聖母が威光を地に広めよ〜揺らぐ天秤の傾き

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月20日〜10月27日

リプレイ公開日:2005年10月30日

●オープニング

 村を一つ潰すつもりでいる。
 要約するとそういう内容に繋がる依頼に、ドレスタット冒険者ギルドマスターのシールケルはせいぜい呆れた顔付きをして見せた。
「百人からの住民を、領地に入れるっていうのはかなりとんでもない話だぞ」
「今いるところよりいい物を食わせる用意はある。それで半数くらいは懐柔できるだろう。残りが各地に散っても、頭を潰しておけばやれることなどたかが知れている」
 バンパイアを奉じているらしい村をアンデッド退治と教化の名目で解体し、バンパイア崇拝を消し去る。そのためにはバンパイアを確実に倒すことが必要で、村人はその退治の間は邪魔されないように村に閉じ込めておかねばならない。もちろんすべては実力行使。
 これまで調査の名目で冒険者を雇い入れていたブレダの街では、バンパイアへ生贄を捧げる儀式が行われると目される満月前に強襲を掛ける計画を立てていた。領内で育成したウィザードが相当数参加する予定だ。彼らがあてにするのは、冒険者達が持ち帰った情報である。
「バンパイアさえ倒しておけば、村人は魔法の力に対抗しようとは思うまい。もし対抗したら、その時はその時だ」
「跡取りも大変だな。相手は暗黒地帯の村の一つや二つ潰しているぞ。地図が白くても、人が住んでいないわけではないからな」
 報告書に目を通したのだろう。シールケルがブレダ領主の長男ジェラールに言うのは、あまり嬉しくないが間違いもないだろう推測だ。言われたジェラールは平然としているが。
「それだけ殺して悔い改めない輩なら、こちらも良心が傷まない。見せしめも兼ねて処刑するだけだ。最終的に半数残れば、ブレダの発展には充分だろう。冒険者諸兄には言うなよ」
「それに納得する奴だけ集めたらどうだ」
「違う考えの者がいてこそ、計画は多方向から確認できる。それに今まで事情が分かる者が、今回の募集要件だ」
 辺境警戒も楽ではないと心にもなさそうなことを呟いた相手を、シールケルは鼻で笑った。このジェラールといい、その父親といい、国境沿いの街を切り盛りすることがなにより楽しそうだからだ。親子二代で、どんどん開拓したいとでも考えているに違いない。
「放っておいても、村人が死滅するのに七、八年かかる。それを待つほど非道にはならなかったか」
「七年後に、バンパイアの群れがブレダに攻め込んでくるくらいなら、今こちらから仕掛けるだけだ。シールケル、そうやって人の真意をつつくのは性格が悪いぞ」
「今更直るか」
 まったくだと力強く頷いた依頼人の頭を叩いてから追い出して、シールケルは受付に依頼書を作らせた。係員が不思議そうな顔をしたのは、最後の条件だ。
「なんですか、この持ち物について確認を行うって」
「色々珍しいものを持ってるから、見せてほしいんだそうだ」
 魔法の物品とか、ブレダは絶対に好きそうですよねと頷いた係員は、依頼書の末尾にその条件を追加した。

 ブレダの街を上げてのバンパイア退治を前に、調査に参加した冒険者に現地の説明と作戦立案の補佐、そして所有物品の解説という依頼書が張られたのは、その後すぐのことだ。

●今回の参加者

 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4335 マリオーネ・カォ(29歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6942 イサ・パースロー(30歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea6960 月村 匠(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7171 源真 結夏(34歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900)/ 野乃宮 美凪(eb1859)/ ミリアム・ローランサン(eb2948)/ セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

 基本的には事情が判った者という指名だが、兵法の心得があれば役に立てるだろうとブレダに向かう依頼に加わった月村匠(ea6960)は、一人足りないがいいのかと一応尋ねた。自分の仕事が増えたら嫌だなと、顔に書いてある。
 それに同意したわけではないが、マリオーネ・カォ(ea4335)とシャルロッテ・フォン・クロス(ea4136)もいささか不思議そうにしていると、源真結夏(ea7171)が簡潔に説明した。
「用があって先に行ったわよ」
「うまくいっているといいですけれど」
「そうじゃのう」
 イサ・パースロー(ea6942)とヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)も事情を解して頷きあっていたが、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)の感想は容赦なかった。もしかしたら彼なりの応援‥‥ということはあるまい。
「女絡みで浮ついて、仕事に失敗されると面倒だからな」
 全員が馬かセブンリーグブーツを持っているので、先行してもそれほど時間に差はない。それでも先に出掛けたブノワ・ブーランジェ(ea6505)に関する話題は、それで終わりになった。

 しわしわの爺様になるまででも待つ。
 一足先にブレダの街に到着したブノワは、一世一代と思い定めた告白の後、神父のヴィルヘルムに捕まっていた。
「おまえね、待つって言ったんだから、そこで落ち込むな」
 生涯かけて支えになりたいという気持ちに偽りはないし、傍にいることで自分を支えて欲しいとも思う。だが言った途端に逃げられては、どう言われようと落ち込むのだ。
 それなのに、ヴィルヘルムが尋ねたのはこんなことだった。
「おまえ、幸せ?」
「そう見えるのなら、目の調子を疑います」
「前に言ったか忘れたが、俺もアンリエットも庶子だ。あいつはそれで、自分は結婚と縁がないと思ってる。だから驚いて逃げた。で、それは別にしたら幸せか?」
 重ねて尋ねるからには意味のある問い掛けだろうと、ブノワは衝撃のあまり回転の鈍くなった頭を働かせた。仕事もあるし、度々協力する仲間もいる。彼の生涯最初にして最大の天敵である姉を含めた親族との関係も良好で、健康にもとりあえず問題はない。一つ悩ましいことはあるが、それは別にする条件なら不幸ではありえない。
「それはよかった。自分が幸せでない奴が、他人を幸せにするのは至難の業だからな。後でまた話が出来るようにしてやろう。だから俺のことは、これからお義兄様と呼べ」
 これはからかわれているのか、親身になってくれているのかとブノワが悩んだ頃に、他の皆が到着した。

 さほど久し振りでもないブノワの街では、いささかぽややんとしたところのあるマリオーネも一見して気付いたくらいに、見慣れぬ人が増えていた。根拠は簡単、人間ばかりが住んでいる街にそれ以外の種族が随分と見受けられるのだ。それも見た目はヘラクレイオスからツヴァインくらいの年代の者が多い。もう少し年配の者と、シャルロッテくらいの年頃も目立つ。揃いの服の色は、大半が緑や赤や青や茶だ。
「あの人たちが、ブレダの魔法兵? ここの領地、ウィザードが他所に貸し出せるくらいいるって聞いたけど」
「ノルマンの端も端で、規模の大きな魔法の訓練をするのにも都合がいいからね」
 出迎えに出たメドック司祭が、マリオーネの質問に頷いたともなんとも取れない返答だ。マリオーネがどこでそんな話を聞いてきたかは、気にした様子もない。
 そもそもマリオーネも友人が聞き集めた話を、そのまま皆に伝えただけのこと。ブレダの領主は商才のある、貴族特有の野心や上昇志向が薄い、ついでにいささか気の弱い御仁だが、ウィザードを育成し出稼ぎさせることを思いついて実行したのだ。最たる出稼ぎ先は海戦騎士団である。
 反面ブレダには、騎士が両手で数えられるほどしかいない。だからウィザードは有事の際の主戦力でもある。
「作戦会議と、変わった品物を見たいという話だったな。どちらを先にする?」
 月村が挨拶もそこそこに切り上げたのに、メドック司祭はにこにこと『会議』と口にした。

 作戦会議とはいえ、基本方針はほぼ定まっている。後は冒険者が調査の際に気付いた点を加味して、現場での行動に間違いがないようにするだけだ。
 満月前日かそれより前、もちろん日中にバンパイアを強襲する。そしてバンパイアが倒されるまで、村は周囲を囲んで閉鎖。前者の担当は冒険者で、後者はブレダの戦力だ。地形から、村の近くで潜みやすい場所を確かめ、どこにどのくらいの人数を配置するとよいかはジェラールと月村、シャルロッテなどが相談して、だいたいのあたりをつけた。村人が持っていた日常用いる刃物や弓の類の状態は、結夏とヘラクレイオスが記憶の限りに説明を追加する。飛び道具は通常後衛のウィザードには特に脅威になりえるので、予想される射程まできっちりと。
 そんな中で、ウィザードのツヴァインは話の進みを黙って聞いていたが、だいたい纏まったところで口を開いた。
「今回動員するのは、ウィザードだけで百近いが、それ以外も含めて組織戦の経験はあるのか? 殺し合いに慣れていない奴ばかりなら、役に立つか怪しいな」
「殺し合いに行くんじゃないだろ」
 マリオーネが唇を尖らせたが、ツヴァインは一言甘いと断じた。思わぬ助け舟を出したのは、会議に出ていたウィザードの一人だ。種族はエルフで、見た目の年齢はツヴァインと同じほどの女性である。
「堂々と殺していいのはバンパイアだけだよ? とはいえ、今回はあたしらも入るんで、無様なことにはならないだろうよ。殺した数なら、多分あたしのほうが多いしね」
 エルフと比べられれば、そうもなるだろうとツヴァインはそっけないが、殺すの殺さないのと目の前で会話されて、メドック司祭も含めた聖職者はいささか表情を固くした。
「判断の遅れで我々に危険を招くのは困りますが、最初から攻撃的過ぎないようにしていただきましょう。何も殺すばかりの魔法ではないはずです」
 イサが要は相手の反抗心を削げばいいのだからと口にすると、マリオーネがテーブルの上に座って頷いている。ブレダもシフールの住人はほとんどおらず、この場にいるのは彼だけなので特別扱いだ。
「拘束系の魔法を中心に出来ないかな。人が隠れているところとか探すから」
「反抗心が削げなければ、危険なのはこちらだぞ」
「緊張のあまり、なし崩しにもみ合いとなったりせぬように、一息に決められる策はおありかな? 死者を出せば復讐心が生じるゆえ、殺さぬのも一つの方策だろうて」
 ヘラクレイオスが全体をなだめるように言うと、奇妙なほどにブレダの側が納得した。その反応に周囲を見渡したシャルロッテに、先の女が教えてくれたのは。
「あたし達も、同族殺された怨みつらみで、犯人を言葉通り八つ裂きにしたことがあるのよね。ざっと十年前」
 あれを繰り返すわけにはいかないと、当時は十代半ばに達していなかったジェラールも感慨深げに言うのだから、よほどの狂騒状態だったのだろう。この街の雰囲気からは想像も出来ないと、ブノワやイサがなんともいえない顔付きになっているが。
 結夏は『とことん本気ね』と呟いて、苦笑している。
 相変わらず、『詰めで手を抜けば、ブレダの住民が死ぬだけだ』と自説を譲らないツヴァインに対して、居合わせるウィザードは『基本は拘束か、広域魔法で大怪我にならない程度だろう』と言いつつも、戦うことに対する気負いはない。海戦騎士団で出稼ぎしたと言うだけあって、街に居残っていたウィザード達よりよほど肝が据わっていた。
 ウィザード以外で動員されるのはドワーフが主で、こちらはヘラクレイオスが色々話してみたが、七割がたは復興戦争時に多少なりとも戦闘経験があるので、些細なことでなし崩しの戦闘には陥らないだろう。
 マリオーネのみならず、シャルロッテや月村も村人を必要以上に傷付けることはしないようにと口にしたが、そもそもジェラールも殺すのはバンパイアで十分と明言しているので、話し合いは案外とすんなり終わった。
 一つ、ヘラクレイオスやブノワが気に掛けたのは、ブレダの領民がどれほどバンパイア信仰の村のことを知っているかだったが。
「だいたい知らせてあるよ。あんな遠くから連れてくる理由がはっきりしないと、皆も気持ちが悪いだろうからね。後で分かったりしたら、怒られてしまう」
 メドック司祭は『嘘はいけない』と微笑んだが、いかにも『言えないことは秘密にしてます』的な笑顔だった。聖職者なのに、喰えない性格だと再認識した者が何人か。

 変わった荷物があれば見せろと言われて、持ってきた荷物を全部渡したのはブノワとマリオーネだけだった。ブノワの荷物がすでに幾らか軽くなっている様子なのは、一部司祭に渡したものがあるから。結夏は勝手に持っていかなければ全部見せると条件付き、他は今回の依頼で役立ちそうな品物を出している。
 その荷物の広げられた教会の庭には、何故か入れ替わり立ち代りウィザードがやってきて覗いている。綿密に外見を調べたり、細かく使用方法を尋ねるのはヴィルヘルムと先のウィザード、記録係に助祭のアンリエットと数人のウィザードがいる。ブノワとイサも手伝いだ。
「だいたいどれもエチゴヤで販売か。あの店は色々と高い」
「そうかもねー。ところでウノとイチはどうしよう?」
「向こうで子供と遊ばせておけ」
 飼い主はヴィルヘルムの背中にしがみついて、自分の持ち物を余り自信なさげに説明している。犬と猫のほうがよほど堂々とあたりをうろついていたが、誰かに連れ出されたようだ。
 そしてツヴァインは相変わらず、そっけなくも冷徹なことを言い放っていた。
「スクロールを貸すつもりはない。どうせ使い物にならんだろう」
「その前にウィザードばっかりで、要らないわよ。いちいち唱えるんでしょ、これ」
 ウィザード達はスクロールを皆で物珍しそうに回して眺めているが、確かに欲しいという様子はない。自分で唱えたほうが、効果もあるのだろうが、ツヴァインは別のところを聞きとがめた。
「魔法だって、いちいち唱えるだろう」
「ブレダでは、高速詠唱できないウィザードは半人前なの。ま、今回は三割くらい参加するけど」
 前衛があまりいないから、一瞬で魔法が唱えられないと防御の意味がない。それは見た目の効果が抜群だなと、ツヴァインも納得した。その後、一人当たりの使える魔法数が中堅どころでさえ平均して四つと聞いて、また不機嫌になっていたが。
 横で聞いていたマリオーネは、それはそれでいいんじゃないのと思っていたが、愛犬達同様にウィザードのお姉さま方につままれて、『羽が綺麗』だの『何が出来るの』だのと質問攻めにあっている。
 月村は月村で、荷物を漁られるのは御免だと明言したことは守られていたが、着ているものが珍しいと当人を見物されていた。出した『鬼魂』はドワーフ達の中の、鍛冶師と思しき一団が重心位置など確かめて、念入りに形状を石板に写しているところだ。魔法の武具なのだが、使い手が少ないせいか、他の者は見向きもせず‥‥やはり月村見物に余念がない。今度御一緒するときのためともっもとらしく言われると、月村も何をさせられるわけでもないから鷹揚に頷いていたが。
 聖骸布を示したシャルロッテは、『聖人の加護』にあやかりたいと触って拝む人々に取り囲まれて困惑している。彼女の気のせいではなく、明らかにウィザードでも、今度の作戦の関係者でもない人々が混じり出しているのだが、止める手立てがないのだ。他の荷物は、分からなくならないようにと結夏が預かってくれたが、シャルロッテは人垣の中に取り残されている。
 もともと物見高い住民が教会周辺に集まっていたので、話を聞いてやってくる人は引きもきらず、作業の邪魔だからとヴィルヘルムに聖骸布とシャルロッテは揃って礼拝堂に追いやられていた。おそらく夕暮れまで、人の列は続くのだろう。
 イサも清らかな聖水と銅鏡、それに火霊の指輪を見せていたが、なにより記録の手伝いが忙しい。値段は幾らか、店に常時あるものか、それともたまにしか入荷しないのか。細かいことをヴィルヘルムが尋ねてくるからだ。目の前には、結夏の武具を中心にした荷物が広げられている。
「もしかして買うつもりですか?」
「さっき自分でも言ってたけど、高いわよ」
 必要なら買うと、素っ気無く口にしたヴィルヘルムが、確認の終わった品物を片付けている結夏の手を掴んだ。いきなり何事かと目を丸くしたイサと結夏が聞いたのは、かなり失礼な問い掛けだ。
「この指輪も魔法の品物なの。色々効果があって、便利だからつけてるの」
「換金できるものを身に付けるのは確かに処世術ですが、いきなり女性に尋ねるのはどうかと思いますよ」
「ジャパン人にはない習慣だろ。今更のように不思議になった」
 しれっと言い放ったヴィルヘルムが、今度は背後を振り返ってなにやら注意している。イサと結夏がまたかと思ったのは、今度はヘラクレイオスのこと。
 こちらは鍛冶の腕があるヘラクレイオスらしく、フルングニルの砥石を持ち出していた。月村の金棒を存分に確かめた同族に解説をぶち、すっかり意気投合しているのだ。鍛冶師に砥石を見せて、魔法のおかげで仕上がりが良いなぞといえば、それはもう実践せずには収まらない。それだけなら問題も少ないが、ドワーフ同士話が弾んで、すっかりその後のお楽しみに話題が移っていた。
 ドワーフたるもの、酒の話を断るなんて出来ないと開き直りではなく、普通に明言したヘラクレイオスだったが‥‥そんな話は仕事が終わってからにしろとヴィルヘルムに怒られたのだ。
「仕方ない、実践してくる」
 と言い置いた彼が、近くの鍛冶場で歓迎の杯を受けてから仕事を始めたことを、誰も不思議には思わなかった。ヴィルヘルムも自分の剣を研いで貰ったので、細かいことは不問にしたらしい。
 ブノワの持ち物は、当人とアンリエットが延々と名状や効果、形などを記録していたが、豪華な聖書が出てきたところで作業が停滞していた。あまり日に当ててはいけないと言いつつ、アンリエットが開いてしまったからだ。中の流麗な飾り文字を目で追うのに、忙しいらしい。
 それでブノワは一人で作業していたが、こちらもあまりはかどっていない。後ほど二人まとめてヴィルヘルムに叱られる羽目になった。作業が終わってから、アンリエットがブノワに謝っているのを結夏とマリオーネが遠くから眺めていたが、さすがに声は届かなかった。
 一応結夏の報告は、『今度のときにしくじることはないんじゃないの』だそうだ。

 これまでに比べ、たいした移動もなく、やることもそれほどの意見の対立もなかったブレダへの滞在は、ジェラールのにこやかな一言で締めくくられた。
「では、次は祭りの後に」
 もちろん続く言葉があるなら『バンパイア退治に行こう』だろう。