【巫蠱の蟲籠】〜弐・弔いの火

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月15日

リプレイ公開日:2005年05月16日

●オープニング

 どこもかしこも煙臭い。
 虫除けの生木を燃やす青臭い煙が薄く漂う村は、野焼きや夏場のむっとするような草いきれとはまた違うどこか不穏な気配に包まれている。
 井戸端で水を汲んでいた雲水は、山門をくぐる人影に手を止めた。村長と長老たち。一様に厳しい顔をしているのは、ますます色濃くなる不安のせいだろうか。
「――具合はどうだ?」
 誰の‥とは、言わない。
 今、この古寺に住んでいるのは、小弥太ともうひとり。虫に襲われた木地師の集落から冒険者たちに助け出された生き残り。
 いったい何があったのか。
 思い当たるのはただひとつ。毎年、行われる虫封じの祭りが、この年に限って執り行われなかった。
 ただ、それだけ――
 本当に、それだけなのだろうか。
 永き眠りより覚めた昔話の。その真実を知るわずかな手がかりを握っているのは、もはや数人しかいない。
 そして、誰かを追って山を降りたという男たちを探し出しだす術を持たない村人たちには、助けだされた子供だけがただひとつの手がかりだった。
「良くはないな」
 そうか、と。呻きにも似た声を落とした老人にちらりと目を向け、小弥太は微かな笑みをこぼす。
 木地師の集落にいた者は、生き残った子供を除いて皆、生きながら虫に喰われたのだ。明日の我が身かもしれぬと思えば、落ち着かないのも頷ける。それでも、手負いの子供に無理強いをしない分別はあるのだ。
「それで、どうするつもりなのだ?」
「さて‥‥」
 そう尋ねられて、小弥太は無精ひげの顎を撫でる。
 直接、祠を見に行くのが手っ取り早い。だが、迷路のように入り組んだ洞窟の奥に入り込むのは少しばかり無謀に過ぎた。
「それで、いろいろ尋ねてみたのだが。――どうやら、木地師の衆には正しい道を記した何かが伝わっていたらしい」
 口承ではなく、形あるものとして。
「それを探してみようと思っている。弔いもしてやりたいしな」
 静かな山に目を向けた男の横顔を眺め、顔役たちはそれぞれの表情で視線を交わし吐息を落とした。
「それで、今回も江戸の“ぎるど”とやらに助っ人を頼むのかね‥‥?」
「そうだな。その方がいいかもしれん」
 虫とはいえ、侮れないのは身に染みている。それでもどこか不安げな村人たちの顔色に、小弥太は今度こそ苦笑を落とした。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7918 丙 鞆雅(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8535 ハロウ・ウィン(14歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 梅雨には今少し暇があるせいか――
 日向に出れば軽く汗ばむほどの陽気であったが、繁華な目抜き通りから筋ひとつ逸れた袋小路の突き当たり‥‥日当たりの悪い裏小路の古びた長屋の一室は、まだ少しばかり肌寒い。
 何軒目だろう。
 江戸に向かった。という曖昧な情報の他は、名前も姿も。顔さえ知らない木地衆の足取りを追って江戸に集まる椋鳥たちが最初に訪れるであろう口入屋を尋ね歩く鋼蒼牙(ea3167)が見世の主に呼び止められたのは、歩きくたびれた脚がそろそろ疲れを自覚する頃合だった。
「アンタ、あの“ぎるど”とかいう見世に出入りしているんだろ?――あそこに出入りする異人さんに知り合いはいるかい?」
 店という表現が正しいのかどうかは、微妙なところだが。目くじらたてて、訂正するほどのコトでもない。とりあえず無言で首肯した鋼に、口入屋の主人は指先でくるりと煙管を回した。
 月道が開かれてより、数年。真円の月が天頂に留まる僅か数刻、月の精霊が紡ぐ形無き道は遥かな異国より様々な事物を江戸にもたらす。物だけではなく、当然、人も。――決しては安くはないが、無理をすれば払えない額でもない。交易商人に混じって物見遊山の漂白の果てに、流れ着いた冒険者たちも数多い。
 知り合いがいるなら教えてやりな、と。前置いて、主は周囲をはばかるように声の調子を落とした。
「近頃、異人ばかりを選んで襲うヤツがいるって噂だ。――命を取られたって話は聞かねぇが、少々、手口が荒っぽい」
 月道渡りの外国人が‥‥
 以前にも、どこかでそんな言葉を聞いたような気がする。


●傷跡
「ねえ。“おろく”って、どういう意味?」
 薪を運んできたハロウ・ウィン(ea8535)の素朴な疑問に、竈の前で火をつついていた美芳野ひなた(ea1856)と田之上志乃(ea3044)は顔を見合わせた。
 木地師の村から助け出された子供の様子を案じ、また、亡くなった者たちの弔いの手筈の相談も兼ねて小弥太の寺を見舞った道すがら。志乃が口にした単語を不思議に思っての問いらしい。――死んだ者、遺体を差す言葉であるらしいことは理解るのだけど。
 口にした言葉が力を持って現世に障る。言霊信仰と呼ばれるもので、縁起の悪い音をなるべく使わず良いものに置き換える表現方法は、志乃やひなたには日常のコトでもイギリス人のウィンには少しばかり判り辛い。
「とりあえず、皆、お念仏さ唱えるべ?」
 誰もが知っている念仏の最初の六字は、南・無・阿・弥・陀・仏。この六文字を差して、遺体を“おろく”と言いあらわした。
「へぇ。奥が深いんだねぇ」
 感心しつつもウィンは少し不満げに三人の他は誰もいない土間を見回す。
 助けられた子供と会って少しでも元気付けてあげたいとの申し出は、その善意の“招き猫”と“香り袋”だけが鋼に託され、志乃と同じくこちらで待っているようにと言われたのだ。
「‥‥子供は見ない方が良いって‥‥僕はこれでも33歳なんだけどなぁ‥‥」
 それは、あくまでも暦の上での話。人間の基準に置き換えれば精神的にも外見的にも、13歳の志乃より幼い。
「オラの村じゃ13歳になりゃ、立派な働き手だべ」
 そう憤慨するふたりの隣で、幼く見えるが16歳のひなたはただ笑う。――こちらは特に思うこともなく、言われるままそういうものかと納得し、ふたりと一緒に待っていた。

 小弥太の判断が正しいかどうかは、ともかくとして。
 通された者たちは本堂の最奥、書院として使われていた小さな部屋で各々痛みと対面することになった。
 直視することが躊躇われるほど変わり果てた姿となった子供を前に、掛けられる言葉などどこにもなくて。目に触れる部分だけでもここまで衝撃的なのだから――白い包帯に包まれた傷がどのようになっているのかは考えたくもない。
「‥‥ひどい‥」
 両手で口を覆って絶句した御神楽紅水(ea0009)の隣で、丙鞆雅(ea7918)も思わず天を仰いで呻きをあげる。助け出した少年の裡に義弟の面影を重ね合わせて再会を楽しみにしていただけに、傷の深さに言葉もでなかった。
 この依頼が終わったら、ゆっくり温泉にでも招待してもらいたい。などと、本気か冗談か皆を笑わせていた陣内晶(ea0648)も、さすがにこんなところで笑いを取ろうと思うほどお気楽ではないようだ。
 皆、誰かが口を開くのを待って言葉を閉ざす。
 刻々と降り積もり重さを増す沈黙とやり場のない感情に、火乃瀬紅葉(ea8917)は張り詰めた糸が切れたかのようにその場にくずおれ両手をついた。
「‥‥申し訳ございませぬ‥っ! 紅葉の力が及ばぬばかりにこのような――」
 力なき者を守れずしてなにが武芸か。その誇りと気概が、日々、厳しい研鑽を繰り返す火乃瀬の何よりの心の支えである。
 眼前の子供の姿こそが己の未熟の証。幼い身体が受けた痛みはそのまま、己の痛みであった。ぽろぽろと涙を零してわびる青年に子供は驚いたような顔をして、それから困ったように小弥太を見上げる。
「皆、おぬしのコトを心配してくれておる。――この御方の為にも、一日も早ぅ元気になるのがおぬしの勤めだ」
 子供ひとりを残して滅んだ木地師の衆も、皆、それを願っているだろう。
 おそるおそる差し出された‥‥いくつかの指が失われ本来の形ではなくなった小さな手は、それでも確かに暖かかった。
 腹の裡より湧き上がる力に、かっと胸が熱くなる。勇気と安堵を与えるつもりが、逆に力を与えてもらった。
 これで、また戦える。――そんな気がした。


●道標の形
 虫封じの祠は、洞窟の奥にあるという。
 いくつもの横穴が入り組んだ迷路のような洞窟を祠まで迷わず進むのは、祠を守っていた木地師の案内がなければまず不可能だ。
 だが、その木地師の集落は虫に襲われ――
「‥‥虫なぁ‥益虫なら良かったんだが‥」
 鋼のぼやきに、最年長者らしく皆を仕切って準備を進めていた丙も頷く。
「何しろ昔話の域を出ないのだからなぁ」
 語り手が子供というのもあるのだろうが。改めて質した話の内容も、村に伝わる昔話とさほど違いはなかった。

 昔々――
 この辺りを荒らしまわる悪しき虫に苦しむ村人たちを、旅の僧侶が救ったという逸話。
 そこかしこに残る弘法大師行脚の伝説とどこか似ている。‥‥あるいは、そのひとつなのかもしれない。

「仏の加護を得て、掲げた数珠に悪しき虫を封じ込めた‥か‥‥」
 間違うことなき御伽噺だ。
「その数珠を祠に収め祀っていたのが集落の人たちなんだよね。やっぱり、祠になにかあったんだよ」
 それを確かめるためにも、まずは祠へたどり着くための手段を考えなければ。
「‥‥うぅ‥あのたくさんの虫はやっぱりイヤだけど。――犠牲になった人たちをあのまま放っておくわけにはいかないもん‥‥紅桜も一緒に頑張ろうね。‥って、なに? 私の顔に何かついてる?」
 愛馬に意気込みを伝えると共に気合を入れていた紅水は、頬に当たる視線に気づいて顔をあげる。視線の主は、例によって例のごとく‥‥こちらも何やら呟きながら紅水とひなたを交互に眺めて自らのモチベーションを高めているらしい陣内がいた。
「よく考えたら、美人が一緒の仕事というだけでも幸せじゃないですか!」
 ‥‥それは、まあ‥。
 顔を眺めるだけなら、罪にはならない。‥‥ならないが、どうだろう‥‥どうやら、新境地開拓のようだ。
「《祠への道を示すもの》って、どんなものだろうね?――紙に書いてあるのかな」
 小首をかしげたウィンの母国では高価な紙も、ジャパンではごく身近な日用品として手に入る。軽くて嵩張らないから、携帯にも便利だ。
「木簡や竹簡、石版のようなものかもしれませんね。あるいは、置物とか」
 長く伝えられたものならば。
 ひなたの言葉に、丙、火乃瀬も同意する。
「大体そういう大事なモノは集落の一番偉い人‥‥村長さんとかが持ってたりするけど」
「紅葉も、村の長老の家や巫女さんの家など、祭りに関わる者の家にあるのではないかと思いまする」
「んだ。オラの里でも秘伝書は里長さまの家にあるだしな。‥‥見せて貰ったこたァねぇだけんど」
 選ばれた者にしか見せぬから、秘伝というのだ。
 ぼそりと真顔で落された志乃の言葉に、皆が笑う。本人は至って真面目なのだが、気がつけば沈みがちになる心をやわらげる何かがあった。

■□

 燃え盛る炎を白刃に映した小太刀が閃く。
 《霞》と呼ばれる小ぶりの刀は小太刀の中でもとりわけ軽く、非力な女性の腕でも扱いやすい。中条流特有の刀を水平に振るう紅水の太刀捌きは、本来なら常より長い刀を使用するところを小太刀に持ち替えたことで、得意の神楽舞を舞っているようにも見えた。
 志乃が囮にと用意した腐った魚。陣内が燃やす広場の焚き火に惑わされるのか、獲物を求めて集まる虫の動きにも先日の盲目的な執着は感じられぬ。
 炎の精霊の加護、闘気魔法によってそれぞれの気合を高めた火乃瀬、鋼も小さな集落を縦横に駆けて、群がる虫たちを文字通り蹴散らす。
 とはいえ、数が多いのはあいかわらずで。
「うわァ‥ちょっとダメかも‥‥虫だけに無視です、無視っ!」
 群がる虫を叩き落とし、踏み潰し。それでも、ダメなら印を結んで呪文を唱え――
 巻き起こった白煙と共に姿を現した身の丈・五間の大蝦蟇は、大好物の虫を前に嬉しげに目を細めた。
「ごぉ、ちゃっぴぃ!! 虫さんを食べてくださ〜いっ!」
 心強い味方(?)も得て、小さな集落を虫から開放するのは思ったよりも順調に進んだものの――
 虫に喰われた人々の躯を探し出すという仕事は、決して楽しいものではなく。
 なるべく女性や年少者には見せるまいと心を砕く丙の腐心も、意外に知恵の回る‥というか、はしっこい志乃などにかかるとなかなか予定通りとはいかないもので。――もちろん、作業が早く済むのは良いことなのだけど。
「どんなカンジですかねぇ」
 集落の中心、少し開けた場所で炎を吹き上げる焚き火の番をしつつ運び込まれる遺体の湯潅を手伝っていた陣内は、薙刀を下げて戻った丙にのんびりと声をかけた。
「先日の人面蝶の他に、土蜘蛛も何匹か。‥‥大きなものが増えているような気がする‥」
 大きな蟲も集まり始めたと見るべきか。
「早目に元を断たないと厄介そうだ」
 急いだ方がいいかもしれない。そう呟いた鋼に、そうですなぁと頷いて、陣内はちらりと皆を見回した。
「それで、見つかりましたか?」
「それがなぁ」
 火事場泥棒のようで申し訳ない。などと、心の中でひそかにわびつつ。
 ウィンが大地の精霊を介し集落を取り囲む木々から聞き出した村長の家を中心にいろいろ集めてみたのだが。
「質素というか、なんと言うか‥‥」
 なかなかコレだと胸に響くものは見当たらない。
「ううむ。木地師だけに木製品。杖の形をしていて、倒れた方が正しい道‥とかいう見た目とかけ離れた道具だったらお手上げですなぁ」
 苦笑交じりにぽつりと言った陣内に、視線が集まる。
「え? やだなぁ、冗談ですよ、冗談‥‥」
 ひらひらと振られる陣内の手の前で、互いの記憶を反芻するように目を合わせ。
そして――
「お薬師さまが杖を持っていました!」
 ぱっと立ち上がったひなたに続き、志乃、ウィンも後を追う。
 一木から掘り出され、粗く鑿の後さえ残る薬師如来。それ自体に、特に目立って他と異なる文字や隠し穴などは見つからなかったのだけど。
 慎重に。象を傷めぬよう細心の注意を払って抜き取られた尺丈には、よく見ると柄の部分全体に不連続の崩れた唐草模様のような筋が掘り込まれていた。
「‥‥これ‥なのでしょうか‥‥?」


●決意を新たに
「これで終わったワケじゃないんだよね」
 むしろ、これから本当に始まるのかもしれない。
 真新しい白木の卒塔婆の前に花を手向け、小さく吐息を落としたウィンに志乃も大きく首肯する。
「んだ。これからだべ」
 持ち帰った杖に、どんな秘密が隠されているのかもまだ判っていない。――さすがに、倒れた方が正解の道なんてことはないと思うが。
「安らかにお眠りくださいませ。‥‥このような悲劇、これ以上広がらぬよう。紅葉達が必ず食い止めますゆえ」
 熱くそう誓ったのは、もちろん火乃瀬だけでなく。
 失われた命への哀悼と、生きる者たちの安寧を祈り‥‥名も知らぬ人々の墓標の前で、不羈を旨とする冒険者たちはしばし頭を垂れたのだった。