闇翼の陰謀〜記憶

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月19日

リプレイ公開日:2008年06月14日

●オープニング

 ようやく再会出来たはずの友人カインは、己の事を何一つ知らない抜け殻のように男になっていた。
 リラが声を荒げて何度その名を呼ぼうとも。
 エイジャやルディ、仲間や家族の名を繰り返し、思い出せと願っても、彼の記憶が応える事は無かったのだ。
「今度は依頼としてではなく、私の意志としてセレに滞在したいと思う」
 時間に追われ、ウィルに戻らざるをえなかったフロートシップの船内でリラは決意する。
 今は戻るが、準備を整えたら発つ。
 今度こそ全ての真実を陽の下に曝すまでは戻らないと言い切った。




 オーガ族の襲撃を受けていないとされるヨウテイ領で、瀕死の状態で発見され記憶を失くしてしまったカイン・オールラント。
 ヨウテイ領に滞在していた彼らを翻弄するように『翼を生やした黒豹』と行動を共にするルディ・オールラント。

 ――セレに広がる骸の大地。
 蔓延るカオスの魔物。
 その背後に潜む『怖くて大きな黒いもの』の正体を掴むべく、彼らが選んだ道は……?

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 再びセレに発とうというその日、迎えのフロートシップの周りには陸奥勇人(ea3329)、飛天龍(eb0010)、キース・ファラン(eb4324)、リール・アルシャス(eb4402)、物見昴(eb7871)、そしてリラ・レデューファン(ez1170)という前回に引き続き調査に向かう六人の他にも、リラの昔からの友人である石動兄妹と、そしてユアンの姿があった。
「一緒に行ってもいいの‥‥?」
 不安そうな表情で問う幼子に、師たる天龍をはじめ、勇人やキースも肯定の返事。
「ただし、如何なる場合も単独行動は厳禁だぜ」
「絶対に俺達の傍を離れないようにな」
 ポンと頭を撫でるキースは、実はユアンの同伴を提案した本人だ。
 今回の旅に石動兄妹の協力が必須と判じた彼らは、では一人だけ王都に残されるユアンの安否を懸念せずにはいられない。
 ならば彼も連れて行こうと、そう言い出した背景には彼の養父エイジャの事がある。
 元はエイジャの仇を取るために強くなりたいと冒険者を頼ったユアンだ。セレという国が養父の最期を看取った土地であるならば、ユアンにも其処に立つ権利があると思ったのだ。
「行こう、ユアン」
 差し出されたリールの手を取り、ユアンは初めてウィルを離れる。
 向かう先は分国セレ。
 彼らにとっての終わりと始まりの土地――。




 ●

「しかしカインが記憶を失くしていたとは‥‥」
 困惑した表情で呟くのは良哉。
「でも、生きていてくれた」
 香代の、幾重もの感情を滲ませながらも確かな安堵を思わせる表情に、昴も軽く頷いて見せる。
「ああ。何はともあれ生きていた。その意味は大きい」
 目的地に着くまで今しばらく時間が掛かるという船内で、彼らは以前にも用いた簡略化された地図を囲み、これまでに集めた情報の共有と、今後の方針について話し合っていた。
「‥‥で、陰陽師の二人に尋ねたい。私は本職じゃないから巧く言えないんだが、穢れを配置していく事で呪術の媒介を作るというような真似は、此処でも可能だろうか」
 以前の調査で、セレ領内におけるオーガ族の襲撃がほぼ国の国境線上に沿って起きている事を知った昴は、その点が非常に気になっており、そう尋ねられた石動兄妹の生まれも彼女と同じ故郷。
 更には呪術といった行為がいわば専門分野の陰陽師兄妹は難しい顔でその質問を受け止める。
「死でもって穢れを広め地脈を汚すは代表的な呪術の一つだけど、この世界でそれをやるには難があるような気がするな」
「私もそう思います」
「と言うと?」
 やはり同じ故郷生まれの勇人が問えば、良哉が指先でセレの地図に十字を描く。
「例えばさ、西洋であれ東洋であれ、呪術を使うにはその土地に根付いた『信仰』が必要だ。だがアトランティスにはそれが無い」
「ええ‥‥、神聖視されているという点では竜や精霊がそれにあたるでしょうけど、そもそもジ・アースのそれと、アトランティスのそれでは存在位置からして異なるし」
「俺達の使う小規模な魔法なら何ら問題なくても、国一つを対象にしようと思ったら、それ相応の土台が必要だ。そう考えると、ここで呪術というのは考え難いと思う。カオスの魔物連中がどんな術を用いてくるのかは未知数だから、絶対とは言えないけどな」
「ふむ‥」
 考え込む天龍の傍では、ユアンが必死に話しに付いていこうとするも音を上げる一歩手前といった様子。
 ましてやアトランティス出身の面々には理解不能に近い。
 信仰の有無、その間には深い溝があるのだ。
「‥となれば、やはりカオスの魔物の目的は国境線上にアンデッドの群れを呼び起こし何かを企んでいると考えるのが自然だろうか」
「『何か』をね‥‥」
 リラの考えに、昴が呟きを重ねる。
 その『何か』とは何だ――?

「お待たせしました。もう間もなくヨウテイ領に到着します」
 フロートシップ操縦士の一人が冒険者達に声を掛けて来るのを受け、彼らは立ち上がる。
「着いたら、カインの事は任せていいのかな」
 キースに聞かれた石動兄妹は大きく頷く。
「せっかく頼ってもらえたんだ。これまでの借りを返すためにも、力を尽くすよ」
「頼む」
 リラも応える。
 そうして一行は、再びセレの地に降り立った。


 *

 冒険者達は、一先ずは二手に分かれて行動する事に決めた。一つはカインの記憶を取り戻すために行動する組。こちらは勇人とキースが、記憶を探る術を持つ石動兄妹とユアンのフォローも兼ねて共に当たる。
 もう一つは前回の情報収集により推測される、オーガ族襲撃によって増大した人々の遺体の今後、その最悪の事態を回避すべく各地を回る組だ。天龍、リール、昴、そしてリラ。オーガ族の襲撃を受けた村の数は膨大だったが、こちらも手を分散し過ぎるのは危険との判断から四人ずつ分かれる事になったのだ。
「師匠‥‥どうか気をつけて‥‥」
「ああ」
 不安そうな顔をするユアンの頭をポンと撫でて応える。
「リール姉ちゃんも、昴姉ちゃんも、‥‥無事に帰って来てね」
「ユアン。冒険者を見送るのに、そんな顔をしてはいけない」
「そうだよ。暗い顔で見送られるとケチが付くってね」
 騎士と忍、それぞれの笑顔と共に手の温もりを感じながら、最後に見遣ったのはリラ。
「‥‥落ち着いたら、エイジャが最後に生きた土地へ行こう」
「うん‥‥っ」
 そうして彼らは、それぞれの目的地へ。
 この選択が吉と出るか凶と出るか、――その答えが出るのはずっと先の事になる。




 ●

「まずは落ち着いてくれ。改めて聞くが、名は?」
 勇人が問い掛ける正面にはカインがいる。碧髪、茶の瞳を持つ些か頼り無さげな面立ちながら、剣士として鍛えられた体格は大柄。
 発せられる声は、記憶を失くしている事もあってか力なく辺りに響く。
「名前‥‥この村の人にはナナッシュと呼ばれているが‥‥」
「そっちじゃなくて、あんたの本当の名前だ」
「本当の‥‥」
 何度も左右に小首を傾げ、しかし判らないまま反応を鈍らせる彼に、つい堪らなくなって口を挟むのは良哉。
「カインっ、おまえ本当に判らないのか!? あんなに長い間一緒だったじゃないか!」
「かいん‥‥?」
「お願いよ‥しっかりして‥‥!」
 香代も必死に言葉を紡ぐが本人には届かない。
 そればかりか、失われた記憶は彼らの魔法にも一切の反応を見せなかった。


「おかしい‥‥あれだけ長い間、一緒に旅して来た仲間なのに‥‥俺は自信を失くしそうだ‥‥」
「おいおい」
 幻覚とは思うが、その背中に暗い影のようなものを背負い込んで見える良哉に、勇人が苦笑。
 直接カインを知る二人が使う魔法なら効果も大きそうだと考えていたキースも困った顔を見せるが、傍で香代の表情が沈んで行くのに気付くと努めて明るい声で話し掛けた。
「きっと大丈夫さ。時間はまだあるし、全てはこれからだよ」
「ええ‥ありがとう‥‥」
 キースに励まされた香代は微かな笑みを浮かべる。
 その声に張りは無かったけれど。
「そう簡単にはいかねぇか‥‥」
 何度目かになる吐息と共に呟かれる勇人の言葉。
 キースは手元の『石の中の蝶』を見遣り――。
「っ!」
「どうした」
 一瞬にして走る緊張に、勇人は庇うようにユアンを引き寄せる。
「本当に微かだったけど、これの翅が動いたんだ」
「‥‥見張られているのか‥‥近付いて来ているのか」
 勇人も自分のそれに目を落とす。
 今はもう沈黙した指輪。
 その場に漂った緊張感は、しばらく解かれることがなかった。


 *

 その頃、他の地方を回っていた天龍達は直線距離にして首都、ヨウテイ領双方からほぼ等距離に位置するグゼナ領に入っていた。
 出掛けにアベルに依頼して準備した書面なども有意義に用いて村々を回り、土地の長に遺体を改めて火葬するよう頼む。
 だが彼らの話しに良い顔をする者など誰一人居なかった。
 それも当然のこと、一度は埋葬した親しい者達の遺体を掘り返せと言われて素直に従える者など居はしない。
 もちろん冒険者側もそういった村人達の心情は承知していたため、今後予想される事態を丁寧に説明し続けた。
 ほとんどの村は、遺体をそのまま土葬してある。
 それはカオスの魔物が持つ術で不死者を誕生させる準備段階も同然。
「このままだと亡くなられた方々は死してなおその命を冒涜される事になりかねません」
 根気強く訴えるリールは、同じアトランティスで生まれ育った者として村々に暮らす人々の戸惑いが良く判っていた。
 そもそも、この世界には不死者というものが存在しない。彼女も冒険者でなければ一生会わずに済んだであろう非常に希少な『モンスター』だ。
 カオスの魔物の存在すら正確には知らない人々に不死者を理解させる事は困難を極め、予想以上の時間が掛かっていた。
 そしてこの日、村長への説得をリールとリラに任せ、カオスの魔物について話をするため外に出ていた天龍と昴。
 その合間にも自分の首に下げている『石の中の蝶』に目を落とす。
 今は沈黙を保っている彼の指輪は、実はヨウテイ領にいる彼らのものよりも頻繁に大小様々な反応を示していた。
 すぐ傍にカオスの魔物がいる。
 それは紛れも無い事実。
 なのに姿は見えない。
「‥‥それこそ、まるで『何か』を待っているみたいだね」
 昴が口元に手を当てて呟く内、村から戻って来たリールとリラの二人は、この周囲に埋められている遺体の火葬に関しては今しばらくの説得が必要だと話す。
「オーガ族に襲われた際に人間が一緒だったのを目撃されている事もあって、私達の話しも信じて貰えない」
 リールが悔しそうに言う横で、リラの表情は重い。
「そのオーガと一緒にいた人間は、ルディで間違いないのか」
「可能性は高い」
 天龍の問い掛けにリラは頷く。
 一緒に描かれた絵を見せれば要らぬ誤解を生む恐れもあるため、口頭での外見の一致を数えただけではあるが、それがルディだという確信を得るには充分。
「何か腑に落ちないね‥‥、黒豹の目的はともかく、オーガ族と一緒になって村を襲うルディの狙いは何だ?」
 昴が眉を寄せ口にした疑問、直後。
 一瞬にして四人の気が張り詰め、戦闘態勢に入る。
「‥‥何かいる」
 薄暗くなってきた景色に目を凝らす。
 静まり返った辺りに聞こえるは、獣の呻き。
「‥犬‥‥野犬か?」
「コヨーテかもしれない」
「どちらもだ」
 返したのは夜目の利く天龍。しかもそれらだけではない。
 ウルフ、モア、グレイベア。地上に暮らす一般的な動物達が、セレに広がる広大な森の奥から群れを成して彼らを囲んでいた。
 それも、尋常ではない敵意を剥き出しにして。
「カオスの魔物が操るのは、何もオーガ族だけじゃないって?」
 単体としてならば彼らの攻撃一つで容易く叩き伏せられる敵。しかしそれが群れとなって集団で襲い掛かってくるとなれば話は別だ。
「操られているだけなら怪我をさせたくないが‥‥」
 リールが悔しさに唇を噛む、とその時。

「冒険者ってのは、本当に優しい人間の集まりだよな」

「!?」
 頭上から届いた声に四人は一斉に空を仰いだ。
 声の主はフロートシップの上に佇んでいた影。
「――ルディ!?」
 リラが呼ぶ。
 それは、彼らが捜し歩いていたルディ・オールラントに違いなかった。




 ●

「ルディ‥‥っ!」
 確信を持つと同時に天龍は己の『石の中の蝶』を見遣る。
 しかし反応はゼロ。
 その動きを見てルディは「悪いねぇ」とほくそ笑む。
「俺一人じゃあ、まだその指輪に感知して貰えないんだ。何せ手に入れた魂はたったの二つ」
 その二つが誰のものかはすぐに察せられる。
「だからさ。三つ目になれよ、リラ」
「っ?」
「せっかく人がユアンの手で殺してやろうとしたのにさ‥‥、仕方ないから俺の手で逝かせてやる。そしたらあの世でエイジャに謝れるかもな?」
「貴様!」
「おっ、と」
 怒りを露に飛翔した天龍、しかしその攻撃はルディに届くより早く間に飛び込んできた隼を叩き落す事になる。
「!?」
「アンタ達の相手は、そのアニマル連中だ」
 見遣れば更に増える獣の群れ。
 夜になれば視界が危い鳥達までが、ルディの援護を請け負うように木々の袂で鳴き喚く。
「三人なら、そいつらで充分な時間稼ぎになる。俺は俺の用を済まさせてもらう‥‥!」
 言い終えるや否や、シップの上から地上に飛び降りたルディが構えた剣はリラを狙う。
「リラ殿‥っ!?」
 援護に駆け付けようとしたリールはコヨーテに前方を塞がれ、昴はウルフの群れに囲まれる。
「はぁっ!!」
 敵とも呼べぬ鳥達を相手に、空中で気合と共に拳を打ち込む天龍。その子らを相手に戦うつもりなど毛頭ない。しかし操られ自我を失っている獣達は、その体全体で冒険者の進路を妨害した。
「厄介な‥‥!」
 倒すのは容易。
 しかし、道が開かない。
「リラ‥‥!」
 昴もまた獣に視界を疎外されながら、端々に映るその姿が押されている事を知る。
 ルディの方が剣技は上なのか?
 否、そうでない事は動きを見ればすぐに判る。
 では何故。
「――」
 何かを囁かれる。
 直後、リラの体を貫通した切っ先。
「リラ殿!!」
 リールが叫んだ。
 思わず全力で放った一撃にコヨーテが甲高い叫びを上げて地に落ちる。
「リラ殿!」
「邪魔をするなっ!」
 血飛沫を上げてリールに向けられるルディの刃。
「これで、三つ目‥‥!」
「させるか!!」
 恍惚とした表情で彼が手を掲げた刹那、空から放たれた拳にルディの背中が撓る。
「!?」
「リールっ、リラを船に乗せろ!」
「判った!」
「昴!」
「応!」
 倒すのでなく躱すならば忍の本分。狼の群れから疾走の術を用いて逃れた昴は、そのままリラの腕を取り、リールと共に彼を船へ運び入れた
「すぐに出せ! 俺は後で追う!」
 構え、敵に決して背を向けぬ天龍の利点は空中が戦いの場になる事。
 少なくとも四足動物やルディには空を追う術がなく、鳥に船の相手は不可能。
「くそ‥っ」
 飛び立つ船を睨み吐き捨てるルディ。
「まだやるか!」
 言い放つ天龍、その体中に滲む血はルディを攻撃するために鳥の嘴から避ける事を止めた為。
 傷だらけになってなお敵を圧倒する気迫は優に相手を凌いでいた。
「あいつに‥」
 ルディは悔しくも己の力量を思い知る。
 だから吐き捨てた。
「仲間にも伝えるといい。もうすぐだってな」
「なに‥?」
「もうすぐ時が満ちる。そうなればこの世界も、あの世界も終わりだ。俺は妹を殺したのと同じ力で、妹を死なせた全てを壊してやる!」
 言い放ち、その場から退却するルディを天龍は追わない。
 深追い、単独行動は厳禁、仲間との約束を破るわけにはいかない。
 ましてやポーションなどの類は全てヨウテイ領に置いてきたのだ、今はリラのためにも一刻も早く仲間の元に戻らなければならない。
 次第に操られていた獣達も自我を取り戻したらしく、散り散りに森へ帰る。
 残された複数の遺体に顔を歪め、天龍もまた先に飛び立ったフロートシップを追って空を駆けた――。