●リプレイ本文
八人の若きウィザード達を乗せたフロートシップが、ジョシュア・ドースターらを含むセレの者達と共に件の土地、常しえに雪と氷に閉ざされた大地へを到着する頃、ディーネ・ノート(ea1542)は空からそこを見下ろしてぽつりと呟く。
「この土地が氷の世界になった理由を解けってことだけど、どうしたもんでしょ」
「お友達が、月姫様の予言の事を教えてくれたんですが、‥‥何か関係があるのでしょうか‥‥?」
難しい顔で続くのはレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。
つい先日にセレで起きた騒動に直接関った者と親しい彼女は、ドースター魔術師があえて言わずにいる事も掻い摘んで聞いていた。
そしてそれは、あの場に夫がいたアリシア・ルクレチア(ea5513)も同様。
夫・オルステッド・ブライオンに聞いた話を直接、魔術師に尋ねる事も出来たが、それを明らかにする事が今回の試験であるとも承知していたから聞きはしない。
正しく調査を進めていけば自ずと明らかになる事だ。
船が着く。
皆が外へ歩を進める。
「う〜ん、足手纏いにならない様に皆の手助けが出来たら良いなぁ‥‥」
ソフィア・カーレンリース(ec4065)が冷や汗を流す。
如何せん体力的には恵まれていると言い難いウィザード達だ。
その点だけ見ても今回の試験の過酷さは想像に容易いのである。
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船を降り、どれくらい経った頃だろうか。
最初から肌寒く感じていた風は今や痛いほどに冷たく、ウィザード達は自分自身を抱き締めるようにして体を丸めながら歩いていた。
そんな最中に、踏み込んだ足が何かを割って歩調が崩れる。
「氷‥‥?」
足場は凍っていた。
そうして不意に先頭から上がった声。
「うわ‥‥っ」
「綺麗‥‥」
ソフィア、レインの声がそう呟いたきり、消えた。
「――」
一同の眼前に広がった景色、それは白一色の、光り輝く大地。
足音一つさえも騒音になりかねない静寂に包まれた世界だった。
「‥‥本当に一面真っ白なんだね」
ティス・カマーラ(eb7898)が細い声で言う言葉は皆の代弁でもあっただろうが、それに応える余裕というものがなく。
シシリー・カンターネル(eb8686)は、意を決したように歩を進めると、緊張した面持ちで最初の一歩を踏み込む。
「‥‥っ‥‥、まずは、ここに立ち入ることは可能のようです」
「でも、気をつけないとね。恐らくは相手のテリトリーに僕達が勝手に入っているだけだろうから、ね」
語尾はドースター魔術師に視線を投げ掛けて告げるティスの言葉を、当の本人は油断ならない笑みで聞いているだけ。
「ずーっと、ゆきとこおりにとざされているって、いったいどーなってるんだろーねー?」
レン・ウィンドフェザー(ea4509)が無邪気な問いを声に出しながら先へ行くのを追いながら、元馬祖(ec4154)は空を仰ぐ。
「‥‥この試練では『万象の奥深さを思う存分に感じてもらうことになる』とお言葉を貰っていますが、ありのままを感じれば良いのか、なぜそれが起こっているのかを理解出来るよう考えるのか、いろいろとやる事、考える事は多そうですね‥‥」
ただ確実なのは、自分達が無事に生きて帰る事。
それが第一前提であることは疑いようがなかった。
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八人のウィザード達は先ずは拠点となる場所を決めるべく、完全に雪と氷に覆われている土地より若干手前、凍ってはいるものの土が見えている場所にテントを組み立てて自分達の集合場所と定めた。
また通常の防寒服よりも耐寒性に優れた『まるごとトナカイさん』を持参したシシリーや、魔力を付与された『まるごとウサギさん』を持参したソフィアと、レイン。更にレインは他のメンバーにも貸せるようにと『まるごとばがんくん』『まるごとわんこ』を出した。
バックパックが重かったのはそれが理由だったらしい。
「準備が良いの」
ドースター魔術師は「ほっほっほっ」と楽しげに笑う。
この土地にはマイナス二十度に近い場所も少なくなく、そういった場所も想定しての準備であれば「合格」だ。
「では、くれぐれも気をつけて調査をの。わしは此処で皆の帰りを待つとしよう」
そんな言葉で師に見送られ、いよいよ調査に乗り出した八人。
防寒だけでなく、足元や調査方法にも工夫を考えてきたウィザード達だったが、‥‥作戦が不完全であった事は否めない。
ここは『須らく生命の立ち入りを拒むが如く人の進路を烈しい吹雪が阻む』と最初に伝えてあったはず。
その対応を八人は忘れていた。
フライングブルームや魔法リトルフライで空からの偵察を試みるつもりであった者達はそれを実行したが、すぐに雲行きが怪しくなり調査続行を断念。
そう判断した五分後には十センチ先も見えない猛吹雪が八人を襲った。
吹雪は止まない。
足は進められない。
声を張り上げても、近くにいるはずの仲間の応えも感知出来ない。
下手に動けば一人遭難という恐れも充分にあった。
馬祖のスクロール魔法レジストコールドで寒さを凌ぐ事は出来るも効果が非常に短時間であるうえ、使用回数にも限度がある。
その中で辛うじて仲間の存在を認識出来ていたのは呼吸や振動で仲間の所在を確認出来るティス、ソフィア、そしてシシリーの三人。
三人の尽力あって手と手を繋ぎ、またほぼ全員が雪上に関する土地勘を持っていた事も幸いし、何とか全員で拠点に戻る事は出来た。その一方でオーラセンサーを習得していたが仲間の探索に力を使えなかった者もいる。
馬祖だ。
多くの術を用意し過ぎたがゆえに彼女の魔力が尽きたからである。
魔力は、決して無限ではない。
一人でこの術も、あの術もと計画するのは無謀である。
また、全員が無傷ともいかなかった。
体力は低下し、体の所々には凍傷と見られる傷。
回復薬を所持していなければこの時点で調査隊を外れなければならない者もいただろう。
足を踏み入れれば再び猛吹雪が彼女達を襲う。
吹雪で体力を消耗したせいもあり、最初の一日はそれで終わってしまい、これから夜の番も交替で行う事も考えれば個々の魔力の回復も完全には行われない。
人数がいようとも、互いに互いの行動を把握した上で作戦を立て、行動しなければ、せっかくの力や術、そしてアイディアも功を奏さないのだ。
今回の調査、一言で言うならば『失敗』である。
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調査そのものは足を踏み入れただけで終わってしまったが、拠点に戻ってから此処で進められた調査が皆無だったわけでもない。
ディーネが持参した『手巻き懐中時計』で時刻と太陽の高低を測定してみれば、一日を掛けて時間の流れは通常とほとんど変わらない事が確認出来た。
雪と氷に閉ざされた大地とはいえ、時間の流れが堰き止められているというわけではないようだ。
そして、この異常気象が精霊力の偏りによるものではないかというのは数人共通の意見。
「いくらきたよりだからってー、ずっとこおりづけはへんなのー」
「精霊さん達に何かあったのでしょうか?」
「こんなふうにずっと雪と氷に覆われているなんて‥‥精霊力のバランスが崩れている事も充分に考えられますものね」
レン、ソフィア、レインが告げれば、他の者達も同意。
ドースターも否定はしなかった。
夜、暖を囲み保存食で腹を満たしながら口を切ったのはレイン。
「ここは聖なる大地と呼ばれているのですか?」
現場に向かえないのなら、聞ける人に聞こう。
そう考えた少女は真っ向からドースターに尋ね、これにアリシアが言葉を重ねる。
「先日のセレ王襲撃‥‥その解決後に求めに応じて姿を現した月姫はこう仰ったそうです。『聖なる地の聖なる力を解放せよ』と」
「確かにの」
老魔術師は頷く。
「ここはセレの国における聖なる地、‥‥なぜそのように呼ばれるか、想像が出来るかの?」
「精霊が住まうから、とか‥‥でしょうか」
アトランティスが精霊の大地と呼ばれる世界ならば、聖なるものの対象として最も可能性があり、気候のバランスを崩すともなれば、精霊以外には考え難い。
精霊知識に長けたレインが答えれば、ドースターは頷く。
「では、その属性は判るかの?」
「氷に、雪であれば、‥‥水?」
「じゃの」
笑顔で頷き、次いで彼が見遣ったのはソフィア。
「水属性の、名のある精霊で思いつくのは何であるかの」
「ん〜」
ソフィアはしばし頭を悩ませた後で些か自信無さそうに答える。
「エレメンタラーフェアリーにも水属性の子達はいますけど〜、ケルピーや、サーペント‥‥、フィディエルもそうですね〜」
ケルピーは美しい蒼色をし、馬に似た容貌を持つエレメント。
サーペントは青い鱗に身を包んだ巨大な大蛇。
フィディエルは湖の精として名が知られており、ほとんどの場合は美しい少女の姿を象る。
「んむ、その上ではどうじゃ」
「上‥‥」
次に指名されたのはシシリー。
「アドゥール、でしょうか‥‥」
「惜しいの」
虎のような顔を持つ鯱、海の守護者とも呼ばれる精霊の名にほっほっと老魔術師が笑えば「もしかして」とレン。
「しぇるどらごんなのー?」
「シェルドラゴンが此処にいらっしゃるんですか!?」
思わず腰を上げて声を荒げてしまったレインは、慌てて口元を手で覆い「ごめんなさい」と座り直す。
だが、精霊知識に長けた者であればシェルドラゴンが間近に居るという意味の大きさを正しく知れるだろう。
亀のような甲羅を持つ胴体に、龍の首と蛇の尾を持つ外見の高位精霊だ。
「ほっほっほっ、少し喋り過ぎたの」
本来であれば八人のウィザード達自身にそこまで調査を進めてもらいたかったが、今回の調査では無理だ。
また、ドースター達、分国側の思惑としても一日も早く「聖なる大地の、聖なる力の解放」を果たさなければならない理由がある。
これは「おまけ」。
「ここに‥‥シェルドラゴンが‥‥?」
八人は闇に覆われた極寒の地に目を向ける。
何人たりとも侵入する事を許さない聖なる地。
「聖なる力の解放とは、シェルドラゴンをこの地より解放せよという意味なのでしょうか?」
「シェルドラゴンはここに封じられているってこと?」
アリシア、ティスの問い掛けには、しかし「さぁの」とはぐらかす師。
「‥‥違うんですのね」
溜息交じりに返したのはシシリー。
「私、少しずつですけれど師の反応の違いが判ってきました。今のは違う時のお返事ですわ」
「ほっほっほっ」
ドースターは実に楽しげに笑う。
「確かにのう。そなたらが全員でこの大地の中程にまで歩を進められれば姿を見せてやってくれと頼んではおいたがの」
「頼んで‥‥って‥‥!」
レインが更に驚いて目を丸くする。
「先生、シェルドラゴンと交流が‥‥っ?」
「んむ、あやつとは長年の友だからの」
返した後で、師は「質問はここまでだ」と笑顔でそれ以上の問い掛けを遮った。
「さて‥‥僅かな時間とは言え現地に立ったのは確か。なれば得た情報もあるだろう。一人一人聞かせてもらおうかの」
そうして順に答えを求める。
「私は、この場所でも他と同じように時間が流れているってことを確認した、だけね‥‥」
うみゅ‥‥と沈んだ表情を見せるディーネを、左右からソフィアとレインが元気付ける。
「レンはー、おそらからフライングブルームでしらべたけどー、なにもなかったなのー」
下方に広がっていたのはどこまでも続く真っ白な平地。
時折、氷で出来ていると見られる幾つもの突起が目に付いたが、もしかすると無謀にも立ち入って凍らされた人だったのかもしれない。
「私も空から調査するつもりで‥‥遺跡などないかと調べてみましたが、それらしき物は何も」
「僕も同じだね」
アリシア、ティスも残念そうに呟く。
「五感を活用して何か判らないかと思って臨んだけど、すぐに天気が悪くなったせいもあって‥‥。真っ白な大地が広がるばかりで本当に何もなかった」
「地上に居たそなた達はどうであったかの」
師に問われたのは地上調査を担当するはずだったシシリー。
「バイブレーションセンサーで振動探査、可能であれば植物にグリーンワードなどで話を聞きたかったのですが、振動は私達以外に一切無く、植物もまったく見当たりませんでしたわ」
「僕は念のために『石の中の蝶』を持参して、五感を頼りに進みましたけど、やっぱり何も‥‥先生のお話を聞いていたら、此処にはシェルドラゴンしかいないのかなって思いました」
「ええ」
ソフィアの回答にはレインも大きく頷いた。
「私は、反省する事の方が多く‥‥」
馬祖は硬い表情で、しかし真っ直ぐな瞳を向けて語る。
「ただ、この地での万象の奥深さを理解するには一、二回程度の調査では難しい事は理解したつもりです」
「そうか」
ドースターは顎に蓄えた見事な白髭を手櫛で梳き、告げる。
「ならば最後の課題じゃ。まずは今回出来なかった課題‥‥あの吹雪の壁を乗り越え、この大地の中程へと全員で辿り着いてみよ。さすればシェルドラゴンは必ずそなたらの前に姿を現してくれるじゃろう。そこからが最後の試験、――シェルドラゴンと約束を交わすのじゃ。そなた達の立ち入りを阻む事なかれとな」
「――」
「シェルドラゴンの一般的な性質‥‥、判るかの?」
問われたのはレイン。
「確か、‥‥とても温厚な性格で頭の良い精霊さん、です。でも一度機嫌を損ねると甲羅に引っ込んでしまって、機嫌が直るまで出て来てくれないって‥‥」
「んむ」
その通りだと老魔術師は頷く。
「非常に頭がよく、気性の穏やかな奴じゃ。しかし愚か者を好かぬ。身勝手な者を好かぬ。嘘を吐く者は好かぬ」
更に精霊は食事を必要とはしないため、飲食関係は交渉の役には立たない。
そんな精霊と約束を交わす。
『自分達の立ち入りを許可する』と。
「聖なる地の、聖なる力の解放は、恐らくそなた達は無理じゃ。だが『解放を可能にする者達』をこの地へ導く事は、そなたらにしか出来ぬだろう」
「解放を可能にする者達‥‥」
アリシアが呟く。
その脳裏に浮かぶ面影は――。
「もう間もなく、この世界はカオスの魔物らによって混沌の渦に呑まれるじゃろう‥‥そこから逃れる術の一端をそなたらが担うのじゃ」
ドースターは告げる。
だから決して気を抜くなと。
「しつこいようじゃが、の。これは非常に困難な課題‥‥命を落とす事も有り得る、きちんと互いの意思を確認し合い、最後の課題に臨むことじゃ」
頼む。
そうしてジョシュア・ドースターは、若き八人のウィザード達へその頭を下げるのだった――。