【黙示録】混沌の楔 5

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月20日〜05月05日

リプレイ公開日:2009年04月28日

●オープニング

 ● リグを侵す者

 領主エガルド・J・クロムサルタの演説の只中で起きた魔物の襲撃は、およそ三十の魔物討伐と十人余りの侵入者逮捕で沈静化された。
 もちろん、集まっていたほとんどの人々が傭兵になろうという男達であり魔物を倒せる武器を所持していた事も幸いしたが、その場に集まっていた冒険者達の目立つ動き、影での功労の甲斐あって、伯は勿論のこと一般の人々が負った怪我も白魔法を扱う冒険者によって癒され、一人の死者も出す事無く済んだのである。
 これは、この時にクロムサルタ領にいるという彼らの選択によって齎された幸運であった。
 結果、目立つ動きを取った三人がそのままエガルド卿の邸へ招かれて仲間とは別行動を取る事になり、捕らえた侵入者達をリグの騎士達に引き渡した二人は傭兵になるかどうかの選択を迫られるも、まだ考え中だとして仲間の元へ戻った。人々の治療にあたっていた彼もまた「礼を」と伯の使者から声を掛けられたが、自分には敷居が高い、布教中の身故と辞退し、仲間の元へ。
 ユアンと共に屋台を開いていた彼や、距離を置いて銘酒「桜火」で傭兵になろうという男達から話を聞いていた彼女もその存在を気取られることは無く、彼らの存在はいまだ霞の如く不透明なままだ。
 これらの選択がどのような未来を導くか、彼らが知る事になるのはまだ先の事だったが、リグに来て二ヵ月弱。
 彼らはようやくその取っ掛かりを手にしたのだった。


 それから二週間。
 自ら招いた傭兵希望の彼らがウィルの冒険者だという素性をどう調べたのか、偽名など通用しないという状況を整えられた上で彼らはエガルド卿との面会を許可された。
 そうして知らされたこの国の現状は、咄嗟には信じられないもの。
 リグの国は。
 王の都は、既にカオスの魔物の手に堕ちたと言うのである――‥‥。


 *

「事の始まりは、グシタ王に呼ばれ赴いた城で領内のゴーレム及び騎士達を全て王に差し出せという勅令だ」
 三人の冒険者を前にエガルド卿は重い口を開く。
「咄嗟には理解出来ぬその言葉を、王はひどく楽しげに語られた‥‥今こそウィルを攻め落とし、この大陸の主権を握ると豪語されたのだ」
 それに相応しい力があるのだと、軍事国家として名高いウィルを相手に宣言するグシタ王を、エガルド卿は気がふれたのかと疑い、そしてホルクハンデの領主セディ・R・ホルクハンデはそれまで胸の内に募らせていた反発心を一気に爆発させた。気は短い彼だが、リグの戦力でウィルに勝てるはずがないという判断は正しく――少なくともエガルド卿もこれには同じ見解であり、戦争を起こす事は民の命を無駄に散らせるだけだと懸命に王を諭そうとしたと言う。
 しかし王は聞かない。
 更には「死にたくなければすぐに兵とゴーレムを差し出せ」と強く命じ彼らを下がらせたのだ。
「それからすぐだ。セディ卿は王都に向けて進軍すると決め、私に共闘を求めた。‥‥私は悩んだ。王の命令には従えぬが、王に反旗を翻すはやはり民の命を危険に晒すからだ」
 考えて、考えて。
 王とホルクハンデ、双方からの催促を連日のように受けていた彼は、ある日、首都から来たと言う二人組の冒険者から面会を求められた。
「――二人組?」
 思わず聞き返した冒険者の一人に、エガルド卿は頷く。更に詳しく聞けば冒険者達が探していたリラ・レデューファンとカイン・オールラントに特徴の良く似た二人が、王城には絶えずカオスの魔物が飛来しており王と魔物の関与は疑いようがない事、証が必要ならば信頼の置ける臣の目で確認して欲しい、その警護は自分達が請け負うと強く訴えた。
 その後、実際に現地へ赴いた伯の臣下は無事に戻り、彼らが言う通りの光景を目にしたと報告。王が魔物に操られているのか否か、その確信は無くとも国の中枢に魔物が蔓延っているのならば敵は其処だ。
『戦うべき相手はウィルではなく王』
 だからこそ伯は決意した、ホルクハンデと共に王と戦う事を。そして国と戦うためには、実際に武器を持つ民にこそ真実が知らされるべきであると考え先日の演説を行い、伯の懸念通りに起きた魔物の襲来。人々はこれを現実としてその目に焼き付け、戦うべきは王であるという意識は確かに高まっている。
 話を聞きながら、しかし冒険者達が気になるのは伯の元に来たと言う二人組だ。
「恐れながら伯の臣を警護すると言った二人組は、その後どうしたのでしょう」
「私の臣を此処まで送り届けてくれたのは、一人だった。もう一人は王城の近くに潜伏し王の動向を探るためその場を離れるわけにはいかぬらしくてな。彼らは、ウィルに戦火が及ばぬよう我等が王軍と戦う事を決意するならば、我等と共に王を討つため尽力すると約束してくれた」
「‥‥勝算があるのですか」
「判らぬ」
 冒険者の問いに伯は首を振る。
「私とセディ卿の管轄にあるゴーレムでは王都が抱えているゴーレムの数には到底及ばず、あちらにカオスの魔物が付いている事も考えれば、明らかに此方が劣勢だ。‥‥しかし、だからと言って魔物に与する王の命令に従うわけにはいかぬのだ」
 伯の心情を察し、冒険者達は顔を見合わせる。
「‥‥では、その臣を送り届けたという一人は?」
 ずっと気になっていたそれを尋ねると、伯は「既に発った」と答える。
「あの演説の夜だ。急用が出来たからと‥‥やはり知り合いか?」
「やはり、ですか」
「実は、そなた達がただの傭兵志願者ではないと私に教えてくれたのは、その彼だ」
「――」
 思い掛けない話に目を瞬かせた彼らに伯は笑う。
「国境を無断で越えてきた者達だから私の元で拘束するのが良いと彼は話していたが、‥‥さて、私はどうしたら良いのかな。他にも仲間がいるはずだという話なのだが」
 くすくすと。
 意味深な表情で楽しげに言う伯に、冒険者達は――?




 ● ホルクハンデで捕獲した、その人に

 目の前で落ち込んでいたかと思いきや、此方の隙を付いては逃げようとするカイン・オールラントの首根っこを捕まえて、とりあえず洗い浚い吐けと良い顔をする冒険者。
「なんで此処にいるんだよ‥‥クロムサルタで拘束されてるはずじゃなかったのか‥‥」
 そんな事を言うから更に詰め寄られ、結局はクロムサルタでエガルド卿が話したのとほぼ同じ内容を目の前の冒険者に告白する事となってしまった彼は、首都で一人潜伏しているリラに心の奥底から詫びている。
「‥‥で、カインはどうして此処に?」
「俺は‥‥これからホルクハンデの領主に面会してみて‥‥一応、こっちの領主も魔物に侵されてないかの確認と、出来れば王が魔物と関与している事も伝えられればと思って‥‥」
 言いながら、その目が縋るように冒険者を見る。
「此処で俺と会った事は他の奴等に内緒、とか‥‥ダメか?」
「当たり前だ」
 一刀両断、有無を言わさぬ冒険者。
 いま、カインの運命は彼女が完全に握っていた。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1592 白鳥 麗華(29歳・♀・鎧騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文


「他にも何か隠してやいないだろうね?」
 凄むよりも笑んでやった方が相手には効果的と判断した物見昴(eb7871)は、それはもう泣く子も黙る笑顔でようやく捕まえたカイン・オールラントを追い詰める。
「な、ないっ、て――」
 返す彼の視線が僅かに逸れるのを知るが早いかカインの鼻先を掠めたのは小太刀。ビヨヨヨヨン‥‥と樹の幹に突き刺さって振動する凶器にカインの背筋を汗が流れた。
「私の目を見て言ってごらん?」
「‥‥っ」
「他に何を隠してる?」
 クロムサルタ領のエガルド伯に冒険者達の事を告げ口し、拘束するよう促した事。ホルクハンデ領がカオスの魔物に侵蝕されていないかどうかを確かめる為にカインが此処にいた事。リグハリオス領で仲間のリラ・レデューファンが単独でグシタ王の動向を探っている事。その他に何を隠しているのかと聞いてやればカインはしばらく躊躇った後で観念する。
「えーっとな‥‥リグの、黒鉄の三連隊って、知ってるか?」
「ああ」
 昴達とて伊達に二月もリグの国に潜伏していたわけではない。リグの国の有名人くらいは把握していた。
 アイアンゴーレム『グラシュテ』を駆ることから黒鉄騎士団と呼ばれるドワーフの精鋭達、中でもガラ・ティスホム、ドッパ・グザハリオル、ダラエ・バクドゥーエルの三人を、人々は敬意を込めて『黒鉄の三連隊』と呼ぶのだ。
 ガラは屈強な鎧騎士団の団長であり、忠誠心も頑固さも鋼並と言われる歴戦の士。そんな彼に並ぶ凄腕と名高いのが四角く刈り込んだ髭が特徴的なドッパ。ダラエは、酒豪で知られる大柄な鎧騎士だが――。
「そのダラエ・バクドゥーエルとな‥‥その‥‥酒場で話す機会があって、さ‥‥」
 この告白にはさすがの昴も目を丸くする。
「リグハリオス領内じゃ危ないってンで‥‥ほら、酔っ払いオヤジとはいえリグの国じゃ有名人だし、周りの目もあるし‥‥本人も、何つーか‥‥忠義心が先に立つと言うか、な」
「回りくどい言い方をするな」
 もちろん相手の心情は察して余りあるが、此方とて時間が無尽蔵にあるわけではない。カインもそれは判っている。
「つまり‥‥あれだ、そのダラエの使者と‥‥ホルクハンデで会う約束なんかしちゃってたりとかするわけ、だ‥‥?」
 何故に語尾が疑問系か。
 とにもかくにも、これでますますカインを一人ホルクハンデに残すわけにはいかなくなった昴は同行を命じる。もちろんカインに拒否権など無い。
 昴は相棒のコハチロウにジャパン語で書かれた手紙を託し、クロムサルタにいる仲間達へ届けさせる事にした。内容はカインと共にこの地に留まり、黒鉄の三連隊と呼ばれる三騎士の一人ダラエの使者と接触する機会を得られる旨に加え、今現在のリラの所在地も、カインが把握している限りの情報を加えて書き記す。
 こうして昴とカインの二人はホルクハンデの市街地へ。
 そして、使者との約束の場所へ。





 其処は、リグ国内リグハリオス領。
 王都ではあらゆる場所から眺める事の出来る王城は厳かに聳え立ち、空は青く樹々は深緑、領内の湖面は陽精霊の輝きに満ちていて、知らぬ者にとっては娯楽を愛する穏やかな王が治める平和な都市だろう。しかし、城に近付くにつれて大気は淀み、人々は活気に満ちているのに不気味な静けさが辺りを覆う。
 人々の『声』は聞こえるけれど、そこに精霊の息吹は皆無だからだ。


 領内の、とある湖。
 其処に浮かぶ船はリグの国王グシタ・リグハリオスがウィルから贈られた小型のゴーレムシップ。執務の合間の息抜きをしたいと言い出した王が数名の側近と共に此処を訪れたのである。
 新しい物が好きで、遊び好きで、結構な洒落者。優しく、穏やかで、争いなど決して好まぬ気性の穏やかな人物――それがリグの民が知る己の王であり、彼ら側近の知る主君、‥‥そのはずだった。
「‥‥」
 湖畔に佇み、湖面をゆっくりと進むゴーレムシップに惑いの眼差しを向ける彼女は、単調なデザインの白い衣装を身に纏い、腰には女性の細腕に似合わぬ長剣。風になびく長い銀髪が頬に掛かるのを指先で押さえる姿は物語に描かれる精霊のような美しさで、一般の人々であれば見惚れて声も出なかったことだろう。
 しかし、そんな彼女にも平然と声を掛けられる人物がいる。
 黒鉄の三連隊とも呼ばれる鎧騎士団の長ガラ・ティスホムだ。
「モニカ様」
 彼は呼ぶ。
 リグの国の正騎士にして竜騎士。
 モニカ・クレーシェル、その名を。
「春とは言え湖畔の風は冷たい。そのような格好では風邪を引くぞ」
「‥‥ガラ殿‥‥ありがとうございます」
 差し出された上着を受け取り、礼を告げると、ガラは無言で彼女の隣に並んだ。そうして、視線は湖面を進むゴーレムシップ向けられる。モニカと同じく惑いを滲ませた視線を。
「‥‥あのように戯れられる王は、紛れも無く我等の王だ」
「‥‥ええ」
「民の命を『あのように』弄ばれたとて‥‥やはり、王だ」
「ええ」
 この想いに偽りは無い。
 時は違えど王の御前で誓った忠誠心は何があろうと折れる事はない。
 ――しかし。
「ダラエが、何やら動いているようだが」
 ガラは三連隊を組む仲間であり、友でもある男の動向をモニカに話す。同時に自分の考えも正直に。
「わしはダラエを止めようとは思わぬ」
「‥‥ええ」
「奴の思いも判らぬでは無い。‥‥だが、王に反旗を翻そうと言うのなら我等の敵。戦場では容赦はせぬ」
「無論です」
 例えば彼の動きによって事態が変化し、‥‥モニカやガラの懸念が正しく、間違っているのが此方であったとしても。
 王の敵は己の敵。
 命を懸けて王を守る。
 それが正騎士の、鎧騎士団の長としての誇りだから。
「‥‥戦だ」
「‥‥ええ」
 そうして見つめる先には、ゴーレムシップの甲板で湖にパンくずを散らし、集まってくる魚達を眺めて楽しそうにしているグシタ王の笑顔があった。
 己の剣で守るべき存在はただ一人。
 リグの国王グシタ・リグハリオスだけだから――。





 クロムサルタの都、ロレルサルタ。
 領主エガルド伯に邸へ招かれ半ば軟禁状態にあった三人の冒険者、陸奥勇人(ea3329)とシルバー・ストーム(ea3651)、リール・アルシャス(eb4402)は、伯に選択を迫られて顔を見合わせるも迷ったのはほんの一瞬。
 偽りを語るつもりはない。
 既に自分達冒険者と、先に王都の異変を伝えに来た二人との関係を何かしら察しているのならば正直に語るべきだという思いは言葉に出さずとも一致していた。
「確かに単なる傭兵志願ではありません。私達は彼らの家族、仲間からの依頼で此処まで来ました」
「依頼?」
「友を追って、我々は参りました」
 勇人、リールと続く言葉を伯は黙って聞いていた。
 冒険者達の話は一年前に遡り、ユアンという名の少年の養い親がカオスの魔物によって殺された事。その原因を突き止め、仇を追う内にリグの国から魔物が飛来していると突き止めた事。
「その調査のために、リラ殿とカイン殿は二人で旅立ったのです。‥‥友である我々を巻き込まないために」
「ふむ」
「そうして突然行方不明になった二人を探して欲しいという依頼をユアンから託されるに至ったのです」
 二人が交互に語る内容に伯は難しい顔で考え込む。
 その様子を、シルバーは注意深く探る。伯の微かな変化も見逃さぬようにという心情の表れだ。
「カオスに絡み『バ』の影も見え隠れするとあれば、このまま放ってはおけません」
「『バ』だと?」
 伯が今までにないほど深い皺を眉間に刻むのを見て、勇人はかつてメイの国で起きた戦の経験を語る。
 カオスゴーレムの脅威、その残虐さ。
「‥‥なるほど、西の大陸も随分と厄介な事情を抱えているようだな‥‥」
 更に考え込む伯に、勇人は続ける。
「グシタ王とリグリーンの現状を確認されたのならば、今のリグが国として正常でないのは明白。ならばエガルド卿とセディ卿両名による信書を持ってウィルに救援を求められては如何か」
 将来的にリグが総意を以てウィルへ侵攻したと思われるよりは、その方がクロムサルタ、ホルクハンデ領にとっては良いはずだ。
 何よりも、民への被害は可能な限り抑えるため。
「ウィルの国とてリグの国が戦争を起こすと知れば見過ごすわけにはいきません」
「‥‥うむ」
 勇人の言う事は正論だろう。ウィルの国の助力を仰げれば確かに民への被害は最小限に抑えられるかもしれない。
「だが、‥‥それは無理だろう」
 伯は左右に首を振る。
 領主二人の信書で一国が動くのであれば、伯とてとうに実行している。
「国が異国に戦力を委ねると言うのは、そのように単純な話ではない。ましてや我々が起こすのは『内戦』だ。これに異国の王が力を貸す事はまず有り得ぬ」
 そう。
 グシタ王が戦争を仕掛けようと言うのがウィルの国であっても。
 クロムサルタ、ホルクハンデの両領主が戦を起こす相手は国王――国の内側で起きる戦に、他国の王が力を貸す事は原則として不可能。これを可能にするには、やはりリグの国がカオスの魔物の手中にあるという証を。
 リグがウィルを狙っているという明確な証拠が必要なのだ。
「ならば」
 伯の否定を、リールは真っ直ぐに受け止めた上で告げる。
「カオスの魔物は共通の敵。戦争を回避、被害を最小限に抑えるためにも、傭兵として、情報収集のため、首都に向かうお許しを頂けないでしょうか」
「首都へ、か」
「リグの国内を自由に移動する許可を頂けるのでしたら、‥‥少なくとも私達は、内戦回避のため全力を尽くします」
 勇人が真摯に言葉を重ねる。
 少なくともいま言葉にした部分に嘘は無い。
「竜と、精霊の御名において」
 そうして騎士道に則り礼を尽くす勇人、リール、二人に習うシルバーの姿に伯はしばしの沈黙を経て応じた。
「‥‥承知した。私の名で通行許可証を出そう」
「!」
 伯の返答に冒険者達は顔を上げる。
「ありがとうございます!」
「いや‥‥、礼を言うのは此方の方だろう」
 ありがとう、と。
 エガルド伯は顔中に皺を刻んで笑むのだった。





「‥‥私に出来る事、可能な事‥‥」
 勇人達がエガルド伯と今後の事について話し合っていたのと同じ頃、クロムサルタの都、ロレルサルタの街中で布教活動を行っていたイシュカ・エアシールド(eb3839)は胸中に親友ソード・エアシールドを想いながら自らに出来る事を考えていた。
 この布教活動は、いつ何処から単身ホルクハンデに乗り込んだ昴からの報せが届くか判らないため街中を出歩く理由が欲しかったからというのが一番の動機だったが、信仰のない人々に教えを説く事は白クレリックのイシュカにとって重要な役目であり、接する人々の言葉を聞く事は彼の覚悟を深めた。
「‥‥私に、出来る事‥‥」
 まだ青い空を仰いでイシュカが呟く頃、あの日、エガルド伯の演説を聴きに来た人々の集まりがカオスの魔物達によって襲撃された公園には、路銀稼ぎを兼ねた屋台を今日も広げている飛天龍(eb0010)とユアンの姿があった。
 もちろんこの行動も街中の様子を探るため。昴からの繋ぎをいち早く得るためであり、街中に残っている残党を警戒するという意図も。
「‥‥昴姉ちゃん、今頃、何処にいるのかな‥‥」
「心配か?」
 不安そうな声を漏らす幼子に天龍が問い掛けると、ユアンはハッとして左右に首を振る。
「ううん、心配なんてしない! 昴姉ちゃんのこと、信じてるし!」
「うむ」
 それで良いと、柔らかな髪を撫でる。小さな体で心を痛めている事を思えば、ユアンは頑張っているのだと天龍も認めているから。
(「それにしても‥‥」)
 ユアンに気付かれぬよう首から下げた『石の中の蝶』に目を落とす。あの日以来、いつカオスの魔物の襲撃があってもおかしくないと改めて認識した冒険者達は常に魔物探知のアイテムを注意深く見ているのだが、反応を示しては消え、消えては示してを不定期に繰り返すばかりで、その所在や、姿を確認する事は出来ずにいた。しかしそれは、同時に魔物が国内に蔓延っており、この領地にも頻繁に出入り――もしかすると監視下にあるという事の証でもあるはずだ。
(「‥‥何とか、先に進めれば良いのだが‥‥」)
 そうして次に視線を移した先にはエガルド伯の邸。天龍はそこに行ったままの仲間達を思った。


 その、エガルド伯の邸で。
『‥‥私は、てっきり物見さんからの繋ぎがあったのだと思ったのですが』
『そう言うなよ、こっちにも色々あるんだ』
 門の此方側、木陰に身を隠すようにして邸の内側にいるシルバーとテレパシーで言葉を交わすのは石動良哉。
『それに、エガルド伯から通行許可証が出たって話が聞けただけでも収穫だろ、細かい事は気にするな』
 それで良いのだろうかと思いつつも返答の必要が感じられずに口を閉ざせば、精神世界で良哉が失笑したのが判る。
『‥‥何か?』
『いや‥‥やっぱシルバーと居るのが一番落ち着くよ』
 思い掛けない台詞に無言で眉根を寄せれば、やはり良哉は笑う。
『なんか最近、周りが賑やか過ぎてな‥‥、って、賑やかなのが嫌いなわけじゃないぞ? それこそ昔はカインと馬鹿やって香代に怒られて、さ‥‥ただ、あれから色々有り過ぎたからな‥‥』
 どうしてそんな話を自分にするのかと思うシルバーだが、それでも相手の言葉を決して遮らない。そんな所が懐かれているのだと、果たして本人が気付く日は来るだろうか。
『‥‥そろそろ戻ります』
『おう。またな』
 また明日の定時に。その時には昴からの繋ぎが届いている事を期待しながら彼らの会話は断ち切られた。


 同時刻の宿屋。
「アルテ様、呼び出せる事は領主様にもお伝えしといた方が良いと思いますよ?」
 白鳥麗華(eb1592)の提案に、同席していたキース・ファラン(eb4324)とリィム・タイランツ(eb4856)は目を瞬かせ、寝台で横になっていた石動香代は驚いて体を起こす。長旅の疲れが出たのか、昴からの連絡待ちという状況に気が抜けたのか熱を出してしまったのだ。
「で、でも‥‥月姫様には、このリグの地の魔物の気配は毒に近いと‥‥」
「最後の手段として彼女を呼び出せば、領主様に限らず全て精霊の加護がこちらにあると納得し易い状況を仕立てられますから。問題は『知らしめる』タイミングでしょうけど」
「んー‥‥と言うより、精霊達がカオスの魔物の気配に敏感なのと同じで、魔物も精霊の気配に敏感なんじゃないのかな」
 キースが冷静にこれまでの事を思い返して呟く。
「ましてやセレネは『境界の王』に直接狙われていた精霊だからな。呼び出す事自体は反対しないけど、時期の見極めは慎重にした方が良い」
「香代さんの予知が何を意味するのかもイマイチ不明だしね」
「‥‥ごめんなさい‥‥」
 リィムが肩を竦めて口にした言葉に、香代が俯いて謝る。
「あ、責めてるわけじゃないんだよ? 未来視がそんな都合の良い術じゃないのはボクも判ってるし。ただ、エガルド伯がウィルと敵対するつもりが無いコトとかは早く伝えたいと思うし、けど月姫様呼び出すのは危険も伴うし‥‥こっちに来る前にそこのところも考えて準備して来るべきだったかもね」
 早口に告げて、今度は溜息。今更悔やんでも仕方ないから新たな方法を考えよう、と。リィムは皆を励ました。

 こうして一人一人が各々の役目を果たそうと動いて数日。
 昴からの手紙を運んで忍犬のコハチロウはクロムサルタに到着した。





「まったくカインと来たら、相変わらずの固さだな」
 エガルド伯の邸から外へ出た勇人は、前以て良哉からシルバーにテレパシーで伝えられ、シルバーから口伝で聞いた手紙の内容を実際に自分の目で見て確かめると、開口一番にそう呟いた。
「だが、すごいな」
 こちらは苦笑交じりのリール。
 色々と心配していたが彼らは無事で、先に旅立っていた分の収穫はきちんとその手にしていた。
 ホルクハンデに向かった仲間からの連絡があった、これを理由に彼らはリグハリオス領にある首都リグリーンに向けて出発する事になる。
「それにしても、あの演説の日に捕まった人達が全員、家族を人質にされていたっていうのは‥‥」
 キースが難しい顔で呟く。
 それは、あの演説の日に彼らに捕らえられ、官憲によって牢獄に入れられていた十人余りの侵入者達の事。彼らには勇人、シルバー、リールの三人が実際に面会しており、真摯に向き合おうとする彼らの態度、そして「絶対に戦争は回避しなければならない」という言葉を信じ、エガルド伯を襲おうとした事情を明かしてくれたのだ。
 王都で家族は無実の罪で捕らえられ絞首刑を言い渡された。刑執行から家族を助けるためには、エガルド伯の首を持ち帰れと命じられたという。
 また彼らはリラ、カインと共に首都へ偵察に向かったエガルド伯の臣とも対話する事が叶った。そうして、彼の見た「首都がカオスの魔物の手に堕ちた」証がカオスゴーレムである事が判明していた。
「てっきり『バ』から流れて来たと思っていたんだが‥‥」
 そう難しい顔で言う勇人は、実際に見てきた臣に自分の知るカオスゴーレムの外見を詳しく説明し、共通点があるかどうかを確認したのだが、臣の返答から考えるに、それは全くの別物だ。
 バで見たカオスゴーレムは背中に羽が生え、巨大な二本の角を生やした獣のような頭部を持つ怪物に見える機体が主だったが、エガルド伯の臣が見たカオスゴーレムは全身を鎧に包んだ騎士の姿をしていたというのである。
 つまり、新たなカオスゴーレムがリグの国にはあると言う事だ。
「リグの国にいるカオスの魔物というのは、何物だ?」
「話を聞く限り、その残虐非道っぷりは『境界の王』って呼ばれていた魔物に引けを取らないよね」
 天龍、リィムの言葉。
 その答えを、彼らはリグリーンに求めに行く。
「‥‥道中、気をつけて」
 旅立つ彼らを見送るのは香代。彼女はつい先日に熱を出したばかりだという体調と、出来る事ならユアンも首都には連れて行きたくないという事情からクロムサルタに残る事に決めたのだ。そんな二人には警護を兼ねたリィムが付き添い、昴に続き、彼女達三人が別行動を取る事になる。
「り、リィム‥‥その‥‥二人のこと、頼むな」
 良哉に頭を下げられたリィムは「任せて」と笑む。
「良哉くんの大事な人達だもん、ばっちり守るからね」
「ぁ、ああ‥‥」
 気恥ずかしそうに頭を掻く彼に彼女は笑い。
「しばらく会えなくなるのは淋しいけど、体が大事だから。無理するなよ?」
 キースの素直な言葉に香代は頬を染め、けれど、また怒らせるかなという彼の懸念は今日ばかりは実現しなかった。
「‥‥ぁぇなくなるのは‥‥淋しいけれど‥‥」
 香代は精一杯の勇気を振り絞って正直に告げる。
「‥‥首都は、此処よりもずっと危険だもの‥‥どうか、気を付けて‥‥」
 思い掛けず聞けた言葉にキースも微笑む。
「必ず帰るよ」
 そう、約束した。
「発つか」
 彼らを見送りに邸の外へ姿を現したエガルド伯に、真っ先に礼を述べたのはリールだ。移動の馬を貸与され、加えて、クロムサルタに残る三人は伯の邸に滞在する事が決まっていた。
 クロムサルタは今でこそ一領地でしかないが、リグハリオス家がリグという国家の玉座を奪取する以前はれっきとした分国であり、王都程ではないにしろ、この領地にもゴーレム工房は存在する。普段は王から貸与されている機体の整備が工房の役割であったが、今の状況下ではそうも言っていられない。
 新たな機体の開発までは無理でも、王から貸与されている機体も含めクロムサルタ内での戦力増強は必須。リィムには此方で活躍して貰いたいと言うのがエガルド伯の考えであり、グライダーやチャリオットも事情によっては使用許可を出すと言う話で纏まったのだ。
「仲間を助けるために力を貸して頂けるならばボクもあなたに最大限の恩返しをします」
 リィムの誓約を伯は信じる。
 後に頑固なドワーフの騎士達と訓練を共にするリィムが相当苦労する事になるのだが、それはまだ先の話。今はただ、旅立つ冒険者達の無事を祈る。


「行くか」
 勇人の声に、シルバー、天龍、麗華、イシュカ、キース、リール、そして良哉が続く。こうして、八人が首都を目指して歩を進め始めた――。





 八人の冒険者達が首都に向かってから数日。こちらは二人でホルクハンデ領内に潜伏していた昴とカインは何とか以前の関係に戻っていた。もはや隠し事のなくなってしまったカインには、良い笑顔で凄む必要がなくなったのである。
「‥‥此処にも魔物の気配はないね」
 カインが所持していた『石の中の蝶』を注意深く探りながら首都の酒場や市場を見て回る。たまにそれが反応を示すことはあったが、リグ国内の事情を鑑みればこの地とて魔物の監視下にあってもおかしくはない、その程度の些細な反応だ。出来ればホルクハンデの領主セディ・R・ホルクハンデとも直接面会し、魔物に操られていたりしないかなどを確認したいところだが、昴とカイン、この二人で領主に面会を求めるには事情は充分だが相手に理解してもらうための理由が乏しく、断念せざるを得なかった。それでも、戦の準備に緊張感が高まるこの土地は、まだ人の土地だと感じられる。
 街が魔物の手に堕ちてはいないという確信は得られた。
 そうして過ごす数日間、いよいよ三連隊の一人、ダラエ・バクドゥーエルの代理人と会う約束になっていた日の午後、昴の元に仲間の元まで走らせた忍犬のコハチロウが帰って来た。
 その背には一足のセブンリーグブーツを持ち、仲間からの返信も。
 ブーツはイシュカの気遣いで、素早い移動が可能な昴と行動を共にするにはカインにも移動の手助けになるアイテムは必要だろうと考えてくれたらしい。
 更には首都に向かう彼らとは別れ、クロムサルタに残る仲間がいる事や、捕らえられている侵入者達がエガルド伯を襲った事情、伯の臣が首都で見たものの詳細などがジャパン語で綴られており、情報の共有は果たされた。
「おまえスゴイな、ちゃんとお使い出来るんだな」
 カインが感心してコハチロウの頭を撫でているのを見て、そういえばと昴は口を切る。
「カインやリラは、セレへの報告をどうするつもりだったんだい?」
「え? ぁあ‥‥リラが、アベル卿から一羽の隼を預かっているんだ。もちろん特殊な訓練を受けた、な」
 この隼に手紙を託し届けさせる、ただ一度切りしか使えない方法だ。
「現状、セレにはリグに対して何か出来る理由が皆無だからな。その理由を得た時点で飛ばす事になってるよ」
 しかしながらその確証が得られない。
 内戦の動き、王の民に対する非道な振る舞いは幾らでも聞く事が出来るけれど、リグの国がウィルに攻め入ろうとしているという証拠は全くと言って良いほど掴めないから、一度きりの連絡方法も使えずにいるという。
「リラとも話していたんだけどさ、クロムサルタかホルクハンデの傭兵として雇われた冒険者なら国境の関係無く内戦にも手を貸せる、ウィルに戦火が及ぶ前に内戦で終わらせるのを目的にして動いた方が確実なんじゃないかって」
 しかしそれには人手が足りない。
 たった二人の冒険者が計画したとて、その通りに事が運ぶ確率などゼロに等しく、結局は一般の人々に災いが及ぶのだ。
「正直、俺達も行き詰ってる」
 誰も死なせたくないと思えば思うほどに選択肢は消え、希望は潰え、嫌な未来ばかりが想像されてしまう。
「私達を置いて二人だけで行くからだよ」
「え?」
「仲間に頼らないから、ろくな考えが浮かばないんだろ」
「――」
 痛烈な一言に声を詰まらせたカインを見て、昴は軽く肩を竦めた。
「今日の一件が済んだら、首都にしろクロムサルタにしろ移動して合流だね。皆、カインを一発で良いからって殴りたがっていたし」
「えっ」
 思わず一歩後退したカイン。
 此処は何が何でも逃げるべきかと一瞬考えるが、昴から逃れる術など彼にあるはずがなく。


 夜、二人が揃って会う事の出来たダラエからの使者は、夜闇にも判別出来るほど青白い顔で語った。
 自分も直接見たわけではない、しかしダラエは見た。
 深夜の王城から飛翔する黒い影。
 頭上に二本の長い角を持ち巨大な鎌を携えたその姿は魔物に違いなかったと――。





 王都を目指す冒険者一行は今後の事も考えて改めて情報を整理、王都のゴーレム工房は城の近くにあるというエガルド伯からの新たな情報も加えてどこから調査に入るべきか話し合った。
「リラとの合流も大事だけど、リグハリオスが本当にカオスの手に堕ちているのを実際に確認しないと、だろうしね」
 キースが言う通り、道中の様子も注意深く観察しながら進めば首都に近付くにつれて無人の村が増えている事に気付く。
 途中、三日程の間に通った七つの村は正に廃村。赤茶けた砂埃が舞い、これから春を迎えようという気配など皆無の不気味な静けさに包まれていた。
 しかし、ある地点を境に再び人々の活気が伝わるようになる。
 募るばかりの不安を打ち消そうと必死に明るく振舞っているのか、それとも不安や恐怖が臨界点を達し、既に壊れ始めているのか。
 国王や正騎士モニカ・クレーシェルの噂話や、此方に向かっているかもしれないリラの情報などを得ようと人々に声を掛けてみるが、冒険者達が余所者だと判れば怯えた表情で逃げてしまう。
「これでは話を聞くどころではないな‥‥」
 リールが困ったように呟く傍では、天龍が首から下げていた『石の中の蝶』をバックパックに押し込んでいる。
「どうした?」
 勇人の問い掛けに彼は渋い顔。
「先ほどから翅が動きっ放しでな‥‥視界に入ると鬱陶しいんだ」
「それはまた‥‥」
 仲間の返答に勇人は苦笑する。カオスの魔物が近くにいる点については注意すべきだが、それだけ領内に魔物が蔓延っているという事実には呆れるを通り越して笑うしかない。
「‥‥あの‥‥何か、酷い臭いがしませんか‥‥?」
 イシュカが青白い顔で言うと、麗華やシルバーも周囲を探る。
「確かに酷い臭いがしますね‥‥あちらでしょうか」
 麗華の先導で冒険者達は気配を消しつつ臭いのする方向へと歩を進めた。道は森の中、その途中で勇人の表情が変わる。
「これは‥‥死臭だ‥‥」
 彼が察する頃には、他の面々も悟った。多くの戦場を経ていながらすぐに気付かなかったのは、それがただの死臭だけではなかったからだ。
 無意識に先を行く歩調が崩れる。
 近付きたくない、そんな本能の声が聞こえる。
 そうして森を抜け、木々の向こうに反射する光りを見た。湖だ。その湖面に光りが反射し、暗い森を抜けてきた冒険者達は一瞬だが目が眩む。そうして間を置き、見た光景。
「‥‥っ!!」
 出掛けた悲鳴をイシュカは咄嗟に飲み込み、彼を気遣ったキースに背に庇われた。
 リールは言葉もなく目を逸らし、麗華は厳しい眼差しで先を見据える。
「っ‥‥」
「‥‥なんて事だ‥‥」
 思わず声を漏らしたのは良哉。その眼前に広がる景色は、あまりにも惨い。
 湖畔に設けられた竿のような木材に、幾つもの物体が吊り下がっていたのだ、‥‥いや物体ではなく、もとは人の体なのだろうが‥‥、もはやそうとしか呼べない。
 首を吊られた彼らにどのような咎があったのだろうか。
 屍をこのように晒され、放置される理由があるのだろうか。
「‥‥まさか、クロムサルタで捕らえられている彼らの身内の方々ではないだろうな‥‥」
 信じたくない思いでリールが呟くが、それを否定出来る者はいない。
 ましてや、その声に。

「誰かいるのか」

「!!」
 突然の声に冒険者達は身を隠す。
 息を殺し、気配を消し、声の主が誰かを見極めようと目を凝らす。
 近付く足音。
 歩調に合わせて聞こえる物音は腰に帯びた武器だろうか。一般人ではない、かと言って合流を願ってきたリラのものでもない。
「‥‥っ」
 緊張の一瞬。
 知れた姿。
「――」
 モニカ・クレーシェル。
 それが、わずか数メートル先に現れた騎士の名だった。