げてきたアンリエットの様子に、ブノワが呟いた。
「我々が以前体験したような『教化』ではないと、信じてよろしいのですよね?」
「聖母は生贄を求めません。出来る限り穏便にと、ご領主様も望んでいらっしゃいます」
 バンパイアを倒す。それは至極当然のことだが、その際の村人の抵抗を思ってのブノワの問い掛けに、凛とした返事があった。
 事態が悪く転がれば、自分達は村一つを消し去ることになるのかと、そう思い知らせる『宣言』だった。