【負の閃光4】〜ティトル侵攻・前夜

■シリーズシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月06日〜08月12日

リプレイ公開日:2008年08月14日

●オープニング

 王立図書館にあるメイの地図をみると、ティトルの港の真南に菱形の形をした島が載っている。この島の名はクレナ島といって、島の南北の要所には騎士団の城塞が置かれ、ルラの海を越えてやってくる敵を迎え撃つ防波堤の役割を担っている。

 そして今現在、飛行型ゴーレム・アビスを従えたバ軍はメイ王都への進軍の足掛かりとしてこのクレナ島を攻略せんと、海戦騎士団と激しい戦を交えながらルラの海を北上しつつあった。
 そのため騎士団は戦力を南の城塞に集中させて防衛線を展開。司令官はカフカ・ネール提督と思われたが、上層部はメイ王国の重要拠点のひとつであるティトル首都の防衛を重んじて、カフカを首都防衛の最高責任者の任に就かせた。
 代わって、クレナ島城塞の総司令官に任命されたのは昨今めざましい活躍をみせるオークランド卿であったが、オークランドはこれを丁重に退け、自身はティトル首都への入り口ともいえる『クテイス岬』海域の警護に就きたいと申し出た。
 『クテイス岬』とはクレナ島の真西にあり、ティトル領最南端に位置する岬である。
 アビスを倒し、クレナ島侵攻を阻止できれば昇進は確実であるのに、あえて地味なクテイス岬の防衛にこだわるオークランドに疑念を抱いたカフカは冒険者に島の南の城塞を下見させるとともに、そこに駐留しているオークランドの周辺を探るようKBCを通じて依頼を発する準備を進めていたのだが、そのカフカのもとを当のオークランドが訪れた。

「ジイド卿を貴君の隊にですと?」
「はい」
 目の前に出されたワインに軽く口をつけてからオークランドは涼しげな声で答えた。
「卿もご存知のように、私は海戦の経験が浅い。ジイド卿は幾たびもネール卿のもとで共に戦火を潜られた勇将。海戦騎士団での経歴も見事なものです。ぜひとも『クテイス岬』の防衛に当たるわが隊にお迎えしたい‥‥当然、ゴーレムシップの指揮官としてです」
 オークランドは岬の防衛に大小合わせたゴーレムシップ数隻を配備する予定だが、その中の一隻をジイドに任せたいのだろう。
「それは上も承知のことかね」
 この男のことだ。すでに手際よく上層部の承諾は得ているだろうと思いながら、カフカが尋ねる。
「ええ、それは。略式にはすでに話を通してあるのですが、ネール卿にも一言ご相談するのが筋だと思った次第です」
「それは気遣い傷み入る」
 格上らしく毅然と答えてのち、青い絹の上着に身を包んだカフカは椅子の肘宛に軽く肘をつき、耳にかかる金色の巻き毛を指先で弄りながらオークランドに尋ねた。
「ところで君も知っての通り、クレナ島の合戦では例のドラグーンも投入される予定だ。君はドラグーンにはさほど興味はないのかね」
「そうですね。わが国が心血を注いで作り上げた新兵器ですから、開発に携われた方々には相応の敬意を払ってはおります。ではありますが、新兵器の開発が戦争の終結に繋がるとは思えないと申しますか」
「ほう。だが抑止力にはなるだろう」
「はい。ですが、はっきり申し上げて、わが王立騎士団の鎧騎士であれを自由に扱える者がはたして何人いるのでしょうか」
 ワインに再び口をつけてから、オークランドが冷ややかに言い放つ。
「私は嫌いなのですよ、冒険者などというものが。しかし、彼らに頼らねばゴーレムは動かせない。実に歯がゆいかぎりです」
「なるほどね」
 相槌を打ってのち、カフカは小さくため息をついた。オークランドの言ったことはあながち彼だけの意見ではないのをカフカは知っていたからだ。
「しかし、私がクレナ島防衛の任を辞退したのはそのような理由からではありません。クテイス岬の防衛も真に重要だと思うからです。ネール卿は退屈なさるでしょうが、私のところでバのシップはすべて撃沈してご覧にいれますよ」

 年の頃は自分とそう大して変わらないオークランドの彫りの深い横顔を、カフカは不思議そうな面持ちで眺める。 
 こうして話していると、彼は少々鼻っ柱の強い豪気な一軍人にすぎない。
 では、彼がたいそう執心しているという噂の副官は――?

「私の家はひどく貧乏だったんです」
 ひとり思索をめぐらせていたカフカの耳に、先ほどと同じ男の澄み切った声が届く。
「私がただの兵卒から士官の位に上がるまでどれほどの苦労をしたか、生まれながらの貴族である卿には想像もできないでしょう。ですから、私は掴んだチャンスを決して逃しません。ヘルメスを斬ったことも、私は後悔なぞしていない。斬られるものが悪いのです」
 オークランドが私情を語ったのはそれが最後だった。
 彼は再度ジイド卿の件をカフカに頼むと、ワインを誉め、そして丁重に礼を述べてから部屋を下がった。
 ちなみに、フロートシップ内でカフカを襲ったロミオは現在投獄中である。
 彼は深夜の寝室に突然現れた『混沌を広げる者』と呼ばれる魔物にそそのかされたのだと供述しており、今はそのことを深く悔いているらしい。
 その魔物は身の丈2mほどで黒っぽい狼のような獣を従えており、背中には翼があったそうである。


 * *

「クレナ島南城塞の下見はいいけど、城塞付近には最近頻繁にバのグライダーが飛んできてるって話だぜ」
「ええ、伯爵の話によれば、バのグライダー小隊が防空圏内に出現した場合、ゴーレム隊の出撃命令が突発的に出される可能性もあるそうです。こちらのグライダーもすでに配備されているようで」
「ふーん」
 エドガーの報告に琢磨が頷く。
「それにしても、オークランドがわざわざカフカの部下を引き抜くのは、やっぱ怪しいよな。先だってのロミオの一件もあるし、みんなにそれとなく探ってもらう方がいいんじゃないか。誰かがべったりジイドに張り付くとか、あるいはユリシーズとか」
「そうですね、それも依頼書に書いておきましょう。ああ、そのロミオですが、冒険者と牢屋での面会が叶うよう伯爵が手を打ってくれましたよ」
「やるなー、カフカ。坊ちゃん育ちとはいえ、多少は自力で出世するだけのことはある」
「それ、誉めてるんですか」
 きっと睨むエドガーを尻目に、琢磨はギルドへ提出する書類作りに取り掛かる。
 クレナ島の合戦まで、そう日は多く残されていなかった。


【確認されている敵兵力】
 グライダー 5〜6騎ほど

【今回使用可能なゴーレム】
 アルメリア 1騎
 モナルコス 3騎まで
 グライダー 5騎まで
※NPC騎士の搭乗可能(専門レベル以下)

A棟2階┃
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〃〃〃〃凸〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃┃
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃凸〃┃
━━┳━━窓━━┳━━窓━━┓〃〃┃
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廊下∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴窓〃〃┃
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∴∴┃∴▲∴∴∴┃∴▲∴∴∴┃〃〃┃
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〃/バルコニー
凸/見張り
□/オークランド
■/ユリシーズ
▲/将校など

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●ロミオ
「さあ、おとなしくここに入っていろ。ベラベラ喋ってばかりいると腹がすくだけだぞ」
 早朝、守衛は新入りを牢に押し込んで小言を言うと、ガチャリと鍵をかけた。
「はぁ〜い、わかりました♪ あ、先客さん、よろしくね!」
 エイジス・レーヴァティン(ea9907)がにっこり笑って隣の房のロミオに挨拶をする。
 彼はひどくやせていてあまり元気がないようだったが、控えめながらも意思の強さを秘めた、汚れのない澄んだ瞳はエイジスを少しほっとさせた。と、ほどなく冒険者たちがクレナ島への出発間際にロミオに面会にやってきた。
「決して悪いようにはしないから、知ってることを話してくれないか」
 アリオス・エルスリード(ea0439)の言葉に頷くと、ロミオは記憶の糸を手繰りながら語り始めた。
「そいつは夜中に私の部屋に突然現れました。初めて魔物を見た時はもう怖しくて、情けなくも剣すら抜けなかった。なのに、『協力しろ』と言われたらすなおに『はい』と‥‥私は嬉しそうに、はいと返事をしていたんです」
 ロミオは魅了されたのだと冒険者は直感した。
「あとはシフールによく似た魔物の子分たちに命じられるまま、フロートシップの中に潜んでネール卿を討つ機会を待ちました。どうしてそんなことができたのか‥‥私は今でも信じられません」
 ロミオは懸命に当時の状況を説明する。だが、魔物とオークランドたちを結びつける糸口は見つからない。
 出航の時間が迫った冒険者はエイジスに後を任せて、牢を出た。

「君、魔物に会ったんだ」
「は、はい」
「ふーん」
(捨て駒にしたはずのロミオくんが生き残るとは、敵も考えてなかったんじゃないかな)
 そう考えたエイジスは単身、ロミオの護衛をかって出たのだ。
「ねえねえ、よかったら僕にもその話聞かせてよ♪」
 くったくのない隣人の笑顔にロミオもつい微笑んだ。そして次の瞬間、
「あ‥‥」
「どうしたの?」
「思い出した。今思い出したんです! あの魔物、ユリシーズ様と同じ手袋をしていました。ええ、手に鋭いレイピアを持っていたんですが、あの手袋に見覚えがあって‥‥でもどこで見たのか思い出せなくて」
(ユリシーズの?)
 やはりユリシーズが魔物なのか。いや、ユリシーズが魔物の手下で、時に応じて都合よく入れ替わっていることも十分考えられた。
「どうしよう! アリオスさんたちに知らせなきゃ!」
「大丈夫。心配ないって」
「?」
 エイジスはKBCが手配した連絡係の到着を待って仔細を報告。牢の警護の強化を提案して、自らも引き続き護衛に当たった。

●クレナ島
 一方、クレナ島に到着した冒険者たちは砦の中の作戦室でオークランドと対面を済ませていた。
 南城塞の補給状況や兵器の配備状況について確認したいとファング・ダイモス(ea7482)とランディ・マクファーレン(ea1702)が部屋を出て、イェーガー・ラタイン(ea6382)とバルザー・グレイ(eb4244)、シュバルツ・バルト(eb4155)ら航空部隊は付近を上空から見たいとグライダーのある格納庫へ向かった。

「敵グライダーの予想進路に弓矢を装備した兵を大量に伏せておき、合図と同時に敵グライダーの前方の空間を狙って射撃させます。兵士の腕が悪かろうが弓の精度が低かろうが、点ではなく面で攻撃するのです。大量の矢が必要になりますが、養成に時間がかかるグライダー乗りを討てることを考えれば投資にみあう戦法だと」
「なるほど、第一波としては悪くない。だが、私の部隊の弓兵は優秀だよ。傭兵は知らんがね」
 スニア・ロランド(ea5929)の案をオークランドは承認する。
「ですが、卿なら傭兵を上手に使って功を手に入れられると思うのですが。鍛え抜いた戦闘力を活かす機会を渇望するは多いのです」
「国は傭兵のために戦をしているのではない」
 スニアの言葉に容赦なくオークランドが切り返す。
(なるほど、軍人らしく筋は一本通っているんだな)
 ふたりのやりとりを見ていた風烈(ea1587)が心の中で呟いた。
「確かに、卿と騎士団のお働きでこの砦の防衛などは結局は無駄で終わることでしょう。しかし、狡猾なバが何らかの策を弄してこないとも限りません。愛する故国を護る我等はその備えを怠ることは出来ないのです」
 クーフス・クディグレフ(eb7992)が世辞を混ぜつつ述べると、オークランドの顔が一瞬輝いた。
「そうか! 貴君は確かメイの出身だったな。ならば冒険者ではなく正規の兵士として騎士団に入るのはどうか。コネがないなら、この私が助力してやってもよいぞ」
「もったいなきお言葉、痛み入ります」
 味方が不利になるように、砦に何か仕掛けをしているのではと疑っていたクーフスは、思いもよらない言葉に仰天する。
「オークランド卿にひとつだけお尋ねしたいんですが」
 クーフスが恭しく頭を下げて一歩退いたところで、烈が声を上げた。
「もしも――の話ですが、もし、卿が信頼されている部下がカオスの魔物で、己のために卿を利用しているのだとしたら、どうされますか? その者を斬れますか」
「これは面白いことを聞く」
 オークランドは驚いた様子も見せずに、冒険者に淡々と言葉を返した。
「魔物がなにを思って私を利用するのかは知らんが、私は己がそうすべきと信じる道をただ進むだけだ。しかし」
「しかし?」
「祖国メイに害をなすことは断じて許さん。我らはバに勝たねばならない。私はそのために命を賭している。そのための出世であって、大義なき行動に意味などない」
 オークランドが拳を握り締める姿が、烈の眼に映る。
「ネール卿は甘すぎる。冒険者を頼って祖国が立ち行くものか‥‥失礼する」
 さながら、保守派と急進派の対立のようにも思えた。どちらも国を思うのは同じなのに。
 静かに立ち去る男の背を冒険者は黙って見送った。

●戦闘
 夕刻、バの偵察機が現れたため、バルザーらがグライダーで出撃。スニアはアルメリアと共に布陣した。私はこの機体に幾度も助けられている――アルメリア乗りが功をあげることで機体が増産されることを望んでいるのだという。
「普段通りの戦いを心掛けれれば、まぁココは問題あるまいて」
「さっさと片付けてしまいましょう」
 バルザーにシュバルツが勇ましく応える。
「他国の領土を荒らすものに、容赦はせぬ!」
 アルメリアや弓兵が地上から攻撃している間に、シュバルツは空高く舞い上がると、敵グライダーの上を取り、味方機と挟み撃ちにしながらソニックブームで攻撃する。いきなり飛んでくる真空刃に敵の編隊はもろくも崩れた。
 また、弓兵を乗せたバルザーも果敢に応戦する。
「極端な話、アビス数機で上空から強行突入されたり、フロートシップを落とされでもしたらドラグーンが数機居たとしても防ぎようはないとは思うが、それでもこちらの死角を減らすなど、努力はすべきだろうしな」
 敵偵察機よりも数段歯切れのよい動きでグライダーを駆って、操縦者を確実に撃ち落しつつ、バルザーは次にやって来る強大な敵のことを思った。

 * *

 首尾よく偵察隊を撃墜した冒険者は、施設の内外の調査を再開した。
「仮にオークランド卿がバやカオス勢と密通してる場合、こちらの手勢が城砦防衛の穴になる様な細工を施していないとも限らない」
 ペガサスで付近を一周してきたランディは仲間と合流し、同じくペガサスのふうで調べを済ませたイェーガーもこれに加わった。
「砦の防衛網について卿に詳しい資料を見せてくれと言ったら、すんなり見せてくれました。俺たちを信用してくれてるんでしょうか」
「いや、卿がクテイス岬を希望している理由が気になる。やはり其処に何か有る筈だ」
 ファングが持っている石の中の蝶を覗き込むと、動く様子はない。
 夜間も同様に見回ることを決めて、仲間たちは休憩を取った。

●黒い翼
「なっ、なんですと! クテイス岬へバ軍が奇襲を!」
「声が大きいです、ジイド卿」
 その夜、ジイド卿の部屋をひとりで尋ねたオークランドが釘を刺した。
「これはつまり‥‥我らが偶然掴んだ情報に過ぎず、確証はありません。だから、私も公表していないのです。ですが、アビスが囮でクレナ島上陸が陽動だった場合、すべての戦力をそこに投入してしまったら、ティトルは危うい」
「た、確かに」
「ですから卿のお力が必要なのです。我らはなんとしても岬で敵を食い止めます」
「わかった。私も最善を尽くすことを誓おう」
 ふたりの会話に、ベッドの下に潜んだアリオスが耳を澄ませる。
 彼は前もってジイド卿にこれまでのいきさつを話し、内々に彼の警護に当たっていたのだったが、これが功を奏した。
(クテイス岬へバ軍が攻め込むのをオークランドに伝えたのはおそらくユリシーズだろう。だが、なぜジイド卿を‥‥まさか、土壇場でジイドをバに寝返らせるつもりでは!)
 ジイドが裏切ったとなればカフカの立場は微妙――これはクーフスも懸念していたことだ。しかもそのジイドの裏切りを、ヘルメス同様にオークランドが抑え込み、岬を守りきれば奴の昇格は間違いない。
 アリオスの胸に言い知れぬ不安がよぎった。


 * *

「そこでなにをしている!」
 同じ頃、警備がてら砦のバリスタの様子を見に寄ったイェーガーが砲台に張り付いて怪しい動きをみせる兵士を発見する。
 イェーガーの声を聞きつけて、ランディとファングもやって来た。すると石の中の蝶が激しく羽ばたく。
「貴様が魔物なのか!」
「お、俺じゃない、俺は頼まれてちょっと細工を‥‥あわわ、関係ないって、ひえええ〜〜」
「おい、待て!」
 追いかけるファングの目の前に白く光った刃が振り下ろされた。だが、これをファングは際どくよける。
「我の剣をかわすとはたいした奴だ。誉めてやろう」
 三人の前に姿を現したのは、紛れもないカオスの魔物――黒い狼にまたがって手にはレイピアを携え、ロミオが『混沌を広げる者』と呼んだ黒い翼を持つものであった。
「そっちから来てくれるなら好都合だ」
「俺たちを甘くみるなっ」
 イェーガーが弓を番えようとした瞬間狼が襲い掛かり、助けに入ったランディの腕を鋭いレイピアが斬りつけた。
 その太刀捌きを見たファングは、魔物の剣の腕を認めざるを得ない。
「私と勝負だ!」
「それはいずれまた」
 冷たい笑みを残して魔物は暗い闇の中へ消え去った。

 疑念の多いオークランドではあるが、彼の祖国への忠誠心は本物だとジイドは言う。
 しかし烈が琢磨に頼んで調べてもらったユリシーズの経歴は、セルナー領出身の騎士としかわからず、それ以上の調査にはまだ時間が掛かった。そして、砦ではアビスを迎え撃つ準備が着々と進められ、冒険者は一旦王都へと帰還した。