●リプレイ本文
「カオスの魔物というのは、どのような存在なのでしょうか?」
アトランティスに渡ってまだ日が経っていないシシリー・カンターネル(eb8686)の問い掛けに、
「んー」と口元に指を置いて考え込むのはアトランティス出身のティス・カマーラ(eb7898)と、ソフィア・カーレンリース(ec4065)、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の三人。
「とにかく謎が多くて、嫌な感じのモンスターですね〜」
「私は実際に魔物と接した経験が少ないので‥‥」
ソフィア、レインと続けば、二人よりは経験豊富なティスがメイと呼ばれる国に存在する「カオスの地」についても交え説明する。
混沌の象徴として姿を現す魔物は非常に狡猾で悪意に満ちており、人々の生活を脅かす。
この闇が深まりし時、かつてのロードガイ伝説に語られるように天界からの召喚者達が世界を救うと言われている。
異世界の民が救世主と呼ばれる所以だ。
「カオスの魔物っていうのは、ジ・アースで言うところのデビルとほとんど同じよ」
ティスの話を聞き終えてから口を切るのはディーネ・ノート(ea1542)。
すると彼女と同郷の、しかし今はこの世界で爵位を持つレン・ウィンドフェザー(ea4509)が無邪気な笑顔。
「いたずらしてるのが、ていきゅーのカオスだったらいーの」
告げた彼女は、次に自分達に同行していたジョシュア・ドースターを向く。
「このあいだ、レンに出されたかだいのこたえなのー。カオスはジ・アースの『悪魔』とおなじらしーから、じょーきゅーだとあたまがいいから『抵抗力』がたかいし『レボリューション』って、おなじこうげきを『無効化』するのーりょくがあるらしーのー」
だからカオスの魔物には精霊魔法の効果が薄いという、前回の彼女に出された問い掛けの答えを導いたレンに、ドースターは「ふぉっふぉっ」と顎に蓄えた白髭を手で梳きながら笑った。
「うむ。それも一理あるが『精霊魔法の効果が薄い』理由にはならんの」
間違いではない、だが正しくもないという魔術師の反応に、レンは目を瞬かせた。
「カオスの魔物と呼ばれる者達は須らく精霊魔法の威力を半減、酷い時にはほとんど成果を上げられぬ。その抵抗力は魔物側の知能には比例しておらんし、同じ攻撃を無力化する能力にしても、その効果は魔法には限るまい?」
昨今、頻繁に目撃されている『邪気を振りまく者』は猛者達が魔法武器を用いれば数回の攻撃で倒せる低級の魔物だが、魔法攻撃で倒そうと思えばそれなりの回数を強いられる。
それは、特殊防御の術エボリューションを用いているわけではなく、魔物の体そのものが精霊魔法に効き難いからだ。
「そなたの課題、改めて考えてみてくれんかの?」
「はーいなのー」
しゅんと答えるレンは、‥‥誰にも見えない・聴こえない処で舌打ちしたとかしないとか。
「ところで、そなたは何をそのように大量に購入したのかの」
次にドースターが声を掛けたのは元馬祖(ec4154)である。
彼女の足元に置かれている紙袋には大量の『小麦粉』が入っていた。
「魔物の好きな物で誘き出そうという作戦ですから、姿を消して近付いて来ても足跡が残るように地面に小麦粉を撒こうかと」
「ふむ、なるほどの」
馬祖の返答に魔術師は苦笑。
「敵が飛んで来た場合にはどうするのかの?」
「その時はその時、臨機応変に対応します」
それに彼女とソフィア、レインの三人は『石の中の蝶』を持参していた。これで魔物が接近して来れば自ずと注意を促し、後は感覚を鍛えた者達が五感で敵の行動を探るという。
「ふむ‥‥」
ドースターはしばらく考えた後で問う。
「ちなみに魔物を誘き寄せるためにそなた達が用いる『好物』とは?」
「お酒ですわ」
答えたのはアリシア・ルクレチア(ea5513)である。
「夫から該当すると思われる魔物の話を聞いてきたのです」
悪戯好きで姿を隠す、そういった魔物と言えば『酒に浸る者』――彼らの故郷で言うところの『グレムリン』であると予想。
「ですから、宴会を装ってお酒で魔物を誘き出そうかと」
仲間達を代表しての彼女の返答にドースターは再び「ふむ」と相槌。
「ではお手並み拝見といこうかの」
●
問題の村に到着した若きウィザード達が最初に行ったのは、家が落ちたという木の枝がどのようになっているかという確認と、樹上に暮らすエルフの民に、自分達が問題を駆除出来るまで別の場所に避難していて欲しいという説得であった。
ウィザード達はそのために充分な野営道具を持参しており、現状にほとほと困り果てていたエルフの民は存外素直に彼女達の指示に従った。
「いつ危ない目に遭うか判りませんし、実際にカオスの魔物相手に戦うとなれば皆さんにも危険が及ぶのは間違いないと思うのです。私たちを信じて、しばらく家を離れていただけませんか?」
レインの、それが難しいお願いだと判っていての真摯な説得を信じてみようと、そう思えたからだ。
エルフ達の避難場所が決まれば、ウィザード達も手伝ってのテント組立作業。
「ちょっと居心地悪いでしょーけど、協力お願いね♪」
ディーネの陽気さに励まされるようにエルフの男達もせっせと手を動かした。
その頃、魔物を待ち伏せるための作戦会議を開いていたのはレン、ティス、馬祖。
「うーんとねー、こむぎこはじめんにまくのはやめてー、あしおとがしたほーこーにまくことで、きえているカオスのりんかくがうかびあがるようにつかったほーがいーとおもうのー」
「足音は、でもこの地面じゃあまり聴こえないんじゃないかな」
ティスがその場で足踏みして試すと、レンは「だからー」と周りをぐるりと見渡した。
「あのいっぱいのおちばをつかうのー」
そう、自然に木々から落ちた枯葉。
それらを地面に集めて敷く方が、一面小麦粉で真っ白になっているよりも魔物の警戒を緩ませる事が出来るように思われる。
「その方が良さそうですね」
馬祖も納得して小麦粉は人数分に分けて各自が持つように作戦を変更した。
また、落とされた木の枝を確認したティスは、その割れ目が齧られたように不規則で荒くなっているのに気付いた。
「枝を齧って折るなんて度の過ぎた悪戯をする可能にする姿を消す犯人、‥‥『酒に浸る者』で正解だといいね」
ティスの言葉に皆が真剣な表情で頷いた。
●
そうして夜。
若きウィザード達は宴会をしているかのように見せかけるべく、木々に囲まれたエルフの民の集落の中でも若干開けた位置で火を焚き、保存食に少なからず手を掛けた夕食と酒、それにソフィアの陽気な歌声に笑顔を見せて楽しんでいた、――もちろん今日のソフィアは一滴も酒を口にしていない。
「ふぉっふぉっ、見事じゃの」
ソフィアの愛らしい歌声に手を叩いて喜ぶドースター。
その左右には、この時間を有意義に使うべく先日の課題の答えを持った者達が並んでいた。
その一人、馬祖に問う。
「最後に樹の周りに何かを仕掛けていたようじゃが、あれは?」
「鳴子です」
魔物が樹に近付き、その罠に掛かれば大きな音がなるという仕掛けを持ち前の技能を駆使した馬祖だ。
ドースターはなるほどと満足顔。
「五感のみに頼るわけではないのだな」
見れば小麦粉を地面に撒く事も止めている。
目の前のウィザード達が相談し、互いの言葉を受け止めながら依頼完遂のために努力している事がちゃんと伝わって来た。
「では、もう一つ。先日の試験の際に出した課題の答えを聞こうかの」
「はい」
ドースターから馬祖に出された課題、それは何故ジ・アースからアトランティスへ渡ってきたのかというものだった。
一説では救世主とも呼ばれる異世界からの来訪者達。
しかし、その全てが真実でない事をドースターは知っている。
その上で出した問い掛けに対し、馬祖の出した答えは「人生は、万事が試行錯誤です」との言葉。
「私の師は『魔法使いは世界の万象の奥深さを理解するのが肝要であり、大事なのはその生き方に、望みに飽きぬことだ』と教えてくださいました。その言葉の赴くままに、今の私はここにいます」
「ふむ」
彼女の数倍の時間を生きているエルフの魔術師は、ならばと微笑った。
「ならば次の試練、‥‥その万象の奥深さを思う存分に感じてもらうことになるかのう」
「次の試練、ですか?」
「うむ。尤も今回の課題を終えてこその話じゃがの」
そう告げる彼の笑顔は、ひどく楽しげであった。
次いで声を掛けられたレインは、苦手な術の克服という課題に対し努力中だと答えた。術の習得には長い時間が掛かる、それは皆がしるところだ。
「思う存分に時間が掛けるが良かろう。誰もそなたを急かしはせぬ」
「はい、頑張ります」
笑顔のレインに、ドースターは更に続ける。
「そうじゃ‥‥前回の筆記試験の際にも思うたのだが‥‥そなたは一つの『答え』を手にしている」
「答え、ですか?」
きょとんとしている彼女から、全員を一度ずつ見遣り。
「もう少し己に自信を持ち、皆に伝えてみることじゃ。その言葉が次なる試練を越える力になるやも知れぬ」
やはり今回の課題をクリアしてからの話だがと冗談めかす魔術師に、レインは困ったように何度も左右に首を傾げていた。
シシリーに出された課題は、既に調査の段階で実証されていた。
魔法を発動する際の言葉、それは確かに効果を示し、おかげで枝が折れた時に奇妙な音が聞こえた事などが明らかになっている。
そして、ティス。
「ウィザードとしての僕の役目は、戦いの場では偵察兵として動くこと、かな。通常時は感覚を研ぎ澄まして、風の精霊とはどんなものかをより理解していくと言う感じかなあ」
その答えに大きく頷いたドースター。
「課題については、いずれ実戦で目にする事となろう」
「家が落とされそうになったら、皆と考えた手順で必ず家を守るよ」
ティスが揚々と答えた、だが対してドースターは目を瞬かせた。
「つまり、家が落とされる段階まで魔物を放っておくと言うのかの」
「――」
指摘された内容に若きウィザード達は言葉に詰まり、ドースターは小さく笑う。
「もしやそなた達、樹から落ちる家で、その課題を実戦しようと考えておったかの」
「違う‥‥んですか?」
ソフィアが驚いたように問えばドースターは「勿論じゃ」と即答。
「今回の課題で見られると期待しておったのは別のものじゃ。一つは、残念ながら先送りとなったがの、ウィザードは一人では戦えないという言葉をどのくらい理解しておるかは見れたので、今回の魔物を見事討伐する事が出来れば合格にしようかと思っておったが、――そもそも落ちる家をどのようにして守るつもりだったのじゃ」
水魔法の使い手アリシアが「アイスコフィンで」と答えれば面白そうに笑われた。
「アイスコフィンの強度は知っておろう。たとえソレで家が守れたとして、どのように氷の棺から出すつもりじゃったのか」
魔法の武器で叩き割るか。
湯を沸かして溶かすか。
火に当らせてみるか。
どのような方法をとるにせよ、相手が『家』であり、それ相応の大きさがある事も考えれば、冬に向かっている季節の中ではとてつもない労力と時間を必要とする。
「あまり利口な方法とは言えんの」
言ってから、魔術師は意味深に微笑む。
「それに、わしは『全てを無事に』とは言っておらんはずじゃがな?」
またも謎掛けのような言葉を返されてウィザード達は頭を悩ませた。
●
もうすぐ夜も更けようというのに件の魔物は一向に姿を現さない。
樹の周りに集めた枯葉も、大木に仕掛けた鳴子にも変化はなく、ただただ会話のみが繰り返されていく。
「うまく引っ掛かってくれると良いのですけれど〜」
もはや徹夜覚悟のソフィアが呟いた、その時だ。
「っ」
ソフィア、レイン、馬祖が持つ『石の中の蝶』が俄に騒がしくなる。
一瞬にしてウィザード達の間を駆け抜けた緊張。
だがすぐには動かない。
「‥‥っ」
周囲の気配に気を張り巡らせながら、羽ばたきを強める指輪を両手の中に握り締める。
その反応は、もはや至近距離まで来ていて。
(「羽音!」)
ディーネが目線を走らせた先には、彼女達が魔物を誘き寄せるために用意した酒樽だ。そこには樽以外に何もない。姿は見えない。だが、羽音に続いて水音まで聴こえてくれば、魔物達が酒に口を付け始めたのだと判る。
酔うまで待つか、それとも――。
ウィザード達は目で合図し合う、ディーネの優れた五感が聞き分けた音は三つ、つまり三匹の魔物が間近にいるのだ。
タイミングを誤れば逃げられる。
首を上下させてカウントダウン、開始数値はティスが広げた片手を上げて見せた。
(「‥‥、3、2、1――」)
「ゼロ!」
瞬時に立ち上がったウィザード達、持っていた小麦粉の袋を見えない魔物に向かって放ったのはレン、ティス、シシリー、馬祖。
バサッと何かにあたると同時に袋から零れた小麦粉が何も無かった闇夜に輪郭を浮かび上がらせる!
「なんじのしょーたいみたりなのー♪」
レンの陽気な声。
同時、詠唱を開始していたのは水魔法の使い手ディーネ、アリシア、レイン。
「アイスコフィン!!」
力強く唱えられた魔法は、しかし一匹を拘束するも二匹を逃す。
抵抗されたのだ。
「逃がしません!」
間を置かずに発動されるレンのストーンウォール。
敵の逃げ道を塞ぎ、更にはその体を押し潰さんと倒す。
『ギャギャギャッ!!』
気味の悪い金きり声と共に鮮明になった姿は紛れもなく『酒に浸る者』のそれ。
「姿が見えればこっちのもんだね!」
ティスの雷撃、ソフィアの風の刃。
「アイスコフィン!!」
再びレインが唱えた魔法が二匹目の拘束に成功。
一瞬にして氷漬になった仲間を見て逃げ惑う最後の一匹を捕らえたのは馬祖の拳であった。
「素手格闘を苦手とするウィザードばかりではないのですよ」
ガッ!
――容赦なく打ち込まれた拳に転倒した魔物に、これで最後とディーネのアイスコフィンが発動された。
氷漬になった三体の魔物を見遣り、この状況でも酒を手放さなかった魔術師は「合格じゃ」と喉を鳴らして笑った。
●
無事に魔物退治を終え、村のエルフ達にそれ以上の被害を出す心配の無くなった一行は、久々にエルフの村を訪れた記念に風景を絵にしたためたいというレンや、エルフの森を懐かしいと感じるシシリーに今しばらくの時間をと、各々で過ごしていた。
その中でドースターはアリシアに声を掛ける。
「此度はそなたの夫殿にも世話になったの」
感謝する、と礼を言われてアリシアは微かに笑う。
「そういえば、先日の意地悪な質問の答えですけれど」
「うむ」
「もし、あの人が剣を持てなくなって、無事に余生を過ごせるなら私の研究で生活します。万が一、あの人を失うことがあれば、‥‥その時は、私も一緒にいなくなっているはずですわ」
迷いなど欠片も見られない瞳での返答に、魔術師はとても穏やかに笑うのだった。