眠れる魔剣〜神の剣

■シリーズシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月21日〜08月27日

リプレイ公開日:2007年08月29日

●オープニング

 『阿修羅の剣』とは、竜戦士ペンドラゴンがアトランティスに来落してきた時に所持していた強力な魔法の剣だと伝説は伝えている。
 ではそもそも『阿修羅の剣』とは誰が作った物なのだろうか?
 巫女曰く、それは天界の神『阿修羅』が現世界に送り込んだ神器――だそうである。
 尤も巫女自身が『阿修羅』神に会ったわけでは無いので、なぜ? 何の為に? という事を突っ込まれても困るそうである。

 さて、先の冒険者の活躍によってバのコルセア『バラドゥール』は見事捕縛された。
 そして王宮が早速例の巻物に記された場所へ捜索隊を送った所、果たして島の丘陵の麓の洞窟に狭い宝庫があったものの、又しても阿修羅の剣は無かった。
 つまり長老たちの読みは又しても外れたわけだが、伝説の剣を守る為には多くの仕掛けが必要だったのかもしれない。琢磨の言い分ではないが、全く以て人が人を信用するというのは大変な事なのだろう。
 それはそうと、がっかりしたのは捜索隊である。もう、いい加減にしてくれと同行した学者が怒りに任せて石壁を思いきり叩いた所、偶然にも小さな隠し扉が開いて、壁の中から小汚い小さな袋が飛び出した。拾って中を見ると錆びた鍵と手紙が入っている。
 ――この鍵を持って再び双子島へ向かうべし。場所はもう片方の巻物に記してある。万事を終えた後は速やかに王に剣を届けられたし。
 兎も角も巻物が揃わなければ事が成就しない事を王宮は知った。

  **

 一方、海戦騎士団は捕らえた海賊をゴーレムシップで王都に連れ帰り、厳しい尋問を以て巻物を含めた多くの情報を彼らから得る予定であった。
 だが予期せぬ事情からそれは叶わぬ事となった。そう、カフカ・ネール提督を含め誰が想像し得ただろうか。
 バラドゥールの頭領が『カオスの魔物』であったなどとは――――。

「提督がフロートシップに乗っておられたのは幸いでした。あの場に居合わせていたなら恐らくお命を狙われて‥‥」
 古くからカフカの下に仕えている女士官のミケーネは、そう言って胸を撫で下ろす。だが、カフカの顔色は冴えなかった。
 快晴の中、港を目指し航行していた船内で事件は起きた。
 海賊たちを閉じ込めた檻に食事を運びに行った船員が戻ってこないのを不思議に思った傭兵が様子を見に行った所、檻の中には誰も居ない。からっぽの檻の前に立っていた船員は、傭兵に突如短刀で斬り掛かる。かろうじてその刃をかわすも傭兵は物陰に潜んでいた海賊に背後から斬られた。
 『カオスの魔物』の力で檻を出た海賊たちは皆密かに武装し、反撃の機会を待っていたのである。
 りりしい大男の井出達をした魔物は不思議な力で船員を操ると、小船を降ろさせて手下たちを海へと逃がした。
 乗船していた騎士たちは勇んで魔物に挑んだが、彼らの剣では魔物を傷つける事は出来なかった。
 やがて魔物は再び不思議な能力を使って騎士たちを操る。するとみるみるうちに船上が味方の血で真っ赤に染まり始めた。同士討ちを止めに入った士官が下級兵士に討たれ、そしてその兵士も傭兵に‥‥という風に。
 魔物はそのおどろおどろしい惨劇を満足気に観賞した後、やがて船の穂先から飛び立っていったという。
「琢磨は戻ったか?」
「いえ、でもそろそろかと」
 と、ミケーネが言うより早く部屋の重い扉が開き、琢磨と蒼きパピヨンの若親分ダグが姿を見せた。
「ったく、この親父を説得するのは骨が折れたぜ」
「これは俺たちの問題だ! 騎士団に迷惑は掛けられんっ!!」
 ダグは部屋に入るなり大声を上げたが、琢磨は無視した。
「でもさ、それはともかく、『こいつ』は早々にこっちに届けてもらわないとな」
 琢磨はそう言って上着の内ポケットから1本の巻物を取り出し、部屋の中央のテーブルの上に置いた。
「これは‥‥」
「そ。こいつが対の巻物だ」
 琢磨が手早く巻物を開いて見せると、そこには確かにもう一つの巻物とは異なる図が載っている。描かれた島はどうやら妹島のようである。勿論暗号の続きも書かれていた。
「これは明日にも王宮に届ける予定だったんだっ! それをこの若造があれこれと‥‥」
「マオさんをお身内の力で助け出したいという貴君の気持ちは分かります。ですが、魔物が絡む以上、我らは共同で事に当るべきです」
 カフカが目の前で尚も取り乱しているダグを一喝した。
 ここで冒険者諸氏に説明を入れなければならない。
 護送中の船から逃げ出した『カオスの魔物』は、その後突然蒼きパピヨンの海賊島イルに現れて、そこで負傷した若者イブシを看病していた少女マオを攫って行った。
 それは一瞬の出来事であった。イブシは意識を回復するも傷は深く、まだ十分に起き上がれる状態では無かった。
 魔物はそんなイブシに向かって巻物を投げつけると、こう言った。
『娘を返して欲しくば、阿修羅の剣を我が元に持参せよ。取引に応じぬ場合は、娘と蒼き蝶の皆を血祭りに挙げる』
 蒼きパピヨンは頭を抱えた。阿修羅の剣を魔物に渡す事は出来ない。では、どうやって娘を取り返す?
 彼らが悩んでいる間に、カフカ・ネールの元にも同じ内容が記された書簡が届けられたのであった。

「それにしても、俺たちに阿修羅の剣を取って来いとは、ずる賢いというか‥‥不要なリスクは負いたくないってか?」
「魔物は我々が剣を偽物と摩り替えるとは考えないのか?」
「いや、それ以前に‥‥奴らがすんなりマオを返すとは俺には思えない」
 琢磨の言葉に皆が押し黙る。相手は魔物なのだ。
「なあ、俺にちょっと考えがあるんだけど」
 どこか明るい声でそう切り出す琢磨にカフカは嫌な予感を覚えるが、それも今に始まった事では無かった。
 琢磨が提案した作戦の概要は以下の通りである。

・冒険者を二手に分け、剣を確保する本隊が別働隊の陽動を兼ねる。
・陽動=グレイファントムを故意にアンビリヨン本島上空で旋回させ、敵の注意を引いた所でグライダー数騎を出し、妹島へ向かわせる。
・別働隊は夜明けと共に沖に停泊させたゴーレムシップからセンエンとチャリオットで密かにアンビリヨン本島へ上陸。
・グレイファントムの陽動に合わせて別働隊は施設内を偵察。可能であればマオを救出。代わりに琢磨が変装して残る。
・本隊は妹島にて何があろうとも確実に阿修羅の剣を確保すべし。

「魔物がいるとはいえ敵の数は少数だ。見張り櫓は前回の攻撃で倒壊してるし、潜入はさほど難しくないと思うぜ」
 先の戦闘で精霊砲やバリスタは失ったものの、中央にある施設はその頑強な造りもあって倒壊を免れていた。琢磨はこの施設内部の構造を前回の事後調査でほぼ頭に入れていたのである。
「だが、無理はするな。彼女の無事が確認出来るだけでも我々には朗報だ」
 琢磨の提案は賭けである。彼が月魔法の使い手とはいえ、危険が無いわけではない。
「‥‥。魔物は俺たちが取引に応じない時には『蒼き蝶を血祭りに挙げる』って言ってるんだろ? イル島にいる全員を避難させる前に奇襲されたら、それこそ流さなくてもいい血が又流れる事になる。俺はそういうの‥‥絶対嫌だ」
 琢磨の言葉に思わずダグが唸った。
 それでも尚、カフカは十分に状況を踏まえた上で冒険者と共に判断するよう琢磨に言い聞かせてから、王宮へゴーレムの使用を申請した。
 ダグは総力を挙げて彼らのバックアップに入る事になるだろう。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4322 グレナム・ファルゲン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4561 ティラ・アスヴォルト(33歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●夜明け前
「ふーん、髪を長くするとそれっぽく見えるじゃない。あんた、もともと睫毛長いし‥‥響といい勝負ね」
「こんな事で勝ちたかねーよ」
「おい、まだ途中だ‥‥こら! 動くな、琢磨っ!」
 仲間が女装する様子を興味深々で眺めているフォーリィ・クライト(eb0754)と音無響(eb4482)の視線に耐えかねて、琢磨が姿勢を変えた所にすかさず理容担当のアリオス・エルスリード(ea0439)の喝が飛んだ。
「大体、元はと言えば無茶な事言い出す琢磨くんが悪いんだからね。俺がもっと魔法を使えたら変わってあげたんだけど」
 その言葉に二言は無いなと、携帯の録音ボタンに指をかけた琢磨から響が慌てて携帯をもぎ取った。
「後はダグが言うようにマオが気丈に頑張ってくれているのなら、こちらも幾分動き易くなるがな」
 マオは誇り高き海賊蒼きパピヨンの娘である。例え敵に囚われようとも決して諦めず、体力を温存し機会を待つようにと父親のダグは常々言い聞かせてきたらしい。
「ま、ポジティブに考えましょっ」
 エルシード・カペアドール(eb4395)はゴーレムシップの船室に集まっていた別働隊に昨夜の間に作っておいたタイムテーブルを配り終えると、後で会おうと笑顔で手を振って部屋を出た。
「んじゃ、そろそろあたしも行くかな」
「気をつけろよ」
 と琢磨が一言。
「‥‥。必ずちゃんと帰ってきなさいよね。約束破ったらこの世の果てまでおっかけて連れ戻しに行くからねっ!」
 とフォーリィ。琢磨の返事も聞かずにばたんっと扉を閉めてエルシードのグライダーが待つ甲板へ駆け上がる。勿論そうしたい――と琢磨は思っているだろう。そもそも彼が他人に飯を奢るなぞ、KBC始まって以来の事なのだ。
「何やら騒がしいようだが、どうかしたか」
「いや、センエンの用意が整ったのならそろそろ出発しないか? じきに夜が明ける」
 グライダーの点検を終えて戻ったリューズ・ザジ(eb4197)にグレナム・ファルゲン(eb4322)が答える。先の戦で共に戦った味方の多くが魔物に殺されたのだ。これ以上敵のいい様にはさせない――彼の心中には熱い思いがあった。
「帰ってきたら取って置きの一本をやるぞ」
「戻ったら、ちょっと遅い夏休み用意しておくからね♪」
 そして、身代わりとなって敵のアジトへ潜入するという無鉄砲な天界人に仲間たちはエールを送る。
「必ず助ける。‥‥絶対だっ」
 ほんの少し肩を震わせたリューズに青年は小さな笑顔で応えた。
 空と海は夜明けと共に静かにその輝きを増していった。

●出撃
「俺は魔力の篭った剣など持ち合わせておらんぞ。もし魔物に攻撃されたらどうすればいいのだ」
「盾で受ければよいが、心配せずとも私が前衛に出てやる」
「それはそれでどうも格好がつかんな‥‥」
 ティラ・アスヴォルト(eb4561)の頼もしい返答に、クーフス・クディグレフ(eb7992)が困ったように頭を掻いた。
 すると、そろそろ出撃準備をとの合図がグライダー隊に届く。
「クーフスはティラの後ろに乗るとして、あたしはシルビアに乗せてもらおうかな」
 よろしくねと挨拶をしてから、フォーリィはシルビア・オルテーンシア(eb8174)の後部座席に着いた。ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の後ろには騎士団の弓兵が同乗する手はずだ。
「今回は陽動が目的ですから、回避に重点を置きますわね。無理をしてこちらに負傷者が出てはいけませんし」
 ジャクリーンの言葉を全員が確認する。
「うん。とりあえずは本島の偵察と見せかけて、一度散開してから妹島へ向かうのはどうかな。それとペペロを一緒に乗せていくわね」
 ペペロとはエルシードが飼っているハスキー犬で、本島での探索に役立てようというものだが、果たしてこれが後に功を奏する事となる。別働隊の出発から少し遅れて、グレイファントムはアンビリオン島目指して速度を上げた。

●潜入
 グレナムが操縦するチャリオットは海の上を滑るように前進した。さして揺れる事もなかったので船酔いに弱い琢磨は大いに助かった事だろう。またリューズもセンエンを巧みに操り島へ上陸。乗り物を隠した後に、雑木林伝いに施設へと近づいた。
「ここからなら届くかも」
 響よりもテレパシーの効果範囲が広い琢磨がまずマオに接触を試みる。幸いな事に彼女は無事でしかも元気だった。すぐに助けにゆくと告げて冒険者たちは林の中で味方の陽動を待つ。やがて上空で大きな音を立てながらグライダー隊が舞い始めるのを確認すると、アリオスを筆頭に別働隊も動いた。
 琢磨が当りをつけていた建物の近くまで行くと見張りの海賊が1人、上空の動きを気にしながら佇んでいる。陽動作戦は成功したようで、海賊の多くは窓や屋外から空を見上げ、口々に敵を罵り吠え立てていた。
「まずはあいつをスリープで眠らせる」
 小声で仲間に囁くアリオスに響が待ったを掛ける。今度は響がマオと会話を試みた。彼はマオが本物かどうかを知る為にダグから蒼き蝶にしか分からない符丁を授かっていたのである。
 皆が見守る中、マオと語り終えた響は笑顔を見せた。どうやら本物だったらしい。
「でも『青いたぬき/緑のきつね』なんて誰が教えたんだろう‥‥」
「時間がないっ、行くぞ!」
 先行するアリオスと琢磨、後方で斥候と思念連絡を取り合う響をグレナムとリューズが守りながら彼らは人気の無い廊下を慎重に且つ素早く移動した。

  **

「邪魔者はこれで最後か」
 通路の小窓から外の様子を窺っていた見張りの海賊をスリープで眠らせると、アリオスは見張りから鍵を取って手早く扉を開く。すると突如差し込む光に暗闇の中にいたマオが眩しそうに目を凝らした。
(詳しい事は追って話しますっ!)
 グレナムが賊を見張る中、仲間たちは着替えを済ませた琢磨を残し、代わりにマオを連れ出した。そして来た時と同じ様に敵に気付かれる事なく冒険者は裏の雑木林を抜けて上陸地点を目指した。
「ここまで来れば大丈夫か‥‥いきなり走らせてすまぬ、マオ殿」
 グライダーの前で突然膝をついて座り込んでしまったマオをリューズが気遣う。
「私は平気っ、ちょっと息が切れただけ‥‥私、てっきりダグが来ると思ってたのに‥‥」
 琢磨なら心配ないとアリオスが答えると、少女の顔に少し笑顔が戻った。
「散っていった仲間の仇はきっと取る。阿修羅の剣も――絶対に渡さないっ」
 そう呟いたグレナムの拳をマオの小さな手が包んだ。 

●珍客
「んー‥‥地図によるとこの辺りですよね」
 林の中で緊張気味にシルビアが呟く。アンビリヨンでの陽動を終えたグライダー隊はすでに双子島の妹島に到着していた。
「敵が襲ってくる気配は今の所無いけど、どうかしら」
「取引するとは言ってるけど、奴らがそれまで大人しくしてる保証は無いわよね。あたしらが剣を掘り出した所をドカンって‥‥」
「ここに精霊砲は無いぞ」
 エルシードとフォーリィの会話に思わず口を挟んだティラだが、確かに油断は禁物だと彼女も感じていた。
「真の力が開放されていないという事は、見た目は普通なのでしょうか」
 足元に何かが当たるのを気にしながらシルビア。
「いやしかし、そうは言っても魔剣なのだ。魔物がそれと感知出来るような力を秘めているとも考えられる」
 と、腕を組みながらクーフス。
「そうなるとレプリカを作っても敵にばれて‥‥うわあッ!!」
「「シルビアっ!!」」
 突如悲鳴だけを残してシルビアの姿が視界から消える。慌てて仲間たちが駆け寄ると、彼女はどうやら落とし穴に落ちてしまったらしい。
「シルビア、灯りを点けられる?」
「ええ、ちょっと待って下さい〜」
 シルビアが携帯していたライトを照らすと、穴は横に広がっていて、少し先へ進むと下へと下る階段らしきものが見えた。
「た、大変ですー!」
 仲間たちは次々と穴の中に降りた。(実際には穴の脇に縄梯子があった)ハスキー犬は最後に穴へ飛び込んだ。

  **

「なんだかそれっぽくなって来たじゃない」
 随分昔に作られた風の石の階段をランタンを翳しつつ下へ降りてゆく。ひんやりした空気に思わずフォーリィは身震いした。すると階段を降りきった所でジャクリーンが更に闇の奥を指差して叫んだ。
「皆さんっ、この先に灯りが!」
「いよいよか」
 クーフスは思わずスコップを握り締める。
「何が出てくるか分からぬ。皆慎重にな」
 フォーリィを先頭にティラを殿にして一塊になりつつ、冒険者は地下の洞窟を進む。暫くするとハスキー犬が突然吠えながら前方へ突進して行った。
「ペペロっ!」
 冒険者も慌てて後を追う。すると、
「煩い犬だね、全く! 焼肉にして食らうぞ!!」
「その声‥‥」
「皆さん、お久しぶりです」
「まさか‥‥」
「「ラ・ニュイ――――――――っっっ!!!」」

  **

「我々も脅されましてね」
「そうなのよ〜陽の魔法使いが要るんだ! とかってねぇ」
 赤い髪の男の隣で爪を磨いているのは誰あろう、湖畔の美人魔術師アスタロト(依頼/魔術師の棲家)であった。その後ろには以前より少し大人びたミカエルの姿もある。
「絶対信じられない」
「ちゃっかり阿修羅の剣を横取りしに来たんでしょ!」 
「阿修羅の剣ならあるわよ、あそこに」
「え??」
 アスタロトが指差す先には木枠で囲った柵があり、その先に黒びかりした巨大な石があり、更にその先に煌びやかな宝箱が見えた。
「なぜ取らない」
「だってねえ、あれがいたんじゃ」
 女はまんじゅうの形をした大きな黒曜石を指差した。
「あれ、スライムだもの」
「はああ?」
 つまり彼らはあのモンスターを退治してくれる冒険者を待っていたのである。
「ともかくあれ、やっつけて頂戴」
 剣は絶対渡さないと冒険者が叫ぶと、勿論だと男は答えた。
「我々は『あれ』を鑑定に来ただけなのです。本物かどうかね」
 刹那、エルシードは犬を後方へ下がらせて剣を抜いた。兎も角阿修羅の剣は取り出さねばならない。
「仕方ないっ、一丁やるか!」
 フォーリィが先陣を切り、他の仲間も柵の中へと雪崩れ込んだ。ブラックスライムの酸攻撃は冒険者の鎧や服を台無しにしたが、人数もあって彼らは程なく勝利した。宝箱を確かめ、持ってきた鍵を差し込んで急いで蓋を開ける。中から取り出した剣の鞘は大層立派だったが、刀身は刃が欠けてぼろぼろであった。
「本当にこれなのですか?」
 余りの悲惨さに思わずジャクリーンが声を上げると、背後から女が歩み寄って剣に手を置き、小さく呪文を唱えた。
「‥‥」
「‥‥どうなのよ」
「本物ね。僅かだけど魔力も残ってるわ。これだと魔物は触れられないわね」
「それだけ分かれば結構。皆さんご協力感謝します」
 男はにこりと笑って立ち去ろうとしたが、クーフスが彼の袖を捕らえた。
「貴君には尋ねたい事が山ほどある」
 男は丁寧にその手を払い退けると、冷たい笑みを浮かべながらこう言った。
「私にも有りますよ。でも今は無理でしょう。いずれ又日を改めて」
 ラ・ニュイは剣を冒険者に返すと供の2人の女を連れて洞窟を去った。
 冒険者は見事阿修羅の剣の本体を確保したわけだが、あの暗号とは何だったのか?
 その話は又次回に。