【黙示録】混沌の楔 6

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 30 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月05日〜05月20日

リプレイ公開日:2009年05月14日

●オープニング

 ● 接触

「誰かいるのか」
 その声に急ぎ身を隠したのは冒険者達だけではなかった。彼らから少し離れた茂みで体を伏せたのはリラ・レデューファン。無実の罪で囚われながら、クロムサルタの領主襲撃に失敗した者達の罪を代わりに償えと絞首刑を執行された人々。その骸が無惨に晒されたままと聞いたリラは、せめてもの弔いをと一輪の花を手に潜んでいたのである。
 だが、声の主モニカ・クレーシェルの足音が自分から離れていくのを察して様子を伺っていた彼は、その先に見えた姿に目を見開いた。モニカとは異なる角度から見る彼だから気付いたのだ、ウィルにいるはずの彼らが其処に隠れている事を。
(「‥‥っ」)
 どうする。
 彼らが動くならば余計な手出しはしない、しかし行動に迷うようならば自分が囮になって彼らを逃がす。
 そのつもりで臨戦態勢を取った。
「‥‥出て来い、其処にいるのだろう?」
 モニカの手が剣の柄に掛かる。
 足音が止まる。
 この状況下で、冒険者達の選択は――。




 ● 死淵の王

 リグの国の王都を兼ねた首都リグリーン。街の何処にいても眺める事が出来るほどに荘厳と聳え立つ王城の一室では、いま国王グシタ・リグハリオスが子供のような笑顔で新たな愉悦に浸っていた。
「素晴らしい、これで私もそなたのように変身が出来るのか?」
「ああ、そうだ‥‥おまえはまた一つ、我等に近付いたのだよ‥‥」
 クックッ‥‥と喉を震わせながら低い声で応じるのは、巨大な鎌を抱えたカオスの魔物。黒いローブに身を包み、頭上の長い角は二本。フードの下に隠れた表情を見る事は叶わなかったが口元に不気味な笑みを湛えている事は明らかだった。
「‥‥おまえのおかげで、私のリストには新たな死者の名が並ぶ‥‥増える、増える‥‥今日も、明日も、この世界には死者が溢れ、私のリストには恐怖と絶望が渦を巻く‥‥」
「恐怖と絶望か‥‥」
 復唱するグシタ王の瞳は輝いていた。
「そうだ‥‥恐怖、絶望と共に地獄に堕ちる人々は未来永劫業火の中で苦しみ続ける‥‥助けてくれ、助けてくれと必死に伸ばす手すら灼熱の炎に焼かれ‥‥終わらぬ痛みと苦しみに巻かれ‥‥いつか壊れゆく己すら知る事も出来ずに‥‥クックックッ‥‥」
「それを‥‥! それを私が支配出来るのだな‥‥!」
「そう‥‥地獄に堕ちる者達はおまえの玩具‥‥飽きるまで愉しむが良い‥‥私のリストに死者の名が増えるたび、おまえはこの世界の覇者へと近付くだろう‥‥」
「私が、世界の覇者か‥‥!」
 陶酔するように両腕を広げて「世界の覇者」と繰り返す王は、齢三十七とは思えぬ満面の笑み。そこには純粋な楽しさが満ち、言うなれば彼は無邪気だった。
「素晴らしい‥‥! そなたが来てからというもの、刺激的な毎日で飽きる事がない! 何もかもが目新しく興味深い! 王とはかくも楽しいものだったのだな!」
「王ゆえの愉しみよ‥‥」
 魔物は笑う。
 嘯く。
 国力の貧弱だった国を林業国として繁栄させた先々代。
 戦に明け暮れ国の実権を握るも、隣国エ・ラオの国との戦に敗れて兵を引いた先代。その座を引き継いだグシタ王には、兵を動かす事の無い平穏な日々を国の人々に送らせることしか許されはしなかった。
 起伏の無い単調な時間を、王は、とうに飽いていたのだ。
「『死淵の王』! そなたが来てくれて私は嬉しかった、同じ王ゆえに私の気持ちを理解してくれた」
「そうだ‥‥これは王でなければ判らぬ苦痛‥‥王の苦痛は民の苦痛‥‥それを和らげるは民の義務だ‥‥」
 だから遊べと魔物は告げる。
 愉悦を満たせと誘う。
「玩具は多い方が楽しかろう‥‥この大陸全ての民をそなたが手に入れれば良い‥‥」
 そうして一人、また一人とリストに名が増えれば地獄に堕ちる魂も増す、地獄が賑わえば魔物の力も増す。近い将来、大陸からは人間が失せ、魔物が跋扈する心地良い世界へと変貌するだろう。
「‥‥来るべき未来は決して飽きる事のない愉悦の国‥‥そなたは愉悦の国の王となる‥‥」
「愉悦の国の‥‥ははっ‥‥あはははははは!!」
 グシタ王は笑った。

 それぞ天命だと、笑った。
『死淵の王』、それがリグの国を侵した魔物の名――。




 ● リグの臣

「『死淵の王』‥‥?」
 ホルクハンデ領内、カイン・オールラントの要請を受けて主の代理人として此処に来ていた臣は震える声でカインと、同席する冒険者に語る。
「はい‥‥ダラエ様は、グシタ王がそのような名前の主を信望しているようだと申しておりました」
 正確にそれが何者なのか知る術はない。
 だが、死者を国に溢れさせろなどという狂った命令を下すよう王を唆す存在がまともな物だとは思えない。
「ダラエ様はもちろん、騎士団長のガラ様、ドッパ様、竜騎士モニカ様も王に考え直して頂けるよう幾度と無く奏上されました。ですが‥‥」
 結果は今のリグだ。
 彼らの言葉は主に届かない。
「‥‥止められないのか」
「‥‥もう‥‥、無理なのです‥‥っ」
 王を止めようとした、けれど止められなかった。
 結果として彼らは一つの村を攻め落とし全滅させ、死者を出し、その骸を晒した。
 王は狂喜し、騎士達を褒め讃えて褒美を取らせ、次なる村を滅ぼせと命じた。断れば身内が暮らす村が標的にされた。死に行く人々の苦悶も、剣を振るう騎士達の苦痛も、全てが王を喜ばせた。
「それでどうして王を討とうとは思わないんだ」
 冒険者の当然の疑問に、しかし騎士は左右に首を振る。
「王がどのように変わられたとて、我等の剣を捧げた王である事に変わりはありません」
 この命在る限り尽くすと、忠誠を誓ったただ一人の王なのだ。
「もしも貴方達が王を討つと言うならば‥‥我々リグの騎士は貴方達を討ちます」
 竜騎士も、黒鉄の三連隊も、リグの騎士全てが冒険者達の敵となる。
 手を取り合う事は決してない。
「‥‥だったら、どうして今、こうして俺達に王の話をしてくれたんだ」
 カインの問い掛けには、しばらく黙った後でゆっくりと首を振る。
「‥‥判りません‥‥ですが、王の御身を御守りする気持ちに偽りは無くとも、国が狂っている事はもはや偽りようがありません‥‥貴方達に力を貸す事は出来ない‥‥けれど‥‥、それでも‥‥」
 巧い言葉が見つからずに黙ってしまう彼は、己の、そしてダラエ達、皆の行動に矛盾がある事も承知していた。
 判っていて、それでも裏切れぬ忠誠がある。
 それ故のリグの騎士なのだ。
「‥‥願わくば、貴方達と戦場で会わぬ事を‥‥」
 力ない祈りの言葉を最後に騎士と別れた二人は、後味の悪い思いを抱えたまま互いに顔を見合わせた。
「ホルクハンデでの用事は、これで終わりだが‥‥」

 ならば、次の手は。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1592 白鳥 麗華(29歳・♀・鎧騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文


 リグ国内、クロムサルタの空に舞う巨大ゴーレム。
 勢いの有る動きを見せる機体の背には大きな二枚の翼――イーグルドラグーンと呼ばれる、リグで開発された陽属性のスモールドラグーンだ。
 敵はいない。
 しかし、その利き手に握った巨大な槍を頭上で回転させ、振り下ろし、大気を斬り裂く勢いで滑空する姿は戦地で躍動しているかの如く。
「まずは手慣らし」と搭乗者は笑っていたけれど操縦センスは天性のものなのだろう。見事に乗りこなす手腕は、地上で見物していたユアンや石動香代が開いた口を塞ぐのも忘れて見入った程だ。
「‥‥見事だな」
 大きく頷き言うのはクロムサルタの領主エガルド。
「私の部下達とてゴーレム操縦の腕は一流の猛者揃いだが、この国特製のゴーレムをあのように乗りこなされては立つ瀬がないわ」
 くっくっと喉を鳴らしながら言う伯は、その言葉に反して実に楽しそうだった。それも、自分も負けていられないと目の色を変える部下達が居てこそ。しばらくして地上に降り立ったドラグーンから降りて来た搭乗者リィム・タイランツ(eb4856)が「ドラグーンってやっぱりすごいよ!」と些か興奮した様子で姿を現すと、自分も負けてはいられないと各自の訓練を勢いよく再開する騎士達。
 目指すは竜騎士。
 ドラグーン搭乗を許可されるだけの実力を己のものにすることだ。
「? どうしたの、彼ら」
「なに、闘争心を煽られただけのことだ」
 伯が答え、今度は問う。
「どうだったかな、我が国が開発したドラグーンは」
「ああ、うん。すごい! 動きとか半端じゃないし、腕の振りなんて軽いのに重い。バガンや‥‥下手したらキャペルスだって一撃で半壊するかも」
「そうか」
「‥‥こんな機体が、王都にはどれだけあるの?」
「さて‥‥私が知るのは此処にあるのも含めて三機だったが、今はどうかな」
 そう易々と増産出来る機体ではないが、王都の人員や財力は一領地とは比べ物にならない。人の命を命とも思わぬ者が命じれば想像を超える戦力が自分達を迎え撃つ事は充分に考えられた。
「その他にもバガンやグラシュテ、キャペルス‥‥」
「黒鉄の三連隊が搭乗する改造型のグラシュテが三機。モニカ様が搭乗されるコロナドラグーン、そして――」
「カオスゴーレム‥‥」
「‥‥うむ」
 低い応えにリィムは大仰な溜息を吐いて肩を竦める。
「クロムサルタとホルクハンデが所有しているゴーレムを全部集めても、圧倒的に戦力不足だよー」
 ゴーレムの数も、人員も、恐らく王都の半数に届くかどうかと言う処だ。
「せめてチャリオットの操主は重装備にしておくとか、考えないと‥‥」
「無論。考えられる手は全て打つ。各機体の補強も進めているところだ」
 王都ほどではないにしろ、リグハリオス家が実権を握る以前にはクロムサルタもホルクハンデも一分国だった。領内にはその権威にふさわしいゴーレム工房を持っている。
 しかし、それでも。
「今のままで勝てる相手ではない」
「‥‥判っていても内戦を起こすんだね」
「もう‥‥後戻りは出来ぬよ」
 言い、瞳を伏せた彼の沈黙に。
「‥‥?」
 リィムは奇妙な違和感を覚え、それに気付いたのか伯はふと思い出したように新たな名前を出した。
「もう一つ貴重な戦力と言えば、あまり表には出ないが、黒騎士と呼ばれるフェリオールが駆るサンドラグーンはあれと同じ我が国開発の陽属製のミドルドラグーンだ」
「! それって敵? 味方?」
「味方‥‥と言えるはずだ。ホルクハンデ、セディ卿の息子だからな」





 処は変わりホルクハンデ領内。
 カイン・オールラントを捕獲中の物見昴(eb7871)は開戦を阻止すべく自分がどう動くかを考えていた。
 黒鉄の三連隊と呼ばれる騎士の一人ダラエ・バクドゥーエルの使いとしてホルクハンデに現れた騎士から話を聞いて以降、ずっと考えている。
 剣を捧げた相手に剣を突きつけるのは躊躇われるのだろうリグの騎士達は『王を討つ』事に協力は出来ないと言う。王を討とうという冒険者達を、命を賭してでも阻止すると断言した。
 ならば『王を裏で操る者を討つ』と言い換えたら、どうなのだろう。
 もちろん実際にやる事は変わらない。言葉遊びと言われればそれまでだが、しかし、少なくともホルクハンデは王との不仲ゆえに戦を起こすと認識されるよりあらゆる面で有利になるはず。
「君側の奸を討つってのは古今東西で使われそうな名文だが、この大義を掲げられれば『王に対する叛逆』という理由で兵を集めている今よりも、格段に人を集め易くなると思わないか?」
 昴の問いかけに、カインは難しい顔をして見せる。
「どうかな‥‥王が狂った時点で、騎士達は王を守れなかったのと同じだからな」
 王の現状を正しく知る者がどれだけ居るのか、彼女達に知る術はない。ただ、その王に対して謀反を起こしたという話は未だ聞かれず、内戦を起こそうとしているホルクハンデ・クロムサルタが着々と開戦の準備を進めている現状には首を捻らずにはいられない。
「‥‥リラが、ずっと「妙だ」って言ってたんだけどさ」
「妙?」
「ああ‥‥俺達は皆より一月以上も前からリグに潜伏していたからさ‥‥その間に王の命令で起きた残酷な場面にも何回も出くわした‥‥それに従っている騎士達は、操られているとか、そんな雰囲気じゃなかったんだ。正気だった。‥‥正気で、あんな苦しそうな顔しながら、大勢の民の命を奪っていった‥‥いくら王に忠誠を誓ってたって、あんな真似を何の躊躇もなく出来るわけがないんだ」
 これまで、リグは平和な国だった。
 兵を挙げる事も無く、争いを起こす事もなく、数多の人々が穏やかに暮らす国だったはずで、そんな国を治める王に忠誠を誓っていた騎士達が、このような異変を己の身で実感しながらも言いなりになっていると言うのが、おかし過ぎる話だ。
「リラは言ってた、とんでもない魔物が王を唆したのかもしれないって」
「‥‥『死淵の王』かい?」
 先日の騎士から聞いた名を、昴は口にする。
「そいつがどんな魔物かなんて、まだ全然判らないが‥‥もしもそいつのせいで民を殺さざるを得なかったんだとしたら、何か‥‥引っ掛かるんだ」
 更には騎士達が滅ぼした村から、その騎士達が民を逃がしている姿も何度か目撃している事をカインは明かした。魔物の追手が掛かるのは明らかだと、こちらを追跡したリラ達は、騎士達が民を守る姿もはっきりと見ているのだ。
「その騎士達がいなくなってさ、怪我人がいる事に気付いたリラが薬持って近付いて、話を聞いたら、その人達はセレに行くんだって答えた」
「セレへ?」
「セレには精霊の加護があるから、って。白い翼を持つ癒しの精霊と、この世界と天界を繋ぐ道を開く事の出来る月の精霊‥‥」
 レヴィシュナとセレネ、二人の事だと昴にはすぐに判った。
 陸続きの隣国ならば、その噂が流れたとて何ら不思議はない。
「で、さっきまで一緒にいた騎士達は誰だって聞いたら、‥‥騎士なんか一緒にいなかったと答えた」
「――」
 昴が目を丸くすると、カインは息を吐いて肩を落とす。
「訳が判らないんだ。こっちも正体を隠しているし、相手の信頼を得たいなんて虫の良い事は言えないんだけどさ‥‥上の連中は勿論のこと、そうやって接する普通の村の人達にも何か隠し事をされている。‥‥リグの騎士達が何を考えているのか、俺にもリラにもまったく見えて来ない」
 ただ、リラは言った。
 友を失ったとき、自分は生きる意味を失くした。それが魔物の策略だったと知った時には己の無力を怨み、救える者を救えたなら自分の命などいつ消えても構わないとさえ思っていた、と。
『友情』と『忠誠』は違う。
 しかし、あの時に自分が抱いた哀しみや怒りが、少しでも現在のリグの騎士達と通じるものがあるのなら、‥‥迎える最後は何処に行きつくか。
「俺もリラも、それが知りたいんだ」
 二人が使えるセレへの連絡手段は一度きり。
 それは『真実』でなければならない。
「戦力は圧倒的に王都側が上だ。今のままで内戦なんか起こしたってホルクハンデ、クロムサルタ側に勝利なんて絶対にない」
 それでも戦を起こし。
 民は王に殺され、または難民としてセレに流れ、リグの国からは人が消える。
 それが判っていてなお、リグが向かおうとしている未来は――。





 時は前後し、リグの首都リグリーン。
 あまりにも突然に、国の要人が一人モニカ・クレーシェルとの接触の機を得た冒険者達はそれぞれに木陰に身を隠し、息を殺す。
「‥‥間違いない、モニカだ」
 この中、唯一直接の面識を持つキース・ファラン(eb4324)が小声で断言したなら否が応にも緊張感は高まった。
(「いきなりモニカの登場かよっ」)
 背筋に嫌な汗をかきながら内心に言い放つ陸奥勇人(ea3329)は、しかし相手の動きを読む事を怠りはしない。
(「寄ってくるのは一人‥‥」)
 足音を耳で聞き分け、葉の間から伺う光景で確信を得。
(「‥‥って、あれはリラか?」)
 不意に視界に泳いだ長い金髪。あちらも隠れているらしく顔をはっきりと見る事は叶わず、確証を得るには至らないが、この状況下で隠れているというだけでも、それがリラ・レデューファンである可能性は充分にある。
 視線を動かし、見遣った先にはリール・アルシャス(eb4402)。
(「リラ殿‥‥っ」)
 彼女も気付いたのか、その視線が一点から逸らされる事はなかった。
 その間にも足音は近付く。
「‥‥出て来い、其処にいるのだろう?」
 剣の柄に手が掛かる、それを聴覚で捉え息を詰めたのは白鳥麗華(eb1592)だ。何せ頭部に装備したラビットバンドは折り畳み不可。茂みの上からでも相手の目に触れている可能性は十二分にあり、モニカの台詞も何故かウサ耳が見えているぞと聞こえて来るから不思議だ。いや、実際には見えていなかったのだけれど。
(「どどどどどうしよう‥‥っ」)
 ここはウサギの鳴き真似で危険回避しようかと考えるも。
「う、うー‥‥えーと、すいません〜兎ってナンテ鳴くんでしたっけ?」
「はい‥‥?」
 聞かれたイシュカ・エアシールド(eb3839)が哀れである。
 一方、この遣り取りを全く意に介さず警戒を続けていたシルバー・ストーム(ea3651)と飛天龍(eb0010)もまた、勇人に肩を叩かれ、指先で示された方向を見遣り、リラの存在を確認した。
 リグの中枢にいる人物と、ずっと捜し求めていた友がこんなにも近くにいる。ならば退くわけにはいかない、それが全員一致の意見。
「イシュカ、行けるか」
「は、はい‥‥っ」
 天龍に声を掛けられたイシュカは、ローブの前をきつく重ね合わせて立ち上がった。
「‥‥あ、あの‥‥初めまして‥‥」
「――」
 そうして深々と一礼する彼がクレリックだと気付いたのか、モニカは柄に置いた手を離し掛けたが、その後に天龍とリール、麗華が姿を現すと警戒心はそのままに四人の姿を見据えた。
「何者だ」
 低く問い掛けて来る彼女へ「すいません、すいません」と平謝りの麗華を宥め、リールが後を引き継ぐ。
「こちらで傭兵募集の話を聞いたので状況を伺いに来たところ、道の途中で異臭がしたので、何があるのかと思ったのですが、‥‥この者達は何か罪を犯してこのように?」
「罪を犯したとて‥‥屍を晒されて放置されたままなんて、あんまりです‥‥出来れば、弔わせて頂きたいのですが‥‥」
 訴えるイシュカに、モニカは目を細めた。
「‥‥おまえも、この国の傭兵になりに来たのか」
「っ、い、いえ‥‥私は‥‥友と旅をしつつ布教活動を行なっていまして‥‥」
「傭兵志願者と同行し布教活動を行なうクレリックか」
 言う彼女の語調はどこか呆れたような響きを伴い、何故か柄の手を引いた。
「此処はおまえ達が来るような場所ではないだろう。早々に立ち去れ、冒険者」
「っ」
 見抜かれた事に驚き、このような事態に慣れぬイシュカが動揺を見せそうになると、すかさず前に出たのは麗華だ。
「はい、うちはろくでもないから止めておけという主旨はよく判りました」
 言う彼女に、モニカの眉間に深い皺が刻まれた事を本人は気付いただろうか。その発言で殺されなかったのは運が良かったからだ。
「では最後に質問を。これ、色々情報を集めたんですけどはっきりしなくて‥‥貴女は国王陛下に対して恋愛感情をお持ちでしょうか?」
 一瞬の、沈黙。
「くだらない」
 その一言で完全否定した彼女は、もはや冒険者達と話す気はないと言いたげに踵を返す、――だが。
「モニカ・クレーシェル」
 立ち去ろうとする彼女を呼び止めたのは天龍。フルネームで呼ばれた彼女は美しい銀髪を波打たせながら、怪訝な顔付きで振り返った。
「‥‥まだ、この私に何かあるのか」
 自分が誰かを知りながらも立ち去らないのか、と。
 暗にそう告げる彼女へ、天龍は問いを重ねた。
「この惨状は一体どういう事だ。王や騎士が守るべき民に何故このような真似をする」
 落ち着いた声音での問い掛けに、しかしモニカは黙って相手を見据えるのみ。口を利くつもりはないようだった。そんな相手の態度を察しつつも天龍はバックパックに仕舞いこんでいた『石の中の蝶』を見せる。
「この辺りに来てからこれが反応しっぱなしなんだが、要するに王が変わってしまったのはカオスの魔物が関っているのだろう?」
 唐突に核心を突いた天龍にも、彼女の表情は変わらない。
 だから続ける。
「俺達は確かにウィルの冒険者だ」
 明かしたのは彼女から自分達への敵意がまるで感じられないからであり、真実の片鱗でもいい、彼女の口から語って欲しいと考えてのこと。
「この国の王にカオスの魔物が関っているというのなら、俺達が倒す。これ以上、奴等に弄ばれる者を増やすわけにはいかないからな」
 決して目を逸らす事無く言い切った彼を見て、モニカは息を吐いた。
「世迷言ならば余所で言え。此処でそのような事を口走れば死期を早めるだけだ」
「おまえが剣を抜かないのにか」
「‥‥抜かせたいのか」
 低く切り返すモニカと、集中力を高めて行く天龍。
 その遣り取りに空気が張り詰めるのを感じながら、とうとう立ち上がったのは勇人だ。天龍がこれだけ挑発しても実際には剣を抜かない、その態度がある種の信頼を冒険者達に抱かせた。
「少し落ち着こうぜ、別嬪さん」
 陽気を装って声を掛ける、そんな彼も無言で見据えるだけのモニカ。その態度が自然過ぎて、逆に不自然に映る。
「あんたもカオスの存在はとうに承知していると見える。そのカオスが我が物顔で、民にはこの仕打ち。敢えて聞くがやらせているのは誰だ」
「おまえ達には関係のない事だろう」
「そういうわけにはいかない」
 取り付く島もない態度のモニカに、しかし冒険者達は退かなかった。
「既に仲間が巻き込まれている。この国の人々は難民となって隣国に流れ、いつ内戦が起きてもおかしくない状態だ。私達はこの国に来てまだ日は浅いけれど、関った人は少なくない。彼らを戦争の被害者にはしたくない」
 リールが言い募り、イシュカも。
「事情は判らずとも‥‥話を聞く事は出来ます‥‥それに、貴女は、どうして此処に居るのですか」
 その理由が、もしもイシュカの想像する通りであれば。
 いま自分達を前にして剣を抜かない彼女の行動理由であれば、それは。
「貴女も‥‥彼らを弔いに来たのでは、ないのですか‥‥?」
 返答は、沈黙。
「間違っていると思うのなら正す為に行動するべきではないか?」
 天龍は言う。
 決して目を逸らす事無く。
「自分の心をいつまで騙し続けるつもりだ」
 僅かに。
 ‥‥ほんの僅かに、揺らいだ瞳。
 だから勇人は。
「忠誠ってのは盲目に従う事に非ず。心底仕える主が正道を外したのを見過ごすってのはねぇ。見て見ぬ振り、諦めは見捨てたと同義だ」
「! 見捨てなど‥‥っ、‥‥っ」
 その一瞬の激情を冒険者達は真実と取り、モニカはすぐに己を律し息を吐く。
「‥‥繰り返す。この国の行く末は、おまえ達には関係のないこと。今すぐにこの国を去れ」
「本当に助けが必要なら手を貸すが、どうする?」
「要らない」
 言い切った女騎士は眼光鋭く冒険者達を見据えた。
「おまえ達に出来る事など何一つ有りはしない。ウィルに戻り、‥‥おまえ達自身の国を守るために生きろ。我が王の目的がウィルの制圧だと、おまえ達も既に知っているのではないのか」
「それをおまえが言うのか」
 天龍は言う。
 眼前に吊るされた人々の骸に。
「守るべき民にこのような姿を晒させているおまえは、自分の国のためにどう生きるつもりだ」
「‥‥今のままなら皆で地獄へ心中だ。それで良いのか?」
 答えないモニカに、更なる言葉を投げ掛けた勇人。
 答えるまでは去らせないと、声に出さずとも空気で彼らの気持ちは伝わったのだろうか。モニカは口を切る。
 謎掛けのような言葉で、伝わるも否も構わぬと言いたげに。
「百が無理でもゼロにはしない。‥‥私は、リグの騎士だ」
 それきり、銀の髪をなびかせて颯爽と去り行く背に。
「待ってください」と更に呼び止めた麗華は彼女にテレパシーリングを投げ渡そうとしたが。
「あ」
「二度と近付くな」
 その言葉を嫌悪の視線と共に吐き捨てたのが最後。リングは一瞬にして抜かれた剣に破壊されていた。
 見えなくなる背を、冒険者達は深い吐息と共に見送りながら、我知らず強張っていた身体が呼吸と共にほぐれるのを感じる。
「‥‥すごい威圧感だったな」
 リールの呟きに溜息をついたのは最後まで隠れていた石動良哉。
「‥‥麗華、いくら何でも正騎士のモニカにあの質問はないだろう」
「そうですか? 気になりませんか? 上の方々の恋愛事情」
 一体どこまでが天然か。
「‥‥キース、悪かったな。おまえの代わりに聞くはずだった内容まで聞く余裕はなかった」
「ああ、うん」
 天龍に謝られたキースはモニカとは直に面識が有ったため、シルバーと共に最後まで姿を現さず、自分の疑問を仲間に託していたのだが。
「確かに聞きたかった事は聞けなかったけど、‥‥知りたかった事は、判った気がするよ」
 自分が知る彼女が間違いではなかった事。
 今のリグの現状を、彼女が決して良しとしていない事も感じ取れた。
「‥‥あれはもしかすると‥‥心中するのが目的なのかもしれないな」
 勇人が言い、皆はモニカの消えた先を見つめる。
 そして。
「さて‥‥」
 全員の視線が動いた先には、リラが立っていた。





「てめぇ‥‥っ!」
 真っ先に殴り掛かろうとしたのは冒険者達と同行していた良哉で、リラに抵抗する気はなかったようだが、キースが止めた。
「良哉、落ち着けって」
「キースっ、てめぇ、これが落ち着いてられるか! 一発殴らないで気が済むか!?」
「そんな焦らなくなって、リラはもう逃げやしないだろ。――な?」
 喚く良哉に苦笑しつつリラ本人にその言葉を投げ掛けたのは、モニカの前に出る直前、リラにそこで待てと目で訴えていた勇人だ。そしてその言葉通りにリラは待っていた。こうして、目の前にいるのだ。
「まずは場所を変えないか。‥‥ここで出来るような話は無いだろう」
 幾つもの骸を前に天龍が言えば誰一人異論はない。イシュカがせめてもの弔いをと赤の聖水を振り撒き祈れば、リラが手にしていた花を置く。
 せめて、安らかに。
 胸中に思う言葉はそれだけだった。




 森の中。
「どうして此処に、とは無意味な質問かな」
 魔物達の目にも咄嗟には触れないよう注意した場所に着くや否や、そう口を切ったリラに再びカッとなった良哉だが、暴れ、キースがこれを止めるより早く。
 パシンッ、とその頬を打ったのはイシュカだった。
「‥‥人の事は言えませんけど‥‥心配、したんですよ‥‥」
「‥‥」
「リラ、おまえがいくら巻き込みたくないと思っても俺達は友が危険だと判っていて、ただ待っている事など出来ん。今度同じような事をしたら、次は俺が本気で殴るぞ」
「‥‥天龍殿に殴られるのは、考えるな‥‥」
 苦笑交じりの力ない呟きに、その肩を叩いたのは勇人。
「何にせよ生きて会えて良かったさ。リラにも、カインにもな」
「‥‥カインは」
「ホルクハンデ領で昴殿が捕まえたよ」
 リールの、応えに。
「そうか‥‥」
 リラは、苦笑った。
「ま‥‥そういうわけだし、一度皆で合流しないか。ユアンも香代も心配している」
「――あの二人も来ているのか」
「そもそも、俺達が此処にいるのだってユアンの依頼みたいなものだったからね」
 キースが言えばリラは「そうか」と同じ返答を繰り返し、何やら複雑な感情入り混じる空気になりかけたのを遮るように勇人が提案したのは全員の合流。
「もう内戦がいつ始まってもおかしくねぇ。その前にリラはカインと、セレへ報告に戻れ。俺達がフォローする」
「エガルド卿よりグライダーやチャリオットをお借り出来る事にもなっているし」
 リールが早口にそれを告げるも、――しかし、リラは左右に首を振る。
「内戦が始まるのが判っていて此処を離れるわけにはいかない。私が得た情報は君達に託す‥‥セレには、君達がカインと共に報告に戻ってくれ」
 物言いは穏やかだったが、リラの言葉は王都を離れると言う冒険者達の意見を拒むもの。彼らの気持ちが判らないわけではない。ユアンや香代の気持ちを考えれば、すぐにでも会いに行くべきだという事も、判る。
 だがセレへの報告であればリラから情報を託された「誰か」が行なえば済む事。その方法も伝手も冒険者達は既に持ち合わせているのだ。この状況下で王都から此方側の人間が一人も居なくなるのは拙い。残るのならば、リラとて自分自身が残る事を選ぶ。リラもまた、これまでの時間で得た王都での伝手や人脈があり、他の者に代われる役目ではないからだ。
 冒険者達が考え、用意した言葉では、この状況下でリラをセレに戻す事は出来なかった。





「良哉くん、無茶してないと良いけど‥‥」
 クロムサルタ領内、訓練を一休みしながらリィムは呟く。
「‥‥兄さんなら‥‥リラに会えた途端に殴りかかりそうだけど‥‥」
 傍で聞いてた香代がぽつりと呟けば、ユアンが心配そうに、順番に二人を見遣る。そんな幼子の視線に気付いて、笑むリィム。
「大丈夫、皆が付いているんだからね」
「‥‥うん」
 仲間達の帰りを待つだけというのは、辛い。
 そんな気持ちを紛らわすようにリィムは連日クロムサルタの騎士達と共に訓練に精を出し、親睦を深めると共に民の避難路や、落とされるわけにはいかない要所の確認、また思い切った避難訓練なども行ないながら過ごしていた。
 そうして、この日。
 午後からの訓練だと立ち上がった彼女に、不意に声を掛けてきたのはエガルド卿からの使者。
「お伝えします。今しがた伯の元にウィルの分国セレ領内にて魔物の襲撃有りとの報せがありました」
「えっ!?」
 思わず声を荒げてしまった三人に、使者は続ける。
「魔物は『精霊を嘆かせし者』を名乗り重軽傷者百余名、相当な被害が出ているとの事です」
「それで誰か‥‥っ、セレで誰か亡くなったとか、そのような事は‥‥っ」
 血の気を失った顔で香代が聞き返せば使者は左右に首を振る。
「セレの方には、特に‥‥あちらではセレの騎士達の他にも『暁の翼』なる冒険者の一団が援護したらしく‥‥ただ、リグから流れていた難民は‥‥」
「そんな‥‥」
「ちょっと待った」
 聞く内容は確かに重要だったが、リィムは別のところで疑問が生じる。
「その報せ『誰が』伯に伝えたの?」
「それは、‥‥言えません」
「セレにリグの関係者がいるって事?」
「言えません!」
 その断固たる返答拒否に、リィムはならばとエガルド伯自身を問い詰めるべく彼の邸へ出向いた。そうして聞かされたのはウィルの国へ戻れという言葉。
「とうとう隣国にまで手が及んだとなれば一刻の猶予もなるまい‥‥我々は動く。セレを襲った魔物もまだ退治されたわけでは無いと聞く。そなたらは‥‥そなた達自身の国を守るために生きよ」
 ――誰かと同じ言葉を。
 リィムは知らずとも語った伯に、せめて仲間の帰りを待ちたいと願う。
 自分一人で決められる事は限られている。
(「早くリラさんと一緒に帰っておいでよ‥‥っ」)


 リィムが万が一の時にはユアンと香代だけを先にセレへ戻すべく思案していた頃、セレが襲撃されたという報せはホルクハンデ領にも届いていた。
 挙兵間近だという報せが騎士達に伝わった事により、気持ちを昂ぶらせた騎士達が口を滑らせ、領主と謁見する方法を模索して付近に潜伏していた昴とカインの耳にも情報が入ったのだ。
 以前から謁見する手段の一つとして忍び込む経路も調査していた彼女は、これを機に実行した。本人と面と向かって会えなくても良い、その周辺の事情だけでも探れられたらと考えたからだ。
 結果、彼女が耳にしたのは外で聞いていたのとは些か異なる本音。
「わざわざ人が悪者になってやったと言うのに結局は隣国に迷惑を掛けおって! だからエガルドのやり方では生温いと言ったのだ!」
 物に八つ当たりし、壁を殴りつける姿は剛毅と言うよりも野蛮。
 それを、同席していた若い男も指摘する。
「そのように恩着せがましい事を言うから民に好かれぬのですよ」
「父親に向かって恩着せがましいとは何事だ!」
「ほらまた物に当たる。そんな事だからモニカにも敬遠され、エガルド伯は賢人、父上は野蛮人などと笑われるのです」
「くっ‥‥」
 振り上げた手を、思わず止めて。
 小刻みに震える父親にくすくすと笑いを零す彼こそ、後に知るリグの国の黒騎士フェリオール・ホルクハンデ。サンドラグーンの名を冠したミドルドラグーンを駆る竜騎士がその場に居たのだ。
「何れにせよこれで隣国も自ら防衛戦線を張れるはず‥‥時は満ちたという事ですよ」
「フンッ!」
 まだ納得しかねる様子ではあったが、クロムサルタへ使者を送るという台詞を最後にフェリオールが部屋を出たため、昴も屋敷を出、これらの情報と、カインと共にホルクハンデからリグリーンへ移動。
 数日後、忍犬の助けも借りながら移動していた二人は、付近でリラを連れ戻す策を練っていた勇人達と合流を果たす事となる。
 その後は互いの情報を開示し合い、単身、勇人がグリフォンに騎乗しリラの元へ。
「リラはたぶん、リグリーンの王城から東に五〇〇メートルくらいの場所にある廃屋に隠れてる。そこからだと王城に飛来する魔物の姿が確認出来るんだ」
「判った」
「それで、もしあいつがまだ王都から離れるのを渋るようなら、おまえなら魔物の姿を見ているはずだって伝えてくれ!」
 どういう意味かと聞き返す冒険者達に、カインは続ける。
「俺はこんな風にあっちこっち移動しているけど、リラはずっと王城の前で張ってる。たぶん『死淵の王』と呼ばれる魔物の姿も目にしていると思う! その姿をセレにいる天使に話せば、魔物に関する何らかの情報が得られると思うんだ。こっちの世界のカオスの魔物と、ジ・アースのデビル、名前が違っても姿が同じなのは判ってるんだ。魔物の性質や、考え方だとか‥‥そういうのが判れば、もしかしたらリグの騎士達が隠している事も見えてくるかもしれない!」
「『死淵の王』か‥‥」
 その名を口にする天龍に、頷くカイン。
「リラが一緒に帰らないと天使殿に何も話を聞けないぞと言ってやってくれ、それでも渋ったら‥‥」
「あとは力技だな」
 勇人が失笑を交えて言う。
「‥‥なるほど『境界の王』の同類がグシタ王を唆したわけか」
 低い呟きと共に空を翔る勇人を見送り、キース。
「セレが襲われたのは、リグがウィルを攻めようとしているという証になるかな」
「‥‥それはどうでしょう」
 シルバーが冷静に状況を振り返ってみる。
「魔物がどこに属していると名乗るとは思えませんし、自らウィルがリグに攻め込む理由を与えるとは考え難いと思います」
「やっぱり、そうだよな‥‥」
 キースは「どこまでも悩ましい」と難しい顔で肩を落とす。
「あとはもう、セレで魔物と戦ったという冒険者達次第だろうか‥‥」
 天龍の呟きに、麗華やイシュカも頷く。
 一人、リールは勇人が消えた先を見つめ胸中に一人の名を呼ぶ。
(「リラ殿‥‥」)
 自分の言葉では彼を連れ戻せなかった、それが切なくて。


 次に彼らが顔を揃えたクロムサルタの地。
 彼らは、久方振りのウィルの国――分国セレを目指して移動を開始する事になる――。