●リプレイ本文
試験当日、ギルド前に集まったウィザード達はセレからの迎えだというフロートシップに乗り込み、分国セレ領内のジョシュア・ドースターの屋敷へと案内された。
ほとんどがエルフ族のウィザードだったが、中にはジャイアントやシフール、もちろん人間の姿もある。
今日が、王都より招いた若きウィザード達の筆記試験の日だという事は邸内の全ての者が知っているのだろう。
廊下で擦れ違う都度、興味深そうな視線が注がれるのに些か居心地の悪い思いをしつつ試験の部屋へ。
前回より二名増えて、八名のために用意された机と椅子。
「座ってお待ち下さい」
もう何度も顔を合わせているエルフの女性ウィザード・キャンティに促されてそれぞれが席へ。
「それでは先日お渡しした試験用紙を回収しますので、机上にお出し下さい」
言われた通りに件の羊皮紙を出す。
そこにはジョシュアが記した問いと、それぞれが思う答えが書かれている。
「‥‥確かに全員分をお預かりしました。以降、お一人ずつ隣室におられるドースター師匠から名前が呼ばれますので、呼ばれましたら右隣の部屋へお入り下さい。――では」
丁寧な一礼をしてキャンティが部屋を出て行くと、室内には複数の吐息。
「何か緊張した‥‥」
「この間、こういう試験があるんですって天界出身の方にお話したら、まるでジュケンセイだなって笑われました‥‥」
他国に来て、何処にも寄り道せず試験だけを受けて帰るのだから、受験を知る者にはそうとしか思えない話だろう。
若き冒険者達がそのような会話をしている頃、キャンティから八枚の羊皮紙を受け取ったジョシュアは隣室でハーブティーを一口。
「なるほどの‥‥」
若きウィザード達の回答にさっと目を通した彼は楽しげに頬を緩めた。
「これは質問のし甲斐があるというもんじゃ」
ふぉっふぉっと白い髭を揺らして笑う彼に、キャンティは肩を竦めつつも敢えて何も言わずに部屋を後にした。
それを見送って、ドースターが発動するのは風魔法ヴェントリラキュイ。
隣室の黒板が冒険者の名を呼んだ――。
●ディーネ・ノート(ea1542)の回答から
「好きなのは水術、苦手は火術。うむ、実に判り易いの」
机を挟んで向かい合うように座りながら、魔術師にそんな感想をもらったディーネは些か自嘲気味に笑った。
「詠唱呪文は決めておらぬか」
「何となく、その場の雰囲気や勢いで言っちゃうかも」
「ふむ、そなたは感情型の術師のようじゃの。――しかし勢いに任せてイメージするのがコップの中の水と焚火とは、‥‥ふむ、感情ごとに変わるであろうそのイメージ、直で見てみたいものだ」
「想像し易い、実際にあるものからイメージしろってのが、私に魔術を教えてくれた人の教えでして」
ふぉっふぉっと笑われて、少なからずムキになって返せば意外や意外。
「そうか、そなたの事をよく判っておられる。良い師に巡り会えたの」
妙に優しい笑顔で言われたりなどするから思わず照れてしまったり。
三番目から最後の質問までは、聞くまでもないとあっさり頷かれてしまった。
子供の頃に読んだ絵本の登場人物に憧れたという回答も。
精神面でも行動面でも幅広く活動したいという回答も、人柄の滲み出た、感情型術師として矛盾のない実に清々しいものだと楽しげに笑っていた。
●レン・ウィンドフェザー(ea4509)の回答から
回答に目を通し、レンが対面の席に座して数秒後。
困ったように笑んで見せたドースターの反応は。
「好戦的じゃの」
「そうなの〜?」
無邪気に聞き返してくる幼い外見のエルフに魔術師は苦笑。
それは本音か猫かぶりか。
「だが人徳はある。周囲の者達に恵まれておるようじゃ」
五番の回答に目を細めて言い、再び最初の一文に目を通す。
「そなたは、魔法を『破壊の力』と呼ぶのだな」
「でも破壊はしないなの〜。力が暴発しないように安全装置を作動させるイメージも忘れないなの〜」
「確かに。そなたには強い尊厳と自制の心が養われているようじゃ。――なればこそ、カオスの魔物と呼ばれる連中に精霊魔法の効果が薄い事は存じておろう。‥‥何故じゃと思う?」
これまで数多の戦に身を置いてきた少女は小首を傾げて考える。
だが咄嗟には返答出来なかったレンに、ドースターはにっこり。
「次回までの宿題だの」
●アリシア・ルクレチア(ea5513)の回答から
アリシアの回答を目にしたドースターは、その途中で驚きを露に彼女の顔を凝視する。
「おぉ‥‥、そなた、あの者の細君であったか」
「アリシアと申します。よろしくお願いいたしますわ」
つい先日に顔を見たばかりの騎士を思い出して呟く彼に、アリシアは丁寧に一礼した。
次いで最初の試験であったミノタウロス退治に参加出来なかった事を詫び、出来れば別に力を試す課題をと望めば、
「うむ。では次回な」と笑顔の返答。
そうして再び羊皮紙に書かれたアリシアの答えに目を落とした。
読み進めていく内、その心に根差す一本の信念が感じられて。
「夫殿を信頼されておるのじゃな」
「はい」
迷いの無い返答に笑みは深まった。
「うむ。そなたの力量をまだ見せてもらってはいないからの。正式な弟子とするかは次回の課題次第じゃが、一つ、教えてもらえるじゃろうか」
答えは次回で構わない。
ただ、聞いておきたいのだ。
もし万が一にも夫殿が自分の傍から消えてしまっても。
それでも、そなたはウィザードで在り続けるのか、と。
●ティス・カマーラ(eb7898)の回答から
「なるほど、そなたは「自由」を望む者」
ティスの回答に目を通してすぐ、楽しげに微笑みながらの第一声がそれであった。
「詠唱呪文を決めず、イメージで術を発動するか」
「魔法を行使した時に何が起きるか、それを想像することで望んだ結果を導く事が出来ると思うから」
ハキハキと答える態度は実に好印象。
ドースターの胸中にはティスとの遣り取りを楽しむ気持ちが強かった。
とは言え、これは試験。
真面目な話もしなければと口を切る。
「しかしこのように自由を望みながら、何故わしへの弟子入りなど希望したのだ。師事することで頑固ジジィの思想を押し付けられるとは思わぬか」
「純粋に面白そうと思えたから、かな」
ティスは答える。
「修行を通じて、新たな考え方が身につけられるなら、今後の僕自身のためにもなると思えたんだ」
「ふむ、なるほどの」
返したドースターは、しばしティスの回答と本人を交互に見つめて、呟く。
「では、ウィザードであるそなたが果たしたい役目、出来る事とは何か? そなたの語る可能性とはどのようなものか?」
「――」
唐突な問いに思わず固まれば、ドースターは笑う。
「その思いを言葉で語るのは容易。しかし具体的に「何を」と語る事は出来るじゃろうか」
返答出来ずにいるティスに、魔術師は宿題を出す。
「よくある例題をもじったものじゃが『崖の上から今にも転落しそうな馬車がある。馬車には旅人が七人、更には落下の衝撃で外に投げ出され、いま正に崖の下へ落ちそうになっている者が一人』――さぁ、この人々を無事に救うため、そなたら八人の中から必要なウィザードと、魔法を考えてみよ。但しウィザードは最少人数で答えてもらおうかの」
次回までに。
ただし、答えは一つとは限らない。
●シシリー・カンターネル(eb8686)の回答から
「そうか、そなたは天界のゴーレムニストであったか」
「ええ。ですから此方ではその呪文を唱える事すら出来なくなってしまい寂しい限りです。此方に来て耳にしたゴーレムニストなる職業にも魅力を感じましたが、今の魔法一つ極められていないのにそういう職業に現を抜かす事はできませんので、ウィザードとしての道を極めようと思っております。それに‥‥」
アトランティスでは聞かぬ魔法の名に、それこそ世界に応じて形を変えてゆく魔法の力だと、ドースターも興味津々の体で話に熱中していくものだから、しばし課題とは無関係な話が続いた。
魔法の魅力に取り付かれたという点ではお互い様。
意見が揃えば自然、話題も盛り上がってしまう。
だが、やはりこれは試験。
ドースターは咳払いを一つすると、ようやく気を取り直した。
「そなたも詠唱呪文は決めておらぬか」
どうやらシシリーもイメージ重視で術を発動するようだ。
「そなた、苦手は覚えたばかりの術であり、イメージ不足故と答えておるが、ならば尚のことこれと定めた詠唱呪文はあった方が良いのではないか?」
正式にこれと決まった呪文が存在しない魔法に、各々が考える詠唱文は、そもそも己の精神力を高めていくという意味を持つ。
怒り、驚き、悲しみ、喜び――様々な感情を乗せて紡げばこそ心は昂ぶり魔法の成功率や威力に影響するものだ。
「次の課題までに『グリーンワード』の詠唱呪文を考え、実践してもらおうかの。幸い、セレにはその力を試す場所が幾らでもあるからの」
●ソフィア・カーレンリース(ec4065)の回答から
「う〜ん、試験って苦手ですね〜」
ドースターの正面に座るなり、困った表情で言うソフィアの回答を確認中の彼は苦笑。
「わしも筆記は大の苦手じゃ」
だからこそ、な――そう告げればソフィアは目を瞬かせるも、すぐに笑顔になった。
ほんの僅かながら緊張が解れた様子で。
「そなたの詠唱呪文は良いの。言の葉を紡ぐ都度、集中力が高まってゆくのが非常に鮮明に感じられる」
苦手という術も最初の失敗が尾を引いているからならば、これからの課題でいくらでも克服出来るだろう。
「ウィザードを選んだのは兄姉に憧れてと?」
「エルフは体力が乏しいですから、それでも人の役に立ちたいと思ったら、やっぱりウィザードです。いつかは兄や姉の様な皆を助けられる人になりたいんです」
「なるほどの」
確かにエルフの体力は他の種族に比べて低いことが多い。
それを補いながらと考えれば、自然とウィザードの道を選ぶ事になるだろう。
「騎士には騎士の、ウィザードにはウィザードにしか出来ない事があると思うし、それに生きていくのに希望って凄く大事だと思うから」
そしていずれは新魔法の開発をと望む、その意欲には敬意を表す。
「じゃが、新魔法を開発しようと思えば体力も必要じゃぞ? 三日間くらい不眠不休になる事も覚悟しなければならないからの」
「それなら大丈夫です、徹夜も練習中ですから」
無邪気な返答に、ドースターは声を上げて笑うのだった。
●レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の回答から
ドースターの正面に座る前から難しい顔をしていた少女は、彼に「どうした」と問われて、それまでも沈みがちだった肩を更に沈ませて一言。
「‥‥今回の試験‥‥難しいです‥‥」
「ほっ」
泣きそうになっている彼女に思わず笑ってしまった魔術師。
「そう緊張するものではない。そなたの回答には一通り目を通させてもらったが、そもそもこの試験の答えに間違いなどないのじゃから」
言えば、パッと表情を明るくするレイン。
その素直さにドースターはやはり笑った。
「さて‥‥早速、この回答の話をしようと思うが‥‥、そうか、そなたは「精霊に願う者」か」
詠唱呪文、イメージ、どれを取ってもレインの言葉からは精霊達に力を乞う姿勢が感じ取れた。
「しかし相手を傷つける術を厭いながらも、人々を救うために戦う事を望むか」
「はい」
「矛盾に近いの」
「‥‥はい。でも、この世界に暮らしている人達を助けたいです」
そう返す少女の瞳は真っ直ぐで、ドースターは穏やかに微笑んだ。
「ではそなたに課題を出す。時間は掛かって構わぬ、もとより術の習得には長い時間が掛かるものじゃからな。しかし、その苦手だという術を己がものとし克服することじゃ。それが、そなたの覚悟になるじゃろうからの」
●元馬祖(ec4154)の回答から
決して得意ではないと一目で判る文字の羅列に、しかしドースターは感心した風に何度も頷く。
「アトランティスには来られたばかりか、天界の冒険者よ」
「はい」
僅かに目を伏せて答える馬祖。
「ふむ。この世界の精霊達のなせる業に感謝じゃの、こうして会話する事に何の不自由もない。お会い出来て光栄じゃよ、新たなる来界者」
にっこりと微笑まれて、馬祖も静かに笑い返す。
そうして話は課題の件へと。
「そなたは「理性の術者」だの」
好き嫌いに感情を挟まず、淡々と物事を捉える回答は、武道家であったという過去から常に冷静であるべきという考えが軸となるからであろうか。
「私の祖国では魔法を学ぶ機会がなく、それが普通だと思っていました。しかし様々な依頼を受け、様々な場所を訪れ、様々な事を知るにつれ、私の中で『より多くの事をより深く学びたい』という欲求が生まれるようになりました」
故に無謀を承知でウィザードとなる道を選んだ。
「ふむ。その無謀さは魔道を究める上で非常に大切なものじゃの」
告げた後で、ドースターはふと真面目な面持ちになり問い掛ける。
「では、そなたがアトランティスに在るという現在には、どのような道理があり、事由があるのかの」
「――」
唐突な質問に虚を突かれて固まれば、ドースターは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふぉっふぉっ。何も今すぐに答えよとは言わぬ。ただ、四番、五番の答えを聞く限り、それはそなたの祖国でこそ追求すべき事柄ではないかと思える。あえて二度とは戻れぬと言われている世界へ赴いた理由がいま一つ見えなかったのでな。もしよければ、いずれその答えを聞かせて貰いたいと思ったまで」
そして本当に自分の弟子となる気があるならば次回、その力の程を試させてもらうがよろしいか? ――それが、ドースターからの最後の問い掛けであった。
●帰路で
次の課題は再び実戦となる、そう聞かされ王都ウィルへ帰るフロートシップの船内で八人の若きウィザード達は一様に疲れた表情をしていた。
ジョシュア・ドースターが誰にどのような事を話したか、それを明かすか否かは本人達次第であるが今回は更なる回答は必要無しと言われた者がいれば、課題を出された者もいる。
その課題も、個人で考えなければならない内容があれば仲間の助力を必要とするものがある。
――ただ、各々に課された課題で試されるのが出された本人だけだと思ってはならない。
今回の課題で自分が答えた内容を今一度見直し、次回に備える必要がある。
「ドースター師匠はいつも仰られます。ウィザードは、単独では決して戦えません」
八人の若き術士達にそう声を掛けたのはキャンティ。
船はもう間もなく王都へ着くが、魔術師の試験に終わりはない――。