【暁の翼】来る日のために
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月09日〜05月14日
リプレイ公開日:2009年05月17日
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●オープニング
●
春を迎えたセレの大地には所狭しと花達が咲き誇る。
ヨウテイ領内の、とある庭園。
庭師によって見事に描かれた色彩はチューリップやムスカリ、クロッカス、アネモネ、シラーなどなど多岐に渡り、近くを通り過ぎれば風に舞う甘い匂いが五感に暖かかった。
更にはセレ独特の魔法樹。樹上都市を支えるそれらほどの迫力は無いものの春の空に若い緑を生い茂らせる姿は生命力に溢れていた。
「綺麗ね‥‥」
冒険者の一人が見惚れるように言う隣では滝日向も頷く。
「春だな」と、そう同意の言葉を口にしつつも、花見と聞いてすっかり桜の下の宴会を想像していた彼だから些かの落胆はあったわけで、横に並ぶ彼女には、彼のそんな心境はお見通しだったようだ。
「サンの国には桜に似た花もあるそうよ?」
「へぇ」
応じる声音は素っ気無かったけれど、しばらくの間を置いて日向は言う。
「‥‥行ってみるか、全部に片が付いたら」
せっかく異世界まで来たのだからと照れ隠しのように言う彼に。
未来を語る彼に彼女は微笑む。
「良いわね」
それは、約束。
「おししょーさまは、あのシェルドラゴンとはどんなふうにおともだちになったのー?」
見た目最年少の弟子の言葉に、この中では最年少の弟子が自分も聞きたいと身を乗り出す。
「差し支えなければ教えてください!」
「私もお聞きしたいですわ」
人妻とはいえ美しさでは一番の弟子にまで回答を求められてしまっては答えないわけにはいかないセレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースター。旦那が同席していれば確実に斬られている緩み捲りの顔だ。
「わしとあやつが出会ったのは、わしがセレに来て二年くらい経った頃だったかのぅ‥‥この雪と氷に閉ざされた大地の事はずっと気になっておったのだが、人が立ち入れば猛吹雪になると言うし、寒いのは苦手だしの」
「まぁ」
この魔術師にそんな理由が成立するものかと弟子達は思うが、先ずは大人しく話を聞く。
「そんな折、人が立ち入っても吹雪かなくなってしまった。気候の急激な変化が精霊達の影響である事は既に判っておったしの、この地を司る精霊の身に何かあったのではないかと心配になり、とうとうわしも雪原に立ち入ったのじゃ」
そうして時間を掛けて辿り着いた場所では、何者かの手によって背中に魔剣を突き立てられ、息も絶え絶えになっているシェルドラゴンの姿があった。ドースターは己の魔術を駆使して何とか魔剣を抜き、最大限に頭を使って治療にあたった。結果、精霊の命は助かり、以来、二人の間には強い信頼関係と友情が芽生えたのだという。
「と言う事は‥‥シェルドラゴンさんは、ずっと昔からあの場所に‥‥?」
「そうじゃ」
人が国を立て、領土とするよりずっと以前から、其処はシェルドラゴンの棲家だったのである。
「しかし、また何故急にそのような話を?」
「あたらしいともだちができたのー」
最年少の弟子がにこにこと嬉しそうな笑顔で語る。つい最近だが縁あってシェルドラゴンと交流する機会を得られたため、師の話も聞いてみたかったのだと。
「そうか‥‥精霊との絆は大切にの‥‥特に、精霊の力を借りるそなた達にとっては、精霊との絆が命を左右する事も有り得るからの」
「――はい」
不意に向けられた真っ直ぐな眼差しに、三人の弟子達ははっきりと頷いた。
「国境の警備騎士が川から流れてきた小瓶を? その中身が手紙だったと?」
「‥‥俺も視力に自信があるわけではないが、恐らく‥‥」
黒騎士の言葉にアベル・クトシュナスは勿論のこと、話を共に聞いていた楽師、女騎士、そしてウィルから来ている鎧騎士の彼も難しい顔になる。
山岳地帯から流れる川はセレを通ってウィルへ、そしてシムの海に。
もしもこの出発地点から手紙を川に流したと言うのなら、その主は、‥‥誰だ。
「念のため、セレにいたリグの難民達にも話を聞いてきたが‥‥どうも様子がおかしい。リグに昔居た事があると‥‥これは嘘だが、そう言って近頃の様子を聞いてみると、自分の出身の村の名すら口にしないんだ」
「? それはないだろう、セレの役人達にはきちんと答えていたと聞いている」
「‥‥その出身村、実在するのか?」
黒騎士の確認に返す言葉を、悔しいかなアベルは持っていなかった。他国の地理事情を入手する事はひどく困難であり、村の興り終わりに時間は関係ない。ましてや相手はリグの国。事実か否かの判別を付ける事などまず不可能だ。
「気になる、な‥‥」
もしもその手紙が最悪の事態を招くようなものであれば、国は一瞬後には滅んでいるかもしれない。
「‥‥君達が国境沿いにまで足を伸ばしてくれて助かった。すぐにその騎士を調べよう」
「頼む」
「しっかし‥‥こう気が抜けない状況になってくると、やっぱセレだけの問題じゃないだろ。証拠もそりゃ重要だが‥‥」
ウィルの鎧騎士は額の髪をかき上げるようにして言うも、不意に言葉を途切れさせて、‥‥笑う。
「各分国要人と活発な連絡を行う名目や混乱無く民を一箇所に集める手段としては、祭りや式典なんかどうだ?」
「例えば」
聞き返してくるアベルに、チラリと友人の女騎士を一瞥し。
「アベルの婚約発表なんかどうかねぇ」
「!?」
ぶほっ、と持参の酒を吹いた女騎士に、にやにや。
そんな遣り取りが目の前であればアベル本人だって気付かないわけがない。
「なんだ、嫁になるか? 俺は構わんが」
「そこは構うべきッスよ、アベルさん‥‥!」
真っ赤になりながら言い返してくる彼女はなかなかどうして可愛らしく。
「いつでも迎えに行くぞ」
「アベルさんっ!?」
盛り上がる花見の席。
こういった話題には触れるべからずと距離を置く黒騎士がいる一方、やはり婚約の儀ではあの曲が似合うだろうかとイメージする楽師。
そんな、賑やかなセレでの一時は――。
●
「小賢しい虫けら共が動き出す気配だな」
薄闇に微かな光りを放つのは巨大な鎌。
魔物は、しかし言う言葉に反して楽しげに口元を歪めた。
「‥‥彼の国はエルフの大国であったか‥‥優秀なウィザードを幾人も輩出していると‥‥」
ならば、そんな国に似合いの贈り物は何だろう。
何を贈ればエルフ達の苦悶が大地を埋め尽くすだろう。
「‥‥『精霊を嘆かせし者』‥‥、か」
クッ‥‥と喉が鳴る。
魔物は望む、己のリストに死者の名が増えるのを。
死淵の王は願う、この世界に闇が満ちる事を。
「我等の目を欺いたつもりだろうが‥‥リグの民の誰一人として私のリストから逃れる事など出来ぬのさ‥‥」
魔物は笑う。
――笑う。
「救える命など一つもないことを思い知り絶望するが良い、リグの騎士達よ‥‥おまえ達の王など、とうに終わっているのだから」
●
数日後、セレのアベルから緊急の報せが冒険者達の元に届いた。
黒騎士の見た、川から手紙を拾い上げた警備騎士はリグの騎士に買収されていた事が調べの末に判明、警備騎士は金で雇われ、リグの難民達が無事セレに逃げ込めるよう交代の隙を付いて招き入れていたというのだ。
そして数日後、再びリグからの難民がセレに来る。
恐らく現在のリグに関する最も正確な情報を持つ人々が、セレに。
だから来てくれとアベルは手紙で告げて来た。
――月姫が感じた、酷く恐ろしい予感と共に。
●リプレイ本文
●
嫌な予感と言うのは得てして当たるもの。
それが月姫の予言ともなれば確実だ。
「‥‥気のせいかもしれませんが、風まで淀んでいるようです‥‥」
セレから迎えに来たフロートシップの船内でケンイチ・ヤマモト(ea0760)が零す呟きに、静かな吐息一つで応じたのはフルーレ・フルフラット(eb1182)。船と並走するように飛翔しているムーンドラゴンパピーは彼女の大切な相棒だ。
船内にいるグリフォンも同じく、ソード・エアシールド(eb3838)の戦闘馬とセッター、シャルロット・プラン(eb4219)のユニコーン、華岡紅子(eb4412)のモンゴルホース、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)のボルゾイら大事な戦力が顔を揃える中に、目立つのは精霊達。
皆が月姫の感じる恐怖を違う形ながらも感じ取っているのか、刻一刻とセレへ近付く船内で主の傍を離れようとはしなかった。
「いよいよ戦闘になるのでしょうか‥‥この世界をカオスの魔物達の好きになんかさせないんですから‥‥っ」
拳を握り、決意を新たするレインと。
「とりあえず、しらべられることはしらべないといけないのー」
忍犬を傍らに、陽気ながらも重要な事を言うレン・ウィンドフェザー(ea4509)は先日話していたスモールシェルドラゴンを同行するも、スモールとは言えその大きさ三メートル。艦長の許可は下りたが皆と同じ場所では窮屈過ぎるとしてゴーレム機体と共に貨物室へ。
月姫の予言が現実のものとなるならば、やはり精霊の力は必要不可欠だ。
「一応、ウィルで可能な限りの根回しもして来ましたが‥‥」
そう言うのはシャルロット。出発前にギルドの総監へゴーレム増援準備が可能かを打診したところ、総監単独ではそのような権限はなく、根回し程度ならばという返答と共に、冒険者ギルドで使用可能な機体を使用したらいいという話がされた。
これにより、ゴーレムグライダー、フロートチャリオット、デク、バガンについては人数に応じ貸与可能。これらをセレ領内で使用するには分国王の許可が必要になるが、セレ側にこれを拒む理由は無い。
割符によるサイレントグライダーの貸し出しにも特に問題はなく、これはシップに積み込まれ、彼女達と共に移動していた。
「腕が鳴るぜ」
組んだ手指の骨を鳴らすアリル・カーチルト(eb4245)は、そのサイレントグライダーをシャルロットから借り受け使用する本人である。
そんな彼に滝日向が「落ち着け」と声を掛けると、傍に佇んでいた加藤瑠璃(eb4288)が思い出したように口を切る。
「そういえば‥‥探偵の日向さん、久し振りよね」
「そう‥‥言われりゃ、そうか?」
些か驚きの事実。身の回りが慌しいせいか、あまり久し振りという気はしなかったのだが。
「セレの現状はよく知らないから、説明をお願いしたいんだけど」
「ああ」
瑠璃の求めに応じ、日向は話す。
今のセレの現状に加えて、隣国リグに抱いている疑惑も含め。
そんな中で一人、他の面々とは違うところにも不安を抱いている人物がいた。モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)だ。
(「姉上達が置いていかれた馬車の延滞料‥‥どうなっているのだろうか」)
機を見て確認しなければと思う。
様々な思いを乗せ、シップはセレ領内へと進む――。
●
シップから降りてくる冒険者達を出迎えたのはセレの東ヨウテイ領を治めるアベル・クトシュナス。
「セレネが魔物の襲来を予感されたとお聞きしたのですが」
「ああ」
ケンイチの言葉に即応じたアベルは、同時に彼らへ布製の何かを差し出した。
「これは‥‥?」
疑問に思った紅子が広げたそれには、山の頂に向かって飛翔するように広げられた翼が描かれている。
「この紋章‥‥、あ!」
まさかと顔を上げたのはレインに、アベルは頷いた。
「そう、君達が考えた『暁の翼』だよ」
「って事は」
「ああ」
言い掛けた日向に最後まで言わせず、アベルは言う。
「セレの騎士達には、これを『暁の翼』の活動許可証だと説明し、正式に通達してある。これを持っていればセレの領内に限られるものの大半の融通は利くだろう。今回のセレネの予言が何を意味するのかはまだ判らないが、重要なのは民の命を守ることだ」
断言し、アベルは冒険者達一人一人の顔を順に見遣った。
「君達はそのために動いてくれると信じている。だからこそ、人手が必要な時には近くにいる騎士ならば誰でもいい、そう要請してくれ。ゴーレムが必要になった時も然り、即席の作戦を実行に移すでも構わない、俺達が動く」
「‥‥本当に良いんだな?」
確認の意味を込めて次げたソードに、相手ははっきり応えた。
「信じているよ」
躊躇いの欠片もない宣言。
「‥‥私、頑張ります!」
「やれる限りの事をやらせてもらうわ」
感極まったのか目尻に涙を滲ませるレインや、許可証を大切に折り畳む紅子。
一方で。
「‥‥私達、この組織のことはよく判らないのだけれど」
「だが仲間だろう?」
怪訝というよりも、どこか複雑そうな表情で語る瑠璃にもそう返す彼には、シャルロットが眉を寄せた。
「一領主ともあろう方が、そのように簡単に人を信じるのも如何なものかと思いますが」
「美人は無条件で信じると決めている」
あっさりとアベル。
そして、そんな彼に無言で握手を求めるアリルだった。
早速各自行動に移る冒険者達の中、手の中の許可証を見つめて佇んでいたモディリヤーノにアベルは気付いた。
「‥‥?」
初対面だとは思うのだが、誰かに似た面影。
「どこかで会ったか‥‥?」
不思議そうに問い掛けた彼へ、モディリヤーノは慌てて姿勢を正す。
「冒険者としては未熟な身でございますが、誠心誠意、務めさせて頂きます」
名乗り、そう一礼したなら彼は。
「アルシャス‥‥ああ、そうか。彼女に似ているのか」
ようやく得心し、彼女と彼が姉弟だと知ると申し訳無さそうに瞳を細める。
「大事な家族に危険な役回りを任せてしまった」
「いえ‥‥姉も、承知して赴いた事だと思いますから」
「そうか」
モディリヤーノの肩を叩き、一言。
「今回はよろしく頼む」
「――はい、‥‥あ、そうでした‥‥」
最後に一礼し自らも行動を開始し掛けた彼は、しかし思い出して立ち止まる。
「ずっと気になっていた事が‥‥姉達が此方に置いていった貸し馬車の延滞料の件ですが」
「ふっ」
言うが早いか吹いたアベルは、そのまま楽しげに笑う。
「真面目だな」
姉貴に似て、とあえて口には出さないけれど。
「心配するな、あいつらが帰って来たら本人達からきちんと徴収するさ」
「では、やはり伯が立替を‥‥」
そこから更に会話が続くかと思いきや、これを止めたのはモディリヤーノと共に難民が集まる土地へ向かう予定のレンだった。
「もーちゃん、いくのー」
「も、もーちゃん‥‥?」
「ぶっ」
思い掛けない呼び名に本人が戸惑い、アベルは大笑い。
やたらに盛り上がる彼らを遠くから目で追っていたのは――。
「フルーレさん?」
「! はいっ、何でしょうかっ」
共に国境付近へ移動するレインに呼ばれ、慌てて気持ちを切り替えた。
「大丈夫ですか? もし具合が悪いとかなら‥‥」
「いえっ、大丈夫ッスよ! 行きましょう!」
明るさを装って我先にと歩を進め始めた彼女に、レインは少なからず気遣うような視線を向けていたが、すぐに気付かなかった事にする。
今すべきは、月姫の予言が現実のものになった時のため、自分に出来る事をするだけだから――。
●
分国のセレの首都、樹上都市の北側に位置する王城を、シャルロットはアベルの案内のもとで訪ねていた。目的は一つ、この国の上層部に面会するためである。
「コハク王も忙しい、あまり時間は取れないが、いいか」
「無論です。私も時間を掛けるつもりはありません」
言い切る団長に、アベルは口元だけで笑んで見せた。
数分後、謁見の間に通されたシャルロットは分国王コハク・セレと面会、彼の側近である臣四名と、筆頭魔術師ジョシュア・ドースター、天使レヴィシュナ、月姫セレネらが顔を揃えた場で『ギルドへの最大限の依頼要請』を提言した。
月姫の予言からも敵地にカオスの魔物が関与している事は明らか、対抗手段を用いる事が最重要事項ではないかと。
しかし、これに途中で口を挟んだのはセレの騎士。
「現状でセレからそのような依頼を出せば隣国への侵略を目論んでいると取られる事も有り得る! そのような汚名を着るわけにはいかぬわ!」
「この事態を前に何が体面だ、阿呆らしい――そう言い切れるくらいの共通意識は欲しいところですが」
シャルロットは躊躇なくそのような言葉を投げ、けれど「現実はなかなか」と苦笑いを零す。
「今は報告待ち‥‥『彼ら』次第でしょうか?」
「その通りだ」
静かに答えたのはコハク王。
「そなたの意見は正論だ。しかし此処で我々が表立って「争いを起こす」行動を取れば、それは恐らく敵の思惑通りだろう」
必要なのは、証。
国が動くに足る証拠。それを補うようにジョシュア・ドースターが続く。
「我々にはウィルと敵対するつもりなど無く、リグとも好んで争いたいわけではないのだ‥‥隣国に向かった冒険者達が戦争を止めてくれると言うのなら、我々はそれを信じて待ちたい。月姫がカオスの魔物の襲来を予見した以上、動かぬわけにはいかぬが‥‥戦など起きぬに越した事はないからの」
「‥‥そうですか」
数多の戦に携わってきたシャルロットには、その考えは甘過ぎると思わされる部分が多々ある。
しかし、数多の戦に携わってきた者だからこそ、戦のない平和な世の尊さも承知している。もしもリグにいる冒険者達が本当に戦を止められると言うのなら、その時を待ちたいと願う気持ちも決して判らないではなかったのだ。
「万が一、戦争を起こす以外に民を守る術が無いのであれば、そなたが言うようにギルドへの最大限の依頼要請も行なおう。――たが、今はまだその時ではない」
否、現段階では行なえないというのが正しい表現。
しがらみというものは規模が大きくなればなるほど増えるものであり、これが国単位になってしまえば個人の考え一つではどうにもならないのが実情だった。
その後、難民の様子が見たいというシャルロットをシップで現地へ送ったアベルは、そこでソード達と合流、今後の方針について話し合った。
国境警備に当たっていた騎士を問い詰め、聞き出した新たな難民の流入と、月姫の予言したカオスの魔物の襲来が重なる事を、ただの偶然で片付けるわけにはいかない。
ならば此処にいる難民達を一箇所に集めるなどして、此方側の戦力を分散し過ぎないよう整えたいと考えた。
だが、それにも問題はあって。
「此処に白のクレリック達を派遣してもらえないだろうか?」
王都に集まっているというクレリック達、彼らの協力が必要不可欠である理由は大きく二つ。
「応急処置では間に合わない重傷者が多いとでもしておけば良い。同時にデティクトアンテッドで人間以外の者が紛れ込んでいないか調べられないだろうか」
「ふむ‥‥」
もしもこの難民達の中に魔物が紛れ込んでいれば、安全策と思って取った行動が裏目に出る危険も充分に考えられる。
「いま、ケンイチ殿やレン殿、瑠璃殿も目視やアイテムで怪しい者がいないか観察しているが、それだけでは限界があるからな」
更に、フルーレもグリフォンに騎乗し、ムーンドラゴンと共に空からの偵察を続けている。それは事を起こそうとする者への威嚇の意を含んでものだが、それとて正体を見破るのは困難だ。
「判った、今からシップで声を掛けに行ってみよう」
「頼む」
承諾の言葉に安堵の息を吐くソード。
そんな彼にアベルは続けた。
「例のリグの者に買収されていた騎士に会いに行く時間だが、レインも話を聞きたいと言うし、あちらが戻って来てからで良いか? 理由はどうあれ罪人には違いないからな。何度も面会を申し入れるわけにはいかないんだ」
「ああ、それは‥‥」
勿論構わないと言い掛けたソードは、しかしどうしても気になる事柄があった事を思い出し言葉を切った。
「‥‥会う前に一つ、確認したいんだが」
「なんだ」
「買収されていた、という事だが‥‥その買収したリグの騎士というのは、国境地帯の警備の者なのか?」
「どうかな」
「?」
どういう意味だと視線で聞き返したソードに、アベルは言う。
「国境沿いなら常に顔を合わせていそうだが、実際にはそうでもない。石壁の向こうに誰が立っているかなんてセレの者には判らないんだよ」
「だが、リグの難民達がセレへ無事に逃げ込めるよう手を打っていたのだろう?」
「ああ」
「リグからセレへ逃げろと何者かが指示したと言うのなら、その理由が気になる。わざわざ「攻め込まれるかもしれない」隣国に送るなど‥‥」
「確かにな」
ソードの言葉を、アベルは否定しない。
「だが、リグに行ったきり音信普通の彼らから何かしらの情報が入らない限り、此方が何を論じても空論だ」
そう。
リグにいる彼らが得た情報は、いまだ一つも此方に届いていないのだ。
「確かなのは月姫が魔物の襲来を予感した事と、リグから新たな難民が来る事。その時期が重なった事だ」
「‥‥ああ」
「民を守る事だけを考えよう」
セレの民も、‥‥リグの民も。
国境に関係無く人々を守るために動く――それが『暁の翼』の行動主旨ならば。
一方、首都の王城近くに設けられているゴーレム工房には、特例として出入りを許されたアリルの姿があった。もちろん開発途中の武器や機体など国家機密に係わるような部屋にまでは出入り禁止のままだが。
「よく来た、ウィルの冒険者。私がこのゴーレム工房の長ユリエラだ」
「私は白騎士アイリーン・グラント。貴殿達『暁の翼』の事は聞いている、私も可能な限りの協力を約束する」
柔らかな金髪と碧い瞳のエルフと、白に近い銀髪にスレンダーな体格が無性的な雰囲気を醸し出す人間騎士。セレのゴーレム工房における有名人二人との面会に、アリルは自然と表情を綻ばせた。
何せ二人とも、美人だ。
「あんたらがアイリーンとユリエラか、よろしくな。後でどっか一緒にメシでも食いに行かね? 奢るぜー♪」
ポンと二人の肩を同時に抱けばギョッとする女性陣。
「待てっ、気安く触るな」とアイリーンが腕から逃れようとする一方、ユリエラと言えば楽しそうに笑っている。
「あら、イイ男に誘われるなんて何年ぶりかしら」
そんな事を満更でもない様子で言うからアリルの心も弾む。
「結構ノリが良いな」
「実験だ研究だって部屋に籠ってばっかりじゃ飽きるもの、たまには羽目を外さないと♪」
「イイねイイねー」
妙に気のあっている二人に、アイリーンは肩を震わせた。
「ユリエラ‥‥見損なうぞ‥‥!」
「あら、プライベートを楽しんでこそ良い実験結果も生まれるんだから」
「な」
「ねー♪」
アリルまで悪乗りして、数秒後には二人揃ってアイリーンの大目玉を食らうのだが、何はともあれ工房長に気に入られたアリルは驚くほど自然に工房の作業員と親しんでしまった。
その延長で、最初こそ敬遠していたセレの騎士達もアリルの言葉を聞くようになり、ゴーレムの配置、人員、搭乗から交代まで一連の流れの中にしっかりと自分を組み込ませてしまう。また医療の心得もある事から応急処置の手順なども指導したなら、
「‥‥顔に似合わず博識だな」とアイリーン。
「惚れ直したろ」
「惚れていないっ」
――そんな和やかな雰囲気は、ともすれば月姫の予言などなかったかの如く。
しかし、嵐は確実に近付いていて。
「信じられませんっ」
語調荒く言い放つのはレイン。ソード、レンと共に会って来た、リグの騎士に買収されていたセレの騎士との面会を終えて来たところ、彼女の機嫌はすこぶる悪かった。後にソードが「見物だった」と語ったのは、レインが騎士相手に「バカー!」と怒鳴った事である。
「幾らお金が貰えるからって、ずっと怪しいって言われている国の人の言う事を聞いちゃうものですかっ? しかも顔を隠して話し掛けてくるような人ですよっ?」
「あたまからふーどをかぶられたらみんなおなじなのー」
可能ならば騎士を買収したという相手の似顔絵作成を視野に入れていたレンも残念そうだ。
騎士から得られた情報は極僅か。
『リグの民を守るために力を貸して欲しいって、随分と必死に訴えてくるから、つい情に流されて‥‥。人の命を守るためとか言われて、悪い事だとは思わなかったと言うか‥‥』
そうしてすっかり気落ちし、何度も謝罪する彼には呆れる他無かった。
「まぁ‥‥金はあって困るものではないし、な」
「ソードさんはどちらの味方なんですかーっ」
味方とかそういう問題ではない、のだが。
月姫を呼び、魔物襲来の予感に付随する何かはないかと問うてみても有益なものは何一つなく、難民達の身元確認などに奔走していたレンはセレへ来る以前の職業を聞いた際の返答と、手や身体つきに違和感がないかなども細かく見ていたが、そこで「嘘」は発見出来なかった。
新たに得た情報と言えば、ソードが「誰かにセレへ行けと言われたのか?」と問う言葉に重ねて用いた黒魔法リードシンキングで読み取れた思い。
『言えない!』
必死に拒む、その一言だけだった。
自分達の着眼点が悪いのか。
それともリグ側が用意周到なのか。
(‥‥他に見落としている事はないか‥‥忘れている事はないか‥‥?)
リグから新たな難民が流入して来るのは、明日。
気ばかりが焦る。
それは、セレの重役達とて同じこと。
屋敷の執務室で頭を抱えているアベルが連日の慌しさで多少なりとも気が立っていた事を知ってか知らずか、その夜、フルーレが彼の部屋を訪れていた。
先日のあの時以来、ずっと聞きたかった事があった。
けれど連日の慌しさの中にそのような余裕はなく、問題の日は明日。今日を逃せば、この燻った気持ちのまま戦地に立たなければいけなくなる。
(「それはいけませんっ」)
自分のためにも、周りのためにも、明日は戦いにのみ集中したい。なればこそ彼女は此処に来たのだ。
緊張した面持ちで扉を叩き、中に進めば部屋の主も驚いた様子。
「どうした。今日くらい早めに身体を休めたらどうだ」
「それは、‥‥そう、なんッスけど‥‥」
意を決して来たとはいえ言い出し難い、それでも退けないから己を奮い立たせる。
「あのっ、せ、先日の話なんですがっ」
「‥‥?」
小首を傾げる相手にフルーレは言う、先日の花見の席でアベルが自分に言った言葉。嫁に来るならば自分は構わないと言った、あれは本気だったのか否かが聞きたい。
「もし、本当の本当に、そう思って頂けているなら‥‥」
自分もやぶさかではないのだと、消え入りそうな小声で伝えた想いに。
「なるほど‥‥」
アベルは薄く笑う。
「冒険者というのは、このような状況下でも随分と余裕だな」
「いえっ、余裕など全く――」
言い掛けた言葉は途切れ。
「っ!」
腕を引かれ、放られて、気付けば身体はソファの上。
「アベルさんっ!?」
「嫁に来てくれるんだろう?」
「くっ」
自分を組み敷く男の手に。
自分を見る冷たい視線に、普通の女子なら怖がり泣き出すかもしれない。だがフルーレは。
「‥‥これ『も』冗談ですか」
逸らされぬ視線に宿る力は、信念。
「たとえ自分一人だけであろうとも、フルフラットの娘は安くなどないのです!」
「――」
決して逃げず、臆さず、揺らがぬ強さ。
それがフルーレ・フルフラット。
「‥‥面白い」
泣いて謝ればすぐに解放するつもりだったのに。
今から「本気になりそうだ」と言ったところで信用などあったものではない。だからアベルは立ち上がる。
「少し待て」
「‥‥?」
状況に付いていけないながらも身体を起こしたフルーレに、しばらくして彼が手渡したのは一着のドレスだった。
「母の形見だ」
「えっ」
「まだその気があるなら、今度はそれを着て夜這いに来るといい、その場で花嫁にしてやる」
「っ、どうしてこの展開でそういう話になるッスか!?」
言ってしまえば、これからの自分を見て、それでもその気なら‥‥という話をしたいのだが、素直に言えない。
幾ら気安かろうとも伯爵家の嫡男。
プライドは結構高かった。
そんな遣り取りがあった事など露知らず、セレのグライダー部隊と共に戻ってきた紅子を迎えたのは日向だ。
アベルを通し、把握出来る限りの難民達の居る集落の位置確認と、各地の警備にあたっている騎士達へ月姫の予言が意味するところを伝えると共に警備の強化を進言。可能性だけならば、新たに流入すると言われるリグの難民だけではなく、既にセレ領内にいる彼らだって魔物の標的と考えられるのだ。
「平気か?」
「大丈夫よ」
セレの騎士達に気遣われ、気丈に振舞う紅子だが疲れていないわけがない。
「お疲れ、今日はゆっくり休め」
「明日が正念場だ」
「ええ」
そうして騎士達と別れ、一人、歩み寄って来てくれる彼女を日向は抱き締める。
「‥‥ご苦労さん」
「ありがとう」
腕の中、紡がれる言葉に重なる吐息の温もりが心地良くて。
「俺も、グライダー操縦の講習会でも受けてみるか‥‥」
ぽつりと呟かれる台詞の意図を感じ取り、紅子は微笑う。
「大丈夫よ‥‥」
大丈夫。
明日もきっと乗り越えられる――。
●
その日、セレに広がった青空の下、多くの騎士達が隣国リグとの国境沿いに集まっていた。時刻はもうすぐ昼という時間帯。通常であれば、朝夕のようにこれから交代しようという警備兵の姿はなく、明るい時間帯という事で警戒心も薄れ、昼食を取りに更に人が減る事も有り得る時。
それが、騎士が難民達を迎え入れる時間だった。
「セレでは魔法樹を狙うか、火を使った灰燼策で混乱を狙うはずです。皆さんは魔物に惑わされずに守りを固めているが良いかと」
「ああ」
後方で情報を整理、地図と状況とも細かく見極めて待機しているシャルロットの考えにセレの騎士団長も同意。
「魔物が領内に散るようならばギルドに依頼する事で幾班か編成し、狩り出す形で対応出来るとは思いますが」
「それならば依頼を出す事に問題はないだろう。相手がカオスの魔物だとはっきりしているのだからな」
そのような話をしていた最中だった。
今は捕らえられている騎士が話していた通り、リグ側から物音が聞こえて来る。
それが合図。
「‥‥」
セレの騎士達は顔を見合わせ、目で合図を出し合いながら門扉を開いた。
精霊達に変化はなく、月姫の硬い表情が和らぐ事はなかったけれど、開けた途端に魔物がなだれ込んで来るという事もなかった。ただ、門のあちら側にいた人々はセレ側が厳戒態勢を敷いている目の前の光景に驚愕、怯えていた。
「今のところは人だけ‥‥」
ベゾムで上空から偵察している瑠璃が呟き、下の仲間達に合図する。追跡者の姿は見えない。人数は百人余り、これまでの人数を思えば多い方では無いだろう。
「怯える事はないわ、私達は貴方達を待っていたの」
穏やかに声を掛ける紅子に応じるのはリグの国境警備兵と思われる、騎士。前に進み出て民を庇うような格好で佇み、警戒心を露にした表情で相手を見る。
「待っていたとはどういう事だ‥‥難民の受け入れ協力を秘密裏に頼んでいた事は知られてしまったようだが‥‥この大人数は‥‥」
「月姫様が、そうするようにと」
応えたのはレイン。
騎士達は目を見開く。
「――月姫‥‥」
呟き、リグの人々の視線が辺りを彷徨った末に行き着く場所。それは、冒険者達の傍に浮かぶ月姫セレネの。
「本当に‥‥精霊様の御姿が‥‥」
瞳を潤ませ、リグの人々は感動のあまり咽び泣いた。
助かった、これで救われると‥‥そう口々に言い合う姿は、冒険者達の目にひどく奇妙に映る。
「貴方達‥‥」
聞きたい事は幾らでもある、しかし魔物の襲来を予見されている状況でゆっくり話している余裕はない。
「とにかく皆様。此方へ‥‥ここまで長い旅路だったでしょう。健康に問題がないかなどの確認を」
モディリヤーノが人々をセレの領内へ促し始めた、その時だった。
『来る‥‥』
ぽつり、震える声を押し出した月姫。
「!」
レンや、レインの連れていた精霊達が怯え出し、しかし皆が持つ各々の魔物感知アイテムに変化はない。
感知能力に制限のあるアイテムでは、気付いた時には遅いのだ。
「人々を急いで中へ! 一箇所に集め守るんだ!」
前以て立てていた作戦に従い、人々を囲み戦闘態勢に入る騎士達。
アリルらはゴーレムに搭乗し起動、その動きはこれまでの打ち合わせの甲斐あって冷静かつ迅速に行なわれた。
しかし。
『いいえ‥‥っ‥‥いいえ、いけません‥‥っ』
月姫の声が震える。
「動いた!」
石の中の蝶が羽ばたく、魔物は何処から?
『いけませんっ、――ああああっ!!』
「!?」
突如、悲鳴を上げた月姫は、消えた。
「セレネ!?」
ケンイチが呼ぶも彼女は応えない。
「! フィリアさんっ?」
レインは自分の背後に浮かぶ川姫の異変に気付き、焦る。
「何が‥‥っ」
『人々を離して‥‥!』
「えっ!?」
精霊達の怯えが。
恐怖が。
――嘆きが。
『人を逃して』
『離して』
『守って』
訴える、叫び。
ゆっくりと近付くそれは、地下から。
「ひぃっ‥‥!」
真っ先に声を上げたのは一箇所に集められていたリグの難民達の中央にいた女だった。その叫びは次なる叫びを誘発し、一瞬後には周囲を混乱に陥れる。
「いやあああっ!」
「きゃああっ!!」
「落ち着いてくださいっ、落ち着いて‥‥!」
モディリヤーノが諭すも伝染する恐怖。
その発信源。
「――ご苦労だったな、セレの騎士達よ‥‥」
難民達の中央から現れる姿は直立するヒトコブラクダ。無数の布を身体に巻き付け、人語を操る異形の者。
魔物だと、一目で判る。
しかし攻撃出来ない、魔物の周りには多くのリグの人々が盾になっていたからだ。
「‥‥リグの王を裏切りし愚かなる民を一掃すべく一箇所に集めてくれるとは何と有能な者達か‥‥」
「なっ‥‥!?」
反論の直後、人が燃えた。
「ぎゃあああっ!!」
「プットアウト!」
紅子が即消火に動き、傍にいた白クレリックが治療にあたるも。
「自ら民を死刑台に送りながら助けようとは無意味な事を‥‥」
嘲笑と共に魔物が言い放つ。
「よもや、アルテイラの予言で我の来訪を知りながら人を一箇所に集め、このように人間の盾まで準備してくれようとはな‥‥ふふふ‥‥」
魔物が言えば、リグの騎士が。
「貴様等、まさか‥‥!?」
「違うっ! 俺達は‥‥!」
俺達は――?
「ふっ‥ふふ‥‥ふはははは!!」
嘲笑う魔物。
燃え盛る炎。
「いやああっ!」
「きゃあああっ!!」
火に巻かれ悶え苦しむ人々を盾に笑う、魔物。
「どれほど強力な武器を持とうとも当たらねば意味はない」
騎士達が持つ剣や槍も然り。
ゴーレムも然り。
百余人の人質を取られた状態で、冒険者達に何が出来たか。
「まったく‥‥主が小賢しいなどと仰せになるゆえ、どれだけ梃子摺らされるかと思いきや‥‥他愛もない」
言い、炎の向こう、視線は後方のシャルロット達へ。
「その配置‥‥セレの魔法樹を狙うとでも思ったか? 愚かな‥‥精霊こそ我が力となるに、何故、自ら力を削がねばならぬ‥‥くっくくくく」
ふわりと舞う、魔物を包む布の裾。
「我は飽いた‥‥今日のところはこれで退いてやる‥‥次に会う時は、もう少し手応えのある遣り取りを期待したいものだな‥‥」
「‥‥っ」
完全に冒険者達を見下した魔物へ、ようやく口を切ったのは天使レヴィシュナ。
「なるほど‥‥この世界では『精霊を嘆かせし者』を名乗るのか、ワル」
「――‥‥?」
天使の言葉に魔物は微かに首を傾げ、しかし感じる力の波動がこれまでに接してきたものと異なることは本能で察せられたらしい。
「何者だ‥‥?」
「名乗る名は無いが、おまえの主の名は聞きてみたいものだ」
「戯言を‥‥」
零し、魔物は消えた。
次が楽しみになったと、そう言い残して――。
●
「セレの騎士達よ! おまえ達はまさか本当にあの魔物と手を組んで‥‥!?」
「違うっ!!」
リグの騎士とセレの騎士が言い合う。
「おまえ達の立てた作戦は何の意味もなかった!」
セレの騎士が冒険者を責める。
疑惑と、怒りと、痛みと、悲しみと。
負の感情が大気を埋め尽くした。
「‥‥っ」
唇を噛み締め、大火傷を負ったリグの民を治療し、動揺の広がる彼らの精神的なケアに奔走する冒険者達へ、天使は告げた。
「あれはジ・アースで「ワル」と呼ばれる魔物だ。扱えぬ精霊魔法はない。陽、月、水、土、風、火、あらゆる精霊魔法を操り、その力で民を虐げる者」
悪意に満ちた言葉で人と人の間に争いを生じさせ、騙し、破滅を招く者。
「あれの強さは尋常ではない‥‥そのワルが主と呼ぶ者が隣国にいるのならば‥‥それはただの魔物ではないだろう」
告げる天使に、ぽつりと低い声を押し出したのは瑠璃。
「何も出来なかったわ‥‥!」
突如現れた魔物にリグの人々を人質同然に取られ、それきり。
これは、決して良いとは言えない結末だった。